人は一人では無力
青年は盟友を得る
第5話
~盟友~
町には農地が多く、田んぼで仕事をしている人がまばらに見えるような、そんなのどかといえる風景を横目に、ハジメは中心部へと足を運ぶ。
中心部の方では打って変わって、人々でにぎわっていた。昼間ということもあり、騒がしい街中を、目的の場所へと進んでいく。
裏通りへと入ると、段々と表の喧騒も遠くなりはじめ、裏通り特有のにおい、目つきをした者たちが、目に付くようになる。
ハジメは、そんな者たちを尻目に目的の場所へとたどり着いた。それは、隠れ家のようにひっそりた建ち、その様相は古びた喫茶店を思わせた。
ギィと古ぼけた音を鳴らしながら扉を開けるハジメ。それと同時に、子気味よい鈴の音が店主に来店を知らせる。
「いらっしゃい」
初老を迎えたと見える、温和な顔の店主がカウンターからこちらを向いて声をかける。昼間だというのに、店内を見回しても誰もいない。
ハジメは、カウンターに近づく。
「古い知り合いとこれから会うんだが、なにか良いものはあるか?」
そう言って、半分に欠けた銀貨を店主に渡す。
店主は、一瞬だけ目を鋭くさせ、受け取った銀貨を見る。
「はい、ございます。奥の席へどうぞ。」
そういうと、出口へ向かい扉にCLOSEの札をかける。戻ってきた店主は、ハジメを店の奥にある扉までハジメを案内し、ハジメはそれに従うように中へと入った。
部屋には、テーブルが一つとソファが対面になるように2つおいてあり、応接室のような雰囲気を持っていた。
ハジメは上座のソファに座り、最近ではもう手放せなくなった煙草に火をつけ肺で煙を味わう。
「ふぅ。」
吐き出した紫煙があたりに漂わせながら、ハジメは下座のソファに座る者が来るのを待つ。
そもそもなぜ、ハジメはこのような場所を訪れたかは、数週間前にさかのぼる。
ハジメがライルから渡された情報を手がかりに、私腹を肥やした豚のような役人、武器を戦争を行っている両国に売りさばく武器商人。果ては、売買できるものならどんな非常な手段でももちいる闇商人、様々な奴らを狩り殺し、世界の闇に沈む情報を得てきたが、未だその闇は知れず。
ライルが黒幕であろうとふんだ組織。その名。だが、その目的が一切分からないことにハジメは焦燥感を抱く。
当初は、帝国と
腐った奴らをいくら屠ったところで、また新たに腐った奴らが這い出てくるだけの状況にハジメは、いささか手詰まりのような感覚を感じ始めていた…。
そこでハジメは、
オスティアの奪還。帝国が侵略を行う上での目的である。
世界地図を見ても、オスティアの位置は両国の勢力の中心に位置する場所。
そして、ライルがもたらした情報の中で唯一手がかりらしい情報が皆無の場所でもあった。
今までは、戦争の中心である帝国と
しかし、情報も伝手もない。独りで戦うことはできても、謀略、諜報の類を征することには無理があった。
だからこそ、ハジメは今が契機と協力者を探すことにした。しかし、情報屋などはそれに当てはまらない。情報というものはありとあらゆるものが売られる。信用すらもだ。それに、短期的な付き合いでは不都合であった。
一蓮托生として、盟友足り得る者。そして、今後の活動として不自由なく、また、表立って行動することができる力を持つもの。政治に携わる者を中心に、ハジメは探した。
今まで、世界の闇に住んでいたものが疎ましく思っていた者ほど条件に当てはまるとハジメが調べると、ある一人の議員にたどり着く。
マクギル元老院議員。
元老院の中でもある程度の発言権を持ち、議会、民からも信頼を得ている存在。何よりも、今までハジメが屠って来た者たちが危険視していた存在というのが大きかった。
そこからのハジメの行動は早かった。コンタクトを取るために周辺を調べ上げ、その思想、理念がハジメ自身の思惑と合致するかを考察。
密に行った手紙のやり取りの中で、ハジメ自身がこれまで得た情報をマクギルに渡し、どのような情報が求めているか、ときには直接出向き(もちろん非合法である)、互いの人物像すり合わせ、契約を為すまでに至った。
そして、ハジメは契約を為す場所として、この喫茶店を選んだ。
この喫茶店では、奥の応接室に至る道が特殊な魔法具と陣が敷かれており、店主以外が開くことは不可能、外部に漏れる心配も無い。
部屋の使い方として、店主は、特殊な魔法がかけられた銀貨を顧客に渡し、顧客はその銀貨を自身と相手用に半分に割る。
このときに重要になるのが銀貨にかけられた魔法だ。この魔法は1度きり、割れた銀貨を戻す作用を持つ。店主はかけられた魔法で奥の部屋に案内する者を見分け、もう片方が来たならば、銀貨を元に戻し、部屋に案内する。
密談を行うのに適した場所である。高度な魔法の知識、そして信用を得ている店主だからこその場所だ。ハジメもまた、マクギルとここで契約をするためにここを選んだ。ハジメが表にでるわけにいかないという理由もあったが、勘繰られないための処置でもあった。
ハジメが席に座って待つこと十数分。部屋の扉が開き、男が一人入ってきた。そして、すぐに扉は閉められる。
「始めまして。マクギル元老院議員の秘書をやらせてもらっています。クーラと申します」
そのまま礼をする。男はマクギルの代理人としてやって来たものだった。クーラは冷静にハジメを観察し、ハジメもまた、クーラを観察した。
「あなたが、政治家殺し…なのでしょうか?」
頭を上げたクーラは、緊張感を持った声でハジメに問う。ソファに座ることもせず、直立不動のまま。ハジメに対する警戒心が伺えた。
そんな男の様子に、ハジメは笑みを浮かべながら、タバコを灰皿へと押し付ける。灰皿には、すでに何本か吸った痕跡が残されていた。
「ああ。そうだ。ここに来たと言うことは、契約は成立ということでいいな?」
「はい。資料はここに。それでは失礼します」
資料と思われる紙の束と、情報端末を机の上に置き、すぐさま去っていく秘書。
ある意味当然の反応だろうと、ハジメは特に感慨も無く資料へと手を伸ばす。どこかに情報を漏らすような者を、マクギルがよこすとはハジメは思わなかったし、だとするならば、マクギルの眼は節穴で、ハジメ自身の眼も節穴であったというだけの話。
ハジメは、再びタバコに火をつけ、資料に目を通すのだった。
彼の次の戦場はオスティアとなる。
(しかし、まさか、あちらの方から来るとはのぅ)
これには、マクギルはたいそう驚いた。当初から多少の疑問点はあったが、相手は政治家殺しである。驚かないわけが無い。そのときのまるで暗殺者のようなハジメの姿を振り返ると、マクギルの体が自然に震える。
しかし、そんなマクギルがなぜ、ハジメと契約を結んだのか。それはもともと、マクギル自身”政治家殺し”について違和感を感じていた。その違和感とは、殺されたものたち自身のこと。
殺された一握りの議員たちはマクギルが、近々粛清しようと考えていた汚職議員が含まれていた。それも情報を掴んでいた全員が…だ。
これに、マクギルは違和感を抱き、手駒である諜報員に調べさせた。すると、次々と明らかになる不正、汚職の数々。中には帝国側に通じていると見られる輩もいた。これには、さすがのマクギルもげんなりとした気分を感じずに入られなかった。
それから、マクギルは政治家殺しについて調べ始めた。捕らえるためでなく、その真意を知るために。
(そしたら来るんじゃもんなぁ。吃驚したわ)
そして、知るハジメの信念。その力強さに、マクギルは惹かれた。そして、決めた。何よりも、この地位を目指すために思い描いた初心を思い出した。
(ハジメの信念『悪即斬』。その信念にわしが切られぬ限りわしらは協力できるじゃろう。できれば一生協力したいもんじゃ…)
「しかし、
ハジメが抱く疑問に、当然マクギルも抱くのであった。
それから数分が経ち、部屋にノックの音が響く。
「私です。ただいま戻りました。」
その声から、契約の場へと赴いた秘書が戻ってきたことを確認したマクギルは了承の意を伝える。
「うむ、入ってよいぞ。ご苦労であったな。」
秘書に労いの言葉をかけ、マクギルは自身の仕事へと戻る。
(さて、ではわしも頑張ろうとするかのう)
ハジメは大きな力、盟友を得たのであった。
政治家殺しのニュースは最早、世界中に届き、民衆の興味を引いた。特に目を引いたのはその死体の異様さ。
襲撃された政治家たちの死体にはどれも同じような傷痕が残されていた。
その傷痕は、まるで抉ったかのように胸に風穴を空け、向こう側の景色が見れるというひどいものだった。その有様から、人々の間で政治家殺しはこう呼ばれるようになった。
【
と。
ハジメは、マクギルと同盟を結びオスティアへと至る途中でも、自らの仕事を淡々とこなしていった。
「た、頼む。金ならいくらでもやる。だ、だから命だけはっ」
暗闇の中、ただただ己の生殺与奪を握られているということの恐怖に震え、必死に命乞いをする男。その視線の先には、何も感じさせない瞳で見据えるハジメの姿があった。
ハジメは、無様に這い蹲る男の頭を掴み、宙に浮かす。男の顔が恐怖にゆがみにゆがみ、感情が察知できない。
「…貴様の様な屑は、早々に死ね」
そういい捨てると同時に、何かを砕いたような音が暗闇の中に響き渡る。
「ふん」
頭が砕かれた骸を、ハジメは無造作に投げ捨てる。
すでに臥していた他の骸とぶつかり不愉快な音が木霊する。
そしてハジメは、手馴れた手つきで咥えた煙草に火をつけ、肺に煙を送る。
吐き出された紫煙と共に、ハジメは闇の中に消えていった。
次の闇に誘われるかのように。
ここはオスティアのとある街。その一角にある飯屋。
「全く、これで何十人目だ」
黒髪の剣士が新聞を見てぼやく。
「あ~?あぁ例の政治家殺しか。爺どもも見つけたら倒してくれって言ってたなぁ」
赤毛の鳥頭が剣士のぼやきにそう応える。
「ええ。彼らからしたら、いつ自分の身に降りかかると知れない災厄ですからね」
「後ろ暗い奴は怯えておるじゃろうなぁ」
ローブの男と爺さんのような口調の少年が鳥頭に続く。
彼らは紅き翼。連合側についているいわば傭兵のような者たちである。その高い能力は、連合内部でも評価が高い。
……
「確かになぁ。姫子ちゃんのこともあるしな」
赤毛の鳥頭はナギ・スプリングフィールドと言い、膨大な魔力を有した魔法使いであり、紅き翼のリーダーでもある。
ナギは、先日知ることとなった、謂わば連合の闇とも言える姫巫女のことを考え、口に出す。
「オスティアの姫御子ですか。そうですねぇ」
ローブの男の名はアルビレオ・イマ。にこやかな顔をして何を考えているか分からない魔法使い。
「まったくだ」
剣士の名は青山詠春。生真面目そうな剣士である。
「まぁわしらが議論していてもパイルドライバーは捕まるまい。顔もはっきり分かっておらんしの」
少年の名はゼクト。口調は爺のようで、見た目は少年の不思議な者である。
以上の4名で構成されているのが
「しかし、
ナギがそういうと、
「風穴を空けられるぞ?」
からかうような口調で詠春がそう返す。
「ははは。しかし、なんで戦争には出ねーで、裏でこそこそやってんのかね?そいつ」
ナギが疑問を挙げる。今の世情から、強さはそのまま活かされる戦争の時代。それ相応の護衛を有している政治家を、簡単に屠る様からは相当の実力者であることが伺えた。
「さぁ?少なくとも私たちの知れる範囲のことで無いのは確かです」
アルビレオが笑顔と共に結論としての答えを述べる。
「わしらの知らん戦争の裏とやらがあるのかも知れんしな。どっちみち知りたいならば、会わんことには始まらんじゃろ」
ゼクトがそれに補足する。
「それもそうだな。お、飯が来たみたいだぜ。いっただき~す」
「あまりがっつくな、ナギ」
そうして彼らは食事を始める。彼らを見ている者に気づかずに。
(あれが紅き翼…か。なるほど。マクギルが推すだけの事はある)
ハジメがオスティアについてから行ったことは、主に諜報の類であった。そして、
そして、戦争の発端である帝国のオスティア奪還への侵攻。
まだまだピースが足らない状況ではあったが、ハジメはここオスティアが、この戦争における重要な意味を持つ場所であると考えたのだった。
そして、
その組織が動いていることも知ったハジメは、戦争だけでない、まだ知ることのできていない何かにも繋がっていると考えるが、あまりにも情報はまだまだ足りていなかった。
そして、今まで得た情報から考察した上で、オスティアのトップ、それに準ずる者たちが手を回していることは、明白であり、ハジメは次の段階へと進むことになる。
(…全く、
次に目指すはオスティアの上層部。世界の闇へとより深く入り込むハジメはこの先に何を見るのだろうか。そして、
(まさか、本当に世界を転覆させるつもりなのかも知れんな)
いずれも、先に進めばわかることと、ハジメは進む。その信念と共に。
一方、そのころ
(むぅ。困った…、困ったのぅ…)
元老院議員に与えられた書斎の中で、マクギルは一人困惑に陥っていた。
それというのも、オスティアに潜入したハジメがもたらした情報と、マクギル自身が集めた情報がその困惑、悩みの発端であった。
帝国のオスティア侵攻の本格化。なにやら、鬼神兵を持ち込み、戦力を拡大しての侵攻を決めたとの情報がハジメからも、マクギル自身の情報網からも知ることになった。連合に属するマクギルにとって、頭の痛い話題である。
いくらオスティアといえども、厳しいものがあるとマクギルは考えたからだ。新進気鋭の
それと同時に考えることもある。ハジメのことだ。当初こそ、政治家殺しとして、裏を生きていたものとして組んでいこうと考えていた。
しかし、ハジメを知るにつれ、捜査や諜報ばかりでなく、表舞台に出てもらいたいと考えるようになってしまった。契約において裏で動くと了承しながらも、そうマクギルが考えたのは、他にも
(…いい案ではなかろうか。ハジメの今までの行動は恐らく誰も把握しておらんじゃろう。わしも出会わんかったら、分からなかったじゃろうしな)
ハジメが単独で全てができていたのなら、世界は結局ハジメについて何も知らぬまま全てが終わっていただろう。しかし、現実にはハジメはマクギルと同盟を結び、その名を、信念を、マクギルは知ることとなった。
思いついたのなら行動は早かった。まず、秘書を呼び出し、その旨をハジメに伝えることとしたマクギル。
「お~い。誰かおらんか?」
ひとまずは、帝国からの侵略を防いでくれるよう頼むことと共に。
ハジメにとって未来、表に生きることはここから始まったのかもしれない。
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