信念を貫く者   作:G-qaz

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第4話

青年は世界へと進む

されど誰も知ることはなく

 

第4話

 ~始まり~

 

 

 ハジメがいた森から外れること数日の距離に、街がある。

 そこにハジメはいた。

 この街はライルがもたらした情報に関連し、かつ森から一番近くの街としてハジメに教えていた街であった。

 

 街には活気があった。この世界で集落として獣人の村が一番大きいものとして認識していたハジメにとって、記憶にある街の風景に近いこの街の風景は、少々心地よい風景でもあった。

 この街に関する懸念材料があったとしても、この風景は得がたいものである。

 

 情報によると、この街を実質支配しているとされる有力者、名をゴルド・サージェン。この者は連合とつながりを持ち、人的資源に関して取引をしているとあった。

 

 とりあえずは、標的に関する情報について、現地での聞き込みをしようとハジメは、街の人間に声をかけるため、酒場へと足を踏み入れた。

 

 昼を過ぎているということもあり、人の影は見えない。ハジメは辺りを見回すと、カウンターの隅に男がいた。ハジメはその男に声をかけることにした。

 

「すまん、ちょっと聞きたいことがある」

 

「ん、なんだい?」

 声をかけられた男は、見た目は上下黒でまとめられた平凡な服装をしたハジメを見やる

 しかし、その腰にある剣に視線が行くと、男の顔に若干険が混じる。

 

「なんだ、あんた。ゴルド様の兵隊か?」

 『様』に随分と皮肉やいやみを感じさせる物言いを、男がハジメに対して放つ。息に酒気が帯びており、男は随分と出来上がっているようだ。

 

「いや、流れの者だ。この街の有力者だというゴルドという男について知りたくてな」

 

 嘘ではない。ライルからも聞いたが、外から仕入れる情報は質と客観性を、当事者・内から仕入れる情報では、鮮度と主観性を。

 情報として意味を見出すには、粒度と視点がモノをいう。何かをなすというのなら、この両方を仕入れなければいけない。

 

「ふーん……兄さん強そうだが、仕官でもする気か?だったらやめといたほうがいい。」

 男は、グラスに手を伸ばし、ちびちびと飲みながら忠告をする。

 

「それは、なぜだ?」

 ハジメは、マスターに注文をとりつけながら疑問を投げかける。

 

「なぜかって?知っているからさ…ゴルドのひどさをよ…」

 どこか実感が篭った声で、男はここではないどこかを見るような目で続ける。

 

「まぁ、流れならしらねぇのは無理ねぇかもな。んじゃ、俺が教えてやるよ」

 ハジメを横目で見ながら、くつくつと笑う男は、ゴルドの悪事を教えると言う。ハジメは、この男の素性を警戒しながらも耳を傾けた。

 

 

 

「あれは、数年前の話になるか……」

 

 それは、数年前にさかのぼる。

 当時、ゴルド・サージェンという男はこの街の有力者ではなかった。正確には、有力者である男の側近であった。

 

「正直、どこにでもいるお偉いさんと大して変わらん男だったさ」

 

 しかし、それは突然に変わる。

 有力者であった男が更迭されたのだ。そして、その後釜に選ばれたのが。

 

「ゴルド・サージェンだったわけだが……」

 

 少なからず街の人間たちから、信望があった男の更迭に戸惑いはあった。しかし、ゴルド・サージェンに変わってから、街が潤い、賑わってくると、いつしか街の人間たちも戸惑いをなくしていった。

 それが、どういう意味を持つかも知らずに。

 

 徐々に街は変化していった。獣人などのこれまで交流の少なかった存在が増えていった。兵を募ることも多くなった。

 

「ほとんどの人間は些細な変化として、気にしない。誰もが栄えるためのものとして、歓迎したさ」

 

 だが、徐々にそれは変化する。ゴルド・サージェンという男の傍にいたものは、よりそれを強く認識した。

 

 そして、事件は起きる。

 交易として、大々的なキャラバンが組まれた。そこには当然、兵たちも護衛としてついていく。

 

「しかし、襲撃された。そして、見ちまったのさ」

 

 交易の商品。それは、奴隷。いや、生きた商品として扱われていた、魔法世界人も人も関係なく。

 これを知った者たちの襲撃だったのだ。しかし、護衛として用意された兵に防がれた。しかし、何も知らない兵たちはそれを知る。

 

「ゴルドという男は、この街を人身売買の舞台にしたのさ。中央のお偉いさんたちと繋がって、自分は甘い汁を吸うためにな」

 

 この事実に兵たちは憤った。街に生きる者たちなのだ。しかし、何もできなかった。ゴルドは、兵たちを切り捨てた。

 反逆者として、街を守る兵団に殲滅された。事実を知らない街の人間はゴルドに踊らされるしかなかった。

 

「…お前は、キャラバンにいた兵の生き残りなのか?」

 ハジメは男を見る。男は、グラスを割れんばかりに握り締めしていた。

 

「何とか生き残った俺は、街に残した家族と共に抜け出そうとした。街のやつらは見捨てる気でいたよ」

 なにせ殺されかけたんだからよ、と男は目を伏せる。

 

「だが、俺が生きていたのを知っていたかのように奴等はいた」

 家の前にいたのは、ゴルドと見たことも無い頑強な鎧を纏った兵士たち。

 そして、ゴルドはもちかける。下卑た笑みを浮かべながら。

 

”あれで生き残るとは面白い。……契約をしないかね?”

 

 選択肢など無かった。拒否をすれば、家族が死ぬ。男は、契約を結ぶ。

 それ以降、男はただただ汚れ仕事を請け負うだけだった。その身を削り、終には家族までもが離れていく。残ったものは最早無かった。

 

 

 

「…運がいいぜ、兄さんよ。こんな話は普通じゃきけねぇ。街の人間はゴルドの胡散臭さは知っていても、何をしてるかなんて知らないからな」

 話し終えた男は、ハジメに笑いかける。とても笑えるような話ではないが。

 当然、ハジメには疑問があった。

 

「なぜ、そのような話を?」

 少し間をおいて、男はハジメの疑問に答えた。

「さぁな。もう先が無い命だ。誰かに話したかったのかもしれねぇ」

 男も不思議そうな顔で、グラスを揺らしながら、氷とグラスが当たる音を響かせる。

 

 先が無い命…。ハジメはそれに関して問うことはしなかった。男も聞いてほしくないのだろう、話は終わりとばかりに酒を飲む。

 

 

「そうだな、運がよかったようだ。礼をいう」

ハジメは、カウンターに貨幣を置いて立ち上がった。そのまま、酒場の出入り口へ向かい、ふと扉の前に立ち止まり、一言。

 

「貴様の話を聞いたからではないが…ゴルドには、罰が与えられるだろう」

 そして、ハジメは酒場から出て行った。

 

 残された男は、笑みを浮かべながらひとりごちる。

「おかしな兄ちゃんだったな。…罰ね、何が与えられるのやら」

 

 

 

 日が沈み、夜となる。活気があった街路も、酒場以外はその様相を変えていく。

 さらに夜も更ければ、やけにきれいな月明かりだけがあたりを照らし、人の気配は最早無かった。

 

 それは、ゴルドが住む邸宅付近も例外ではなく。少人数の護衛しか配置されず、危機感も少ない。この街が平和であったことがうかがえる。

 

「…こちらとしては、好都合か」

 物陰からそんな光景を目にして、ハジメはそっとつぶやく。

 

 ゴルドという男は、連合から都合よく使われているだけの男だった。ハジメの目的である、世界を裏から操ろうとしている組織とは、ほぼ関係無いといっていい存在。

 しかし、連合の情報を内から探れるかもしれない。なによりも、酒場で話を聞いたときから、このような下衆をハジメは放っておく気は無かった。

 

 平和ボケしている護衛を昏倒させ、あっさりと屋敷に侵入し、街の情報屋で仕入れた屋敷の地図を頭の中で照らし合わせて進んでいく。

 途中、見回っていたのだろう兵士も徒手で音も無く葬り去る。

 

 そして、難なくたどり着いたのはゴルドの書斎。明かりが扉の隙間から漏れている。夜もふけている中で、どうやら起きているらしい。

 ハジメは気配を消し、書斎の中へと入る。

 

 書斎の中で、ゴルドはある書類を書いていた。それは、今日この屋敷から去った男の今後を決める書類。

(便利なものだったが…縛れるものがなくなった今、離れるのは仕方なしか。さて、どうやって葬り去るか)

 

 男に関して、ゴルドはその強さも、弱みも把握していた。なればこそ、今まで使えていたのだ。しかし、その弱みは最早無い。無くしたのだ。ゆえにゴルドは、どうやって始末をつけるべきか悩んでいた。しかし、その悩みも次の瞬間には消え去る。

 

「ほう、随分と面白いことを書いているな」

 突然後ろから投げかけれた声に、ゴルドは振り向いた。その出っ張った腹が完全に振り向くことを許さなかったが。そんなことはお構いなしに、ハジメは構えた刀を解き放った。

 ゴルドが最後に見た光景は、自らを刺し貫いた男の殺気に満ちた、鋭利な瞳であった。

 

 

 

 夜が明けて次の日。男は知る。ゴルドが死んだことを。そして、それを行ったものが誰であったかを考え、思い至る。

「やっぱり、おかしな兄ちゃんだ」

 そうつぶやいて、男は空を見る。残り少ない命は、何に使おうかと考えながら。

 

 

 

「まだまだ世界は広い…か」

 ハジメは荒野を一人歩きながら、一息つく。

 結局ゴルドの屋敷で見つけたものは、同じ穴の狢のような輩についての情報ばかりで、ハジメが欲していたものはやはり無かった。

(だが、他にも悪即斬のもとに切り捨てる獲物が山ほどいることが分かった。そして、それらを辿っていけば…)

 

 今は知れぬ奴等に辿りつくだろう。

 

 それは遠くない未来として、ハジメは実現させる。自らの覚悟のままに進み、世界を変えるために。

 

 

 

 

 

 時は少々流れ、とある町のとあるギルド。

「おいおい、何だこの賞金首はよ。顔も名前も分からないときたもんだ」

 武装が施されたその外見から察するに賞金稼ぎなのだろう男が、数人の仲間であろう連れと、一枚の紙を見やる。

 

「懸賞金は…おぉ、10万ドラクマ。1年は遊べるな」

 その金額を見て、笑顔になるものもいるが、いかんせん情報がほとんど無い。そこに記されているのは、罪状のみ。

「しかし、政治家の暗殺ねぇ。捕まえるのがまず、大変だな」

 まぁ、見かけたら捕まえるかねぇ、と話はお開きとなり、男たちは、自分たちの仕事を見つけに受付へと行く。

 

 世界は徐々にその変革、戦争への舞台を整える。

 

 

 

 

 

「はぁ、これで何人目だろうね」

 そうつぶやいたのは、見た目は無表情な青年…アーウェルンクスだった。

 ここは、まさにハジメが追っている組織、その名は完全なる世界(コズモエンテレケイア)の数ある一つのアジト。

 

 その一室で件の青年アーウェルンクスは、今届いた資料を近くの机へと置いた。その動作は緩慢で、どこか疲れているようにも見える。

 

「今話題の、政治家殺しのことか?」

 同じ部屋にいた、ローブを身に纏った背が高めの男…デュナミスが、アーウェルンクスのつぶやきに反応を示し、問う。

 

「そうだよ。まったく困ったものだね、どこかの人間が雇ったんだろうけど。もっと早く起きていたら、僕たちの計画にも支障ができていたね」

 ため息をついて、カップへと手を伸ばす。お気に入りのコーヒーの匂いが鼻孔をくすぐり、満足したのかカップに口をつける。

 

「そうだな。だが、現状特筆すべき支障が出たわけでもない。まぁ、操るべき人間が減ったというのは、そう探しにくいということに繋がるが……支障というほどのことでもあるまい」

 デュナミスも、同じように机においてあったカップに手を伸ばし、コーヒーを飲む。

 

「さらに言うならば、すでに計画は始動している。後はどれだけ戦争を長引かせるか…だ。もし、件のそやつが我らの邪魔をするというならば……」

 そして、一気にコーヒーを飲み干し、カップを机におくデュナミス。ローブで隠れても垣間見えるその双眸を、獣のようにぎらつかせる。

 

「そのとき、叩き潰せばいいだけのこと」

 そう言い放ち、デュナミスは資料だらけの部屋から足音を立てながら出て行った。

 

 そんなデュナミスを見送りながら、アーウェルンクスは、カップを机においてため息を吐く。

「まぁ、言っている事はその通りだけど、心穏やかではいられない…か。しかし、政治家殺し。僕たちと繋がっている人間も幾人かいる。偶然…なのかな」

 アーウェルンクスは天上に目をやり、思考にふけていった。

 

 

 

 

 

 

 そのころ、M・M(メガロ・メセンブリア)では、議会が開かれていた。

 老人たちが、各々が己の保身のために紛糾していた。

 

「まだ捕まらんのかっ!このふざけた殺人鬼はっ!」

 自身の前にある机に拳をたたきつけながら、憤慨している老人が叫ぶ。それに呼応するかのように、他の老人、老人と行かないまでも初老を迎えたような人間も、矢継ぎ早に述べる。

 

「10万ドラクマもの金をかけたのだ。暗殺者というならば、網を張ればすぐに捕まえられるのではないのかね?」

「全くだ。それに長命種や、化け物のように強いわけではなかろう。町ひとつが消えたわけでもなし」

「我らに対する気概が薄すぎるのではないかね?」

 

 それぞれがそれぞれに好き勝手己の保身のための向上を述べ、叫ぶ。

 それを一身に受ける、役人と思われる若い男は、平身低頭のまま謝り続ける。

「申し訳ありません。しかし、顔も特定できていない相手に…」

 

「黙れっ!弁解など言う暇があるならば、その後ろで突っ立っている役立たずどもとさっさと捕らえにいくがいい」

 議会の中心にいた老人の眼光が鋭く、役人とその後ろに控える賞金稼ぎやギルドの代表たちを射抜く。

 

「くっ」

 ギルドの代表たちが顔をしかめる。自分たちが派遣、雇ったものたちはもうすでに何人もやられているのだ。言い訳もできない。

 

 そんなものたちを見て、老人たちは失望したということをその瞳に、空気にあらわしながら告げる。

「とにかくこの者を、至急に再手配せよ。賞金は倍の20万ドラクマにしておけ」

 他の老人からも警告ともとれる言葉が告げられる。

「我らの命を狙っているのだ。早急に事態を収拾したまえ。次があると思わんことだ」

 

 老人たちのプレッシャーに、役人も、戦い慣れしている者達も頭を下げ、体を震わす。

「はっ。分かりました。全力を持って取り掛からせていただきます」

 役人と賞金稼ぎたちは、そのまま部屋を去っていった。

 

 

「しかし、顔どころか、名前も分からんとは」

 何処からとも無く、億劫そうなつぶやきが発せられる。

「厄介ですなぁ。帝国との戦争もあるというのに」

 

 帝国との戦争というワードに、老人たちは次の議論へと移っていく。

「そうじゃ。戦争じゃ。どこからか英雄となるような者を探さんとな」

「ふむ。それならば…」

 

 

(殺されているもの全員が……。これは偶然か否か…あって見ぬことには分からんのぅ)

 幾人かを除いて…保身のための議論は続いていく。

 

 

 

 

 

 場所は帝国。その玉座に君臨する王を中心として円卓はあった。

「ふむ。連合でも此度の事件はあったということか」

 報告が終わった後、王が確認の意味をこめて問う。

 その身から発す威厳の様は、万人に王という存在を知らしめる。

 

「はい。ですが、やはり件の者について、有力な情報というものは持っていないようです」

 それに答えるは、平身低頭のままの姿勢でいる人間と似て非なる姿の男。

 

  魔法世界人。

  古き民と呼ばれ、その頭上に角を生やしていたり、とがった耳をもつなどの特徴を持つ存在。

  彼らにとっても政治家殺しは、対岸の火事ではなかった。帝国側でも被害者がいたのだ。

 

「ふむ。ならばそちらに手が届くように、この戦争早く終わらせる必要があるかも知れんな」

 王のその言葉に、男が下げていた頭を上げる。

「使いますか?鬼神兵を」

 男のその言葉に、王は顎をなでながら思案顔で述べる。

「まだ早い……が、準備はしておけ」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 仕組まれた戦争は、激化していく。

 様々な思惑が入り混じった戦争は、終わりを知ることなく。

 ハジメの行動がこの先どのように、この戦争を、この世界を左右していくのか。

 

 それは…誰も…知らない。

 

 

 

 

 




どうも、読んでいただきありがとうございます。

加筆していたら、あさっての方向に行ってしまって投稿が遅れてしまいました。申し訳ないです。
次話も、加筆・修正が終わり次第投稿します。

誤字・脱字等がありましたら、報告していただけると幸いです。

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