信念を貫く者   作:G-qaz

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第2話

闖入者は何をもたらすのか

世界を加速させる歯車はそこに

 

第2話

 〜闖入者〜

 

 

 ハジメが竜と戦って数ヶ月が過ぎた。あの感覚を忘れぬように、日々鍛錬を続けている光景が見られた。

 それは、何時襲われ戦うことになるか分からない上、この前のようになるとは限らないと結論付けたからであった。

 

 そんな日々を過ごす中で、鍛錬をしている途中いくつか気づいたことが、ハジメはあった。

 まず一つ目は、その身体能力だ。

 その体は十二分に頑丈、そして性能を誇っているということだ。驚いたことに、一日ずっと走り続けたり、素振りなどを行っていても翌日には平気という頑丈さを持っていた。更に、走ったりするときも、その速度が記憶にある足の速さというものを覆す速さなど、例を挙げれば切りが無いほど驚きの身体能力を持っていた。

 

 次に二つ目、それは技術。

 これは体が技術を覚えていたという表現がしっくり来るだろう。鍛錬をするにいたってどのようにするべきか考えて、とりあえず素振りや走り込みなどをしていると、自然と体がどのように動いていたかがイメージとして明確に浮かぶのだ。

 これのおかげでハジメは鍛錬の際、技術の習得が思う以上に捗った。言ってみれば、体が覚えている技術を頭に刻み込んだということになるのか。

 

 最後に三つ目。これは名称しにくいものであった。

 言うなれば、体の内側から力がわきあがるのだ。ハジメは知識をすり合わせ、これは恐らくであるが、いわゆる気が使えるということだと判断した。

 竜と戦ったとき最後に放ったものが気であるのだが、ハジメにとって未知の領域であるため、いかんせん確証がもてないようである。この気を使うことで身体能力が格段にあがる。竜に風穴を開けたのもうなずけるものである。

 今はこの力を制御することに集中し、戦闘中であろうと十二分に制御を行えるようになったら、他の鍛錬方法も並行しようと考えていた。

 

 ハジメにとって大事なのは、この体であれば、戦える力を手に入れたと同義ということであった。

 その戦う力を引き出すために鍛錬を続けていく中で、この付近で狩をしようとも苦ではなくなっているハジメがいた。

 

「さて、今日は何にするかな」

 

 飯にするための獲物を考えるほどに。

 

 

 

 

 

 時と場所は変わり、夕日が沈み始め闇に生きるものが好む夕闇となった森で、一人の男が駆けていた。

 枝から枝へ。遮る木々を物ともしないその身のこなしは、男を只者ではないと印象付ける。

 

 しかし、男は焦っていた。吐く息は荒い。その顔は汗にまみれ、視線は何かを警戒するように周囲をさまよい続けている。だが、決してその足を止めることはしなかった。

 

「畜生……畜生っ」

(まさかこれほどまでに深く、奴らがつながっているとはなっ!)

 愚痴をはき捨てながら、思考で何かを罵りながら男は森の中をひたすらに突き進む。男を獲物と勘違いした竜すらもおいていくほどに男は速かった。

 

(こいつだけは守りきるっ)

 懐に入っている何かを確かめるように握る。その思いが男をここまでの気迫を出させていた。そして、次の木へと飛び移ったその瞬間、闇が彼を飲み込んだ。

 

「いかんなぁ。あまり私の手を煩わせないでくれたまえ。溝鼠君……」

 

 地獄から響き渡るような低く、威圧感のある声が闇から聞こえる。その声は間違いなくその空間を支配していた。

「もう追いついてきやがったのか!?」

 男の目が驚きで満たされる。闇色に染まった木に着地すると、その体が停止し身動きすることを許さない。あまりに悪すぎる状況に男が歯噛みしながら声の主を睨みつける。

 

 そんな男を尻目に、先ほどの声の主は静かに男の命を刈り取る呪文を紡いだ。

「死にたまえ…雷の斧(デイオス・テユコス)!」

 影が振り下ろした雷の斧は、男に向かってその破壊力を収束させる。男がいたあたり一面の木々が消し飛び、この森を住処とする獣たちが騒ぎ出す。森がざわつきはじめた。

 

 

 

 

 優に人の倍はあろう獣がその体躯を地に倒し、大地を揺らす。その獣の前には、構えを解き獲物の生死を確認するハジメの姿があった。

 死んだことを確認したハジメは、獣をさばき始めた。この獣が今日の彼の飯の種である。この数ヶ月でずいぶんと馴染んだようであった。

 

「ん?」

 ふと、解体作業の手ををいったんやめて顔を上げるハジメ。その顔は奇妙な表情をしていた。

 ハジメはこの森に何かが侵入したことを察知した。そして、その気配の大小すらも把握することを今の彼は可能にしていた。

(珍しいな……しかもこの大きさは人か?)

 この森で生きていくために、気配など自分以外の存在に対しての感覚が鋭敏になったハジメは、この森に入ってきた闖入者の存在に気づいたのだった。

 しかも、その存在は日ごろ相対している竜などの化生の類ではない、もし人間だとするならば、なおさらハジメの興味を引いた。

 彼にとって人間というのは森のはずれにある村の住民である獣人くらいしかいなかった。そして彼らであれば、その気配の特徴を把握しているハジメが分からないはずも無い。

 

 獣人との交流は、そのほとんどが獲物である獣の角、牙と食料の交換だけであった。獣人たちもハジメが珍しかったのだろう、そこまで深い交流はなかった。

 そのため、村に住もうという選択肢も生まれることもなく、そういった存在との縁というものが限り無くなかった。

 この世界に来て知り合い、いや最早親友といえなくもないほど仲良くなった存在はいるにはいるが、それも人ではなかった。

 

(……面白い)

 もしかすると、純粋な人間。この地で目覚めてから貴重な体験になるかもしれないと思うと自然とハジメの頬が緩んだ。

 

 

 

 ハジメが獣を解体し終わり、気配がするほうへ足を向けようとしたそのとき。まるで雷鳴のような音があたりに響き渡った。

 その発生源はまさに今、ハジメが足を向けたその先。森の中にある一点から、黒煙が立ち上る様子がハジメの目に映った。。

「っ」

 ハジメは今の現象に困惑していた。気とは違う何かがあの場所で放たれたことは推測できる。だが、その現象も理由もハジメには分からなかった。

 似たようなものとして竜の息吹(ブレス)が上げられるが、あんなものは少なくともハジメは見たことがなかった。

 

(行かなければ分からん……か)

 

 兎にも角にも自分で判断しなければならない、と刀を木で作った鞘に納め、ハジメは黒煙が立ち上る場所へと駆け出すのだった。

 

 

 

 黒煙が上がるその場所。そこに立つ人を思わせる影。

「ほう。今のを防ぎきるか。ただの溝鼠ではなかった……か」

 どこか感心したかのような、物珍しい様を見たかのような目で男を見る影。

 

 影のその相貌は白髪が混じり、皺が目立つ老人のそれだった。紳士のような服装と雰囲気もあいまって気のいい老人のような姿を見せていた。顔だけならば。

 しかし、体中を傷だらけにして呻いている男と比べても遜色ないほどの、むしろ凌ぐほどの肉体が男に強さと恐怖を植え付ける。

 

「くはは。先ほどまでの威勢はどうしたのかね?」

 愉快だと笑う老人の言葉に、男は自身の体が後ずさりしていたことに気づく。それをさせた潜在的な恐怖を跳ね除けるように、男は老人をにらむ。

 

「それでいい。成長を見守るのも…それを挫き、砕くのも私は大好きなのだよ」

 さも楽しいといったように体を揺らす老人。その目は暗く、濁っていた。男はその目に狂気と恐怖を感じた。間違いなく目の前の人物は自分と違う世界の生き物だと確信させるだけのものを老人は備えていた。

 

「へっ。ざけんな。…これが欲しいだけだろ?」

 そんな恐怖もあざ笑うように男が気勢を上げる。その懐から、何か端子のようなものを取り出して、老人に見せ付けた。それを見た瞬間、老人の雰囲気は戦う者のそれとなる。

 

「もちろんだとも、それが依頼なのだからね。だが、先ほどいったことも事実。それを取り出してどうするのかね?」

 老人の言葉に男は何も答えない。そんな男を見た老人はどこか拍子抜けをしたような、期待はずれだというような雰囲気を滲ませる。

「もし……命乞いでもするのだとしたら、残念だといわざるを得ないな」

 両手を広げ、残念だとリアクションをとる老人。しかし、その目は冷たいままの老人は男に向けて静かに一歩踏み出した。それが男の恐怖心を掻き立てる。

 老人はまったくの無表情を崩さないまま右腕を振り上げる。振り上げたと同時に、男は直感に従うがままに右へと跳んだ。

 

「ははっ、無詠唱呪文でこの威力かよ……」

 男は乾いた笑いをして、もといた場所を見やる。その場所は、抉れていた。老人の無詠唱で行使された呪文、雷の矢が男を狙ったのだった。

 

(逃げられそうには……ないか)

 男は冷静に彼我の戦力差を分析し、目の前の老人を送り込んだ者たちに内心でとんでもないものを送ってくれたな、と罵倒する。当然この状況で逃げ切れるといった甘い考えを持つはずも無く、どうすればこの状況を変えられるかに思考を切り替えていた。

 逃げなければいけない。しかし、この状況で背中を向けていいような相手ではない。この老人はいとも容易く男を屠るだろう。

 

 なにか解決するわけでもない。だが、少しでも可能性を繋ぐために時間を稼ぐことにした男は老人へと話しかけた。

「これは世界を変えるために必要な足がかりなんだ。…それを分からないあんたじゃないだろう」

 なるべく不敵な笑みを浮かべながら、端子を懐に戻す。

「その足がかり。あっては困るのだがね…それと、時間稼ぎなど下らんよっ」

 あきれたように、そう返した老人は、刹那目を見開き一瞬で男の近くまで近づく。

 

「ちぃっ、氷楯(レフレクシオ)!」

 

 老人は魔力が通った右腕を引き絞り、前方へと解き放つ。それだけで、大地は抉れ、余波で木々も吹き飛ぶ。ただの拳が容易にそして上等な破壊の武器となる。

 男が張った障壁の氷が老人の半身を包むが、そんなものはお構いなしに老人は口を愉悦にゆがませ、次の攻撃へと続ける。口ずさむは詠唱。男を端末ごと葬るための魔法。

「……吹きすさべ南洋の風(フレット・テンペスターズアウトリーナ)雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)

 男の眼前をまさに雷の暴風といえる嵐の奔流が襲う。魔力によって指向性を持ったそれは、男を容易く飲み込もうとする。

「くっ!くそぉぉぉっ」

 必死に障壁を張り続けるも、男は終に雷に飲み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 あたり一面が焦土と化し、木々は火を燃え広がせ森に黒煙が立ち込める中、老人は悠然と立っていた。

 

 何かを確認するように辺りを見回す。

「ふむ。消えてもらえたかな?」

 どうやら先ほどの男を、生死を確認していたようだった。

 

 しばらくあたりをのんびりとした歩調で歩く。その大地は当の老人が焦土と化したというのに、何も感ずることの無いままに歩く。むしろこの光景が当然なのだといわんばかりに自然体であった。

 

 そして、何かを見つけ、その顔がゆがむ。愉悦にゆがむ。

 呻き声を上げるそれ。それは辛うじて生きているというのが正しい、死に体の男だった。

 

 その様を見ながら、老人は男に話しかける。愉快そうに笑うその声には狂気が入り混じっていた。

「ははは……やはり、生きていたかね。魔力全てを障壁に回したのだろう」

 素晴らしいことだ、と老人は言葉を発しながら、男に向かって歩き続ける。目が怪しく光り、その本性が表に出つつあった。

 

 男はもはや、体を動かせない状況でただ断頭台が降りるのを待つ罪人であった。

「だが残念……どのみち君は死ぬ」

 そういって、老人は右手を掲げた。男の命を絶つために。老人のまがまがしい魔力がその右手に収束を始めた。

 しかし、そこに闖入者が現れる。

「ここで何をしている?」

 焼け野原となった森の一部と死に掛けの男とその傍らに立つ老人を怪訝な表情で眺めるハジメであった。

 

 

 

 その瞬間、ただの一瞬でこそあったが老人の意識は、その部外者に奪われた。

 なぜなら、数歩で相対するほどの距離。この距離まで老人は気づけなかった。その異質さに老人は意識を奪われてしまった。

 そんな老人に対して軽口でも言うようにハジメが口を開いた。

「と、悪いな。この男助けるぞ」

 ハジメが脇に担いだ男の姿を見て、老人が驚きにその目を見開く。そして、すぐさま男が居るはずの足元を確認するが、当然そこに男の姿はなかった。

「っ」

 愕然として言葉を出せない老人。

(魔法!?いや、ゲートを開くような感覚は無かった)

 ハジメがどうやって男を自身に感知させずに持っていったのか。一切の予備動作を感知できなかった老人が指向を混乱させる。

 老人は、内心の驚きを隠しながらも、目の前に現れた未知数の者を見極めるためにしゃべりかけることにした。

「君は何故、その男を助けたのかね?」

「始めてみる純粋な人間だったから……だな」

 老人の言葉にハジメはそう返した。事実その可能性を求めてきたと言うこともあった。ハジメの言葉に老人は疑問符を浮かべるが、このような辺鄙な地において人間は珍しいのだろうとひとまずおいておくことにした。

 

「悪いが、その溝鼠を渡してくれないかね?」

 相手が未知数な相手であることに代わりは無いが、話せることは分かった老人は男を引き渡すようにハジメに言った。

「どうだろうか、さっさとその溝鼠を渡してくれないだろうか?礼はするとも」

 対価を用意するということは交渉の中で当然の行為だ。老人もそれに倣って懐から煌びやかに輝く石を取り出した。ハジメに対しにこやかに笑みを湛えながら老人が一歩進む。

 

 しかし、ここがどこであるかを鑑みればそれは、その取引はもちかけるべきは無かった。この森、いや、大陸は龍すらも住み着き、悪魔すらも狩られる側の場所であることを。

 そして、数ヶ月ながらもこの場所で生き抜いてきたハジメに、戦いにおける危機感を抱かなかったことを老人は悔やむことになる。

 

「言ったはずだぞ?この男を助ける、と」

 ハジメは、男を抱えながら、老人を鋭い眼光に射抜く。老人はその視線に気づき、目を鋭くさせる。

「このような相手に随分と本気を出してるようじゃないか。人間もどきが」

 獰猛な笑みを浮かべて気をこめながら、ハジメは刀を一気に横薙ぎに振り払った。気の刃は一つの壁のように老人に襲い掛かり、もろともその一面を吹き飛ばす。

 

「なっ」

 自身が攻撃されたこととその正体を看破された事に老人が驚きの声を上げる。

 老人が吹き飛んだのを確認したハジメは、刀を納め男を肩に担いだ。少々回復したのか、男は呻き声をあげながらも伝えなければいけないことを伝える。

「理由は……後で話す。今は助けて……ほしい」

 

 その言葉にハジメは僅かに笑みを浮かべながら頷く。その動作が分かったのだろう、男は安心したように体重をハジメに預けた。

「事情も聞きたいしな。死ぬなよ」

 男をしっかり掴んだことを確認したハジメは、老人を気にしながらも自らの最速で駆けだした。

 

 吹き飛ばされた老人が気づいたときには、ハジメは最早探知するには感じ取れない距離まで逃げられていた。

「やれやれ、面倒なことになったものだよ」

 そう愚痴りながらも、その顔は今日一番の笑みを深く、深く刻んでいた。またとない愉悦の感情が老人を支配していた。

 

 

 

 

 


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