信念を貫く者   作:G-qaz

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第26話

「ようこそ、皆さん。お久しぶりです」

 京都へ着いたハジメたちを出迎えたのは詠春自身と数名の巫女であった。そして、護衛なのか数人のそれと分かる人間が周囲にいる。

 注目されていないのは、何らかの術式を行使しているためだろう。

 その出迎えに若干名は内心で戸惑いながらもそれを顔に出すことはしなかった。

 

「久しぶりだな。まさか、貴様自身が来るとは思わなかったが」

 ハジメの言葉に、詠春は些かこけたように見える頬を緩め笑みを浮かべた。

「あれだけ密度の濃い時を過ごした戦友たちとの再開ですから」

 ナギとラカンは、その言葉が嬉しかったようで、笑みを浮かべながら詠春の方に腕を回して再会を喜んだ。

 

 話したいことは多々あったが、ここでは些か迷惑である。そのために、詠春は皆を引き連れて駅を出た。

「今日はもう遅いですからね。このまま私のところへ案内します」

 もう日が傾き始めた頃合だからだろう。詠春は用意させていた車へとハジメたちを誘導する。

 

 車内から見る京都の光景はまた違う趣があったためか、アスナはしきりに窓を見ながらあれこれと興味を示していた。

 そして程なくして着いたのは、関西呪術協会の総本山の中心である近衛家。とは言っても本邸ではなく、そこから少しはなれた別邸である。客人用に作られた離れのようなものであったが、その規模は段違いであった。

 

 

 

 宴を開く予定ではあったが、少々準備が整うまで時間があるとの事で一行はひとまず風呂を借りることにした。

 檜で作られた大浴場は大人が何十人とは入れそうなほどに広かった。これを見て、はしゃぎ出す者が紅き翼には若干名いる。

 

「うっひゃー。広い広いなっと」

 ナギはそういいながら、湯船へとダイブした。それに続くようにラカンもダイブする。

「おいおい、ガキかお前ら」

 そんな二人にメガネを外したガトーが辟易しながらも言葉少なに注意する。普通は体を洗ってから入るものだ。

 

 詠春は苦笑しながらも、変わっていないナギやラカン、戦友たちを見て懐かしい気持ちになる。

 それとは対照的に呆れて思わずため息が出たハジメであった。

 

 

 

 一方、女湯。

「ほれ、目をしっかり閉じておけ」

「ん」

 アリカがアスナの髪を丁寧に洗っている。こういったふれあいが少なかったせいか、アリカはいつもより頬を緩ませていた。

 お湯をためていた風呂桶を翻し、お湯をアスナの頭上へかけ洗い落としていく。

 

 隣ではエヴァンジェリンが洗い終わった髪を纏め上げながら、アリカとアスナの様子を見て思わず笑みを漏らす。

「くくく、まさかこんな日が来るとはな」

 数年前までは、平穏とは真逆の立ち位置にいたはずなのに、今では一国の女王と姫君が一緒に。それものんびりと風呂を、旅行を楽しんでいる。

 変われば変わるものだな。そう内心で思いながら、体を磨いていく。

 

 そんなエヴァンジェリンに気づいたのか、アリカが微笑む。

「良いものじゃろ」

「あぁ、そうだな」

 

 そして、暫し体を洗っていると、アリカがエヴァンジェリンの肌を見ながらおもむろに口を開く。

「……それにしても肌が綺麗じゃの」

「当然だ。いつナギに襲われてもいいようにな。いや、襲うか?」

 不適に笑うエヴァンジェリンは、どこか妖艶さを漂わせていた。

 

「お、襲っ」

「……何を赤面しているんだ、お前」

 戸惑うアリカに、つられてエヴァンジェリンの頬にも朱が差す。

 

「エヴァとナギ戦うの?」

 その言葉に戸惑っている理由を察したのか、平然とした様子で疑問に答えた。

 

「いや、仲良くなるだけさ」

「襲うのに?」

「いや、襲うからさ」

 楽しそうにアスナに答えるエヴァンジェリン。

 

「そろそろ湯船につかろうかの、アスナ」

 そういってアスナの手を引いてアリカは湯船のほうへと向かう。

「……過保護なことだな」

 話を切り上げて連れて行ってしまったことに対してか、エヴァンジェリンは呆れたように笑みを浮かべた。

 

 しかし、エヴァンジェリンは勘違いしていた。

(お、襲うなどと……積極的過ぎるじゃろ)

 湯船で泳いでいるアスナを横目に、赤みが濃くなっていくアリカ。

 

 戸惑った理由は確かにアスナのこともあった。だが、最大の理由としては単純に初心なだけである。なにしろ。

(わ、私もハジメとそういうことを……あわわわ)

 何かを妄想してどこかにたどり着いたとき、思わずそれを洗い流すかのように顔を湯で洗った。

 

 つまりはそういうことである。

 

 

 

 風呂から出る頃には宴の準備も整っていた。

 催された宴では、様々な日本料理が所狭しと並べられていた。各自が思い思いの場所に座り、それぞれが楽しみながら宴は始まった。

 

「いやーうまい酒だぜ」

 上機嫌で酒盃を傾けるラカン。詠春が用意した日本酒を気に入ったらしく、空の徳利が何本もあたりに散らばっている。

 

「確かに。魔法世界とはまた違ったうまみがある」

 同じく酒盃に満たされた透き通った酒に対し、ガトーもラカンに同意する。こちらも数本の徳利が横に並べられていた。

 この二人は日本酒とそれにあわせて出された御造りや鍋との相性に満足していた。

 

 そんな二人に対しナギは親しみのあるビールを呷っている。

「あ~、こっちのは喉に来るな。爽快さがいいっ」

 揚げ物をつまみにこちらはこちらで楽しんでいた。

 

 

 

 一方でエヴァンジェリンは傍らの小さな影とともに縁側に腰を下ろしていた。

「ケケ。羽目ヲ外シスギジャネェカ?」

 そう口を開いたのはエヴァンジェリンの従者であるチャチャゼロであった。そんなことを言いながらこの人形の片手には一升瓶が握られている。

 

「楽しそうで何よりさ」

 エヴァンジェリンがナギを見つめながら楽しそうにしている従者にそう返す。そして、視線を外して空を見上げる。そこには山の上と言うこともあってか、いつもより近く感じる満月が見られた。

 

 整備された庭は、これぞ日本庭園と呼べるものだった。それが月明かりと共に照らされている景色は、筆舌に尽くしがたい粋なものが感じられた。

 こういった静かに、風流を楽しみながら飲む酒を好むエヴァンジェリンは、後方から聞こえるバカ騒ぎに微笑みながら酒盃を傾けるのであった。

 

 

 

「ほう、見事なものじゃ」

 そういってアリカは見事に盛り付けられている鯛の御造りに、感嘆の声をあげた。そして、その透き通った切り身に箸をのばす。味も文句のつけようがなく、美味。

「美味しいぞ。アスナも食べてみよ」

 アスナはこくりと頷き、勧められるにままに食する。

 お気に召したらしく、こくこくと頷きながらまたひとつと箸をのばしていく。

 

 そんなアスナを微笑ましそうに見守りながらアリカも心置きなくご馳走を味わい。

「ほう、これが天ぷらか」

 食事を運び込む巫女服姿の女中に料理名を聞きながら、それを食しアスナに勧めていた。

 

 

 

「ほう、これはなかなか」

「美味しいでしょう。私も好きなんですよね」

 鱧の湯引きを梅肉で食したハジメは思わずうなる。牡丹鱧と呼ばれるほどにその身を花開かせた見た目もさることながら、その味もあっさりとしながらも独特の風味とうまみ、梅肉の酸味がハジメの舌を楽しませた。

 ハジメの様子から詠春も笑顔で賛同する。こちらもどうぞと鱧の天ぷらをハジメに勧め、その美味しさに舌鼓を打ちながら食事を楽しんでいた。

 

 ハジメの横ではアルビレオが鍋の豆腐をつつきながら、片手にビデオを離さない。その顔の笑みは崩れることを知らないようで、終止楽しそうな笑みをしながら、カメラを回し続けていた。

 

 

 

 宴が進んでいく中、ハジメと詠春は皆と少しはなれたところで、酒を酌み交わしていた。

「それで、どこまで把握しているんだ?」

「……ただの旅行ではなかったのですか?」

 おもむろに口を開いたハジメの言葉に詠春は笑顔のまま答える。

 

「まぁ、最初は忠告にとどめようとしたんだがな」

「不甲斐無くて申し訳ないです」

 目を瞑り、少々沈痛な面持ちをする。

 

「……そうですね、派閥は把握していますが、うまく治められませんね」

「出てくるか」

「十中八九。ご迷惑をおかけすると思います」

「まぁ、麻帆良でもそういう結論に至ったからな」

 そういって懐から煙草を取り出すハジメ。同じように詠春も煙草を取り出し咥える。

 

「吸っていたか?」

「いえ。ですが、ハジメとガトーが良く吸っていたわけがわかりましたよ」

 曖昧な笑みを浮かべる詠春に、ハジメも軽く笑みを浮かべた。詠春は詠春で大変なようだった。

 

 

 

 それは、突如として起きた。

 地響きがあたり一面を揺らしていく。そして、次の瞬間に響き渡る人外のそれと分かる咆哮。

 別邸であるにもかかわらず、聞こえてくる喧騒。

 

「おいおい、ここは自分のねぐらでもあるだろうに」

「困ったものですねぇ」

 ガトーやアルビレオ、ハジメは事態に対して平然としており、その上どこか呆れたような表情であった。

 

 そして、これに反応したのが酔っ払い三人。

「なんだなんだ」

「随分と威勢がいいのが出てきたか?」

「くく、余興にはなるんじゃないか?」

 ナギにラカン、エヴァンジェリンは次々と外へと出て行く。

 

 舞い込んできた配下の巫女が長に耳打ちをする。

 巫女によれば、今回の首謀者がとんでもないものを召喚したとのこと。

「あー、出来れば反応しないでほしかったですね」

 詠春は酔っ払いたちが出て行くのを確認しつつ、巫女に対しこれからの指示を与える。この事態の首謀者の安否を気にしながら。

 

 

 

 リョウメンスクナノカミ。それが今回召喚された鬼。いや、鬼神である。二面四手、十八丈を超える巨躯の大鬼。その纏う雰囲気は、人々に畏怖をもたらす威圧感と共に力を感じさせる。

 鬼神は一歩を踏み出す。その衝撃と共に大地は抉れ、儀式がなされていた神殿の湖は水柱を上げる。

 

 その背後、神殿では一人の男がたたずんでいた。

「くっははは……素晴らしい。これで、関西呪術協会の力も知れ渡る。長を倒し、私が作り変えるのだ」

 哄笑を挙げる男の周囲には、何十もの影が横たわっていた。物言わぬ屍となって。

 

 神殿は総本山から山を越えた湖にある。そこから鬼神が目指すは総本山であった。鬼神が一歩踏み出すたびに地響きと共に山が形を変える。

 

「んだよ。鬼神兵かよ」

「いや、それよりかは上等だろう」

「そんなことはどうでもいいっ」

 ナギとエヴァンジェリンが鬼神を見た感想を述べる中、いち早く飛び出したラカンが右腕を引き絞るように体をねじり、一気に体全体の力を拳に込めて振りぬいた。

 

 激突するラカンと鬼神だったが、鬼神はビクともせずに気にする風でもなく突き進みラカンを弾いた。

「ぶーはっはっはっは。なんだそれ、ラカンっ」

「どうした、筋肉だるま?自慢の気合が通じて無いぞ……くくくっ」

 なんてことは無い。ラカンに宿ったキューブは試作品であり、ラカンのバグを遺憾なく発揮できるまでには至らなかっただけである。

 

「良く見ておけ、筋肉だるま」

「大人しくしてろよ、ラカン」

 鬼神が目前に浮いているナギとエヴァンジェリンの姿を認めると、おもむろに口を開く。すると後ろの面が咆哮を上げ、後方の手を天高く合わせ、前方の手は大きく広げた。

 次の瞬間に吐き出されたのは、魔力の奔流。それは、ナギたちを今まさに飲み込もうとしていた。

 

 しかし、それはいとも容易く振り払われた。

 エヴァンジェリンは、皮肉気に笑みを浮かべる。

「その程度か。余興にもならん」

 そして、つむぎだされるは極大の氷魔法。鬼神の足元、当たり周辺は凍りつき闇の帳が落ちていく。どこからか俺を巻き込むなという声が聞こえた気がするが、無視された。

 

「運が悪いな。てめぇは」

 その隣ではナギが極大の雷魔法をつむぐ。

 

 緩慢な動きでナギたちに拳を振るおうとする鬼神であったが、最早格付けは済んでいた。後は、ただ戦いを終わらせるだけである。

 

 二人がつむぎ終わったとき、鬼神に行使された魔法はその身を一瞬で凍らせ、雷によって塵芥となった。

 

「うし、んじゃラカン連れて飲みなおすか」

「うむ」

 消えていく鬼神に最早興味が無くなったのか、ナギとエヴァンジェリンは下で騒いでいるラカンを連れて帰るのであった。

 

 

 

 リョウメンスクナノカミが光を反射させながら、塵になっていく様を見ていた男は口を間抜けにあけたまま脱力するしかなかった。

「は……はは……そんな……馬鹿な」

 それをただ繰り返しながらへたり込む様を見た、詠春とその配下は若干の同情を禁じえなかった。

 

 詠春は一変してしまった地形。木々は吹き飛び、神殿はぼろぼろ。残っていた木々も凍りついた、まるで死地のようになった光景を眺めて一言。

「あぁ……思っていた通りになってしまいました」

 そう呟いた詠春は笑みを浮かべながらも目が死んでいた。そばにいた巫女は何もいえなかった。

 

 

 

「えぇ。後はこちらでやるので、どうぞお休みになってください」

 この数時間で幾分か老けたように見える詠春は、宴の席にいた面々にそう告げた後、巫女を連れて早々に去ってしまった。

 まだまだ飲み足りないと騒ぐ者たちを強制的に眠らせた後、アリカ達は眠るのであった。

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。皆が寝静まる中、詠春はいまだに先ほどの出来事の後始末をつけていた。

 周辺に対する被害の補填と対策。協会内における過激派への処分と今回儀式に用いられた生贄についての報告と対処。やることは山積みであり、明日は夕食ぐらいしかナギたちと会う機会がなさそうだと詠春は思うのだった。

 そこに声をかける影が一つ。

 

「大変そうだな」

「……寝たのでは?」

「何。表向き手伝うのはまずいからな」

 

 そういって影から放られたのは書類の束。受け取ったその一部を見て詠春の顔が引きつる。

 なにせ認印や実印の中には関西呪術協会の幹部のものや義父である近右衛門のものなどがあったのだ。しかも、その案件にはこの先必要になるであろう過激派についてとそれにまつわる組織の動きが大まかであるが把握できる内容としてそろえられていた。

 

「あ、相変わらず恐ろしい手際……」

「今は一先ずお前の長としての基盤をしっかりさせんとな」

「借りとして受け取っておきますよ。明日は存分に楽しんでください」

「あぁ、そうさせてもらう」

 詠春は疲れた笑みを浮かべたまま書類を持って、去っていく影を見送るのだった。 

 

 

 

 

 

 

 大変だったはずの事件があった夜が明け、翌日。

 慌しさを感じる本邸とは別にハジメたちがいる別邸は長閑だった。

 凄まじいほどの酒を飲んだとは思えないほどに、いつも通りのナギたちは朝食を平らげる。

 

 朝食を食べ終えた後一服していた面々を前に、ナギが口を開く。

「今日はどうするかね」

「各自、自由でいいんじゃないか?」

 ガトーが幾名かの人物に視線を向けながら提案した。

 

 エヴァンジェリンを見たナギは、それに頷いた。

「それもそっか」

「そだな。俺は昼間は寝てぇ」

 ラカンはごろりと横になりながら賛同する。夜の楽しみのためである。

 

「俺もこの辺を歩きたいしな」

 ガトーは紫煙を吐きながら庭から一望できる街を見る。車の中でしか見ていなかった街並みに興味があった。

 

 各々が自由行動に賛成したため、好きなように部屋を出て行く。エヴァンジェリンはナギの襟首を掴みながらさっさと行ってしまった。

「我らも行くかの」

「そうだな」

 ハジメとアリカ、アスナは三人一組ということで行動することにした。

 

 右にハジメ、左にアリカ。それぞれと手を繋いだアスナ。三人は街へ向かった。

 

 

 

 

 

 清水寺。清水の舞台から飛び降りるということわざで有名な京都における観光名所のひとつである。

 その本堂から見渡す景色にはしゃぎまくる金髪の美少女と赤髪の美青年が一組。周囲に微笑ましい目で見守られていた。

 つまりはエヴァンジェリンとナギである。

 

「お……おぉ。これが清水寺」

 この日は日柄も良く、13メートルほどの高さから望む景色は見るものに充足感を与える。エヴァンジェリンもその例に漏れず、満足げに観光を楽しんでいた。

 

「……すげぇな」

 本堂の中を散策し、その一つ一つの重厚感にナギも思わずといった風に感嘆する。

 

 続いて二人は地主神社へと足を運ぶ。ここはいわゆる縁結びの神様が祭られている、カップルが行く定番である。

 恋占い石に勤しむ女性たちを横目にナギとエヴァンジェリンは境内の中を散策しつつ楽しんだ。

 既に好きあっている者たちの強みか定かではないが、向けられる視線に心地よさを覚えながらエヴァンジェリンは地主神社を後にした。

 

 すぐ近くにある音羽の滝では、三つある滝全ての水を飲もうとしたナギを固めた拳で諌めながら、作法にのっとって水を飲む。なんだかんだ言いながら恋愛成就の滝の水を飲んだ二人であった。

 

 その後は一念坂、二寧坂、産寧坂をのぼり、二寧坂ではお互いに気をつけながら、可笑しそうに笑い楽しみ、八坂神社や高台寺に赴き、ナギは若干飽きながらも隣で心底楽しそうにしているエヴァンジェリンを見ながら自身も楽しむのであった。

 

 

 

 一方ガトーは一人静かに嵯峨野、嵐山をのんびりと散歩していた。

 それほど信心深い性格ではないが、ここまで見事に神社仏閣が建立しているところと自然と見事に調和されている姿を見るとそういうものとは別に、何か訴えかけるものがあるなと内心で思いながら歩いていく。

 

「ほう」

 そう思わず感嘆の息を吐いたのは嵯峨釈迦堂の名でも知られる清凉寺にある像である。本堂を見たときも重厚間を感じたガトーであったが、この像を前にするとその趣に感嘆した。

 何気にこういったものが好きなのかもしれんと自分の新たな一面を感じながらガトーは散策を続けるのであった。

 

 

 

 室町通ではハジメ、アリカ、アスナがまるで親子のように三人並びながら散策していた。

「着物……じゃったか?綺麗なものが多いの」

 大きな呉服屋の前で立ち止まるアリカ。それを見たハジメは、数秒思案した表情をした後そっとアリカの手を引き呉服屋の中へと入った。

「ちょ、ハジメ」

「……着たければ着ろ」

 ハジメの言葉に一瞬呆けるアリカ。その言葉を理解した同時に微笑み頷いた。

 

「わたしも」

「うむ、そうするかの」

 アスナの催促にアリカは笑顔で頷き、その手を引いて店内の着物などを物色する。

 

「綺麗な奥はんどすなぁ」

 奥から出てきた女将がハジメの隣でそうアリカを評する。

 ハジメはその言葉に、ふっと笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 アリカは一つの打掛に目を留めた。白い生地に大きくあしらわれた紅い牡丹がとても美しく彩られていた。

「着付けしはりますか?」

 そんなアリカに女将は優しく声をかけた。

 

「よ、よいのか?」

「よろしおす。お嬢ちゃんにはこらどうどすやろ?」

 女将は傍らにいるアスナに薄紫色を貴重としたものに白い花が散りばめられている打掛を勧めた。

 そして、女将と共に着付け室へと向かうアリカとアスナを見やりながらハジメは小物が置いてある棚へと向かうのだった。

 

 

 

 漆喰のかんざしを手に取りながら待つこと十数分。着付け室の扉が開いた。

 そこから現れたアリカの姿に、ハジメは暫し見惚れていた。

 

 純白を貴重とした打掛は、アリカ自身の美白と相まってか全体的に透き通った美しさを際立たせ、胸から膝までを占める大きな紅い牡丹は、純潔としての白を意識させながらも女性的な色香を見事に現していた。

 また、アリカの絹のような金髪は結い上げられ、普段とは違う大人としての艶やかさも見え隠れしている。

 

 ハジメの前に出たアリカだったが、物言わぬまま見つめ続けるハジメに対して赤面しながら口を開いた。

「な、何か言わぬか……戯け」

「あ……あぁ、存外に似合っていてな」

 あわてたように視線を外し、頬を掻くハジメの姿に嬉しさがこみ上げたようにアリカは微笑んだ。

 

「お嬢ちゃんのほうも出来ましたよ」

 そう言って女将は着付けが済んだアスナを連れてくる。

 

 薄紫を基調とした色彩は存外大人っぽさが生まれるが、不思議とアスナの肌の白さと髪の色にマッチしており、散りばめられている白い花は少女としての活発さを良く現し、アスナに随分と似合っていた。

 

「おぉ、似合っておるぞ。アスナ」

「アリカも綺麗」

 お互いの姿を見合いながら、嬉しそうにしている二人を見てハジメは頬を僅かに緩める。そして、手元で弄んでいたかんざしを見やる。

 

「あら、なかなか良い趣味をしていますね」

 ハジメが持っていたかんざしを見て、女将がそれを手に取りアリカの元へと近寄る。声をかけられたアリカはハジメを見て頷き女将が整えやすいように頭を下げる。

 金色の髪に漆喰の黒が一点。より鮮やかになったアリカを見て女将も大きく頷きながらその容姿を大いに褒めていた。

 

「ふむ。このまま今日は観光を続けるか」

 ハジメの言葉にアリカが提案したのは、このまま全員着物で街に繰り出すと言うことだった。それを聞いた女将は少し離れた男物の着物を持ってきた。

 

「旦那さんならこういうのはいかがでしょう」

「おぉ、悪くないのではないか?」

「花浅葱ですが、旦那さんならお似合いだと思いますよ」

 そして、同じく着付けてもらい三人が着物となる。ハジメの着物姿に当然ながら、アリカも見惚れていた。

 

「……では、これらをもらおうか」

 さらっと言ったのが驚いたのか女将は思わずと言った風に口をついた。

 当然だろう、見た目二十歳前後にしか見えない青年が些か以上にお高い着物数点を悩む素振りもなく買おうと言うのだから。

 

「えらい甲斐性おますおとこしやね~」

 意味が通じなかったためか、ハジメは首を僅かに傾げる。

「大変甲斐性ある男だねと言ったんですよ」

 思わず出てしまったのだろう。ハジメとアリカを見て、女将は笑みを浮かべて言葉を直した。

 

 アリカの傍によって、女将がささやきかける。

「よかったねぇ。こないな旦那さんがいて」

 女将の言葉に、アリカは笑顔で頷いた。

 

 来ていた服はまとめてもらい、三人は呉服屋を出て散策の続きを行い大いに楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 日が沈み、ハジメたちが詠春のところへ戻ると、既にナギとエヴァンジェリンが戻っていた。

「おおっ、すげぇ似合ってんな」

 ナギがハジメたちの姿を見て出た一言である。エヴァンジェリンも賛同し、アリカにどこで買ったのかを聞いていた。

 

「あそこですね。あそこは私たちも愛用していますよ」

 呉服屋の場所をハジメに聞いた詠春がそう言うと、なるほど随分質がよいわけだとハジメは納得した。値段も相応であったが。

 

「俺たちは寺とかいろんなとこ行ったんだぜ」

 ナギが楽しそうに言うのを、ハジメは意外に思った。この鳥頭が好き好んでいくとは思っていなかったからだが。

「あぁ、エヴァが随分楽しそうに説明するからな。なんかそれが楽しかった」

 理由は、まさかの惚気であった。

 

 

 

 しばらくするとガトーとアルビレオも戻ってきた。

「俺は神社仏閣が意外に好きだと言うことに気づいた」

 ガトーが今日どこへ行ったのかなど散策した感想の最後に締められた言葉。

 イメージとして無宗教だと思われていたためか、そういった疑問がガトーに投げかけられる。

 

「いや、俺自身もそう思っていたんだがな」

 曰く。神様を信じるようになったと言うよりも、それを信じる者たちが遺したモノに対して思うところがあったそうだ。

 苦労性のガトーだからこそ感じたものがあるのかもしれない。

 

「アルは何処に行ったんだ?」

「私ですか?旅の思い出を作っていました」

 ナギの言葉に、喜色満面に持って帰ってきた袋を翻すアルビレオ。翻った袋からは写真があたりに舞った。

 

「いやー皆さんに気づかれないように撮るのには苦労しましたよ。あ、ビデオも当然あるので安心してください」

 

 ひらりと舞っている写真の一枚一枚に映っているのは、今日の面々の一コマであった。

 

―蕎麦をすすっているエヴァンジェリン―

 

―なぜか修学旅行生と思われる少年少女と共に写真を撮っているガトー―

 

―アスナの口元を拭っているアリカ―

 

 いろんな感情を振り切って皆はただ呆然と、写真一枚一枚の感想を述べるアルビレオを見て同じ事を思った。

(こいつはぶれないな)

 どこまでも自分の楽しみを優先させる男、アルビレオ・イマだった。

 

 

 

「そういえばラカンがいないな」

 ガトーが辺りを見回し、ここに居ない者の名を言った。

 それに対し、詠春は困ったような顔を作り一言。

「あの筋肉馬鹿なら、舞妓さんがいるところへ繰り出しましたよ」

 

 

 

「ええ男どすなぁ」

「ラカンはん、どうぞ」

「がーはっはっはっは」

 舞妓さんを前に、下品な大笑いをしながら楽しんでいるラカンであった。

 

 

 

 

 

 昨日ほどではないが、もてなされた料理は今日も豪華であった。

 ラカンがいない代わりに、今日は詠春の妻である近衛 春香がその席にいた。

 男女の比率が均衡したためか、それぞれで談笑することになり、楽しい時間を過ごしていた。

 

 女性陣の談笑は、アリカが中心となっていた。

「まぁ、その歳で女王として振舞っているのですか」

「うむ。なかなかうまくいかぬこともあるがな」

 春香はアリカの境遇とその手腕に驚きの声をあげる。近衛家の一人娘としてそれなりの重責はあったが、長としての役割は求められていなかったということもあるが、自分とそう変わらない女性がその責務を果たしていることにである。

 

「ふん。よく言う。あの世界が纏まりつつあるのは間違いなく貴様の手腕さアリカ女王」

 皮肉気に笑みを浮かべながら酒盃を傾けるエヴァンジェリン。彼女がこういうのはその実力を認めている証左である。

 

「それでは後継者の話もいろいろあるのではないですか?」

 自身にも覚えがあるのか、どこか不安げな恥ずかしいような様々な気持ちが垣間見える表情をしながら春香は尋ねた。

「ふぇっ?」

 奇妙な声をあげ、赤面するアリカ。その様子を肴に実においしそうに酒を呑むエヴァンジェリン。

 

「い、いや実はな後継というか、王制は私の代で終わらせるつもりなのだ」

「ええっ!?なぜなのですか」

 驚愕、困惑と言った表情の春香。当然であろう、特に問題を起こしていない、むしろ革命を起こした王がその代で国の在り方を変えると言っているのだから。

「それは……いろいろあってな」

 

 そう呟いたアリカの表情に春香は何かを感じ取ったのだろう。

「そうですね。アリカさんのような方が決めたことですものね」

 春香は人を安心させるような笑顔でそう告げ、アリカもそれに答えるように笑みを浮かべた。

 

「それはそれとして……子供はほしくないんですか?」

 その笑顔のまま春香はアリカにもう一度聞くのであった。

「へ?あ……いや、当然欲しくはあるのだがまだ早いと言うか……」

 ワクワクと表現したい瞳でアリカの独白を聞き続ける春香。

 

 観念したかのように赤面したままのアリカは微かに呟いた。

「ほ……欲しい」

「ですよね。私も欲しいと思っているんですよぉ」

 同じ歳の子供が出来るといいですねぇと笑顔で言う春香にアリカは赤面しながらも同意を示すのであった。

 

 

 

「……だそうだが」

「……検討しておく」

 

 

 

 

 

 早朝。近衛家から階段を下った場所でハジメたちは別れを済ませることとなった。そこにはナギたちはいない。寝ているのである。

「それでは、ハジメたちとはここでお別れですね」

「ああ。また近いうちにな」

「ええ」

 詠春とハジメが別れを告げる。

 

 今回の騒動の一件、いろいろ執り成す材料が出てきたことで一先ず協会全体を治めるための着実な一歩が踏み出せることとなった。

 それは、ハジメも関われるようになる時も近いことを表していた。表向きに活動するには旧世界におけるハジメのコネクションはいまだ少ないのである。

 

 

 

 僅か一日にも満たない間に随分と距離が縮まったアリカと春香も別れを告げていた。

「今度はお互いに子供が出来ているといいですね」

「あぁ、そうだな」

 春香の目じりにはうっすらと涙が見える。それにつられるようにアリカもうっすらと涙目になってしまう。

「今度はもっといっぱい泊まっていってくださいね……もっとお話したいですからっ」

 しかし、彼女はそう笑顔で告げるのであった。

 

「ああ。そうしよう」

 アリカも笑顔でそう告げた。

 

 

 

 こうしてハジメたちの京都旅行は終わりを告げた。

 

 

 

 

 




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