ナギたちが旅に出てから早くも1年の月日が流れた。
この1年と言う短い間から今に至るまで、オスティアと連合、帝国はそれぞれの損益を考慮しつつも政治のすりあわせを行っている。
そしてその成果は徐々に芽を出しつつあった。特筆すべきは連合、ひいては元老院と言う統治機関の活用法を変えたことだろう。
ほぼ全ての膿を出し切った元老院は縮小化が迫られ、連合内部の統括を地区ごとに分けざるを得なくなった。しかし、これを機に、戦場となった地と中心部である都市における異なる政務に起爆剤を投じた。
復興と経済の両立のために行うべき政務を地区によって明確にすることで議論を活発にし、双方の目的となすべき事柄を誰もが理解しやすく、また、行動できるように法整備を整え実行していった。
これに尽力したのがマクギルとその懐刀であるクルトであった。クルトはこれを機会に、オスティア周辺の連合統括地区の副総督となり、オスティアとの連携を密に取れる立ち位置にその身を置いた。
帝国は連合との境界を持つ地区に、穏健であり融和に理解ある者たちに任せることにした。これによって、境界で問題になっていた紛争もその数を減らし、融和政策は順調に進むことになる。
魔法世界が大戦からの傷痕を払拭する兆しが見え始める。
「というわけで、旧世界に行こうぜっ」
「……どういうわけでだ」
突発的な発言は言わずもがなナギである。律儀につっこみをいれるのはガトーというのが最早この面々、
「ん~、前までは結構ひどい話ばかりだったが、最近はそういうのもなくなってきたしな」
帝国や連合の目が届かない辺境の地を中心に回っていたナギたち一行は、その先々で自分たちが出来うる限りのことをしてきた。実はこれらの行動から、英雄たちが率先して復興に力を入れているという美談が生まれ、民衆の意識に影響を及ぼしていることなどナギは知る由も無い。
融和政策や競合すべきところは競合すると言った帝国と連合の政治は、見事に魔法世界全体にいきわたることになったため、ナギが言うように彼らが行かなければ立ち行かないほど困窮しているという場所は無いと言えた。
「たしかにな。だからこそ、こうして観光目当てで来られる」
そう返して、ガトーは少々遠くにある露天を回っている3つの人影を見る。この一年で成長したエヴァンジェリンと対照的に変わらないアスナ。その後ろにいる嫌そうな表情のラカンを見る。
ラカンが嫌そうな顔をしているのは、先ほどやっていたゲームに負けたからだろう。当然のように賭けていたため、支払いはすべてラカン持ちとなっている。
ナギたちが今いるのは帝国でも連合でもない。その国の名前はアリアドネー。
帝国・連合の双方から中立国としての距離を保つこの国は、独自に発展してきた文化も多く、また、土地柄であろうか種族、所属など一切関係なく学問を納められる地としてもその名を轟かせている。
大戦の被害も少なく、寧ろ帝国と連合への派遣をすることも多い。アリアドネーが有する騎士団の精強さはその地位を確かなものとしていた。
「だから、旧世界に行こうと思ってなっ」
ガトーは一つため息を吐くとナギを見る。なにがだからなのか説明してほしい。いや、もう長いことナギの相手をしていれば理解は出来るのだが、それとこれとは話が別だ。
「旧世界の何処に行くんだ?」
内心でいろいろ愚痴りながらも、もうなれてしまったガトーはそう尋ねた。
その問いに対し、ナギはいつものように笑みを浮かべた。
「京都」
「そんなわけで旧世界にいくことになったんだがな」
「鳥頭に毒されすぎだな」
「言うなよ……」
通信画面越しに報告を兼ねた愚痴、いや愚痴を兼ねた報告なのだが。ガトーはハジメと旧世界の京都へ行くまでの経過を告げた。その反応はやや冷ややかだったが。
「京都ということは……詠春か」
「そうだな。まぁ、奴が長になる経緯が経緯だったからな。ナギなりに心配なんだろ」
青山詠春。今は既に近衛詠春と性が変わっていた。大戦が終結すると共に、前から婚約が決まっていた近衛家への婿入りが決まったからだ。もともと修行と称しながら決まっていた婚約から半ば逃げていたようで、大戦の英雄となった今これ以上先延ばしにすることは不可能となったのだ。
近衛家とは、旧世界の日本に存在する関西呪術協会――魔法世界における魔法使いとは異なる文化、技術を継承する呪術師たちの組織――の総本山、本家とも言うべき家である。
その家に婿入りすると言うことは、関西呪術協会という一つの組織に多大な影響を与えることになる。そして、大戦の英雄と言う肩書きは長に置かれる詠春に対する反感などを抑える格好の材料だった。
かくして、協会の人間たちによる策謀は詠春をいともたやすく長という位置に置くことに成功したのだった。
「旧世界か」
「なんだ、興味あるのか?」
近衛家のことなどを思い出しながらハジメが呟く。それを意外そうに反応するガトー。
実はナギたちからハジメたちも誘おうと言われていたガトーは、ハジメの反応に脈があるのかと思い、その旨を伝える。
「いや……そうだな。少し待っておけ」
数瞬思考に耽たハジメは、しばし画面から外れた。自身とアリカのスケジュールを確認し、再び画面へと戻る。
「三日程度なら調整は出来る」
「おお、本当か。というよりアリカ様はいいのか?」
「あれも休養が必要だろう。それに無愛想娘のこともある」
「……そうだな」
ちゃんと考えているんだなと、思わず頬を緩めるガトー。
「それとだな」
「ん?」
「ゲートはオスティアの物を使わせてもらう。後、ラカンも連れて来い。一緒だろう?」
ハジメの言葉にガトーは首を傾げる。ラカンは魔法世界人であり、魔法世界という作られた世界でしか生きられない。それを連れて行くということに疑問を持ったからだ。
「旧世界で落ち合えばいいだろう?それにラカン……?」
「少し試しておきたいことがあってな。この際全て済ます」
そういうハジメの表情には、旅行へ赴くという議題からはかけ離れた真剣な面持ちが見て取れた。ゆえにガトーは自然と疑問の口をつく。
「何をだ?」
「……来てからの楽しみというやつだ」
そういったハジメの顔は打って変わって、口角を上げ、悪そうな笑みを浮かべていた。それを見たガトーはこれ以上聞いても答えてはくれないだろう、そう思い至り苦笑を浮かべながらも了承した。
通信を切断し、一行へと向き直るガトー。
「お、話し終わったみてぇだな」
それに気づいたナギが反応すると、他の面々もガトーへと視線を向けた。
「ハジメたちも三日程なら調整出来るそうだ」
ガトーの言葉にナギは笑みを浮かべて喜色満面といった風に京都に行って何をしようかと、他の面々と着いた後のことを話し始めた。ガトーはそれを横目にラカンへと歩を進め先ほどの用件を述べる。
「それとラカンにも来てほしいそうだ」
「あん?何でだよ」
こちとら魔法世界人だぞと言わんばかりに、顔をしかめるラカン。
「さぁな。ハジメに聞いてくれ……それでゲートもオスティア経由になった」
ガトーの言葉に各々が了承の旨を伝える。現地であろうがゲートであろうが合流することに変わりは無いと大雑把な連中だからだろう。
「良かったな」
「うん」
エヴァンジェリンがアスナの頭に手を置く。
ここ一年の間画面越しで話すことはあってもあうことはなかったアスナとアリカ。ゆえにアスナも今回の件では雰囲気に嬉しさがにじみ出ていた。
「えー面倒だなおい」
「どうせ行く当ても無いんだからついて来い」
ぐだぐだと述べるラカンにガトーが冷たく言い放つ。ここ一年で随分となじんだ一行であった。
一方でハジメがいるオスティア王宮内部。アリカやアルビレオは、ハジメから京都へ行くことになったことを告げられる。
「それはまた……随分と急な」
ハジメの話を聞いたアリカも思わず苦笑する。王制に繋がっていたいくつかの事案を連合や民間が行えるようにしていたため、仕事量こそ減ったがそれでも未だにオスティアは王制で機能している国である。
つまりは気軽に旅へ行けるような身分ではない。それを三日分の空白を開けると言うことは、それだけの仕事をこなさないといけないという事になる。
「安心しろ。この時期にお前がいなければ成り立たない仕事は無い。書類も上がってきた物を全て処理しておけば差し支えは無い」
「むぅ」
ハジメの言にも、あまり気乗りした様子を見せないアリカ。もともとの気質として真面目なのだ。やっておいたほうがいい仕事があるのならばそれを行う人。こう評して間違いは無い。
しかし、そんなアリカをみてハジメは呆れたように表情を緩める。
「息抜きも重要だ阿呆。それに無愛想娘に会いたくないのか?」
「アスナか……会いたいに決まっておる」
思い出すのは一年前に分かれたときのこと。画面越しにこそ定期的に話をしているが、会うことが出来るわけではない。アリカは、微笑みながら京都へ行くことを決めた。
「いやぁ、楽しみですね」
当然その場にいるアルビレオもいつものように胡散臭い笑みを浮かべながら、同意を示す。
しかし、場に流れるのは言いようの無い微妙な空気が流れる。あえて言うのならば、お前も来るのかというような雰囲気だろうか。
その空気を打ち破ったのはアリカだった。
「しかし、アルビレオ。お主は魔法世界人なのじゃから、無理じゃろ?」
「いえいえ。前にも話したと思いますが、私は少々特別でして」
なんとかなるんですよ~と笑みを湛えたまま、アリカに答えるアルビレオ。
「そうだったのか」
「貴方は知っていたでしょうに」
棒読みのような台詞にアルビレオは苦笑しながら突っ込みを入れた。
こうして、京都へ行くメンバーは順当に決まった。
オスティアの王城から程近く。そこには、オスティア王家が設けたゲートが在る。ここに京都へと赴く面々が集っていた。
「おいおい。王家御用達のゲートから行くのかよ」
ラカンはそれを見ていつものように軽口を叩いた。
機密的側面や戦略上の理由から設けられているのであり、それなりのセキュリティがあるのは特権階級に属する者にとっては当然と言えば当然である。
「一般のゲートから行き来できるか。パニックになるわ」
ガトーが簡単に想像できる顛末からラカンに突っ込む。
最早ここにいる面々の半数は魔法世界にその名を轟かせる有名人である。一人でも騒ぎになるであろうに、それが大勢。ゲートは一転してパニックになることは想像に難くない。
「まぁ、それはそれとして、何で俺が呼ばれたんだ?」
ラカンはそういってハジメを見る。
視線を浴びたハジメは、静かにラカンへと腕を振る。それと同時に放物線を描きながら飛翔する何かをラカンは造作もなく掴んだ。
「呼んだ理由はそれだ」
ハジメは煙草を咥え、火をつけながら簡潔に述べた。その理由である物体をラカンは訝しげに観察する。
「なんだこりゃ。……魔法具か?」
それは一辺が3~5cmほどの透明なキューブだった。材質は知る由もなかったが、その中にはいくつもの線が金色に輝きながら多重に浮かび上がる魔方陣の軌跡に沿って動いていることから、ラカンは魔法具であると当たりをつけた。
「正解だ。それの使い方だが……こう」
いつの間に近づいたのか、ラカンの目の前にいたハジメは右腕を後ろへ引いた。
「押し込む」
次の瞬間、ハジメの引いた右腕は恐るべき速さと威力を持って、ラカンの左手をキューブごとその左胸に叩き込んだ。突然の出来事に誰も反応することが出来ず、ラカンはつぶれたような苦悶の声を出しながら吹き飛んだ。
「どうだ?」
「げほっげほっ……どうだ?じゃねぇっ。なにすんだハジメっ」
しれっとしたハジメの言葉に、咽ながら怒りをあらわにするラカンに、周囲の面々も同意する。
「ふむ。うまくいったようだな」
そんな視線に動じることなく、ハジメはラカンの様子を鑑みて何かに納得したような素振りを見せるだけだった。
「と、突然どうしたんじゃ?ハジメ」
「なに、魔法世界と旧世界の境目を曖昧にする実験だ」
たまらずアリカが皆が思っている疑問をぶつけたが、帰ってきた答えに疑問符だけが浮かぶ。
「要するに……だ」
ハジメはそれを察したのか、仕返しだと言わんばかりに構え始めたラカンを見ながら、簡潔に述べた。
「この筋肉だるまを旧世界に連れて行けるようにした」
ハジメの言葉に、この場のときが止まった。構えていたラカンすらも興が醒めたかのように言葉をなくした。
数秒間皆の意識は空白のままだったが、いち早く戻ったアリカとガトーがそれはどういうことだとハジメに問い詰めた。
それに対する答えも実に簡潔だった。
「何、この世界をどうにかするための一環だ」
魔法で象られた世界。それは魔力が尽きれば、消えていく世界。そしてそれに伴って生まれた者たちも同じ結末となる。これに対する解決策は未だに見つかってはいない。
ハジメの中では何かしらの思惑があるようだが、それも完全には教えられていない。その中の一つが今目の前で披露されたということだった。
ハジメ曰く。ラカンに叩き込まれたキューブには特殊な魔方陣と魔力が宿っており、それはラカンの魔法世界人としての理とは別の理を植え付ける力があると言う。
それはつまり、旧世界であっても存在できることを可能にするということを意味していた。
「だ、だったらよ。普通に言ってくれれば良かったんじゃねぇか?」
当然、それは力尽くで押し込む必要はなく、ラカンからそういわれたハジメはラカンにだけ聞こえるような位置と声でそっと囁いた。
「どこかの阿呆が、オスティアのパレード中に街を半壊させてたな……」
その言葉をかき消すようにラカンは額に汗を一筋流しながら、無理やり作ったような乾いた笑みを周囲に響かせたのだった。
「さて、このゲートは旧世界にある日本……麻帆良へと繋がっている。そこでまず準備をする」
準備とは当然旧世界で生活するためのものだ。短い期間とはいえ、王族と英雄たちが旧世界に存在している組織、それも秘匿された魔法に関係する場所へと向かうのだ。
そのために日本で魔法使いを管理する麻帆良の長とまず会うことにした。その交渉は当然ハジメとアリカ、ガトーが行うが。
「ん、近右衛門の爺さんか?」
ナギが思い当たる人物の名を口にした。旧世界で旅を始めた頃に立ち寄った場所にその地があったことを思い出したのだ。
そこで、大会に出場し話題を席巻したこともあったのだがここでは割愛する。
「そうだ。どうやら知っているようだな」
「まぁなー」
ナギもいたほうが潤滑に進むか、と会談に臨むメンバーに入れようかと思案するハジメ。
そして、ゲートが開く準備が完了したことを告げる光が溢れ始めた。
「それでは行きますか」
ナギの声と共に、光はその輝きを増していく。それはついにはあたり一面を包み込むほどの魔力と光を湛えて、一瞬で消失した。
ナギたちの姿は最早そこにはなく、旧世界へと旅立ったことを表していた。
場所は変わり、麻帆良。その中心に聳え立つ神木である―蟠桃《ばんとう》―は世界樹と一般的に呼ばれ、麻帆良学園の象徴とされている。
その付近にある図書館島。その地下奥部では、後頭部が長いまるでぬらりひょんのような老人がたたずんでいた。
その老人の名前は近衛 近右衛門。ここ麻帆良学園の理事長であり、日本の関東魔法協会の理事をも務める実力者である。
「ふむ。もうそろそろかの」
そう顎鬚を撫でながら、機が来るのを待つ様は選任を髣髴とさせた。
そして、近右衛門の言葉を合図にしたかのように、その目の前には魔方陣が光と共に現れた。強烈な光が薄れていくにつれ、次第に見えてくるのはいくつもの人影。
人影を確認した近右衛門は静かにその頭を垂らす。
「ようこそおいでくさいました。アリカ女王」
「うむ。そなたが近右衛門であるな」
アリカの言葉に近右衛門は答えた。
「公ではない。硬くしなくて良い」
「それでは、失礼して」
そして、アリカの後ろにいるナギの姿を見た近右衛門は笑みを浮かべる。
「久しぶりじゃの。ナギ」
「おう、久しぶりだな爺さん」
近右衛門の再開の言葉に、ナギは右手を挙げながら答えたのだった。
「それで、どれほどの期間ご滞在に?」
「私とハジメ、アルは3日間ほどを予定している。良き休みにしたいものだ」
場所を移すため、麻帆良学園を歩きながら近右衛門とアリカは話していた。その傍にはハジメとアルビレオがつく。
ナギたちは、学園の様子を見渡しながらその後をついていった。特にアスナとラカンは物珍しげに見ているのか、その歩みは遅い。
「そうですな……ナギ。お主たちはどうなんじゃ?」
「あん?あぁ、特に決めてねぇっ」
ナギの言葉に近右衛門は相変わらずじゃのと呟きながら、どのように話をつめるか考えをめぐらしていく。
「あれは、詠春に会いに来たに過ぎん。終われば故郷へと戻るかもな」
ハジメの言葉に、ふむふむと協力を仰ぐべき人物をリストアップしていく。
「じゃが、あれは突拍子の無いことを平然とするからのぅ」
近右衛門は、思い当たる節があるのか遠い目をしながら、ナギに対する次善策を積み上げておく。
思いのほかつながりがある近右衛門とナギの様子を見て、ハジメは今回の旅は有益なものが多いと確信した。
学園長室へとたどり着いた一行は、その隣にある応接室へと案内され今回の旅の目的と必要になる経費や情報を話し合いを始めた。
「まず、詠春の……関西の現状はどうなっている?」
ハジメがまず聞きたかった事は、詠春と魔法と異なる文化である関西呪術協会の現状であった。
「婿殿のことじゃな。なかなか大変なようじゃよ」
長となって数年。長いようで短いものである。近衛家という後ろ盾や大戦の英雄という肩書きがあったとしても、関西呪術協会の長としての基盤づくりがそれで万事解決するはずも無い。
そもそも関西呪術協会の中には、西洋の魔法使いに対して悪感情を持っている人間は少なくなかった。なぜなら彼らは大戦に巻き込まれている。
なぜか。その絵を描いたのは近右衛門自身である。呪術協会にとって近衛の名は重いものであったため、魔法協会に属することとなった近右衛門に対して裏切り者として見る人間は少なからずおり、呪術協会と魔法協会、双方にとって不利益をこうむっていたのだ。それを消したかったことが一つの理由。
理由としてはもう一つ、呪術協会の地位向上である。神木である蟠桃《ばんとう》を有している関東魔法協会は、地理的にも日本における裏の仕事をこなす第一人者である。しかし、実力的には関西呪術協会とて負けてはいない。だが、その評価は低いと言わざるを得ない。
切磋琢磨は新たな可能性を生み出すものだと経験から知っている近右衛門はこれをどうにかしたかった。
主にこの2つの理由から、近右衛門は呪術協会を巻き込んだ。排除したい者たちと、向上させたい組織の地位。相反するような事案は見事成し遂げられ、近右衛門を目の敵にするばかりの無能は消え去り、日本における呪術協会の地位は関西と関東でほぼ二分されるようになり、海外からもその力は認められるようになった。
当然代償はあり、自身ひいては魔法協会自体が少なからず恨まれるようになったことと、過激派が力をつけられるようになってしまったことが主な代償だろう。
それを詠春に拭わせているため、近右衛門は詠春に対して少なからずの援助を行っている。それは表向きであったり、裏向きであったりと様々だ。
それらをハジメたちに説明する近右衛門。さらに、詠春について触れていく。
詠春は大戦の英雄としての実力者であることは当然プラスに働き、その面は多くの人間に認められている。しかしその反面、政治的な柔軟さはなく、生来の真面目さでなんとかこなしていると言うことが現状である。
そういった脆さは近右衛門自身、指導したり近衛家に縁ある者を紹介してサポートしてきたのだが、それが実るのはまだまだ先であると断じざるを得ないと近右衛門は考えている。
「それが婿殿の美点でもあるんじゃがのぅ」
「美点が万事利点になることはない」
「残念ながらな」
近右衛門の言葉に、ハジメとガトーも同意する。アリカも否定できる要素が無いのか苦笑を浮かべていた。
まだまだ話を続けている面々を横目に、ナギたちは窓から学園の生徒たちを覗いたり、茶菓子を食べたりを思い思いに過ごしていた。
「大変なんだな~詠春も」
茶菓子の最中を頬張りながら、ナギは聞こえていた話の感想を述べる。
確かに、旧世界に戻るときの詠春はどこか悲壮感を漂わせていたな、と思い出していた。
「まぁ、為政者と言うのはどの時代も大変なものさ」
くつくつと笑いながらエヴァンジェリンは、羊羹を口の中へと入れる。詠春という男には出会ったことはなかったが、話を聞いた限りで長と言う立場にはあまり似合わない男なのだろうなと当たりをつけていた。
「ほう、なかなか機敏に動くなあの嬢ちゃん」
「……楽しそう」
ラカンと肩車で乗っているアスナは窓から見える景色から、賑やかな喧騒を見せている学園の生徒たちを見てそれぞれの感想を呟く。
そうして一行は、京都へ行くための準備を終えのだった。
「おおお。見ろっナギ。すごい景色がっ」
「あぁ、そうだなっ」
窓の向こうの移り変わり行く景色を見ながらはしゃぐエヴァンジェリンにゆすられながらも、同じく興奮気味のナギが答える。
ナギたちは今、新幹線に乗っていた。
近右衛門の手際の良さや、計画性の高いガトーやハジメの手腕から、話し合いも1時間ほどで終わりを向かえ、近右衛門が用意させていた車で、駅へと向かった。
そして、同じく用意していた乗車券で新幹線へと乗車した一行は、魔法世界では見られないその形状や内装、電車と言う乗り物自体に大きく関心を示し、ハジメとガトー以外はまるで子供のように目を輝かせていた。
「ほう、まぁまぁの速度だが居心地はいいじゃねぇか」
ラカンは車内販売していた弁当と、ビールを味わいながら楽しみ。
「……すごい」
「そうじゃのぅ。おぉ、あそこを見よ、アスナっ」
窓際の席で親子のように写り行く景色などを楽しんでいるアリカとアスナ。
「ふふふ」
そんな面々をみながら笑みを浮かべ、どこから用意したのかカメラで撮り続けるアルビレオ。
「まぁ、楽しそうで何よりだ」
「ああ、そうだな」
ガトーとハジメは煙草をふかしながら、体を休めるのだった。
「ハジメっ、お主も一緒に見るぞっ」
「……見る」
「分かった分かった」
アリカの言葉と手招きに、ハジメは息を一つ吐いてその席へと向かった。
「……楽しそうで何よりだ」
ガトーはそう呟いて、先ほど購入したビールを一気に呷るのだった。
お久しぶりです。感想や誤字脱字等ありましたら報告お願いします。