信念を貫く者   作:G-qaz

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第24話

 アリカはアスナを追って部屋を出た。暫し王宮内を探していると、中庭にある茶会をするために建てられた小屋に見慣れた後姿を見かけた。

 その後姿にそっと近づいていくと、椅子の上で膝を抱えているアスナの姿がそこにはあった。

 

 アリカは若干困ったような表情を浮かべると、そのまま隣に座ることにした。しかし、喋りかけることはしなかった。

 しばらくの間二人は口を開くこともせず沈黙だけがただ続いた。

 

「……怒ってないの?」

 沈黙を破ったのはそんなアスナのか細い声だった。アリカの顔を見上げる無表情も心なしか哀しげだった。

「何のことを言っておる?」

 アリカは微笑を浮かべ問いかける。

「わがまま……いった」

 そういってまた顔を伏せるアスナにアリカは優しくその頭を撫でた。

 

「わがままを言って良いと言ったのは私とハジメ」

 ならば怒るわけ無いであろう、と微笑む。その笑顔を見たアスナはそのまま撫でられ続けた。

「……でも、無理だって」

「確かに……もう少し言いようがあったとは思うがの」

 撫でる手を止め、微笑を苦笑に変える。

 

「あの男は基本的に自らの評価に頓着せん」

 そういって思い出すのは、元老院での件が終わってからマクギルに聞いたこと。ハジメが、オスティアの国王暗殺その罪、業を全て背負おうとしたということだった。

「そんなことよりも私たちのことを優先してしまうような男だから」

「そうなの?」

「うむ。本人に聞けば”自分の目的のためだけに過ぎん”と言うであろうがの」

 嬉しそうに微笑んで、アスナに語るアリカは恋する乙女のような雰囲気を持っていた。

 

「……だからであろうな。今回も何とかしてしまうと、どこかで思っておる」

 アリカは遠くを見るような眼差しで前を見据える。その言葉にアスナが身を乗り出しながら尋ねた。

「じゃあ、無理じゃない?」

「……それは分からぬ」

 視線を外し、遠くを見るアリカ。

 本当に無理なのかもしれない。けれども、折角この地まで来てアスナにつらい思いをさせたくないとアリカは思う。

 だからこそ、また落ち込みかけるアスナを励ますのだった。

 

(しばらくはここで過ごすことになる……かの)

 ことの大きさから解決するには時間がかかるだろう。それを思ったアリカは自然と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 帝都ヘラスの西の森のはずれ。帝都が視界に入るほど近い場所でナギとエヴァンジェリンが立っていた。

 その表情は不機嫌さと言うよりもばつの悪い、居心地の悪いような表情だった。

「ほ、本当に行くのか?」

「一応な。勢いのままに出て行っちまったし」

 実際はこのままラカンたちと分かれてもいいだろうとは思っていた。

 だが、これまで旅を共にしてきた仲間に対して思うところが無いわけが無い、別れの言葉を告げるために、ナギはラカンたちがいる帝都に向かうことにした。

 

「別に無理してくる必要はねぇぞ?」

「そういうわけにもいかんだろ……私が原因でもあるのだしな」

 その表情から無理をしていると思ったのだろう。ナギから気遣いの言葉が出るが、エヴァンジェリンはそっぽを向きながら、自分も行くのだと告げた。

 それにエヴァンジェリン自身、ラカンと旅を共にしてその騒がしさが嫌いだったわけではなかったと言うこともある。

 

 ナギはそんなエヴァンジェリンを見つめたまま一言。

「お前……結構律儀なんだな」

「う、うるさいっ。さっさと行くぞ」

 恥ずかしかったのだろうか、自分でも柄ではないことを自覚していたエヴァンジェリンは顔を高潮させて、ナギの前へと出て帝都への道を進んでいく。

 ナギは笑みを浮かべてそれに続くように歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 その頃、ハジメとアルビレオがエヴァンジェリンについてどうするか話し合うために、王宮内にいくつもある部屋の一室に居た。

「古本。確かに貴様のそれは、気づく程度には分かる」

 アルビレオに感じる気配の違和。だが、エヴァンジェリンに対しても感じるそれがどういうものであるのか。それが分からないことには解決するしない以前の問題である。

 

「それについては、実は私もわかりません」

 アルビレオも困惑したように笑みを浮かべる。彼がエヴァンジェリンもそういう存在であると知っているのは彼自身の知識ではない。

 正確に言えば、植えつけられた知識。改変された際に紛れ込んだ造物主の知識の断片なのだ。

 

 そんなアルビレオに、ハジメはため息を一つ吐く。

「やはり、実際会ってみなければ分からんか」

 そう言って立ち上がるハジメは窓際による。会ってみるといっても、帝都から出て行ったナギたちと出会うために時間がかかるな、と王宮内でも高い位置にあるこの部屋の窓から街を見てハジメは思った。

 だが、何かに気付いたかのようにその目はある一点を凝視する。

「……どうやら、あちらから来てくれたようだ」

 ハジメが零した言葉に、アルビレオも窓際へとよりハジメが見るほうへと視線を向ける。すると、にこやかな笑みを浮かべた。

「おやおや、肩を並べて歩いてきたということは……そういうことのようですね」

 その視線の先には、ナギとエヴァンジェリンが二人仲良く王宮へと向かっている姿があった。

 

 

 

 

 

 ナギとエヴァンジェリンを迎えたのはハジメ、アルビレオ、ラカンにガトーだった。

「おっす。どうやらうまくいったみたいだな~んん?」

 いやらしい笑みを浮かべ手を振りながらラカンがナギに話しかけた。

 それに対しナギは、華麗にラカンの鳩尾へ跳び蹴りを食らわせた。意表を突いたのか、空気を吐き出す音とともに吹き飛ぶラカン。

 

「なっ…にすんだっこらぁ」

「なぁに……いろいろ言ってくれた礼だよ礼っ」

 吹き飛ばされたラカンが両手を振り上げて怒りを示した叫びに、ナギは獰猛な笑みを浮かべてそう言った。

 そのまま乱闘になるかと思いきや、ハジメとガトーが鉄拳で制裁しそれを諌めた。

 

「……馬鹿どもが」

「全く……」

 沈み込んだナギとラカンを放置して、ハジメはエヴァンジェリンを見る。

 そして、気づく。アルビレオと同じ、いや、それよりも遥かに強い違和感にハジメの顔がこわばる。

 

 ハジメの雰囲気に気づいただろうアルビレオもそれを確認する。

 

 ハジメはそれが造物主のなんたるかを知るために、魔法で異空間に置かれていた自らの相棒である刀を喚び寄せる。空間を繋ぐ門となる陣が空中へと浮かびあがり、そこから刀の柄が姿を見せる。

 

 柄をその手に取ったハジメが刀身全てを抜き取り、静かに佇む。刀を取り出したハジメにナギとエヴァンジェリンが身構えるが、アルビレオが慌しくフォローする。

 

「あー待ってくださいね。別に攻撃するといったことではないですから」

 そうですよね、とアルビレオもハジメに確認する。アルビレオもまさかいきなり刀を取り出すとは思っておらず内心で慌てていた。

 ハジメが小さくうなずくと、ひとまず安心してナギはエヴァンジェリンへと近づく。その様子を見てエヴァンジェリンも構えを解くが警戒は解かない。

 

 ハジメの刀はいわば分身である。二つが揃ったときより純粋な存在となり、対極の存在である造物主と矛を交えることが出来るようになる。つまり、その存在をより強く感じることが出来る。

 それはエヴァンジェリンも例外ではなく。その体には、吸血鬼の真祖として発する気配のその核の部分となるものが存在していた。

 

 それは、造物主が作ったものであると気づくほどに強い残滓。

 

 一際強い気配を感じ取ったハジメは、それが核としてあることにまず安堵した。その体すべてが改変されたわけではない。おそらくは造物主によって入れ込まれた欠片とも言うべきそれが、エヴァンジェリンを真祖足らしめていると推察できる。

(これならば……何とかなるか)

 造物主を滅ぼせるハジメだからこその解決策。それは、エヴァンジェリンがその身に宿している造物主の欠片を消すこと。

 普通の人間の手ならば、それは不可能だろう。造物主は不滅の存在であり、吸血鬼の真祖としての力を見れば欠片にもそれが機能していることは明白。

 

「うまくいきそうですか?」

 ハジメを見て良きものを感じたのだろう。アルビレオがハジメのもとへと行き、尋ねる。

「出来る……な。だが、保証はしかねる」

 それは致し方ないことだろう。いずれその日が来ることは決まっているが、試したことなどありはしない。ましてや、その一部分を消すことで何が起こるのかなど分かるはずもなかった。

 そこで思い出すのは、ナルカがいた場所で読んだ無数の本を読んだ中の一冊。吸血鬼に関して記された一文。

 

―吸血鬼の真祖とは神がその魂を分けて作った人間に異なる神が魂の欠片を植え付けた異形の者。これを救うのは異なる神の魂を滅するほかない―

 

(世迷言だとばかり思っていたが……)

 伝説としか思えないような記述から、話半分に読んでいたがここにきてこの状況である。異なる神とは造物主のことを指すのかそれは分からない。だが、試してみるには十分な要素だった。

 そのためにまず、当事者に話をしなければならないと、ハジメはアルビレオを連れて二人のもとへと向かった。

 

 

 

「エヴァンジェリンを人間に戻す~?できんのかそんなこと」

 驚きと疑惑の眼差しでハジメとアルビレオを見るナギ。当然だろう、そんな話は聞いた事も無い。エヴァンジェリンも到底信じられないという顔をする。

「信じられないというのも理解できますが、ここは私とハジメを信用してもらえませんか」

「だが……どうやって」

 アルビレオの言葉を信用したわけではないだろう。だが、この身を開放するというその手段がエヴァンジェリンには興味があった。

 

 エヴァンジェリン自身すらも理解しきれていないだろう体を戻すということなど、とてもではないが信じるはずもない。だが、同じほどにそれは好奇心をくすぐる未知のものだった。

 

「そうだな…まず確認する。お前のそれは生まれつきではないな」

 多々あるだろう疑問の前にハジメがまず、状況を説明するために話を始める。エヴァンジェリンは、十の誕生日を迎える前までのただの少女だった自分を思い出し首肯する。

 

「その体となった原因は恐らく造物主(ライフ・メーカー)の仕業だろう。貴様の体には造物主(ライフメーカー)の欠片のようなものが核となっている」

 ハジメの言葉に眉根を寄せるエヴァンジェリン。

 

「……核だと?」

「そうだ。それが吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の力であり、それを取り除けば貴様はただの少女に戻る……かもしれん。保障は出来んからな」

 話についてこれないのか、エヴァンジェリンもナギもただ唖然とするばかりだった。

 

 しばし唖然としていた二人だったが、我に返ったエヴァンジェリンが口を開き尋ねた。

「ど、どうしてその造物主(ライフ・メーカー)とやらが私の体を?」

「知るか」

「なっ……」

 エヴァンジェリンにとって一番の疑問はハジメににべもなく切り捨てられ、続く言葉もなく口を開けたまま呆然とする。

 

「で、では何故私の体にそれがあると分かる?それにどうやってそれを取り除くと言うんだっ」

 疑問の悉くが自分を翻弄している錯覚に囚われるエヴァンジェリン。自然と口調も誤記も荒くなる。

「説明は後でしてやる。それよりもやるのかやらんのか」

 ハジメの言葉に歯噛みするエヴァンジェリン。敵対の意思もない相手にここまでぞんざいに扱われるのは初めてだった。

 

 そこで口を開いたのはナギだった。

「ま、まぁ、やれるならやってもらいてぇ……かな」

 エヴァンジェリンの心情を理解したかは定かではないが、間に入ったナギはハジメに頼むことにした。

「おい、いつ私が人間に戻りたいといった」

「え、戻りたくねぇの?」

 低い声で抗議の声を上げるエヴァンジェリンにナギが想定外だったのか驚きの声を上げた。

 

 ナギからしてみれば、エヴァンジェリンという少女は強く弱い存在なのだ。その弱さはナギが現れて表出した物なのだが、強さの裏返しでもある。

 背負える物は共に背負う。そう決めたナギにとって、エヴァンジェリンが人間に戻ると言うことは彼女にとっての救いであると本能に近い部分、直感で理解していた。

「そ、そういうわけでは……」

 ナギの心情が理解できたのか。真直ぐなその言葉にエヴァンジェリンも照れながら誤魔化す。

「では、やるか」

 一連のそれを黙って見ていたハジメが口を開く。結局、二人はそれに頷くことで合意した。

 

 方法については簡単な説明で終わった。要は、核となる部分をハジメが叩き斬る。それだけだ。

 その説明には当然反論があったわけだが。

「ならば、やめるか?」

 ナギとしては目の前の男が、そんな失敗をするとは思えなかったし、結局はそれを受け入れエヴァンジェリンを説得した。

 

 ハジメが刀を構えると同時にその雰囲気は一変する。狙うは一点、エヴァンジェリンに巣食う造物主の残滓が見える胸の中心。

 それを斬り払うために力を開放する。刀身が発光し、ハジメの意識も研ぎ澄まされる。自身を塗りつぶす何かを感じながらも、屈強な精神で押さえ込んでいく。

 

 

 そもそもハジメは造物主との戦い以降、刀を極力持たないようにしていた。

 この地で目覚めてから振るい続けてきた相棒である刀だったが、切っ掛けは造物主との戦い、その最後。ハジメは自らの計画に組み込むために、造物主を滅ぼす気などはなかった。だが、それには造物主を屈服させるだけの力が必要だった。その求めに刀は応じた。

 

 結果として造物主を倒せた。しかし、その過程は異なる。ハジメは最後の間際こそ我に返ることが出来たが、造物主を間違いなく滅ぼそうとしていたのだ。

 その理由をハジメ自身うすうす気がついてはいた。恐らく造物主を滅ぼすことが自らの使命だったということ。力を求めたことでその本能に力に呑まれかけた。だからこそ、その力に呑まれることの無いように一時しのぎであろうが、隔離していたのだった。

 

 

 そんなハジメを見てエヴァンジェリンは、初めて体験するえも言わぬ恐怖をその身に感じた。動くこともままならぬ状態でただその時を待つ。

 

―牙突・壱式―

 

 突き出される刃。違うことなくその切っ先はエヴァンジェリンの胸の中心へと吸い込まれる。刃はエヴァンジェリンの体を貫き、薙ぎ払われた。そして、糸が切れたように倒れ行くエヴァンジェリン。

 その様子を見ていたナギは驚きの声を上げ、すぐさまエヴァンジェリンの元へと駆け寄る。が、その身には傷一つ無い。貫かれた姿を見たナギはその体を見て困惑する。

「……成功だ。阿呆」

 気絶しているエヴァンジェリンを見ながら、先ほどまでの気配は感じられないことを確認したハジメは、刀の発光を収める。陣を出現させ刀を元の空間に戻した。額に汗がにじみ、心なしか疲労の色も濃い。

 

「おいおい……本当にやりやがった」

 一部始終と今のエヴァンジェリンを見て、ラカンが思わず呟く。そして、思い出す。詠春が修めている神鳴流にも魔だけを払う技があったことを。

 今のエヴァンジェリンからは魔族が発する気配と言うものをラカンは感じ取れない。それはつまり、エヴァンジェリンは今このときを持って真祖ではなくなったということだ。

 

「説明はしてやる。さっさと連れて来い」

 そういってハジメは王宮の内部へと入っていった。それに他の者たちも続き、ナギはエヴァンジェリンを抱えて入っていった。

 

 

 

 一報を聞いたアリカとアスナ、テオドラも集まった一同はそれぞれに驚きと呆れの声を出していた。

「まさか……人間に戻ったなど」

 その意見も当然だろう。吸血鬼の真祖が人間になることなど聞いた事も無い話が今現実として目の前にあるのだから。

 目覚めたが未だ感覚に慣れていないのか、ソファで横になっているエヴァンジェリンをアスナが見守っている。その様子を見たアリカがそう零すのも無理は無い。

 

「偶然が重なっただけに過ぎん」

 それだけでは納得できないと言う視線がいくつもハジメに降り注ぐ。ハジメはため息を一つ吐いて、一同に向き直った。

「丁度いい機会か……話しておこう」

 

「そもそも、何故俺ができたか……それは、俺が造物主(ライフメーカー)の対極という存在だからだ」

「対極?」

 ハジメはアルビレオを見る。アルビレオは少し困ったような笑みを浮かべながら頷いた。

「そうだ。造物主(ライフメーカー)に気づき、戦え、そして……滅ぼすことが出来る。そしてその身近な例がそこの古本……アルビレオ・イマだ」

 皆の視線がアルビレオへ向いた。

 

 アルビレオはいつものように微笑んだまま口を開く。

「そうですね。私は本を媒介に形を変えられた魔法世界人ですから」

 変えられたことに造物主が関与していたからこそハジメは気づいた。そして、それはエヴァンジェリンも例外ではない。

「つまり、俺がそこの金髪に造物主(ライフメーカー)の欠片が巣食っていたことに気づいた」

 エヴァンジェリンの身に起きていた事を考えたのか、何人かが生唾を飲む。

 

「そして、対極と言う存在である俺ならばそれを滅ぼせる。それが核を取り除けた理由だ。核さえ取り除けばただの人間だからな」

 何事もなく戻るとは思っていなかったが。そう思いながら右手に持った煙草を口に咥え、紫煙を肺に満たし吐き出す。

 

「説明ははとりあえずここまでだ。次は今後の話といこう」

 そう言って話を切り替えたハジメはナギを見る。視線を向けられたナギは困惑した表情を見せる。

「ん?なんだよ」

 

「シンプルに聞こう。鳥頭、これからどうしていくつもりだ?」

 

 エヴァンジェリンは人間に戻った。これでナギの旅は再び大きく変わるだろう。だからこそ、ナギがどうするのかをハジメは問うた。

 

「いや、このまま旅を続けるぜ。姫子ちゃんも行けるだろ」

「ふむ、そうか。ならば、金髪はどうする?」

 そう言って、エヴァンジェリンの方へと視線を向けるハジメ。

「え、いや。人間に戻ったんだから解決じゃねぇの?」

 

 その言葉にハジメは目を鋭くしながら睨む。

「そんなわけなかろう。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはまだ生きている(・・・・・)

 それは紛れも無い事実。たとえ発端が吸血鬼の真祖であったからだと言って、犯してきた罪は消えはしない。そういう意味だと気づいたときナギは真剣な表情のままハジメに答えた。

 

「何が言いてぇんだ?」

「賞金首を取り下げるには死んでもらわなければ困る……」

 言い切る前に、ナギは拳を机に叩きつける。無意識に力が入ったのだろう、魔法で保護がかけられているにも関わらず机は砕け、ナギはハジメを睨みつける。

「そんなことできるわけ無ぇだろうが……」

 珍しく静かに怒りを露にするナギに対してハジメは涼しい顔のまま続ける。

 

「だが、奴の罪は重い。人間になった今、死ぬと言う可能性も出た」

「だったらよ……俺がその罪も何もかも背負ってやるだけだ。ましてや、死なせねぇ」

「背負ってやる……か」

 ハジメとナギが互いに鋭い目で睨みあう。周囲も二人の気迫に沈黙を守るだけとなってしまった。

 

「ならば、それがどれほどのものなのか見せてみろ」

 そう言って立ち上がるハジメが部屋を出ようと歩を幾つか進めたところで、首だけを振り返りナギにその目で告げる。付いて来い、と。

 ナギもその視線に答えるように跳びあがって移動し、ハジメの後をついていく。

 

 

 

 王宮から離れた荒野。そこに場所を移したハジメとナギが相対する。他の者たちは巻き込まれないように、荒野のはずれで遠見の魔法を使い二人を眺めていた。

「こうして戦うのはいつ以来だっけか」

「顔合わせ以来か……今回は本気で行く」

 既に取り出した刀を握り、ハジメは静かにその闘志を燃やす。それが気迫となって周辺の空気を弾く。

 

 ナギもハジメの闘志にあてられたのだろう、笑みを浮かべながら、杖を構える。互いに戦闘の準備は整った。

「そういや、真剣勝負は初めてだったな」

「ああ……殺す気で来い」

 さもなくば死ぬことになるぞ?そう呟いたハジメの言葉と共に一陣の風となってナギへと迫る。

 

 砕ける音が3つ連続して響き渡る。その音はハジメの刃がナギの四重障壁を砕いた音だった。最後の障壁の前に止まってしまったハジメを見てナギがしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「くらいなっ」

 

 ナギの叫びと共に四方に浮かび上がる魔法の射手が宿る無数の魔力球。それらが一斉にハジメに襲い掛かる。着弾と同時に舞い上がる砕けた砂利。

 即座に後ろへ飛び退いたハジメを追うように、未だに存在している魔力球が矢となって次々とハジメがいた大地へと突き刺さり地面を抉っていく。

 

 それらを切り払いながら退いて行き、攻撃が止む頃には最初以上に離れた位置に立っている。それは魔法使いにとっての距離。そして、ナギは既に詠唱を終えていた。

雷の斧(ディオス・テュコス)

 雷で作られた斧がハジメ目掛けて放たれる。術者によって人を簡単に飲み込めるほどになった雷は、辺りを喰らい尽くしながら消えていく。そして消えいく光の中を突き進む影がナギへと向かっていた。

 

 その影はハジメ。雷の斧によるダメージによってあちらこちらに傷が見えるが、牙突によって魔法を切り裂きながら突っ込むことによるカウンターが有効だと判断した結果だった。

 咄嗟に横っ飛びに回避するナギ。しかし、その隙を待っていたかのように平突きからの横の薙ぎ払いがナギの脇腹を切り裂きながらナギの後方へと着地する。

 呻き声を上げながら、治癒呪文を自らにかけながら一先ずハジメから離れようと魔法と虚空瞬動を用いて飛ぶ。

(いきなりとんでもねぇな)

 脇腹の痛みを感じながら、背筋に空恐ろしいものを覚えるナギ。横に回避するとかじゃなく、まさか正面切って突破されるとは思っても見なかったのだろう。

 

「考え事か?――余裕だな」

「は、俺様だからなっ」

 すでにそこまで追撃をかけようとしていたハジメに対し、ナギは攻撃魔法を行使する。

 周囲に雷の槍を展開させながら、散開させる。投擲された雷の槍はナギとハジメの間を埋めるように放たれ続ける。虚空瞬動において方向転換することは至難。

 それを魔法を放つことによって制動させるナギに対し、ハジメは刀から気を放つことでその反動で飛んだ。交差する魔法の槍と気の刃。

 魔法の槍はハジメの腹部を貫き、気の刃はナギの右胸を貫通した。二人共にその衝撃で地に落ちて行く。

 

 ほぼ同じタイミングで着地した二人は傷を癒すことよりもまず、相手を確認する。

 ハジメは左手で押さえた腹部から血を滲ませながら立ち上がる。ナギもまた立ち上がるが、右上半身の力が入らないのか右腕が力なくぶら下がっている。

 互いに相手の姿を見て好機と捉えた。互いの距離は互いに有利に働く絶妙な距離。

 

 ハジメは腹部を押さえていた左手を右手で構えた切っ先に添えた牙突の構え。最大限の威力を齎す為全力をかける。

 対するナギは左手に杖を構え、ありったけの魔力を注ぐ。自らの最大魔法を詠唱する。

 

―牙突・壱式―

―千の雷―

 

 消え行くように風よりも早く突撃するハジメに対して、放たれるは極大の雷。もはや天災のそれはあっさりとハジメごと大地を飲み込んだ。

 この光景を見たナギは自身の勝利を確信した。雷の斧を耐えられたとしても、この雷の最大魔法は耐えられるわけが無いと油断した。一瞬の弛緩。

 雷の光が辺りを照らすのをやめたときナギの目に入ったのは目の前まで迫った刃だった。

 

 直撃を喰らい吹き飛ぶ。障壁がなければ間違いなく即死だったそれは、ナギの体に深い傷を与え、大地へと着地したナギは無様に転がり停止した。

 ハジメはふらふらになりながらも、吹き飛ばされたナギを見る。ハジメの左腕は焼き焦げ、服も同様になっていた。

 

 双方既に満身創痍の状態にある。だが、ナギは地に伏せ、それを見下ろしているのはハジメだった。

「これで……終わりだ」

 ハジメの言葉にナギが立ち上がろうと唸りながら拳を立てる。まだ終わってはいないと言うように。だが、深く負った傷からは血が噴出す。

「まだ…やれっ」

 だが、拳が血ですべりその体を再び大地に打ち付けてしまう。そして、僅かに残っていた意識はそこで途絶えてしまう。

 

「一思いに楽にしてやる。目覚めたときには何もかも終わらせておく」

 刀を構える。跳ね上がるように加速する体。その切っ先は今ナギを捉え、貫こうとしていた。だが、ナギの影からそれを遮るように小さな人影が立ちはだかる。

「っ」

 大地を抉るような轟音と、砂煙が立ち上った。

 

 

 

 砂煙が晴れるとそこに立っていたのは、エヴァンジェリンであった。彼女の目の前の大地は抉られていてまるでクレーターのようであった。

 ハジメはただこちらを睨み続けるエヴァンジェリンに嘆息交じりの息を吐く。

「そこのバカに言っておけ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは死んだとな」

 それで、賞金首は取り下げられる。そう呟いて片手に持った金色の束を掲げながらハジメはそこから去った。エヴァンジェリンは自分の髪を確認して切られている事に気づいて驚き、その後姿を見送った。

 

「なるほど……全てはやつの目論見どおりというわけか」

 今、こうして気絶しているナギを庇ったことすらも。

 どこか納得いかない、気に食わないと表情を浮かべた後、ふっと笑みを零して振り返りナギを見る。ひとまず、自分のために戦ってくれた男に一言呟いた。

「ありがとな……ナギ」

 その愛おしい名と共に感謝を告げた。

 

 

 

「随分とあぶなかったように見えたが」

 荒野の外れまでたどり着いたハジメを待っていたのはそんなアリカの言葉だった。

「前に言ったはずだ、互角だとな」

 今回はただ、どちらがより対人向けの戦いをするかに天秤が傾いた。剣士と魔法使い。そこには剣士の一日の長があっての勝利があっただけに過ぎない。

 

「……ほしいものも手に入ったしな」

「あんな誤解を招くように喋ってからに」

 片手に持つ金色の束を掲げるハジメを呆れたようにを見るアリカ。そもそも賞金首をとりさげるのにここまでやる必要などなかったのだ。ようは死んでいる(・・・・・)ことが分かればいい。

 吸血鬼の真祖はその身が変化することは無い。髪を切ろうとすぐに戻ってしまう。では、切られた髪はどうなるのか。それは魔素となって霧散するのだ。

 そこで霧散しない体の部分であれば証明することが出来る。ただそれは、大体を権力にものを言わす形になることは否めない。

 

「いろいろと都合があってな」

 そう言って束に何かしらの処理をするハジメ。変化は一瞬で、金色の束には魔力が宿る。それを見ていたアリカや、周りの者たちも唖然としている。

「い、今何をした?」

「何、ちょっとした実験だ」

 すまし顔で王宮へ戻るための門へと歩を進めるハジメに駆け足気味で付いていくアリカ。他の面々も一先ずついていくことにした。

 

 

 

 

 

 王宮へと戻った一行。

 その中で髪を切られたエヴァンジェリンに対してアリカは同じ女性として思うところが当然あり、ハジメに対し多少冷ややかな視線を送りながら、ドレスアップなどを行うための部屋へと移った。

 

「むぅ。妙な感じがするな」

「心配するな。似合っておるぞ」

「かわいい」

 王宮のメイドに切られた髪を整えてもらったエヴァンジェリンが後ろを気にするような素振りを見せる。肩に届かないぐらいまで短くなった髪に、何百年と親しんできた髪型との変化に戸惑いを隠せないようだ。

 そんなエヴァンジェリンにアリカとアスナが思い思いの言葉を口にしていた。それに対して、エヴァンジェリンも満更ではない様子で微笑んだ。

 

「しかし、髪を切らんでも良かったろうに」

「これが手っ取り早いというのもあるのだろうさ」

 そう言いつつ、数百年変わることのない容姿では最早無い自らの姿を鏡で見ながら、本当に人間に戻ったのだとエヴァンジェリンは実感する。

 この結果を導いた人物に対しては、一連の事態を鑑みると素直に感謝は出来ないが。

 

 和やかに会話を広げていると、メイドが入室する。

「ナギ様がお目覚めになったそうです」

 メイドが届けた報告にエヴァンジェリンは一目散にナギの元へと向かうのだった。

 

 

 

 戦いの後、王宮の治療室へと運ばれたナギは、清潔なベッドの上で目を覚ました。傍らには亜人の医者と看護師が立っており、簡単な質問に受け答えていた。

 それが終われば、医者は問題ないことを告げ看護師と共に退室した。

「俺……負けちまったのか」

 暫し呆然として、反芻する事実。そして、エヴァンジェリンのことに思い至りベッドから降りようとしたとき、部屋の扉が開く。

「ナギっ」

 

「へっ?」

 思いがけない人物にナギは間抜けな声を出した。目覚めたナギの姿を確認したエヴァンジェリンは、駆け出してその胸に飛び込む。

 傷がふさがっていたとはいえ、戦いの後にはさすがにきつかったらしく、ナギはエヴァンジェリンを受け止めるも悲鳴を上げるのであった。

 

 エヴァンジェリンの抱擁と謝罪が終わった後、なぜこの場に居るのかと言うナギの問いにエヴァンジェリンは事の顛末を語った。

「じゃぁ全てハジメの計画通りだったって訳かよっ」

 マジかー、と額に手を当てて悔しそうに唸るナギ。すると、扉をノックする音が響いた。ナギが入室の許可を出すと入ってきたのは、噂をすれば影。当のハジメであった。

 

「聞いたぜ……随分と意地の悪い真似してくれるじゃねぇか」

 ジト目でハジメを睨み、今回の一件について物申すといったナギに対し、ハジメは底意地の悪そうな面で鼻で笑う。それが正解だと言わんばかりの表情にナギは指をハジメに指しながら叫ぶ。

「うわー嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴っ」

 感情を出し切るように三回言葉に乗せる。それほどまでに手のひらで踊らされたのが悔しかったらしい。ハジメも可笑しそうにくつくつと笑う。

 

「まぁ、貴様の真意を聞くためだったのもあるしな」

「真意?」

「背負うのだろう?罪も…業も…何もかも」

「……当然っ」

 そう言って傍に居るエヴァンジェリンの肩を抱くナギ。恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にしながらナギをはたくエヴァンジェリン。

 

 そんなナギを見て、ならばもう何も言うことは無い、とハジメは踵を返した。その後姿にナギは呼びかけた。

「……お前とも一度くらい旅してぇな」

「遠慮しておこう」

「そこはそうだなとか言えよっ」

 二人は静かに笑いながら、分かれるのであった。近いうちにその話は変わった形で実現することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという賞金首は公的に葬られ、そこに存在するのは名も無き少女。彼女はナギと共にあることを選んだ。

 こうして、アスナの旅に同行する問題も解決され、ナギがエヴァンジェリンと結ばれる障害もなくなった。

 

 そして一週間後、彼らは旅に出る。

「うし、じゃ行くか」

 ナギが後ろを振り返る。そこにはガトーとアスナ、ラカンが立ち、ナギの隣にはエヴァンジェリンがいた。ナギの言葉にそれぞれ頷く。

 

「そんじゃ世話になった」

 見送る側であるハジメとアリカ、アルビレオに声をかける。

「全くだな」

 いつものように煙草をふかしながら、ハジメが答える。相変わらずの返事にナギは苦笑した。

 

「ナギ」

 アルビレオがナギに近寄り、内緒話をするように小さい声で別れの言葉を述べる。

 

「彼女とするには数年待ったほうがいいですよ?」

 無言でアッパーを繰り出すナギにアルビレオは黒い笑みを浮かべながら、後ろへさっと避けた。聞いていたのだろう、エヴァンジェリンも顔が赤い。

「それではお元気で」

「最初からそれだけ言いやがれっ」

 ナギのもっともな叫びがあたりに響くのだった。

 

 

 

 騒がしくも去ったナギたち。それを見送ったアリカは政務をするために王宮に戻る。そこにはハジメとアルビレオだけが残った。

 

「行ったか」

 そう呟いてハジメは刀を呼び寄せる。その刀身を眺める様にナギと戦ったことを回想しているのだろうと、アルビレオも刀を見る。そして、あることに気づくと自然と言葉に出していた。

「鍔が無いんですね?」

 アルビレオの言葉にハジメは、まだ居たのかと僅かに眉を上げた。そして、誤魔化すように口を開く。

「いや、そういえば貴様は良かったのか?」

 ハジメの言葉にアルビレオが何のことかと首を傾げる。

 

「その体のままでということだ」

「あぁ、そのことですか」

 得心したように、いつも通りの笑みを浮かべるアルビレオ。そして、彼はなんでもないように続けた。

 

「どうすることも出来ないのは知っていますから」

 

 そうか、とハジメはアルビレオの体を見る。そこから感じ取れるものはエヴァンジェリンとは異質のものだった。本に変質するその体には、エヴァンジェリンのような一点に源があるわけではなかった。

 ただ、そうなるように改変された体。改変された際の残滓は感じ取れたとしても、これはハジメであってもどうすることもできない。

 アルビレオはこの事実を知っていた。彼の思わんとすることはハジメにもわからなかったが、いつも通りの胡散臭い笑みに何も言わず踵を返した。

 そんなハジメに対して満足そうに笑みを浮かべたアルビレオもハジメに続いて王宮へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 




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