信念を貫く者   作:G-qaz

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第23話

 ガトーは目の前の光景に混乱していた。と言うよりもあきれていた。

 

「へへっ、これは俺がもらっておこう」

 ラカンが得意気にエヴァンジェリンの皿にあった料理を掠め取る。しかし、それに対し僅かに口角を上げるエヴァンジェリン。

 料理を口に運ぼうとしたラカンの動きが止まる。口を大きく開けたままの挙動で静止したその姿は笑いを誘う。

「そう何度も何度も同じ手が通用するとでも?筋肉だるまが……」

 愉快そうにくつくつと笑いながら、酒盃を傾け器用にラカンの目の前の皿を糸を使ってラカンの口元へぶちまけた。

 

「食らいたいなら自分の皿を綺麗に片付けろ」

 目を伏せ、食事を続ける。ラカンは力任せに糸を切り、詰め込まれた料理を咀嚼していた。

 

 料理の取り合いでそんなやり取りをする二人になんとも言えない気持ちにさせられるガトー。その隙を突いて掠め取るナギにも呆れるが、暢気な光景に闇の福音とはなんだったのかと思い出す。

 そんなガトーとアスナはちゃっかり自らの料理は死守したりしている。

 

 

 

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)として生きる魔女。国をも滅ぼしたとも言われているが……)

 目の前で繰り広げられている精神年齢が小学生のようなやり取りに、様々な伝聞の信憑性が音を立てて崩れるのをガトーは幻視した。

 

 だが、そんなことよりも大問題があった。その人となりは一先ずおいても、賞金首がナギたちと行動を共にしているという事実にガトーは頭を悩ませていた。

(どうせ、面白いとか思って仲間に引き込んだんだろうが……)

 実際はエヴァンジェリンがついてきたのだが、結局はそういう流れになったので間違ってはいないだろう。

 当たらずとも遠からずといった考えに、これからどうするかをガトーは思案する。うまいはずの食事が不思議とさびしい思いを感じさせる。

 

(しかし、困った)

 ちらりと隣に座るアスナを見やる。問題というのは、当然アスナにかかわることだ。

 そもそもナギとラカンを探していたのは旅の護衛を任せたいからだ。護衛の戦力としてこの二人は申し分ない存在だろう。エヴァンジェリンも戦力としては問題ない。闇の福音としての実力は推して知るべしだろう。

 

 問題なのは賞金首が同行するということだ。

 

 果たして厄介ごとを呼び込むような存在は護衛に適しているだろうか。答えは否だ。

 賞金首が同行することに降りかかる問題の主は襲撃だろう。強大な魔女である彼女を襲い掛かる人間は少ないかもしれないが存在はする。そしてそれは往々にして強き者たちだろう。

 襲撃されるうち、いつか噂されるだろう。ナギたちがエヴァンジェリンと行動をともにしていると。その際に起こりうる問題として、もしその場にアスナがいたとするならば。

(……何が起こりうるか分からんな)

 メガネの位置を指の先で直しながら、眉間に皺が寄っていることを自覚するガトー。うまく事を運ぶ考えも思いつかず、騒がしい食事が終わるのだった。

 

 

 

 エヴァンジェリンは食事中、ラカンとナギから料理を死守しながらある人物をずっと見ていた。それは自分よりも幼いであろう少女、アスナだった。

 まず、彼女の目を引いたのはその異様な雰囲気だったのだろう。見ただけでそれを察することが出来たのは、恐らくエヴァンジェリン自身も理不尽な運命に翻弄された少女であったためか。ともかく、アスナを一目見ただけでその見た目と纏う雰囲気の異常さに気づいた。

 その瞳と表情に感じ取れるものがある。ただの無表情とは違うそれは、数百年生きた中で見慣れたものを宿していた。それは、絶望と虚無。これらは、一度堕ちればなくすことなどできはしないものだとエヴァンジェリンは知っていた。

 だが、その瞳はそこから這い上がろうとしていた。確かな光を宿り始めているように彼女は感じとる。

 

 彼女自身がそうであったためだろうか、どこかアスナに自分を重ねるエヴァンジェリンなのであった。

 

 

 

 食事を終え、食後の一服と洒落込みながら、ナギたちは歓談する。

「そういや、ガトーはまた姫子ちゃんのお守りか?」

 ナギが軽く笑みを浮かべて、ガトーにこの帝都へ来た理由を尋ねた。帝国へ入ることが分かれる一因だったのだから、理由ぐらい知りたいと思うだろう。

「いや、まあ……そうなんだがな」

 どこか歯切れの悪い調子で、言葉に詰まるガトー。自然と視線はエヴァンジェリンへと向いてしまう。向けられた当人は、食後の紅茶を楽しんでいたが、その視線に訝しげな表情を作る。

「ん?なんだ」

 お互いにどういう人物なのかを知らない。いや、賞金首という情報を得ているガトーからすれば、ある程度のフィルターがかかっている。当然、悪い方へのフィルターだ。

 

 視線が交差し、下手な沈黙が降りるのを嫌ったガトーが口を開く。

「改めて自己紹介だ。俺の名はガトー、こいつらとはまぁ……腐れ縁みたいなもんだな」

 長い付き合いというわけではないのだが、如何せん大戦という中身が濃い時間を供に過ごしてきたのだ。自分の中でしっくり来た言葉をガトーは述べた。

「知っているとは思うが、私の名はエヴァンジェリン……悪の魔法使いさ」

 最後に怪しげな笑みを浮かべガトーを見るエヴァンジェリン。ただ、最後の言葉にラカンが噴出し、気が削がれたと睨みつける様はいろいろと台無しにしていた。

 

「あー……やっぱ、そうなのね」

 食事前にも確認したが、本人からの自己紹介でそれは決定的になってしまった。その事実にガトーも自然とやる気の無い相槌の言葉を零す。

「どうかしたか?」

 ガトーの様子がおかしいことに気づいたのか、その無気力さを気遣ったのか定かでないがナギが隣の席に移る。

 

 ナギの疑問にガトーは、話すべきかどうか数秒瞑目し考えた。今はまだ、ナギたちに頼んでいない。引き返すなら今のうちだが、果たしてこの問題を先送りにするべきかどうか。ハジメたちとどうするか。

 ガトーがいくつかの思考を並列させていると、逆隣から疑問への回答が行われた。

「また……ナギたちと旅する」

「おーそりゃ楽しくなるだろうな」

 ナギはアスナに告げられた言葉に、笑みを浮かべる。前回旅したことが楽しかったのだろう。即座に了承の言葉を述べる。

 

 自分を無視して進められている話にガトーは思わず割り込んだ。 

「待て待て待て。すまんがその話は一時保留だ」

「え、なんで?」

「いえ、その……」

 ガトーの言葉に、アスナが率直な疑問を投げかけた。顔こそ無表情であったが、その瞳はどこか哀しげなものを宿しており、それを察したガトーは二の句を継げなくなった。

 

「どういうことだよ」

 ナギも真剣な表情で問いかける。理由を吐かざるを得なくなったガトーはコーヒーを一口飲んで、ため息を一つ。その視線をエヴァンジェリンに向けた。

「理由は簡単だ。彼女が同行するならば嬢ちゃんを連れてはいけない」

「あん?なんでだ。襲ってくるような連中に負けるようなことはねえよ」

 エヴァンジェリンが賞金首であることなど知っているナギは、考えられる理由を否定して問題が無いことをガトーに話すが、そういうことではないとガトーは首を振った。

 

「そういうことではないさ。ナギ」

 そして、ガトーが危惧することに思い至ったのだろうエヴァンジェリンが静かに席を立った。自然とその姿に注目が集まる。

 エヴァンジェリンはアスナと視線を交わす。数秒だろうか、じっとお互いに見つめあうと、エヴァンジェリンはどこか諦めたような寂しげな笑みを浮かべる。

「貴様らとの旅はここまでのようだ。なかなか楽しかったぞ」

 そういい残すと、さっと身を翻して街の中に紛れ込んでしまった。突然の事態に誰も動けずにいると、ラカンが口を開く。

「いいのか?ナギ」

「えっ?いや……というか、なんでだよっ」

 かけられた言葉に我に返ったのか、一瞬戸惑を見せるナギ。しかし、なぜエヴァンジェリンとの旅に連れて行けないのか。エヴァンジェリンと一緒ではダメなのか。その理由をガトーに問う。

 そこから話されたのは、賞金首であるからこそのデメリットであり、そのデメリットを享受することはアスナの立場上無理だということだった。

 

「だ、だけどよ……あいつ、悪い奴じゃないんだぜ?」

 子供っぽいところもあるしよ、とエヴァンジェリンと旅をして得られたその人となりを説明するが、ガトーが首肯することはなかった。

「無理だ。だが、いなくなったのなら連れて行けるな」

「いなくなってねえっ」

 ガトーの言葉に思わず怒鳴るナギ。怒鳴られるとは思っていなかったのか、ガトーが目を見開いてナギを見る。

「だが、行っちまったぞ。あいつ」

 ラカンは相変わらず椅子に凭れながら、事の推移を見守っていた。だが、それは終わりだとナギに選択を迫る。

「決めろよ、ナギ……ここが分岐点だ。アイツはいい奴だった(・・・)

 

「継続か決別か。お前はどうしたいんだ?別に分かれたからってどうにかなるわけじゃねえだろ」

 矛盾している物言いにガトーが眉を寄せる。確かに、アスナが旅に同行しなくてもどうにかなるわけじゃない。それはエヴァンジェリンについても同じはずであった。

「大体よ。なんでお前がそこまでムキになるんだよ」

 仲間が賞金首としてのデメリットを持っていたからなのか。仲間をバカにされたからなのか。それとも、もっと別の理由があったからなのか。それをラカンははっきりさせたかった。

 

「ムキにって……」

 自覚があったのだろう。ナギは、反論することもできず黙ってしまう。

「アイツ自身は否定していないし、自分から去っちまった。お前が出る幕あるのか?」

「こんな分かれ方したらもう会えねえかも知れねえ」

 賞金首のせいで分かれればエヴァンジェリンが、それを理由に会わなくなるのではないかとナギは思ってしまった。それはきっと折角出会った仲間がもう会えなくなるのは嫌だと本人は思っていた。

 

 それを聞いたラカンは思わすといった風に噴出し笑ってしまった。心情を吐露したのは恥ずかしかったのか、ナギは額に青筋を浮かべて睨む。

「くく。だったら他の奴らはどうなんだよ。もしかしたら、もう会えないかも知れねえじゃねえか」

「あん?そんなわけないだろ」

「なんでだよ。ゼクトの爺さんだって今は何処にいるのか分からねえだろ」

 ラカンの言葉に詰まるナギ。確かに連絡を取り合っているわけでもないゼクトの行方も、今はこうして目の前にいる男も別れれば何処にいるかは分からず、次会える日は分からないだろう。

 

「要は、だ。お前はあのロリババアに何かしら特別な感情を抱いているってことだ」

「な、なんでそんなことになんだよっ」

 その結論に納得いかないのか、ナギがラカンに詰め寄る。だが、ラカンはいやらしい笑みを浮かべながら続ける。

「ん~だってよぉ……なかなか楽しそうだったじゃねぇか。いつもいつも」

「なっ」

 本人に多少なりとも思うところがあったのだろう。思わず、顔が紅潮するナギ。

 そんなナギを見て、ラカンは優しげな笑みを浮かべる。

「……行けよ。マジで二度と会えなくなるぜ?」

「ぐっ。特別だってのは認めてやるが、好きなわけじゃねえっ」

 そういい残して、エヴァンジェリンが去っていった方向へと駆けていくナギ。

 

 それを見送る残された3人。見守っていたガトーが疲れた表情を浮かべて口を開く。

「なんてことしてくれてんだ」

「別に~。いいじゃねぇか、面白そうだしよ」

 そういう問題じゃねぇだろ、と顔を手で覆いながらこれからどうするかを本気で悩みだすガトー。

 服を引っ張られる感触に戻されたガトーがそちらのほうへ見やる。そこには当然アスナがいたが、その様子がどこかおかしかった。

「ナギ。応援しよ」

「嬢ちゃん、そうじゃなくてだな」

 どこかずれていた姫と一先ずいろいろと予定が崩れてしまったことを嘆きながら、ガトーはハジメに連絡を取ろうと画面を映し出すのだった。

 

 

 

 

 

 帝都から西へすぐの森でエヴァンジェリンは、ただひたすらに駆けていた。いろんな思いが溢れ、じっとしていると爆発してしまうのではないかと錯覚してしまうほどの感情に囚われる。

 数百年を生きてきた彼女にとってこの数ヶ月はいろいろなことが起こりすぎた。良いことも、悪いこともだ。だが、結果的に見れば良いことばかりだっただろう。

 

 ナギに出会えたこと。ナギとラカンとの旅は彼女にとって得がたきものになっていた。

 だが、それを享受するためにはアスナを蔑ろにしなくてはならない。自分自身とどこか重なる少女、けれども自分と同じような闇の道に進むことは無いだろう少女を思えば、また自分が諦めればいいと、彼女は思ってしまった。

 それは彼女にとって当然のこと。自分は生きるために力を手に入れた。決して光を望むためではなく、ましてや奪い取ろうと決めたわけではない。もとより光に生きられるとは思ってもいなかった。

「ぐっ」

 なのに、涙が、溢れる。どれだけ拭おうとも、涙は止まらなかった。

 

 

 

 どれだけ駆け抜けたのか。気づけば夕闇が辺りを覆っていた。ふと立ち止まり、そして、空を見上げながら歩く。

(戻っただけだ……昔のように)

 そう自分に言い聞かせるように彼女は歩く。だが、思い出すのは、ナギと出会ったあの日から今日までの楽しい日々ばかりだった。

 今までの日々が全てかすれるほどに、それは眩いものだった。彼女がナギを光と評する様に、ナギと共にいた日々は光だったのだ。

(そんな日々を味わえただけでも……僥倖さ)

 立ち止まる。その気配は街を出てから感づいてはいた。駆けていても近づくその気配はとても慣れ親しんだものだった。

「それで隠れてるつもりか?」

 エヴァンジェリンの言葉に、周囲から魔法の射手が降り注ぐ。着弾と同時に上がる砂埃でその周囲は隠された。

 

「これで終わり……な訳無いよな」

 ぼそっと呟く冒険者。彼らは賞金首であるエヴァンジェリンを仕留めるために前から追っていた者たちだった。たとえ英雄といたとしても、それで改心するとは思っていなかった彼らは待っていた。今日という日を。

「っ」

 未だ視界を遮っている砂埃を前に身構えていると足元が動かないことに、続いてやけに周囲が冷たくなることに気づく。

 突如上がる断末魔の叫び。気づけば、周囲は闇に覆われている。編成を組んでいたはずの仲間も見ることは出来ず、焦燥感だけが募っていく。

「おいっ、どこにいる?」

 思わず、叫ぶ。だが、それはどう考えても悪手だった。

「ここにいるさ」

 目の前に現れた化け物。その姿に冒険者は表情が引きつるのを自覚する。考えが甘かった。賞金に目が眩みすぎ、自分たちを省みなかった代償はその命だった。

 

 返り血を浴びたエヴァンジェリンは、血で染まったその手を見ていた。

 

 

 

 たまたま街から出て行くのを見た情報を元に森へと向かったナギは、必死に駆けていた。

(どこいやがるんだ)

 そう内心で毒づきながら、あたりに警戒しながら進んでいく。

 すると、視界に戦闘が行われているような爆発と煙があがる。ナギは一直線にそこへ向かうのだった。

 

 近くまでやってきたナギは、速度を緩めて少女の姿を探した。

 そして、血で染められたエヴァンジェリンを見つける。あちらも気づいたのだろう、視線をナギへと向けた。

 

 どこかおかしい様子のエヴァンジェリンを目の前に、ナギは思わず駆け寄ろうと一歩足を出す。しかし、それはエヴァンジェリンの叫びによって遮られる。

「くるなっ」

 目じりに涙をためたエヴァンジェリンがナギを睨もうとするが、溢れ出した涙を見せたくないのかすぐに顔を伏せる。

 

 エヴァンジェリンはナギと出会ってからの日々を思い出す。そして、それまでの自分とを比べ思う。

「私をこれ以上……弱くするなっ」

 気丈に振舞おうとしても、溢れる涙がそれを許さない。しかし、それでも誇りある悪を貫いてきた、強くならざるを得なかった少女は顔を上げる。

「これ以上……優しくするな……」

 改めて思い知った自分という存在。ただ殺されるためだけに生きる化け物。吸血鬼である自分が目の前に立っている男と共に光に照らされて生きていられるわけなど無かったのだとエヴァンジェリンは思ってしまった。

 

 エヴァンジェリンが決別を告げたその顔は、助けを求める少女の顔だったと、今まで立ち寄った街の平凡な少女たちの泣き顔となんら変わりないものだとナギは知った。

 エヴァンジェリンは特別な存在だとナギは思っていた。紅き翼(アラルブラ)で共に戦った存在とは違う。アリカのような女性とも違う。完全なる世界(コズモエンテレケイア)で戦ったアーウェルンクスとも違っていた。

 

 だが、それは勘違いだったのだとナギはエヴァンジェリンの顔を見て思い知る。気づけば、エヴァンジェリンの近くまで駆けよりその小さな体を抱きしめていた。

 何が起きたのか一瞬理解できなかったエヴァンジェリンも抱かれている状況に気づくとナギから離れようともがく。

「ばっ、離さんか……離せっナギ」

 握りこぶしをナギの胸にたたきつけても、抱きしめられる力は強くなるばかりで、エヴァンジェリンはどうしていいのかもう分からなくなっていた。

「離せ……優しくするなと言っただろ……」

 弱弱しい口調の声もか細くなっていき、消えていった。

 

 

 

 しばらく抱き合った後、落ち着いたのか場所を移した2人。見晴らしのいい、月が良く見える丘に隣同士で座っていた。月を眺めて暫し。

「俺は、好きな奴がいた」

 ナギが口を開く。その目は空を仰いでいてどこか遠くを見ているようだった。

「そいつを意識したのはいつだったかは分からねぇ。だが、気づいたら目で追ってた」

 ナギが思い描く姿はいつも戦争を終わらせようと、倒れるんじゃないかと思うほどに奔走していたアリカ。そして、いつもハジメを想っていたアリカだった。

「でも、そいつはもう俺の手が届かない場所に行っちまった」

 数ヶ月前の婚姻のパレードで嬉しそうなあんな姿を見てしまったナギの心情は筆舌に尽くしがたいものだった。

 

「そんな話を私に聞かせて何のつもりだ?」

 目じりに涙を残したまま上目遣いにナギを見るエヴァンジェリン。

「いや、だからさ。誰かを好きになるってことを…無意識に避けてたんだよ」

 ナギは自然と手を伸ばしその金色の髪をなでた。くすぐったいのかエヴァンジェリンは目をつぶりながらもどこか気持ち良さそうにしている。

「だけど、姫子ちゃんのためにお前が旅から外れるって聞いたときにはもう無意識にお前庇ってた」

 けれどもそれが他のメンバーだったらきっと違っただろう。そして、ラカンの言葉にナギがエヴァンジェリンをどう扱っていたのかを気づかされる。

「それで気づかされたんだよ」

 

「なぁ、エヴァ」

 ナギは、エヴァンジェリンの体を自分と向かい合わせ、真剣な表情で少女の大きな碧い瞳を見る。

「な、なんだ」

 変化した雰囲気に思わずどもってしまう。

 

「俺……お前が好きだ」

 

 まっすぐ見つめられる瞳にエヴァンジェリンの頬が紅潮する。

「私は……悪だ。闇にいるべき化け物さ」

 だが、それは叶えてはならないものだということを悟ってしまった。ゆえにエヴァンジェリンは身を引こうとするが、ナギがその体を抱きしめる。

「関係ねえさ。お前の罪も……苦しみも全部俺が半分背負ってやる」

「ナギ……」

 

「だからさ……俺と一緒に来いよ」

「お前は本当にバカだな……」

 顔を俯かせるその瞳から涙が溢れ一筋の線を描く。

 

「私も……好きだよ」

 それは、少女の願いが届いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 帝都ヘラスの王宮の離れ。応接室にも使われるその場所にガトーたちはハジメと連絡を取り合い向かうことになった。

 連合とはまた趣の違うつくりの部屋は、厳かな気分に自然とさせる。

 ガトーたちがつくとそこにはすでにハジメたちが待っていて、事の起こりを説明した。

 

「知るか。放っておけ」

 説明を終えた開口一番の言葉に、ガトーは苦笑するしかなかった。予想通りというかぶれない考え方の男だと改めて認識する。

「そういうわけにもいかんだろ。嬢ちゃんのこともある」

「そこは我慢してもらうしかあるまい。オスティア周辺ならば今まで通り出れる」

 ハジメの言葉にガトーが思わずアスナを見る。ハジメも視線を向ける。注目されたアスナは、考えるように目を伏せた後、口を開いた。

 

「……やだ」

「理由は?」

 答えが分かっていたかのようにハジメは即座に聞いた。

 理由。それを尋ねられたアスナは考える。なぜ、エヴァンジェリンと旅をしたいのか。いくつかのことを考えながら、簡単な答えにたどりつく。少なくとも彼女は楽しそうだったとアスナは思って、ならきっと自分と旅をしても楽しいんだと思ったのだ。ならば、理由と述べることは簡単だった。

 

「……私、あの人とも一緒に旅してみたい」

「そうか。だが、それは無気力男の述べたとおり無理なことだ」

 取り付く島もなく切り捨てられたアスナはハジメを睨むも、全く動じないハジメの様子に逆に怯んで部屋を出て行ってしまった。

「ストレートに言いすぎ」

「下手に希望を持たせても意味がなかろう」

 間に入ろうとしていたアリカが、ハジメに一言。返された言葉に、融通が利かないと零しながらアスナの後を追った。

 

「じゃが、実際にどうするのじゃ?」

 話に割り込むつもりがなかったテオドラが今後の方針を聞く。英雄であるナギが賞金首と共にいるということが既に問題であり、そこから発展するとしたら更なる問題が発生する。

「あいつはそんなこと気にしねえだろうがよ」

 ラカンは面白そうに笑う。事実愉快なのだろう。

「表沙汰にしなければ問題もあるまい」

 ハジメも冷静に対処法を述べる。たとえ賞金首であろうと、今までのナギの行動を顧みるに改心させたと噂が立つかもしれないなと希望的観測ではあるが思ってもいた。

 ならば、問題は無いなとテオドラは自分の仕事に戻るために部屋を出るのだった。

 

 残されたハジメ、ガトー、ラカンは一先ずソファに座った。

「で、本当にこのままでいいのか?ハジメ」

 口を開いたのはガトーだった。アスナの供になる機会も多かった彼は若干情が移っていたようだ。

「まあ現状でも特段問題は無いわな」

 ラカンの言葉にガトーは頭脳労働をしねえ奴は黙ってろと言わんばかりに冷たい視線を送る。へいへい黙ってますよ、とラカンは用意されていた紅茶を飲む。

 

「……如何せん取れる手段が少なすぎる。というよりもない」

 問題はエヴァンジェリンが賞金首であり、吸血鬼であること。他にも狙われる要素が多すぎる。それをどうにかする手段など現状ではなく、ラカンの言うとおり別段問題の無い現状を維持することが望ましかった。

 ハジメの言葉にガトーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かばせ、頭を掻く。短くなった煙草を灰皿へと押し付けて、新しい煙草を手に取る。

「どうにもできねえってわけか」

 仲間が評判を落とすことも、吸血鬼をなんとかしてやることも、姫の希望も叶えてやることができない自分に苛立つようにソファの背もたれに身をゆだねる。

 ガトーが零した言葉を最後に、解散することとなった。

 

 

 

 ハジメだけだ取り残された応接室。今日するべき仕事は既になく、ただ思考に没頭していた。どうすれば、円滑に事が進むのか。だが、得られる答えはすべて否。

 結局自分に出来ることなど何も無いのだと思い知らされる。

 

 考え込んでいると、覚えがある気配に気づく。

「何のようだ?古本」

「ふふふ。さすがですね、ハジメ」

 現れたのはアルビレオだった。だが、今はオスティアにいるはずの彼にハジメは怪訝な顔をする。

「何故ここにいる?」

 さっさと疑問に答えろといわんばかりの言葉に、アルビレオも思わず苦笑する。

 

 そして、いつも微笑んでいる表情から一変、真剣な表情になるアルビレオ。

「実はですね闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)……エヴァンジェリンのことで話があります」

 ハジメがアルビレオを見つめたまま、数秒のときが流れる。聞くことを決めたのだろう、懐から煙草を一本取り出し火をつけた。それを話を聞く体勢だと解釈したアルビレオが話し始める。

 

「エヴァンジェリンの話に移る前に、そろそろここで顔を合わせるようになって1年近くになりますね」

「まぁ、そうなるな」

 本題の前の話題にしては、おかしな入りだ。そう思いつつもハジメは頷く。

 

「貴方はうすうす感づいているのではないですか?」

 どこか試すようなアルビレオの言葉に、ハジメは一つ思い当たることがあった。それは、ハジメがアルビレオに対して感じる微かな違和感。

造物主(ライフメーカー)……のことか?」

 ハジメの言葉を聞き、アルビレオが流石ですと笑みを浮かべる。

 

「はい、その通りです。私はもともと(・・・・)魔法世界人です」

「もともと?」

「そうです。けれども私は旧世界においても生きていけます」

 魔法世界人は旧世界で行動することはできない。彼らが生きられるのは魔法世界という幻想で作られた世界だけのだから。だが、それに抗うように作り直されたのがアルビレオ・イマという男だった。

 造物主に改変された存在であるアルビレオのその力を、ハジメは反応していた。いわば造物主の対極に位置するたった一人の存在だからだろう。

 

 本を媒介にして旧世界とを行き来できるようになった魔法世界人。幻想と現実のハザマをいくもの。だからだろう、彼のアーティファクトが人の人生を綴るものなのは。

造物主(ライフメーカー)と面識はありませんが、私がそういうものだという認識はなぜかありましたよ」

 

「ここからが本題です。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、彼女も恐らく同じ存在(・・・・)です」

 アルビレオの言葉にハジメは眉をひそめる。

「奴も本だというのか?」

 

「いえいえ、違います」

 わざとですか?と苦笑気味にハジメの言葉を否定するアルビレオ。仕方なしにハジメも言いなおす。

「奴もまた、造物主(ライフメーカー)に改変された存在だということか?」

「確証はありませんが…おそらくは」

 今ひとつ現実味に欠けることであるが、やっかいなことになったものだとハジメは紫煙を吐きながら思う。そして、一つ疑問がこの目の前の胡散臭い男に浮かび上がった。

「なぜ、俺が貴様のそれに気づいていると思った」

「そうですね、これからの話にはそれも必要ですね」

 嬉しそうににこにこと笑みを浮かべるアルビレオ。話の内容と表情が一致しない男だとハジメは内心で評価した。

 

 アルビレオがそれに違和感を感じたのは、テオドラがいる場所へ調停に発ったあの日の出来事だった。ハジメの後姿を捉えたとき、体に奇妙としか言いようの無い違和感が僅かに感じ取った。

 そして、墓守人の宮殿で造物主と敵対したハジメを見たときに気づく。ハジメの力の一端はアルビレオ自身を構成する何かに対して影響を及ぼしているのではないかと。魔法世界人であるラカンを見ても同じ違和感を感じ取っていないこともそう思わせる一因になった。

「ですから、きっと貴方も何か感じ取っているのではないかと思ったのです」

 当たりでしたねと、微笑むアルビレオに対して、ハジメは大したものだとその洞察力と考察に内心で褒めていた。調子に乗られても面倒であったため言葉にすることはしなかったが。

 

 

 

「それでですね……彼女をどうにかする方法は無いでしょうか?」

「どうにか?」

 アルビレオが困った表情をしている。実際に困っているのだろう、仲間であるナギのためだ。ナギが好いているであろうエヴァンジェリンとどうにか結ばせてやりたいと思うのは彼なりの思いやりでもあった。

 現状のままでは表の世界を歩くことが難しくなりかねない。ナギならば気にしないだろう。

 

 だが、相手は吸血鬼であり不老不死の存在なのだ。結ばれることも難しいだろうが、共に歩んでいくことも困難を極めるだろう。眷属になるという手もあるだろうが、エヴァンジェリンがこれまで眷族を作ったということは聞いたことが無いうえ、それはできれば避けたかった。

 勝手な気遣いだろうが、それでも仲間が吸血鬼になるということは不安がある。ならば彼女の問題をなくすしかない。解決できるならばしてあげたいとアルビレオは考え、こうしてハジメに相談を持ちかけたのだった。

 

「ふむ」

 ハジメからすればそんなことできるはずもないというのが第一の結論だった。だが、造物主という要因が絡むのならばハジメ自身介在する手立てがある可能性も浮上する。

 また、いつかの目的のために自身の力がどのようなものなのか正確に把握できる機会でもあると考えられた。

 

 そして、ナギが使えないと困るであろう無愛想な姫を思い出しながらいくつかの思考を経て、ハジメは結論を出した。

「何が出来るかは知らん……かといって、何もしなければ始まらんか」

 その答えに、アルビレオはひとまず安堵し頬を緩めた。

 

(もし、人間になればナギの好みにも近づくでしょうし)

 なにがとは言わないが、仲間の趣味嗜好までお節介をやくことを考えてにこやかに笑うアルビレオは、応接室から出て行くハジメに続くのだった。

 

 

 

 




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