信念を貫く者   作:G-qaz

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第22話

 

 帝都ヘラスに比較的近い街の食事どころに奇妙な組み合わせの三人組がいた。

 

「おいっ、それは私のだぞっ。筋肉だるまっ」

「いやーすまんすまん。もう口の中だロリババア」

「悪いと思ってないだろう貴様っ」

 エヴァンジェリンが右向かいに座るラカンにフォークを向けながら抗議する。全く悪びれもせず咀嚼しているラカンは、とぼけたまま食事を続けている。

 ラカンとエヴァンジェリンが言い争っているうちにナギがぱぱっと二人の分を掠め取る。

 

「おいこらっ、俺の分がなくなるだろうがっ」

「ナギ、貴様もか。ってお前が言うなーっ」

「脇が甘いんだよっ。はははー」

 それに気づいた二人が矛先をナギに向けるが、笑いながら最後の肉を口に運ぶ。

 

 客観的に見れば和気藹々と食事を続けている様は、とても賞金首と英雄が席を同じくしているとは普通には思わせないほどだった。

 

「随分ト楽シソウデ何ヨリダ。御主人」

 最後の席に鎮座している人形が見たことのない主人を見てそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 ナギたちが楽しそうに旅をしている頃の王都オスティア。

 王宮内の執務室の一つでアリカは政務をこなしていた。傍にはハジメやアルビレオも同じく彼らがこなすべき仕事をこなしていた。

 ハジメは近衛軍などの軍務、諜報に関して、アルビレオはその知識量からアリカの補助など政務に携わっていた。

 資料をめくる音や捺印の音が響き渡る執務室の中、アリカはしきりに髪を触ったり出入り口に目を向けたりと落ち着きのない行動が目立っていた。

 

 そんなアリカに堪えきれなくなったのかハジメがため息を一つ。

「そわそわするな、鬱陶しい」

「ふふ。仕方ないと思いますよ?何せアスナ姫が帰って来るのですから」

 ハジメの注意にアルビレオが苦笑しながら、アリカをフォローする。無意識だったのか、指摘されたアリカは顔を若干紅くしながら机に顔を向けた。

 

 アルビレオの言うとおり、今日はアスナがオスティアへと戻る日であり、アスナを可愛がっているアリカは気になって仕方がないのであった。それでも、政務を滞らせていないところは流石といえる。

 

 そして、アスナとガトーの帰還を知らせるメイドが部屋に訪れる。そこから遅れること数分。ガトーとアスナが入ってきた。

「ただいま戻りました」

「ただいま」

 軽く一礼をして、帰還の旨を告げるガトーに続くようにアスナも無表情のまま帰りを告げる。

 

「おお、ご苦労であったなガトー。おかえりアスナ」

 そんなアスナたちにアリカは笑顔で迎えるのだった。

 

 ひとまず休憩ということで庭先へと場所を移し、執事が茶を入れる。茶葉の香りが庭に広がり、一層華やかに映す。

 アリカとアスナは隣同士の席に着き今回の旅の感想を聞く。

「旅はどうであった?」

「楽しかった」

 カップに口をつけながらも即答するアスナ。そこから続く話に、アリカは驚きながらも無表情であるが楽しそうに話すアスナを嬉しさと哀しさが織り交じった複雑な表情で相槌を打つ。

「…そうか」

 

 そんなアリカに気づいたのだろう、アスナの話が途切れる。

「やっぱり、嫌だった?」

 それは外に出たことに対することなのだろうと思い、アスナが尋ねる。

「いや……うむ。やはりアスナにはここに居てほしいかの」

 アスナの利用価値というものは知るものが使えば、世界の理さえ覆せるものになる。完全なる世界が壊滅状態だからといって、いつ造物主が反旗を翻すのかも分からない。もしかしたら王族の秘密を知る者がいるかもしれない。

 そう考えるアリカに、この状況でアスナを外に出すことはやはり躊躇われた。

 

「でも、私は……」

 そこでアスナが思い出すのはやはり今回の旅であった。ナギと回った街々は彼女にとって新鮮で興味深いものばかりであった。ガトーに連れてもらったところも、退屈はしなかった。ガトーは大変であっただろうが。

 ラカンには随分と煮え湯を飲まされたことも思い出し、仕返ししなければならないと固く誓いなおした。

 そうして思うのは自分が王族としてではなく、ただのアスナとして生きてみたいという叶えられるはずもない願いなのだということにふとアスナは気づいた。

 だが、これを言うわけにもいかず、結局それ以降の言葉は続かなかった。

 

 場に沈黙が下りる。

「落ち着け阿呆」

 そんな言葉と同時にハジメがアリカの後頭部を軽くはたいた。

「……なにをする」

 少々痛かったのか、ハジメにそんなことをされると思わなかったのか、涙目で抗議するアリカ。

「その話は後日だ。それよりもお前に客だ」

 視線を庭の入り口に向けるとそこにはなんともいえなさそうな表情をしているタカミチの姿があった。どうやら、話しかけづらい状況だったようだ。

「むぅ」

 言い足りないのかうなり声を上げて非難がましい目を向けてから、タカミチの方へと歩いていくアリカ。

 

 アリカが出て行った後、口を開いたのはハジメであった。

「あいつなりに心配なんだろう、それはわかってやれ」

「知ってる」

 そんなことはアスナも十分理解している。だが、彼女自身未だに知識も性格もちぐはぐな部分があるのだろう。だが、先ほど思ったことは彼女なりの一つの答えだったことに違いはない。

 

「だが、お前が本当に外に出たいというのなら構わん」

「えっ」

 だからだろう、かけられた言葉に驚いたのか若干目を見開いてハジメを見上げるアスナ。

「そのための策もいくつかある」

 ハジメはそう言ってアスナを見下ろす。ただここで言うことはないだろうと、話に区切りをつける。

 

「どうせ、しばらくはここに留まるんだ。どうしたいかじっくり考えとけ……ガトーもいることだしな」

「厄介ごとを俺に回すのは勘弁してほしいんだが……」

 ガトーの呟きをあえて無視しながらハジメは続ける。ガトーは新しい煙草に手を出して火をつける。紫煙を吐くその姿には哀愁が漂っていた。

 

「子供一人どうにかできないほど、俺らは無能ではないのでな」

 アスナの髪を若干乱暴に撫でる。それをアスナが両手で振り払う。

「子供じゃない……」

「子供だ。子供は子供らしくしておけ」

 ふっと笑みを浮かべて、話は終わりだと自分の仕事に戻るハジメであった。

 

 

 

 夜になり、自室に戻ったアリカはハジメの隣に座りながら黙ったままでいた。昼間の件について未だにご立腹のようであり、ささやかな反抗として黙っているのだが、隣にいる時点で意味は無いだろう。

 ハジメも特に気にすることも無く、口を開く。

「アスナの件だが」

 昼間の続きのようだとアリカが気づき、視線をハジメに向ける。

「お前はどう思う?」

「私……?」

「そうだ」

 どう思うというのは、恐らくアスナが外に出るべきなのかということだということはすぐ察せられた。

 

「私はやはり、この地にいたほうが良いと思ってる。近いうちに王制もなくなるこの国なら、アスナもただの少女として生きていける」

 それまでは、王族としてアリカ自身が世話をしたいと思っていた。

 

「ただの少女……か。黄昏の姫御子の器はそのままなのにか?」

「それは……だけど、どうすれば良いか分からないの」

 そういってアリカは両足を引き寄せ抱えた。俯き隙間から伺える彼女の顔はどこか悲痛なものが見えた。ただの少女として生きることのなんと難しいことか。生まれだけではない、アスナには、もとより備わっているものが大きすぎた。

 黄昏の姫御子としての能力と知識。そして、ただ王国を繁栄させる為だけの歯車として生かされた代償として彼女の心は歪んだのだろう。感情は乏しく、人としての生を謳歌できるとはとてもではないが思えなかった。

 

「実際……外に出すことは難しくは無いだろう」

 ハジメはアリカを見ながら一呼吸おき、紫煙を一つ吐く。アリカもそれは分かっているのだろう小さく頷いた。

 

 もとより、黄昏の姫御子という情報自体が機密情報としての性質を持つ。アスナがそれだと知ることが出来るのは、完全なる世界が壊滅した今一握りの者だけだろう。

 実際にアスナがナギたちと旅をしても、不審な輩がいたということをガトーは確認できなかった。

 

 また、仮に知るものが現れたとしても。迂闊に手を出させないようにすればいい。

 たとえば、その身を永久に封印したという情報、それを隠すために身代わりを用意しているという情報を流し、実際は本物が身代わりをこなす。

 ここで第二の情報の信頼性をなくせば、そこに突っ込んでくるような輩は程度が知れる存在であり考慮するに値しない。実際には守れる環境を整えるだろうが、それで数%のリスクは限りなく0にできるだろうとハジメは考えていた。

 

 これは事情を知る人間が少ないほど、効果を発揮する。日常生活を送っていくならば知らない者との関わりは増えていき、その日々は誤解を助長させるからだ。そんな状況を観察すれば姫御子だとは思わなくなるだろう。

 

 それで過ごせる未来はある。ただ、そんなハジメにも一つの懸念があった。もし黄昏の姫御子としての背負ってきたものを下ろしたいと、ただの少女として生きていきたいという選択肢をアスナが望んだ場合のことだ。

 

「もしも、過去と決別して生きたいと……アスナが言ったら」

 どうするの、とアリカが問う。その答えはアリカには用意できなかった。もしも、今までの苦しみを全て忘れたいとアスナが願ったとしてもそれを叶える方法をアリカは知らない。

 ハジメは短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

「過去との決別……か」

 実際そのための方法なら幾つか考えられる。たとえば、記憶や能力の消去、封印だろう。だが、黄昏の姫御子には魔法の効果が無効化されるという能力が備わっている。体質といってもいいかもしれない。

 なぜそのような能力が備わっているのか、その理由こそ分からないが記憶に干渉するには魔法がおそらくはかかせないはずである。

 だが、それこそが黄昏の姫御子、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアに残された決別の方法だとハジメは考えていた。その存在価値を過去のものとして葬ればいい。

 

「無愛想娘がそれを選んでも、どうにかしてみせんとな」

「……いつも頼ってばかりで、悪いとは思ってる」

 アリカはそう呟いて体を傾かせて、隣にいるハジメの肩に頭を乗せた。

 ふっとハジメは微笑み、手をアリカの頭にのせて気にするなと言う風に撫でる。アリカは一瞬目をぱちくりとさせ、気持ち良さそうに目を細めながらハジメの膝へと甘えるようにして凭れ掛かるのだった。

 

 

 

 アスナは部屋のベッドに座っていた。寝る前に飲むホットミルクを入れたマグカップを両手で持って、冷まそうと息を吹きかけながら、昼間のことを思い出していた。

(ただのアスナとして……生きる)

 自らが外に出たいといったのも、きっとそのためだろうなとアスナは内心で結論付けていた。黄昏の姫御子としてではなく、ただのアスナ、少女として生きたいのだと。

 ただの少女として生きて、街を闊歩し楽しみたいのだとアスナは心のどこかで思っていた。そして、それがきっと無理であろう事も理解していた。

 ふいに、頭に左手をおく。ハジメに乱暴に撫でられたことと言われた言葉を思い出した。

 

(子供は子供らしく……)

 

 明日この気持ちを、思いを言ってみようとそう決めたアスナはちびちびと飲んでいたホットミルクを飲み干し、眠りにつくのであった。

 

 

 

 翌日再び一堂に会したハジメたち。アスナから話があると呼び出されたのだった。

「さて、無愛想娘……どうしていきたいか決まったのか?」

 昨日の今日とは早いものだとハジメは内心で思いながら、アスナの目を見て問いかける。それに静かに頷くアスナ。彼女の答えは決まっていた。

 

「私は、外に出たい。ただのアスナとして生きていきたい」

「それは、黄昏の姫御子としての過去と決別してという意味か?」

 ハジメの言葉に対して、アスナは小さく頷いた。ハジメはアスナの答えに否定も肯定もせず、まずアリカを見た。

「……アスナが決めたことならば、何も言うことはない」

 アリカはアスナに微笑みかける。

 

 そんなアリカを見たアスナは握りこぶしを作って顔を伏せる。

「でも、怖い……アリカやハジメ。ナギたちと出会ったことまで無しにしたくない……」

 アスナが吐露した心情は、アリカの心を打つには十分であったのかその手は自然とアスナの頭にいき、優しくその髪を撫でた。

「ふふふ。安心せよ、アスナ。きっとハジメが何とかして見せてくれる」

 自然と綻んだ表情で、アスナを慰めながら視線をハジメに向ける。アスナも顔を上げてハジメを見る。

 

 ハジメは咥えた煙草を右手に持って、紫煙を一つ吐いた。

「まあ、そうだな。時間はかかるだろうが……」

 こちらに視線を向けている二人に対して、僅かに笑みを浮かべる。

「どうにかしてみせよう」

 

「随分と格好いい事を仰いますね。ハジメは」

「全くだ」

 若干離れた位置にいるガトーとアルビレオがハジメの言葉を冷やかすように感想を述べる。その顔はにこやかである。

「当然お前らも手伝えよ?特に古本」

 だが、続く言葉にガトーとアルビレオが固まる。

 

「いや、現状でも手一杯なんだが」

 ガトーが冷や汗をかきながら、少し待ってくれと手を出す。

「私、紅き翼(アラルブラ)の中でも働き尽くしじゃないですかね?」

 アルビレオもぎこちない笑みでお茶を濁そうと述べる。だが、ガトーのいる前でその言葉は無い。

 

「ほう」

 アリカの視線が二人に突き刺さる。無表情のアスナの視線も加わって、二人は居た堪れずに降参するのであった。

 

 方向性は決まった。これ以上話は続けずとも良いな、とハジメはアスナの方へと近づく。

「ひとまずは今の生活を楽しめ、無愛想娘」

 アスナはハジメを見上げて大きく頷いた。出来るはずが無いと思っていても、目の前にいる人ならばやってくれるとどこか信じられることに内心で驚く。

 また乱暴にアスナの髪を撫でた後去っていったハジメの後姿を見ながら、アスナは不思議に思うのだった。

 

 

「……私の頭を撫でても良かろうに」

 隣にいるアリカが思わず呟いた言葉が聞き取れず、アスナが聞きなおし慌てふためくアリカの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 そして、しばらくの間はガトーの仕事もありアスナが外に出る事はなかった。その代わりに、よくいるようになったタカミチとその修行につきあうようになったアスナ。

 

 今日もまた、修練場にいるタカミチを傍らで眺めていた。

「左手に魔力、右手に気」

 精神を集中させながらイメージを呟く。今、タカミチが修行している内容は、基本的な体術と格闘法。そして、咸卦法。

 

 咸卦法は究極技法(アルテマ・アート)と呼ばれ、これを習得するには年月を必要とする。お世辞にも才能があるとはいえないタカミチに対して、ガトーが弟子に出した課題の一つとして咸卦法の習得があった。

 タカミチが身に着けるには長い期間が必要であることは明白だが、身に着ければこの上ない武器になると判断したからだ。他にもいろいろと必要なことがあるのだが、年月が必要な咸卦法を並行で学ばせ修行の最後にやらせるようにしていた。

 

 タカミチの体を魔力と気が覆っていく。が、すぐに破裂音と共に霧散した。疲労が溜まっていたのか、膝から崩れ落ちる。

 肩で息をしながら、呼吸を整える。

「頭をからっぽにしろって言われてもなぁ……」

 思わず愚痴がこぼれ出る。大戦が終わってからというもの、本格的に弟子として鍛えられているといってもまだ短い。成果の上がらない修行は思いのほか厳しいものがある。

 咸卦法に至っては、成功のイメージすらわかない。師匠であるガトーの助言を思い出しても、それがうまく出来ない自分に歯噛みする。

 

 大の字で寝そべったタカミチを見ながらアスナが、おもむろに両手の平を胸の前辺りにかざす。

「……左手に魔力……右手に気……」

 瞬間、魔力と気が融合した力がアスナを纏った。それを見たタカミチが口を開いて唖然としている。

「嘘……」

「……出来た」

 無表情に呟くアスナを見て、がっくりと項垂れるタカミチ。

 しばらくした後、奮起したのかタカミチが再び立ち上がり咸卦法の修行を再開した。結局倒れるまで続けたが、成功の兆しは見られなかった。

 

 

 

 その一方でハジメは、オスティアの国立図書館の奥部にいた。奥部には王族に連なる身分のものしか閲覧が許されない書物も多く、貴重な魔術書などが並んでいた。

 ハジメの目的は一つ。黄昏の姫御子について記述された書物であり、それも魔法無効化に連なる能力に関して書かれた物。だが、その成果は芳しくなかった。

 記されているものが見つかっても、伝奇のような曖昧なものばかりが目立ちとてもじゃないが目的に合致するものはなかった。

 

(……造物主(ライフメーカー)に頼るという手もあるが)

 だが、それはある理由によって現状できない手段であった。結局、しらみつぶしに探すしかなく、ハジメが座る机には本が積み重なっていた。

 

 そんな日々がしばらく続き、そろそろ全ての本を読み終えようとした頃一冊の古ぼけて今にも崩れそうな本の内容がハジメの目に留まった。

 

――黄昏の姫御子は鍵である。一方的に干渉を許された存在であり、この世界に……

 

 それ以降の文字は掠れて見えなかった。だが、その一文にハジメは思うところがあったのか手を止めたまま思考する。

(鍵……一方的に干渉を許された?)

 思い出すのは、墓守人の宮殿に閉じ込められたアスナ。世界を無に帰すための儀式。鍵という単語と一方的に干渉を許されたというのは、魔法世界におけるその立ち位置を指すのではないかとハジメは一つの仮説を立てた。

 

(魔法無効化というのは、副次的な作用であって本質では無いのか?)

 

 思い出してみれば、儀式も魔法の一種であり、あのときアスナを取り込んでいたものも魔法と捉えていいのではないか。だからこそ、魔法無効化とは一つの現象であり、それは全て適応するわけではないと推測できる。ならば、記憶についてもなにかしらできることがあるのかもしれないとハジメは考えた。

 いささか突飛な考えだと自覚しつつも、その仮説からなにか繋がるかもしれない。そのために仮説を裏付けるためのものがないか、ハジメは再び資料を探し始めた。

 

 

 

 そんな日々が続いたある日、ガトーが諜報の仕事から戻った。

 元老院や各地の政治家たちの詳細や完全なる世界の残党などの情報をアリカ達と共有することと、アリカがヘラス帝国へ向かう際の話し合いのためだ。

 共同で立ち上げるプロジェクトなどの仔細、今後の予定について。また、友好であることを示すための会談だ。

 

 だが、オスティアからアリカとハジメがいなくなるため、そこにアスナが伴うことになった。

 結局、記憶の封印については目途が立たず、ひとまず魔法世界において現状手出しする者の有無を確かめるという意味合いのもと、アスナの旅を許可したのだ。

 そこには当然、ナギが護衛をすることを念頭においている。そのためにはナギがいる場所へ向かわなければならないが、ちょうどいいことに今は帝国にいる。

 

「ナギたちはどうやら帝都にいるみたいですね」

 ガトーがナギの所在を確認しながら、アリカたちと詳細を煮詰める。といっても、前回と別段換わりはしない。ただ、場所が帝国へと変わってしまったためその部分の確認を行っている。

「帝都か……テオに話は通したから大丈夫だとは思うが」

 目的地となる帝都ヘラス。そして、旅をすることになるヘラス帝国は広大だ。亜人としてもその種族は多い。第三皇女といえども手の届かないところは出てくるだろう。

 その考えに行き着くのは至極当然だったため、今回の旅としてはナギとラカンの両者が揃っていることが絶対条件に入る。

 

「まあ、大丈夫でしょう。前回も楽しそうでしたし」

「それもそうか」

 ナギたちの力は最早疑うべくも無いため、前回の行動を思い返し太鼓判を押しとくガトー。こうして、思ったよりも早くアスナが再び外に出る機会が訪れた。

 

 

 

 王宮に設けられた一室。無機質なつくりのその部屋は、どこか研究のために作られたような印象を抱く。そこにハジメ、ガトー、アルビレオが集っていた。

 彼らはこの部屋にただ一つ設えられた中央の机を前にしている。

「ほら、これが今回収集したものだ」

 ガトーが無造作に資料を机に置いた。それを他の二人が読む。ガトーが諜報の仕事のほかにハジメに頼まれていたことは黄昏の姫御子についてだった。

 だが、もともと一般に知られることは無い情報だ。自ずと捜索における条件の範囲も広がる。伝奇やそういった情報も集まってしまった。

 

「俺が調べたものと大差ないな」

 同じ状況におかれているハジメが零した言葉に、仕方ないだろうとガトーが紫煙を吐き出しながら肩を落とす。資料に一通り目を通したハジメは視線をアルビレオに移した。

「ああ、私のほうはハジメに頼まれていたものを探してきました」

 これらです、と部屋一面に広がる陣。何事だとガトーが目を僅かに見開いて部屋中を見回す。

「これは記憶に干渉する魔法を儀式として用いた陣です」

 そんなガトーに対してアルビレオが説明する。

 

「何のために……こんなもんを?」

 自然と疑問が口に出たガトーはハジメを見る。ハジメも部屋中にある陣を見回して、煙草に火をつける。

「これはまだ仮定の話なんだがな」

 そう前口上を述べたハジメは、これまでに集めた情報から自らの仮説を二人に話した。

 

 それは、黄昏の姫御子は儀式に用いられるような陣を用いれば魔法の効果が得られるのではないかといった仮説であった。

 

「そうか。完全なる世界(コズモエンテレケイア)は儀式に嬢ちゃんを使おうとしていた」

「つまり、儀式という形をとれば黄昏の姫御子にも魔法は使えるということですね?」

 ハジメの仮説にガトーとアルビレオはなるほどといった感じでそれぞれ頷いた。

 

「実際に試してみて発動はした」

「……発動は?」

 仮説を実証するために、実験を行わないわけが無い。実験を行ったハジメの言葉に、ガトーが喜色の表情を浮かべかけるも、アルビレオにはその言葉が引っ掛かり、その真意を問う。

 

「発動はしたが、その効果は無愛想娘には発現しなかった」

 ハジメは、そのときの光景を思い出しているのか目を閉じて、アルビレオの問いに答えた。

「それは残念でしたね」

「それじゃ、振り出しか?」

 二人とも冴えない表情をしながら、残念だと口にする。

 

「いや、まだ分からないな……何か足りないのかもしれん」

 ハジメ自身は仮説を否定せずに、まだ知らない情報があると二人に言った。その言葉に、二人は頷いて今後も各自調査をして有益な情報が出ることを願い、解散した。

 

(だとしても……何が足りないというのか)

 解散した後、ハジメはいまだ解決できない事態に頭を悩ますのだった。

 

 

 

 そんな中でヘラス帝国の帝都ヘラスに出立する日を迎えた。

 王国専用の飛空艇が用意され、その中へアリカたちが乗り込む。そこには当然アスナの姿もあり、初めての飛空艇に頻りに辺りを見回し、内部を観察していた。

 アリカはアスナのそんな様子を見て思わず微笑む。

「飛空艇は初めてであったか?」

 尋ねられたアスナは忙しなく顔を動かしながら頷く。

「落ち着け阿呆が。そろそろ出発するぞ」

 ハジメに窘められたアスナが大人しく席に着く。

 

 こうして、アリカたちは帝国へと向かった。

 

 

 

 

 

 帝国へと無事に着いたアリカとハジメはひとまずテオドラに挨拶をしに王宮へと向かった。

 残されたガトーは、とりあえずアスナにどうするかを尋ねた。街を回るか、休むか。ちなみに王宮へは客人ではないため、行くことは出来ない。

「お腹すいた」

 返ってきたアスナの言葉に恭しく了解の異を示したガトーは、アスナに若干引かれながらも食事をとることにした。

 

 街中を散策しながら適当な店を探すガトー。アスナも入りたい店があればと言われたため、低い視線からがんばりながら店を見る。

 ガトーが歩いていると、アスナに袖を引かれる。店があったのかとアスナを見る。

「疲れた。肩車して」

 アスナの言葉に苦笑するも、仕方なく言われたとおり肩車をするガトー。

 

 そうして街を歩いていると、随分とにぎわっている店を見かけたガトーはそこに入ることにした。

 近くに寄ると、美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり、空腹を感じ始めたガトーは期待しながら案内された席に着き、アスナも向かいの席に座った。

「おーい、ガトーっ」

 一服でもするかと懐の煙草に手をかけたとき、自らを呼ぶ声が聞こえ周囲を見る。すると、見慣れた赤い頭とデカイ男が手を振っている姿が目に入った。

(出向く前に見つかるとは幸先がいい)

 内心で出だしのよさを感じながら、アスナと共にナギたちの元へと向かう。

 

 食事を始めたばかりだったのか、テーブルの上にはサラダとドリンクだけが載っており十分な広さを持っていたためガトーたちも座れるのだが、その光景を目撃したガトーはそこから微動だにしなかった。

「どうした?ガトー」

 不思議そうに尋ねるナギに、首を傾げるアスナ。だが、ガトーは震える指である人物を指差す。

 

「ナギ。そいつは誰だ?」

「ん?ああ、エヴァンジェリンだよ、なかなか面白いやつでなぁ」

「なんだ、その評価は」

 ナギの言葉に不満があるのだろう、少し口を尖らせながら文句を言う金髪の少女。

(エヴァンジェリン……)

 ガトーの記憶に間違いがなければ、ある手配書の人物に酷似している。というよりも本人じゃないのかと思わざるを得なかった。恐る恐るガトーが尋ねる。

「まさか闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)……じゃないよな?」

「おー、そうだぜ」

 特に思うところが無いのか、サラダに手をつけながらガトーの質問に答える。

 

「ま……マジか」

 思わぬ事態にガトーはそう呟き、突如現れた問題に頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 




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