信念を貫く者   作:G-qaz

21 / 28
第20話

 シルチス亜大陸。ヘラス帝国と連合の勢力が互いに入り混じる大陸。

 王都オスティアから離れたナギたちは世界を見て回るために、この大陸へと訪れていた。そこで、彼らは一つの現実を目の当たりにする。

 

 

 

「こりゃまた、ずいぶんと派手にやったもんだ」

 ラカンが目の前の光景に思わずそう零す。

 

 ラカンとナギの目の前に広がるのは荒れ果てた街だった。荒れ果てた理由はこの地が紛争の舞台となってしまったからに過ぎない。

 大戦こそ終結をみせたが、帝国と連合が隣接する地では未だに種族間などから来る小さな諍いが起こることなど珍しくなかった。

 

 ナギとラカンは瓦礫に埋もれている街に足を踏み入れた。

 

 

 

「……姫さんやハジメたちでもまだこういうことは起きちまうんだな」

 瓦礫となってしまった、憩いの場であっただろう広場の噴水。見るも無残に砕け散った像の台座。壁だけが残ってしまった家屋。そんな景色を見ながらナギがつぶやいた。

 

「あいつらも万能じゃねぇんだ。手が届かない場所だってあるだろうよ」

 ラカンの言葉に、ナギは立ち止まりどこか遠くを見るような目で街を改めて見渡した。するとその目端に何かを捉えたのか、ナギは歩いていた方向とは別方向に、その歩を進めた。

「おいおい、どこに……」

 ナギの行動に、首を傾けるラカンだったが、その先を見るとその行動の意味を知り、ため息を吐きながらその後を追った。

 

 ナギがたどり着いた場所は、崩壊の前はある程度の大きさを持った建築物だったのだろう跡地の前だった。正確にはその建築物の一部だった瓦礫の前。そこには少女が仰向けになり、瓦礫の下敷きになっていた。

 意識が曖昧なのだろう、少女はナギの姿を見つけるとかすれた声で言葉にならない何かを発した。

「安心しな。すぐ治療してやる」

 瓦礫をどかしたナギは跪き、少女を抱き上げ回復魔法をかける。すると少女は安堵したのか意識を手放しその身をナギに預けた。

 

「てめぇも良くやるな」

 一連の行動を見て、ラカンが思わずといった感じに零す。

「あん?好きでやってんだよ」

 ナギが少女を抱いたまま立ち上がり、振り向き様にラカンに応えた。

 

 

 

 

 

 ラカンの言葉も無理は無い。ナギとラカンが旅に出て紛争地帯に入ってからというもの、このようなナギの行動は珍しくなかった。

 シルチス亜大陸に入った当初は、それぞれの蓄えで悠々自適な旅であった。

 冒険者たちが集まる街では、商人や大道芸を生業にするものなどが大勢いて、暇を弄ぶことなどはなかった。

 体を動かしたくなれば、依頼を請うことも珍しくは無かった。ただ、英雄として有名になったからだろうか、数こそ少なかったが。

 

 それが変わったのは、ある街の酒場での出来ことだった。そこには、場違いな一人の少女が入り口で佇んでいた。

 ナギたちが遠目でその姿を確認したとき、少女は必死な形相で何かを訴えていた。内容は簡単だった。少女が住んでいる村を襲おうとするものたちがいるのだ、と。

 だが、酒場に出入りしていた者たちは少女をいないもののように扱い素通りしていく。それは、少女の容姿も関連していた。長髪から突き立つ角が示す亜人だという事実が素通りさせることを助長させていた。

 例え、腕に多少なりとも覚えがあろうとも、子供の言う事ととして真に受けることもなく、つい最近まで対立していた亜人に対して動こうという人間はいなかったのだ。

 

 今にも泣き出しそうになっている少女の頭に手が置かれる。少女が思わず後ろを振り返れば、そこにはナギが立っていた。

「話…聞かせろよ」

 少女は差しのべられた手に、純粋な笑顔を浮かべた。

 

 そこから話は早かった。ナギは即座に少女の村へと駆けつけ襲撃しようとした者たちを容易く捕らえた。仕方なしについて来たラカンもいたのだから当然といえば当然だ。彼らは英雄として有名なナギを知っていたため、おとなしくお縄につくのであった。

 しかし、そこからが問題だった。彼らは、かつての元老院が有した兵士たちだったためだ。そこでナギはひとまず、クルトを頼る事にした。

 

「というわけで、こいつら本当に連合の兵士なのか?」

 クルトは浮かび上がった映像の向こうで眉根をよせ、頭が痛いという風に片手で抱えていた。

「……事実ですね。恐らく、拠り所が失われて暴挙に出たのでしょう」

 ありがとうございますと頭を下げるクルト。「シルチスに軍を派兵しなければ……」などとぶつぶつ独り言をどこか違うところを身ながら呟く姿は、どこぞの苦労人を思い出す。

 

 未だナギと映像が繋がっていることに気づいたのだろう。

「まだ何か?」

 クルトの問いに、どこか考えるような仕草をしていたナギが話しかけた。

「今回は未然に防げたけどよ……こんなことはまだ起きているんだよな?」

 ナギの言葉に、クルトは一瞬口ごもりながらも肯定する。

「そうです……ね。アリカ様もマクギル先生も。僕達もいまだ手が届かないところがあることは否定できません」

 悔しそうに目を伏せるクルト。大戦の爪痕もそうだが、元老院の膿を排除した際にこれらを裁く手続きもしなければならず、人手がとてもじゃないが足りないのが現状だった。

 ハジメたちが出資した学校も各地に設立してはいるが、それらが功を奏するのはまだ先の話である。

 

「そうか……ありがとな、そっちもがんばれよ」

「あっ、はい。ナギも気をつけて」

 別れの挨拶がなされた後、映像が消える。

 

「これからどうするんだ?」

 含み笑いをしたままラカンが尋ねる。

「ちょっとばかし、俺も世界を救ってみるかってな」

 ナギがにかっと笑みを浮かべる。

 

「そりゃまた、どういう心境の変化で?」

「”お主ほどの力があるのならば、不幸に見舞われる民を救え”って姫さんなら言うだろうと思ってな」

 そういったナギをラカンは呆れた目で見つめること数秒。

 

「か~重症だね。お前も」

 やれやれと両手を挙げ頭を横に振る。新しい女を見つけるために旅をしているというのに、目の前の男は未だ過去の恋に引きずられているのかとラカンはお手上げする。

「ばーか。ちげぇよ」

 そもそも、ナギ自身は新しい女を見つけるために旅に出たわけではない。まぁ多少の下心はあるが。

 戦争が終わり、武者修行の続きとともに自分のしたいことを見つめる旅でもあった。ちなみに、後者はナギがなんとなく思っていることでしかない。

 

「俺にもやれること、まだあると思ったんだよ」

 その目には、大戦中のような力強い光が宿っていた。そんなナギを見たラカンは笑みを浮かべた。

(まぁ、こいつに付き合うのも悪くはねぇか)

 旅の趣は変わるだろうが、面白い旅になりそうだとラカンは思うのであった。

 

 

 

 

 

(だが、本当に良くやるなぁこいつ)

 気絶した少女を背負い前を歩くナギを見ながら、ラカンは内心で思う。世界を救ううんたらと宣言して数ヶ月。そろそろ旅に出てから半年を過ぎようとしていた。

 その間に先ほどのような人助けは随分としてきた。シルチス亜大陸を抜け、ヘラス帝国に入ればそこはそこで内戦が起きているため、ナギはそこでも同じように行動するだろう。

 

 だが、それではあまり面白くない男が居る。その男とは当然ラカンである。人助けをしていれば何か愉快なことが起きるかもしれないと思っていたが、特段そういうことはなく現状に至っている。

 ときたま紛争をナギと共に止めたり、助けた者の今後をどうするか決めるために来るガトーやタカミチで遊んだりすることもあり、退屈こそしないが、正直飽きてきた感が否めないラカンだった。

 

(そろそろ別れ時か)

 

 もともと一人で気ままにやってきたというのもあってか、そう思うことに忌避感などは特に無く。だが、目の前の男ナギなら愉快なトラブルが起きるだろうという期待もあった。

 ラカンが思うことはただ一つ。

 

(なにか面白ぇこと起きねぇもんかね)

 

 

 

 

 

 ナギたちは近くの街へと立ち寄り、助けた少女の件でガトーたちが来るのを待った。今回の件では、クルトたちが忙しくなるのでガトーたちを頼ったのだった。ちなみに少女は宿で休ませている。

 

「悪い、遅くなったな」

 酒場で食事をしていたナギたちのもとへとガトーがやってきた。その隣にいつもいるタカミチは今日はいない。変わりにアスナがガトーの手を握っていた。

 

「え、姫子ちゃん?」

 思わぬ人物にナギが驚きの声を上げる。驚くのは当然だろう、黄昏の姫御子としてオスティアに居なければならない数少ない王族。そして類まれな能力をその身に宿しているのが、この少女ともいえないほど幼い女の子なのだから。

 

 どうしてここにと、目で訴えかけるナギから目をそらしつつ、アスナと共に食事の席に着くガトー。

 しばし、沈黙が続いたが、もう開き直ったと言わんばかりに、ガトーはナギと目を合わせ片手を上げた。

 

「まぁ、あれだ。これから旅を共にすることになったから、よろしく頼む」

「よろしく」

 ガトーの言葉にアスナが続いて手を上げた。

 

「はぁ?」

 ナギは、話の展開についていけず間抜けな声を発するのだった。

 

 

 

「いやな、発端はこのお姫様なわけだ」

「私は悪くない。過保護なアリカが悪い、無愛想なハジメも悪い」

 ガトーは視線をアスナに向けるが、そんなことは気にせずにアスナは相変わらずの無表情で自己弁護をした。

 お前が愛想の話をするのかとか、ハジメが愛想がいいときがあったのかなどナギは内心で思いながら、ひとまず話を聞くことにした。

 

 もともと、王族に閉じ込められていたアスナだったからだろう。王族でもあるアリカは、その責任からか執拗にアスナにかまっていた。無感動、無表情のアスナに何かしてあげようと手を引いていろんな場所へと行った。当然オスティアの中であり、ハジメも引き連れてだが。

 そしてアリカは話し始める。自らが大戦中に出会った人やもの、そして出来事を。その中にはハジメとの話もあったが、その多くはアリカ自身が体験した街中での平凡ともいえるような出来事であった。それが功を奏したのか、アスナは外に興味を抱いた。結論としてはこうなった、外に出てみたいと。

 無表情無感動といったことからは脱却できるかもしれないと思われたが、その範囲がオスティアの外になったことにアリカは頭を抱えることになる。

 

 まず、そう簡単に出れる環境ではない。アスナがおかれている立場はあまりにも特殊であった。当然護衛が必要になるのだが、条件を満たすものがハジメしかいない。しかし、ハジメはアリカの護衛もある上に諜報などの仕事もある。

 それでも、暇を見つけてはアスナと共に城下の街などならば出ていたが、アリカはオスティアの外は危ないと引き止める場面もあった。だんだんと耐え切れなくなったのかアスナがハジメに助けを求めたのだった。

 

「外に出たい」

 ハジメの服の袖を引っ張るように催促する。しかし、得られる回答は芳しいものではない。

「あまり、わがままを言うな。自分の立場を弁えぬほど愚かではあるまい」

「ハジメがついてくればいい」

「それは無理だな」

 ハジメの言葉に僅かにむくれるアスナ。それでも、諦めないと言わんばかりに、暫し抗議の視線を送り続ける。そんなアスナの態度にハジメはため息を一つ。

 

「そうだな、方法が無いわけではないが」

「何?」

 身を乗り出すようにその方法を尋ねる。100年以上も生きていながらこういうところは見た目に比例しているのかもしれないとハジメは内心で思う。

 

「俺と同等の護衛を2人でもつければ、アリカも何も言うまい」

 無理がある提案ではあるが、それだけの無理をしなければ暗に外出は難しいとハジメは伝えた。そして、それがクリアされるのならば言うことはないし、好きにしろというハジメなりの譲歩だった。

 

 そこでアスナが行動を起こした矛先はガトーに向かうのであった。もともとナギとラカンが共に旅をしていたことは聞いていたため、ガトーに連れて行ってほしいと頼んだのだ。

 頼まれたガトーは仕方なしに、アリカへと相談をしに行った。当然、返事は否。どこに付け狙うものが居るのかも分からないのだから当然といえば当然だが。

 

「どうしても……ダメ?」

 

 そこで敢行されたのは泣き落としだった。実際には泣いていないが、普段無表情であるアスナが見せる哀しげに僅かに目を伏せた表情。それは、泣き落としというには十分であり、アリカも思わず怯んでしまった。また、ハジメが言っていた条件もアスナの追い風になった。

 結局、期間を決めてナギとラカンにガトーを含めたパーティならば良いとアリカが折れた。しかし、この条件が満たされなければ、即刻帰るということはなんとか決めた。

 

 

 

「とまぁ、そんな感じだ」

 運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらガトーが説明を終えた。理由が分かり、動機も納得したナギだったが、一つだけアスナに尋ねる。

 

「だけどよ、姫子ちゃん。俺たちの旅は危ないぜ?」

 紛争地帯を歩き、ナギなりのやり方で世界を救っている最中なのだ。道中何が起きるかは分からないと一応念押しはしておく。

「大丈夫。アリカにも聞いた」

 ナギの問いかけに対して、パスタを行儀良く食べながらすぐに答えるアスナ。自分の立場で何が起きうるのかというのは、アリカ自身から体験談として聞いていたアスナはそれでも連れて行ってほしいとお願いした。それほどまでに彼女にとって外の世界というのは望むべくものなのだと分かる。

 

「はっはっは。オモシレーじゃねぇか、歓迎するぜ」

 そして、今回の件に一番喜んでいたのが何を隠そうラカンであった。今も追加の酒を頼み、ジョッキを傾けている。

 ラカンからしてみれば、アスナの合流は願っても見なかったことだった。アスナ自身もなかなかに面白そうな素質を持っていると睨んだラカンは、旅のこの先を思い期待に胸を膨らませ呑む速度を上げるのだった。

 

「できれば歓迎してほしくは無かったが……」

「ガトーは諦めが悪い」

 アスナの辛らつな言葉がガトーの胸をえぐる。ガトーはため息を吐いて、これからする苦労を考えながら新しい煙草に火をつけるのだった。

 

 

 

 ナギとラカンの旅にガトーとアスナが加わったことで、旅に彩が添えられた。

 

 今まで見たことの無い光景にアスナが興味を示せば、ナギとラカンを連れて即座に行動に移していた。その様は見た目どおりのほほえましいものであった。

 

 また、ガトーが旅の計画に具体性を提唱したりする一幕もあった。これは大抵無視されることになっていたが、刹那的に楽しんでいたナギとラカンの旅では見られない楽しさが生まれていた。ガトーからすれば、そのほうがアスナの護衛をしやすい上に諜報の仕事などもし安いという理由も一つとして上げられる。

 

 アスナは表情こそ変わらないが、喜怒哀楽を行動で示すし負けず嫌いな面があるのか、ラカンの安い挑発に良く乗せられていた。

 たとえば、ラカンたちが手慰みにやっていたポーカーにアスナが興味を示し、やることになったのだが。

「今のイカサマっ」

「はっは~、知らんな~」

 ラカンとやることになったが大人気なくラカンが圧勝していた。それに対し、アスナは何度も勝負を挑むという光景が見られた。

 それからラカンがそんな具合にアスナで遊んでいたことは言うまでもない。

 

 

 

 そんな具合に一行は旅を楽しんでいた。

 

「あれは何?」

 今日もまた、ナギに肩車をしてもらいながら街並みを見ているアスナ。そこから興味を引かれたたのだろうか、指を差しながら下に居るナギに問う。

 指差す方向へナギが視線を向けると、大道芸を披露している一団が広場を席巻し、にぎわせていた。

「言うより見たほうが早いだろ」

 そういうと、ナギはアスナの了承を得るよりも早く歩を進め、観客のひとりとなる。

 次々と披露される芸に、アスナは黙ってみていた。そんなアスナにナギは笑みを浮かべながら自分も楽しむのであった。

 

 それを眺めながらガトーとラカンはカフェのテラス席で一服していた。

「へへっ、何だよありゃ」

「楽しんでいるようで何よりだろ」

 半笑いで、ナギの現状を見ているラカンに煙草を咥えながらガトーが椅子の背に体を預ける。

 

 ガトーからしてみれば、思った以上にナギとラカンがアスナに好意的なので想像よりも楽が出来ている。だが、如何せん今という現状に対して気苦労が耐えないというのが現実だった。

 そして、アスナの状況確認をするために定期通信が最近の悩みの種になりつつある。ハジメが相手ならば問題は無いのだが、アリカの場合は本当に心配なのだろう、厄介ごとなどが舞い込んだ事態の話を聞くとそれだけで王宮へと戻したほうがいいという旨の話となっている。

 実際、アスナを王宮に戻したほうが楽は楽である。だが、こうして動いているほうが間抜けな相手は簡単に出てきてくれるので手っ取り早いのだ。

 

(まさかあんな一面があるとは)

 ガトーは内心でそう零す。アリカがアスナに対する感情は王族としての罪、責務だけでなく、どこか妹を思う姉のような一面があるのではないかとがトーは考えていた。それでも過保護すぎる気がしないでもないが。

(一度、ハジメを通して何か対処する必要があるだろうな)

 

「ところでよ、最近吸血鬼が出たという噂は聞いたか?」

「ああ、聞いてはいるな」

(バト)りたいと思わねぇか」

「思わねぇよ」

 ハジメと共にアスナに対する処置をどうするかを頭の片隅で考えながら、ガトーはやる気の無い返事をしてラカンのバカ話に付き合うのだった。

 

 

 

 ガトー、アスナが加わって数週間後の夜。冒険者や商人などが集まる比較的大きな街にナギたちはいた。

 夜ということもありアスナは既に就寝し、ガトーとナギは警護もかねて宿でポーカーに興じていた。そこにラカンの姿は無かった。

 

 街は昼間とはまた違う姿をみせていた。

 そんな街をラカンは一人闊歩していく。目的はお姉さんが酌をしてくれる酒場。子守なり何なりと健全な道中では、こういった楽しみが味わえないなとラカンは鼻歌を歌いながら目的地へと足取り軽く歩いていく。

 比較的広い街道といえど露天は開いており、まばらに人もいるが避けていく。しかし、すれ違いにぶつかってしまった。

 

「すみませんね」

 

 ラカンにぶつかった男は一礼するとすぐさま夜の街に姿を消していく。ラカンは男が消えていった場所を見ていると、懐の違和感に気づき、手を入れる。そこには一枚の紙が入っていた。

「お気楽な旅も終わりってか」

 紙を見たラカンはやれやれと、頭を掻きながらもと来た道へ引き返すのだった。

 

 

 

 一週間後、シルチス亜大陸を抜けヘラス帝国領有地に本格的に入る目前。さすがにこの時期に、帝国へアスナが行くことは躊躇われる上、決められた期間も近づいてきたたため、アリカだけでなくハジメからも戻ってこいという通信が入った。

 結局、一度帰還することになったガトーとアスナだったが、いつもの無表情も暗く見える。

「そんな不満そうな顔をするなよ姫子ちゃん」

「不満」

 素直に吐露されたアスナの言葉に、ガトーもナギも苦笑する。

 

 そこに、ラカンもまた別れを告げる。

「実はよ、ヘラスのじゃじゃ馬姫に呼ばれちまってな」

「何だ、ついてこねぇのか」

 ラカンの言葉に、ナギが意外そうに見る。そんなナギにラカンは卑下た笑みを浮かべる。

「なんだ~?俺様がいないとさびしいのかナギ?気持ち悪いぞ」

「うっせーそんなわけあるかっ」

 ラカンの脛を蹴りつけながらナギが悪態をつく。ナギが向かおうとする方向とテオドラがいる王都は別方向なのだから当然なのだが、いまいち分かっていなかったナギの疑問だった。

 

 こうしてナギたち一行は一端別れ、それぞれの目的地へ向かうのだった。

 

 

 

 

 ヘラス帝国。その王のお膝元である帝都ヘラスにある一つの宮殿にラカンはきていた。目的は当然、テオドラに会うためである。

「久しぶりじゃの~ジャックっ」

 ラカンが部屋に入った瞬間、その体目掛けてダイブするテオドラ。傍に控える御付のメイドたちがざわめく。

「ったく、相変わらずのじゃじゃ馬が……それで、何の用で呼び出したんだ?」

 呆れたようにテオドラの好きにさせながら、ラカンが本題を問う。

 

「むぅ。もう少し、再会を楽しんでも罰は当たらんぞ?」

 大戦中の行動からテオドラの教育は若干熱が入り、その息抜きとしても今日の再会を楽しみにしていたテオドラがむくれながらラカンの肩に乗る。

 一通り満足したのか、懐から写真を一枚抜き取りラカンへとみせる。

 

「あん?何だこいつ」

 そこに映っていたのは黒い服を纏った金髪の女。

 

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)、不死の魔法使い。他にもこやつを表す名は数多ある。吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)じゃ」

 吸血鬼の真祖。太陽すらも克服した吸血鬼。最強種の一つとされ、その強さは帝国を守護する龍樹をも凌駕すると言われている存在。一般人からすれば伝奇や伝説に近いものだろう。

 

「ほう。で、こいつがどうかしたのか?」

「何、帝国の領有地で目撃したとの情報が入っての」

 ぐでーんとラカンの頭に体重をかけるように寄りかかるテオドラ。いかにも面倒だといわんばかりの態度である。

 少女一人が頭にいようともビクともしないラカンが気だるそうに答えた。

「退治しろってか?」

 

「……ちと違うの。退治しに向かった奴らの安否を知りたいのじゃ。無事ならば止めさせよ」

「は?」

 テオドラの言葉にラカンは訝しげに首を上げる。すると、わたわたとテオドラはラカンのこめかみ辺りに手をはさみ姿勢を維持する。自然と顔を向かいあわせになり、テオドラも顔の近さに若干頬を染める。

 しかし、いかんいかんと顔を数回横に振り、真面目な顔に戻して話を続ける。

 

「そやつの賞金首は600万ドル。およそ2000万ドラクマがついておる」

「そいつは景気がいいな。さすが吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「その額が意味することが分かるか?」

 ラカンのぼへーとした顔を見て、考える気すらもないということが分かったテオドラは一つ咳払いをする。

 曰く、その額にしたのはある種の不干渉を生じさせる為。その恐ろしさが分かれば吸血鬼だからといって無闇に立ち向かうものも少なくなる。

 実際エヴァンジェリンがこうして悪名高くなったのは旧世界においてその異質さから来る迫害に抵抗したことが大きい。自らの命がかかるとなればその対処もまた命を奪う結果を生むこととなるのは明白だろう。

 

 そして、エヴァンジェリンも自らが超高額の賞金首と知ればそう簡単に騒ぎも起こすことは無いだろうと当時の為政者たちは考えたのだった。実のところエヴァンジェリンが自ら戦いなどを起こすといった記録はそう多くなく、寧ろ少なかった。

 わざわざ藪をつつくことも無いと、ある程度の不干渉を可能にするとして賞金をかけたのがこの額の意味である。当然、倒しうる人間がいればそれだけの価値があるとしての額の意味も持っている。

 

 今回の一件もテオドラが関与する土地で、面倒ごとを起こしてほしくないという打算的な考えから未然に防ぐこと、ないしは事が起きてから早急に事態を把握したいと言う依頼をラカンにするために呼んだのだ。

 

「分かったかの?」

「分かった分かった。要は倒せばいいんだろ?」

「ちがーうっ」

 ラカンの適当な返事に、テオドラはその耳元に大声で抗議するのだった。

 

 

 

 多少のごたごたはあったものの、テオドラの依頼を引き受けることにしたラカンは、吸血鬼退治に向かった冒険者たちの人数とどこへ向かったかの情報を片手にヘラス帝国の辺境、シルチス亜大陸のはずれである森へとやってきたのだった。

 森の中へと入り、適当に進んでいく。すると奇妙な違和をラカンは感じ取った。

 

「……嫌な臭いがするな」

 目つきを鋭くさせたラカンが辺りを睥睨する。いつでも戦闘ができるように体勢を整わせながら、周囲をうかがう。

 森の中、周囲を警戒しながらラカンは歩を進めていく。

 

 不自然に開けた空間に出ると、そこには惨状が広がっていた。辺りは凍った樹木や血痕がいたるところに飛び散っており、飛び散らせた体は真っ二つどころかいくつにも裂かれているものすらあった。

 

「あーあ、全滅しちまってたか」

 

 ラカンは死体であったものを見渡しながら、テオドラから聞いた情報と照らし合わせる。その人数は7人。そして、吸血鬼も数にあわせれば8人。

 ここにある死体は7つ。ならば、考えられる結論は冒険者たち側の全滅だろう。

 

 ラカンは周囲の惨状を改めて身ながら、コレを作り出した吸血鬼の強さを考える。

(魔力は殆ど残ってねぇが、環境自体が変わっちまってるな)

 もう魔法の影響下から離れているにもかかわらず凍った樹木などを見るに、その氷の威力、魔法の強さが計り知れる。

 

(テオドラが言っていたことも分からなくは無いな)

 普通の冒険者や兵士風情が立ち向かってはいけないということをラカンはテオドラの言葉以上に実感する。そして、ラカンは口角を上げて、嬉しそうに笑みを作るのだった。実に面白うそうだと。

 

闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)……楽しめそうだな)

 バトルジャンキーの本質がラカンを掻きたてるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ナギは、ラカンたちと分かれてからヘラス帝国へ向けてシルチス亜大陸を縦断していた。ところどころで変わらず人助けや、紛争で変わり果てた大地を魔法を用いてできる限りのことをしながら。

 

 そんなナギもヘラス帝国へと入る。光景などが一変するかと思いきや特に変わり映えのしない光景に拍子抜けしつつも先へと進んだ。

 次の街へ向かうため山脈へと入る。登るにつれ増えてくる崖から落ちない様に、足元に気をつけながら進み山を登っていくナギ。

 

 すると、歩いているナギの視界に見慣れぬものが映りこんだ。それは少女。その髪は随分と長く、その背丈を殆ど覆い隠す程だった。髪の色は金色で、日の光を浴びて木も何も無い殺風景な山の中ではやたら映えて見えた。

 少女はふらふらとおぼつかない足取りで歩いており、危なっかしいとナギが思った瞬間。少女の足元の崖が崩れ落ちた。落ちていく岩石と共に少女の体も重力に従って落下していく。

 

 その光景に思わず驚きの声をひとつ上げると共に、自然とナギの体は落ちていく少女を救うために自身も崖から飛び降りた。

 瞬動と風の魔法を駆使して少女の元へと駆けていく。ナギの右手が少女の左手を掴み、その場で静止した。

 

「危なかったなぁ。ガキ」

 

 ナギは安堵から微笑み、少女に声をかける。

 少女は不思議そうな顔で、掴まれている左手の向こうにいるナギを見上げるのだった。

 

 

 

 

 




感想・誤字脱字などありましたら報告していただけると嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。