信念を貫く者   作:G-qaz

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第19話

 オスティア王国の城下町。普段から活気ある街であるここも、今日はあることからお祭りのような賑わいを見せていた。賑わいをみせているのはここだけではない。オスティア王国全土で同じような光景が見られた。

 なぜならば、他ならぬ国を世界を救った女王の婚姻のパレードが始まるこの日を誰もがそれを祝うべく祭りとなっていたからだ。

 

 人々が街中を行き来し、出店も建ち並ぶ。

 たまたまオスティアへ来たものも、理由を知り同じように楽しむ。

 

 それは昼間であるにもかかわらず賑わいを見せる酒場も例外ではなかった。むしろ、酒がある分活気がある。

「ほらっどんどん呑めっ」

「いや~悪いね~」

 テーブルに並んで座る者たちは互いに知らないものも居る。しかし、そんなことはかまわないとばかりに酒を振舞い、共に楽しむ。今日ばかりは、戦争の傷痕も鳴りを潜めていた。

 

 

「う~む、うらやましい」

「何、終われば混ざれるさ。それに、俺たちがしっかりせんとな」

 そんな喧騒をパレードの警護を務める者たちはうらやましそうに見ながらも、自分たちが大事な役割をするのだと発奮させながら、そのときを待つ。

 

 

 

 

 

 オスティアの王宮の一室で花嫁が一人椅子に座っている。目を伏せ、純白のウェディングドレスに身を包んでいるその姿は、一つの芸術であるように思えた。

 花嫁――アリカは、自身の装いを見ながら思い出す。

 

 思えば、一年も経たない内に随分と時代、世界が移り変わったものだと感じる。そして、自分自身も。

 

 心に冷たさを感じる王宮の奥において、自分の価値とは何なのか。心の奥底で思っていた疑問すらも無視して王族としての振る舞いや知識、知恵だけは身についていった。その代わり、どんどん無感動になっていくことにアリカ自身自覚していた。

 きっかけは父の死であった。自身を閉じ込めていた王宮の主である父が死んだ。感情が失われていたと思っていたアリカですら衝撃的なものだった。

 

 そのときの感情は今でも分からない。肉親の死を悼む悲しみなのか、自身が解放された喜びだったのか。それは、今でもアリカには分からなかった。

 だが、事実として開放された。マクギルの力添えがあってこその開放であったが、それでもオスティアから離れ、戦争にかかわることが出来るようなった。そして、そのための護衛としてハジメをマクギルから紹介されたのだ。

 

 出会いはよいものだとはいえなかったが、今思えば、出会うべくしてであったものなのだとアリカは思う。

 よく考えれば、国王を殺したのはハジメであり、そのおかげで今こうしているという現状にふと考える。

 

(本当に、ハジメには世話になりっぱなしじゃな)

 

 護衛というには、随分と万能な人間であったが、それでも不器用なところもあったなと大変だったはずの戦争中の思い出も彩られている。

 自分がこうして変われたのは、間違いなくハジメによるものだとアリカは思う。

 

 彼の姿を想うと、アリカは自然と笑みが浮かべた。すると、タイミングを見計らったようにノックの音が響く。

「ハジメか?」

「ああ、入るぞ」

 そこに現れたのは、セレモニースーツである黒のタキシード姿のハジメだった。普段とは違う服に、若干の戸惑いがあるのか動きが細かい。しかし、アリカの姿を見た瞬間ハジメの動きが止まる。

 

 ハジメがウェディングドレスに身を包んだアリカを見たまま数秒沈黙が続く。アリカも気恥ずかしいのか、頬を染めながらハジメを見る。

 

「な、何か言わんか…」

「あ、ああ……よく似合っているな」

 耐え切れなくなったのかアリカが感想を求め、我に帰ったハジメが呆然としながらも答える。思わず、見惚れていたとうっかり言いそうになったが、言わずともその態度を見れば分かるというものだ。

 それが分かったのかどうかは知らないが、アリカはくすりと唇を綻ばせる。大戦のときはしらなかった表情がお互いの心を喜ばせる。

 

「あなたも良く似合っているわ」

「そうか。何分慣れていないが」

 アリカの言葉に、袖を返したりして自らの装いを見るハジメ。目の前にいる女があまりにも似合いすぎており、見惚れていた。それに比べると、自分は大丈夫なのかと少しばかり思ってしまうのであった。

 ふむとひとまず服装に納得しながら、アリカの隣へと歩を進める。

 

「しかし、パレードとは」

 戸惑っているような、困惑した面持ちでつぶやくハジメ。

「何を言うておる。私と婚姻を結んだからには当然じゃ」

 上目遣いで隣に立ったハジメを見るアリカ。その目には普段見られないハジメの態度と服装を忘れまいとする狙いが透けて見えた。

 それを感じ取ったのだろうハジメはふんと顔を少しゆがめた。

「分かっている…ただ、やはりな」

 ハジメが思案するのも当然。世間ではただ、大戦中女王を護った護衛として、戦後まもなく行われた元老院による陰謀からの窮地を救った騎士として認知されている。

 しかし、マクギル、ガトーと数人しか知る由も無いが突き穿つ者(パイルドライバー)として数多もの人間を殺し、アリカの父をも暗殺した身なのだ。

 

 後悔などするはずもないが、それでもこのような状況に自身がなるなどと思ってもいなかったハジメは、今でも戸惑っているというのが正直なところであった。

 一度表に出れば、綻びはすぐに目立つものだ。そこから、何が起きるのかはハジメにも分からない。表に出るということは繋がりもまた、表に出るということなのだから。

 

 そんなハジメをみたアリカが苦笑しながらも口を開いた。

「あなたらしくもない。もう決めたことじゃろ」

「…ああ」

 芳しくない返事に、アリカが若干目を細めた。

「それとも、共にいたいといった私の言葉を反故にする気?」

 ”共にいたい”といった辺りで若干頬を染めながらも責めるような口調でアリカは問う。

「いや、そんな気は既に無い」

 はっきりした口調で否定したハジメに、アリカは満足げな笑みを浮かべる。

「ならば、良いじゃろう。何か思うことがあれば、この先励めば良い」

「……そうだな」

 随分と余裕がなくなっていたようだとハジメは思った。マクギルたちの思惑も分かる。ならば、思考を切り替えるべきだとハジメは大きく息を吐いた。

 たとえ何が起きようとも、必ずこの信念のままにアリカが形作る未来を護ろうとハジメは決めたのだから。

 

「これからもよろしく頼む」

「ふふ。こちらこそじゃ」

 

 

 

「そろそろお時間です」

 御者がパレードへと向かう時刻を知らせる。それにハジメが手で応え、アリカに手を差し出す。差し出された手を掴み立ち上がるアリカ。

 2人は手をつなぎ、歩を進めた。

 

 

 

 

 

 王宮の前では、人々がアリカ達を一目見ようとごった返しており、敷き詰めたようになっていた。そして、待ちに待った瞬間が訪れる。

 

 人々をなんとか押しとどめながら、王宮の門が開かれる。豪奢な装飾に彩られた船が高度を低く保ちながら王宮から飛び立つ。周囲には映像が浮かび上がり、そこには花嫁であるアリカとその手を繋いでいる花婿のハジメの姿が映し出されていた。

 民から上がる声の多くは女王であるアリカだが、先日の一件によりハジメにも民衆からの声が上がる。中には、建物の屋根へとのぼり、生でその姿を見ようという無謀なものもいた。

 

「騎士様ーっ」

「アリカ様バンザーイ」

「おめでとー」

 

 民衆から上がる祝福の声に、手を振るアリカ。その顔は満面の笑みを浮かべている。アリカだけでなくハジメも少し口元をほころばせながら手を振っている。

 自分たちを祝福してくれる存在が、これほどまでに心強いとはハジメは思っていなかった。しかし、今は現実として感じることが出来るこのときを嬉しく感じていた。

 

(アリカが民を護りたいといった気持ちが少しは分かる気がするな)

 ふとハジメとアリカの目が合い、どちらからともなく微笑んだ。

 

 それに伴い、歓声が上がる。僅かな反応ですらも民衆たちにとってはうれしいものとなっていた。

 

 

 

 民衆が沸く街の路地裏。そこでは影で働くものがいた。

「うぐっ」

 呻き声を上げ崩れ落ちる男。その背後にいるのは煙草をくわえたままのガトーだった。

 当然よからぬことを企てるものもいる。ただ、未然に防いでいるため数は少なく、こうして熱狂に沸いている民衆の中挙動不審な輩はとても目立つため、事が起きる可能性は全く無かった。

「ったく……ナギとラカンの野郎はどこいったのやら」

 タカミチやゼクト、他の諜報員たちと連絡を取りながら一人で愚痴るガトー。やれやれと男を縛り、無理やり目を覚まさせる。

「……さて、お仲間さんのこと。話してもらおうか」

 口元こそ笑みを浮かべているが、全く笑っていない目に射抜かれた男は、頬を引きつらせおとなしく自白するのであった。

 

 

 

 パレードは滞りなく行われる。船はオスティアの王宮から数時間かけてオスティアの街々を回る予定になっており、行く先々で国民たちを沸かせていた。当然それらの映像は中継されており、世界の人々も見ることが出来るようになっている。

 

 船はパレードの中間地点へとたどり着く。中間地点である街の広場では、色とりどりの旗が風に舞い街を彩っていた。そこには、帝国の船が待っており、空へ向けて空砲を放った。帝国側からの祝砲ということになるそれは、魔法だろうか色鮮やかな色彩を空に映し出していた。

 

 歓喜に沸く中、船は折り返し王宮へと向かう。

 

 

 

 王宮へと戻った船が静かに下りてくる。無事に着地すると、どこからともなく拍手が起きた。まもなく、船から橋が架かり護衛が立ち並んだ。準備が整うとアリカとハジメが船から下りてくる。

 そこでアリカ達を迎えたのは、帝国からの来賓であるテオドラ第三皇女とマクギルであった。大戦での交流からアリカと親しくなった彼女が帝国からの来賓としてやってきたのであった。

 

 テオドラは拍手をしながら、アリカとハジメを迎えた。

「このたびは大変めでたい席にお招きしていただき、ありがとうございます」

 お辞儀をして、簡単な祝辞を述べたテオドラは微笑んだ。

 

 それに対して、アリカも会釈し、感謝の言葉を述べ微笑む。同じように並んでいる来賓の方たちにも挨拶がなされる。そこにいるマクギルも、嬉しそうに微笑んでいた。

 2人は王宮の壇上へと上がった。アリカは一歩前に進み、泰然自若としたまま、王宮へ集まった者たち、そしてこれをみているであろう民衆へと思いを向け、口を開いた。

 

「ひとまず、皆に礼を言いたい」

 ありがとうとアリカは頭を下げた。顔を上げたアリカの瞳に映るのは目の前にある光景だけではなかった。

「今日という日を嬉しく思う。最愛の騎士と結ばれたこの日を。そして、それを祝ってくれる皆とこの世界を嬉しく思う」

 アリカには届かない祝福の声が、街中に木霊する。しかし、それでもその祝福の声をアリカは心で聞いた。

 

「つい先日まで戦渦に巻き込まれてた世界に対して、このような行いをするものに反感を覚えるものもいるかもしれない」

 大戦こそ終わったが、その火種はあらゆることに飛び火した。帝国、連合問わず小規模な争いは各地で起きていた。そんな彼らを見捨てる気など無いが、彼らからすればどう思われているかは分からない。だが、それでもアリカは言葉を続ける。

「だが、それでも私は今日という日を迎えた。なぜならば、私たちは未来に生きるために戦争を終わらせたのだから」

「過去を忘れろとは言わない。だが、それでも明日を見てほしい。未来に生きてほしい」

 アリカはさらに一歩踏み出し、手を振りかざした。

 

 

「生きれないというならば、生きれるように導こう。未来を作れないというならば、作れるようにしてみせよう」

 言葉に力が宿る。ただ聞いていたものたちもその言葉に感化され、その瞳に力が宿り始めた。

「そして、今度こそ私たちはそれらを護る。護ってみせよう」

 それが、アリカの信念。民が宝だと言いきったあのころとなんら変わらないままの彼女の信念。その言葉を隣で聴いたハジメは、改めてこの女王の前に立ちふさがる悪を切り抜く覚悟を決めた。その未来のために。

 

「だから、私たちを信じて生きてほしい」

 これはアリカの願い。

 戦争を終わらせ、そこに生きてほしい者たちに向けた勝手な願い。だが、為政者たるアリカの偽らざる願い。

「今日という日を迎えることができたことに、改めて礼を言おう。ありがとう」

 深くお辞儀をしたアリカに倣い、ハジメもまた礼をする。

 

 

 アリカの言葉に、オスティアが沸いた。戦争によって家族が、友が死んだものもいる。その憎しみが消えるはずも無い。だがそれでも前へ踏み出そうと、乗り越えようという気持ちが確かに民たちに生まれたのだった。

 

 王宮においても、拍手喝采となっており、今日ここへ来たものたちは女王であるアリカを紛れも泣く為政者であると認めた。

 

 そして、パレードを締めくくるのは指輪の交換の儀。ハジメとアリカが共に指輪を交換し合う姿を最後にパレードは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 屋外に開かれた酒場の席で、その映像を見ていた2人の男がいた。ナギとラカンである。英雄である2人だが、今熱狂に沸いているのは映像の向こうのアリカとハジメであり、彼らにかまうような人間は今のところいなかった。

 

「どうした、しけた面してよ」

 ラカンが片手に酒盃を掲げて目の前にいる男、ナギに尋ねる。街の活気に当てられたのか元からなのか、ラカンは随分上機嫌に酒を飲む。もはや何杯目なのかすらも本人は覚えていない。

 それに対してナギの酒盃に満たされている酒はそれほど減ってはいなかった。どこかつまらなそうな、少なくとも街でにぎわっている人々と比べても浮いてしまうような表情で酒をちびちびと飲んでいた。

 

「別に……なんでもねぇよ」

 ラカンに目を向けることも無く、テーブルの上にあるつまみを口に運び、ぽりぽりと食べていく。

 

 そんなナギの様子に、ラカンはやれやれと呆れたようにため息を大きく一つ、ナギに見せ付けるように吐く。

「未練タラタラってやつか?柄じゃねぇよバァカ」

「あぁ?」

 ラカンの挑発に、こめかみに青い癇癪筋を走らせるナギ。さすがに心穏やかでない原因そのものを指摘されて流せるような男ではなかった。

 

「大体よ、好きだったんなら力づくで奪えばよかったじゃねぇか。あの姫さんだったならころっといってたかも知れねぇぞ?」

 ラカンが言い終わると同時に、その体が後方へと吹き飛ぶ。ナギとラカンが座っていた椅子と机は木っ端微塵となってあたりに散らばった。それと同じくラカンが激突した建物は崩れ瓦礫がラカンへと降り積もる。

 一拍遅れて周囲にどよめきと混乱が生じる。ただ今日は祭りであったためか、どちらかというと野次馬なり見物なりしようという好奇心の騒ぎであった。

 

 事の発端である中心地では、右拳を突き出したままラカンが吹き飛んだほうを睨みつけたままのナギがいた。

 

 

 

「やれやれ、こういうのは詠春とかの役割じゃねぇのかよっと」

 瓦礫に埋もれていたラカンは、体をばねのように屈伸し飛び上がる。頬を殴られたのか、口元が切れ血が一筋流れていた。

「まぁ、こういうほうが俺たちにはお似合いだな…ナギ」

 体中に気を巡らせるラカン。ラカンが発する威圧に自然と周囲に空間が作られる。

 

 ナギとラカンの間に人がいなくなり、視線が交差する。どちらからともなく、いや両方動いたのだろう。ナギとラカンの間の距離は一瞬で0になる。

 ラカンの本気の右拳がナギの拳よりも早くナギの左頬へと叩き込まれたと同時にその勢いのまま吹き飛んでいくナギ。それを追うようにラカンもまた駆けた。このままケンカを続けては街が無茶苦茶になると、ラカンなりの理性がたまたま働いたようだ。

 

「ぐぅ」

 体が空を飛ぶ中、ナギは魔法で静止させる。左頬が大きく腫れ、口元からは血が出ている。そんなナギにラカンからの更なる追撃が迫った。

「ラカン・インパクトォッ(対象はナギっ)」

「は?」

 ナギが一瞬呆けるほどの、でたらめな攻撃。目の前に広がる光はそのままナギを包み込んで爆発した。

 

 

 

 爆発が起きたさらにその先。すでに街の外で自然豊かな大地が広がっていた。その景色の一つを彩る山の中腹が窪んでいた。吹き飛ばされたナギによってあけられたものだ。

「ありゃ、終わっちまったか?」

 ラカンがその穴を見下ろす。だが、そこには誰かいる気配がない。それに気づいたときラカンの背後からは千の雷が迫っていた。

「おりょ?」

 直撃。山はとうとう中腹から上が消え去ってしまった。天へと貫く千の雷がその威力を物語っていた。

 

「ラカンっ。さっさと起き上がれよ」

 未だ剣呑な表情のまま、杖をラカンがいた場所へと向けるナギ。それに応える様に、瓦礫の山が吹き飛ぶ。

「はっはっはっは。こうでなくちゃぁよっ」

 頭から血を流しながらも満足そうに笑うラカン。先ほどまで来ていた服はすでにぼろぼろだったがそんなことを気にするはずも無く、ナギの方へと駆け出す。

 迎え撃つようにナギは雷の槍をつぎつぎと生み出し、ラカンへ向かわせる。光の速さで飛来する槍をラカンは僅かな動作で避けていく。しかし、一つ二つとその体を槍を貫いていく。だがそんなものは効かんとばかりに速度を上げる。

 

 ナギへと振り下ろされる拳。それを待っていたかのようにナギが半歩動く。その顔には悪戯が成功したかのような悪童の表情を浮かばせていた。

 一瞬の交錯。

 その場にいるのは右拳を天高く突き上げたナギの姿だった。ナギに影を差すのは上空へと吹き飛ばされたラカン。顎に一撃をもらったのか、ラカンの意識は数秒とんでいた。

 

 それを見逃すようなナギではなく、ありったけの魔力を込めて詠唱を始めた。それを本能で気づいたのかラカンが意識を覚醒させる。ナギの攻撃を迎え撃とうと自身の気合を全開で込める。

千の雷(キーリプル・アストラペー)っ」

「全力全開!ラカン・インパクトっ!!」

 辺り一面が白く塗りつぶされる。凄まじい轟音が周囲に響き渡り、木々を大地を揺らし、天に漂う雲は払われた。

 

 

 

「へへっ」

「ははっ」

 満身創痍という言葉がぴたりと当てはまる2人がお互いの姿を見て笑う。それでも立ち続けている相手に笑う。それでもまだ続けようという自分に笑った。

 

「続けようぜ」

「当然っ」

 そこからはただの泥仕合。魔力も気もすっからかんとなった2人は自らの拳でただお互いを殴りあった。

 何回、何十回と続いた殴り合いは、最後お互いに空を切りそのまま同時に倒れ臥した。

 

「ったく…なんだってんだ」

 仰向けになりながらナギがぼやく。体はボロボロで魔力も無いのになぜかすっきりしている。それがおかしくて自然と笑みが浮かぶ。

「いい気晴らしにゃなっただろう」

 同じように仰向けになるラカン。ナギの表情を見て、思い通りになったと笑みを浮かべ笑い声を上げる。

 

「がっはっはっは。いい女を逃したのは残念だったが、世界は広いもんだぜ?」

「…ラカンに乗せられたのは悔しいが…その通りだな」

 お互いにただ空を見る。見上げた天は高く、青く澄み切りただ悠然と広がっていた。

 

 ナギは思う。分かることと納得することは違うのだと。そして、納得するためにバカをやれる仲間がいたことを嬉しく思った。だからこそ素直に礼が言えた。

「ありがとな、ラカン」

「いいってことよ」

 腕を挙げ、親指を立てるラカン。同じようにナギも腕を挙げ親指を立てた。

 

「そんじゃまずは、呑みなおして旅に出ようぜっ」

「いいなそれっ。よっしゃきまり」

 当然、無茶した2人の体はしばらくの間動かなかったが、それすらもおかしいとただ笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、何か弁明はあるか?」

 オスティアのはずれの街。瓦礫となったかつて家だったものの前でガトーが腕を組み目の前で正座している男二人をにらみつけていた。

 

 

 

 端的に言うならば、その男二人とはナギとラカンであり、この街は二人が暴れた街だ。

 

 パレードも終わり、ひとまず飲みにでも行くかとタカミチとゼクトを誘おうと思ったガトーに連絡が届けられた。曰く『紅き翼(アラルブラ)の人たちが暴れている』と。

 

 ガトーはこめかみを指でもみながら、ため息を一つ吐いた。彼は苦労人なのである。

 

 タカミチとゼクトに街へ行く旨を伝え報告のあった街につくと、ナギとラカンが暴れたにしては普通に活気ある街並みにほっと胸をなでおろしたガトー。報告があった場所へと向かう。

 目的地に近づくにしたがって、人ごみの密度が増えていく。そして、目的地に着くと随分と騒いでおり宴会のようになっていた。そして、ガトーは見る。馬鹿騒ぎする連中の中心にいる見覚えのあるバカ二人を。

 ガトーは一瞬遠くを見た後、躊躇無く居合い拳を二人の後頭部へと叩き込んだ。

 

 

 

「いってーなー」

「どうしたガトー。呑みたいなら山ほどあるぜ?」

 ナギは後頭部を抑えながらぼやき、ラカンは歯をきらりと輝かせながら何処から持ってきたのかジョッキをガトーの前にかざす。

 なぜ、ガトーが来たかなど微塵も分かっていない二人を目の前に大きくため息を吐いた。

(そうだ。こういう奴らだったな)

 戦争が終わってから少しの間だけだったが、会わない間に多少なりとも変わっているかなと淡い期待が打ち砕かれた瞬間だった。

 

「それで、何でこんなマネを?」

「なんとなくだっ」

 ラカンの答えに、紫煙をラカンに吹き付ける。思わず、咳き込むラカンが何をすんだとガトーに抗議するが無視される。

 

「で…何でだ」

 次はないぞ言わんばかりのガトーの睨みに、ナギが仕方なしと口を開く。

 

「気晴らしだよ。気晴らし」

 ナギとガトーの視線が交差する。それ以上は聞くなという目にガトーは視線を上に向けて一考。諦めたようにため息を吐いた。

「はぁ、分かったよ。ただ、修繕費なり何なりはお前らから払わせるからな」

 

「それは当然だな」

「もとからそのつもりだよ」

 ラカンとナギもそれには特に意義を示さず同意する。その態度に、ガトーも後に引きずることもなさそうだと思い、短くなった煙草を捨て新しい煙草に火をつける。

 

 話は済んだとばかりに再びドンちゃん騒ぎを始めるナギとラカンと街の人たち。

「ガトーも呑もうぜっ」

「ああ。もとからそのつもりだよ」

 疲れたといわんばかりの態度で返答し、ガトーもまたドンちゃん騒ぎに参加するのであった。

 

 

 

 夜も深まった頃には、酒を飲み交わすものも減っていき、当たりには死屍累々といわんばかりに酔いつぶれた者たちが寝ていた。

 ナギとラカンは未だに呑み続けていた。ちなみにガトーは夢の中である。

 

「…ありがとな」

「あぁ?昼間の件のことならもういいっての」

 椅子にもたれかかりながら、ラカンが手を振りながら答える。多少なりとも照れが見える。

 

「ちげーよ。ガトーのときだ」

 ナギの否定にラカンが何を言っているんだと首を傾げる。そんなラカンの様子にナギは若干どもりながらも続ける。

「よ、要は気晴らしの理由だよ」

「あぁ」

 納得したと首を上下に振り、ジョッキにのこった酒ををあおるように飲んだ。

 

「それなら多分ガトーも気づいてんじゃねぇか?」

「……は?」

 ラカンの言葉に酒を飲もうという体勢のまま固まるナギ。そんなナギの様子に笑いながらラカンが続ける。

 

「いやぁ、気づくだろ普通。いなかったハジメは知らんが、紅き翼(アラルブラ)の奴らは全員知ってたんじゃねぇか?」

 固まるナギにラカンはさらに追い討ちをかける。

「アリカに惚れてたのも振られたのも、な」

 ナギがジョッキを落とし、からんと音が小さく響いた。その音がナギにはやけに大きく聞こえたように感じた。

 

「な、な…」

 ナギは嫌な汗が出てくるのを感じる。目の前にいるラカンはまだいい。だが、他のメンバーであるアルビレオやゼクト、詠春までも知っていると言われたナギは、昼間のガトーの様子を思い出す。

(やけにあっさり身を引いたと思ったら……)

「うがぁぁぁ」

 身をもだえさせながら転げまわる。感づかれた上で見逃されるという事実、実に恥ずかしい。

 

 そんなナギを見て馬鹿笑いをするラカン。残っている酔っ払いたちも大いに笑う。混沌とした場がそこにはあった。

 

 

 

 夜が明ける。宴の名残そのままに、酒瓶が投げ出され人々が道端で寝ている姿も珍しくなかった。

 

 そんな街中を歩く2人の男、ラカンとナギが昨日の盛況振りが嘘のような静寂に包まれた街の中を歩く。

「何処に行くかねー?」

「そんなもん、決めなくても良いだろ」

 ラカンとナギは夜明けの光を浴びながら、街を後にした。支払いをガトーに全て任せて。

 

 

「あの…バカどもがーっ」

 起床して突きつけられた請求書に対して、ガトーの叫びが街に響き渡った。

 

 

 




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