信念を貫く者   作:G-qaz

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第一章 -大戦期-
第1話


青年は目覚める

そこは広大な自然に囲まれた世界

 

第1話

 〜目覚め〜

 

「ん……」

 硬い土の感触を体で感じながら、青年は目を覚ました。どこか違和感を感じながらも体を起こして周りを見渡す。そこには信じられない光景が広がっていた。

 あたり一面は森による緑で塗りつぶされ、微かに見える空白から覗く光景は、それだけで高いと分かる山。上を見てみれば広大な蒼穹。これらを確認した青年は、一人つぶやいた。

「どこだ。ここは……」

 

 

 青年が呆然とするのは当たり前かもしれない。目が覚めたら、大自然の真っ只中なのだから。そして、近すぎて気づかなかったのか、傍に突き立っている物を見て、頭の中から日本刀という回答が得られる。

「……鞘はどこだよ」

 現状をつかめていないのだろう、さして問題では無い問題点を指摘するのだった。

 

 

 

 青年は頭を片手で支えながら、状況を整理しようと試みる。まず、ここがどこだということは一切分からない。現在が分からないのならば、過去だ。

 彼は、なぜここにいるのか記憶を思い返そうと回想する。しかし、それは彼には出来なかった。

(昨日……?)

 

 青年は、眉間にしわを寄せる。記憶から過去を思い返そうと昨日を思い返す。しかし、それはかなうことはなかった。

 なぜならば、彼は思い出せなかったからだ。

 昨日というよりも自身が過ごした刻を思い出せない。断片的に見える風景は知識としてならあるが、それが記憶と結びつかない。

 住居らしき建造物も、町並みも。それらすべてが、青年自身の記憶につながらない。なによりも、人だと思われる像すべてに靄がかかっている。

 

 

 

 青年のこめかみから汗が流れる。

(俺は誰だ?)

 自身のアイデンティティーが無い。自己を形成するものが全て無い。自身の記憶のあいまいさに、恐怖すら感じて青年は、さらに記憶をたどろうと目を瞑る。

 しかし、記憶をたどるのを拒絶しているのか、強烈な痛みと込みあがってくる不快感に顔をしかめ、嘔吐く。

 

 青年は、自分がとんでもない状況に陥っていること僅かながらに自覚する。ここがどこなのか、過去と現在と未来のつながりも分からず、自分自身すらも分からない。

(これは、やばいんじゃないか?なんというか……手詰まり感が半端じゃない)

 

 青年は半ばあきらめたのだろう。思考を放棄して、大きく息をして空を見上げた。

 その瞬間、けたたましい雄たけびが聞こえ、青年が飛び上がるように驚く。青年が驚いたのはその雄たけびの音だけではなく、それによって起きてるであろう現象が原因だった。

 何メートルもあるであろう木々が音の振動によって揺らめき、大地すらも揺るいでいる事実に青年は驚いたのだった。

 

 そして、それとは異なる、一定のリズムで起きる地響きとともに青年の体は揺れる。

「………本当にどこだよ。ここは」

 半ば放心状態に陥った青年のつぶやきは蒼穹の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 とりあえず、動かなければ話は始まらないだろう、と青年は刀を肩に担いで、散策してみることにした。きっと自分はこれを扱ったことがあるだろうと淡い期待で自己暗示をかけながら。

 

 道中、少なくとも青年の知識ではありえないほどの大きい足跡や、巨大な木々が踏み折られている跡がここは青年の既存の知識には無い場所だと知らしめる。仕舞いには喰われたのだろう首や四肢が欠けている巨大な骸を発見してしまった青年は、ここが住んでいたと思われる場所ではないだろうと確信する。

 

 何も手がかりがつかめそうになく、話も始まることは無いな、と青年が若干鬱になりながらもなんとか進んでいく。すると、端から端が見えないほど大きな湖を見つけた。

 

 青年は飲み水には困りそうにないなと、どこか抜けた頭で考え、とりあえずできた水の確保に安堵する。

 そして、湖に食える魚でもいるかという確認と水を飲むために、彼は湖に顔を近づけた。そして、その動きが止まる。湖に映し出されたその顔は青年の行動を停止させるには十分だった。

 

「この顔は…」

 思わず呟く。青年の記憶の映像から思い当たるものとこの顔がほとんど一致した。

 

(る○うに剣心の斉藤一…?いやいや、あれは創作物のはずでは?)

 青年の記憶に残っている顔より若干目つきが柔らかくなっている気がしないでもない。また、どこか若い印象も受ける。ただ、青年の顔はそれに瓜二つであった。

 

 そして、彼はあることに思い至る。そこから、自身のアイデンティティー確立するか、と。

(俺自身について何も思い出せんからな……)

 少々狐につままれたように、不思議がった青年だが、これ幸いにと自身の名前などにそれを当てはめようと考えた。存外に楽観的な面を持ち合わせているのか、冷静なのか判断に苦しむことではある。この状況に思考が追いついていない可能性もあるが。

 

 戯れに担いできた刀を、モデルとなった人物と同じように構える。ただ、青年は右利きのためか右手で刀を握り、左手を切っ先に添える。

 記憶にある知識と重ねあわせる、突きを放つ。身体的能力が高いのか、片手で悠々と刀を振り回した青年は、ふと何かに気づいたかのように刀を止めた。

 

 青年は自分が何の違和感もなく刀を振るっていることに疑問を覚えたからだ。少なくとも青年が有する知識では、刀とは一般人がかかわるような物ではなかった筈。それを普通に振る自らを青年は、疑問に思う。

 

 

 

 青年が刀を見つめていると、突然先ほどの雄たけびの比ではないほどの地響きと地面の揺れが青年を襲った。

「っ」

 青年は即座に、音の発生源のほうへ体を沈み込ませながら向ける。

(そういえば、初遭遇か)

 危機感とはどこか別の思考でそう思いながら、目の前の光景に青年は顔を引きつらせる。背の高い木々が吹き飛ばされるさまと、砂塵が舞い上がっていることが確認できた。そして、それは確実にこちらへ向かってきている。

 

 青年は左右を何度も見直すが、隠れられるような場所など無い。よって、やりすごすことは不可能な場所。ここは最悪な場所であると思い至る。

 森の中へ入るという選択肢もある。しかし、青年には森の中を縦横無尽に行き来する自信は無い。すさまじい速さで迫ってくる敵に対して森の中というのは悪手に感じられた。

 ならばと後ろを見る。湖の中へひとまず逃げようと考えがよぎるが、タイミングが良いのか悪いのか巨大な魚影がその目に映りこんだ。

 青年は詰んでいる。

 

 何か手は無いかと考えている間も、無常に時間は過ぎていく。そして、迫り来る敵は最早目の前と言っても差し支えないほど近づいていた。

(仕方ない……か)

 青年は震える体に喝を入れる。刀を握り直し、敵が来るであろう方向へと体を向けた。

 

「さて、なにが出てくるのやら」

 戦闘経験などきっとないだろう自分を思いながら、自分の選択した行動に自嘲気味に笑みを浮かべる。

 今、彼の命運を握っているのは彼自身であり、握られた刀だけであった。

 

 

 

 彼が覚悟を決めた、数秒後。とうとうそれはやってきた。木々を吹き飛ばしながら迫る巨大な影。その巨大な影の前には、青年自身から見れば十二分にでかいイノシシ。

 どうやら影はそのイノシシを追ってここまで来たようだ。しかし、イノシシの命運はここで尽きた。影の首が伸び、その顎に捉えられた。

 一息に口に飲まれるその様は原始的な恐怖を呼び起こさせる。つまり、弱肉強食の世界。

 

 目の前に起きている事態に、青年は呆然とただ見ていた。

 

 太く長い尾は鏃を思わせる攻撃的な鱗に覆われ、その先端は大剣を思わせる。太く岩のような胴体は鋼のような鱗に覆われていて、重厚な鎧を思わせる。鈍く光る巨大な爪は大地をも切り裂くだろう。そして、巨大な顎と特徴的な角。翼こそ無いが、それは竜と形容していい生物だった。

 そして、今イノシシをむさぼる口に生えた巨大な牙は、イノシシに突き刺さり噛み潰され、その口の周りは血しぶきで真っ赤に染まっていた。その黒ずんだ赤は、青年に容易に死を連想させる。

 

(……竜?)

 記憶から得られた回答とすり合わせる。すると、またもや創作物、想像上の生き物が出てきたため、きっとこれは夢なのだと、現実逃避を始める青年の頭。

 そんな風に呆けていると、竜はイノシシを喰らい尽くしていた。そして、丁度いいところに湧き出た獲物を視界に納めた。つまりは青年を見つけ、今にも飛び掛ろうと身構えた。

(死んだら夢から覚めるか?)

 未だに現実逃避を続ける彼に無常にも竜の爪が襲い掛かった。

 

 咆哮とともに振り下ろされる大木を思わせる腕とその先にある鋼鉄のような爪。金属音を響き渡せながらその爪を刀で何とか弾き、後ろに飛びのく青年。

 なんてことはない。現実へと引き戻された彼は一先ず、手元にあった武器を振り回しただけに過ぎない。

 

 しかし獲物をその程度で逃がすはずもない竜は、威嚇するように咆哮をあげながら、追撃として顎を開く。開かれた顎からは獰猛な牙が見え、容赦なく青年を襲う。

 

 声にならない悲鳴を上げながらも青年は必死によける。空を切り噛合った竜の牙は巨大なギロチンを連想させた。

 息を乱しながら、現状を打開する手を考えるために思考する。このままならば、数分と持たずに喰われるだろう。そんなことが分からないほど、青年は蒙昧ではなかった。

 

 必死に竜の攻撃をかわし、弾き、食い止めながら青年は考える。考え続ける。

 

 

 

 どれだけの時間がたっただろうか。数秒か数分かはたまた数時間か。だが、青年は未だに竜の攻撃からその身を守っていた。

 そうしているうちに、青年はその事実に気づく。竜相手に防戦一方とはいえ戦っている。戦えている。さきほどまでなんとか弾いていた爪も、今ではどう対処すればいいのか理解し、実践している。

 この嘘だと思えるような事実に青年は、気づいた。

 

 

 

 竜…それは、空想の生物とはいえ、最強の生物であるとされている。中には神話に登場し、神と崇められてすらいるものもいる。

 

 

 

 それほどまでにかけ離れている存在に青年は喰らいついていた。

(なんだ?この感覚は)

 青年の鼓動が高鳴る。目覚めよというようにさえ錯覚するほどの高鳴りが、鼓動が、早まる。

 

―俺は闘える―

 

 青年がそう意識した瞬間、体の感覚が研ぎ澄まされていくのを青年は確かに感じた。

 

 

 

 それは違和感とでも言うべき感覚。だが、青年には実に馴染む感覚であった。いや、やっと馴染んだとさえ言えるのかも知れない。

 先ほどまでの竜が捕食するための攻撃を与え続けていただけの光景。しかしその光景を青年は無感情にただ眺め、避ける。そして、生まれるわずかな違和感。それは急激に戦況を変えていく。

 

 竜はただ捕食する側であった。そして、その違和感に気づかずに怒涛ともいえる攻撃を緩めず、その爪を青年に揮った。しかし、その爪は青年に届かない。振るった刀に難なく弾かれる。

 次はその顎を開き、獰猛な牙を青年に向けた。しかし、それも青年に届かない。竜にすさまじい速度で向かうことで避けたのだ。

 

 そのまま青年が疾走し、竜の体躯と交差したその瞬間。竜の片腕が宙を舞った。

 

 竜は何が起きたか理解できなかった。しかし、それを認識し今までとは違う咆哮をあげる。それは驚愕。

 竜は、ただいつも通り捕食しようとしただけだった。今回は少し時間がかかっていたが、ただそれだけのはずであった。

 この場所において頂点の位置に属する竜にとって、今この状況はただただ理解不能な出来事であり、その目に映る宙へ待った自らの腕を信じられないようなものを見るような目で見ていた。

 

 

 

 

 

 感覚が研ぎ澄まされることを青年は自覚していた。それは体が思考のままに自由に動かすことを可能にしていた。そして、どう動けばいいのか思考すればいいのかを理解していた。

 

 竜に向かうことでその隙から腕を切り捨てた青年は、体をただ感じるままに動かした。

 青年が振り返ると竜は雄たけびを上げていた。もはや、勝てない相手ではないと、青年の思考は言っている。体もそれを否定しない。もはや震えなど当の昔に消えていた。

 

 そして、構えた。それは突きの構え。ただの突きではない。少なくとも彼にとって思うままに取った構え。自然と構えはそうなった。体から力があふれるのを感じた。負ける気がしない、と青年は不敵な笑みを浮かべた。

 

 憤怒の雄たけびか。体を怒らせながら竜が先ほどよりもさらに速く向かってくる。

 

 だが、青年にとって勝負はもやは決まっていた。

 

 

―牙突・壱式―

 

 

 飛び跳ねるように突撃する。そこから放たれる突きから、凄まじい気が直線状に放たれ、竜を穿った。穿たれた穴を通るように青年は駆けた。

 後に残る突き穿たれた竜の屍は、穴の開いた体躯を不安定に幾度か揺らし、その巨大な体躯を地面に落とすのであった。

 

 

 

 竜の体が地面についたのを確認した青年は、構えを解き、一息つく。

 

「決まりだな……俺の名はハジメ」

 

 その名にしっくりきたのだろう、青年……ハジメは笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

 この日、青年は目覚めた。それがこの世界に何をもたらすのかは未だ誰も知らない。

 

 

 

 

 


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