信念を貫く者   作:G-qaz

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第18話

 議場から出たハジメとアリカは2人で話せるような場所を求め、少しばかり歩くことにした。手こそ繋いではいないが、その距離はいささか近い。

 ふと隣を見ればハジメがいる状況に戸惑いながらも、恥ずかしげに顔を若干俯かせるアリカ。

 

「その…ありがとう」

 

 消え入るような声でアリカが礼を言う。その声にハジメは首だけを動かしアリカを一目見る。

「気にするな」

 ぶっきらぼうに取れる言葉をはいて再び前を見るハジメ。

 しかし、それだけでアリカはもう何年も昔のような…実際には数ヶ月前だが…2人に戻ったような気がした。なつかしいその感覚に安心感を覚え微笑むのだった。

 

 

 

 議事堂内にある応接室の一つへと入るアリカとハジメ。2人は向かい合うソファにそれぞれ腰掛けた。そしてしばらく2人の間には沈黙が降りる。

 なぜかと問うならば、アリカがいっぱいいっぱいの状態だからというべきか。先ほどの議場での出来事を思い出し会話をする余裕がなくなっていた。それは、様々な感情から来るものであるが、それを自覚するには少々経験が足りなかった。

 ハジメはハジメで沈黙に若干の気まずさを感じながら、煙草をふかす。

 

(あうあう。どうしようどうしよう。久しぶりに会ったせいか、まともに見れない)

 視線をそこらに泳がしながら、平然と煙草をくわえるハジメをちらちらと見やるアリカ。挙動不審な態度にハジメも話しかけづらい。

 

(なぜ、これほどまでに挙動不審なんだ?)

 アリカの様子にまさか、久しぶりに会って本人もどうしていいか分からないとはハジメも考え付かず、先ほどまで議場にいたことが原因だろうとあたりをつける。

 

(さっきもあんなに颯爽と格好良く登場しおってからに…っ)

 窮地に追い込まれていたところを救われたときは、さながら騎士のようであったなどといつもは考えもしない乙女のような思考がアリカを埋め尽くしていた。

 先ほどのことを思い出すと、思わず赤面してしまうほどに衝撃があったようである。そこから、逆恨みのような発想に至るのが残念ではあるが。

 

 

 

「今まで連絡が出来ずにすまなかったな」

 沈黙を破ったのはハジメであった。突然の謝罪にアリカは面食らいながらも、さまよわせていた視線をハジメに集中させる。

「気にするでない…どうせ何かしら動いていたのであろう?」

 

 いろいろ言いたい事はあった。当然文句もあった。それでも今こうして助けられたという事実に、やはり離れていたとしても彼はこういう人間だったのだとその事実に、毒気が抜かれてしまっていた。

 

「それよりも、本当に助かった。まさか元老院がこれほどまでに無茶をやるとは思わなかったわ」

 事実アリカは本当に驚いていた。何か仕掛けてくるだろうとは思っていたが、ここまで大胆にアリカ達を葬ろうとするとは夢にも思っていなかったのだから。

「やつらも必死だったのだろうさ。だが、無茶をしただけやつらに跳ね返るものは大きい」

 無茶の一つが議場の中継だった。世論を誘導するきっかけにするために、人々の疑念を大きくさせたかったのだろう。実際に、ハジメが来なければうわさは尾ひれ背びれがつけられて元老院の狙い通りにことが進められただろう。その代償は改竄というもう一つの無茶によって自らに返ってしまったが。

 

「これで、私たちが思う存分働ける環境は出来た。もちろんお主も協力してくれるのじゃろう?」

 

 だからだろう、今まで同じようにこれから先も彼が同じように自分を支えてくれると信じていたし、思っていた。ハジメに尋ねるアリカはいつしかの丘で見た表情よりも輝いて見える。

 

 ハジメは、アリカの表情を見る。そして、何かを考えるように瞼を閉じ、俯いた。それが数秒続いたであろうか、アリカが訝し始めると、ハジメは顔を上げアリカを見る。その視線は何かを決意したかのような光を宿していた。

 

「…それは無理だ」

 

 ハジメの言葉に、2人の間に硬く重い沈黙が下りる。アリカは、ハジメに何を言われたのか理解できなかった。その顔に汗が一つ浮かぶ。

 

「……もう一度言ってくれぬか?」

 恐る恐るといったような口調でたずねる。その表情は硬く、信じられないといった感情が読み取れる。実際、アリカは今ハジメの言葉を信じたくは無かったし、聞きたくは無かった。

 それに対するように、ハジメは無表情を貫きまるで感情を読み取らせまいという意思が伝わるような無機質なものだった。

 

「それは、無理だと言った……お前と会うのもここで最後になるだろう」

 繰り返された言葉は、ただアリカに現実を突きつけるものになった。返す言葉も見つからず、数秒信じられないものを見るような目でただハジメを見ていた。

 

「な…なぜじゃ?」

 搾り出すように、か細い声で問いかける。その瞳は先ほどまでと打って変わって絶望のようなものを感じ取らせる。それは、議場にいたときですらなかったものだった。

 

 

 

 

「この世界が作られたものだということは既に知っているな?」

 平坦な口調でハジメは口を開く。その問いかけに、アリカは頷く。この世界の真実。魔法世界とはその名の通り魔法で形作られた世界である。だが、そこにある命は決してまがい物ではない。だからこそ、完全なる世界(コズモエンテレケイア)のいう閉じられた世界に対して戦いを挑み、そして勝利したのだ。

 

「…この世界は、近いうちに崩壊する。その理由に完全なる世界(コズモエンテレケイア)は関係ない」

「ど、どういうことじゃっ」

 世界が消えるという情報は確かにあった。だが、それは完全なる世界(コズモエンテレケイア)が事を起こそうとしていたからではなかったのかとアリカは身を乗り出しながら問う。しかし、世界が消えるという根本的な問題においては関係の無いことだったのだ。なぜならば、その理由とは。

 

「魔法世界を形作るための魔力の枯渇…それこそが魔法世界を崩壊させる要因だ」

 魔力の枯渇。この世界が魔法で作られたものだというのならば、それは致命的であろう。アリカはあまりの事実に乗り出していた身を戻し、ソファへともたれかかった。

 

 完全なる世界(コズモエンテレケイア)が起こそうとしていた儀式。それは魔法世界の崩壊に対処するために編み出した造物主(ライフメーカー)の策だった。完全なる世界(コズモエンテレケイア)を壊滅させたとしても、崩壊を止めたわけではなかったのだ。

 

 しかし、ある事実に気づき姿勢を戻す。

「…それと、私とハジメが会わなくなる理由がどうつながる」

 ここまでの話ならば、ハジメがアリカと会うのが最後だという理由には繋がらない。むしろ、協力しこれに対処しなければならないのではないか。アリカの問いに対して、ハジメは考える素振りをして目を伏せた。

 

「実際、その崩壊を止める手段はある…だが、それにはある存在が不可欠だった」

「ある存在…?」

 正直、崩壊を止める手段があるという情報だけでも聞きたいことであるが、いま重要なのはそちらのほうであるとアリカは感じ取った。そして、その名がハジメの口から発せられた。

 

造物主(ライフメーカー)だ」

「っ」

 想定外の名に驚きを隠せないアリカ。実際にはどこかで分かっていたのかもしれない。なぜなら、ハジメがアリカの目の前から消えるときにその存在はいつもあった。それでも、どうしてその名が出たのかは分からない。

 

造物主(ライフメーカー)はまだ生きている。といっても、自由には動けんがな。だが、敵と共にあるなど出来るはずもないだろう。お前ならばなおさらだ」

 世界を舞台に敵対したのだ。それならば、ハジメこそなぜ共にいることが出来るのかという疑問が出るが、それは当然崩壊を止める手段というものがかかわってくるのだろう。そこで、アリカは違和感を覚えた。微かであるが、らしくないとそう思ったのだ。

 ”お前ならばなおさらだ”ハジメは確かにそういった。それは、つまりアリカにとって不利益をこうむるということだろう。それは、確かに造物主(ライフメーカー)が近くにいるのならばそうだろう。だが、そのような存在とハジメが共にいることなど出来るのだろうか。アリカは純粋に疑問を感じた。

 

「これが、お前ともう会うことの無い理由だ」

「なぜ…造物主(ライフメーカー)はお主に協力することになったのじゃ?」

 2度も戦った相手に、目の前の男がそう簡単に手をとるとは考えられない。それに、戦いの後なぜ姿を現さなかったのか。それと関係してくるのではないか。アリカは思考をめぐらす。

 

「…それは、奴が俺の計画に賛同し契約したからだ」

「ならば、造物主(ライフメーカー)は我らと目的を同じとするということではないか?」

 ハジメの計画というならば、それはアリカの目的に沿うものであることは確かだろう。それほどの信頼を得ているはずであるし、アリカ自身信頼している。

 それに賛同しているのならば、アリカにとってそれは最早敵であるとは言いにくい。禍根こそあるが、魔法世界の崩壊と言う大事に関係はあるまい。

「たとえ過去敵であったとしても、これから先のことを考えるものであるならばっ、我は王としてそれを受け止めよう」

 

 アリカは立ち上がり、ハジメを見据える。その気迫はまさに王として持つべき気迫。その威圧感と共に、ハジメに問う。

 

「それでもまだっ…お主が我と会うことはもう無いというならば、その理由を述べよっ。ハジメっ」

 アリカの問いに、ハジメは短くなった煙草を灰皿に押し付け、新たな煙草に手をかけ火をつけた。紫煙を吐き出し、言葉を発さないまま数秒の時間が流れた。

 

 アリカに睨み付けられたまま、ハジメはとうとう口を開いた。

「……崩壊を止めたとき、俺と造物主(ライフメーカー)は消える…その存在ごと世界から消えてなくなる」

 

 思いもよらない言葉に、アリカは固まってしまった。消えると、ハジメはそういった。

(ハジメが…消える?この世界から…消える)

 信じられない気持ちと、嘘だと反論したい感情に囚われるアリカ。しかし、目の前の男がそんなくだらないことをいうわけがないと知っている。アリカの思考は混濁し、まとまらない。

 

「き、消えるとは…どういうことじゃ」

 まとまらない思考のまま、核心に触れる。消えるとは、死ぬということなのか。それとも。

「字面通りの意味だな。俺と造物主(ライフメーカー)はこの世にいた証すら消えるだろう」

 当然、それは記憶からも消えるということだと、平坦とした口調でなんともないように答えるハジメにアリカは何も言えなくなる。

 

「安心しろ…消えるまでにも仕事はする。情報も送り届ける」

 どこに安心出来る要素があるのかと、アリカは呆然としたまま内心でこぼす。護ってくれると約束したはずだった。あの丘の上で、アリカはハジメと未来の一端を語りあった。その未来がすぐそこにあるというのに。

 

「お前も、俺のことなど忘れて自分の道を進め」

 煙草を灰皿に押し付け、ハジメは話は終わりだと言う様に立ち上がる。

 

(俺のことなど忘れて…か)

 そんなことできるはずはない。なぜ、いまさらそんなことを言うのか。消えてしまうというのならば、それすらも忘れてしまうというのに。それは、まるで自分が慕っていることに気づいているような物言いだ。

 そこでアリカは思う。ハジメは気づいているのではないか、自分の想いに。自分の道を進めというのは、そこにハジメ自身の居場所はもうないと決めてしまっているからではないか。そもそも、なぜハジメは自分が消えてしまうというのに迷う素振りすら見せないのか。いや、今日何かを案ずるような素振りは見せていた。

 

 なぜ?

 

 誰に?

 

 

 その対象がアリカ自身だと気づくと、アリカはとっさにハジメを背中から抱きしめその歩みを止めさせた。

 

 

「っ…アリカ?」

 抱きしめられた理由も分からないまま、歩みを止めたハジメが戸惑う。

 

(この男は…)

 最初であったときは、随分とひどい印象だったことを覚えている。嫌な奴だと何度思ったことだろうとアリカは思い出す。だが、それはいつしか随分と変わった。王宮では出すことの無い、自分を出すことの出来る居場所になっていたのだ。

 

(それでも、我の理想をただ進めばいいといってくれた。支えてくれた)

 それは、今でも変わらずに。いや、先の未来のためにその身すら犠牲にしようとしている。

 

 

 アリカが背中から離れるのを感じ取ったハジメは振り向き、アリカと向かい合う形になった。ハジメの目に大きく映ったアリカの顔。その瞳は潤んでいて、ハジメが見たこと無いほどに今にも消え入りそうな儚いアリカの姿がそこにはあった。

 

「私は…貴方がいないとダメなの」

 

 アリカの瞳から溢れた涙が一筋の雫となって零れ落ちる。

 

 

 

「あなたが…好きです」

 

 

 

 零れ落ちる涙を見たハジメは無意識にアリカを抱き寄せてしまっていた。抱きしめられたアリカは一瞬目を瞬かせるが、すぐに安心したかのように両手をハジメの背中へと回す。

 

「お前は阿呆か」

「そうね」

 いつもと違う感情の篭ったハジメの言葉に、アリカは口元を柔らかな弧を描かせながら微笑んでいる。ハジメの元を離れることがたとえ正しい道だとしても、アリカにとってはそれは愚行だとしか思えなかった。

 

「俺は消えてなくなる存在だ。王の…お前のそばにいていいわけが無い」

 そんなことはないと、耳元でささやく。

「それが例え明日だとしても…私は貴方のそばにいたい」

 コレは本心だった。もう離れたくなど無かった。どれだけ、不安だったと思っているのか。どれだけ信じようともいない相手にたいしてどれだけ虚しさを、寂しさを味わったか。それが恋慕だと気づいてからはなおさらだった。

 

 アリカを抱きしめる力が強まる。

「何が起こるかわからんぞ?」

「それでも…貴方と共にいたい」

 どんな未来が待っていようとも2人ならば変えられるとアリカは信じていた。現にこの世界は戦争から救われた。それも、理想に近い形で。これは、ハジメがいなければ出来なかったことだ。

 

 アリカの様子に、ハジメは一つ息をつくとアリカの両肩に手をかけ向かい合うように体を僅かに離す。アリカは、少し上目遣いになりながらもハジメを見て、目を閉じる。

 

「…好きだ」

 そして、ハジメも自身に燻っていた想いを伝えた。例え消えいく運命だったとしても、信じてくれる愛する女がいるのならば、打ち砕こうと決めたのだ。

 

 ハジメの短い言葉に、アリカは僅かに笑みをつくる。そして2人は静かに口付けを交わした。

 

 

 

 しばし抱き合った後、自然と2人は互いの顔を見やり微笑む。

「…そろそろ戻るとするか」

「…そうじゃな」

 体を離し、手を繋ぐ。今までもしたことはあったが、どこか違うように2人は思えた。

 

 そのまま、応接室を出る。2人並んで歩いていく。

 

 

 

 2人が議場に近づくと門にはマクギルにクルトたち、そして駆けつけてきたのかガトーの姿もあった。

「どうやら、うまくいったようじゃの」

 マクギルは手を繋ぐ2人を見て、事は丸く収まったものだと理解する。アリカもさすがに大勢の知り合いの前で手を繋ぎ続けるのは恥ずかしかったらしく、

「ま、また後での」

 顔を紅潮させながら手をそっと離し、ガトーのもとへ今までのいきさつと情報を確認しにいった。

 

 マクギルとハジメが互いに向かい合う。なんだかんだで一番長い付き合いなのだ。お互いに何を考えているのか多少なりとも理解している。

「貴様も余計なことをする」

 だからだろう、ハジメがいつもの仏頂面でかるく毒づく。マクギルにいいように動かされたのが多少なりとも気に食わないようだ。

 

 それが分かっているのだろう。マクギルは顎をなでながらにやりと笑い、年寄りじみた笑い声を上げた。

「ふぉっふぉ。じゃがハジメ…あのままだったら罪を自分ひとりで背負う気じゃったろう」

 あのとき、ハジメの発言にかぶせなければこの男は平気で自分が突き穿つ者(パイルドライバー)であったこと、そしてオスティアの国王ならびに王族たちを暗殺したことを言っていただろう。

 なぜそこまでする理由こそ知らないが、根本にはアリカを想っての行動なのだろうと推測していた。そして、罪を背負えば自分たちの前から姿をくらますことも、目の前の男ならば平気でしそうなことも分かっていた。だからこそ、2人で話し合う機会を与えたのだが、それがうまくいったようで笑みを濃くする。

 

 なんだかんだ政治家でありながらも、好々爺のような穏健な性格が本質なのだ、マクギルは。

 

「お見通しか…付き合いが長いというのも考え物だ」

 呆れたような表情でハジメは紫煙を吐く。マクギルのおせっかいが無ければ、もうこういう会話も無かったかもしれないと思えば、悪くは無いと内心では思いながら軽い毒舌交じりの会話を続ける。

 

「そっちは、へまをしすぎだ。耄碌したか?」

 へまとは当然、ここまでにいたる経緯のことだ。マクギルも痛いところをつかれたと顔をしかめる。

「失礼じゃのう。油断しとったのは否定せんが」

 事実油断していたのだろう。戦争終結まで、多少なりとも障害があったとはいえ、結果を見れば上々の出来。残る障害となる不穏分子についてそこまで強かではないだろうと高をくくっていたようなものなのだから。

「それが、耄碌というのだ」

 それを言われては、マクギルはもう反論できず乾いた笑いを出すしかなかった。

 

 雑談を続けていると、ふとマクギルが何かを察知したかのように政治家らしい笑みを浮かべた。ハジメが少々訝しむとマクギルが口を開いた。

「じゃが、なかなかよき演出だったみたいじゃのう」

「…何がだ?」

 話が打って変わった雰囲気にハジメも少々戸惑いを見せる。

 

「知らんのか?…議場での出来事が中継されて居ったのは知っておるだろう」

 ハジメが頷く。当然だろう、それを込みで議長を含めた連中を追い込んだのだから。どちらも危ない橋を渡ったものだ。ハイリスクハイリターンといったところで、元老院側はリスクを負い、ハジメたちはリターンを得たのだが。

 

「もともとアリカ女王の人気が高かったのもあって、颯爽と現れたおぬしは女王の騎士(エクィテス・レジーナ)と呼ばれてるそうじゃぞ」

 なかなか意地の悪そうな笑みで、情報端末をハジメに見せるマクギル。そこには、速報の記事が並べられておりどれも先ほど議場で起きた出来事が書き連ねていた。見出しは、女王を護る騎士などといったものも見受けられ、ハジメの眉がぴくんと一瞬歪められる。

 

「なにせ、その身を挺して敵から護ったという話もあるからのう」

 それは、証人喚問の最中マクギルが話していたこと。こういった話も民衆の中ではプラスの要素に働き、大いににぎわせていた。

 M・M(メガロ・メセンブリア)郊外で起きたこの不可解の事件の真相と題されて、随分とした美談に仕上げられているのを見てハジメはマクギルを若干本気でにらみつける。

 

「マクギル…随分と手回しがいいな」

「ふぉっ…いや……やったのは、ガトーじゃよ?」

 少々自分が思い描いていたリアクションと違ったのだろう。ハジメの言葉に、マクギルは若干焦りながらも身代わりの名を述べる。

 

「だとしてもだ…指示したのは貴様だろう」

 だが、当然そんな言い訳も通用するはずも無くマクギルを追い詰めるハジメ。その言葉に剣呑さが混じったのを感じ取ったマクギルはお手上げじゃと無駄な言い訳を続けることを諦める。

「やれやれじゃのう、感づくのが速すぎじゃ」

 

「どういうつもりだ?」

 こんな大々的に名を広めてどうするのだと、疑問を投げかける。確かに、傭兵として表で動いていたこともあるが自分の名を広めるようなことはしてこなかったし、マクギルもそれは同じだ。

 それが突然の路線変更といわんばかりに根回しを行う。ハジメの疑問も当然だ。

「なに、表舞台に立つのにこれ以上の後押しは無いじゃろう」

 なにせ、民衆が味方なのだから。強さとしての英雄ならば、紅き翼(アラルブラ)がいる。これは戦争が終結すると同時に大々的にセレモニーが開かれたのだ。知名度としては同じようなものだろう。

 だが、それでは如何ともしがたい問題が生じる。

 

「それに…」

 マクギルはアリカの方へと視線を向ける。

 

「このほうが何かと良いじゃろう?」

 アリカ女王の近くにいることが出来る存在として唯一の存在、知名度が必要だったのだ。いろいろとマクギルの方で考えてはいたのだが、何がどう転ぶかは分からないものだ。マクギルは今回の件を利用して、ハジメの立ち位置を決定的なものとした。

 もちろん、他意は存在している。

 

 ハジメは一つため息を吐く。いろいろと言いたいことはあるが、先ほどのアリカとのやり取りもあり、そのお膳立てをしてくれた盟友に対して文句を言うのはひとまずやめた。

「…まぁ、礼は言っておこう」

 思った以上に素直なハジメに、マクギルは面食らう。なにかしらいろいろ言われるのだと覚悟をしていたが、少々表示抜け出あった。

(これは、思った以上に進展があったようじゃのう)

 勘がいいのか、年の功なのか。それほど間違いではない考えをめぐらせたマクギルは嬉しさをにじませ微笑むのだった。

 

 

 

「…女王の騎士(エクィテス・レジーナ)じゃと?」

 当然この話は、アリカもガトーから聞くことになっていた。ガトーが今外でどのように、今回の件が広まっているかをマクギルと同じように情報端末を用いてアリカに説明していた。そのなかで話題になっているのはもちろん元老院の暴かれた陰謀と、陰謀の魔の手が襲い掛かっていた女王とそれを護った騎士の話だ。

 どこの童話だと突っ込みたい内容が散りばめられている情報にアリカは顔を紅くしながら、ガトーの説明を聞き件の二つ名を聞くこととなった。

 

 あまりにも恥ずかしい、物語などならいい話だと終わることが出来るが当事者なのだ。だが、少し前まで自らも同じような感想を持っていたことに気づき、さらに顔を紅潮させる。

「な、なんとも…」

「ははは、まぁこれは歓迎すべきことなのですが」

 アリカの様子にガトーも苦笑交じりで説明する。これで、ハジメについての民衆の支持は大きいものになるだろう。昔から民衆というのは勧善懲悪といった類の話と、ゴシップ的な話は大好物なのだ。

 

 今回の件では、両方満たしているようなものだ。世に広まるのは早いだろう。実際、元老院の陰謀や身分違いの恋等好き放題かかれている。

 

「いやぁ、だが助かりました。ハジメが来なければこんなスムーズにことは進まなかったでしょう」

 ガトーが改めて今回のことを振り返り、随分と危ない橋だったと感想を抱く。途中までは間違いなく中継の効果は元老院側に利していた。それをひっくり返せたのは、僥倖だった。

 

 ガトーは元老院側の不祥事や情報、これから起きるであろう最悪の事態に備えて根回しなど奔走していたが、無駄になってよかったと思う。もちろん効果はあるのだが。

 

「そうじゃな…相変わらず…」

 その後の言葉は発せず、アリカはマクギルと談笑しているハジメを見る。その視線にはいろいろな感情が宿っていることにガトーも気づく。

 

「ふむ…それで、式は何時にしましょう?」

 

 ガトーの言葉にアリカが固まる。ギギギっと幻聴が聞こえるような動作でゆっくりとガトーの方へと視線を戻す。

「な…なんの式じゃ?」

「いや、当然アリカ女王とハジメの婚姻ですが」

 当然でしょうといわんばかりのガトーに、アリカの顔が一瞬で茹蛸のように真っ赤になった。

 

「ななな、何をいきなり…順序というものがあるじゃろうっ」

 真っ赤になったアリカの言葉に、否定はしないのだなとガトーは内心思いながらアリカの照れ隠しの言葉を聞き続けるのだった。

 

「た、確かに共に行こうと決めたが、それはあくまでこの世界の未来を思ってだな…」

 それは半分、というより実質的なプロポーズではなかろうか。思うだけで、決して突っ込まないガトー。惚気ならば、勘弁してほしいところである。

「いや、だがさっきハジメは…というか私…」

 先ほどの告白を思い出しているのだろう。真っ赤な顔がさらに赤くなり、言葉が続かないアリカ。

 

「めでたいことですから、上げるならば早く上げたほうが」

 民衆も活気付くことだろう。戦争を止めた立役者である女王とそれを護り続けた護衛、騎士との婚姻など随分とめでたいものになるだろう。裏でいろいろ動き出す前に済ませたほうがいいだろうという打算もあるが、上げるならば早いほうがいいだろうと、もうすでに好きあっているという前提の下ガトーが話す。

 

「う、うぅ」

 嫌ではない。寧ろ歓迎すべきことだが、如何せん。幾分か落ち着いたアリカがハジメの方へと視線を向け、ハジメもアリカを見る。視線が重なり、アリカの顔が再び紅くなる。

 恋人という過程を抜かして、夫婦となるというような状況に頭がいっぱいいっぱいになってしまうのだった。

 

 まぁ、戦争中も護衛とか言いながら半分恋人のような真似事をしていたはずではあるのだが。改めてそういう関係になると思うと恥らってしまうアリカなのであった。

 

 

 

 こうして、アリカとマクギルに降りかかった元老院たちの謀りは、元老院たち自身の首を絞める結果となり、民衆はアリカ達を支持することとなった。

 そして、民衆が気になるアリカとハジメの関係については、間が置かれる事無く開かれるオスティアでのパレードにおいて民衆たちに披露されることとなる。

 

 

 




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