信念を貫く者   作:G-qaz

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第17話

 

 M・M(メガロ・メセンブリア)元老院議事堂。そこで証人喚問が開かれる。呼ばれたものは2名。アリカ・アナルキア・エンテオフュシア…オスティアの現女王とジェームス・マクギル元元老院議員。マクギルは正確には未だ元老院議員であるのだが、かかっている容疑から暫定的に剥奪されている。

 

 そんな2人について記述された資料に目を配る老人たち。議事堂にて証人喚問が行われる前に、こうして集まったのは自分たちが書いた筋書き通りに進めるための確認だ。

 

「いやはや、いい目眩ましがあったものだ」

「戦後の混乱というものは、想定外の事態を引き起こしますからな」

「いい具合に材料があったものです」

「オスティアの国王の暗殺もいい足がかりだ」

 

 情報に記載されているのは、戦争中の足跡。それらの事実、始まりと終わりを脚色すれば見事に視点が変わることもある。内容自体に偽り無ければそれは容易に人をだますことを可能とする。

 

「さて、それでは参りましょうか」

 

 彼らが開く法廷の時間が来た。次々と席を立ち、議事堂の議場へと向かう中、ツヴァイフェルは醒めた目で彼らを睥睨していた。彼にとって別段老人たちはどうでも良い存在だった。ならば、なぜ彼はマクギルを裏切るようなマネをして今ここにいるのか。それは、彼しか知らないこととなる。

 

(どんな結果が待っているのかね)

 

 これから起きるであろう出来事にツヴァイフェルは少しばかり夢想にふけるのであった。

 

 

 

 元老院議事堂。その議場の中心には質疑を執り行うための席が設けられている。今そこにはアリカとマクギル両者が立たされており、その傍には鎧を身に纏った兵士たちが控える。

 

 アリカ達がいる場所の目の前には議長たちが座る横長の席がある。席についているのはローブを纏った老人ばかりであり、2人を見下ろしている。

 また、2人の背後には波状の半円を描くように席が並べられ、他の議員たちはその様子をただ眺めている。後方には映像の記録をとっているのだろうか、機材を準備している者たちが控えていた。

 

「それでは、証人喚問を始めるとしよう。アリカ・アナルキア・エンテオフュシア、ジェームズ・マクギル。貴殿らの名に相違ないな?」

 

 議事堂全体の様子を見た議長は、証人喚問…正しくは法廷、一方的な裁判の始まりを告げる。呼ばれた2人は、間違いないと頷く。

 

「では、この場に件の2名が呼ばれた理由を述べる。何、話は簡単だ。戦争中、貴殿らの行動を述べてほしい」

 

 まずは、マクギルの話となる。もともとは穏健派であり中立に等しい立場だった彼の戦争の行動は、それまで大きいものではなかった。しかし、あるときを境に積極的な行動をとることになる。

 

「ヘラスによるオスティア回復作戦のとき、貴殿は随分動き回ったようだがこれはなぜかね?傭兵を雇っていたようだが」

 

 資料に記載されているのはハジメ・サイトウという傭兵を雇い、オスティアに積極的に働きかけたというものだ。そして、その時期と平行してオスティアの国王暗殺事件が交わる。

 

「さらには、幾許かの後。そこに居るアリカ女王とコンタクトを取った。用件は国王暗殺に対する護衛の派遣。これはまた、そこまでするほどに交流があったとは」

 

 驚いたというような手振りをするが、その目には全く感情が篭っていない。

 

「ひとまず、ここに至る経緯と理由をお聞かせ願いたい」

 

 両手を口の前で組み、聞く体制へと移る。マクギルは内心随分とまともに事が進むことだと安堵しながら説明に移る。今でこそ大分裂戦争と名づけられているが、開始直後はそこまでの規模になるとは思っておらずただ妥協点を探すに腐心していたこと。オスティアが帝国に攻め込まれ、奪われた場合のことを考えると事態が深刻化する前に自らの手を入れようと考え、傭兵を派遣したことを述べた。

 

「何、連合のためを思って行っただけのことじゃ」

 

 言外にここに自分たちがいることは場違い、間違いではないかと言いながら次の質疑に答える。アリカ女王、当時王女とは面識があったことから、王族の血が失われてはならないと自分なりの考えで護衛を派遣しようと思い至ったのだと説明した。

 

「暗殺を許した国に任せるのはどうかと思っただけじゃよ」

 

 なかなか強気な発言を続けるマクギルに対して、議長はただ資料を眺めながらその言葉を聴き続ける。

 

「ふむふむ。その後は停戦を目標に動いている。これは、アリカ女王の影響かね?」

「いや、もともと妥協点を探っていたと言ったじゃろう。彼女のおかげで目標が定まったのじゃからそこにいこうとするのは当然じゃろう」

 

 薄ら笑いを浮かべる議長に、マクギルは若干の不安を覚えるが事実だけを述べているのだからとそのまま続けた。停戦を行う機械としてヘラス帝国の第三皇女テオドラと連絡を取り、ついに会談の機会を得た。

 

M・M(メガロ・メセンブリア)郊外が荒れ果てた大地になったのもこの時期だったか…何か知っていることはあるかな?」

 

 議長の言葉に、マクギルの背中に嫌な汗が流れる。あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。出発のとき、造物主(ライフメーカー)が現れたときはマクギル自身、死を覚悟した。だが、ハジメが残ることでこの危機は脱することができた。

 

 しかし、コレを説明するには幾つかの事柄を省かなければいけない。ハジメについてのことを知られるのは、調べられるのはまずい。突き穿つ者(パイルドライバー)としてのハジメは裏の存在として隠さなければならぬとマクギルは数瞬で考えをまとめながら質疑に対して説明する。

 説明の内容は簡単だ。敵の黒幕が襲来し、アリカの護衛がその身を挺して我らを夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)まで行かせてくれたのだと。

 

「それは勇敢な護衛がいたようだ」

 

 感心したような口ぶりでそう感想を述べる議長にマクギルはひとまず安堵する。そこからの話は、停戦のための働きかけをしてきたことを述べるにとどまり、話は連合軍への派遣要請へと移った。

 

「これについては、正直貴殿がしたことの正当性というものはある程度理解できる。随分と激しい戦いだったようだ」

 提示された資料の中には、墓守人の宮殿での戦いの映像が記録として残されていた。世界の真実を知るものがいるならば、マクギルがしたことの、その功績の大きさを知ることだろう。

 

「ただ一つ…気になる点がある。なぜ、貴殿はそこまでの情報を得ていたのだろうか」

「それは、ワシが持っている諜報の力ということじゃろうな」

 マクギルの言葉に、その通りだといわんばかりに大仰に頷く議長。その行動に若干の違和感を感じるも、マクギルは姿勢を崩さない。

 

「それでは、次にアリカ・アナルキア・エンテオフュシア女王。貴殿に話を聞くとしよう」

 ローブに隠された議長の目に先ほどまでとは違うものが混じったことは、誰も知ることは出来なかった。

 

 

 

 議長の言葉に、前に一歩進み頷くアリカ。

 

「オスティアの王族として、その才覚は目に見張るものがあったそうだ。実際ここに至るまでの経緯を見ると納得がいく」

 

 王女として生を受けたアリカのその過程は、議長の手元の資料においてもその才能溢れる様が見て取れた。しかし、その話は国王暗殺の時を境に雲行きを怪しくさせた。

 

「誠に残念ながら、国王が暗殺されるという悲劇に見舞われたのは同情する。しかし、なぜその後の護衛にジェームズ・マクギル…元老院が絡んできたのかね」

 

 その言葉の切り替えに違和感を感じ取ったのは、マクギルだけでありそんな彼も僅かしか感じ取れなかった。

 

「何が聞きたいのかというとだね…なぜ、自国に頼らず、他を頼りオスティアを蔑ろにするようなマネをしたのかをぜひ聞きたい」

「な…そんなマネをしたつもりはないっ」

 議長の物言いにアリカは反論する。彼女が数少なかったコネクションを駆使してマクギルと会ったのは、王国自体不穏な空気に包まれていた上、国王がしてきたことに不信感を抱いていたからに他ならない。自国を救うためには自らが動くしかない中で当然選択しうる回避策の一つであり、なんらおかしくは無かった。

 

「ふむふむ、なるほど…国王に不信感を抱いた…ということですね」

「…その通りだが」

 アリカの肯定に、議長は待っていたといわんばかりに口角を歪ませた。

 

「つまり、国王暗殺をするに至る動機があったと」

「なっ」

 アリカだけではなく、マクギルも唖然とする。戸惑う2人にかまうことなく、議長は言葉を続ける。

 

「そもそも、戦争の始まりからおかしな点がいくつもあったが、一番おかしなことはアリカ・アナルキア・エンテオフュシア女王貴殿だ」

 完全なる世界(コズモエンテレケイア)や黄昏の姫御子など、事態の中心がオスティアなのだから当然といえば当然だが、故にこの戦争の中心はアリカの周囲となることに変わりは無い。

 

「貴殿を機軸に物事を考えると、いやはや。いくつかのおかしなことにも納得がいく。まるで、あなたがこの戦争の脚本を描いているようだ」

 

 そのわざとらしい台詞回しに、マクギルはやっと理解する。アリカと共に呼ばれたのだから、元老院の狙いは自身とアリカであり、人身御供となって世界にさらされるのだろうとは考えていた。しかし、その考えは甘かったといわざるを得ない。

 

「連合・帝国、さらにはアリアドネーの軍隊を戦場で統括していたのは実質貴殿が行ったことだ。そして、そこまでこぎつけたのはそこにいるジェームズ・マクギルだなぁ」

 

 議長はマクギルへと視線だけを向ける。思わず、マクギルが身を乗り出した。

 

「ま、待ってく」

「待つのは貴殿だ、ジェームズ・マクギル。許可無く口を開くことを禁じる…貴殿には今、何の権限も無いことを忘れるな」

「くっ…」

 議長の言葉に控えていた兵士が動く素振りを見せ、マクギルは否応が無くその口を閉ざす。その様子を確認した議長は視線をアリカの元へと戻す。

 

「実に都合のいい展開だ。元老院の重鎮と交流をもったからこそ得られた成果だ。マクギルを、元老院を利用し世界を動かす力でも得たかったか小娘。国王を殺してでも、世界を裏から操ってでも…」

 議長の冷淡な瞳がアリカを射抜く。今、議長はいや元老院はアリカに国王、父王殺しの疑いをかけたのだった。そして、完全なる世界(コズモエンテレケイア)という組織のつながりすらも、その罪をアリカに着せる。

 

 マクギルは理解した。元老院が書いた脚本の内容を。そもそも罪を着せるならば1人でよかったはず。それを、2人共に呼んだのはこの状況に追い込むため。マクギルはあくまで利用された立場であり、すべての事態を引き起こしたのはアリカ女王ただ一人。この構図を作ることによって、戦争の罪はアリカに。マクギルを押さえつけること元老院内部におけるその影響力をなくし、これから先起きるであろう事態に手を出させなくする。

 同じような結論に至ったのか、アリカの表情も強張ったものになる。

 

 さらに、利用された立場であるマクギルがいくらアリカを庇おうとも、そうなるように仕向けたといえば話は終わってしまう。そして、唯一話を覆せるこの場において、マクギルは召喚された当事者。その発言力は最早無い。

 

「な…」

 

 あまりの事態にアリカは呆然とする。そして、溢れる感情のまま侮蔑の瞳を議長へと向ける。

 

「ふふふ。我等の情報機関を甘く見ましたな」

「主ら…どこまで腐っておる」

 

 筋書き通りに話を持っていけたのが嬉しいのか、ローブ越しでも分かるほどに愉悦の笑みを浮かべる議長。それに呼応するかのように周囲にいた議員たちも思い思いの言葉を口走る。

 

「発言の許可をいただきたい」

 その場の空気を壊すように、マクギルは重い威圧的な声で議長へと射抜くように視線を投げかける。その威圧感に議長は躊躇いながらも許可を出す。

「さきほど、完全なる世界(コズモエンテレケイア)という組織に触れておったが…その組織と共謀しておったのはうぬら、元老院ではないのかの?」

 

「そんな事実がどこにある?」

「あるからこそ、今こうして口にしているというわけじゃ」

 それについて触れるには、自らの秘書が必要だと議長に秘書を呼び寄せることを要請する。完全なる世界(コズモエンテレケイア)の名が出てしまったためか、また脚本の都合上マクギルの立場から迂闊に棄却することもできず、議長はそれにも許可を出した。マクギルは呼んだのはクルト・ゲーテルであった。

 

 

 

 クルトは現在の事態を覆す機会が来たことに内心でガッツポーズを作る。マクギルと共につれてこられたクルトたちは別室に待機という形で軟禁状態にあった。そこへ訪れたのは、議事堂に来るようにという指示。マクギルの意思を汲み取ったクルトは、大急ぎで用意していた手元の資料を整理する。

 コレばかりはマクギルと共に押収されぬように事を運んだのが功を奏した。事実、こうして出番が廻ってきたのだから。

 

「では、行ってきます」

 

 同僚たちから見送られ、クルトは兵士に両隣を固められながらもマクギルたちが待つ議場へと向かった。自身の役割を最大限に発揮するために。

 

 

 

 議場までつれてこられたクルトはその雰囲気に息を呑む。アリカ、マクギルを始め、議長など元老院に所属するものたちがクルトに注視するその圧迫感はクルトが味わったことの無いものだった。

 マクギルが手招くところまでクルトは浮き足立ちながらも歩を進めた。少年ゆえ経験の無い状態では別室で決めた想いも、若干薄れつつあることをクルトは気づかない。

 

「それではクルト君。その資料を皆に渡しなさい」

 マクギルの言葉に素直に頷き、ぎこちないながらも手元にある資料を複製し、議員たちに届ける。

 渡された資料を見る議員たちの顔色が変わるのを確認したマクギルは、気づかれないように微かに顔をほころばせる。

 

「今皆が目にしているのは、先ほども触れた完全なる世界(コズモエンテレケイア)…その組織とのつながりを裏付けた資料じゃ」

 周囲がにわかにどよめく。なぜなら、その資料の中には彼ら元老院に属している者たちの名が混じっているのだから。しかも、その資料は自分たちが有している情報と照らし合わせても不自然ではない。むしろ、その正当性が示されていた。

 

「さて、議長。先ほどの問いがこれじゃが、議長はどう思う?」

 本来ならば、さらに調査・真偽を加えて摘発したかったというのがマクギルたちの本音だ。なぜなら、いまだ届いていない人間たちがいるのは明白だった。だが、この状況においてそのようなことは言っていられなくなってしまった。ひとまず、この資料をもって、アリカが無実であるとし機を見て待つとしようとマクギルは考えていた。

 

 そこにぱちぱちと手を打つ音がどよめきの中、いやに響いた。その手を打つ音の源はマクギルの目の前、議長の手によるものだった。

 

「いや、実に素晴らしい。我々も持っていない確たる情報がこのような形で手に入るとは。さながら、瓢箪から駒といったところか」

 にこやかに、嬉しそうに資料をみやる議長にマクギルは毒気が抜かれる思いだった。しかし、議長の次の言葉に思考は停止することになる。

 

「実はだね…我々が調査機関を使ってある情報を調べていたのだよ。ある情報というのはね…アリカ・アナルキア・エンテオフュシア、貴殿が元老院のものと接点を作り出していた情報だ」

 議長が手振りで指示を出す。指示を受けた者たちは、資料を議員たちの元へと送った。

 そして、マクギルは未だアリカが嫌疑にかけられているという事実に思考を追いつかせる。マクギルの元へもに配られた資料を自身が用意した資料と見比べる。そこから得られる結果にマクギルは愕然とするしかない。

 

「いやはや…見事だよ、マクギル。アリカ女王は完全なる世界(コズモエンテレケイア)の一員であり、元老院を裏から操ろうと画策していたことはコレを見れば明らかだ」

 さらに、議長が配った資料にはオスティアのことも書かれており、それは当然マクギルが用意した資料にも記されていることだった。だが、これは実在しないものだ。正確には会談はあった。だが、会った人物は全くの別人。つまりは、改竄されていた。

 マクギルは議長の言葉を遮るように、いや遮るために大き目の咳払いで場をひとまず止めた。

「おっほんっ…あぁ、すまぬの。ちょっと良いか、アリカ殿。この資料に偽りは無いかの」

 当然、アリカに対しその真偽を確かめさせる。返ってきた答えは当然NOだ。

「そんなわけあるまい。これは、偽造…改竄されたものじゃっ」

 

「当事者たる貴方が言ったとしてもなんら説得力が無い。それに、これは我が元老院の情報機関が集めたものだ。疑いの余地があるかね?」

 その言葉に、アリカは二の句が告げない。会談した議員を探そうにもどうせ、この者たちが何らかの対処を施していたのだろう。辺りを見回してもその姿が見えることは無い。

 

 話を止めようと、流れを変えようと躍起になるなかで、議長は結論を述べるために、泰然と手を口の前に組みながら威圧感を伴った声で発する。

「オスティアを支配下として、完全なる世界(コズモエンテレケイア)の毒牙を元老院、ひいては世界にかけようとしたその手腕恐れ入る。しかし、これは明確な反逆だ。世界への反逆だっ」

 議長の言葉に呼応するかのように、周囲の議員たちもアリカに非難を浴びせる。それに満足したのか、議長の口角が上がる。

 

「もはや、語ることもあるまい。戦争犯罪人としてアリカ・アナルキア・エンテオフュシアを捕らえよ」

 

 

 

「それは困るな」

 

 

 

 その声は喧騒が満たす中、不思議と全ての者の耳に届いた。静かな、威圧感のある声。聞き覚えのあるその声に、アリカはすぐさま振り向いた。

 

 議場の出入り口である豪奢な扉が重い音を立てて開いている。そこから入ってきたのは、ハジメだった。いつもどおりに口に煙草をくわえ、その射抜くような鋭い目は前を見据えている。黒を基調とした衣服を身に纏い悠然と議場へと足を踏み入れた。

 

 言いたい事はいろいろあった。そのはずなのに、言葉にも行動に移すもできず、アリカはただその名を呼んだ。

 

「…ハジメ」

 

 アリカの声に、ハジメは視線を一瞬送り微かに笑みを浮かべる。そして、すぐに視線を戻す。その視線が向かうのは議長。議長は闖入者に困惑の色を隠せない。

 

「何者だ?ここが元老院議事堂議場としっての狼藉か」

「当然知っているし、理由もある。俺の名はハジメ・サイトウ…そこにいるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアの護衛をやっていてな」

 ハジメの自己紹介に議長は余裕が出てきたのか、笑い混じりに鼻で息を一つ。

 

「護衛であるというだけでこの場に来る勇気は認めよう。しかし、それは無謀というものだ。第一彼女はもう罪人となった身だ。君の護衛も必要とするまい」

 正確には未だ罪が確定したわけではないが、今日やるべきことは全て終えたつもりでいる議長は、護衛という身分を相手に随分と親切な口調で説いた。

 

「生憎とその罪は、そいつが被るものではない。そんな改竄まみれの資料でなにを言っている」

 マクギルたちが主張したものを今出てきた人間も主張する。これはおかしいと議長は笑う。

 

「改竄。言うことは簡単だ。だが、コレが本当に改竄されたものだという証拠でもあるのかね」

 議長の言葉に、ハジメは醒めた目で議長を見た後、口角を歪ませる。まるで悪魔のようなその笑みに議長は一瞬怯み、ハジメの言葉に固まることになる。

 

「無論…ある」

 

 短いが、はっきりと肯定が示された。ハジメは、クルトに手元の資料を送りそれを配るように指示する。クルトは事態についていけないが、言われたことを素直に実行していく。そして、実行する中でみたその内容に、立ち止まり目を見開いてハジメを見る。

 そんなクルトにアリカ達の下へと降りてきたハジメは一言、動けと小突く。再起動したクルトは急いで資料を配っていく。

 

 心中穏やかでないのが議長だ。ここまでうまくやった。いや、今日は全てにおいて狙い通りといってよかっただろう。戦争の責任をなすりつけ、力を得た隣人に首輪をかけることも出来た。上出来だろう。

 しかし、それは今目の前にいる男の闖入によって雲行きが怪しくなった。証拠などあるはずない。そうは思っても、どこかで一抹の不安が脳裏をよぎる。そして、自らにも届いたその資料によってその不安は現実のものとなった。

 

「…っ」

 言葉にならないほどの衝撃とでも言うのか。議長は今、それほどの衝撃を受け目を見開いたまま呆然とする。そこに記されているのは確かに改竄されていたということが分かるものだった。ご丁寧に映像すら用意されている。それには、自分たちの声も当然記録されていた。

 

「ここの映像を中継していたことは墓穴だったな」

 

 ハジメの言葉に議長は顔を上げる。なぜ、そのことを知っているのかと言いたげなその表情にハジメはつまらなそうに答えた。

 

「ここにいると隔絶されたように思うかもしれないが、外界と連絡を取る手段などいくらでもある。いや、タイミングをとるにはなかなかに有効だったぞ?」

 

 皮肉を込めた口調で言い放ったその言葉に、議長は顔を俯かせる。

 

 今回の一件、アリカやマクギルの活躍は国民にも知られていた。それを迂闊に結果だけを知らせては、余計な火種を生みかねなかった。それを解決するために、無理やりではあるがこの議場で喚問という名の法廷を開き、その罪を明確にしたかったのだ。完全なる世界(コズモエンテレケイア)という組織に関してはすでに壊滅的だったため、もはや世界に知らしめる上で不都合な者はほぼ無く、脚本の通りに行けば全てうまくいくはずであった。

 そう思うと、あまりの事態に議長は歯をかみ締めて、アリカに罪を着せようと躍起になった。

 

「…だが。だが、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアっ、貴様のオスティアの王暗殺までもが潔白になったわけではないっ」

 どんな結論だと、ハジメは面倒そうに見るが何か思いついたかのようにアリカの前へと出る。

 

「それは無理だな。なぜなら」

「なぜなら、アリカ女王が犯人ではないということは証明できるからの。わし(・・)の情報機関から得た情報じゃ」

 ハジメの言葉を遮るようにしてマクギルがアリカの無実を証明する。それは途中言えなかったものだが、それもいまや情報の改竄という元老院側の墓穴によって、むしろ信用性があるその言葉に、議長は力なくうなだれた。

 

「さて、兵士たちよ。奴らを連れて行くがよい」

 マクギルの言葉に近くにいる事態についていけていない兵士が戸惑いながらも頷くと、ハジメとマクギルが示した者たちを次々と捕らえていった。

 

「マクギル…貴様」

「ふぉっふぉ」

 ハジメの鋭い視線にマクギルは笑いながら受け流す。そんなこけおどしにいまさらマクギルが動じるはずも無い。

 

「理由は知らんが、独りになるというならば了解が必要じゃろう」

 そういって、少し離れてハジメを見つめるアリカを見る。

「ちゃんと話し合うことじゃな」

 そういって、マクギルは離れていった。

 

 ハジメは、内心で舌打ちを打つとアリカと向き合う。

「話がしたい。少し、いいか」

「う…うむ」

 事態の急展開にアリカは戸惑いながらも頷き、ハジメはアリカをつれて議場から出て行った。

 

 

 

 

 

 マクギルが兵士に連れて行かれる議員たちの中に、見知った顔を見つける。マクギルたちをここへと連れてきたツヴァイフェルの姿がそこにはあった。マクギルはツヴァイフェルを連れている兵士を思わず呼びとめた。ツヴァイフェルがどのような意図を持って議長などといったやからに手を貸したのか、それをマクギルは知りたかった。

「ツヴァイフェル…なぜお主が」

 マクギルの呼び止める声に、素直に兵士の後ろを歩いていたツヴァイフェルは歩を止め、マクギルへと向く。

 

「何も言うな。もともと貴様が動かなければ、俺がやっていただけのこと」

 ツヴァイフェルの後ろ暗さなどといった感情がない言葉に、マクギルはあの場にいたツヴァイフェルの行動こそ違和感だらけだったことにいまさらながらに気づいた。

 しかし、その言葉が意味することにまでは分からない。そんな様子のマクギルに気づいたのか、ツヴァイフェルは一つため息を吐いた。

 

「俺を動かしたお前が、若造に感化されてどうする。俺たちには老獪さが不可欠だ」

 婉曲かつ言葉少なにマクギルへとその行動の意図に気づかせるようにつぶやく。そこで、ようやくマクギルも気づいた。ツヴァイフェルがとった行動とその意味に。

 

 

 ツヴァイフェルという男は長らく中立の立場にその身をおいていた男だった。しかし、それは戦争における連合軍の派遣を元老院で議題として取り上げたとき、マクギルの側へとついた。もともと、元老院内部の表立たされない部分には辟易していたツヴァイフェルはコレを機に元老院内に変革をもたらすであろうと考えたためにマクギルの側へとついたのだ。

 しかし、その思惑に暗雲が立ち込めた。ほかならぬマクギルが元老院の老人どもの標的となり、当のマクギルがその動きを察知していない。これは少し前まででは考えられないことだった。これをクルトたちに感化されたと揶揄したのだった。ただ、これは良いことでも悪いことでもあった。今回はその悪い目が強く出てしまった結果となる。

 

 ツヴァイフェルの最終的な目的は元老院内に変革をもたらすこと。これには有害とも呼べるほどの考えを持つ保守派の一握りである老人たちが邪魔なのは確かだった。元老院が画策していることにたいし、いっそのこと相手の懐にもぐりこもうとツヴァイフェルは考えたのだった。

 別段無謀なわけではない。もともと中立派であり、目的も保守派と交わることもあった経緯がそれを可能にした。こうしてもぐりこみ行動することで、マクギルが事を為せば自分も含まれるが必然的に邪魔な者たちも消える。マクギルがつぶれたとしても、自らが率先して奴らを潰せばよいと考えての行動だった。

 

 中立から離れ、時代が動くと政治家たる自身の経験からなる予兆にツヴァイフェルはその身を任せ行動を起こしたのだった。

 

 

「…もっともじゃな」

 ツヴァイフェルの行動の意味に気づくと、自身の至らなさにやるせなさを感じるマクギル。そんなマクギルを見てツヴァイフェルはふと笑みを浮かべる。

「だが、まっすぐなお前はなかなかによかったぞ?」

 そういい残し、兵士と共に議場を出るのだった。

 

「おぬしもなかなかな政治家じゃった」

 マクギルはそう零しながら、政治家として最後になるであろうその姿を見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ハジメとアリカの2人の間には沈黙が降りていた。

 

「……もう一度言ってくれぬか?」

 恐る恐るといった表現がぴったりなほどの口調でアリカがたずねた。その顔も固く、どこか信じられないといった感情が読み取れる。対するハジメは無表情で感情を読み取らせまいという意思が伝わるようであった。

 

「…お前と会うのもここで最後になるだろう」

 

 返ってきた言葉に、アリカは何の反応も出来なかった。

 

 




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