信念を貫く者   作:G-qaz

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第14話

道を違えた者たちの決着

未来を切り拓くは自らの手

 

第14話

 ~最終決戦・下~

 

 時は帝国・連合・アリアドネー混成部隊が準備を行っていたときまでさかのぼる。

 ナギたち紅き翼(アラルブラ)は墓守人の宮殿に繋がる場所でこちらを見据えていた。

 

 そんな紅き翼(アラルブラ)の様子を宮殿の庭から望遠鏡で覗く姿があった。そのものこそ造物主(ライフメーカー)。黒きローブを見にまとい静かに様子を眺め、笑みをわずかに零す。

 

(マスター)、なにも望遠鏡(そんなもの)使わずとも…」

 造物主(ライフメーカー)の後ろからアーウェルンクスが声をかける。彼からしたら今主たる造物主(ライフメーカー)がなぜこのようなことをしているのか理解できなかった。

「なに…風情だよ」

 しずかに理由を述べる。威圧感とは打って変わってその口調は不思議と人間らしさを感じさせる。

 

 アーウェルンクスは息を一つつく。

「彼らはすぐここへ来ます。奥へお下がりを」

「ふむ」

 望遠鏡が造物主(ライフメーカー)の手元から消える。そして手が空いた造物主(ライフメーカー)はフードを取りながらアーウェルンクスへと向き直る

 

「どうやら、あの男は戻っては来なかったようだな」

「…突き穿つ者(パイルドライバー)のことでしょうか」

 結局アーウェルンクスたち使徒は、あの日戻ってきた造物主(ライフメーカー)に聞くことはかなわなかった。しかし、突き穿つ者(パイルドライバー)が起こしたと思われる事件がなくなったため、消したのだと結論付けた。

 しかし、今。目の前に居る主はその男が戻っていないという。

 

「なに…ではあの赤毛。名をナギ・スプリングフィールドと言ったか…奴は何者だ?」

 それならば答えられると、自らの知識にあるナギについて皮肉めいた口調で述べる。取るに足らない遺伝だと。その血筋に何も見出せないと。

 しかし、造物主(ライフメーカー)はコレに対してそれは良いと言った。

 

 思わず顔をしかめるアーウェルンクス。どういう意味なのかが分からず、少し語気を強めてナギについてけなしていく。

「失礼ながら(マスター)…奴は力だけのただのバカ」

 手振り身振りを付け加えながら、その行動がどれだけ原始的であるかを雄弁に語る。

「考えなしに立ち向かうものを殴り倒し、ただ前へと進むことしか知らぬ愚か者です」

 

 この言葉に対しても造物主(ライフメーカー)の反応はアーウェルンクスの期待するものとは異なった。

 

「…それが人間だ。結局…前へと進むしかない。ならば、ああいうバカの方がやってて気持ち良い」

 2600年の保障付きだとそう言って造物主(ライフメーカー)は静かに微笑んだ。その微笑にどれだけの意味が込められているのか。使徒たるアーウェルンクスすらも分からない。

(マスター)…」

 いつも遠く感じているはずなのに、アーウェルンクスは今までにないほど主たる造物主(ライフメーカー)が遠いところ…隔絶された場所に居るかのように錯覚した。

 

「む…」

 造物主(ライフメーカー)が反応を示す。

「どうかなさいましたか?」

「なに…何者かが入り込んだようだ」

「なっ…この宮殿にですか?」

 ばかなとアーウェルンクスは思った。なぜなら未だに敵たる混成部隊はその準備を整えていない。今下手に斥候を出せばどうなるか分からない愚か者はあるまい。だが、それ以前に使徒である自分を含め気づかなかったことに驚きを隠せない。

 

「儀式を発動するついでだ…私が始末をつけよう。後は頼む」

「…はっ」

 宮殿内部へと移動した主を見送り、アーウェルンクスは自身がやるべきことへと向き直る。今やらなければならないことは紅き翼(アラルブラ)を足止めし、儀式を完成させることに他ならない。

 

「さて、最終決戦といこうか」

 紅き翼(アラルブラ)を迎える場所へとその歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 墓守人の宮殿内部。決して侵入者を許さない堅牢なる迷宮であったが、ハジメにとって最早それは意味を成さない。ハジメはすでに内部の奥へと入り込んでいた。

 

 しかし、ハジメの目は雰囲気は最大限に警戒をしていた。なぜならば、『世界を無に帰す儀式』の陣の影響なのか、視界で捉えているはずの現実が自身の感覚と齟齬を生み出す。これは、もともと張られていた結界に造物主(ライフメーカー)が施した儀式が合わさったことによる副産物であった。ハジメにとって知っていること体感することの違いをその身で味わっていた。

 

(まずは、無愛想娘からだな…儀式を邪魔しなければ前提が崩れてしまう)

 

 まずはこの儀式を中断させ、完全なる世界(コズモエンテレケイア)の目的を潰すこと。ハジメはそれを第一にすべきこととしていた。コレには当然理由がある。もし、発動などしようものなら考えられる未来にろくなものなどない。

 できることならば、完全なる世界(コズモエンテレケイア)が準備を整える前に計画を潰して起きたかった。しかし、ハジメが魔法世界に戻ったのはつい一週間前。戦力と情報を整えることにその時間は費やされてしまった。だからこそ、ハジメの心にも若干の焦りが生ずる。

 書物の中にはこの宮殿の地図があった。しかし、先ほどの理由により目的の場所へとたどり着けない。儀式を潰すためにはまず儀式を護る陣を潰さなければならない。姫御子がいるであろう本命の陣には強力な障壁、プロテクトがかかっており、物理的に破壊するのは困難。しかし、陣に干渉しようとも宮殿内に複数設置された陣により干渉することは出来ない。故にまず潰すべきはこの陣ということになる。

 

 予想よりも時間がかかったがハジメは一つ目の陣にたどり着く。火を模った陣の中心には紅い結晶が静かに浮いている。それを確認したハジメは刃を構える。

 

ー牙突・壱式ー

 

 結晶が甲高い音を立てて砕け散る。陣の力が失われたのを確認したハジメはそこを後にした。

 

 広い宮殿内部を警戒を怠らずに駆けていくハジメ。二つ目の陣にはすぐにたどり着いた。体がこの環境に順応し始めたようだ。一つ目の陣と同じように潰し、三つ目の陣へと向かうハジメだが、微かに違和感を覚える。

 あまりにも無警戒なのだ。たしかにこの場所が奴らの最終決戦の場所。時間がないのは確かだったが、それはつまりナギたちが今この戦場に居るということだが、完全なる世界(コズモエンテレケイア)はそれに全ての戦力を投じたというのだろうか。ハジメは足を速めながらも疑問に思わずにはいられない。

 

「…三つ目」

 

 刀を下ろし、息を整える。陣を壊すことが出来たのは刀のおかげであるが、その源はハジメの力である。その消耗はハジメが想像していたよりも激しい。

 

(だが、泣き言など言っている暇もなければ…する気もない)

 

 ハジメは体に喝を入れると4つ目の陣へとその歩を進めた。

 

 

 

「やはり…か」

 造物主(ライフメーカー)が火を模った陣があった場所に足を踏み入れたときには既にそこに陣はなかった。こんなことが出来るような人間など一人しか思いつかず…自然と笑みがこぼれていた。たった一度であったがその力を刃を交わしたあの夜。確かにこの身にその牙は届いていた。それほどの力を持つものがあんな終わり方で消えるなどありえない。そう思っていたからこその笑み。

 

「ならば、黄昏の姫御子…奴はそこにいるはず」

 造物主(ライフメーカー)は静かに緩やかにその歩を進めた。再び両者が合間見えるそのときは、すぐ目の前まで迫っていた。

 

 

 

 

 甲高い音を奏でながら砕け散った鈍色の結晶を見届けたハジメは、儀式を発動させるであろう宮殿内の結界が弱まったことに気づく。

(あとは無愛想娘のところに行くだけだな)

 厄介な効力はなくなったため、頭に思い浮かべる地図が指し示す場所に向かって駆けていく。そろそろ気づかれてもおかしくはない。ならば、やるべきことは全てやった上で立ち向かうのが最上。

 

 ハジメがたどり着いたのは聖堂のようなこの宮殿にそぐわぬ形式で作られた部屋であった。いや、広間といったほうが正確だろう。しかし、この場所には複雑に絡み合った曼荼羅の陣がそこかしこに散りばめられていた。そして、今までと同じく結晶が中心にたたずんでいた。

 

 ただ、結晶の中に黄昏の姫御子が存在すること以外は。

 

 ハジメは静かに聖堂へと足を踏み入れる。それをきっかけに陣が呼応するがお構いなしに黄昏の姫御子…アスナが囚われている結晶が浮遊する中心へと歩を進める。その表情からは何も窺い知れないが、彼を取り巻く空気は硬く張り詰めていた。

 

 目の前までたどり着き、刃を結晶へと向ける。ハジメの意思に呼応するかのように刀は淡い光を帯び始める。

 

 …この刀はハジメと共に生まれた。それに宿る力は造物主(ライフメーカー)を穿つことすら可能にする。そして、それはハジメの意志、信念によってその真価を発揮する。

 

「…今、開放してやろう」

 それはアスナに向けた救いの言葉。ハジメは結晶を上段から真っ二つに切り裂いた。結晶は一拍遅れた粉々に砕け散り、光を反射させさながらダイヤモンドダストのように幻想的な光景を一時作り出す。

 

 アスナには傷一つついてはおらず、開放されたその身をハジメは静かに抱き寄せた。

 

 次の瞬間、無数の曼荼羅が描かれた陣が宙へと浮かび上がった。

「…!」

 直感的になにかを感じ取ったハジメはアスナを抱えたまま跳んだ。ハジメが跳んだ軌跡を追うように次々と光が線を描いていく。

(ちっ無愛想娘は間に合ったが…間の悪いっ)

 ハジメは覚えがある光景に、アスナを助けたことつまりは儀式の邪魔が間に合ったことと今この場に来たことへの間の悪さに胸のうちで悪態をつく。

 

 助けたことが良いが、この現状ではアスナは荷物となってしまう。相手が欲するものではあるが、だからといってどうこうできるものではない。

 

 放たれ続けた魔法が止み、ハジメは回避し続け聖堂の入り口付近まで後退していた。攻撃が止んだことにより体制を整えたハジメはこの聖堂で威圧感を出している発生源へと相対した。

 

「久しいな…異界の者よ」

「何…引導を渡しに来ただけだ。救おうとして助けを請う道化にな」

 

 ハジメの挑発めいた言葉に、造物主(ライフメーカー)の雰囲気が微かに変わった。

「それは…どういう意味だ?」

「何、答え合わせは後だ。今はただ、この世界の行く末を…未来を決める戦いだ」

 アスナを脇に抱えながら、ハジメは刀を構える。しかし、造物主(ライフメーカー)は構えずに会話を続ける。

 

「ふざけたことを…この世界に未来はない…破滅だけがこの世界の未来」

 諦観のような感情がその言葉には宿っていた。造物主(ライフメーカー)にとってこの世界に未来はなく、故に自らの手で終わらせることを願った。

 

「それで考えたのが、完全なる世界(コズモエンテレケイア)…さしずめ箱庭というところか」

「…箱庭?」

 何を言っているのか分からないという雰囲気の造物主(ライフメーカー)にハジメは続けた。それは皮肉めいた口調で造物主(ライフメーカー)に語りかけられる。それは完全な嘲笑であり、嘲りで哀れみすら込められていた。

 

「あぁ、そうだろう。思い通りにならないから自分の好きなおもちゃ箱、箱庭を作ろうとしているに過ぎんさ…道化というより愚か者だな」

 それは、きっと誰もが一度は夢想する世界。故にそれはありえない。

「救済?貴様が思い描く全てが最善だと思ったら大間違いだ。貴様のそれは既に限界のある方程式。つまりは間違いだ」

 誰もが皆理想の世界を見ることと、その世界に住むことが正確には違う。見ることしか許されないその世界に他者が介入するということは崩壊を意味する。そんな他者との繋がりを拒絶した世界、たった一人のための人形劇の舞台。そんなものは違う破滅の末路を生むだけの箱庭に過ぎないとハジメは切り捨てる。

「哀れだな。結局貴様は初めから間違っていたのだ」

 

「箱庭…か。確かにそうも取れる」

 だが、それの何が悪いと造物主(ライフメーカー)はハジメと向き合う。造物主(ライフメーカー)にとってそれこそが救い、2600年の年月を経た結論、唯一の救いなのだ。

 そんな造物主(ライフメーカー)にハジメはため息を一つ吐く。結局のところ最早話で解決できる事など今の段階ではありはしない。故に今この戦場が設けられているのだ。

 

 会話が完全に途切れた。豪奢で厳かな雰囲気を纏った聖堂が両者が生み出す戦場の空気に軋みをあげる。

 

「まずは貴様を屈服させるほかないようだ」

「やってみせるがいい…できるものならな」

 

 戦いの幕を開けるために交わされた言葉を合図に浮かび上がっていた無数の陣が魔力を帯び瞬き始める。造物主(ライフメーカー)が宙へ浮かぶ。そのローブに隠された視線は確かにハジメを捉え、今まさに魔法を解き放とうとしていた。

 ハジメはそれが分かったかのようにアスナを庇いながら抱え、刀を正眼に構えていた。次の瞬間に解き放たれた魔法はハジメ目掛けいくつくもの線を描きながら光の奔流となって襲い掛かる。

 それを冷静に認識し把握する。目にも留まらぬ速さで突き、薙ぎ払い翻る刃は堅牢な結界となってハジメの周囲に魔法を通さない。しかし、ハジメにとって誤算が生じる。それは。

 

「正気か貴様」

「何、客人は貴様だけではないからな」

 ハジメが造物主(ライフメーカー)の正気を疑うのも無理はない。なぜなら放たれ続ける魔法は、ハジメだけを狙っていなかった。いや、むしろ無作為と呼べるほどに聖堂の全方位を貫いていく。当然、無事ではすまない。貫くたびに無視できない振動が聖堂全体を襲い、崩壊するのは最早時間の問題であった。

 

 聖堂が軋み悲鳴を上げる。造物主(ライフメーカー)が発する魔力と、空中都市であるオスティア特有の性質もあいまって砕かれ出来た瓦礫が辺りを漂い始める。

 ハジメが立つ足場も限界を迎える。その際、ハジメは刃に纏わせた咸卦法の力を上空へと解き放つ。その瞬間、聖堂全体が大きく揺れた。それを皮切りに聖堂全体が崩壊を始め、瓦礫が周囲を埋め尽くした。この状況を作り出したハジメはすでにもといた場所にはおらず、浮遊する瓦礫を足場に天高く飛び上がる。

 その様子を見ていた造物主(ライフメーカー)は愉快そうにのどを鳴らし、自らも上昇を始めた。戦いの場はナギたちがいる場所へと移っていく。

 

 

 

 

 

 紅き翼(アラルブラ)全員が戦場の真っ只中だというのにただ呆然としていた。その胸中にはさまざまな思いが浮かび上がるが言葉にするにはいささか時間がかかった。

 そんなことなどお構いなしにハジメは、呆然とし続けている面々を眺めるとふっと微かに笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、ひどい面ばかりだが、ちゃんと仕事はしているようだな」

 ナギに歩み寄ると脇に抱えていたアスナを渡す。ナギは自然と受け止め、その顔を見たとき驚愕の表情を浮かべる。

「ハジメっ、これ…姫子ちゃんっ」

 今の事態に頭がついていけていないのか片言のように何かをハジメに問う。

「さっさと無愛想娘を連れていけ。あれの相手は俺だ」

 ハジメは視線を自らの後ろへと向ける。そこにたたずむのは造物主(ライフメーカー)。その姿を確認した紅き翼(アラルブラ)たちは息を呑む。

 

(なんだ…あいつはっ)

 ラカンは造物主(ライフメーカー)を見た瞬間えもいわれぬ悪寒に襲われた。こいつには勝てないと肌で感じ取る。強いなどという尺度の話ではない。もっと別の何かがラカンの体に警鐘を鳴らし続ける。

「さすがはラカンですね。あれの不味さを肌で感じ取りますか」

 そんなラカンの様子に気づいたアルビレオが口を開く。そういうアルビレオも冷や汗を顔に浮かばせており、胸中思っていることはラカンと同じであろう。

 

「ハジメ…」

 ナギが視線を造物主(ライフメーカー)へ向け睨み付ける。自らも共に闘うという意思をハジメに示すが、ハジメはそれを拒否する。

「生憎だがあれの相手は俺だといっただろう」

 さっさとこいつを連れて行けとアスナの頭に手を載せ、ナギと視線を合わせる。

 

 数瞬視線が交じり合った後、ナギが折れた。

「ったく、絶対帰ってこいよ。…姫さんが待ってんぞ」

 ナギは翻り様にハジメに声をかけ、ラカンたちのもとへとアスナを抱えて進んだ。この戦場にアスナをいさせたままではいられないと判断したのだろう。ここからナギたちは離れていった。

 

「待っている…か」

 思い描くのは、未来へ進む覚悟を決めた王女の姿。しかし、それを振り払うかのように身を翻し造物主(ライフメーカー)と相対する。

 

「まさか、待っていてくれるとは思わなかったぞ?」

「なに…黄昏の姫御子は我の大切な鍵なのでな」

 特別な血を引く黄昏の姫御子たるアスナ。それを無闇に傷つけることを造物主(ライフメーカー)は良しとしなかった。先ほどまでのお互いにけん制しあうような戦いならいざ知らずこの場で、全力で戦うならば無事でいられるはずもない。

 造物主(ライフメーカー)の言葉に納得したように、ハジメは刀を構えた。今、この戦いが2人の本当の決着をつける戦いとなる。

 

「いくぞ」

「…」

 造物主(ライフメーカー)は無言。戦いの舞台は整ったのだ、ならば言葉など不要。戦いを始める言葉の代わりと言わんばかりに浮遊する造物主(ライフメーカー)の背後には無数の曼荼羅の陣が浮かび上がった。その数は先ほどの比ではなく、ハジメの視界を埋め尽くすほどである。

 しかし、ハジメは怯むことなく咸卦法を高め、自らの信念をあらわす奥義を放てるように構える。右手で刀を構え左手は切っ先に添える。刃は水平を保つ平突きの構え。

 

 緊張が高まる中、先に仕掛けたのはハジメであった。

 

 目も留まらぬ速さで造物主(ライフメーカー)へと駆けるハジメ。無拍子での瞬間の移動術、縮地はハジメと造物主(ライフメーカー)の距離を0にする。

 しかし、造物主(ライフメーカー)はハジメがこう来ることが分かってたかのように、多重の曼荼羅の結界を前方へと展開させ、ハジメの攻撃を阻んだ。最初に矛を交えたとき味わった経験が造物主(ライフメーカー)に対抗手段を与えた。

 されど、いかなる対抗手段があろうともそれを覆すのが奥義たる由縁。阻む結界を見据えたままハジメは気勢をあげて一閃。結界は貫く刃と一瞬拮抗しながらも砕け散っていく。自らが用意した最強の盾が砕かれた造物主(ライフメーカー)は驚きの声を上げる。だが、結界を貫いた刃は造物主(ライフメーカー)の手によってその動きを止めた。

 

「…!」

「避けられぬならば…受け止めるほかあるまい」

 

 今度はハジメが驚く番であった。結界をも貫いた刃が造物主(ライフメーカー)の手によって阻まれたのだ。自らを強化し、ただ受け止めるための魔法を施したその力量はまさに『始まりの魔法使い』の名に相応しいものであった。

 受け止められてしまったハジメのその体はわずかの間に硬直してしまった。だが、このわずかな間こそが造物主(ライフメーカー)の狙い。絶好の瞬間であった。このときを待っていた幾多の魔法陣は一気に発動し、瞬きからすぐさまに魔法が放たれる。そこかしこを巻き込みながら、ただただ破壊の奔流が全てを呑み込んでいく。

 

 波打つように宮殿を喰らい呑み込むように破壊し続けるその様は、まるで竜を彷彿とさせた。それが百は下らない数の暴力で嵐のように荒れ狂い破壊し続ける。

「陣なき今、最早この地に意味はない…ならば、ここを貴様の墓場にするまで」

 造物主(ライフメーカー)が一人つぶやく。黄昏の姫御子を奪われ、自身を滅ぼしうるハジメと対峙した今、最早造物主(ライフメーカー)の標的はハジメ一人になった。

 

 ハジメを襲い続ける闇の線条は振るう刃に打ち払われるが、次々と無限のように湧き出る魔法にとうとうハジメは呑みこまれてしまった。怒涛のように雪崩れ込む闇の線条が宮殿の一部を完全に崩壊させる。

 

「…この程度で終わり…なのか」

 撃ち尽くしたのか陣は消え去り、そう零す造物主(ライフメーカー)だが、そこに落胆の影はなく、ハジメが再び立ち上がることなど分かりきったことであった。

 それに応えるかのように瓦礫は押し上げられ、ハジメは立ち上がる。しかし、その姿は満身創痍に近い。服の端々は切れ血がにじみ、額や口元からも血が一筋の線を描く。

 

 しかし、その瞳は強い光をたたえたまま造物主(ライフメーカー)を睨み付ける。

 

「解せぬな…なぜ貴様ほどの男が私の永遠を…否定する?」

 再び立ち上がったハジメの目には、強い意志が宿っている。それこそが造物主(ライフメーカー)が愛してやまぬ人間の強さ、輝きであった。

「私の策こそが…『全て』の『魂』を救う次善策だとなぜ気づかぬ」

 目指すべきところは同じはずであるのに、なぜ立ち向かう。なぜ、否定するのか。

 

「阿呆が…そんなものは救いにならん」

 しかし、ハジメは真っ向から否定する。

「たとえ貴様が作り出した人形だとしても、それは最早貴様の手の内から離れた意思あるものだ」

 世界を駆け巡ったハジメの純粋な感想。紛れもなく彼らは生きていた。生きていることを楽しんでいる。それは、決して造物主(ライフメーカー)に命じられたからでは断じてない。

「故に、貴様のそれは箱庭だといったのだ。独善的で、救いのないただの夢物語は」

 静かに刃を造物主(ライフメーカー)へと向ける。

「語られることはあろうとも住むことなどない、失策に過ぎぬ」

 ハジメの言葉に造物主(ライフメーカー)は何も答えない。

 

 両者の間に沈黙が降りる。その沈黙を破ったのはハジメであった。

「だからこそ、願ったのだろう。貴様自身の本当の願いを…神とやらに」

「…!」

 数瞬遅れて理解する。初めて造物主(ライフメーカー)に動揺が見え隠れした。

「貴様…まさかっ」

「その願い叶えてやる。だが、今起こそうとしていることは全力で否定してやるがな」

 刃を構え、切っ先に左手を添える。刀が淡い光を帯び始める。

「『悪・即・斬』のもとに…決着をつけるぞ、造物主(ライフメーカー)っ」

 ハジメは全力を持って造物主(ライフメーカー)へと駆ける。

 

 動揺が戦術を鈍らせる。一気に目前まで駆け抜けたハジメの攻撃に造物主(ライフメーカー)は対応しきれない。

 

ー牙突・壱式ー

 

 迫り来る刃に構築した障壁は紙切れのように切り裂かれ、その刃は造物主(ライフメーカー)を襲う。左肩すれすれを貫かれるが、その衝撃を利用しで後方へと吹き飛ぶ。距離が出来たことによって、造物主(ライフメーカー)の戦いの領域が生み出される。

 浮かび上がる魔方陣。しかし、今度は多面的に浮かんではおらず、重なり合うように前から見れば一つの陣のように構成されたそれは、極大の闇の線条を解き放った。

 向かい来る闇ともいえるそれに、ハジメは気勢を上げながらその光を増した刃を突き出し、造物主(ライフメーカー)へとひたすらに駆ける。刃が闇を切り裂きながら、飛翔し牙を突き立てんとする。

 

 終に闇は切り払われ、向かい合う両者。その距離は無いに等しいがハジメの刃は、造物主(ライフメーカー)が強固に張った魔法によって受け止められその体を停止させる。

「…この状態になれば、貴様を葬ることなど容易い」

 そう嘯く造物主(ライフメーカー)に対して、ハジメは傲慢な面構えを崩さない。

 牙突は確かに、その威力を最大限にするために多少の距離が必要となる。だが、牙突はそれに依存しないものが存在する。ハジメは体を極限までねじり、尋常ならざる速さで振り切った。光り輝く刀身でその必殺の一撃を見舞う。

 

ー牙突・零式ー

 

 零距離から放たれる牙突。その威力は、先ほど遮った障壁をいとも容易く砕き、その牙を造物主(ライフメーカー)へと突きたて、穿つ。ローブが破けあらわになった顔は驚愕で染まり、その体は突き立たれた勢いのまま堕ちていった。

 

 

 

 造物主(ライフメーカー)が堕ちた場所へと降り立ったハジメはその磔にされた無残な姿を見る。造物主(ライフメーカー)を貫いている刃は不思議な光をたたえていた。それを抜こうとするも、びくともせずただ傷口を広げるだけであった。

 不可思議なものを見る目で自らを貫く刃を凝視する。その回答は持ち主たるハジメから与えられる。

「無駄だ、貴様にそれは抜けん」

 ハジメが刀の柄に手をかけ、僅かに力を加える。その瞬間に造物主(ライフメーカー)を味わったことの無い悪寒、恐怖が襲った。くぐもった苦悶の声をあげる様子を確かめた上でハジメは言葉を続ける。

「分かるか…それが滅びへと繋がるものだ」

 ハジメと共に召喚された刀。それはつまり、願いを叶えるだけの力を秘め、造物主(ライフメーカー)の対極に位置する刀。それは転ずれば召喚者たる造物主(ライフメーカー)をも滅ぼす。

 

 ハジメは何かに誘われるように、そのまま造物主(ライフメーカー)を滅ぼすために更に力を込めようとするが、突然我に返ったかのように自制する。

 そんなハジメの様子に気づいた造物主(ライフメーカー)が、ハジメに問いかけた。

「我を滅ぼさんのか…おそらくそれこそが鍵…」

「…それは、あまりにも無責任だな」

 無責任。それはどのような意味合いで造物主(ライフメーカー)に投げかけられたのか。暫し、両者の間に沈黙が降りる。

 

 

 体を刀で縫い付けられた造物主(ライフメーカー)は最早起き上がろうとはしていなかった。自嘲めいた笑みを浮かべながら、顔をハジメに向ける。

「貴様は…あのときに召喚されたのか?」

 それは、造物主(ライフメーカー)にとって見れば希望であった。自分自身すら叶えられぬ願いを叶える希望。しかし、返ってきた言葉はそれを否定もせず、肯定もしなかった。

「生憎召喚された覚えなどない」

 どういうことだをその顔に疑問を貼り付けるが、ハジメはそれを遮るように独白する。

 

「俺は何も無いところに何も知らぬまま生まれた。いや、目覚めた…か」

 目覚めれば、自分自身が分からぬままただ本能に従って生きていた。

「俺は借り物をつけたままこの世界を駆け巡った」

 この世界に興味を持ったと言い換えればいいのか。託され、背負ったものと共に借り物の信念を携え世界をめぐった。ただ、今思えば何かに命じられたかのようでもあった。

「だが、本当の意味で自分自身を見つけたのはあの日、貴様と出会いこの世界から消えた後だ」

 造物主(ライフメーカー)は、静かに語るハジメの言葉にただ耳を傾け続ける。

 

「そこで、俺は自らの信念のまま願う未来を見た」

 ハジメが視線を造物主(ライフメーカー)へと向ける。向けられた方は、ただ次の言葉を待つ。

「話は簡単だ。貴様が願う未来はそこにしかありえない。その命…魂はそのために使わせてもらう」

 

「フ…フはは……到底信じられぬな」

 ハジメの言葉に造物主(ライフメーカー)は笑う。その話は到底信じられない荒唐無稽なものだ。だが、造物主(ライフメーカー)だからこそ知るハジメの正体。異界の者。それはつまりハジメの言葉を肯定するものだろう。

 愉快なものだと、造物主(ライフメーカー)は笑う。願ってやまない可能性というものが今、目の前の人間につきたてられる。2600年様々な絶望にただ打ちひしがられた『始まりの魔法使い』とも呼ばれた自分が、人間にその可能性を見出されるとは。

「可能性…か」

 

「言っただろう。俺は『永遠』を否定すると」

 それはつまり可能性の無い未来。全てが予定調和の世界に等しいものだ。ハジメが願う未来にそんなものは必要ない。可能性が未来を切り拓かなくては意味が無いのだとハジメは言う。

 造物主(ライフメーカー)は遠くを見つめるように過去を思いはせた。最早、願うことすらおこがましいと、最後に託したあの儀式が今自分を否定する。

「…良かろう…かけてみせようじゃないか」

 そこに可能性があるのならば、自らの魂すら差し出そう。そう思う自分自身をおかしく感じながら、コレも悪くないと。自らの魂をかけた契約が今ここになった。

 




ひとまず決着。あとはエピローグで戦争編は終わりになります。
感想・誤字脱字等ありましたら報告していただけると嬉しいです。

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