道を違えた者たちの決着
未来を切り拓くは自らの手
第14話
~最終決戦・下~
時は帝国・連合・アリアドネー混成部隊が準備を行っていたときまでさかのぼる。
ナギたち
そんな
「
「なに…風情だよ」
しずかに理由を述べる。威圧感とは打って変わってその口調は不思議と人間らしさを感じさせる。
アーウェルンクスは息を一つつく。
「彼らはすぐここへ来ます。奥へお下がりを」
「ふむ」
望遠鏡が
「どうやら、あの男は戻っては来なかったようだな」
「…
結局アーウェルンクスたち使徒は、あの日戻ってきた
しかし、今。目の前に居る主はその男が戻っていないという。
「なに…ではあの赤毛。名をナギ・スプリングフィールドと言ったか…奴は何者だ?」
それならば答えられると、自らの知識にあるナギについて皮肉めいた口調で述べる。取るに足らない遺伝だと。その血筋に何も見出せないと。
しかし、
思わず顔をしかめるアーウェルンクス。どういう意味なのかが分からず、少し語気を強めてナギについてけなしていく。
「失礼ながら
手振り身振りを付け加えながら、その行動がどれだけ原始的であるかを雄弁に語る。
「考えなしに立ち向かうものを殴り倒し、ただ前へと進むことしか知らぬ愚か者です」
この言葉に対しても
「…それが人間だ。結局…前へと進むしかない。ならば、ああいうバカの方がやってて気持ち良い」
2600年の保障付きだとそう言って
「
いつも遠く感じているはずなのに、アーウェルンクスは今までにないほど主たる
「む…」
「どうかなさいましたか?」
「なに…何者かが入り込んだようだ」
「なっ…この宮殿にですか?」
ばかなとアーウェルンクスは思った。なぜなら未だに敵たる混成部隊はその準備を整えていない。今下手に斥候を出せばどうなるか分からない愚か者はあるまい。だが、それ以前に使徒である自分を含め気づかなかったことに驚きを隠せない。
「儀式を発動するついでだ…私が始末をつけよう。後は頼む」
「…はっ」
宮殿内部へと移動した主を見送り、アーウェルンクスは自身がやるべきことへと向き直る。今やらなければならないことは
「さて、最終決戦といこうか」
墓守人の宮殿内部。決して侵入者を許さない堅牢なる迷宮であったが、ハジメにとって最早それは意味を成さない。ハジメはすでに内部の奥へと入り込んでいた。
しかし、ハジメの目は雰囲気は最大限に警戒をしていた。なぜならば、『世界を無に帰す儀式』の陣の影響なのか、視界で捉えているはずの現実が自身の感覚と齟齬を生み出す。これは、もともと張られていた結界に
(まずは、無愛想娘からだな…儀式を邪魔しなければ前提が崩れてしまう)
まずはこの儀式を中断させ、
できることならば、
書物の中にはこの宮殿の地図があった。しかし、先ほどの理由により目的の場所へとたどり着けない。儀式を潰すためにはまず儀式を護る陣を潰さなければならない。姫御子がいるであろう本命の陣には強力な障壁、プロテクトがかかっており、物理的に破壊するのは困難。しかし、陣に干渉しようとも宮殿内に複数設置された陣により干渉することは出来ない。故にまず潰すべきはこの陣ということになる。
予想よりも時間がかかったがハジメは一つ目の陣にたどり着く。火を模った陣の中心には紅い結晶が静かに浮いている。それを確認したハジメは刃を構える。
ー牙突・壱式ー
結晶が甲高い音を立てて砕け散る。陣の力が失われたのを確認したハジメはそこを後にした。
広い宮殿内部を警戒を怠らずに駆けていくハジメ。二つ目の陣にはすぐにたどり着いた。体がこの環境に順応し始めたようだ。一つ目の陣と同じように潰し、三つ目の陣へと向かうハジメだが、微かに違和感を覚える。
あまりにも無警戒なのだ。たしかにこの場所が奴らの最終決戦の場所。時間がないのは確かだったが、それはつまりナギたちが今この戦場に居るということだが、
「…三つ目」
刀を下ろし、息を整える。陣を壊すことが出来たのは刀のおかげであるが、その源はハジメの力である。その消耗はハジメが想像していたよりも激しい。
(だが、泣き言など言っている暇もなければ…する気もない)
ハジメは体に喝を入れると4つ目の陣へとその歩を進めた。
「やはり…か」
「ならば、黄昏の姫御子…奴はそこにいるはず」
甲高い音を奏でながら砕け散った鈍色の結晶を見届けたハジメは、儀式を発動させるであろう宮殿内の結界が弱まったことに気づく。
(あとは無愛想娘のところに行くだけだな)
厄介な効力はなくなったため、頭に思い浮かべる地図が指し示す場所に向かって駆けていく。そろそろ気づかれてもおかしくはない。ならば、やるべきことは全てやった上で立ち向かうのが最上。
ハジメがたどり着いたのは聖堂のようなこの宮殿にそぐわぬ形式で作られた部屋であった。いや、広間といったほうが正確だろう。しかし、この場所には複雑に絡み合った曼荼羅の陣がそこかしこに散りばめられていた。そして、今までと同じく結晶が中心にたたずんでいた。
ただ、結晶の中に黄昏の姫御子が存在すること以外は。
ハジメは静かに聖堂へと足を踏み入れる。それをきっかけに陣が呼応するがお構いなしに黄昏の姫御子…アスナが囚われている結晶が浮遊する中心へと歩を進める。その表情からは何も窺い知れないが、彼を取り巻く空気は硬く張り詰めていた。
目の前までたどり着き、刃を結晶へと向ける。ハジメの意思に呼応するかのように刀は淡い光を帯び始める。
…この刀はハジメと共に生まれた。それに宿る力は
「…今、開放してやろう」
それはアスナに向けた救いの言葉。ハジメは結晶を上段から真っ二つに切り裂いた。結晶は一拍遅れた粉々に砕け散り、光を反射させさながらダイヤモンドダストのように幻想的な光景を一時作り出す。
アスナには傷一つついてはおらず、開放されたその身をハジメは静かに抱き寄せた。
次の瞬間、無数の曼荼羅が描かれた陣が宙へと浮かび上がった。
「…!」
直感的になにかを感じ取ったハジメはアスナを抱えたまま跳んだ。ハジメが跳んだ軌跡を追うように次々と光が線を描いていく。
(ちっ無愛想娘は間に合ったが…間の悪いっ)
ハジメは覚えがある光景に、アスナを助けたことつまりは儀式の邪魔が間に合ったことと今この場に来たことへの間の悪さに胸のうちで悪態をつく。
助けたことが良いが、この現状ではアスナは荷物となってしまう。相手が欲するものではあるが、だからといってどうこうできるものではない。
放たれ続けた魔法が止み、ハジメは回避し続け聖堂の入り口付近まで後退していた。攻撃が止んだことにより体制を整えたハジメはこの聖堂で威圧感を出している発生源へと相対した。
「久しいな…異界の者よ」
「何…引導を渡しに来ただけだ。救おうとして助けを請う道化にな」
ハジメの挑発めいた言葉に、
「それは…どういう意味だ?」
「何、答え合わせは後だ。今はただ、この世界の行く末を…未来を決める戦いだ」
アスナを脇に抱えながら、ハジメは刀を構える。しかし、
「ふざけたことを…この世界に未来はない…破滅だけがこの世界の未来」
諦観のような感情がその言葉には宿っていた。
「それで考えたのが、
「…箱庭?」
何を言っているのか分からないという雰囲気の
「あぁ、そうだろう。思い通りにならないから自分の好きなおもちゃ箱、箱庭を作ろうとしているに過ぎんさ…道化というより愚か者だな」
それは、きっと誰もが一度は夢想する世界。故にそれはありえない。
「救済?貴様が思い描く全てが最善だと思ったら大間違いだ。貴様のそれは既に限界のある方程式。つまりは間違いだ」
誰もが皆理想の世界を見ることと、その世界に住むことが正確には違う。見ることしか許されないその世界に他者が介入するということは崩壊を意味する。そんな他者との繋がりを拒絶した世界、たった一人のための人形劇の舞台。そんなものは違う破滅の末路を生むだけの箱庭に過ぎないとハジメは切り捨てる。
「哀れだな。結局貴様は初めから間違っていたのだ」
「箱庭…か。確かにそうも取れる」
だが、それの何が悪いと
そんな
会話が完全に途切れた。豪奢で厳かな雰囲気を纏った聖堂が両者が生み出す戦場の空気に軋みをあげる。
「まずは貴様を屈服させるほかないようだ」
「やってみせるがいい…できるものならな」
戦いの幕を開けるために交わされた言葉を合図に浮かび上がっていた無数の陣が魔力を帯び瞬き始める。
ハジメはそれが分かったかのようにアスナを庇いながら抱え、刀を正眼に構えていた。次の瞬間に解き放たれた魔法はハジメ目掛けいくつくもの線を描きながら光の奔流となって襲い掛かる。
それを冷静に認識し把握する。目にも留まらぬ速さで突き、薙ぎ払い翻る刃は堅牢な結界となってハジメの周囲に魔法を通さない。しかし、ハジメにとって誤算が生じる。それは。
「正気か貴様」
「何、客人は貴様だけではないからな」
ハジメが
聖堂が軋み悲鳴を上げる。
ハジメが立つ足場も限界を迎える。その際、ハジメは刃に纏わせた咸卦法の力を上空へと解き放つ。その瞬間、聖堂全体が大きく揺れた。それを皮切りに聖堂全体が崩壊を始め、瓦礫が周囲を埋め尽くした。この状況を作り出したハジメはすでにもといた場所にはおらず、浮遊する瓦礫を足場に天高く飛び上がる。
その様子を見ていた
そんなことなどお構いなしにハジメは、呆然とし続けている面々を眺めるとふっと微かに笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、ひどい面ばかりだが、ちゃんと仕事はしているようだな」
ナギに歩み寄ると脇に抱えていたアスナを渡す。ナギは自然と受け止め、その顔を見たとき驚愕の表情を浮かべる。
「ハジメっ、これ…姫子ちゃんっ」
今の事態に頭がついていけていないのか片言のように何かをハジメに問う。
「さっさと無愛想娘を連れていけ。あれの相手は俺だ」
ハジメは視線を自らの後ろへと向ける。そこにたたずむのは
(なんだ…あいつはっ)
ラカンは
「さすがはラカンですね。あれの不味さを肌で感じ取りますか」
そんなラカンの様子に気づいたアルビレオが口を開く。そういうアルビレオも冷や汗を顔に浮かばせており、胸中思っていることはラカンと同じであろう。
「ハジメ…」
ナギが視線を
「生憎だがあれの相手は俺だといっただろう」
さっさとこいつを連れて行けとアスナの頭に手を載せ、ナギと視線を合わせる。
数瞬視線が交じり合った後、ナギが折れた。
「ったく、絶対帰ってこいよ。…姫さんが待ってんぞ」
ナギは翻り様にハジメに声をかけ、ラカンたちのもとへとアスナを抱えて進んだ。この戦場にアスナをいさせたままではいられないと判断したのだろう。ここからナギたちは離れていった。
「待っている…か」
思い描くのは、未来へ進む覚悟を決めた王女の姿。しかし、それを振り払うかのように身を翻し
「まさか、待っていてくれるとは思わなかったぞ?」
「なに…黄昏の姫御子は我の大切な鍵なのでな」
特別な血を引く黄昏の姫御子たるアスナ。それを無闇に傷つけることを
「いくぞ」
「…」
しかし、ハジメは怯むことなく咸卦法を高め、自らの信念をあらわす奥義を放てるように構える。右手で刀を構え左手は切っ先に添える。刃は水平を保つ平突きの構え。
緊張が高まる中、先に仕掛けたのはハジメであった。
目も留まらぬ速さで
しかし、
されど、いかなる対抗手段があろうともそれを覆すのが奥義たる由縁。阻む結界を見据えたままハジメは気勢をあげて一閃。結界は貫く刃と一瞬拮抗しながらも砕け散っていく。自らが用意した最強の盾が砕かれた
「…!」
「避けられぬならば…受け止めるほかあるまい」
今度はハジメが驚く番であった。結界をも貫いた刃が
受け止められてしまったハジメのその体はわずかの間に硬直してしまった。だが、このわずかな間こそが
波打つように宮殿を喰らい呑み込むように破壊し続けるその様は、まるで竜を彷彿とさせた。それが百は下らない数の暴力で嵐のように荒れ狂い破壊し続ける。
「陣なき今、最早この地に意味はない…ならば、ここを貴様の墓場にするまで」
ハジメを襲い続ける闇の線条は振るう刃に打ち払われるが、次々と無限のように湧き出る魔法にとうとうハジメは呑みこまれてしまった。怒涛のように雪崩れ込む闇の線条が宮殿の一部を完全に崩壊させる。
「…この程度で終わり…なのか」
撃ち尽くしたのか陣は消え去り、そう零す
それに応えるかのように瓦礫は押し上げられ、ハジメは立ち上がる。しかし、その姿は満身創痍に近い。服の端々は切れ血がにじみ、額や口元からも血が一筋の線を描く。
しかし、その瞳は強い光をたたえたまま
「解せぬな…なぜ貴様ほどの男が私の永遠を…否定する?」
再び立ち上がったハジメの目には、強い意志が宿っている。それこそが
「私の策こそが…『全て』の『魂』を救う次善策だとなぜ気づかぬ」
目指すべきところは同じはずであるのに、なぜ立ち向かう。なぜ、否定するのか。
「阿呆が…そんなものは救いにならん」
しかし、ハジメは真っ向から否定する。
「たとえ貴様が作り出した人形だとしても、それは最早貴様の手の内から離れた意思あるものだ」
世界を駆け巡ったハジメの純粋な感想。紛れもなく彼らは生きていた。生きていることを楽しんでいる。それは、決して
「故に、貴様のそれは箱庭だといったのだ。独善的で、救いのないただの夢物語は」
静かに刃を
「語られることはあろうとも住むことなどない、失策に過ぎぬ」
ハジメの言葉に
両者の間に沈黙が降りる。その沈黙を破ったのはハジメであった。
「だからこそ、願ったのだろう。貴様自身の本当の願いを…神とやらに」
「…!」
数瞬遅れて理解する。初めて
「貴様…まさかっ」
「その願い叶えてやる。だが、今起こそうとしていることは全力で否定してやるがな」
刃を構え、切っ先に左手を添える。刀が淡い光を帯び始める。
「『悪・即・斬』のもとに…決着をつけるぞ、
ハジメは全力を持って
動揺が戦術を鈍らせる。一気に目前まで駆け抜けたハジメの攻撃に
ー牙突・壱式ー
迫り来る刃に構築した障壁は紙切れのように切り裂かれ、その刃は
浮かび上がる魔方陣。しかし、今度は多面的に浮かんではおらず、重なり合うように前から見れば一つの陣のように構成されたそれは、極大の闇の線条を解き放った。
向かい来る闇ともいえるそれに、ハジメは気勢を上げながらその光を増した刃を突き出し、
終に闇は切り払われ、向かい合う両者。その距離は無いに等しいがハジメの刃は、
「…この状態になれば、貴様を葬ることなど容易い」
そう嘯く
牙突は確かに、その威力を最大限にするために多少の距離が必要となる。だが、牙突はそれに依存しないものが存在する。ハジメは体を極限までねじり、尋常ならざる速さで振り切った。光り輝く刀身でその必殺の一撃を見舞う。
ー牙突・零式ー
零距離から放たれる牙突。その威力は、先ほど遮った障壁をいとも容易く砕き、その牙を
不可思議なものを見る目で自らを貫く刃を凝視する。その回答は持ち主たるハジメから与えられる。
「無駄だ、貴様にそれは抜けん」
ハジメが刀の柄に手をかけ、僅かに力を加える。その瞬間に
「分かるか…それが滅びへと繋がるものだ」
ハジメと共に召喚された刀。それはつまり、願いを叶えるだけの力を秘め、
ハジメは何かに誘われるように、そのまま
そんなハジメの様子に気づいた
「我を滅ぼさんのか…おそらくそれこそが鍵…」
「…それは、あまりにも無責任だな」
無責任。それはどのような意味合いで
体を刀で縫い付けられた
「貴様は…あのときに召喚されたのか?」
それは、
「生憎召喚された覚えなどない」
どういうことだをその顔に疑問を貼り付けるが、ハジメはそれを遮るように独白する。
「俺は何も無いところに何も知らぬまま生まれた。いや、目覚めた…か」
目覚めれば、自分自身が分からぬままただ本能に従って生きていた。
「俺は借り物をつけたままこの世界を駆け巡った」
この世界に興味を持ったと言い換えればいいのか。託され、背負ったものと共に借り物の信念を携え世界をめぐった。ただ、今思えば何かに命じられたかのようでもあった。
「だが、本当の意味で自分自身を見つけたのはあの日、貴様と出会いこの世界から消えた後だ」
「そこで、俺は自らの信念のまま願う未来を見た」
ハジメが視線を
「話は簡単だ。貴様が願う未来はそこにしかありえない。その命…魂はそのために使わせてもらう」
「フ…フはは……到底信じられぬな」
ハジメの言葉に
愉快なものだと、
「可能性…か」
「言っただろう。俺は『永遠』を否定すると」
それはつまり可能性の無い未来。全てが予定調和の世界に等しいものだ。ハジメが願う未来にそんなものは必要ない。可能性が未来を切り拓かなくては意味が無いのだとハジメは言う。
「…良かろう…かけてみせようじゃないか」
そこに可能性があるのならば、自らの魂すら差し出そう。そう思う自分自身をおかしく感じながら、コレも悪くないと。自らの魂をかけた契約が今ここになった。
ひとまず決着。あとはエピローグで戦争編は終わりになります。
感想・誤字脱字等ありましたら報告していただけると嬉しいです。