姫は想いを胸に進む
青年は未来を想う
第12話
~想い~
ハジメが目覚めた場所、ナルカ・パルテンが言うには天国で自らが望む未来へと導く情報を示す本を読んでいる頃。
静寂がその場を支配する中、新聞の記事にある
「これって…つまりはよ」
「ええ…おそらく私たちが発った場所で、あれから起きたということでしょう」
つまるラカンの言葉に、アルビレオが続ける。言葉にすると実感してしまう。それを体現するかのように、場の空気が重くなった。
「まさか、ハジメの奴…」
ナギがそう口を開こうとしたとき、しかし、それは遮られた。ほかならぬアリカの言によって。
「それよりも、
確かに新聞に掲載されているものの中で見出しの多くが、
しかし、皆アリカがそれを問題としたことに驚きを隠せなかった。あの場所で起きたということをそれよりも、と切り捨てたのだ。
「そ、それよりもって、おいっ。ハジメが心配じゃないのかよ?」
ナギが、思わずアリカに問い詰める。それも当然だろう、さきほどまでのアリカの様子を見ているのだ。この記事を見て混乱こそすれ、まさかそのような問題と切り捨てるなどとは思えなかった。
「お主こそ、現状をきちんと理解せよ。ここまでとなると最早、奴らの
そういってガトウを見る。ガトウはその視線に頷き、手元の情報端末を忙しなく動かしながらアリカに応える。
「この手際のよさ。昨日の時点で狙っていた。そう見てよいでしょう。アリカ姫、奴らの
「ふむ。ハジメから
「抜かりなく。情報の刷り合わせは幾度となくしましたから」
端末の情報をアリカへと提示する。その情報を見たアリカは今自分が何をすべきなのか、何が最善なのか。考えをめぐらせながら、指示を与えていく。
「これから、
「了解しました。…タカミチ」
早速行動に移すため、情報の整理へと向かうガトウ。元気よく返事をしながらそれについていくタカミチ。
「そして、
真剣な瞳でナギたち
「当然っ。護衛と殲滅は任せなっ」
「おうっ。楽しくなってきたぜっ」
殲滅という言葉に第一に反応した脳筋2人。言わずもがな、ナギとラカンである。もともと皆、この2人にはガトウに協力できるとは思っていない。そんな2人に苦笑を浮かべながら、アルビレオや詠春らも了承の意を伝える。ナギとラカン以外のメンバーはまず行うであろうガトウの仕事に協力することになるため、ガトウのもとへと向かう。
「それじゃわしは
マクギルもガトウのもとへと向かう。世界の各地方でどの程度のパワーバランスとなっているかなど、協力者を探すための情報を照らし合わせる。
粗方指示を終えたアリカはテオドラへと体を向ける。
「それでは、テオドラ第三皇女。我らもこれからどうするか話し合おう」
「それには及ばん、わしは帝国を当たろう。これだけ
おちゃらけた雰囲気を持ったおてんば姫というわけではない。そんな者ならばまずこの場にいない。テオドラはしっかりと、この世界の危機を認識しており、これから自分が何をすべきか導き出していた。
「アリカ姫。おぬしは御旗となるのが仕事となろう。おぬしを中心にこれから救うための戦いが起きる。その覚悟があるかの?」
テオドラはしっかりとアリカを見据えながら、笑顔で発破をかけた。そんなテオドラに対してアリカも威風堂々と微笑を浮かべる。
「当然のこと。この世界の戦争を止めると決めてから、いや、この世界を救うと決めてから覚悟しておる」
「なら安心じゃな。それではの」
そうして、ガトウに帝国側の情報を共有するために向かうテオドラ。その後彼女は帝国へと戻り帝国内でその力量を遺憾なく発揮する。
皆がアリカの指示を受けて、ガトウがそれらの詳細について整理し各自に渡していく。その様子を独り見ていたアリカは、ふと外の様子を眺めた。
何か堪えるように唇をかみ締め、拳を握り締める。
「…ハジメ…」
誰も聞こえないようなささやく声で、思い人の名を零すのだった。
しかし、そんなアリカの様子を見ていた人物が一人。ナギである。ガトウにお前はしばらく出番ないからすこし待ってろと放り出されて、ふと窓際にいたアリカが目に入ってしまった。
(随分と気丈な姫さんだよな…)
アリカの様子を見て思ったこと。強い。儚げに、危なく見えるほどに彼女はナギの目から見て強く、もろかった。
そのまま眺めていると、ナギの背中が平手でたたかれた。
「いたっ」
強めにたたかれたのだろう。前のめりになりながら、下手人であるラカンに怒鳴る。
「なにすんだっ」
しかしラカンは悪びれもせずいやらしい笑みを浮かべた。
「ん~姫さんをじ~っと見て何考えてんのかってよ。…ナギぃありゃ無理だ。諦めろ」
俺はわかってるぞ、といわんばかりのしたり顔でナギの首に腕を回しながら親しげに話しかけるラカン。しかし、ナギはそんなラカンの行動にいらつく。
「うっせっ、そういうんじゃねぇんだよ。というか、ハジメの野郎…こんなときに何やってんだ」
「ふ~ん。まぁ、アイツがそう簡単にくたばるようなタマかよ。でもよ、ここはそう簡単じゃねぇんだよ」
そういって左胸辺りをとんとんとたたくラカン。どれだけ無事であると信じていても、確信していても。それでも、心配してしまうというものだろう。こんなときならばなおさらである。先ほどああは言ったものの、アリカ自身が一番ハジメを心配していることに変わりはない。
「…不器用な姫さんだ」
さっさと帰って来いとナギは珍しく強く思うのだった。
それから世界は大きく動いていく。
アリカを主にした
コレにいたってはアリカ、そしてなによりもマクギルの人脈が活かされた。たとえ世界から敵と認識されたとしてもそれまで培ってきた全てが覆るわけではなかったのだ。マクギル・アリカは連合側における味方と敵の選別を行っていた。一方テオドラはというと、帝国内において人脈を築きながらまず、味方となるものを探していた。
帝国側にも当然
そのため
そんなヘラス帝国であるが故に、テオドラの人脈は実はそれほど広くはない。第三皇女という立場もあるが、基本的に横のつながりというもの事態が少ない。それぞれの地位にあるものがその下を管理するという体制のため、政治に加わることはないお姫様であるテオドラに帝国全体に及ぶような人脈はなかったのである。
しかし、今回はその第三皇女という地位をテオドラは利用することにした。出来る限り持っている横の広がりを用いて、おてんば姫の行動力の下帝国を縦横無尽に駆ける。帝国全体に働きかけられるほどの下地を作るためである。すでに戦いは敵…
そんな娘の様子を見て、成長したと喜ぶ親バカ気味の国王がいたとかいないとか。
もちろん
末端とはいえ
ナギとラカン、詠春らは敵の拠点となっていた場所へ襲撃し、殲滅していった。
そして、今回彼らが向かったのはマフィアや闇商人たちが集い、都市としての機能を持った拠点。役人すらも加担した一つの街の破壊であった。そこには工場があふれ、決してその明かりを消すことはない。作られているのは、今戦争で出回っている武器である。その武器の多くはここで作られていたのだった。
「随分とにぎやかな場所だ」
ナギが、ローブをはためかせながら街を行き来する橋の向こう、その丘から街を睥睨する。街には工場だけでない、カジノはもちろん娼館や闘技場、奴隷の売買すらも行っていた。
「いまどき珍しいほどに、悪さのオンパレードだな」
「ここから先は権力で護られているからな。それ相応のものが蔓延っている」
ラカンがへらへらと笑いながら、今から向かう街の実情を皮肉交じりに感想をもらす。それに応える詠春は既に臨戦態勢に入っており、その顔つきはすでに剣士のそれである。
「んじゃ…いくかっ」
ナギが掛け声とともに、大呪文である
今回の目的はこの街の破壊、より詳細に言えば武器工場の破壊と、マフィアたち組織たちがしばらく行動できなくなるまでに攻撃、ひいては殲滅が目的となる。その目的において、これほど適した人材は居ないだろう。
詠春は、神鳴流を駆使し駆けながら建物を、武装したマフィアたちを切り刻んでいく。
「斬空閃っ」
遠くに居る敵に対し、近くに建つ建物ごと切り裂いていく、気の刃。そして、目の前に聳え立つ工場を前に、詠春は気を集中させる。それに呼応するかのように剣先が光、稲妻が奔る。
「極大・雷鳴剣!」
振り下ろされる刃。それに追随するかのように雷が落ちるような電撃が奔る。その終着点は目の前の工場。落雷を思わせるその一撃は、工場を跡形もなく吹き飛ばした。
その光景を目にしたマフィアたちは思わず後ずさり、そして翻って駆けた。自分たちが相手に出来るような奴ではないと。しかし、そんな彼らの視界に入ったのはどこからともなく大地へと降り注ぐ大剣だった。
「おお~さすが俺様」
自身が為した光景。大剣を飛ばして次々と工場などそれらしきものへ投擲し、投擲された場所は隕石でも降ったかのようにクレータが出来ており、建物の残骸だけが残っていた。
「じゃんじゃん行くとするか。それ」
次々と大剣を生み出し、それを放っていく。
それをしばしやっていると飽きたのか、手を止めるラカン。
「俺もあっち行くか。ん~」
体全体に力を込め、一気にそれを爆発させる。ラカンが居た場所に既にその姿はなく、何か書き出したように、土がめくれていた。
「はっはー」
愉快だといわんばかりに声を上げるラカン。その身を一つの弾丸として、自らが飛んでいく。その速さは人体が耐えられるような速さではないが、そんな常識は彼には通用しない。そして、街の一角へと堕ちる。その衝撃とともに辺りのビルは窓を割り、一部崩壊を始める。そして、ラカンがよっと起き上がると、目の前には武装したマフィアたちが集まっていた。
「これこれは、団体客じゃなぇの。迎えなきゃいかんよなぁ」
笑みを浮かべ、その眼差しは獣のそれとなり狩りの時間が始まる。
ラカンがマフィアたちを屠るその上空では雷が走り、それが落ちた場所はもろくも崩れ去る。
「
街を破壊していく、大呪文を連発するのはナギ。すでに周囲は残骸だらけとなり、寄り付くものも居ない。この街の破壊といった役割のその大部分をナギが行っていた。
こうして、ナギたちの仕事が終わり、街のはずれ…橋に集まり互いの労をねぎらう。その背後にあった都市に街だった面影すらもなく、工場などは全て残骸となった。
「帰るとするか」
「そうだな」
ラカンがさっさと踵を返し、橋へと歩を進める。それに倣うように詠春も続く。
歩を進めるとふと詠春が立ち止まって振り返る。ナギはまだ橋の最初の場所に居た。
「ナギっ帰るぞ~」
その声に呼び戻されるように詠春のほうへ顔を向けるナギ。すぐさま返事をし、駆け足で追いつく。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもねぇ」
そういいきると、詠春も特に詮索するようなこともせず、帰路へとつくのだった。
そこから
アリカ達は確実に
最終決戦のときは着実に近づいていた。
そんなある日のアリカ達の拠点となっている邸宅。その一室にアリカはいた。その目が見据える先には刀身が布で巻かれた刀が一つ飾ってあった。
あの日、
あの日から目まぐるしく情勢が動いていく中でここに戻ってきたとき、アリカはいつもこうしていた。
会談があった日。これからの指針を定め、解散した後はマクギルと共にアリカはこの地に戻った。そこで見た光景にアリカは珍しくも取り乱した。届けられた刀を思わず抱きしめるほどに。
それから、拠点に刀を飾りここに戻ってきたときは必ず眺めるようになった。ここに居ない者の影を見るように。
もちろんここは拠点であるため、他の面々が来ることは多い。特にタカミチはガトウの連絡係として走り回ることが多かったためかよくきていた。子供であるという点から前線よりも、そちらのほうがより使いやすいということでもある。
当然
今日もアリカがハジメの刀がある部屋へ行く様子をナギはただ黙ってみていたのだった。
場面はアリカへと戻る。
「ふむ」
刀を眺めながら、何か思いついたかのような素振りを見せた後立ち上がり部屋を出る。向かう先は皆が集まる談話室。皆が集まれるだけあって随分と広く、キッチンなども備えられている。
「ど、どうした。姫さん?」
いつもと違う雰囲気のアリカにたじろぐナギ。他の面々は今は居らず、ナギだけだった。
アリカは、部屋を見渡しナギしかいないことを確認する。
「まぁ、そなたで良いか。外へ出るぞ」
「え、は?」
「早く用意せよ」
突然の外出命令に、ついていけていないナギ。アリカには護衛が必要なのだから必然的に今この場に居るナギがその役目を担うことになるが、ナギの頭では今日特に外出の予定はなかったはずだったとひとまず、アリカに用件を聞くことにした。
「別に会談というわけではない。気分転換のようなものじゃ」
さっさと玄関へと向かっていくアリカに付いていきながらも出てきた答えに、こんな奴だったなそういえばと改めて確認するナギであった。
ローブを纏いながら街中を散策していくアリカとナギ。特に目的があった風でもなく、本当に気分転換だったのかと少し気を張っていたナギは、頭を空っぽにしてただただ先を歩くアリカについていった。
ナギから見て、アリカはよく街を知っていた。次は何々が見たいのうとひとり呟くと、そのまま方向を変えてすたすたと行ってしまう。どこからそんな知識を得たのかと思わずナギが問うと帰ってきた答えはコレだった。
「なに、少し前までは護衛に
微笑を浮かべながらアリカはそう答えた。ナギはそんなアリカの隣にハジメの姿を幻視した。どこかばつの悪そうな顔でナギはアリカに先を促すのだった。
そしてしばらく歩くと、ナギはアリカが散策しながらもどこか目的があって移動していることに気づいた。日も傾いてきたころ、たどり着いたのは人がまばらに居る丘の公園であった。
「…ハジメはどうして居るのかの…あのバカ…」
丘の向こう、夕日に向かい微笑みながらアリカはぼつりと零した。その目は夕日を捉えているが、実際見ているのはきっとそうではないとナギはなんとなくそう思った。ナギも所在無く夕日を眺めた。
しばらく夕日を眺めていると、アリカがナギへと顔を向ける。
「気まぐれにつき合わせてすまんかったの。感謝する」
「構わねぇさ。どうせ今日はやることもなかったしな」
照れくさいのか、ナギは頭を掻きながらそっぽを向く。そして、少しの間沈黙が続くとナギは両手で頭を掻きながらうめく。
「あぁ、くそっ。やっぱ性に合わねぇ」
そう地面に言い放って、顔を上げてアリカと視線を合わせる。
「姫さんっ…俺じゃ姫さんの隣にはいられないのか?」
アリカは突然の告白に少々面食らいながらナギを見る。ナギの瞳は真剣そのものだった。決して、冗談やそういう類のものではないとアリカは悟った。ならば、それに応えねばと。
「すまんの。私が隣にいてほしいのはナギ…おぬしではない」
答えは否。ナギは心の中では分かっていた、知っていた答え。だが、それでも本人の口からそれを聞き唇をかみ締める。アリカは、丘の向こうへ顔を向ける。まだその先には夕日が残っている。
「この場所は、ハジメと共に来た場所での。少々思い出がある。今日はその思い出に浸りたくての」
ハジメに対してアリカが自分自身が目指すべき未来。それに対する覚悟を述べた場所。本当の意味でハジメを護衛として、仲間として、そして恋慕を抱いた場所。
「あ~そういうことかよ」
ナギは完全に意気消沈しながらため息を一つ吐く。なんてことはない。今日はただ、ハジメとの思い出と自分自身を見つめるためにここへとやってきたのだ。
「ふふふ…では、そろそろ帰るとしよう」
ナギの様子に笑うアリカ。そこには少し前までの危うさは影を潜め、アリカ自身の強さが表れていた。そして、夕日を背に歩き始める。
そんな背を少しばかり見つめるのはナギ。
「あ~ぁ。振られちまったか…」
ため息を一つ吐いて、アリカを追う。自分がほれた女を待たせている男をどうしてやろうかと考えながら。
「ふぅ」
紫煙が一つ吐かれる。灰皿には吸殻と灰が山になっていた。そこに新たな吸殻が突き刺さる。そしてまた新たな煙草に火をつけるのは今現在ナルカ曰く天国にいるハジメであった。
ハジメがいた部屋は今、本で埋まっていた。様々なサイズの本が子供の高さぐらいまで積み上げられ、それが所狭しと立っていた。これは全てハジメが読んだ本である。
ナルカが残した荷物に入っていた本の量は荷物の見た目どおりではなかった。どういう仕組みか、その内容量は見た目と違い、今部屋を埋めている本は全てそこから出ていた。
また新たな本が、荷物から出される。これまた、どういう仕組みか荷物に手を入れればその手には新たな本が納まっている。
そうしているうちに階段を上る音がハジメの耳に入ってきた。
「そろそろご飯できますよ~」
エプロン姿のナルカが部屋に入る。白いレースが付いているエプロンは可愛らしく、ナルカに良く似合っていた。ハジメがひたすら読みふけている間、食事は彼女が面倒を見ていた。
「あぁ、分かった。おいといてくれ」
「だめで~す。一緒じゃないとさびしいじゃないですかぁ」
本を読んだまま受け答えるハジメに対し、私不服です、不満ですと態度に表して、下で待ってますね~と言い残して部屋から出て行った。
ハジメはため息を一つ吐くと、本にしおりを挟んで下へと向かうことにした。
食卓にはマカロニグラタンとトーストしたパン、サラダ、スープが載っていた。ハジメとナルカはいつもの位置へとすわり、手を合わせる。
「いただきます」
ナルカは料理が趣味らしく、日々違う料理が出てきた。どれもうまく出来ており、ハジメは驚きつつも堪能していた。
「あまり披露する機会は無いんですけどねぇ」
とは本人の弁である。
「どうですか?」
食事が粗方片付き、食後のお茶を飲んでいるとナルカが口を開いた。
「なにがだ?」
「使命は見つかりそうですか?」
にこにこと微笑むナルカ。ハジメがここに来てから暫くの時が流れた。それでも、ハジメにとって必要な情報というものは尽きないらしい。何よりもハジメのいた部屋がそれを物語っていた。
「まぁ、見つかれば自ずと分かるのですけどね。荷物の中から本が取り出せなくなるはずです」
その言葉に、ハジメが反応した。カップをテーブルに置き、ナルカを見る。
「ということは、俺が使命とやらを思い出さなければここから出られないと?」
ハジメからしたらそれはよろしくない。悠長に事を構えてはいられない。いくら有益な情報があろうとも、魔法世界に戻らなければいけない理由がハジメにはある。
「いえ、そういうわけではありません。それも自ずと分かるはずです。ですが…私は見守ることしかできません」
少し哀しげな眼差しをカップに落とし、苦笑する。
「つまりはすべて俺次第…ということか」
カップに残された紅茶を飲み干し、席を立ち部屋へと戻るハジメ。
心境としては早く魔法世界に戻りたいという気持ちが強くなってきていた。最初はただ、
(アリカ…か)
魔法世界の戦争が終わった後、核となる者。王としての器が出来つつあるあの少女は今、どうしているのか。ハジメはふと思うのであった。
部屋に戻ったハジメは再び本を開き、読みふける。最初は魔法世界のことについての情報が多かったが、ここ最近は旧世界のことばかりが書かれている。魔法世界のことならたしかに知りたい情報、知るべき情報をハジメは得られた。故に疑問に思う。
(なぜ、ここから出られない)
その一点に尽きる。今、旧世界の事柄について魔法の歴史や魔法学校、事件について知ったところで何に使うのか。それどころか魔法と関係ない政治などについても記されている。ハジメに対する使命というものはこのようなものまで本当に必要なのだろうか。
…だったら、もしかしたら。その目的は本当は違うんじゃないんですか?…
ふと、ナルカの言葉が始めの脳裏をよぎる。
…あなたの本当の目的、願いに対して行ってきたことが少しずれてしまったのかもしれません…
(ずれた…?)
何がずれているというのか。
しかし、思考とは裏腹に徐々に焦りのような感覚が、早く思い出せと体中を駆け巡る。
(なんだ…俺は何を)
突如脳裏に浮かび上がるもの。夕日を浴びて黄金色に輝き、たなびく長い髪。特徴のある眉、そして、意志の強さを体現した瞳。そして。
…人々が幸せを作れるように、守れるようにするのが私たち、私の任された事であり、信念じゃ…
「っ」
飛び上がるように立ったハジメは周囲を見回す。あるのはつみあがった書物のみ。しかし、それらは突如として消えていく。残された書物はわずか。そのわずかを手に取りそれら忙しなく読むハジメ。
「なるほどな…そういうことか」
ハジメにとって、つみ上がっていた書物はパズルのピース。それらは決してあぶれることのないピース。そのピースが一つもかけることなくハジメの中ではまっていく。
「見つけたみたいですね」
いつの間にか部屋の入り口にはナルカが佇んでいた。その微笑みはどことなく寂しげに見えなくもない。
「あぁ、そのようだ。ナルカ…貴様の言っていたことはあながち間違いではなかったな」
「?」
ハジメの言に首をかしげるナルカ。心当たりがないようだ。単純にこういうやり取りが多いだけかもしれないが。
「世話になった、礼を言う。…確かにここに来なければ俺はどうなっていたかも分からん」
ふっと笑みを浮かべるハジメ。その様子にナルカは少し目を見開き、笑みを浮かべる。とてもいいものを見たようだ。
「ふふ。初めて見ました、ハジメさんの笑顔」
「…そうだったか?」
「そうですよ」
にこにこと楽しそうに話すナルカ。最後に良いものが見れてとても嬉しそうだ。
そんなナルカに憮然としつつも別れのときは近くなる。現にハジメの周囲に淡い光が瞬き始めた。それに気づいたナルカが居住まいを正してハジメと向かい合う。
「お別れですね。どうぞ、使命のためにがんばってください」
「使命など知らんし、正しい未来もいらん。…ただ俺はこの信念をその未来のために貫くだけだ」
ハジメの言葉を聞いて、思わず笑みを零してしまったナルカは手を振った。それを確認したハジメはその姿を消していく。
ハジメが完全に消えてからナルカは懐から一冊の本を取り出した。
「ふふ。あなたは
そういいながら開かれた書物にはある一文が書かれていた。
…願ったもの、喚ばればもの双方の魂をもって救済される…と
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