世界と矛を交える牙
始まりを垣間見る
第11話
~始まりの光~
黒きローブを身に纏い、その場にいることすらいやになるほどの威圧感を放つ
2人の気迫が高まると同時に、その空気も戦闘のそれとなり、重く激しくなっていく。気迫に呼ばれたのか、突風が吹き大地の砂をさらう。
一拍。
-牙突・壱式-
無拍子の牙突。一拍の間にハジメの刃は
身を翻し、数歩後ろの位置へと跳んだハジメは、刀を構えなおし再度
大地を削るほどの圧倒的な破壊力。球状に広がっていく魔法は避けることなど許さず。その場周辺の全てを喰らい尽くす。
(馬鹿げた魔法だ)
内心そう毒づくと、懇親の力を込め刀を構える。凝縮された一点にその力を解放する。上段から突き落とされるその刺突は、穿たんとばかりに、球状へとその牙を向けた。
-牙突・弐式-
わずか数合の撃ち合い。それだけで、あたり一面は荒野のように荒れ果ててしまった。
再び相手の姿を視認することとなった両者。
それを見たハジメは息を呑む。すかさず脚に力を込め、次の事態に対処できるように体制を整え、その姿をかき消した。
同時に魔方陣から放たれた閃光がハジメのいた周囲に奔る。光ならばまばゆい幻想的な光景であったが、それは闇。闇の柱が幾重にも連なり大地を、空気を切り裂き破壊していく。
その合間を縫うように、ハジメが
-牙突・弐式-
「っ?」
拮抗は一瞬。しかし、
刃がそのローブを貫き、奥深く、その身を食い破ろうとした瞬間。まばゆい光が当たり一面に広がった。
そのあまりの輝きに、ハジメは思わず顔を顰めた。そして、その瞬間から崩壊が始まる。
「なっ」
そう零したのは誰か。ハジメは突如体の自由が利かなくなったことに戸惑う。重力がなくなったかのように、前後不覚へと陥り、意識が遠のいて行く。そして、視界が暗闇に染まっていく中、ハジメは聞いた。
『…全てを絶ち、善と悪を道標にさせしものよ…』
『…救世を為すものよ…』
「…真実と希望を知れ…」
無機質でありながら、どこか感情が、願いが込められているその声をハジメは確かに聞いた。しかし、疑問など思う余地もなく、終にその意識は途絶えてしまった。
光が収まった中、そこに佇んでいたのは
「消えた…?」
しかし、その姿には戸惑いが隠れ見えた。辺りを探るように警戒を強めるが、ふとその気配を緩め、足元に突き刺さったままの刀を見る。
特に言葉を発さぬまま、ただ佇む。静かに流れるような空間が、少しの時間支配する。
「………」
そして興味がなくなったかのように体を翻すと、魔方陣を浮かべその姿は消えていくのだった。
後に残るのは、見違えてしまうほどに荒れ果てた大地と突き刺さったままの刀ただ一本だけであった。
空が曇っていく。曇天となった空からはぽつりぽつりと雨粒が落ち、雨脚は強く激しくなっていった。
刀はその一身にただ雨を打つ。
ここは
しかし今現在アリカ達、正確にはアリカにそのような余裕はなかった。
半ば無理やりにハジメと分かれたアリカたち一行。その船の中でアリカは唇をかみ締め祈るように手を合わせた。しっかりと握られた手は、もともと白かった手をさらに白くさせていた。だんだんと目的地へと近づくにつれ、アリカは顔を俯かせふさぎこんでいってしまった。
そんなアリカに対して声をかけようにも、おいそれと声をかけられるような者はいなかった。しかし、
彼らは、一応アリカを気遣いながらも思いに思いに言葉を並べていく。だが、アリカの表情は変わらず曇ったまま。とうとう目的地へとたどり着いてしまった。
そして、出迎えてみればそんな様子の一行に困惑するテオドラ。思わず、傍にきたマクギルに問いかける。
「何が起きているんじゃ?なぜアリカ姫はあれほどまでに沈んでおるのじゃ?」
当然、ここまでのいきさつを知らぬ彼女には見当もつかず、病にかかりながらここまできたのかと思いつくまでには混乱していた。
「少々。ええ、少々想定外の事態が起きてしまっての」
マクギルとしてもそう答えるしかない。あまりにも突然すぎたのだ。全員がいまだ消化し切れていない。だが、アリカがコレほどまでに取り乱すとはマクギルも思っていなかった。心配そうに見つめるテオドラの視線の先を同じように見るマクギル。
視線の先では、とうとうナギも限界がきたのか声を荒げ、叫ぶようにアリカに迫っていた。
「だーかーらよっ!あいつが死ぬわけねぇだろっ!…決めてんだよ、決着つけるってな!…姫さんだって、あいつと何か約束とかあるんじゃねぇのかっ。姫さんはハジメを信じらんねぇのかよっ」
ナギの言葉に顔を上げるアリカ。その目元は少々赤くはれていたが、鋭い。いつものような力強さをわずかに取り戻していた。
「あるみてぇだな」
「…あるっ」
その言葉にナギとナギの後ろにいたラカンもにやりと笑みを浮かべる。
「…あぁ、あるさ…ふふ、すっかり忘れておった。…こんな様ではハジメに怒られるの」
そう言ってアリカは、笑みを浮かべる。呆れたような、寂しそうな。しかし、どこか嬉しそうに。
数秒目を閉じた後、毅然と立ち上がって皆の下へと振り返るアリカ。そこには先ほどまでの陰鬱さはすでにない。
「すまなかったな、皆。テオドラ第三皇女、これからの話し合いをしましょう」
しかし、そこにタカミチが扉を開け放ち勢いよく入室してきた。その息は荒く、少々息を整えながらそれでも伝えたい言葉があるのか、口を開いたまま荒く呼吸を繰り返す。
そんなタカミチにガトウが何かあったのかと問いかける。こんな風になる弟子はとても珍しい。しかし、タカミチが取り出したそれに、ガトウだけでなく皆もその顔色を変える。その手には新聞が数部握られていた。
「こ、これを見てくださいっ皆さん!」
皆に見えやすいように勢いよく新聞を広げるタカミチ。その一面を見た者全員が驚きの声を上げる。
新聞の一面にはこう書かれていた。
[
[
[首謀者は
[反逆者が計画、実行か]
さまざまな見出しがあるが、記事では
そして、それらの説には、
「これで、
そういいながら件の記事を眺めるアーウェルンクス。その瞳は人形めいた冷たさを宿している。
「後はこのまま計画を進めていけばいい」
「
彼らにとっての悲願は近い。そのためか彼らの雰囲気も比較的和やかになっていた。
ここは、
邪魔になる存在はその悉くを踏み潰した。とうとう主である
しかし、アーウェルンクス、デュナミスともに気がかりなことがあった。それは、主である
そして、何も物言わぬ主。戦いが起きた場所には刀一つしかなかったそうだ。そのため、
だが、最早目的はすぐそこにあった。それらのことは詮無きこととして自分たちが為すべきことへと取り掛かるのであった。
世界は
光の中で幻視するのは移り変わりゆく風景であった。それは日常的な光景であり、中心にいるのは一人の少年だった。
少年は人に恵まれていた。よき隣人、友人に恵まれていた。師に恵まれていた。家族に恵まれていた。
『魂が清らかだった』
少年は人より少し正義感が強かった、間違っていないなら決して挫けなかった。
『魂は輝き始めた』
少年たちの間で読みまわされていた一つの本。彼が憧れを抱くに足る人が描かれていた。壬生の狼、明治維新後もその信念を貫き通した男の姿が、少年の心に焼き付いていた。
『魂に力強さが加わった』
『そなたは選ばれた。その魂が呼応したのだ。そなたならばこの世界の救世を成すことが出来る』
どこからともなく声が響く。その声色は判別できないほどあいまいで。言葉だけが頭の中へと響いていく。
『目覚めよ。救世者よ』
ふと瞼を開ける。微睡の中で、夢を見ていたはずのその光景をもう思い出すことはできなかった。
ハジメは、目だけで周囲を確認する。しかし、思い当たる場所ではない。配置されている家具も、窓から見える景色も自身が見たことのない、あったとしても思い出せないような場所。そんな場所にいることに違和感を覚えるハジメ。
(
しかし、今自分はどこにいる?そう投げかけても誰もいない。負けたのならば、もはやこの命はない。まさか地獄でもあるまいし。
とにかく、ここがどこだか分からなければ始まらないと、寝床から起き上がる。今いた寝床を少し観察してみてもあまり生活環は感じられなかった。客間なのかもしれない。
寝床の横にある箪笥を調べると、おそらく男物だろう思われる衣服が数着入っているだけで、それ以外に目立った特徴はなかった。
もともと物が少ない部屋なので、すぐに調べ終わり、窓へと移る。目線が高い、どうやら2階か3階のようだ。そこから見える光景は自然豊かに木々が生い茂る様と、奥には山も見えるほどで緑が鮮明に映えていた。
ハジメは、下から人の気配を感じた。手元には武器はない。しかし、それで何もできなくなるような人間ではない。無手であろうと、十二分に戦える。
静かに、どんなことでも対処できるように心を落ち着けていると、扉は開かれた。
扉を開き入ってきたのは少女。そう、まだ少女といえるような風体の娘が大きな荷物を背負ったまま部屋へと入ってきたのだった。
「よっこいしょっと。わぁ、起きたんですか。体は平気ですか~?」
背負ってきた大きな荷物を床に置き、のんびりとした口調でハジメの安否を尋ねてくる少女。その輝くような金色の髪は背中の中ごろまで伸び、首をかしげたりするとふわふわと動く。その顔立ちは整っているといえる。長いまつげにくりくりとした猫を思わせる瞳は、若干たれているためか柔和な印象を与える。鼻はすっと通り、桜色に色づく小ぶりな唇は笑顔のためか綻んでいる。
「介抱してくれたことには礼を言う。しかし、まず聞きたいことがある。ここはどこだ?」
ほわほわした雰囲気に多少毒気が抜かれつつも、礼をいうハジメ。しかし、のんびりしている暇はないと行動を起こすための必要な情報を少女から聞き出すことにした。
「ここですか~?ここはですねぇ、あ、私ナルカと言います。ナルカ・パルテン」
少女はのんびりとマイペースに自己紹介を行った後、にこりと笑う。今まで周りにいなかったタイプの人間に多少戸惑いながらもハジメも自らの名を名乗った。
「はぁ、俺の名はハジメ・サイトウだ。質問に答えて欲しいのだが」
「あぁ~すいません。ここはですねぇ、なんとっ天国なのです」
そう言って笑みを浮かべて手を広げる。歓迎をしているかのような素振りではある。しかし、そんなことには目もくれずハジメはそれを聞いて固まった。
想定外過ぎる言葉だったためだろう。天国とはどういう意味か。そもそも何を言い出した。ハジメは様々な思考を働かせるが、時間が止まったかのようにその場の空気は固まったままだ。
仕切りなおしのように、ハジメは一つ咳払いをする。
「もう一度聞こう。ここはどこだ?」
「ここは天国なのですっ」
(話が通じんのか?)
一つ呆れたようにため息をつくと、眉間にしわを寄せコメカミをもむハジメ。目の前にいる少女、ナルカ・パルテンの言によるとハジメが目覚めたここは天国なのだという。そんな馬鹿なとハジメはもう一度と問うたわけだが、得られる回答は同じそれ。
「そうだっ、お腹がすいたでしょう?すぐお料理作りますね」
ぱたぱたと忙しなく動き出すナルカ。おいていた荷物から食材らしきものを取り出すと、そのまま部屋の外へと出て行ってしまった。ふと荷物の中身がハジメの視界に入る。そこには沢山の書物がぎっしりと入っていた。ハジメはわずかな違和感を抱くが、気にせずナルカの後を追う。
部屋を出たすぐ傍には階段が設けられ、階下へと歩を進める。全体的に見て、ハジメが知っている建築物とそう大差はない。
階下へ降りると、そこは広いリビングだった。暖炉が用意され、安楽椅子やソファが備えられ、それにあわせたような脚の低い大きなテーブルが鎮座していた。
部屋を見回していると、おいしそうな香りとともに軽やかな鼻歌がハジメの耳に届く。それをたどっていくと、先ほどの少女ナルカがすでにキッチンで食事の準備へと取り掛かっていた。そこに並べれていたのは牛乳や小麦粉、ジャガイモ、にんじんなどの野菜、そして鶏肉など豊富な食材が用意されていた。
ナルカがハジメに気づくと笑顔で振り返る。
「あ、待っていてくださいね。おいしいシチューを作ります」
むんと、力瘤を作るようなポーズを作る。しかし、華奢な彼女がやってもかわいらしい印象しか浮かばない。
「あ…あぁ、すまんが少し外を見てくる」
「分かりました~出来た頃には戻ってきてくださいね~」
特に気にする素振りもなく、ハジメを送り出すナルカ。ひらひらしたエプロンと三角巾をなびかせながら調理を始めていくナルカを背にハジメは外の様子を見に行くのであった。
外に出てみると一層天国などと感じられぬような景色がハジメを迎える。周りには畑や田んぼが広がり、その周囲には木々が並ぶ。遠くには山が覗き頂は冠雪しており、その高さを伺える。
辺りを散策しながら、歩き始めるハジメ。数分歩き、もといた場所から距離が出始めるころ、ハジメはふと違和感に気づく。
(人の気配がしない…?)
目を凝らしても通る人影などなく、それどころかもといた屋敷以外に家らしきもの、建物が見えない。
単純に人里はなれた場所に住んでいると考えるが、それでも不自然だ。ナルカのような少女がたった一人でこのような場所にいる理由が思いつかない。家族すらもいないのは不自然が過ぎる。
これは、もう少し探りを入れる必要があるかも知れないとハジメは歩を速めた。
結局人が通れるように舗装された道は、あの屋敷の周りにしかなく。木々に囲まれるようにこの場所は孤立していた。料理が出来たのか、迎えに来たナルカによって散策は中断となりハジメは屋敷へと戻るのだった。
にこにこと笑みを浮かべるナルカ。テーブルを挟んでナルカとハジメは向き合っていた。テーブルの上には深皿が2つとシチューが入った鍋が1つ。さらには焼き立てなのだろう、香ばしい匂いを発するパンが幾つか切られた状態で大皿に乗せられて血ア。
すでに2人の深皿にはシチューがたっぷりと入っていた。とろりとしたクリームソースに絡まりながらも色鮮やかなブロッコリーやニンジン。ほくほくと湯気を立てているジャガイモ。しっかりとした存在感を放っている鶏肉がシチューのなかで見事に混在している。
ハジメが食するのを今か今かと待っているように、ナルカはまだ手をつけずにハジメを見る。
(まぁ、うまそうではある)
シチューを一目見て十分美味であることは予測できた。しかし、いかんせん安心してすぐに食べることはハジメには躊躇われた。せっかく用意してもらったものだが、無用心に食事をするのはいかがなものか。人は見た目では分からないのだ。
「むぅ、毒なんて入ってませんよ~?もう」
全く手をつけないハジメに可愛らしい唇を尖らせながら、ナルカは仕方なさそうにシチューを一口スプーンにすくい、口に運ぶ。野菜と肉、牛乳の甘みと旨みを含んだシチューに彼女は頷きながら笑みを浮かべる。
「うん。上出来上出来~」
そんなナルカの様子を見た後に、ハジメもシチューのジャガイモをスプーンにすくい、口に運ぶ。ほくほくとした食感を保ったままシチューとともに咀嚼すると、その滋味あふれる感覚が口の中を満たす。
「…うまいな」
「よかったです~」
ハジメがこぼした感想に、途端に笑顔になるナルカ。2人はそのまま2口目、3口目と食事を続けていった。
「ふぅ、うまかった。すまんな、出された料理を何の疑いもなく食うのは慣れていないものでな」
食事を終え、一息ついたところで改めて感想を述べ、先ほどのことを謝るハジメ。そのまま懐から煙草を取り出し、一本取り出そうとするとナルカに止められた。
「ここは禁煙ですっ。それよりも紅茶などどうでしょうか~?」
珍しく言い切る形で止められたのと、笑顔の横に掲げられたティーポットに仕方なく煙草を懐へと戻し、了承の意を示すハジメ。
食後の紅茶としゃれ込んだところで、ハジメは切り出すことにした。ナルカはお茶請けのスコーンにクリームをたっぷりつけぱくついていた。
「さて、ここはいったいどういう場所何だ?あまりにも孤立、隔絶された場所のようだが」
先ほど散策して得られたのはその程度の情報。人は居らず、外界へと繋がる道もない。最たる疑問は目の前の少女。なぜこのような場所に独りなのか。
ハジメの再三の質問にスコーンをぱくつく手を止め、紅茶を一口啜る。一つ一つの所作はどこか品を保ったまま行われていることがハジメにもわかった。
微笑を浮かべながら、ハジメの方へと向くナルカ。
「そうですね。ここは使命を忘れたもののための場所です」
「使命?」
怪訝な顔を浮かべるハジメ。
「そうです。といっても、本来ならばよほどのことでもない限りこの場所を訪れるといったことはありません。ですから張り切っていろいろ持ってきてしまいました」
荷物重かったんですよ~と朗らかにナルカは笑うが、ハジメは話にまったくついていけていない。
「待て待て、なんだその使命というのは」
「ん~これは思った以上にひどいみたいですねぇ」
ハジメの様子に困ったように人差し指を顎に立て、首を少し傾けるナルカ。そうですと、ナルカは何か思いついたように手を軽くたたき合わせ、顔をほころばせる。
「私が持ってきたものはその世界の正しき未来に導くための印、情報を記したものなんです。それを読み解けば、あなたもきっと使命を思い出せますし、元の世界に役立ちます。わぁ一石二鳥です」
どこか興奮したように立ち上がるナルカ。さぁ、行きましょうとハジメを引っ張り先ほどまでハジメが寝ていた部屋がある2階へと上がる。ハジメもとりあえず、ナルカが示した情報とやらにひとまず頼るしかないかと、引っ張られた手を軽く離すとそのままナルカの後をついて行く。ナルカは若干つまらなそうにしていたが、そんなことを気にするハジメではない。
先ほどの部屋へと戻り、荷物の中をまさぐるナルカ。目的のものを見つけたのか、手を高く上げその存在をハジメに示す。
「これですね。ひとまずコレを読めば使命というものがわかると思います~。使命というのはですね…」
渡された書物をひとまず読んでみる事にしたハジメは、その書物を開く。
「…その世界の存亡がかかるほどの重大な危機が迫っているとします。人々は祈るわけです。助けてほしいと、救ってほしいと。その願いを…」
書物には、どこぞの宗教のように人々が祈り、願っている姿や、儀式めいた図が散りばめられていた。そんなところはさっさと読み飛ばしながら、ハジメは目を通していく。
「…危機が有形無形であろうとも、どんな試練でも使命のために乗り越える、そんな強い人たちが救世の者として、勇者として現れるわけなんですよ~」
ですから、よほどのことがない限り使命を忘れたりしないんですよ?とハジメへと向きなおるナルカが見たものは、先ほどの本などさっさと見切りをつけ荷物の中に入っていた他の書物を読み進めていたハジメの姿だった。
「な、なにしているですか~、話し聞いてましたっ?」
若干涙目でハジメへと抗議するが、ハジメは見向きもせずに応える。
「そんな使命など俺は受けてないし、正しき未来などもいらん。よって、俺が欲しい情報だけあればいい」
けんもほろろに言い負かされたナルカは、じいっと拗ねたような表情でハジメを睨み付ける。まったく迫力がないため、まるで構ってもらえない子供のようになっているが。
「こまった人ですね~。…でも、こんな人がここに来るなんて、よほどの自己矛盾を犯さないと来ないと思いますけど」
ぼそぼそと独り言をこぼすナルカ。彼女にとってハジメという存在はイレギュラーとして認識されているようだ。
そんなナルカを余所に、用意してあった書物を次々と読み進めていくハジメ。その内容は多岐に渡っていた。魔法世界の成り立ち…旧世界と魔法世界の関係…オスティアの血族…吸血鬼のなぞ…世界樹の秘密…魂の開放…祈りを魔法にする方法………。
途中途中に関係のなさそうな書物が挟まっていて、ハジメは胡乱げな視線をナルカに向ける。
視線に気づいたナルカは小首をかしげ、どうかしましたかと相変わらずのんびりとした口調で尋ねるのだった。
「この資料は何だ?正しき未来とやらがあったとしても関係なさそうなものばかりが目立つのだが?」
そういって吸血鬼について記されていた書物をナルカに見せ付ける。しかし、ナルカは微笑みながら言いにくそうにして、視線を泳がせた。ハジメはそんなナルカに対して書物を押し付けるように目の前にかざす。
「あはは~…実は、私には読めないんです。それ」
「…どういうことだ?」
笑って誤魔化そうとしたが、観念したのかナルカは口を開く。しかし、それはハジメにとって予想外の返答だった。そしてナルカはその雰囲気を一変させる。
「それらの本。最初に渡した以外の書物に関しては、それを読む人によって記される情報は変化します。その人にとって重要になるであろう情報を本自体が示すのです」
どこか凛とした雰囲気を纏ったナルカは本の表紙をそっとなぞる。愛着があるのかその表情はどこか暖かい微笑みになっていた。
「これらの書物が正しき未来へとつなげるかは本当のところは分かりません…私には読めませんから。ですが、これらは読む人たちの力になることは確かなんです」
それだけの者たちを彼女は送り出したのだろう。ここが使命とやらに対して迷ったもの、分からなくなったものを誘い、導いていく場所なのだろう。
「確かに有益な情報も多い。だがなおさら分からんな。俺は使命とやらは知らん。しかし、目的に対して迷ったことなどない」
「だったら、もしかしたら。その目的は本当は違うんじゃないんですか?」
自身にこの場所に来る理由がないと言い切るハジメに対し、さらりとそれは勘違いではないですかと、そう言いのけたナルカ。
「別に全てを否定しているわけじゃないんですよ。ただ、あなたの本当の目的、願いに対して行ってきたことが少しずれてしまったのかもしれません」
優しい微笑を浮かべながら、凛とした視線は決してハジメの視線から外れることはない。ここにたどり着いたからには、それなりの理由があると、彼女はそういっているのだ。
「ここは時の流れが少し緩やかです。書物は沢山あるのですから、どうか。どうか、あなたのゆるぎなき信念の先にある未来をあなた自身が見つけてください」
真剣な眼差しでハジメを見る。少しの間をおいてぺこりとお辞儀を行い、いつもは下にいますからと言い残し部屋から出て行くナルカ。
残されたハジメは、一つ息を吐くと座りなおして書物をまた一冊、読み進めるのだった。
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