戦争編も佳境に入ってきました。
青年は真実を捉え
世界は青年を補足する
第10話
~幕開け~
「そうか…
そう言ったガトウがうなだれる。想像以上の事態に、疲れが前面に出てきてしまったのだろう。老けた顔がより老けて見えた。
先日のアリカ闖入事件により流れてしまった、情報の共有と対策について話す機会が再び設けられた。もちろんこの場にアリカはいない。なぜならば時間は彼らの本業時間、闇がはびこる夜なのだから。
うなだれたガトウに対して、いたって平静な様子のハジメが話を進めていく。
「あぁ。戦争の調整すら出来るほどにな…。オスティアを守った後、
短くなった煙草を灰皿に押し付け、新たな煙草に火をつける。2人とも共に重度のスモーカーである。たまった吸殻の量が半端ではない。ハジメに続いて、ガトウも自身の煙草を勢いよくふかし、新たな煙草に手を伸ばす。
マクギルはアリカの事をガトウに話すことが主だったらしく、いない。どうやら、先日のときに話し終えたらしい。予定とだいぶ変わってしまったと愚痴るマクギルがいたとかいないとか。それに最近、連合の戦績が良くなっているため忙しいようだ。勝ちが増えても負けが込んでも、忙しくなるのは変わらない。なら、勝ったほうが良い。ただの戦争ならば。
「しかし、良くこれだけの情報を個人で…。いくら元老院議員の助力が会ったとしても、凄まじい諜報力だな」
机の上に散らばる資料。端末の情報。それらを見渡しながらガトウが呟く。自身としてもその諜報力に自信があったガトウも舌を巻くほどの情報量。そして、なによりもどこにその情報が行き着くのかという推察力がずば抜けていることにガトウは驚きを隠せない。
「なに、その殆どが非合法で手に入れた情報だ。今考えると、なぜ
そう疑問を呈し、紫煙を吐く。本来ならば、もう既に
「恐らく、殺したのが
資料を見通しながら、ガトウがそう返す。
お互いの調べ上げた資料を見ながら、今のように疑問などをやり取りしながら情報の共有を済ましていった。お互いの情報の取得手段の違いからか、その共有は大いに意義のある成果となった。
「そして、これは本当なのか?魔法世界が消える…というのは」
ガトウが、ハジメが未確認とした情報について聞いてくる。この情報としては、ガトウとしても半信半疑、いやほぼ疑いの目で見ていた。
「未確認と書いているのが見えんか?それに、そこに書いてある情報はおそらく、直接
どこの世界にあなたの世界は魔法で作られているんですよ、と聞いて信じる阿呆が居る。とハジメは独りごちた。当然だろう。そんなことで自分が今立っている場所が消えるとは誰も信じない。
「だが、これが真実だとすると、奴らが戦争を裏で操っていることの辻褄が合う。戦争で世界を疲弊させ最後は自分達の都合のいい世界へと作り変えるというわけか…いい趣味をしてやがる」
皮肉めいた口調でガトウが顔をゆがめる。こればかりは、どう対策を施せばいいのかガトウ、ハジメ共にわからずにいた。真実河からない上に、究極的には
「そういうことだ。そして、今は奴らのアジトを探っている最中というわけだ」
次の論点へと話を続ける。敵が定まったのならば、行動に移さない理由など無い。
「が、有力なものはない…か。殆どが探った後か、信用の乏しい情報ばかりだった」
しかし、行動に移したくとも、情報が無いままに動くような2人ではない。ここにきてのストップはなんとも勢いのそがれるものである。ガトウは資料を閉じて背もたれへともたれかかる。
「だが、敵は知れた…か。これは大きい」
天井を仰ぎ見ながら、ガトウはしっかりとここにはいない敵を見据えていた。
「せいぜい、頑張ってくれ。こちらも護衛がなければ世界を飛べるんだが…」
ハジメも同意するがいかんせん、今はアリカの護衛をしていなければならない。次、自らが動くときは何らかの局面が動くときであるだろうとハジメ地震は予測する。
「おいおい。姫様を何だと思っているんだ」
ガトウが苦笑を浮かべる。
「次世代の礎を築くべき人間だな。信念を持っているし、芯も通っている。奴らの思惑のために、死なれたりするのは困るな」
そんなアリカの感想を述べたハジメに、苦笑を浮かべていたガトウは、こいつダレだ?と言わんばかりにが呆けた顔をしていた。
ガトウの態度にハジメは怪訝な顔をする。
「どうした?」
「いや、普段からは想像できんほど、姫様を買っているんだな」
「ふん。正当に評価も出来んようでは、諜報はできん」
「それも…そうか」
ガトウが笑みを浮かべると、ハジメも笑みを浮かべる。さて、一休みするかとガトウは席を立ち、コーヒーを淹れにいった。
こうして、戦局を決めていく重要な2人の情報交換の夜は更けていった。
「しかし、ガトウの奴、会わせたい奴らがいるって言ってたけど、どんな奴らだろうなぁ」
ナギが期待を強くした声で疑問を投げかける。彼らは今日、ガトウに呼ばれ普段は来ない
「さて、協力者とは言ってましたが…」
アルビレオもさすがにその詳細までは分からないようだった。しかし、ガトウがわざわざ呼び出してまで紹介するというからには大物なのだろうと予測する。政治的な大物ならば呼び寄せるのも頷ける。
そうしてガトウが呼び出した場所へとたどり着いたナギたち。そこには、ガトウが煙草を吸いながら弟子のタカミチと共に待っていた。
「よう、よくきたな。早速会わせたいと思うから、こっちに来い」
ガトウが到着したナギたちを中へと案内する。随分と大きな建物であり、そのつくりは豪奢といってよいほどのつくりであった。そして、ナギたちがガトウが案内するままについていくとそこには、ナギたちも知っている政治家マクギルがそこにはいた。
「なっ。マクギル元老院議員っ」
マクギルの姿を見た詠春が驚き声を上げる。
「わしちゃう。主賓はあちらの方だ。…ウェスペルタティア王国…アリカ王女じゃ」
マクギルの紹介と共に、こちらの部屋に上がってくるローブを纏った女性。そしてその少し後ろに控える、口煙草をしながらこちらを見ている男、ハジメがいた。
ハジメの姿を見てナギが、驚きの声を上げる。すると、詠春とガトウは口元を引く突かせながら胃の辺りを少々さすった。
「あーっ。お前、オスティアのときにいたえーっと…、誰だっけ?」
あほかお前と詠春とガトウが突っ込む。見覚えがあるだけで主賓を無視するとかこの男何を考えているのか。
「ふふ。そういえば彼とは名前も交わしませんでしたね」
アルビレオが名前が出てこない理由を述べた。それに同意する詠春とゼクト。なにせ宴だった上に随分と盛り上がっていたのだから仕方が無いといえば仕方が無い。それにしても、ただでさえ鉄面皮のアリカがロープの下でより無表情になっていくのが分かるガトウの心労は計り知れない。
「おいおい、俺はこいつ知らねぇんだが。そんなに面白い奴なのか?」
そして、そこに唯一会っていないラカンも加わるという混沌とした状況が作り出された。この状況にあきれたハジメは一つ息を吐くと、雰囲気を一気に引き締めるように気を当てた。
「阿呆か、お前ら。主賓は俺じゃなくこいつだ」
ハジメはため息マジにが口を開き、場の修正を行った。ガトウがすまんなと手を掲げる。
「そ、そうだぞ。お前ら。王女を前に失礼だろうが」
ガトウも、まさかこうなるとは思わなかったらしく、少々焦りながら続く。それにしても、もう少し手綱を引く存在が必要だと思わせる一時であった。
「いや、別にもう良い。すこし、外に出る」
そう言い残し、去っていくアリカ。その様子に仕方があるまいと嘆息し、ハジメもそれについていった。
「ん、あれ?行っちまったぞ?」
どうすんだと、そう笑顔で聞いてくるナギ。自分自身が何をしたのか全く理解していない。
「はぁ」
ガトウのため息が重くその場に響いたのだった。マクギルも失敗したかもしれないと内心恐々するのであった。
アリカはハジメがついてくるのを確認すると、滞在場所には戻らず、この街のお気に入りである丘へと向かう。ハジメも特に何も言うことはなくアリカの隣を歩く。
「…」
「…」
特に会話が生まれることなく、目的地なのであろう丘へたどり着くと、アリカは深く息を吐く。そして、次の瞬間。
「何なのじゃっ。あの愚か者共は。私を素通りしてハジメに興味が行くなどわけがわからぬわっ」
溜まっていたのだろう先ほどの状況に対する不満をハジメに一気にぶちまけるアリカ。そういうことは本人達に言えと、ハジメは言おうと思ったが、恐らくあの場所で爆発するのはまずいとアリカも頼れる理性で踏みとどまったのだろう。そう思うとハジメも、目をそらしながらフォローするしかなかった。
「まぁ、確かに。阿呆だとは思っていたがあそこまでとはな」
「まったくじゃ。何のために呼び寄せたのか全く持って分かっておらぬ」
口を尖らせながら、さらに文句を言い募るアリカ。ハジメはどうしたものかと辺りを見回す。するとちょうどいいことに氷菓子の出店を見つけた。アリカに少し待っていろと辺りを警戒しながらも、アイスを買うハジメ。
「ほれ、これでも食べて機嫌を直せ」
言い方が気に食わぬのか、口を尖らせながらもアイスを受け取るアリカ。しかし、アリカも一般的な女性の感性を持っていたのか甘いバニラアイスを食べていくうちに少々機嫌が良くなったようだ。
それを見て、一息ついてもう大丈夫そうだと感じたハジメも買ってきたコーヒーアイスを食べ始めた。その後、違う味に興味を引かれたのかアリカがハジメのアイスを食べるというシーンがあったそうだ。
なんとかその日のうちに一通りの紹介を終わらせると、当然のようにハジメに戦いを挑む脳筋2人。言わずもがなナギとラカンである。その場にいる面々が呆れていたが、戦力としてどれほどのものなのか互いに利するところもあるため、闘う場が設けられたのだった。
マクギルの住む邸宅の裏手に設けられた平地でナギとラカンは2人して大の字に倒れこんでいた。
荒い息を吐きながら、信じられないような目でハジメを見る2人。
「嘘だろ?俺達2人がかりでこれか」
そんな2人を見下ろしながらハジメは、体の調子を確かめながらほぐしていく。
「これでも修羅場をいくつも潜り抜けた身でな。諜報活動というものを甘く見るなよ?」
そんな諜報員はほとんどいない。そう思うガトウであったが、正直想像以上のハジメの実力に驚いていた。大規模な魔法、技が使用禁止とはいえ、それでナギとガトウ2人同時に相手取ってほぼ無傷。自然と固唾を呑んでいたガトウは大きく息を吐いた。経過はどうあれ、貴重なものが見れたのだ。
「それにしても、貴様ら阿呆か。直線的な攻撃ばかりならばサルでも避ける。闘い方というものを初心者からやり直せ」
そう、ハジメがほぼ無傷なのにはそういう理由があった。ナギとラカンは連携、何それといわんばかりにそれぞれが真正面から考えなしに突っ込んでいたのだ。自分自身に自信があるのであろうが、結果から見れば慢心ということになってしまった。
「いや、あの速度での接近戦では、対応できるのはそうそういないだろう…」
外野である詠春がそうつぶやく。同じ?剣士である詠春からみても、目で追うのが精一杯だったのだ。ナギたちでは早々できるものではなかったであろう。ガトウも頷いている。
「これから貴様らは、
ハジメが思い浮かべるのはあの月夜の夜、密会を行っていた人形を思わせる男であった。あれは、ナギと同レベルで強いと感じたのであった。
「へっ」
ラカンは気合を入れるように笑う。そして、体のばねを使い起き上がると笑みを浮かべながらハジメを見やる。
「おもしれぇじゃねぇか。世の中にはまだ、こんな強いのがいるのかよ。しかも、まだ他にもいるときた」
それに呼応するかのように、同じ要領でナギも起き上がる。その目は、実に楽しそうに輝いていた。
「ああ、まったくもっておもしれぇ。後、俺は鳥頭じゃねぇっ。ナギ・スプリングフィールドって名前があるんだよっ」
そう言い放って、ハジメへと突撃するナギ。それに続くラカン。
「ふん。そういうことは、せいぜい俺を倒してから言うんだな」
笑みを浮かべながら、迎撃の構えを取るハジメ。戦いはまだ続く。
気勢をあげながら、瞬動を使いそのままの勢いで突っ込むナギ。それにあわせてラカンはハジメの背後を取る。前後からの挟み撃ち。しかし、ハジメはいとも容易くナギの動きに合わせてカウンターの掌打を急所に与える。その衝撃は、一撃ナギの意識を刈り取った。そのままの勢いを利用しナギを叩き付け地面へと縫い付ける。続けざまに振り返り、ラカンの懐へと入る。
流れるように顎めがけての掌打。しかしそれは寸でのところでかわされた。ラカンは回避体制となった体をひねりながら蹴りの体制へと移る。距離が近すぎたため蹴りは十分な威力を持たず、ハジメはそれを腕を上げることで防御し、タイミングを合わせて横へ跳び無効化する。
距離をとった2人だが、その距離は双方遠当ての圏内。互いに打ち消しながら、一気に近づいていく。次の瞬間ハジメの体がぶれて霞んだ事で、ラカンは一瞬動揺してしまった。そのときには既にハジメはラカンの懐、攻撃の態勢に入っている。鳩尾への肘鉄。インパクトの瞬間、ラカンの体が少し宙へ浮いた。一拍遅れてラカンの空気を漏らす音が聞こえた。
「ぐっは…」
静かにラカンはその巨躯を沈めた。
「ふぅ…だから、もう少し頭を使え、阿呆」
再び2人を見下ろす形となったハジメは呆れたように言うのであった。
「もうこのぐらいで良いだろう。魔法も技も放てないならば、そこらにいる者とそう変わらんのは理解した」
並んで沈んでいる2人を横目にハジメは帰り支度を始める。そんなハジメの台詞に総じて突っ込みをいれる
「いやいや、んなアホな」
「ふふふ。格闘術なら、まさに格が違うようですね」
詠春とアルビレオは、今の闘いをみてそれぞれの感想を口にする。なんといっても一撃一撃の威力が違いすぎる。コンパクトに一点に集中された破壊力は、連戦とはいえタフなはずのラカンを一撃で沈めるほどだ。
「
アルビレオは、残念そうに肩をすくめる。しかし、そのようなものに提供された場所は荒地となる未来が確定されるだろう。
アルビレオの言葉にそれは無茶だなとハジメは笑みを浮かべ応える。
「さて、俺は護衛に戻る。マクギルから何かあるようならこちらにも連絡を頼む。ガトウ」
これから変化していくであろう戦局に備え、
「了解した。大変だなお前も」
「仕事だからな」
やはり諜報員同士、この2人は相性がいいのかもしれない。
ハジメがアリカがいたバルコニーへと戻る。するとアリカはそのままの姿勢で観戦していたのか、手すりに肘をつきながら両手で顎を支えたまま感想を述べた。
「なんじゃ。お主がいれば、別に
「あれが奴らの実力だと思わんことだ。それに、信に足る奴は何人いても構わん」
期待はずれじゃーと雰囲気に出しているアリカに釘を刺しておくハジメ。一人に勝てずともそれは戦術の範囲だ。しかし、戦略では大きく異なる。ナギを始め
「それに、これからまた忙しくなる。護衛の任を任せられる者は増やしておくべきだ」
その言葉にアリカは面食らい、少々慌てはじめる。
「な、なんじゃ。ハジメが護衛ではないのか?」
「俺じゃないときが増えるだろうな」
そう答えると、アリカはあからさまに不機嫌になっていた。小さな口を尖らせながら、まだ先ほどの場から動いていない
「どうした?」
「別にどうもしとらんっ」
よく分からんやつだ。とハジメは、いまだに時たま分からなくなるアリカの行動に困惑するのであった。
あたり一面に新聞らしき記事が散りばめられている一室。ここは
「こいつが
手に持っている資料を読んだデュナミスがアーウェルンクスに問う。その声色には疑問の色が強く出ていた。
「まだ、恐らく…という段階だけどね。なにせ、用意周到で痕跡も死体以外残さない上、顔も知られていないからね。…だけど、7割いや、8割方彼で決まりだろうね。このような状況を作り出せて、世に知られていない者が、他にいると考えるのは少し厳しい」
そうアーウェルンクスが返す。彼が手に持つ資料には、ここ最近の政治家達の動きが記されていた。そこにはマクギルの名も当然記されている。
「…ふむ…異界の者か」
そこに突然、何者かが話に割って入った。
「「っ!」」
「…
デュナミスが突然現れた黒いローブを纏った者に聞く。このような場に、いや、この時期に
「興味が湧いた…」
静かにつぶやくと
そこに書かれていたものは、オスティアで活躍した傭兵ハジメ・サイトウその資料であった。
いつものように護衛対象であるアリカとともに滞在場所へともどったハジメ。そこで先日決まったことをアリカへと報告する。
「アリカ、戦争の調停に関してだが…、マクギルが帝国の第三皇女との調停の場を用意してくれた。マクギルとの都合がつき次第向かう」
その言葉に、アリカに笑みを浮かべた。彼女自身が行ってきたこの戦争の調停に信に足る協力者が出てきてくれたのだ。それも帝国側から。彼女の心境は推して知るべしであろう。
「そうか。この戦争を終わらせることができるのじゃな?」
この戦争を終わらせる。帝国の第三皇女という地位がそれを可能にさせる要因となるというのは十二分にありうる。
過度の期待は禁物ではある。だが、それでも強い希望となる事態ある。ハジメはほどほどに諌めながら話を続ける。
「さぁな。まだ、連中が動いてきていない上に、まだ中枢には連中の息がかかった奴らがいる。…だが、無駄ではなかろう」
その言葉に満足したのか、アリカは笑みを強くした。
「うむ。まずは話し合う事が重要なのじゃ。帝国にもそう考えてくれているものが居るだけで、私は嬉しく思うぞ」
この笑みを無くすことは十分な罪だなと、ハジメはらしくない考えをよぎらせるのだった。
ガトウから連絡が来た。日時は明後日の夜明けより前、郊外に船を用意するとあった。人の気配が消える、隠れて行動するにはちょうどいい時間帯となる。
「アリカ。マクギルから連絡がきた。準備をすませておけ」
「うむ」
アリカは、強い意志を持った瞳で答えるのだった。
「マクギル、首尾はどうだ?」
そうマクギルに問う。時は連絡が来た指定の時間。街のいたる通りには人の気配はなかった。それはアリカには不思議な光景だったらしく、ほうほう、と眺めながらやってきたのだった。
「大丈夫じゃ。この船で向かう先に帝国の第三皇女が居る」
小さい船が一隻。当たり前ではある調停の話し合いをするために、余計な装備も荷物もいらないのだから。行くメンバーも決まっている。余分な大きさは誤解を招きかねないのだ。
これから始まる、願ってもない好機に皆気を高めていると、ハジメは皮膚が粟立つのを感じた。
瞬間、戦闘体制をとるハジメと紅き翼の面々。その顔には一切の余裕はない。そんなハジメ達の様子にアリカ達も困惑するばかりであった。しかし、次の声を聞いたときアリカたちも理解する。
「揃いも揃ってどこへ行くのかな…」
いつの間にかそこにいた。そう表現する以外他なかった。そこに佇んでいたのは、黒いローブを身に纏った性別も判定できない影。突如として現れた影に、ハジメは固唾を呑み、今この瞬間からの最悪の展開をシミュレーションする。
「おいおい。…あいつはなんだ?やばい…なんてもんじゃねぇ」
その異質さを肌で感じとったのか、ラカンが冷や汗をかきながら喋る。いや、喋らなければ、一刻も早く突撃するか逃避しなければならないと要求する体を制御できないのだろう。
「貴様が、
咸卦法を展開するハジメ。油断なく、ローブ姿の影に問う。あたり一面にいやな緊張感だけが増していく。なぜ、今、このときなのかと。歯噛みするものは誰なのか。
「…」
沈黙は肯定という意味となって、この場の空気を支配する。
「鳥頭っ」
ハジメが近くにいたナギに呼びかけ、後ろに控えさせていたアリカを投げる。
「なっ?」
慌てながらも投げられたアリカをしっかりキャッチするナギ。しかし、困惑は続きハジメを見るが、さらに投げかけられた言葉に、ナギの思考は一瞬停止した。
「アリカを頼んだぞ、鳥頭」
「なっ。ふざけんなっ!あいつがどんなやばい奴かハジメにも分かるだろっ?」
激情とともに思考を戻したナギがそう叫ぶが、ハジメはただ睨み返し黙らせる。
「…なに、死にはせん。少々聞きたいことがあってな。貴様らでは足手まといなだけだ」
だから、さっさとアリカをつれて逃げろ。鳥頭。とハジメはすぐにロープの影に目を向ける。警戒していても、目を離してなどいられない。それほどの相手なのだ。
「行くぞ。ナギ。アリカ姫もこちらへっ」
「ハジメっ。私の護衛はお主であろうがっ」
アリカがナギに抱えられた格好でこちらに問いかける。その顔は若干の怒りと心配で占められていて涙目でハジメを見る。
「前も言っただろう。そいつらでも護衛ぐらいなら出来る。…鳥頭」
顔をしかめ、口をかみ締めるナギ。ハジメに言われたことは間違いではない。今求められるのは、戦術の強さ。ナギ自身、自らの魔法が通用するとは到底思えなかった。そして、なによりアリカを送り届けなければいけない。
「お前とはまだ、全力で決着つけてねぇんだからな。死ぬんじゃねぇぞっ」
もはや叫びとなったそれを言い放つと、アリカを連れて船に乗り込むナギとそのほかの面々。間をおかずに飛んでいく船を背にしながら、ハジメは笑みを浮かべる。
(ふん。まだ言っているのか。あいつは…)
思わぬ言葉に、不思議と力が湧いていた。その力強い視線のままロープの影…
「まさか、待っていてくれるとはな。随分とやさしいことだな…
ローブが少しゆれる。笑っているのだろう、笑い声はハジメの耳にも届いた。
「くく、ふははははは。今更私の正体を知っていたところで、驚きはせん。我が興味を抱いたのは貴様なのだからな…ハジメ。…異界の者よ」
そう言ってハジメを見据えてくる
「
ハジメは造物主に問う。無駄であろうとも、言葉を紡ぐことに意味がある。ハジメは
「…もはや我が悲願は、すぐ目の前にある。そのような気は、毛頭無い」
当然の答えをもって
ハジメは感じていた。その圧倒的なまでの力を。その威圧感とともに。だが、ハジメには退けぬ理由がある。それは信念を曲げること。借り物の信念だったものが今やハジメ自身の信念となった。この信念を曲げることは許されない。
「そうか…ならば
「…」
こうして、戦いの火蓋は切られた。
投稿していたものをつなぎ合わせているので見難い箇所があると思います。
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