虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第53話 円環の中で

 さすがにパンタグリュエルとの比較はできないが、それでもカレイジャスは大型艦に分類される。

 以前トールズ士官学院に着陸した際は、グラウンドの大半を赤い船体が埋めてしまったほどだ。

 艦内は船倉とブリッジを含めると五つの階層があって、フロアごとに専用の設備がある。

「ええと、部屋ってどっちだったかしら」

 三階でエレベータを降りたアリサは首を巡らし、足先を迷わせた。まだ慣れていないから、つい前後の感覚が分からなくなってしまうのだ。

 左、右と視線を振ったところで船尾側に私室を見つけ、そちらに向かう。

 私室とは言うものの個室ではない。二段ベッドがいくつか配置され、あてがわれたベッドにささやかな私物を置いているだけだ。実際は仮眠室を兼ねた更衣室のようなものである。もちろん男女は別部屋だ。

 この艦で私室を与えられているのはアルフィン皇女とトワ艦長のみだ。正確にはトワ艦長代理であるが。

 帝国西部へと向かうヴィクターから、トワは不在中の艦長代行として直々の指名をもらったのだ。

「それにしても、あの艦長帽はやけにマッチしてたわね」

 ちょこんと艦長席に収まるトワは、どこぞのマスコットのようだった。

 猫耳のアクセサリーなんて似合うんじゃないかしら。本人を前にしてはまず口に出せないであろうことを考えながら、アリサは部屋へと足を踏み入れる。

 自分の割り当ては右側の二段ベッド――その下側だ。本当は上が良かったのだが、フィーとミリアムが先に陣どってしまったので言いだせなかった。

 別に構わない。あの二人は子供だし。私は違うし。ちょっと乗ってみたかっただけだし。

 ベッドに置いていた自分のバッグを開け、中からタオルを取り出す。

「はあ……戻らないとね」

 ここには汗拭き用のタオルを取りに来ただけだ。

 四階の訓練室でシャロンが待っている。練習用の木製ナイフを片手に、薄ら笑いを浮かべているに違いない。

 そんな光景を想像して、アリサの足は重くなった。

 新型機甲兵専用近接装備――“レヴィル”という特殊ナイフを扱う為の専属コーチ。彼女が提案してきたのは、ナイフの間合いを掴むことを最重要課題とした一対一の模擬戦形式だった。

 手取り足取りの指導など最初から期待していなかったが、完全に習うより慣れろのスタイルである。

「ぜんっぜん私の攻撃なんてかすりもしないし」

 相手との実力差が縮まる実感もなく、ひたすら続く特訓の繰り返し。終わりの見えない疲労感だけが蓄積されていく。

 宣言した通り、CQB(クロースクォーターバトル)の基礎くらいは学院で習っている。しかしシャロンにはまるで通じなかった。それどころか攻める度にカウンターを食らう始末だ。

 そのカウンターというのが、またひどい。

 ナイフの切先を巧みに操って、服のボタンやらスカートのホックやらを一発で外してくる。一回切り結ぶ度に、どこかがはだけていく。一勝負終われば、それはもう人様に見せられない姿にされている。

 シャロンは平静を保つためのメンタル強化も兼ねてと言うが、そんな精神修行なんて頼んでいない。あれは絶対楽しんでる。だって首にカメラぶら下げてるし。あとでフィルムは回収するわ、絶対に。

「……あら?」

 タオルを手に部屋を出て、エレベーターに向かう途中で足を止める。別の空き部屋の戸口から、ラウラが顔を半分だけのぞかせてこちらを見ていた。

 彼女はあたりをきょろきょろと見回して、誰もいないことを確認すると、アリサに向かって小さく手招きする。こっちに来いということらしい。

「ラウラどうしたの? そんなところで――」

「あ、あまり大きな声を出さないで欲しい」

 珍しくうろたえた様子を訝しげに思いながら、アリサはラウラに歩み寄った。

「アリサ……その」

「ええ、なに?」

「つまりだな。あれなのだ」

「あれってなに?」

 手を組み合わせ、わずかに顔をうつむかせるラウラ。彼女がレグラムからノルド高原に戻ってきたのは今朝方のことだ。

 アリサを含め、Ⅶ組の何人かはノルドに残っていたので、カレイジャス不在の間はゼンダー門と集落に分かれて世話になっていた。

 帰艦後、二人が顔を合わすのはこれが初めてである。

「奥義の伝授はうまくいったの?」

「ん、ああ。それはどうにかな。新たな剣も手にいれたし、これからの前線は任せて欲しい」

「頼りにしてるわ、今まで通りね」

「期待には応えさせてもらう」

 ほんの少しだけ、その表情に安堵の色が浮かぶ。アリサには気になっていることがあった。

「そういえばリィンもレグラムに行ったのよね? 何か手伝いでもしてたの?」

「えっ」

 びくっとラウラの指先が震えた。

「い、いや。リィンには専用の特別メニューがあったらしくて。詳しくは教えてくれなかったのだが」

 上ずる声。逸れていく瞳。

 その反応を見て気付かないほど、アリサは鈍くなかった。自分自身に対してはともかく、相手の気持ちには敏い。

「私を待っててくれたみたいだけど、なにか話があったの?」

「ん……」

「大切な話?」

「多分そうだ。でもどう言えばいいか、ここに来るまでに色々考えたのだが、中々まとまらない」

 顔が真っ赤で、ちょっと泣きそうになってる。

 もう十分。全部伝わった。ああ、やっぱりそうなんだ。どんなきっかけだったのかは知らないけど、ラウラも私と同じ――

 自分の気持ちに気付いて、同時に私の気持ちにも気付いて。そしてどうすればいいのか分からなくて、とても困っているのだろう。

 だけど彼女は私に対して、誠実であろうとしてくれている。

「無理に話さなくていいから。大丈夫」

 ラウラの手を取って、アリサはそう言った。よほど緊張していたのか、手の平は汗ばんでいた。

「言ったでしょう。今まで通りって」

「今まで通りか、そうだな……今まで通りだ」

「そうよ。なにが変わるわけでもないもの」

「今まで通り、これからも……アリサの友人でいいのだろうか」

「当たり前じゃない。そうじゃなかったら怒るわ」

 決定的な一言はなかったが、それで二人は通じていた。

 互いに気を遣うこともなく、これまでの通り。ただ胸中に揺れていた想いが定まって、見えやすい形になっただけ。

 視線だけで語らい、二人は小さく微笑んだ。

「伝え忘れるところだった。午後になったらⅦ組は全員集合してくれと、リィンから通達があった。全員の力を貸してほしいそうだ」

「また具体的じゃないわね。まあ、力は貸してあげるけど。仕方ないから」

「うむ。仕方なしに力を貸そう」

 また笑う。今度は声に出して。

「私はそれまで第一訓練室で剣を振ろうと思う。アリサは?」

「私は第二訓練室。シャロンとの特訓よ。本当容赦ないんだけど」

「例の新型機甲兵か。動くようになったら……ちょっとだけ乗りたい」

「いいわよ。あ、でもぶつけないでね」

「自信ならあるぞ」

「……どっちの?」

 そんな会話をしながら、二人してエレベーターに乗り込む。

 いつもの笑顔を見せてくれるラウラと向き合って、アリサは思った。

 この想いの行きつく先がどこなのか、今はまだ見えない。ただその行く末がどこであっても、私たちはきっと納得できる。

 

 

《――円環の中で――》

 

 

 昇り切った太陽が一帯に日差しを注ぐ。

 陽光に装甲を照らされるヴァリマールを囲むようにして、Ⅶ組の全員が集まっていた。場所は石柱の立ち並ぶノルド高原の高台。以前、精霊の道でノルドを訪れた際の転移地点だ。

「みんなそろってるな」

 (ケルン)の中、二つの水晶球に手を添えたリィンは、正面モニターに映る仲間の顔を順に見回した。

 レグラムで常軌を逸した死地に身を晒してきたからか、彼らの姿を見るだけで安らぎを感じる。皆それぞれがスキルを高めている最中で、何人かは表情に疲れの色も浮かんでいたが。

「セリーヌもサポート頼むぞ」

「はいはい、なんだかこのポジションにいるのも久しぶりね」

 横に控えるセリーヌは毛づくろいを中断してリィンを見上げた。アルバレア城館でもユミルでも、思えばローエングリン城で幻獣と戦った時以来、彼女は騎神に同乗していなかった。

 ちくりと嫌味のニュアンスを察したリィンは、ぽりぽりと鼻柱をかいた。

「すまない。頼ってないわけじゃないんだ」

「別に気にしてない。どうせ乗ったところで、ピンボールの玉みたいに核内を跳ね回るハメになるし。アンタも本当は邪魔だと思ってるんじゃないの?」

「急なブースト機動は悪いと思うが……本当に頼りにはしてる」

「フン、ならいいけどね」

 機嫌が直ったらしい。尻尾に括り付けてある青い蝶をかたどったリボンがフリフリと揺れている。

「ヴァリマールはいつでもいいみたいだし、アンタが号令をかけなさいよ」

「わかってる。――みんな、そろそろ始めよう」

 外部音声でリィンが告げると、全員が《ARCUS》を取り出した。意図は先ほど伝えてある。

 騎神リンクの能力確認と整理だ。できるできないの可否を明確にすることは、迅速に状況に適応し、また戦場における判断ミスを防ぐことにも繋がる。

「まずはエリオット、頼む」

『うん』

 エリオットの《ARCUS》からリンクの光が走り、ヴァリマールの胸を透過してリィンの《ARCUS》に届く。

 固有の導力波を受けた核が、青い光に包まれた。

 彼が扱うマスタークオーツは《カノン》。その特性を宿したヴァリマールが使用可能となる能力は、水属性アーツと広範囲回復能力だ。ただし回復は対人に限られ、騎神本体のリペアはできない。

「水属性アーツは、威力の調節が他の属性より格段にしやすいわ。アンタにとってはありがたいでしょ?」

「まあ、そうだな」

 騎神の力は大き過ぎる。敵機甲兵であってもその操縦士は生かすべきだ。甘い考えなのかもしれないが。

「次はミリアム、繋ぐぞ」

『オッケー!』

 ミリアムが手をぶんぶん振っている。《イージス》の能力はオートガード。攻撃を感知し、自動で障壁を展開してくれる。

 現状では戦闘中に一回しか使えないが、発生速度が早いことと、機体の周囲を覆うように全方位を防御できるのが利点だ。霊力の使用量に応じて効果範囲を増大させることもできる。

「一応、地属性アーツも使えるみたいね」

「機甲兵は必ず地面に足をつけている。有効な場面も多いだろう。よし、リンクを切り替える。ガイウスいけるか?」

『了解だ。だが無理はするな』

 光線の向きが変わり、ガイウスをリンク相手に定めた。

 ヴァリマールの双眸に緑色の光が灯り、正面モニターに羅列されていた情報量が一気に跳ね上がる。索敵機能が高まったのだ。

「ぐ……うっ」

「ちょっと大丈夫!?」

 マスタークオーツ《ファルコ》はリィン自身にも影響を及ぼす。元来は《心眼》といい、集中力を増すような付随効果があったが、その能力は霊力を介することで強化、変質されていた。

 研ぎ澄まされた神経が意識を拡張し、あらゆる事象や物体の動きをスローモーションで感知する。回避、カウンター系の技との相性は抜群にいいが、消耗度合が激しいというデメリットもある。霊力よりも体力を考えて行使するべき力だ。

 鈍痛の走る目を押さえながら、リィンはまたリンク相手を変更した。

「フィー……やるぞ」

『了解。なんかしんどそうだけど、いいの?』

 内部フレームが黒い輝きを発する。装甲の隙間から漆黒の光が滲み出した。

 機動性、反応性、俊敏性。機体のレスポンスを《レイヴン》は向上させる。速力では他の追随を許さないが、その反面パワーが低下する。

 さらに全開での高速移動中は機体バランスを均等に保つ必要がある為、重量のある機甲兵ブレードは手放さなければならない。

 ここでヴァリマールが告げた。

『霊力残量、65ぱーせんとマデ減少』

「フィーのは霊力の消費量が多いからな。……この辺りで試してみるか」

「わかったわ。サポートは入れるから」

 一度リンクを切り、リィンは息を吐き出した。

 瞳を閉じて深く集中し、自分の鼓動と呼吸を騎神に同期させるように――

 パンタグリュエルでクロウに教わったことだった。騎神の霊力回復には、時間と共に霊力を戻す“自然回復”と起動者の任意で霊力を取り込む“強制回復”があると。

 長期戦はもちろん、霊力消費の激しい騎神リンクを多用するリィンにとっては必須の能力だ。

「霊力とは精霊が生み出すもの。精霊とは自然界に宿るもの。大地の熱、草葉の息吹、風のささやき。意識を外に広げて、それらを全身で感じてみなさい」

「ああ――」

 リィンの意志に呼応するかのごとく、核が小さく脈動した。

 普通の人には見えないし、感じられない。ただそれは感知できないだけで、確かにそこにあって世界と関わっている。

 温かな光の粒。不意に湧いたイメージはこれだった。

 息を吸うようにして緩やかに光を集め、それらを少しずつ身の内へと吸収していく――

『73、74……80ぱーせんとマデ霊力回復』

「できた……!」

「まあ上出来じゃない? 慣れ次第で回復速度も早まっていくと思うし。問題は戦闘中にこれができるか、だけどね」

 セリーヌの指摘はもっともだ。霊力を回復している最中は動けない。タイミングと場所を考えなければ格好の的だろう。

 いずれにせよ、霊力は回復。リィンは続きを再開した。

「待たせたな、委員長」

『霊力の取り込みに成功したみたいですね。ただしリィンさんの体力まで戻るわけじゃありませんから、注意して下さい』

 エマが《ARCUS》に思惟を注ぐと、周囲に銀色のフィールドが拡がった。そこに数体、ヴァリマールの姿が現れる。

 《ミラージュ》の能力は幻影の出現。

 正確には敵を幻惑下に置いた上で、騎神の虚像を本物だと思い込ませるのだ。

 実際は荒いホログラムのような映像である。フィールドから離脱すれば、あるいは最初からフィールド外にいる相手であれば、分身体と本体を見分けることは容易い。

 つまり万全を期すなら、幻惑に呑み込む範囲は敵陣全てが望ましいわけだ。

 ただし効果範囲に応じた霊力を使うので、考えなしには発動できない。幻属性の高位アーツも使用できるが、幻影と併せて使うと一瞬で霊力を消費してしまう。

「一応言っとくけど、分身は実体じゃないから、こちらからの攻撃はできないわよ」

「わかってる」

 ひとまず注意すべきは、離れた位置から狙ってくる狙撃用機甲兵か。

「マキアス、やるぞ」

「……ヴァリマールがいっぱい……はっ、僕の番か」

 しっかり幻惑に呑まれていたマキアスは、落としていた《ARCUS》を拾い上げた。

 ヴァリマールの装甲が琥珀色の光膜に覆われる。防御力を引き上げる《アイアン》の能力だ。

 実績から言えば速射銃の弾丸を弾いたり、オルディーネの斬撃も腕一つで止めている。

 《レイヴン》とは反対に、急激に動作が重くなるのが難点か。少なくとも走ったりはできない。

「地属性アーツも使えるわ。霊力を介する割にそこまでの威力じゃないけど、機甲兵相手には十分通じる。霊力消費も少ないし、使い勝手がいいわね」

「ああ、確かに使い勝手がいいな」

『僕の力にお手軽感を出すな!』

 ぷんぷんと怒るマキアスをよそに、リンク相手を変更する。

「次はアリサか。さすがにここで放つわけにもいかないが……」

『空に向かってなら大丈夫なんじゃない?』

 リィンのひとり言にアリサが返してくる。

 《エンゼル》の特性“起死回生”は騎神には作用しない。その代わり、強化した空属性アーツを撃てるのだが、その威力増幅が半端ではないのだ。

 初めて騎神リンクをした時は“アルテアカノン”を放った。その結果、監視塔の敷地とその周辺は全壊した。建物自体に大きな被害はなかったが、いまだに第三機甲師団が修復作業中である。

 片手を突き出し、そこに力を集中させる。生み出したのは“ゴルトスフィア”と呼ばれるアーツだ。球状に凝縮したエネルギーのかたまりを、ヴァリマールはボールを投げるようにして撃ち放った。

 加速しながら舞い上がる光球が上空で弾け、爆ぜた鮮烈な光が雲の一切を轟音と共に消し去る。

「こ、これほどの威力だったか……? さらに能力が高まっているような気が……」

「天変地異レベルになってきたわね……ま、理由は察しが付くけど」

「どういうことだ?」

「通常のリンクでも相手との信頼性とか親密性で、機能や精度の向上があるんでしょ? つまり当時のアリサから意識の変化が――」

『セリーヌ! 余計なこと言わないで!』

 疾風のようなアリサの制止が通信口から飛び出し、びくっと身を震わせたセリーヌは「べ、別に何も言ってないじゃない」と、意気なく尻尾を垂らす。

「びっくりした……というか、なんで怒るのよ」

「俺もアリサがなんで怒ったのか分からないぞ」

 前者は人間の気持ちの機微に疎く、後者は単なる朴念仁である。

「ま、《エンゼル》で注意すべきはやっぱり霊力の消費量よね。全力で大きいのを撃つと二、三発でエネルギー切れを起こすわよ」

「身をもって知ってる。気を付けるよ」

 ノルドでの戦闘を終えた時、リィンは丸一日意識を失っていた。戦局が終盤だったから何とかなったものの、中盤で戦闘不能に陥っていたら、あの場は切り抜けられなかっだだろう。

 いくら回復ができるようになったとはいえ、自身の消耗による気絶だけは起こさないようにしなければ。

「あと二人か。ラウラ、構わないか?」

『う、うむ』

 なぜかうつむき加減で応じるラウラ。彼女はヴァリマールすら直視しようとしない。

 乗り気ではないのか? 一瞬そんなことを思ったが、リンクはすぐに繋いでくれた。

 ブレードの刃が熱を生み、赤みがかった光が剣を覆う。

「いや、なんかこれも……」

「威力が増してない?」

 ごうごうと燃えるように赤光がほとばしっている。

「つまりラウラも以前とは心境が違うっていう――」

『セリーヌ! 余計なことを言うな!』

「な、なんでアタシばっかり怒られるのよ」

「そうだぞ、ラウラ。せっかくセリーヌが解説してくれているのに」

『う……』

 リィンが言うとラウラはおとなしくなった。どことなくしょげた様子のラウラのそばにアリサが近寄る。何やら会話したあと、二人は同時に非難の目を向けてきた。

「な、なんだ? 俺が責められているのか……?」

「意味わからないわ。あとでエマにでも訊こうかしら」

 朴念仁と黒猫はそろって首をひねり、ひとまず本題に戻る。

 彼女の《ブレイブ》は、言わずもがな攻撃力の増強だ。機甲兵の装甲程度なら容易く両断できる。剣を納めれば四肢に力を回すことも可能だ。

 最大の威力を発揮すればリアクティブアーマーさえも突破するが、剣の強度が耐えられなくなってブレード自体が壊れてしまう。隊長機を正面から倒さねばならない局面になったとしても、これは最終手段にしたい。

「最後はユーシスだな」

『ずいぶん待たせてくれたな。早くするがいい』

 ユーシスと騎神リンクをするのは実は初めてである。彼のマスタークオーツは《ミストラル》だ。

 ユーシスが《ARCUS》を掲げ、リンクが繋がり、そしてヴァリマールに変化が――起こらなかった。

「ん……あれ?」

「なんでかしら?」

 何も起きない。確かにリンクラインは繋がっているのに。

 セリーヌにも分からないらしい。通信口から小さな笑い声が聞こえてくる。これはマキアスの声だ。

『ずいぶん待たせてくれた? 早くするがいい? ずいぶん偉そうに言うくせに、何も起きてないじゃないか?』

 ここぞとばかりにマキアスが攻め始めた。当然、ユーシスは彼の小言を流そうとしない。

『お前のような安売り能力とは違うのでな』

『安売りって言うな! 防御力は大事だろう。実用的な上に霊力消費が少ないなんて、いいこと尽くめじゃないか!』

『雑貨店のセール文句か? 店頭に立って一人で叫んでいろ。一瞥してから鼻で笑ってやる』

『そこはせめて買っていけ――って、そうじゃなくてだな!』

 終わる気配のない小競り合いをモニターで眺めながら、リィンはヴァリマールに訊いた。

「本当になんの変化もないのか?」

『変化ハ確認デキル。シカシ……ドノヨウナ能力ガ働イテイルカ、判然トシナイ』

 何らかの力は宿っているらしい。が、現段階ではこれ以上調べようがなかった。

 九種の能力。これが今の俺の全て――

 

 その後も強制回復と騎神リンクの切り替えを試しながら、感覚を体で覚えていく。

 この訓練は効果的だったようで、マスタークオーツごとの大まかな霊力使用量や、回復にかかる時間などが把握できた。今後、戦闘の流れを組み立てるのに役立つだろう。

「そろそろ切り上げたら? エマも言ってたでしょ。霊力は回復できても体力は回復できないんだから」

「そうだな……そうしようと思う」

 横目を向けてきたセリーヌを見返し、リィンは座席に背中をうずめた。

 疲労感と虚脱感が肩にのしかかる。体が鉛になったみたいに重い。

 モニターの中の仲間たちに目を向けると、この空いた時間を利用して各自の特訓の続きをしているようだった。

「みんなもがんばってるな。……よく分からないのもあるが」

 エリオットは魔導杖を抱えて、ひたすら走り回っている。

 マキアスは地面にチェスのボードを描いては、うなりながら眺めている。

 アリサは訓練用のナイフを手に、フィーと模擬戦をしている。そのフィーは目隠しを付けていた。

 エマは辺りの石ころを手あたり次第に転移させ、また自身もあっちこっちに飛び回っている。

 ガイウスは寡黙に石にノミを突き立て続けているが、エマが良さそうな石をどんどん転移させていくので、地味に困っているようだ。

 ミリアムは手持ちのブロックパズルにご執心で、上機嫌に一人で遊んでいる。

 ユーシスは腰を下ろして、スケッチブックに剣らしき絵を描いている。

 ラウラはカスパルから渡された蒼耀剣で、素振り稽古をしている。

「それぞれ特徴的だな。というかミリアムのは本当に特訓なのか?」

 遊んでいるようにしか見えない。しばらくするとパズルに飽きたのか、ミリアムはてくてくとヴァリマールの足元までやってきた。

 彼女は《ARCUS》を取り出すと、勝手にリィンとリンクを繋ぐ。騎神リンクが発動した。

「な、なんだ?」

 リンクを切っては繋ぎを繰り返すミリアム。

『あはは、ピカピカしてキレイだねー』

「こら、やめろって」

 暇つぶしに構ってもらいにきたらしい。騎神リンクの能力発動はリィンの任意でとは限らない。準契約者側からの意志でも発現できるのだ。実際にユミルでのオルディーネ戦では、マキアスから騎神リンクを繋ぐ場面があった。

 そうこうしていると面白そうな匂いを嗅ぎつけたのか、アリサとの模擬戦を中断したフィーも近くにやってきた。

『私もやろっかな』

『うん、いいよ』 

 ちびっこ二人は交互にリンクを繋いでは、ネオンライトのように光色を変えるヴァリマールを楽しんでいる。

『夜ならもっとキレイかな』

『だね。ラウラの赤色とエリオットの青色も追加しようよ』

「遊ぶなって!」

 埒があかない。騎神から降りて直接注意しようとした矢先、交互のタイミングを誤ったリンクが、同時にリィンの《ARCUS》に到達した。

「え? うわ!?」

 瞬間、漆黒と琥珀の輝きが混ざりあい、融合した光が膨張して弾ける。モニターに表示されていた機体データが、見たこともない数値を叩き出した。

 フィーとミリアムはもちろん、リィンやセリーヌでさえも呆気に取られていた。

「な、なによ、今の」

「力が合わさった……のか?」

 合成された二種の能力。光はすぐにかき消え、元の状態へと戻る。まったくの偶然だった。

 しかしあり得ない現象ではない。リンクを複数人で同時に行ったことはあるのだ。

 入学オリエンテーションの地下校舎でガーゴイルと戦った時。そして学院祭前日、旧校舎の異変に立ち会った時だ。

 感じていた可能性。騎神リンクの第二段階。

「多重リンク……繋げる力、か」

 リィンはつぶやき、自身の《ARCUS》に視線を落とす。ほのかに光を滲ませる戦術オーブメントは、まだ何かを生み出そうとしているように思えた。

 

 ●

 

 ノルドの夕焼けが、広大な大地を赤く染める。

 僕の髪よりも赤いんだろうな。そんなことを回らない頭の隅に浮かべながら、エリオットはごろんと土の上に倒れ込んだ。

 走り通しで、もう限界。手から離れた魔導杖と一緒に横たわる。

「はあ、はあ……水……も今はいいや」

 汗まみれの顔を拭う気力もなく、荒い呼吸のまま茜色の空を見上げた。

 薄く星が瞬いている。あと半刻もすれば日没だろう。気温もずいぶん下がってきているが、熱を持つ体にはむしろ丁度いいぐらいだった。

「……やっぱり僕には無理かも」

 不安が声になって口からこぼれる。

 個別特訓を開始して、今日で四日目。毎日休む間も惜しんで、トヴァルの指導を受けた。

 それでも、ムービングドライブの習得には程遠い。

 仲間たちの話を聞くと、ペースに差はあるにしても、それぞれの特訓は概ね順調のようだ。ユーシス、アリサの開発組も、本人たちを交えて突貫作業の真っ最中らしい。

 みんな前に進んでいるのに、僕だけが止まっている。

「風に当たるなら汗は拭いとけよ。また体調悪くするぞ」

 トヴァルの声が頭側から近付いてきた。無言を返事にして、エリオットは空を眺め続ける。

「となり、座るぞ」

 横にどっかりと腰を下ろすトヴァル。白いコートを視界の端に収めながら、エリオットは言った。

「トヴァルさん、僕は今まで通りじゃダメですか?」

「なんだ。あきらめるのか? せっかくいいところまで来てるってのに」

「いいところって……全然ですけど」

 実を言えば、まったく成功しないわけではない。

 アーツを駆動待機状態にして、じりじりと足を動かせば、微量だがその位置から動くことはできるようになっていた。

 でもそれだけだ。

 そんなちょっとの移動でも相当の集中力を使うし、そもそも動きながら駆動を進めているわけではない。実戦で使うのは、まず無理だ。

「みんなの足手まといにはなりなくないですし……」

 こんな状況で前衛にしゃしゃり出る方が迷惑だ。下手に戦闘スタイルを変えず、後方支援に徹する方がいい。回復をメインにしながら、隙を見て遠距離からのアーツ攻撃。それで十分仲間の役には立つ。

「お前さんのポジションは重要だ。今まで通りでも戦力には違いない。でもそれは、戦う相手が今まで通りならの話だ」

「今まで通りじゃない相手……貴族連合?」

「厳密に言えば、その協力者たちだな。《西風》の猟兵二人に、クロウ・アームブラストを始めとした帝国解放戦線の幹部連中。そして結社《身喰らう蛇》。あいつらと並で渡り合えるとは思ってないだろ?」

「それは……」

 ユミルでマクバーンと戦ったメンバーの中には、エリオットもいた。

 結社のナンバーI、《劫炎》と戦う前衛に余裕などあるはずもなく、彼らは後衛の守りにまで手を回せなかった。それでもなんとか前衛を援護しようとしたが、荒ぶ炎に追いやられ、まともに駆動できたアーツは無し。

 逃げ惑うばかりで、サポートなど何一つできなかったのだ。

 だからわかっている。ムービングドライブの有用性は。

 敵の攻撃を回避しながらアーツを駆動させ、自分の立ち位置も状況に応じて選択できる。なにより前衛のアタッカーが攻めに集中できる。

 自分のスキル一つで、全体に大きく貢献できるのだ。

 理解している。がんばっている。だけど、できない。

「別にあきらめるつもりはないんです。でも時間が足りません。習得に向けての努力は続けますけど、今はアーツの使い方とか、効果的なフォローのタイミングとかを練習した方がいいんじゃないかって……」

「そうじゃない」

 強くさえぎって、トヴァルは続けた。

「時間がないのは承知してる。だからエリオットだけじゃなく、Ⅶ組にはきっかけ一つで変われる力を伝えたいんだ。指導役の人間はみんなそう思ってる」

「きっかけ?」

「心持ち、物の見方、考え方、なんだっていい。今この時はできなくても、次の瞬間にはできている可能性だってあるんだぜ」

 歯車がかみ合うだけで得られる力。望みの薄い話に思えた。

「それにムービングドライブはお前さんと相性がいい。理由は説明したろ?」

「はい、まあ……なんとなくは分かります」

 ピアノを弾きながら歌えるか。指導役を買って出るにあたって、トヴァルが最初に質問してきたことだ。

 演奏と歌を同時にこなすのは、実は難しい技術である。両方に意識を置き、あるいは両方に意識を置かず(、、、、、、)に、指先を動かしながら声を発するのだ。

 どうもこの感覚は“動きながら、駆動する”というムービングドライブのそれと、似通う部分があるらしい。 

 らしい、というのはそもそもトヴァル自身がこの駆動法を会得していないので、あくまで聞き知った話なのだそうだが。

 同じ魔導杖使いのエマよりも適正があるというのは、下地がある分、感覚を得るのが早いだろうという理由からだ。

「先が見えなくて不安になるのはわかる。けどこれはエリオットだからできることで、エリオットにしかできないことだ」

 トヴァルも寝転がり、薄闇の降りてきた空を見上げる。吸い込まれそうな夜天はどこまでも深い。

 しばらく無言で星の煌めきを数えるだけの時間が続いたが、不意にトヴァルが言った。

「男にはな。できるかできないかの前に、やらなきゃいけない時があるんだよ、お前さんだって男だろ」

「うーん、男らしいって言われたことはないですけど」

「普段なんざどうだっていい。踏ん張るべき時に体を張れるかどうか、大事なのはそこだぜ」

 トヴァルなりに励ましてくれているのだろう。人生経験で物を語る姿は、確かに頼れるお兄さんという感じがする。

 エリオットは思ったことをそのまま口に出した。

「なんだかトヴァルさん、頼れるお兄さんって感じです」

「だから最初から言ってんだろうが」

「あはは、すいません」

「ったく。いずれそのセリフはエリゼお嬢さんからも聞かせてもらうけどな」

 それは難しいかもしれない。彼が雪合戦で優勝した時の台無し感たるや、並のやらかしっぷりではなかった。

 エリゼちゃんからは面と向かって『嫌いです!』宣言をされていたし。

 なんだろう。笑ったせいか、元気が出てきた。エリオットは立ち上がり、魔導杖を強く握る。

「もう少し走ってみます」

「おう、走れ走れ。若者の特権だ」

 走ることにも意味はある。ムービングドライブを習得する為に、やれるところまでやってみよう。無理なら無理で、それはそれだ。

 入れ直した――というより、入れ直された気合いを腹に据えて一歩を踏み出そうとした時、

「エリオットくん! 探したよ!」

 焦燥の面持ちでトワ・ハーシェルが駆け寄ってきた。

「どうしたんですか? そんなに急いで」

 高原に停泊中のカレイジャスを背にするトワは「……落ち着いて聞いてね」と前置きしてから告げた。

「フィオナ・クレイグさん。エリオットくんのお姉さんの安否が判明したの。……ケガもなく、今は無事だって」

「姉さん、良かった……え、今はって」

「貴族連合に拉致されたの」

 遅まきの嫌な予感と、トワの言葉は同時だった。

「フィオナさんは今、第四機甲師団に対しての人質になってる」

 

 

 ――続く――

 

 





お付き合い頂きありがとうございます。

ついに遊撃活動開始ですね。しかしゲーム本編とは作戦内容の運びや、人の配置などが異なってきます。

さてアバンからアリサとラウラの一幕でしたが、二人の関係は大きく変わらず、ある意味さらに親密性は増す形となりました。
とりあえず今後もリィンは色々責められます。だってリィンだもの。

次回がいよいよ特訓の成果お披露目!
引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。

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