虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第38話 雪玉に願いを(前編)

 昨晩から降り続けた雪で、辺りは一面の銀世界。

 朝には晴れ間も多くなり、柔らかな陽が差し込んでいる。最高のイベント日和。ついにこの日がやってきた。

「全員、ちゅうもーく!!」

 気合いの入ったトヴァルの大声が郷中に響き渡る。

 白一色に彩られた中央広場。そこに今日の参加者たちが顔をそろえていた。

 Ⅶ組の面々、協力者たち、ユミル選抜メンバー。総勢は二十名にもなる。

 満を持してのイベント開催。主催者であるトヴァルは全員の前に立ち、一つ咳払いをしてみせると、主旨と概略の説明を始めた。

「まずは開催にあたりご快諾頂いた男爵閣下、並びにユミルのみんなには改めて礼を言わせて欲しい。この郷に世話になってしばらく、気付けば俺たちも中々の大所帯。感謝の気持ちを込めて、今日は親睦を目的とした雪合戦を企画させてもらった。勝負事ではあるが、みんなで和やかに楽しめれば何よりだ」

 堂に入った開会の挨拶に「さすがはトヴァルさんだ」とか「よっ、頼りになる男!」とか「あんたが大将!」などと言った歓声がそこかしこから上がる。

 もちろんそれを叫んでいるのはユミルの人々に限るが。

「手元の用紙を見てくれ。今から大会のルールを伝えるからな」

 事前に配布されていたA4サイズの大会要項。そこには細かな規定がずらりと並んでいた。

 雪合戦など、投げて当てれば勝ち。子供の遊びならそれでいいが、競技として実施するとなると、それなりのルールを設定する必要がある。

 それらは分かりやすいように、箇条書きで記してあった。

 

 『基本ルール』

 ①競技はチーム制(一チーム五人。※参加者の人数上、ユミル勢は六人)。

 ②雪玉が体のどこかにあたったらアウト。フィールドから退場する。

 ③競技エリアはユミルの町全域(山道側、渓谷道側の一部を含む)。ただし屋内は除く。

 ④他チームを倒し、最後まで残ったチームの優勝

 

 『特別ルール』

 ①体に当たっても、雪玉を崩さずにキャッチできたらセーフ。

 ②フィールド内にあるものなら何を使ってもいいが、その道具で直接攻撃してはいけない。

 ③《ARCUS》のリンクは元より、通信も禁ずる。

 ④雪の中に石を入れてはいけません。

 ⑤アガートラムの使用禁止!

 

 『勝者への特典』

 ①優勝チームには、チームとして一つだけ、どのような望みも叶える権利を与える。

 ②MVPには、個人として一つだけ、どのような望みも叶える権利を与える。

 ※MVPは総合的な活躍を加味した上で、全チームの中から一名が選ばれる。

 

 ざっとこんなところである。思った以上に細かいルールにざわつく一同だが、その反応にトヴァルは満足そうだった。

「なにか質問はあるか?」

「はいはいはーい! 特別ルールの⑤番!」

 ミリアムが挙手した。

「ガーちゃん使ったらダメなの?」

「ダメだ」

「ガーちゃんが参加したいって言っても?」

「ガーちゃんは参加したいって言わない」

「トヴァルのけちー!」

 むくれるミリアム。ルールに書かなくても普通は使わないが、当たり前のように彼女は反則技を使う。そう確信していたトヴァルはパワーバランスを保つ為に、あえて明文化したのだ。

 《ARCUS》の禁則を始め、他にも想定できるチートについての規定がいくつかあった。全ては公平なゲームにする為だ。

 これらを見るだけでも、どれだけ彼が考えを巡らしたかが想像できる。

 その十分の一でもいいから、先日の料理品評会のルール設定にも思考を回して欲しかったと、男子たちは胸中で呟いていたが。

 矢継ぎ早に質問の手が上がる。

「それじゃ、ガイウス」

「基本ルールの③番。町中はともかく山道側と渓谷道側についての具体的な範囲が知りたい。深入りすれば魔獣と出くわす可能性もあるだろう」

「どちらも魔獣の生息区域外を設定している。分かりやすいようにカラーテープを木と木の間に通しておいたから、危険区域側に足を踏み入れることはないはずだ」

 続いてアリサが問う。

「特別ルールの②番。フィールド内の道具使用について。この部分の説明を詳しくお願いします」

「例をあげて説明するなら、木の棒で相手を叩くのは違反。木の棒で雪玉を打って相手に当てるのはオーケーだ」

「木の棒で打ったら雪玉が砕けると思うんですけど」

「だから例だって。あと競技開始前に仕込みを作るのはなしだからな。それから道具についてだが、手で持てるものと地面に置くもののみを道具と認める。たとえば背中に担いで道具を移動させた場合、移動中は体の一部とみなすぞ」

 つまり木の板を手で持ち、盾とすることは可。木の板を体に装着して、鎧とするのは不可。当たり判定が発生することになる。

 一切の隙間を生まない、おそろしく細かいルール設定だった。

 それゆえに管理が難しい。ユーシスが当然の疑問を口にする。

「審判はどうするのだ? 個人の判断に任せていては、当たった当たらないの諍いが出てくるぞ」

「それも考えてある」

 ちらりと時計を見たトヴァルは、雰囲気たっぷりに片腕を持ち上げる。

 力強く彼は叫んだ。

「来い! 灰の騎神、ヴァリマール!」

 渓谷道側のアーチを越えて飛んで来たヴァリマールが、面々の前にずずんと降り立った。

「いやー、ははは! 一回やってみたかったんだよな、これ!」

「トヴァルさん……」

 人知れずリィンの好感度が下がる。

 実際はトヴァルの声に呼応したわけではなく、指定した時間になったらこの場所に飛んで来るよう、事前にヴァリマールに頼んでいただけである。演出の為だけに、相当な手の込みっぷりだ。

『催シノ内容ハ理解シテイル。任セテオクガイイ』

 ヴァリマールの開いた右手から「緊張するなあ」とアルフが、左手からは「がんばる、の」とキキが顔をのぞかせた。

「審判は彼らだ。主審のヴァリマールのマップスキャニングでプレイヤーの位置を把握。当たり判定も彼が下す。副審のアルフとキキはそのサポート。二人とも目がいいから、目視でも違反がないかを監視できる」

 これなら不正はできない。古より伝わる巨いなる力まで利用した雪合戦だ。

 次にトヴァルは教会横に設置された特設テントを指し示した。

「あそこは万が一ケガした時の治療場所だ。ま、負傷もなく終わるのが一番いいんだが」

 テントの中からリサとルシアが笑顔で手を振る。彼女たちが救護班だ。消毒液、包帯、簡易ベッド、担架まで用意してあった。

 苦笑しながら、サラはとなりにいたパープルにたずねる

「これはまた大げさねえ。あなたもそう思わない?」

「……あれだけで足りるかしら」

「え?」

 つぶやかれた言葉が不穏な風を呼ぶ。サラはパープルの視線を追った。救護テントの前、パイプ椅子に腰かけている男の姿があった。

 鳳翼館支配人のバギンスだ。救護班の一人というわけでもないらしい彼は、ただ黙して座っている。

「最後に競技解説者を紹介する。みんな、シュバルツァー邸を見てくれ」

 屋敷の上部窓が勢いよく開いた。

 そこから顔を出すのはテオである。その横にはセリーヌも控えていた。

 テオが張りのある声を響かせる。

「皆、心配をかけたな。この通り私は元気だ。残念ながら雪合戦には参加できないが、今日は存分に楽しんで欲しい。特筆すべきファインプレーがあれば、その都度私が解説していく所存だ」

 彼が衆目に姿を見せるのは、猟兵襲撃以来初めてだった。領主の復活にユミル中が湧く。

「なんで私も解説者なのよ。アンタも話し終わったんなら早く窓閉めて。寒いから」

「おお、すまんな」

 セリーヌに突つかれたテオは、言われるままに両開きの窓を閉めた。

「ちなみにMVPは閣下とセリーヌの協議によって選ばれるからな。選定基準には敵撃破数や生存時間、回避率、命中率も関わってくる。単に最後まで残ればいいわけじゃないぞ」

 この辺りのデータ収集はヴァリマールが担当する。

 一通りのルール説明が終わった。もう質問は無いようだった。

「今からやってもらうことはチーム分けだ。参加者同士で自由に組んでくれて構わない。チームが決まったら優勝特典についても話し合っておいてくれよ」

 試合前の重要な局面だ。メンバー次第でチームの戦略性も自ずと決まってくる。

「開始は一時間後。チームが確定次第、またこの場所に集合な。それじゃ一度解散だ!」

 

 ● ● ●

 

 そこかしこでチーム決めに奔走するⅦ組勢。

 チームメンバーの上限数は五人という指定だ。誰かが主となって音頭を取るわけでもないので、なかなかスムーズには決まらなかった。

 その中ですんなり手を組んだペアが一つ。

「がんばろうねー」

「了解」

 フィーとミリアムである。例によってのちびっこ同盟だ。

「MVPに選ばれたらどんな願いも叶うって本当かな」

「トヴァルは遊撃士に二言はないって言ってた。実際、色々と回せる手は多いと思う。大体のことはできるのかもね」

「じゃあさ、課題のレポート提出しなくても怒られないとか?」

「それは難しいんじゃない? でも一年間宿題免除とかできたら、かなり嬉しいけど」

「だよね、だよね!」

 優勝特典に関しては、トヴァルが個人で叶えることができないものは、関係各所に話をつけて可能な限り実現させると確約されている。

 加えて優勝チーム、MVPの望みには参加者たちも全力で応えるべしとの一文が添えてあった。

「決めた。ボクらの希望はそれで行こうよ」

「いいと思う」

 密やかな悪巧みを画策する二人の肩に、背後からポンと手が置かれる。ぎくりとしてフィーたちが振り返ると、そこにはニコニコと笑うエマがいた。

「面白そうな話をしていますね。私にも教えてくれますか?」

「あ、いや……」

「何でも……ない」

 同時に顔をそむける。エマの丸眼鏡がキラッと光った。

「私がMVPになった時は、フィーちゃんとミリアムちゃんに毎日お勉強の時間を作ります。どんな希望も通る上に、参加者はそれに全力で応えないといけないんでしたよね?」

 魔女が小さくささやき、フィーたちに戦慄が走る。

「それでは後ほど。うふふ……」

 ちょっと怖い笑みを残しながら、遠ざかっていくエマ。

「ま、まずいよフィー!」

「委員長を最優先ターゲットに。二人で倒すよ」

 勝てば天国、負ければ煉獄。

 エマを仕留めなければ、ちびっこ達に未来はない。

 

 

「あんたはアリサと組まなくてもいいの?」

 サラはシャロンにそう言った。

「このような催しですから。あまり後ろに付いて回るのはいかがかと思いまして」

「ふーん、じゃあ別のチームに入るわけ?」

「そうなります。希望としてはサラ様と同じチームがいいのですけど」

 サラは意外そうにシャロンを見返した。

「なんであたしなのよ?」

「あら、ダメですか?」

「だ、ダメとは言ってないけど……」

 照れ隠しのように視線をそらす。そばにいたクレアがくすりと笑う。

「いいじゃないですか。でしたら私も一緒のチームにして下さい」

「あ、あんたまで」

 先日の料理品評会の一件から、見た目には分からないものの、三人の関係は良くなっていた。

 しぶしぶを装いながら、「仕方ないわね」とサラはその申し入れを了承する。

「ところでMVPになったら何か望みとかあるの?」

「サラ様はお酒ですか?」

「うるさいわね。そうよ」

 サラの欲しいものはユミルの地酒。それをいっぱい。一杯ではなく、いっぱいである。

 シャロンは困ったように言った。

(わたくし)はそうですわね。あるにはあるのですけど……言ったらサラ様に怒られてしまいそうですし」

「気になるわね。教えなさいよ」

「怒りませんか?」

「怒らないから早く言いなさい」

 もじもじとはにかみながら、シャロンは自分の望みを口にした。

「実は……水着姿になったサラ様に、ユミル中のお掃除をして頂きたくて」

「……は?」

 それは二か月前、貴族組とⅦ組での体育大会のことである。ヒートアップした口ゲンカの果てに、サラとハインリッヒ教頭は一つの賭けをした。

 Ⅶ組――つまりサラが負けた場合は、水着姿で学院中を掃除するという賭けを。

 体育大会中に帝国解放戦線の残党が乗り込んでくるというアクシデントがあったので、結局その勝敗の行方はうやむやの内に消え去ったのだが。

「どうしてもその時のことが心残りで……。ラインフォルト本社から最新式の導力カメラまで取り寄せましたのに」

 サラのこめかみがヒクヒクと動く。極めて冷静に彼女は言った。

「水着なんて持ってないわよ」

「私が作りますわ。面積の少ないものを」

「分かってると思うけど、今は冬よ。外は馬鹿みたいに寒いんだけど」

「承知しております」

 嗜虐心を孕んだ隠しきれない悪戯の笑み。

 この女はやっぱりそういう奴か。弄れるところで、きっちり弄ろうとしてくる。サラは対抗するように口の片端を目いっぱいに引き上げた。溢れ出す怒りが拳をわなわなと震わせる。

「そーう。そっちがその気ならこっちも本気よ。希望変更。あたしがMVPを取った時は、あんたに一生消えないトラウマものの辱めを与えてやるわ」

「まあ、サラ様ったら怖い。ところで何色がお好きですか?」

「早くも水着の色を決めようとしてるんじゃないわよ!」

「お、お二人とも同じチームですよね?」

 見かねたクレアが仲裁に入る。

 しかしサラの勢いは止まらない。一方のシャロンは涼しい顔のままだ。それが余計にサラを苛立たせるわけだが。

 

「とりあえず私たちが入れるチームを探しに行きましょうか」

「上等よ、上等だわ。覚悟なさい!」

「あ、あの。もう別々のチームになった方がいいのでは……」

 もはやそんな声に傾ける耳などなく、サラとシャロンはそろって歩き出している。

 遠退く背中を追う気にはなれず、クレアはそっとその場を離れるのだった。

 

 

「に、兄様」

 おずおずと様子を窺うように、リィンのそばにエリゼが近付いていく。

「エリゼか、どうした?」

「兄様は雪合戦のチームを決めたのですか?」

「いや、どうしようかと思ってさ。人数が多くて誰に声をかけたらいいのやら」

「そうでしたか。ユミルチームはメンバー固定みたいですしね」

 エリゼは髪をいじったり、上を向いたり下を向いたり。

 先に言って欲しい言葉を待っているのに、朴念仁の兄はそわそわしている妹を不思議そうを見るばかりだ。

 そこから一分もの時間をかけたあとに、

「なんなら俺と組まないか」

 リィンはようやく正解にたどり着いた。

 顔に出てしまいそうな喜びを必死に押し隠し、エリゼは努めて冷静な態度を維持してみせる。

「まだ私もどのチームにも入ってませんし、兄様がそう仰るのであればお断りする理由はありません」

「そうか、助かるよ」

「兄様の背中は私がお守りします。ところでもう決めたんですか? 例の特典のこと」

「ああ、MVPになったらってやつか。実は室内稽古に使う為の姿鏡が欲しいんだ」

 型の確認をしたり、正面から刃筋を見たりと、その用途は多い。

「でも大きいものは値が張るから、頼んでいいか悩むところだけど」

「トヴァルさんなら大丈夫だと思います。一番高いのにしましょう」

「エリゼってトヴァルさんに容赦ないよな……」

 当のトヴァルはトヴァルでチームメンバー探しに奔走している。開催者とはいえ、彼も参加者の一人だ。

「エリゼの希望は?」

「わ、私ですか? ええっと、もし何でも叶うなら……」

 兄様に甘えたい。子供の時みたいに、頭を撫でて欲しい。

 問われて最初に浮かんだ望みはそれだった。自分でも意外な――しかし本心なのだろう、その望みを反芻し、エリゼは赤面する。ぼしゅーと頭から蒸気が出ていた。

「……内緒です」

「ははは、気になるな」

「あ、リィン。エリゼちゃんも」

 そんな時、二人の元にやってきたのはエリオットだった。

「チームに空きがあったら僕と組んでくれないかな。こんなにいたら誰に声をかけていいか迷うよ」

「もちろんだ。俺もそれで困っていたし」

「エリオットさん、体調はよろしいんですか?」

 心配そうにエリゼが訊く。

「うん、ありがとう。もう大丈夫。ちょっとぐらいは動かないと体もなまるばかりだしね」

 ちなみにエリオットの希望するMVP特典は新しいバイオリンが欲しいとのことだった。自分がMVPに選ばれることはないと本人は笑っていたが。

 周りを見回すリィン。

「これで三人。あと二人か……ん?」

 一人歩くクレアが視界に入る。

「すまない、ちょっと離れる。エリゼとエリオットはあと一人探しておいてくれ」 

 

 

「悪いが君とは組まないぞ」

「俺のセリフだ」

 すでに火花を散らしているのはマキアスとユーシスである。互いに睨み合って牽制、そして宣戦布告だ。

「今日は堂々と君に雪玉を投げつけられるわけだからな。泥だらけになって退場するがいいさ」

「今の内にせいぜい吠えておけ。みっともない姿をさらす前にな」

「なんだと!」

 今にも掴みかからんとするマキアスを、ユーシスは鼻で笑う。

 止まらない売り言葉に買い言葉。

「俺がMVPを取ったらお前の眼鏡を割って――いや、お前自身に割ってもらおうか。それなりの見世物にはなるだろう」

「き、き、君という男はあっ!」

 命と言うべき眼鏡を彼自身の手で割る。下手をすれば精神崩壊さえ起こしかねない、究極のペナルティだ。

「お前も同等の望みを俺に課してもいいのだぞ。どうした? 遠慮するな」

 本気の勝負を吹っかけに来ているのだ。

 煽られているとも分かっていたが、マキアスはぐっとこらえた。

「君に屈辱を与えるのに、わさわざ勝者の権利を使うまでもない。試合中に思い知らせてやる」

 MVPの特典は他に使いたいことがある。ここで挑発に乗るわけにはいかなかった。

 それを思い出し、熱くなっていた頭を冷やす。落ち着けマキアス。僕はクールな男だ。そうだろう?

 こんなところで時間を取られている場合じゃない。この鼻持ちならない男は雪合戦できっちり叩くとして、今は最優先でやることがあるじゃないか。

「覚悟しておくんだな、ユーシス!」

「相変わらず三下の捨て台詞が似合う男だ」

「く、くそ!」

 言い返す言葉は浮かんでこず、ユーシスに背を向けて走り出す。

 是が非でもチームに迎え入れたい人物が一人。彼女を守りたいのに、敵になってしまってはいけない。

 クレア大尉はどこにいる?

 

 

 どうしても一歩を踏み出せない。

 アリサはやきもきしながら、離れた場所からリィンを眺めていた。

 一緒にチームを組みましょう。それだけを言えばいいのに、彼の前まで行くことができなかった。

 もたもたしている内にエリゼが現れ、続いてエリオットもやってくる。残る枠は二名だ。

 それでも気持ちが固まらず二の足を踏んでいると、リィンがエリゼたちの元から離れた。

 その直後、エリゼが手招きして誰かを呼んだ。近くにいたエマが合流する。多分彼女もリィンのチームに入った。

 あと一人だ。

 この流れで自分も入るしかない。自然に近付いて『あら、メンバー足りないの? 私が入ってもいいわよ』みたいな感じで。

 ああ、でも。できるなら私も手招きして、エリゼちゃん。

「よ、よし。うん」

 意を決して足を動かそうとした矢先、

「お、一人か」

 トヴァルが声をかけてきた。S級のタイミングの悪さだ。

「メンバーが見つからないんだったら俺が入ってもいいぜ。この頼りになるお兄さんがな!」

 ウィンクが光る。厄介なお兄さんの肩越しに、どこかに走っていくリィンが見えた。

 最後の一人に当てがあるのだろうか。

「あ、ああ……」

「心配はいらない。俺の指揮があれば優勝は確実だ」

 まだ追えば間に合う。

「すみません、トヴァルさん。私――」

「アリサ見っけ」

「仲間ゲーット!」

 脇を抜けようところで、フィーとミリアムに捕まった。

「いいでしょ、ボクらと組んでよ、助けてよ!」

「絶体絶命」

「な、何がよ、もう!」

 はっとして視線を戻すと、リィンはいなくなっている。見失ってしまった。

「あそこにユーシスもいるよ。一人で可哀想だから仲間に入れてあげようよ」

「チーム決めとか最後まで残るタイプだしね」

「聞かれたら怒られるわよ、あなた達。……はあ」

 深いため息。アリサが一歩も動くことなく、五人のメンバーは確定してしまった。

 

 

 チーム決めの号令がかかった時、隣にいたからという理由で、ラウラとガイウスは組むことになっていた。

 積極的に誰かを探しに行くわけではなく、来るもの拒まずというか、適当に近くに来た人を仲間にしようというスタンスである。

 協力者を含めたⅦ組勢のメンバーは十五人。余りもなく三チームで割り切れる。放っておいてもチームはできるのだ。

 焦る必要はない。二人はMVPの特典について話し合っていた。

「ガイウスは欲しいものでもあるのか? あまりなさそうだが」

「色々考えたのだが……せっかくなのでユミルの名産品を少し分けてもらおうと思う」

「興味があるのか?」

「故郷への土産にしたいのだ。トーマたちはまだノルドの外に出たことがないからな。きっと喜ぶ」

「そなたらしいな。いいのではないか」

「ラウラの希望はなんだ?」

 ガイウスに訊かれて、ラウラは即答した。

「厨房を一日お借りしたい。思う存分料理を作りたいのだ」

「な……っ」

 絶句するガイウス。絶望を突き付けられた気分だった。

 何もかもが手遅れになる前に、彼はラウラの考えを変えようとする。

「ま、待て。それでは鳳翼館の業務に支障をきたしてしまうのではないか?」

「大丈夫だ。朝、昼、夕の食事を私が用意すれば問題なかろう」

「さ、三食……だと!?」

「ふふ、それくらいはさせてもらわねばな」

 ラウラの身体能力は高い。MVPに届き得るスペックだ。非常にまずい事態が進行している。

「聞くがいい。物事には倫理というか越えてはいけない一線というものがあってだな。詰まるところ、やっていいことと悪いことが――」

「あら、あんた達は二人なの?」

「失礼致します」

 なおも説得を続ける彼の元にやってきたのは、サラとシャロンだった。

「チームに空きがあるなら、あたしらを入れなさい。いいでしょ」

「足手まといにはなりませんわ」

 ポテンシャルの高過ぎるお姉さん達が、なぜか仲間に加わる。しかしどこかムードがピリピリしている気がした。

 ガイウスの危惧とは裏腹に、最強のチームが組み上がりつつある。

「おお、これは心強い。ガイウスもそう思うだろう?」

「……うむ」

 言い知れぬ不安。煉獄の足音が迫る。

 

 

「はあ、シャロンさんとサラ教官がそんなやり取りを」

「なんだか割って入りづらくて。困りました」

 リィンとクレアがいるのは鳳翼館の遊戯室である。

 リィンが誘うとクレアはすんなりチームに入った。

 これで五名確定。集合時間まで余裕があるからと、二人は館内で時間を潰していた。

「いつものことだから気にしなくても大丈夫ですよ」

「そうなんですか? それならいいですけど」

 ビリヤード台の前、クレアはキューを構える。すっと呼吸を止めて一突き。加速したボールが次々と他の玉をポケットに落としていく。まるで魔法のようだった。

「すごいですね。俺にはとても真似できません」

「リィンさん、ビリヤードの経験は?」

「ほとんどやったことがないですね。初心者です」

 クレアは時計に目をやった。

「まだ時間はありますし、やってみませんか? 教えますよ」

「せっかくですし……ぜひお願いします」

 一般的なナインボールのルール説明の後、クレアはキューの構えからショットのコツまで、要点を分かりやすくリィンに指導した。

「もう少し脇をしめて。そうです。それで足幅はこのくらい」

「た、大尉」

 文字通りの手取り足取り。かなり密着しているし、色々と触れた気もするが、クレアがそれを気にする素振りはない。

 自分くらいの年代なら、弟のような感覚で接してくれているのだろうか。

 嬉しいような、むずがゆいような、不思議な気持ちだった。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ……」

 少し迷ったが口にすることにした。

「クレア大尉は優しくて面倒見がいいから……俺に姉さんがいたらこんな感じなのかなって」

「………」

「急にこんなこと言ったらおかしいですよね、すみま――」

 すっと引き寄せられる。最初は何が起こったのか分からなかった。

 気付いた時、リィンはクレアに抱きしめられていた。

 ほのかに甘い香りが思考を麻痺させる。どこかで小さな物音がしたが、気に留めてはいられなかった。

 しばしの後、クレアはリィンから離れた。

「ごめんなさい。ただちょっと、私も思うところがあって……つい。迷惑でしたか?」

「そ、そんなこと」

 うまく言葉が出て来なくて、ただ首を横に振る。クレアは控えめに微笑んだ。

「雪合戦がんばりましょうね。私、MVPになったら釣竿をもらおうと思っています」

「釣竿? どうしてですか?」

「昨日、渓谷道で釣りをやってみたんですけど、思っていたより楽しくて。自分用の竿が欲しくなりました」

「だったら屋敷に余っているものがありますから、お譲りしますよ」

「ありがとうございます。でも他に特典を使うものも思い当たらないので。こういう場で何も望まないというのも少々無粋でしょうし。もっともMVPが取れたらの話ですけど」

 自分が姿鏡を希望するのも似たような理由だった。

 みんなで楽しむ時間があればそれだけで十分。けれど用意された特典を不意にしたら、やはり興ざめだろう。場を白けさせるくらいなら、何かを望んだ方がいいかもしれない。そう思っていたのだ。

「今度一緒に釣りに付き合ってくれませんか? いいポイントを知っています」

 そう誘うと、クレアは嬉しそうだった。

「ここに来てからたくさんの約束をしました。エリゼさんとは帝都に買い物に行く。マキアスさんとはチェスをする。リィンさんとは釣りをする。こんなに楽しいと思うのは……もしかしたら初めてかも知れません」

 楽しいというのに、どこか寂しげな声に聞こえたのは気のせいか。

「私はもう少ししたら行きます。リィンさんは先に広場に戻っていて下さい」

 一度クレアと別れ、リィンは鳳翼館を出る。

 扉を抜けた先にはマキアスがいた。こちらに背を向け、身じろぎもせずに立っている。

「マキアス?」

 声をかけてみる。マキアスは無言のまま振り向こうとさえしない。様子がおかしい。

「どうしたんだ? 大丈夫――」

「修羅というものを知っているか」

 言葉を遮る低い声。冷たい響きにぞっとして、リィンは動きを止める。

「力を求めるあまり道を踏み外した存在だそうだ。でも僕はこうも思う。力が目的じゃなくて、目的の為に力を求めたんじゃないかって。道を踏み外してでも、成したい目的があったんじゃないかって」

「……何を言ってるんだ?」

 マキアスの肩に触れようとする。が、その手はパシンと払われた。

 ゆらりと振り返ったその顔を見て、リィンは言葉を失った。サングラスではないはずなのに、眼鏡のレンズが真っ黒だったのだ。まるで闇に塗られたような漆黒。

 禍々しい瘴気をまとう修羅がそこにいた。

「君もユーシスも、僕がまとめて屠る。その為なら、この身と心を闇に堕とすことさえ(いと)わない」

「お前は本当にマキアスなのか?」

「その問いには雪合戦で答えよう」

 ダーク眼鏡を押し上げて、その場を立ち去るマキアス。

 彼を取り巻く空気は淀んでいた。

 

 ● ● ●

 

 きっかり一時間後。チームごとに分かれた参加者たちは広場に再集合していた。

「よーし、それじゃチームごとのメンバーを発表していくぞ。まずはAチームから――」

 まとめたエントリー用紙を見ながら、トヴァルが各人の名前を読み上げる。

 チームの振り分けはこうだった。

 

 Aチーム……『エマ、リィン、クレア、エリオット、エリゼ』

 Bチーム……『ユーシス、トヴァル、アリサ、フィー、ミリアム』

 Cチーム……『ガイウス、サラ、ラウラ、マキアス、シャロン』

 ユミルチーム……『パープル、メイプル、ラック、ジェラルド、モリッツ』

 

 全チームとも五人構成。その振り分けを聞いて、エマは規定を読み返した。

「ユミルの皆さんは六人チームでは?」

 これでは一人足りない。「それは――」とパープルが説明しようとしたところで、一同の後方、鳳翼館の入口扉が開いた。

「それは……わ、私の枠だ」

 よろめきながらヴェルナー料理長が姿を見せる。清掃用のモップを杖代わりにして、ふらふらと広場を目指して歩き出した。

 内股でちまちま歩を進める彼に、普段のダンディーさは微塵もない。生まれたばかりの小鹿か、死にかけの小鹿か。なんにせよ弱りきった小動物を連想させる。

 そんな弱体化料理長の腹が『ギュルギュキュウウウゥ』と絞るような異音を発した。

「はっ、はおぉっ!」

 みるみる内に顔が青ざめ、据えどころのない指先が震え出す。

 ヴェルナーはその場を微動だにしなくなった。一歩でも動くと大惨事は確定である。

「私たちの出番ですね。行きますよ、リサ」

「はい、ルシアさん」

 危機を察した救護班が走る。ルシアとリサによって担架に乗せられたヴェルナーは、速やかに救護用テントまで移送された。

「は、離してくれ。私は雪合戦に出る……出るのだ」

「人数の空きはあるんですから、試合中に体調が戻れば参加したらいいじゃないですか」

「脈拍50まで低下。生理食塩水の点滴開始」

 簡易ベッドに寝かされ、リサによる応急処置が始まる。

 皆でそんな光景を眺める中、ラウラが感嘆の息を付く。

「さすがはヴェルナー殿。弱った体を押してまで参加しようとなさるとは。しかしご自愛はして頂きたいものだが……」

 続けて「あとでまた温かいスープでもお持ちするとしよう」とつぶやいていたが、残念ながらその処刑宣告を耳に留めた者は誰もいなかった。

 ヴェルナーを案じるのも程々に、トヴァルは話を本筋に戻す。

「今からチームごとに優勝特典の希望を発表してもらう。代表者は前へ出て宣言してくれ」

「はいはい、じゃCチームからいくわよ」

 歩み出たサラは、テント前に座るバギンス支配人をビシッと指さした。

「あたし達Cチームの希望は『鳳翼館の年間フリーパス』よ! 有効期限はこの先一年。いかがかしら?」

 バギンスは朗らかに笑うと、腕で頭上に丸印を作ってみせる。

「やり!」とガッツポーズをするサラ。仲間たちからは、

「我々というかサラ教官のみの希望だがな」

「さすがはサラ様、がめついですわ」

 などの声が上がるが、当の本人はどこ吹く風だ。

「じゃ、次Bチーム」

 ミリアムを連れたフィーが衆目の前に立つ。

「Bチームの希望は、学院再開時における課題レポートの低減。及び宿題の撤廃」

「ていげーん! てっぱーい!」

 希望というか要求を突きつけるフィーのかたわらで、応援団よろしくミリアムが追従する。

 仲間のアリサ、ユーシス、トヴァルは呆れ顔だった。

「チームの優勝特典は、二人で好きに決めていいって言ったけど」

「先に聞きだしておくべきだったな」

「ちょうど担任教官様がいるんだ。可否は即決してくれるだろ」

 担任教官様ことサラは、ほとんど悩みもせずにその申し出を承諾した。

「可能な範囲での実現を約束するわ。もちろんBチームが優勝できたらの話だけどね」

 そんな安請け合いをしていいのだろうか。学生組が不安を感じる中、エマがBチームとCチームの間に割って入る。

「Aチームの要望をお伝えします。私たちが勝利した場合はBチームの逆、課題レポートと宿題の継続実施。及び、フィーちゃんとミリアムちゃんに対する特別講習会の定期開催を行います」

 特別講習会とは普段の勉強はもちろん、フィーネさんプロジェクトも含まれている。

 すまし顔のエマだが、当然フィーとミリアムは反発した。

「そ、そんなのやだよ! しかもなんでボクたち限定なのさー!」

「納得いかないね」

「フィーちゃんたちがそういう要求をしてくることは想像していました。私のチームの皆さんも快諾してくれましたし、規定上の問題もないはずですよ」

 エマのチームメンバーは優等生ぞろいだ。加えてエリゼもいるので、反対意見など出てくるはずもない。

 うう、と唸るちびっこ二人に、お母さんは追い打ちをかける。

「ちなみに私個人の希望もそれです」

「……!」

 つまりエマがMVPを取った時にも、フィーたちにとっては同等のペナルティが課されることになる。二人は分かりやすく驚愕していた。

 これでA、B、C、三チームの優勝時の特典が出そろった。

 最後はユミルチーム。代表として手を挙げたのはパープルだった。

「私たちも特典の対象となるということで、チーム――といいますかユミルの民全員で前もって協議をしておきました。その結果――」

 彼女はトヴァルに視線を移す。

「私たちが優勝した場合に望むことは、遊撃士協会ユミル支部の設立。そしてその支部長にトヴァルさんを迎え入れることです」

「……へ?」

 辺りが騒然とする中、一番呆気に取られているのはトヴァル自身だった。

「ここ一か月に及ぶ郷への献身的な協力。みんながトヴァルさんに感謝しております。その……このままユミルにあなたがいてくれるなら私は……」

 言いながらどんどん顔が赤くなるパープル。そんな彼女の背中を「よくがんばった」とジェラルドが軽く叩く。

「で、どうなんですか? 実際、それって可能なの?」

 メイプルがトヴァルに詰め寄る。彼は悩んで頭を抱えた。

「結論から言えば……多分可能だ。ユミルの近くに支部はないし、場所的にも迅速な派遣が難しい。いくつかの条件をクリアする必要はあるが、本部に打診すれば前向きに話は進むと思う。で、でもなあ……」

「お願いします。トヴァルさんなら俺たちは安心です」

 ラックが頭を下げる。

 この企画や特典を考案したのは他ならぬトヴァルだ。『俺の裁量で、どんな願いも叶える』と豪語している以上、ここで断れば全員のモチベーションを下げることになる。彼は決断した。

「よし、わかった。引き受ける!」

 大歓声を上げて喜ぶユミルの人々。掛け値なしに信頼されているお兄さんである。

 ただ一人、エリゼだけは内心穏やかではなかったが。

「こ、これは阻止しないと、絶対……!」

 ユミル領主の息女がユミルチームを倒さなければならなくなった。

 これで事前説明とチーム分け、特典の確認が終了した。なお、MVP特典の個人希望は、最後の表彰式でMVP自身が発表することになっている。

「全チームはそれぞれのスタート位置に移動してくれ。配置完了次第、試合を始める!」

 

 ● ● ●

 

 審判を務めるヴァリマールはそのまま中央広場に立ち、その場所を中心として四チームは郷の東西南北に分かれる。

 まもなく全チームが所定の位置に到着した。フィールド全域に雪は積もっている。

「A、Bチーム、準備オッケーだよ」

「C、ユミルチームも大丈夫、なの」

 ヴァリマールの手に乗るキキとアルフが言う。『了解シタ』と応じたヴァリマールが最大音声で参加者たちに告げた。

『ソレデハ、現時刻ヨリ雪合戦ヲ開始スル。戦士タチヨ、存分ニ戦ウガイイ』

 同時にシュバルツァー邸の二階窓が開き、テオが始まりのホイッスルを吹き鳴らした。

 

 郷の北側、ケーブルカー駅付近からスタートするのはAチームである。

「行くぞ!」

 リィンを先頭に全員が雪玉を両手に構える。

「こちらには委員長とクレア大尉がいる。打ち合わせ通り、戦略を駆使した頭脳戦で攻めよう。一定の陣形を保ったまま各個撃破だ。エリオットとエリゼは後方支援も頼む」

「お任せください、兄様」

「玉の補給は絶やさないからね」

「私は東側を警戒します。エマさんは西に注意を払って下さい。乱戦になる前に全員分の想定射程距離を算出しましょう」

「了解しました」

 知将二人を従え、Aチームは足並みをそろえて進む。

 

 東、鳳翼館側からはBチームが動き出していた。

「俺たちは地形を活かして戦うぞ。遮蔽物の位置は常に意識しておけ。各人に割り当てた有効ルートも頭に入ってるな?」

 予定外の要望を背負うことになったトヴァルが声を張る。

「Aチームと委員長を最優先ターゲットに設定」

「絶対に負けるもんかー! こっちは奥の手も準備したもんね!」

 重すぎるペナルティ回避の為にフィーとミリアムが燃える。そんな二人にアリサが釘を刺した。

「あなたたち、独断先行はしないでよ」

「まったくだ。さて俺はレーグニッツを仕留めてくるか」

「ユーシス、あなたもよ。要は攻めより守りなんだから」

 あくまでも防衛主体の策。生き残ることを念頭に、Bチームは慎重に雪を踏む。

 

 西側、シュバルツァー邸前がCチームの所定位置だ。

「戦闘指揮は僕が執る。異論はないな?」

 凄みのある声で言うマキアス。普段の彼とは違う物々しい雰囲気だ。

「マキアス、やる気十分だな」

「殺る気? ああ、申し分ないさ」

 闇堕ちした修羅メガネが、ガイウスに笑みを向ける。背すじの凍りつくような冷えた笑みだ。

「このチームの戦力は高い。まずは相手チームの数から削っていく。包囲するように陣を散開しての広範囲殲滅戦だ。火力で押し切るぞ」

 およそ彼らしくない戦略だった。

 が、メンバーはその案に乗った。

「MVPを狙うにはその方がいいわ。覚悟しなさい、シャロン」

「それは私も同意見ですわ。ところで雪に映えるように布地は黒にしようと思うのですけど」

「まだ選んでんの!?」

 ラウラは不思議そうに彼女らを見る。

「お二人はチームのはずでは……まあいい。好戦的な策は私も嫌いではない」

 攻撃特化。ダークマキアスを筆頭に、Cチームは機敏なフットワークで散らばった。

 

 南側、教会前に控えるのはユミルチームである。

 歴戦の猛者たちは落ち着き払っていた。パープルが静かに深呼吸をする。白い吐息が揺らいでいた。

「策など必要ありません。圧倒した先にあるのが勝利。ただそれだけのこと」

 他のメンバーがうなずく。

「フィーネさんの為に、俺は勝つ」

 《乱撃》のラックは恋い焦がれるあの娘の為に。

「待ってろよ、キキ。新しい窯を買って、うまいお菓子を作ってやるからな」

 《闇技》のジェラルドは孫娘の為に。

「今日は酒を飲まなかっただあよ」

 《瞬皇》のモリッツはジェラルドの願いを支える為に。

「あの巨乳どもは許さないわ……特に三つ編みの巨乳……!」

 《幻惑》のメイプルはボインによる格差社会を覆す為に。

「トヴァルさんは必ず……さあ決着の時ですわ、クレアさん」

 《紫閃》のパープルはずっとその背を見ていた彼の為に。

 王者の風格を漂わせ、白き戦場にユミルの民が立つ。

 勝たねばならない理由。負けてはならない理由。

 それぞれの想いを胸に、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 ――中編に続く――

 

 

 




まずは前編をお付き合い頂きありがとうございます。
ついに始まりました雪合戦。あっちにもこっちにもそっちにもややこしい人がいます。

とりあえず各人、自分の希望を紙に書いてもらいました。

Aチーム希望(Bチームの特典潰し。フィー、ミリアムの講習会強化)
リィン『稽古用の姿鏡が欲しいです』
クレア『自分用の釣竿が欲しいです』
エリオット『新しいバイオリンが欲しいです』
エリゼ『兄様に、あ、甘……甘鯛!(言えなかった)』
エマ『チーム希望と一緒でお願いします』

Bチーム希望(課題レポートの低減、宿題の撤廃)
アリサ『ち、ちょっと恥ずかしくて書けないわ』
トヴァル『優勝という称号があれば目的達成だぜ』
フィー『チーム希望と一緒で』
ミリアム『チーム希望と一緒だよ』
ユーシス『レーグニッツ自身に眼鏡を割らせてやる』

Cチーム(ユミル温泉フリーパス)
ラウラ『一日思う存分に厨房を使いたいのだ』
サラ『今日こそシャロンを屈服させてやるわ』
ガイウス『ユミルの名産品を一通りそろえたいな』
修羅眼鏡『………』
シャロン『サラ様に水着で郷中の掃除をして頂きたいのです』

ユミルチーム希望(ユミルに遊撃士支部を置き、トヴァルを地区担当にしたい)
パープル『トヴァルさんを家に招いて手料理を振る舞いたいです。それから(以下塗り潰されて読めず)』
ラック『フィーネさんの望みが俺の望みだ』
ジェラルド『店のオーブン窯を新しくしてえな』
モリッツ『ジェラルドさんと同じ要望だけど、やっぱり酒が欲しくなってきただよ』
メイプル『胸の大きい人から順番に、一日あらゆる権利を剥奪してやるんだから!』
ヴェルナー『かゆ うま』

ざっとこんな感じです。
メイプルの称号は初出ですね。幻惑と言いつつも、ルシオラ姉さんとは似て非なるものですが。

全員に勝利の可能性がある雪合戦。順位を予想しながら引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。

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