虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第16話 監視塔攻略戦(後編)

 

 最初に会ったのはヘイムダル。二度目に会ったのはユミルだった。

 余計な事ばかりしてくれたものだが、その目的はいつも判然としなかった。

 意図があるのか、遊びの域なのか。どこか興味本位という雰囲気がないでもなかった。しかし今、彼は確かに自分たちの前に立ちはだかっている。紛れもない、敵として。

 結社《身喰らう蛇》の№X――《怪盗紳士》ブルブラン。それが仮面に顔を隠す、この男の名である。

 彼がこの場に現れたのは、やはり貴族連合の協力者としてか。

 だがアリサにはそれよりも気になることがあった。

「シャロン、どうしてその名前を知っているの?」

 先ほど、彼女はブルブランの名を口にしたのだ。

「それは――」

「彼女は我々の同胞だからさ」

 シャロンの言葉をブルブランが継いだ。

「そ、それってどういうことよ」

「どうもこうもない。執行者№Ⅸ、《死線》のクルーガーという通り名で彼女は呼ばれていた。君たちが俗に呼ぶ結社のエージェントだよ」

 目に険を宿して「今は休業中ですけどね」と返したシャロンの口調には、どことなく凄みがかっていた。

 否定しないシャロンを、呆然とアリサは見つめていた。

「……なんで」

 色々な感情が混ざって、思考が追いつかない。動揺が心をかき乱す。

 同胞? 結社の一員? シャロンが? 具体的に何をしていたのかなんて知らないけど、だとしていつから? そうだ、母様は――

「母様は知っていたの?」

 かろうじて絞り出した質問は、これだった。返答に迷ったようなシャロンだったが、すぐに「はい、イリーナ会長はご存知でした」とうなずき、アリサに向き直る。

 ずきりと胸の奥が痛んだ。

「……知らなかったのは私だけ? 隠してたの?」 

「お嬢様、いえ、それは――」

「言い訳なんて聞きたくない!」

 抑えなくてはいけないと自分で分かっていた。今はそんな場合ではないと。でもダメだった。感情が止まらない。ぶつけ場所のない怒りが――自分でも理由の分からない憤懣が溢れ出してくる。

「申し訳ありません」

 一切の弁明はなく、それだけを告げると、シャロンはもう何も言わなかった。その表情はかすかに寂しげだった。

 機甲兵の肩に乗ったまま、ブルブランがいかにも楽しげに笑う。

「これは余計なことを言ってしまったかな。まさか君がそんな顔をするようになっていたとは。ああ、睨まないでくれたまえ。ほら、彼らも無事のようじゃないか」

 ブルブランは大仰にアリサたちの背後を指し示す。振り返ると、クレアとマキアスが走ってくる姿があった。

「き、機甲兵が大破しているじゃないか。アリサは大丈夫か!?」

「ずいぶん派手に暴れたみたいですね。おかげで敵兵がかなり少なくなっています」

 アリサは胸をなで下ろす。

 よかった。二人とも無事のようだ。でもエリゼちゃんはどこに?

「あれは……止まって下さい!」

「え?」

 ブルブランに気付いたクレアが、マキアスに制止をかける。それと同じタイミングで、アリサが倒したドラッケン――その銃弾に穿たれて破損した右腕部がショートし、爆音と火花を散らせた。

 全員の意識が逸れた期を逃さず、ブルブランは跳躍する。

 最初に警戒態勢に戻ったのはフィー、クレア、シャロンだったが、三人の反応よりも彼の動きは早かった。

 空中で身を翻し、外套の裏から取り出した六本の短刀を、一息に投擲する。

 狙いは外れて、運よく誰にも当たらなかった。

 シャロンのことは無理やり意識の外に締め出し、アリサはブルブランに集中する。正直、動揺はしたままだが、それでもやはり後にするべきだ。こんな状況で仲間の足は引っ張れない。

「いつも、いつも……!」

 ややこしい時に来て、ややこしい事をしていく。何が怪盗紳士だ。紳士の要素など皆無のくせに。

 苛立ちを乗せた矢を見舞うつもりで、弓を構えようとした時、彼女はその動きを止めた。

「え?」

 正確には動けなかった。振り返ることはおろか、指一本動かすことさえできない。

 アリサだけではない。皆の動きが制止している。

 ブルブランが口の端を吊り上げていた。

 

 

 

 

 アルティナ・オライオン。黒衣の少女はそう名乗った。追従する漆黒の傀儡は《クラウ=ソラス》と言うらしい。

 ミリアムと同じオライオン姓。アガートラムに酷似した戦闘傀儡。関連は問い質したかったが、クラウ=ソラスの猛攻を防ぐだけで精一杯だった。

 繰り出された打撃を太刀の鎬で受け流し、リィンはクラウ=ソラスから距離を取った。

「強い。それに素早いな」

 滞空しているから重心も分かりにくいし、予備動作も人間と違うから攻撃が読みにくい。手数もバリエーションに富んでいる。

「ミリアム、彼女のことを何か知っているか」

「んー……?」

 思案顔を浮かべるミリアムだったが、リィンの問いには答えず「キミも繋がっているみたいだね」と、妨害装置の横に控えたままのアルティナに言った。彼女は黙したまま、じっとミリアムを見つめている。

 言葉の意味はリィンには分からなかった。

 クラウ=ソラスの動きが止まっている合間に、リィンはアルティナに直接問う。

「君は結社の人間か?」

「《身喰らう蛇》のことと推定します。いいえ。私は所属していません。貴族連合には協力している形ですが」

 平坦な口調だがフィーとは違う。人間味の少ない機械的な応対。まるで精巧に人を模した何かと話しているようだった。

「それで妨害装置を守っているのか」

「そうなります」

「……もう一つ訊きたいことがある。アルフィン皇女は今どこにいる」

 握り締めた柄を通じて、切先に力がこもる。押し留められなかった怒気を感知したのか、アルティナを守護するように、クラウ=ソラスは彼女のそばに移動した。

「答える義務はありません」

「いいえ、答えてもらいます」

 第三者の声。屋上の入口にリィンが振り返ると、息を切らせたエリゼがレイピアを引き抜くところだった。

 

 

 クレアたちと分かれて屋上を目指したエリゼは、セリーヌのサポートも受けながら、貴族兵にも猟兵にも見つからずにここまでたどり着いていた。

 彼女にとってアルティナとの再会は、まったく予想していないものだった。

 その顔を見るなり、あの時の怖さが胸に去来する。リィンとヴァリマールに救い出されていなかったら、エリゼもアルティナにさらわれていたのだ。

 だけど、ここまで来て臆してなどいられない。

 恐怖を意志でねじ伏せ、エリゼはアルティナをにらむ。

「姫様はどこにいるんです」

「答える義務はないと言いました」

「エリゼ!」

 駆け寄ってきたリィンがエリゼの肩を『がしっ』と掴んだ。

「無事か! ケガはないか!」

「に、兄様、大丈夫です」

 ぶんぶん揺さぶられ、視界の中のリィンが近付いたり離れたりする。状況の説明をしたかったが、これでは何も言えない。

 エリゼの代わりに説明の口を開いたのは、足元のセリーヌだった。

「大尉とエリゼは監視塔の中で猟兵に捕まってたけど、マキアスとアタシが助け出したの。他のメンバーは陽動を兼ねて敷地内で交戦中。マキアスたちは下の加勢に、アタシたちはアンタにこの情報を伝えに来たってわけ」

「セリーヌ……いたのか」

「アンタの視界はどうなってんのよ。とにかく、下が時間稼ぎしている間に、上が作戦を遂行する。ここが一番重要な局面だって理解しなさい」

 そうだ。みんなはまだ持ちこたえているのだろうか。エリゼは屋上のフェンスの隙間から、下の様子をうかがってみた。

 ちょうど自分のいる位置から、入り口前の敷地が一望できた。いた。クレアとマキアスも合流している。

「……?」

 なぜか誰も動こうとしない。棒立ちのまま止まっている。近くに白いマントを羽織る、目立つ服装の男がいた。猟兵とも貴族兵とも違う。あれは誰だ。

「どうした、エリゼ」

 アルティナに意識は残しつつも、リィンはエリゼの視線を追う。たちまちに表情が強張った。

「あの男は――《怪盗B》、ブルブランか!」

「騒がしくなったので、先ほど下に向かわれました。ここは私一人で十分だということで」

 アルティナが言う。

 エリゼも話だけは聞いていた。二か月前、Ⅶ組が小旅行でユミルにやってきた時のこと。季節外れの雪が降り積もり、リィンたちは渓谷道へと赴いた。

 そこで遭遇したのが、件のブルブランという男である。その話をしていたリィンたちの顔から察するに、彼に対する印象は最悪のようだった。

「でも、どうして皆さん一歩も動かないんでしょう」

「分からないが……」

 微動だにしないというのが不自然だった。

「ブルブラン様の影縫いでしょう」

 アルティナが口を挟むと、ミリアムがいたずらっぽく『にしし』と笑う。

「あれー、そういうのは教えてくれるんだ」

「む……」

 アルティナはわずかに頬を膨らませ、口を閉ざしてしまう。ようやく感情らしいものが垣間見えた。

「兄様、影縫いってなんですか?」

「名前だけはユン老師に教えてもらったことがある。特殊な武器で影と地面を縫い付けて、動きを封じてしまうらしい。確か東方がルーツになってる暗技の一つだ。武術とは系統が異なるそうだが」

 実際に見るのは俺も初めてだ、と付け加え、リィンは視線をアルティナに戻した。

「それって、どうすれば動けるようになるんですか?」

「詳しいことは俺も知らないんだ。確実なのは、術者を倒すことだと思う」

 つまりアルティナを突破して、下の加勢に行くのが手順だ。

 しかし、それでは時間がかかる。

 エリゼはもう一度眼下に目をやり、そして次に導力波妨害装置に視線を移した。続いて《ARCUS》を確認する。言われた通り、クレアとは通信状態を維持しているが、もちろんノイズだらけで機能は働いていない。

 ふと思いついたことがあった。

 チャンスは一度きり。出来るかもわからない。それでも――

「ミリアムさん、兄様。お願いがあります」

 エリゼは小声でそれを告げた。

 

 

 迂闊だった。

 最後尾にいたクレアには、全員の影に突き立つ短刀が見えていた。

 あれが自分たちの動きを止めているのは間違いない。まずは制限されている行動を特定しなければ。

 手足、首は動かないが、まばたきはできる。呼吸も出来ていた。すっと息を止め、意図的に汗をかいてみる。できた。代謝機能も正常だ。

「皆さん、聞こえますか」

 声も出せた。口から喉にかけての筋肉も問題ない。大体わかった。妙な術で止められているのは、頭部、胴体、四肢に至る体の表面的な動作だけだ。

「さっき投げてきたナイフです。あれが私たちの影に刺さって動けないようです」

「ご明察だ」

 まだ手に持ついくつかのナイフを弄びながら、ブルブランは相変わらずにやつく笑みを浮かべている。

 助けがなければ状況の打破は望めない。ひとまずクレアは時間を稼ぐことにした。

「あなたがなぜこの場にいるんです。結社の指示だからですか?」

「君たちがガレリア要塞に現れたという報告は入っている。鉄道が使えないにも関わらず、ユミルから一日と経たずに。おそらく騎神の力を借りて“精霊の道”を通っているのだろうと、深淵の魔女殿が感付いたのだ」

「深淵……ヴィータ・クロチルダですか」

「七耀脈が通っていて、かつ近くに重要な拠点がある地には、念の為我々が出張ることになったというわけだ。ルーファス興の指示でね」

 ルーファス・アルバレア。学園理事の一人でもあり、ユーシスの兄でもある彼のことを、Ⅶ組の面々はもちろん知っていた。

「別に貴族連合の拠点を狙っているわけではないのですが。半分以上は成り行きです」

「それは私にとって重要ではない。まあ、リィン君に会いたかったのは事実だがね。目的はこの地だよ」

 ガイウスが反応した。

「ノルドの地? お前に何の関係がある」

「私の行動理念は常に“美”。それを追求することにある」

 まるで劇の一幕のように、ブルブランは芝居がかった動作で両手を広げてみせた。

「美には様々あるが、やはり形あるものが崩れていく瞬間が最も美しい。刹那の儚さに輝く瞬間だ」

「つまり、何が言いたい」

「この異邦の地の雄大さ。そこに息づく生命の営み。筆舌に尽くせぬ素晴らしいものだ。それらが戦火に包まれて燃え朽ちていく様は、どれほど美しいだろう。私はそれを見届けに来たのだ」

「貴様……っ!」

 ぎりと歯を食いしばり、ガイウスは束縛を破ろうとする。

「無駄だ。君たちをこのまま拘束し続けるのは容易いが、それではいかにも面白くない。そこで、こういう趣向はどうかな?」

 手にしたナイフを上に放り投げる。くるくると回転しながら、それは全員の中心に落ちた。その切先がマキアスを向いていた。

 ブルブランは彼を一瞥すると、こともなげに告げた。

「よし。あと一分したら、君の胸に向けてナイフを投げよう。さあ、最後の六〇秒を楽しみたまえ」

「楽しめるかっ!」

 

 

 マキアスが降って湧いた処刑宣告を受けたと同時。

 リィンの一太刀がクラウ=ソラスの装甲に防がれる。丸みを帯びた体表に刃筋が立ちにくいのだ。

「ガーちゃん、お願い」

 リィンの脇を抜け、クラウ=ソラスと組み合うアガートラム。白銀と漆黒がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。力は互角だった。

「クーちゃんに負けるな!」

「クラウ=ソラスを変な名前で呼ばないで下さい」

 ミリアムがアルティナに向かって走る。気付いたクラウ=ソラスが妨害しようと迫ってきたが、割って入ったリィンと、追いついたアガートラムが前後から挟み撃ちにした。

「こんのー!」

「え」

 アルティナに飛びかかるなり、ミリアムは黒いフードを剥ごうとしたり、尻尾のように伸びたコードらしきものを引っ張ったり、とにかくひたすら絡み続けた。

「この、この、どうだ!」

「え、え? ちょっと、なんですか。やめっ、やめて下さい。クラウ=ソラス!」

 逃げ回る黒兎と追い回す白兎。主に助けを求められたクラウ=ソラスの目標がミリアムに移る。

「よーし、今だ。やっちゃえ」

 アルティナのフードについた耳みたいな突起を、左右にぐいいっと引き伸ばしながらミリアムは叫んだ。

 アガートラムの胴体部に光が収束し、弾ける。

 敵の意識から外れ、守りが手薄になった導力波妨害装置を、照射されたビームが一直線に貫いた。

 外装を一瞬で溶解させ、内部の基盤を焼失させる。機能の全てを失った装置が、爆発の炎を立ち昇らせた。

 押し寄せる熱波を腕で防ぎながら、リィンは後ろに振り返った。

「エリゼ!」

 

 リィンから合図がきた時、エリゼの手にはフィーから渡された閃光手榴弾があった。

「いきます!」

 フェンスから身を乗り出すと、固まったままの仲間たちが見えた。

 タイミングが全てだ。落ち着け。大丈夫。

 教わった通りに安全ピンを外す。爆発までは五秒。地上までの距離をおおよそで測り、すぐに投げたい衝動を堪える。

 一秒。まだ。二秒。今だ。

 思いっきり投げる。放物線を描きながら、手榴弾が仲間の頭上へと飛んでいく。

 すかさず《ARCUS》を取り出した。すでにクレアとは通信が繋がった状態だ。復旧してさえいれば、余計な操作は必要ない。

 詳細を伝える時間はない。果たしてこれだけで伝わるか。いや、彼女なら伝わる。

 エリゼは通話口に叫んだ。

「クレアさん、閃光弾を投げました!」

 直後、眼下に眩い光が押し広がった。

 

 エリゼの声が《ARCUS》から飛び出す。

 リィンたちが妨害装置を無力化してくれたのだ。しかし閃光弾とは。なぜそんなものを彼女が持っている?

 クレアが思考を巡らす前に、凄まじい炸裂音と鮮烈な閃光が辺り一帯を染め上げた。

(なるほど……!)

 光が影を塗り潰し、かき消していく。クレアは瞬時に理解した。影縫いの効力が、今だけは失われている。

 しかし一瞬だけだ。光が消えて影が現れれば、また縛られてしまうだろう。ならばやるべきは一つ。

 ホルスターから導力銃を引き抜きながら、クレアはその場から飛び退いた。

 光の中でクレアと同様に動いた人影が、他にも二つ。フィーとシャロンだった。

 シャロンはアリサの影に刺さる短刀に、鋼糸を巻き付けて引き抜いた。

 フィーは両手の双銃剣で、ガイウスとマキアスの短刀を撃ち抜いた。

 クレアは真っ直ぐに銃口をブルブランに向けて、トリガーを引き絞った。

「おっと」

 身を返して、銃弾をかわすブルブラン。

 その間に全員が影縫いから脱していた。

「これは、してやられたな」

「同じ手はもう通用しません。形成逆転ですね」

「それはどうかな」

 遠くから駆動音が聞こえてくる。機甲兵が次々と立ち上がっていた。その数、八機。内一体は隊長機――シュピーゲルだった。残っていた兵士たちが、隙を見て乗り込んだのだ。

 上空にけたたましい音。見上げると、高原に出ていた哨戒艇も戻ってきていた。

「この数に、この戦力。灰の騎神を呼んだところで、切り抜けることはできないと思うがね」

 終始余裕の態度を崩さず、ブルブランはそう言った。

 

 

「兄様!」

 フェンスから体を離し、エリゼは《ARCUS》を掲げてみせた。成功したのだ。しかし、その表情は曇っている。

 リィンにも分かっていた。大きな足音が屋上まで響いている上に、ここから哨戒艇も見えている。

「たくさんの機甲兵が動き出しています! 兄様、騎神を――」

「ああ、もう呼んでいる」

 念じる意志に、応える意志。

 切り裂くようにノルドの空を飛び、ヴァリマールが飛んでくる。

「灰の騎神……!」

 呻くようにアルティナがつぶやいた。「クラウ=ソラス。ブリューナク起動」と続けるや、漆黒の巨躯がヴァリマールに向き直った。

 アガートラムと同様に、胴体に光が集まっていく。通常とは異なる、禍々しく紅い輝き。フル出力だ。

 あれはまずい。

 リィンが駆け出すと同時、クラウ=ソラスが高密度に圧縮された熱線を放つ。左から右へと射線を変え、扇状に移動するレーザー光が、片っ端からフェンスを焼き溶かしていった。

「行くぞ!」

「ニャッ!?」

 迫るレーザーに追われながらセリーヌを拾い上げ、リィンは屋上の端から跳躍する。監視塔に到達したヴァリマールが二人を(ケルン)に吸い込むが早いか、そこからさらに急上昇。

 足の装甲をかすめて、なおも伸びた赤光は、やがて虚空の中に霧散した。

「エリゼ、ボクたちも降りて、みんなと合流するよ」

「でも姫さまのことが……」

「早く、早く。ガーちゃん飛んじゃうよ」

「は、はい!」

 アガートラムにしがみつき、エリゼとミリアムも屋上を後にする。「またね~!」と手を振るミリアムに、アルティナはそっぽを向いていた。

 

 

 アリサたちの前に着地したヴァリマールは、ケルディックで手に入れた機甲兵用ブレードを構えた。

 モニターに映る仲間に変わりはない。安堵する傍らに、アガートラムに連れられてエリゼとミリアムもやってくる。

 ブルブランはすでに姿を消していた。

「みんな、下がっていてくれ。ここは俺がやる」

「ち、ちょっと待って」

 セリーヌが言った。

「一、二……八機も機甲兵がいるわよ。こんなのいくら騎神でも分が悪すぎる。撤退を第一に考えなさい」

 銃を、剣を、それぞれ構える七機のドラッケンと一機のシュピーゲル。敵はヴァリマールを囲むように布陣していた。

 相手の数を減らさなければ、逃げようもない。

「機動性は騎神が上だ。先制する!」

「待ちなさいって!」

 セリーヌの忠告を流し、ブーストを起動。一気に敵陣に切り込み、ブレードの横薙ぎを見舞う。同じくブレードで受け止めたドラッケンが、衝撃に体勢を傾かせる。

 力でもこちらが上だ。押し切る。

「リィン、下がって!」

 右から銃撃。機体を引いて射線から離れるが、相手の射撃は止まらない。今度は四方からだ。回避機動を取るが、とても全てはかわし切れなかった。

 連続して擦過する銃弾が、白い装甲を削っていく。

「だったら!」

 何発かの直撃は覚悟の上だ。リィンは弾幕の嵐を突っ切って、一体のドラッケンに肉薄する。自分を狙う射線上に、敵も巻き込んでやった。周りからの銃撃がピタリと止む。

 好機。一体でも倒せば、包囲に穴を開けられる。

 反撃の隙は与えず、一足飛びに間合いを詰め、ブレードを縦一閃に切り下ろした。

 突如として青い光が眼前に広がり、渾身の一刀が弾かれる。横合いから飛び込んできたシュピーゲルが、輝く障壁を展開させていた。

「リアクティブアーマーか……!」

 隊長機のみに実装された絶対防御が、騎神の一撃さえも阻む。ケルディックでは不意打ちで破ることができたが、この状況では難しい。

 息つく間もなく、左右から二体のドラッケンが剣を突き出してくる。

 さらに飛び退き、リィンは距離を取った。敵はローラー機動を駆使して、巧みにヴァリマールの逃げ場を塞いでいる。

『上方ニ熱源感知。警戒スルガイイ』

「なに?」

 モニターに上空の哨戒艇が、ズームアップして映し出される。機首が旋回し、砲塔がこちらに向けられた。騎神を仕留める気だ。

 いや、違う。角度から推定される弾道は、ヴァリマールを狙っていなかった。

「しまった!」

 離れた場所で戦いを見守る仲間たちだ。

 報告は哨戒艇にも上がっているのだろう。ここまで暴れ回った侵入者を、もはや捕らえようとはしていない。一発で片付ける気だ。

 リィンは機体を走らせる。

「リィン!?」

「みんなが逃げる時間はない。俺が盾になる!」

「馬鹿言わないで! ヴァリマールが大破するわ!」

 進路を塞ぐ機甲兵を力任せに押し退け、リィンは仲間たちの元へ向かう。

 全員を守るように、彼らをその背に隠した。

「セリーヌは脱出してくれ」

「アンタだけ置いていけるわけないでしょ! 大体――」

 轟音が会話をかき消す。哨戒艇が主砲を発射した。セリーヌだけでも外に逃がしたかったが、もう間に合わない。ヴァリマールの腕を交差させ、リィンは耐えようとする。

 速射銃とはわけが違う、大口径の砲弾。多分、無理だ。両腕共に粉砕される。だが後ろの仲間たちを助ける為には、せめて貫通だけでも防がなくては。

 極限まで研ぎ澄まされる神経。一秒という時間が、引き伸ばされていく感覚。上空から飛来する一発の砲弾が、ゆっくりと視界の中で大きくなっていく。

 マキアスが伏せろと怒鳴った。

 ガイウスはフィーとミリアムを庇おうとしていた。

 エリゼが自分の名を呼んだ。

 アリサが逃げてと叫んだ。

 仲間たちの声が、背後に入り乱れる。

 砲弾が迫る中、その場の誰でもない声が響いた。心の内から響く、現実のものではない声。

 

 ――お前の剣はどれだ

 

 ――さあ、

 

 ――答えてみせろ

 

 どくんと脈打つ心臓。脳裏に何者かの影がよぎった。

「俺の……剣は――!」

 身の内から生じる衝動に押されるまま、リィンが意志を弾けさせた時、砲弾がヴァリマールを直撃した。

 

 ● ● ●

 

「終わったようだ」

 屋上からその顛末を見ていたブルブランは、少々気の抜けた声でそう言った。

「そうですか」

 横のアルティナが応える。感情の起伏は見えなかった。

 破砕した地面から、大量の粉塵が巻き上がっている。確実に命中していた。騎神と言えども、五体満足ではいられないだろう。

「砕け散った灰色の騎神は、彼らの墓標にも丁度いい。これも一つの美と言えるかな」

「私には理解できません。ルーファス興に報告を入れてきます」

 踵を返そうとしたアルティナだったが、妙な大気の乱れを感じ、ふとその足を止めた。

「……?」

 今一度、下に目を向ける。立ち込める噴煙の中に、何かが煌めいたのを彼女は見た。

 琥珀色の輝きが広がり、粉塵を吹き散らす。

 明瞭になる視界の中に、ヴァリマールが立っていた。傷一つ負っていない。その後ろの者たちも全員無事のようだ。

「灰の騎神、一体何を?」

 アルティナの問いに笑みを吹き消し、ブルブランも閉口する。程なく彼は気付いた。

 ヴァリマールの前面に、金色の光を放つ障壁が現れていることに。

「あれは……?」

 

 

 騎神を通じてエリオットとリンクしたあの時のように、核が光に包まれている。

 ヴァリマールの周囲を琥珀の粒子が無数に舞っていた。輝きは凝集され、機体の前に巨大な鏡面を形成している。

 この防壁は哨戒艇の砲撃を通さなかった。まるでリアクティブアーマーのような強固さ――いや、それ以上かもしれない。

 それはアダマスシールドというアーツにも似ていた。だが何かが違う。

 リンクの光がヴァリマールを経由して伸びた先には、ミリアムがいた。

『へ? あれ、ボク?』

 ミリアムも戸惑っているが、間違いなく彼女の《ARCUS》と繋がっていた。

「これは、アーツじゃない……そうか」

 機体から伝わる力を感じ、リィンは言った。

「この力はマスタークオーツの特性だ」

 ミリアムのマスタークオーツは《イージス》。付随する効果に、一度だけ使用者を護るオートガードがある。

 ヴァリマールの霊力(マナ)も相乗させて発動したその力は、性能も防護範囲も桁外れに上昇していた。

 シールドの効果が薄れていく。得体の知れない力に怯んだのも束の間、隊長機の指示でドラッケンが襲い掛かってきた。

 状況は変わっていない。空には哨戒艇。地上では一対八。さっきと同じでは、劣勢は確実――なのだが。

 やれる。リィンはそう思った。

「マキアス!」

『ああ!』

 リンク切り替え。マスタークオーツ《アイアン》の特性が全身を奔る。

 ドラッケンがブレードを振り下ろしてきた。

 その一撃をリィンは腕だけで防いでみせる。

 琥耀の――地属性の力が装甲を覆い、防御力が通常の何倍にも引き上がっていた。そのまま押し返し、バランスを崩したドラッケンの顔面に拳を繰り出す。

 頭部の前半分を圧砕されたドラッケンは、勢いよく後ろに倒れ込んだ。

 別の敵が散開しながら、銃を撃ってきた。構わずに進む。

 琥珀色の輝きを纏う装甲が、殺到する銃弾をことごとく弾く。猛攻の中を、ヴァリマールが悠然と歩いていた。

(体が重い……っ!)

 防御力が大幅に上がる反面、機動力が極端に落ちている。

 三機のドラッケンが連携を取りながら、包囲を狭めてきた。至近距離から蜂の巣にするつもりだ。

 リィンは意識を集中して、マキアスと波長を合わせた。

 ヴァリマールが地に手をかざす。

 地鳴りが一帯を震わした。路面のアスファルトを突き破って出現した大地の槍が、一番近くのドラッケンの足を貫いた。

 立て続けに突き上がるアースランスが、接近していた他の二体も串刺しにする。コックピット以外、腕や肩、脚部をズタズタにされ、砕けた飴細工さながらに巨人が崩れ落ちる。

「あと四機!」

 機甲兵が(おのの)いた。

 ケルディックでの戦闘で感じた“その先の力”。アーツはその一端に過ぎない。マスタークオーツの特性をその身に宿して戦うことが、騎神リンクの本質。

 そしてそれこそが、複数の準契約者を有し、かつ《ARCUS》のリンク機能を扱うことができる、リィンにのみ与えられたヴァリマールの力だった。

『北東ヨリ、新タニ接近スル機影ヲ感知』

「北東?」

「あれは……アタシたちが潜入する時に出ていった二体よ!」

 セリーヌが指し示した先に、二機のシュピーゲルが見えた。高原の巡回から戻ってきたのだ。距離は三〇〇アージュ。こちらで戦闘に加われては不利になる。

「先に叩く。フィー、いけるか」

『任せて』

 通信越しに応答が返ってきた。マキアスからフィーにリンクを切り変える。

 彼女の使用するマスタークオーツは《レイヴン》だ。

 《アイアン》は外側の装甲に作用したが、《レイヴン》は内側に変化をもたらした。時を司る黒耀の力が、ヴァリマールの内部フレームを漆黒に染めていく。

(なんだ?)

 機体の奥が低く唸る。

 向かってくるシュピーゲルを目標に、ヴァリマールが地面を蹴った。

「うっ!?」

 爆発的な加速。全身がシートに押し付けられ、肺の空気が全て絞り出される。両側のサイドモニターに映る景色が、前から後ろへと一瞬で流れていった。

 飛びかけた意識を必死に繋ぎとめ、止まれ、と操縦桿代わりの水晶球に意志を注ぎ込む。

 大地を削りながら急制動をかけ、長い(わだち)の跡を残してヴァリマールは制止した。

 気付けばシュピーゲルを通り越して、さらに七〇アージュは離れてしまっていた。

「う……こ、これが」

 機体速度を跳ね上げる《レイヴン》の能力。操縦者にかかる負荷は完全に度外視した加速力だ。そして恐るべきことに、ブーストは使用していなかった。もし今の加速に背部スラスターを併用していたなら――

 ぞっとして、リィンは生唾を飲み下す。

「セリーヌ、無事か?」

「なんとかね……」

「悪いが、もう一度だけ今のを使う。なんとか耐えてくれ」

「ほ、本気?」

『リィン、そのブレードを手放して」

 《ARCUS》から通信。フィーだった。

『見てて分かった。大剣を持ったまま走ってるからバランスが崩れてる。まっすぐ進んだつもりかもしれないけど、持ち手の右側に機体が逸れてた』

「わかった」

 これほどの高速機動になると、姿勢制御は重要な問題だ。リィンは地面に剣を突き立てる。

「シュピーゲル二機相手に素手でいく気!?」

「フィーの言う通りだ。剣は使えない。舌を噛まないでくれ!」

 腹に力を込め、覚悟を決め、再び地を蹴る。

 足元が爆発したかのような衝撃。土くれを蹴立てる嵐と化して、ヴァリマールは高原を激走した。

 シュピーゲルとの距離が急速に近付く。リアクティブアーマーを使わせる暇など与えなかった。すれ違いざま、完全に相手がこちらに向き直る前に、ヴァリマールの腕がシュピーゲルの喉元を捉える。

 炸裂するラリアット。加速の勢いも加えて、一気に引きずり倒す。シュピーゲルの頭部が地面にめり込み、反動で足が跳ね上がる。操縦兵が失神したのか、土煙に撒かれた巨体は二度と動こうとしなかった。

「次!」

 止まらず、残る一機に肉薄。無手の構えからの掌底を繰り出した。これもリアクティブアーマーの発動より早かった。

 しかし拳打を装甲に弾かれ、ヴァリマールはたたらを踏んだ。

「っ!?」

 攻撃が軽くなっている。鋭い反面、重さが拳に乗らない。

 シュピーゲルの反撃。大剣を逆袈裟に切り上げてきた。紙一重で回避。打撃が通じなくても手はある。だが正面への攻撃は、アーマーもあるから避けるべきだ。

 リィンは俊敏なフットワークでシュピーゲルを翻弄する。

 一の操作で十の反応を返してくるような、凄まじくピーキーな機動性だった。装甲の隙間から漏れ出す黒い光が、残像となって尾を引く。

 相手はこちらの動きにまったく付いて来られない。

 背後を取った。即座に両脇に腕を入れ、羽交い絞めにする。打撃がダメなら関節技だ。

 相手のパワーの方が上だった。力負けしたヴァリマールの拘束から、シュピーゲルは逃れようとしている。

 リィンはフィーとのリンクを切った。《レイヴン》の特性が消えていくにつれ、本来のヴァリマールの力が戻ってくる。 

 通常状態での力比べなら、こちらが上だ。

 バキン、と敵の肩関節部を破壊した。だらりと両腕を脱落させたシュピーゲルに、もう戦うすべはない。

『警戒スルガイイ』

「今度はなんだ!」

 ヴァリマールが上空の哨戒艇をモニターに映し出した。また主砲を発射しようとしている。狙いは変わらず仲間たちだ。

「止めないと……!」

「待って! 聞きなさい!」

 セリーヌが焦っていた。

「準契約者とリンクしてから、霊力の消費が尋常じゃない。もうヴァリマールは動けなくなる。アンタにも反動は来てるんでしょ!?」

 セリーヌに言われるまでもなく、リィンにも分かっていた。騎神の霊力はまもなく尽きる。特に《レイヴン》の消費量が激しかった。

 全身を襲う虚脱感と疲労感。力を酷使し過ぎたのだ。自分の限界も近い。

 それでも守る。あの時と――力及ばず仲間と離れ離れになってしまった一か月前と、同じ思いはしたくない。何より、させたくない。

「あと一発保てばいい!」

「死ぬわよ、やめなさい!」

「アリサ、リンクしてくれ」

『ええ』

 セリーヌの制止を振り切り、リィンは最後のリンク相手をアリサに定めた。

 リィンの状態を知らないアリサは、言われるままにリンクする。

 ヴァリマールが両手を空にかざした。

 哨戒艇が滞空するさらに遥か上空に、巨大な光陣が描かれていく。大気が轟き、鳴動した。

 既存のアーツのものではない、(いにしえ)の紋様が浮き立ち、空属性――金耀の力が(みなぎ)っていく。

 発動。顕現した無数の光の矢が、幾重にも錯綜しながら高空から降り注ぐ。アルテアカノンにも似ていたが、その範囲と威力は比べ物にならなかった。

 哨戒艇の片翼を穿ち、逃げ惑う機甲兵の群れをまとめて蹴散らし、路面を木っ端微塵に抉り砕く。荒れ狂うエネルギーの奔流が破壊を振り撒いたが、仲間たちのいる場所に一切の被害はなかった。

 黒煙を吐き出しながら、哨戒艇は逃げるように撤退していく。人智を超えた力を目の当たりにして、戦闘継続という選択肢はないのだろう。

 地上の機甲兵も同様だった。直撃を免れて、動ける機体は一目散に監視塔から退いている。

 全ての霊力を使い果たしたヴァリマールは、双眸の光を消して佇んでいた。

 リィンとセリーヌが核から出てくる。

 直後にリィンは膝を折り、その場に倒れ込む。その瞳を閉ざし、彼は身じろぎ一つしなかった。

 

 

「リィン!」

「兄様!」

 アリサとエリゼを先頭に、全員が伏したまま動かないリィンに駆け寄ろうとする。

 近く、積み重なった瓦礫が不意に持ち上がった。ガラガラと耳障りな音を立てて崩れる瓦礫の山の中から、シュピーゲルが姿を現した。

 その隊長機は光の矢が戦場を蹂躙する中、可能な限り上体をそらし、リアクティブアーマーを上方に向けて展開していたのだ。その後に降り注いだ瓦礫までは防げなかったが、機体へのダメージは最小限に押さえていた。

「あ……」

 騎神はもう立ち上がらない。眼前には立ちはだかる機甲兵。

 一か月前のあの日と情景が重なり、Ⅶ組は足を止めた。

 シュピーゲルが首を巡らし、離れた場所で膝をつくヴァリマールを見た。機能を停止していると察したのだろう。視線をアリサたちに戻すと、そばに落ちていたブレードを拾い上げた。

「ど、どうする?」

 マキアスが言った。誰にも答えは返せなかった。

 固まる彼らの間を抜けて、クレアが前に歩み出る。その手には導力銃があった。

「ま、まさか、クレア大尉」

 シュピーゲルの威圧感に怯みもせず、彼女は静かに口を開いた。

「貴族連合にトリスタが襲われたあの日。最終的にあなたたちは、逃げることしかできなかった」

 クレアは急にそんなことを言った。

「そして一か月経った今、リィンさんが騎神という力を得て、機甲兵と互角以上に渡り合えるようになった。でもそれはあくまで彼の力」

 彼女は淡々と事実だけを述べる。

「この先、機甲兵と戦う度に、ずっとリィンさんに頼り続けますか? 今みたいに彼が倒れ、戦えなくなる時もあるかもしれません。その時は逃げるしかありませんか? それでは一か月前と同じです」

「それは――」

 アリサが何かを言おうとして、口中に留める。クレアの言う通りだと理解していた。

「あなたたちは今よりも強くならなければならない。己の信念を通す為に。譲れないものを守る為に。大切なものをまた失わない為に――」

 銃口を持ち上げ、クレアは言った。

「私たちで倒します。このシュピーゲルを」

 

 

 所詮は人の作り出したもの。完全無欠ではない。生身の人間とて、機甲兵と戦う方法はある。

 自分が彼らに出来ることは、そのすべを教えることだ。リィンと騎神だけで突破できない状況というのは、いつか必ず訪れる。

 その時、Ⅶ組は彼の力と成り得るのか。背負うべきものを共に背負っていけるのか。仲間としての真価が問われるのは、そこなのだ。

 胸の内に改めて思い、クレアはトリガーに指をかけた。

「ち、ちょっと待って下さい」

 マキアスが言った。

「相手は量産機じゃない。隊長機です。あの型には――」

「リアクティブアーマーがある、ですか?」

「そうです。あれに手も足も出ず、僕たちはトリスタから撤退するしかなかった」

「逆に言うなら、あの障壁さえどうにかできれば、勝機はあるということです。――あれが見えますか」

 指をさすと操縦兵が警戒するので、クレアは視線だけでそれを示した。目を細めるマキアスの横から、「レンズ?」と高原育ちの視力を持つガイウスが言う。

 胸部と腹部装甲の間に、手の平大の水晶体があった。塗装も装甲と似せて、目立たないようになっている。

「あの特殊レンズを介することで、リアクティブアーマーを発生、拡張、展開しています。ガレリア駐屯地で得た情報です。正規軍もただ負け越しているわけではありません」

 これはクレイグ中将が教えてくれたことだった。機甲兵との戦闘中、戦車隊の観測士がそれに気付いたという。

 アーマー展開の為に、レンズ自体は外界に接しておく必要があるらしく、装甲などで覆い隠すことはできないようだ。

 もっとも、気付いただけであって、未だ直接の戦果には結びついていないそうだが。

 ブレードを携えて、シュピーゲルが一歩を踏み出す。衝撃で生まれた風が、クレアの髪を揺らしていった。

 もう細かなことを話している時間はない。

「ここからは全員私の指示に従って下さい。いきますよ」

 背後から緊張が伝わる。皆が身構えたのが分かった。

「ガイウスさんとエリゼさんは、風属性のアーツを駆動準備。フィーさんは閃光弾を。まずは視界を潰します」

 一人一人がどんなクオーツをセットしているか、クレアは全て記憶していた。

 フィーが閃光手榴弾を投げる。シュピーゲルの眼前で弾ける光。視界が眩い白に染まった。

 仕込みはこのタイミングだ。

「風属性アーツ発動。今の内にマキアスさんとアリサさんは地属性アーツの駆動準備。ミリアムちゃんはアガートラムを戦闘態勢で待機」

 旋風がシュピーゲルの周囲を蹂躙する。本来ならガードするまでもない、機甲兵の装甲だけで十分耐えられる威力のアーツだ。しかし、この瞬間だけは閃光でモニターが機能していないはず。

 そんな状態で機体を揺さぶられたら、やることは決まっている。

 狙い通り、シュピーゲルはリアクティブアーマーを展開した。

 旋風で巻き上がった大量の砂塵が障壁に干渉し、ばちばちと青白いスパークを飛び散らせる。

 これでどの程度の範囲に影響を及ぼすのか、結界領域の“幅”が視認できるようになった。

 すかさずクレアはガンホルダーから取り出した鏡面装置(ミラーデバイス)を投擲した。計六枚。あらかじめプログラムされた動きで、六つの鏡面がシュピーゲルの周りに円を描いて飛ぶ。

「………――」

 高速で回転する頭脳。

 相手は何を考え、どう行動するのか。

 あらゆる状況、要因、環境、敵の心理状態までをも勘案し、無数に枝分かれする可能性の中から、たった一つのビジョンを選び取る。

「――今」

 引き金を引く。吐き出された高出力のレーザーが鏡面の一つに命中した。反射。方向を変えたレーザーが、二枚目の鏡面に向かう。また反射。

 前面、側面、背面と、減衰するどころか、リフレクションする度に威力を増し、徐々に、しかし確実にシュピーゲルへと迫っていく。リアクティブアーマーの防御に触れない、すれすれの軌道だった。

 最後の六枚目を反射。腹部のレンズ目掛けて、熱線が突き進む。

 しかし、操縦者の反応は追いついていた。機体を左に逸らし、射線から退いてみせる。

 そう。その位置からだと、そうやって避けるしかないと思っていた。

 一度手から離れたデバイスは、意のままには動かない。事前にプログラムした設定に準じて、一定のルートでしか動けないのだ。

 だから――。

 投擲してから十八秒後に、七〇度の角度で飛び出てくるよう設定しておいた鏡面が――初撃の閃光に紛れるように投げ、ずっとシュピーゲルの死角でその時を待っていた七枚目(・・・)の鏡面が――外れたはずのレーザーの進路上に現れ、その軌道を修正する。

 急角度で反射した光軸が、装甲の隙間に隠れたレンズ核を撃ち抜いた。

 これでリアクティブアーマーの発生はできなくなったが、シュピーゲルの行動に不具合を生じさせるまでには至らない。

 だが、操縦兵は焦っているだろう。

「ミリアムちゃん、肩部に強い打撃を!」

「りょーかい!」

 浮上したアガートラムが、言われた場所を思い切り殴りつける。決定的なダメージではなかったが、一度距離を開ける為に、シュピーゲルは足を引こうとした。

 軸となる後ろ足に重心が移動する。この瞬間だ。

「地属性アーツ発動。狙いは前足の真下!」

 クレアの掛け声で、アリサとマキアスが同時にアーツを放つ。隆起した地面が、シュピーゲルの前足を勢いよく押し上げていった。

 自重が後ろに偏っている体勢では踏ん張りが利かない。オートバランサーでさえもフォローしきれない角度まで機体が傾き、シュピーゲルは背中から派手に倒れた。

 もうどうにもならない。ここから再び立ち上がるには、どれだけ熟練した操縦兵でも十数秒を要する。

「機甲兵の最大の弱点は転倒。覚えておいて下さいね」

 銃をホルスターに戻しながらクレアは言った。

「では、仕上げは(わたくし)が」

 シャロンの十指から伸びた鋼糸が、シュピーゲルの手足に巻き付いていく。何重にも束ねられた鋼の糸は、機甲兵といえども容易に切断できない。

 あっという間にがんじ搦めにされたシュピーゲルは、完全に動けなくなってしまった。

「マキアスさんから聞いてはいましたが、あなたが現れるとはさすがに想像していませんでした」

「ふふ、これからよろしくお願いいたしますわ」

 スカートの裾を持ち上げて、シャロンは丁寧に頭を下げる。微笑を返礼にしたクレアは、ヴァリマールのそばで倒れたままのリィンに視線を移した。

 すでにアリサたちが駆け寄っている。彼に反応はなかった。

 あれほどの力の行使。その負担は想像に難くない。

「リィンさんが心配です。騎神の霊力が戻り次第、ユミルに戻った方がいいでしょう」

 

 ● ● ●

 

 復旧した通信を使い、クレアはゼンダー門に状況の報告をした。

 監視塔周辺は散々たる有様だったが、貴族連合は完全にノルド高原より撤退。正規軍が防衛拠点を取り返した形となる。

 この日、第三機甲師団は機甲兵を鹵獲した。

 アリサが奪い、中破したドラッケンが一機。その奮戦の末に大破させたドラッケンが一機。全員で倒し、リアクティブアーマーの使えなくなったシュピーゲルが一機。

 合計三機である。それらは何台もの戦車に牽引され、ゼンダー門へと運ばれていった。

 

 結局、精霊の道が開ける程度にまで、ヴァリマールの霊力が回復したのは翌日のことだった。

 ノルドの集落で一晩を過ごし、ガイウスの家族たちに別れを告げてから、依然として目を覚まさないリィンを連れて、一同はユミルへと戻る。

 ――そしてその間、アリサはシャロンと一言も喋ろうとしなかった。

 

 

 ~続く~

 

 

 




後編もお付き合い頂き、ありがとうございます。始めにいくつか補足を。
まずアリサとシャロン。一ヶ月前のトリスタ防衛戦、シャロンの素性が判明した際、アリサは反対側の街道で戦っていました。
そのまま撤退し、ノルドに向かったアリサに、シャロンが執行者云々の情報は入らないはずなのです。ゲーム本編では再会の折、そこに対する驚きは薄く、あっさり受け入れていた印象でしたが、疑問や葛藤はあって然りかと感じました。

続いてヴァリマールの真価。
これに関しては説明のマイクを彼に引継ぎたいと思います。なぜ彼をチョイスしたのかは、自分でもよく分かりません。

 ● ● ●

 やあ、着々とサブストーリーが進む中、まったく出番のないステファンだ。飛び猫とドローメの登場回数の方が多いという異常事態にもめげず、この場を借りて灰の騎神の力を紹介していくよ。
 まず騎神リンクで注意すべきは二点。上がる能力もあれば下がる能力もあること。そして霊力の消費が通常よりも遥かに多くなることだ。
 霊力の枯渇は、起動者であるリィン君の生命力を削るぞ!考えなしに使い続ければ、あっという間に女神行きだ。
 では以下に判明している能力を挙げていこう!


ステファン「レイヴン……ダアアーッシュ!」
ヴァリマール『足ガ速クナッタ気ガスル』
フィー「機動力と機体のレスポンスが大幅に向上するよ。代わりに攻撃力と防御力が低下。ついでに剣も手放さす必要があるから格闘特化になるね。加速を攻撃に絡めていかないとダメだけど、走る度に霊力が減っちゃうみたい。ということは走り続けてると、いずれ死んじゃうね」

ステファン「アイアーン・ボディー!」
ヴァリマール『体ガ硬クナッタ気ガスル』
マキアス「装甲強化によって防御力が上昇するぞ。徹甲弾でも防ぎきるが、代わりに機動力が激減だ。エリオットやアリサほどの威力は出せないが、地属性アーツも使えるようだ。総じて霊力消費は少ないが、防御能力を持続するほどに減っていく。耐えてばかりいると、気がついた時には死ぬ一歩手前になってるかもな」

ステファン「イージスゥ、ガードゥッ!」
ヴァリマール『勝手二護ッテクレタ』
ミリアム「攻撃を感知して自動で防護障壁を展開するよー。効果は持続しないけど、リアクティブアーマーより強力みたい。ほとんどの攻撃を遮断する代わりに、発動回数は制限付き。今は一回だけだから、使うタイミングは考えてね。霊力はそこそこ消費するけど、瞬間的だから多分死なないんじゃないかなー」

ステファン「エェーンゼルー……アロー!!」
ヴァリマール『何ダカ、タクサン降ッテキタ』
アリサ「空属性アーツを極大化して撃ち出すわ。初回はアルテアカノンを使ったけど、ゴルトスフィアとか小出しにしても放てるわよ。ちなみに特性の一つ《起死回生》は機能しないみたい。導力で騎神は回復できないし、霊力で損傷の修復はできても、結局消費するから機体が動かなくなっちゃうしね。ちなみに強化した超広範囲アーツの霊力使用量は莫大よ。二発も撃ったら余裕で死んじゃうわ」

ステファン「ファルコ……ん?」
ヴァリマール『今回ハ、リンクシテナイ』
ガイウス「解せぬ」


以上だ!というか僕はマスタークオーツの名前を叫んでいるだけだった!
ちなみにこのあたりの情報は人物ノートに記載していくらしいぞ!じゃあ今回の僕の説明は何なんだって話だ!
次回から休息日!お楽しみ頂けると幸いだっ!

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