虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

154 / 154
《創の軌跡》のED後の内容が含まれます。未プレイの方はご注意ください。


夢にて夢みて 創

 星空の海を渡る飛空挺の甲板に、その人形はやってきた。白のフリルが映えるドレスをまとうそれは、私の横に腰を下ろす。

「ルーファスが有名人なのはわかったけど、結局いい人なの? 悪い人なの?」

 波打つ鮮やかな銀の髪を月明かりに揺らし、トパーズとターコイズのオッドアイが私の顔をのぞき込む。穢れのない宝石の瞳を見返す気にはなれず「どちらかと言えば、極悪人だな」と夜の虚空を見据えたまま返答した。

「自分の目的のために何でも利用してきた。地位も、名声も、人の心も」

 そうして誰かの大切な何かを奪って、壊して、踏みにじって、けれど省みることはせず。

 自身を含めて、取り巻く周囲の全ては盤上の駒でしかなかった。

「騎士道精神と貴族の矜持は効率の前に捨て去り、道徳にも命にもさしたる価値を感じない」

 自ら口に出して、次々と実感する。これは自分の本音だ。何かを演じているわけではなく、捨て鉢に強がってみせたわけでもない。

 偽りようのない本心だった。

「それは今も?」

 その人形は変わらず私を見つめ、振り向こうとしない横顔に問う。

「ああ、今もだ」

 闇の中に投げ入れるように、そう答えた。

 

 

 

《★★夢にて夢みて――黒き旅路を彩りて★★》

 

 

 

「ルーファスってば! 聞いてるの!?」

 木の幹に背を預けていたルーファス・アルバレアは、そう強く呼ばれて首を上げた。いつの間にかうたた寝をしていたらしい。真正面にラピス・ローゼンベルクの不機嫌そうな顔がある。

「どうしたのかね。ずいぶんと怒っているようだが」

「何回も声をかけてるのに無視だったからよ」

「すまなかった。少し昔のことを思い出していてね」

「だとしてもルーファスはもう私の従者なんだから。いつだって私を優先しなさい!」

「はは、重々承知しているよ」

「むー、軽い感じがする……」

 全てが終わり、あるいは始まり、ルーファスは旅に出た。

 罪は背負ったまま、けれどいくつかの荷物は降ろして、少しだけ身軽になって。

 行く当てはない。行き先も決めてはいない。風の向くまま、気の向くままに歩を進める。道の果てに何が待っているのか、それさえ今は深く考えていなかった。

 そんな心持ちの自分がいることに、他ならぬ自分が一番驚いている。

「はあ、お腹空いたわ。ルーファスも休んでばかりいないで、ご飯探してきたらどうなの」

「君が食事を楽しみにするのは良いとして、そもそも空腹という感覚があると?」

「私は高貴なローゼンベルク人形よ。お腹が空く機能くらい兼ね備えているわ!」

「それはまた難儀なことだ。とはいえ確かに小腹が空く頃合いではある」

「でしょ!?」

 ラピスはかのヨルグ・ローゼンベルクが作った人格を持った人形だ。とある特異な能力を有していたが、現在では失われている。

 彼女は短い手足を目いっぱいに振って、早く昼食を提供せよと訴え続ける。

 動力源は七耀石(セプチウム)なので食事を摂取する必要はない。が、食べても内部で分解してエネルギーに変換されるので、それはそれでありなのだとか。

 時刻は昼過ぎ。天気は快晴。場所はアルモリカ村を越えた先、エレボニアとの国境近くに広がる見晴らしのいい草原だ。レンゲ畑があったり、少し離れたところでは樹林帯が分布するエリアもある。

 要するに見渡す限りが大自然だった。

「や~、びちびちしてるー!」

 そして一人旅というわけでもなかった。

 近くの小川で釣り糸を垂らすピンク色のツインテールが、のどかな景色の中に踊る。水しぶきを頭に受けながら、釣り上げた魚をもてあますナーディア・レインがこちらに助けを求めてきた。

「見てないで手伝ってよ~。思ったより大きいから~!」

「行ってやりたまえ。大変そうだ」

「わ、私?」

「このままでは待ちかねた食料が川に戻ってしまうかもしれない」

「それは絶対ダメ! 待ってて、ナーディア!」

「早く来て、ラーちゃん~!」

 ラピスはわたわたとナーディアの元へ駆けていく。

「跳ねた、跳ねたよー! びっちびちが止まらないよー!」

「このお魚かわいくないわ! 23点よ!」

 彼女らはぎゃいぎゃいと騒ぎながら、大きな獲物をバケツに押し込もうとしている。カンジェーロというナマズのような魚だ。最近では魚の種類がわかるようになってきた。

 この機に私も釣りを嗜んでみようか。狩りはよくやったものだが、釣りの経験はない。

 土を踏む足音が近づいてくる。

「相変わらず採点基準が謎だよな……」

「お帰り、スウィン君。収穫も上々のようじゃないか」

 愛用のブルーパーカーの砂埃を払い、スウィン・アーベルは右腕に抱えていた獲物を地面に下ろした。コブルートというイノシシに似た小型魔獣だ。

「群れからはぐれた子供らしい。悪いとは思ったが……こっちも生きる為なんでね」

「気に病む必要はない。はは、放っておいても他の大型魔獣に捕食されていただろうさ。血抜きと解体は任せよう。残った分は干して保存が利くようにするといい」

「全部やれってことかよ……やるけどさ。あと笑うタイミングがおかしいからな。ナーディアが愚痴ってたぞ。ルーファスが全然動かないって」

「荷物番はしているつもりなのだが」

「本当は動かないんじゃなくて、動けないんだろ。火傷、まだ痛むのか?」

「おっと、見透かされていたか」

「これで勘は良い方なんでね」

「それこそナーディア君の前では言わないことだ。愚痴がまた一つ増える」

「なんであいつの名前が出る?」

「やれやれ」

 手をぐーぱーと握って開いてみせる。

「火傷は大したことはない。リハビリもそれなりにこなした。だがいかんせん体力は戻り切っていないのが正直なところだ。迷惑をかけてすまないと思ってる」

「そうか。……まあ、のんびりと行こう。どうせ焦る旅路じゃない」

「助かるよ」

「それに本当にすまないと思っているのかは微妙だ」

「心外だな。傷つくじゃないか」

「心にもないことを……」

 そう、一人旅ではない。

 何かと賑やかな同行人たちがいる。もっとも今となっては自分が同行人の立場なのかもしれなかったが。

「ん……? なんだか空模様が怪しいな」

 スウィンが曇天を見上げる。さっきまでは快晴だったが、空に薄暗い雲がかかり始めていた。ゴロゴロと遠雷の音も響く。

「ラピス、ナーディア君。戻ってきた方がいい。雨が来そうだ。この木は葉が濃く生い茂っているから、多少の雨宿りにはなる。もっとも雷が落ちたらそろって丸焦げだがね」

「あんたはいつも一言余計だな……」

 さっそく降り始めた小雨の中を、カンジェーロ入りのバケツを手にした二人が戻ってくる。

「早く木陰に入らないと、ラーちゃんが錆びちゃうよ~」

「ローゼンベルク人形は防水機能付きよ! 誇り高い防水機能よ!」

「でもさすがに雷に打たれたらアウトじゃない? アウトじゃなくてもアフロにはなるんじゃない?」

「アフロはいやかも……」

「ラーちゃんならアフロでも可愛いけどね」

「そ、そう? じゃあいいかな……」

 四人身を寄せ合って、木の下で雨を凌ぐ。

「ルーファス。これカバンの奥に閉まっておいて。濡らしたくないの」

 ラピスが渡してきたのは自前のアルバムと愛用のカメラ。彼女の一番の宝物だ。旅の出発前にも《黒兎》と《零の御子》といっしょに、色々なものを撮り回っていた。――いや、この名前で彼女らを呼ぶのはもうよそうか。

 希望通りにそれをカバンの底に入れ、さらに水が染みないようにビニールでくるんでやった。

 ぱたぱたと葉を叩く雨音が心地よいリズムを刻む。湿った草木の匂いを運ぶ風が前髪を撫でていく。優しい眠気が溶け込んで、まぶたを重くしていく――

 

 ●

 

「――ファス、ルーファス! 起きてくれ!」

「む……」

 肩を揺さぶられ、意識が覚醒する。開けた視界にいたのはスウィンだ。

 すぐに思考を回転させる。雨は止んで晴れ間が見えた。どうやら通り雨だったらしい。どれくらい眠っていたのだろうか。

「ラピスがいないんだ、どこにも」

「いない?」

 となりを見る。自分の横で雨宿りしていたはずの彼女の姿がない。

「俺もナーディアも眠っていて気づかなかった。すまない」

「気づけなかったのは私も同じだ。ラピスの行きそうな場所に心当たりは?」

「そう言われても、そもそも初めて来た土地だからな。今、ナーディアが辺りを探しているが……」

 そのナーディアが小走りで戻ってきた。

「やっぱりどこにもいないよ~。足跡も雨で流されちゃってる。悪い人にさらわれたのかなぁ。ラーちゃん、可愛いし」

「呑気に言うなよ……だけど誘拐の線は確かに考えた方がいいかもしれない。悪意のある人間がラピスの背景を知っていたとしたら、何かに利用しようとするのはあり得ない話じゃない」

「いや、誘拐の可能性は低い」

 ラピス用のかばんを探りながら、ルーファスは言う。

「悪意のある人間が近づいてきたら、君たちならまず起きるだろう。私も含めて、そういう気配には敏感だ」

「それはまあ……そうだな。ナーディアは起きるかわからないが」

「起きるよ~! 三回に一回くらいは」

 気を許している相手が近くで多少動こうとも、無意識での警戒態勢には入らない。つまりラピスが自分からその場を離れたとする方が辻褄が合う。

「で、ルーファスはさっきからなんでかばんを探ってるんだ?」

「なに大したことじゃないさ――ああ、あった」

 モニターのついた小型の機器を取り出した。ピコンピコンと、画面上で明滅する光点が移動している。

「東の方角に向かって彼女の反応が離れていく。さっそく追いかけるとしよう」

「うわぁ、この人またラーちゃんに発信機つけてたよ」

「それは誤解だな。新しく取りつけたのではなく、以前のものを外し忘れていただけだ。“またつけた”ではなく“まだついていた”が正しい」

「そこの講釈はいらないけど。え、じゃあずっとつけっぱなしだったってこと……?」

「ふっ」

「笑ってる、この人~」

 呆れ半分でナーディアは体を引いた。

 受信モニターを頼りに、三人は急ぎ移動を開始する。

「動く速度が速いな。車に乗っているかもしれない」

「車? だとしたら誘拐の線が再浮上してくるか」

「大型魔獣の腹の中という線もある。ばらけて体を持って行かれていたとしたら、少々回収が手間だな」

「ナーディア。ここに人でなしがいるぞ」

「すーちゃん、今気づいたの?」

 このままでは追いつけない。こちらも足が必要だ。

 一番近い人里はアルモリカ村で、それでもかなりの距離がある。導力車が偶然通りがかるなどの幸運は期待できない。

 走る足を止め、息を切らしながらスウィンが言う。

「どうする。受信圏外まで出られると、位置が把握できなくなる。ちょっとまずいぞ」

「わかってはいるが……ん、あれは――」

 周囲にはレンゲ畑が広がっている。手入れがなされていないところを見るに、アルモリカ村管理のものではなく、自然に群生している区域のようだった。

 ルーファスはそこにせかせかと動く人影を見つけた。

「ふふ、だいぶ集まって来たな。良い感じだ。クロスベルを離れる前にもう少し採っておかないと――」

「やあ、マキアス君」

「うおあ!?」

 いきなり声をかけられ、マキアス・レーグニッツは尻もちをついた。

「レーグニッツ監察官と呼ぶべきだろうか。いつも弟が世話になっている」

「こ、こちらこそ。というかルーファスさん!? 旅に出たとは聞いていましたが……」

「ここで会えたのは僥倖だ。さて……」

 ルーファスはしげしげとマキアスを観察した。

 彼にしてはラフな私服で、腰には小さな小瓶をぶら下げている。

「ナーディア君は彼をどう分析する?」

「んー……お仕事の休みを利用して、人の目に付かないところでハチミツを採取してるんだろうねぇ。この辺りのレンゲ畑は自然のものだから、誰に許可をもらう必要もないし。そのハチミツは想い人にでもプレゼントするつもりなのかな~」

「私も同じ見解だ。では彼の後ろに停めてあるものに関しては?」

「最近RF社が発売した二輪式の――確か導力バイクだよねぇ。かなり値が張るはずだけど、一生懸命お金を貯めて買ったんじゃない? 想い人にかっこいいところをアピールできるみたいな魂胆で~」

「ああ、そこも同意見だ」

「あ、あなたたちはエスパーか何かですか!?」

 顔を赤くして、マキアスは戦慄している。

「そういうわけでレーグニッツ監察官。そのバイクを貸してもらいたい。傷一つつけずに返却することを約束しよう」

「どういうわけで!? え、ちょっと、いやいや、待ってください! それ僕の給料半年分で、まだほとんど乗ってなくて――」

「新品同然というわけか。結構なことだ」

 問答無用でシートにまたがるルーファスの後ろにナーディアが、さらに彼女の後ろにスウィンが乗る。

「お兄さん、ごめんね~」

「三人乗りは窮屈だな……」

「仕組みは理解した。では発進する」

 棒立ちするマキアスを置き去りにして、導力バイクはレンゲ畑の中を疾走した。

 

 

 レンゲ畑を突き抜け、でこぼこしたあぜ道をフルスロットルで進む最中、

「近くなってきた! 前方だ!」

 受信モニターを手に、最後部のスウィンが叫ぶ。

 まだ距離はあるが、道の先を行く小型トラック式の導力車が見えた。

「あれか。スピードを上げる。落ちないようにしっかりつかまっていたまえ」

「なーちゃんが一番後ろだったらな~、すーちゃんに抱きつけたのにな~、ついてないな~」

「不運とは日ごろの行いの悪さから来ると聞くが」

「刺すよ~?」

 加速したバイクがトラックに近づいていく。

 収穫物の運搬らしく、荷台には様々な野菜が溢れんばかりに山積みになっている。そのどっさりと盛られた野菜の山の中腹から、見覚えのある人形の足が二本突き出していた。

「ようやく発見できたか。足の先に胴体が繋がったままだと良いのだが」

「すーちゃん、ここに悪魔がいる~」

「今気づいたのか?」

 運転手に呼びかけてトラックを止めてもらうのが一番てっとり早い。

 追い抜かそうとルーファスがアクセルグリップを回した途端、トラックがあぜ道から逸れて、急に進路を変えてしまった。

「追跡を振り切ろうとしているのか? やっぱり誘拐ってことかよ……!」

「……違うな。様子がおかしい」

 車体から白煙が漏れ出していた。ブレーキがろくに機能していない。おそらくオーバルエンジンの不具合だ。出力が上がり続けて、オーバーロード手前まで来ている。

 だが何よりまずいのはこの進路。すでに道を外れて原っぱを暴走しているが、その数百アージュ先にあるのは広く分布する樹林帯だ。

「これほどの速度で林に入れば大事故は必定だろう。とにかく止めねば――」

「ルーファス! 魔獣が追ってきてるぞ!」

 後ろを振り返りながらスウィンが言う。

 一頭の大きなイノシシ型の魔獣が、土煙を蹴立てて迫ってきていた。

「あいつまさか、俺が狩ったコブルートの親か……? そうか、大事な子供を奪われたんだもんな、それは怒るよな……」

「ちょうどいい。あれも仕留めて干し肉にしておこう」

「ナーディア、人の心ってなんだっけ」

「どこかで売ってたらルーファスに買ってあげようよ~」

 スウィンは双剣を両手に携え、バイクから飛び降りた。怒れる親コブルートに真っ向から対峙し、素早いフットワークと疾風のごとき連撃で応戦する。

 あっという間にその姿が遠ざかっていった。

 一人分軽くなったおかげで、バイクのスピードが上がる。しかしエンジンに異常をきたしているトラックも相当の速さが出ている。どうにか5アージュほどまで距離を詰めることができたが、それ以上が縮まらない。

「この際手荒でもいい。なんとかできないか?」

「やってみるけど……」

 身を乗り出したナーディアはトライニードルを構えた。指と指の間に大きな三本の針を挟み、トラックのタイヤを目がけて鋭く投擲する。狙いは正確だったが、高速回転するタイヤに弾かれた。

「なーちゃんじゃパワー不足だよ~」

 ついに止めきれず、トラックが樹林帯に突入してしまう。ルーファスたちもその後ろに続く。

 縦横無尽に生える木々の枝葉を圧し折りながら、なおもトラックが暴走する。その進路上に直撃コースの木がいくつかあった。

「ナーディア君!」

「わかってるから~!」

 背負ったリュックからごっそりとクマのぬいぐるみを大量に取り出して、それらを一気に宙に放り投げた。尻から景気よく噴射煙の尾を引いて、クマたちが勢いよくトラックを追い抜かす。

 行く手を塞ぐ大木に接触するや、片っ端からぬいぐるみが爆発した。塵芥と火の粉が吹き荒び、膨張した熱波が肌を炙って過ぎる。

 いったんの進路は確保するも、すでに次の木が見えていた。

「クマ爆弾の残りは!?」

「あと一つ――というかネーミング~」

「最後の一発なら、もっとも効果的な使用方法で頼みたい」

「りょーかい。いってらっしゃ~い」

 クマ爆弾をバイクの後輪側に落とす。同時にナーディアは手近な木の枝に鋼糸をくくり付けて、俊敏に上方へと離脱した。

 爆発。衝撃と爆風に押し出されて、バイクはアーチを描いて派手に吹っ飛んだ。黒煙を吐きながら空中分解するバイクのシートを蹴って飛び、ルーファスはトラックの荷台へと勢いよく着地する。

「ラピス!」

 野菜の山に手を突き入れ、ラピスを引っ張りだす。

「ル、ルーファス~! また見つけてくれたのね!」

 泣きそうな声でラピスが抱きついてきた。 

「見つけるさ、どこにいたって何度だって」

「ごめんなさい。近くにトラックが止まってて、荷台にいっぱいお野菜があって、すごく色鮮やかで綺麗だったから……それで、それで……!」

「わかっている。写真を撮りたかったのだろう。かばんの中にカメラがなかったから、すぐにわかった」

「うん……荷台から降りようとしたらトラックが動き出して、たくさんのかぼちゃが頭の上から崩れてきて、身動きできなくなっちゃって……」

「積もる話はあとだ。まずはこのトラックを止めよう」

「わかった、任せて!」

 ラピスは野菜の下敷きなっていた黒いトランクケースを引き出した。それを掲げると、ケースは巨大な両刃斧へと変形する。

「エーデルハーツ!」

 体内のエネルギーを全開放。胸を中心にして真紅のスパーク光がほとばしり、ラピスの力が増大する。 

 身の丈以上に大きな斧を、背中につくほどに振りかぶって――

「チェストォ―――ッ!!」

 荷台の端から地面に向けてフルパワーで振り下ろす。

 凄まじい威力に車体の前半分が浮き上がった。大地を深くえぐる大斧の一撃が強制的なブレーキとなり、トラックは瞬く間に減速する。

 大木に激突する寸前で、完全に停止した。

 そのタイミングでナーディアとスウィンも追いついてくる。

 ラピスは荷台から降りると、ぺこりと頭を下げた。

「二人とも、一人でいなくなってごめんなさい……」

「良かったよ、ラーちゃん~。すっごく心配したけど、可愛いから許しちゃう~」

「あっ、可愛いと許されるのね!」

「待て、ラピスが変な勘違いしたぞ」

 トラックの運転席のドアが開いた。げほげほと咳込みながら、ひげ面のおじさんが転げるように這い出てくる。

「ふぃー……死ぬかと思った。もしかしてアンタたちが助けてくれたのかい?」

「そんなところです」

 と、ルーファスが歩み出た。

「オーバルエンジンの不調による動作異常は時々報告もなされている。長時間の連続駆動は避け、定期的なメンテナンスを実施することをお勧めしますよ」

「はあ、面目ない。確かにずいぶん長い間点検を怠ってたからなあ……。あとはこっちでどうにかするよ。命の礼にしちゃ安過ぎるんだが、ここの野菜は好きなだけ持って行ってくれ――ん? んん?」

 おじさんは怪訝そうにルーファスを凝視する。

「金髪の旦那の顔、どこかで見たような……」

「野菜くれるって言ってるし、もらうものもらって早く行こうよ~。ねえ、お兄ちゃん?」

 演技力抜群でナーディアはルーファスの腕をつかんだ。

「厚意はありがたく頂こう。なあ、兄さん」

 スウィンもとっさに乗ってくる。

 おじさんは納得したようにうなずいた。

「ああ、兄妹だったのか。すると、そっちの小さい女の子が一番下の妹ちゃんかい。仲良さそうでいいねぇ」

「私はルーファスのご主人様よ!」

 腰に手を当てて、ラピスは得意気に宣言した。

「わーお、ラーちゃん空気読まないねぇ」

「何よ、ウソは言ってないでしょ」

「本当のこと言うからややこしいんだよな……」

 おじさんはルーファスたちを順番に眺めては、「え、ご主人? 兄? 妹?」などとひたすら困惑するばかりだ。

「見ての通り、少々複雑な家族関係でしてね。あまり詮索しないでもらえるとありがたいな」

 顔を隠すようにして、ルーファスはさっさと踵を返した。

 

 

「ルーファスさん! ようやく戻ってきてくれましたか!」

 レンゲ畑に戻ると、マキアスが駆け寄ってきた。ずいぶん待ちかねた様子だ。

「申し訳ない。思ったより時間がかかってしまった」

「いえ、いいんです。それで僕のバイクはどこに?」

「これだ」

 ルーファスはマキアスの手に焼け焦げたハンドルグリップを握らせた。

「なんの冗談ですか?」

「冗談とは」

「あ、ああ……うおおお! 僕のリアノーンキッス号があ……! 傷一つつけずに返してくれるって約束だったじゃないですか!」

「国と国との約束が最後まで守られた事例を、私は知らない」

「人と人ですけど!?」

 がくりと両膝を折り、マキアスはうなだれる。大粒の涙がメガネの内側に悲しみの池だまりを作った。

「リアノーンキッス号だって~。ラーちゃん的には何点の名前?」

「0点」

 嗚咽に震えるマキアスの肩に、ルーファスはそっと手を添えた。

「緊急事態だったのだ。すまないと思っている。無論このままで済ますつもりもない。良ければこれを受け取ってくれないだろうか」

「え?」

 顔を上げた目の前に、純白のダイコンが置かれる。

「礼にと頂いたものだ。立派に育ったものらしいので、バイクの弁済代わりになればいいのだが」

「リアノーンキッス号おおっ!!」

「0点よ!」

 泣きわめくマキアスに、ラピスがピシャリと言った。

 その瞬間、全ての景色がゆがみ、渦を巻くようにしてねじ曲がっていく――

 

 ●

 

「ルーファス~、いい加減に起きないと鼻の穴に木の枝突き刺しちゃうよ~」

 安穏とした声音とは裏腹に、非道な脅迫に身の危険を覚えて目を覚ます。

 ナーディアの持つ木の枝が、すでに鼻腔寸前まで迫っていた。おまけに抜かりなく先が尖らせてある。

「おっと、勘弁してくれたまえ」

「だってずっと眠ってるんだもん。すーちゃんは優しいから寝かせといてやれって言うけど~」

「ずっと……?」

 そこは雨宿りの木の下だった。辺りもすっかり暗く、夜になってしまっている。

「ラピスは?」

「ラーちゃんは夕ご飯食べたら散歩に行っちゃったよ~。あんまり離れないように言ってるから」

「昼にあんなことがあったのに単独行動とは、危機意識が少々足りないのではないか?」

「昼って何かあった? というかルーファスは雨宿りからずっと寝てたでしょ」

 妙だ。どうにも頭がはっきりしない。

「夕飯を食べたと言ったね。メニューは何だった?」

「釣り上げたカンジェーロの塩焼きに、すーちゃんが狩ってきたコブルートのお肉だよ。心配しなくても、ちゃんとルーファスの分もあるからね~」

「魔獣の肉は一頭分だけかな?」

「うん」

「野菜は?」

「ないよ。しばらく野菜食べてないな~」

「この近辺で変わったことは?」

「だからないって。でもそういえば近くのレンゲ畑に、焼け焦げたバイクの残骸とメガネの破片が散らばってたのは見つけたよ」

 カンジェーロは釣り上げている。狩った魔獣の肉はあるが、その親の肉はない。野菜はもらっていないが、壊れたバイクはある。

 そもそもラピスはどこにも行っていない。

「まったく、どこまでが現実でどこからが夢だったのやら。それともまだ私は夢の中にいるのかな?」

「すーちゃーん、またこの人変なこと言いだした~」

「いつものことだろ」

 そう返すスウィンは、近くで火の番をしてくれていた。

 それにしても夢とは久しぶりに見た気がする。思い返してみても、ここ数年で夢を見た記憶がない。なぜ急に夢など見たのか。

「なあ、ルーファス。次の行き先は決めたか?」

「まだ決めかねている。さて、どうしたものか」

 行動を縛る枷は無くとも、大手を振って太陽の下を歩ける身の上ではない。気楽に物見遊山というわけにもいかなかった。

 思案していると、どこからか甲高い鳴き声が響いた。

「鳥? 夜に鳴くなんて珍しいな。一体なんの……」

「鷹だ。今のは」

 そのひと鳴きが、不意に記憶を揺さぶった。

 思い出す。

 全ての過去を捨ててきたはずの自分が、たった一つだけ捨てられず、しまったままにしてある思い出を。

 父と呼び慕う彼に初めて声をかけられた、あの鷹狩りの日を。

「ユミルに行こうか」

 そう思い立ち、同時に口にも出していた。

 彼に縁のある地で、かつて鷹狩りを手ほどきしてくれたテオ・シュバルツァーもいる。もちろん歓迎されるかはわからないし、それどころか門前払いを食らうかもしれない。

 だとしても、どのような形でも、挨拶くらいはしておきたい。紙面通りの情報が回っているなら、自分は死んだと思われているはずだから。

「ユミル? 温泉郷ユミルか?」

「ああ、私の湯治も兼ねてね。あの温泉は火傷にも効能があったと記憶している」

「やった~! 温泉っ、旅館っ、食事っ! いざ進め、新生帝国ピクニック隊~!」

 ナーディアは飛び跳ねて喜んでいる。だがスウィンが困ったように言う。

「何日かかければ行けなくはない距離だ。けどこの位置からだと北西に向けて国境を越えなきゃいけない。検問に引っかかったら厄介だぞ。いや、俺たちは別に正規の手続きで入国すればいいんだが、あんたは……」

「ラムダがあるじゃないか。見えない人間を咎めることなどできはしないさ」

「それ不法入国だろ……じゃあ別ルートで帝国入りして、どこかで落ち合うってことで」

「もちろん君たちの分のラムダもある」

「俺たちも道連れにしようとするなよ!」

「あ――っ!」

 ナーディアが大声を上げて、細身の体をくねらせた。

「ど、どうしよう~。温泉に入ってる時に、すーちゃんがラムダを使ってのぞきに来たら~」

「しないから!」

「やれやれ、若いな」

「しないって言ってるだろ!」

「なんでしないの~!?」

「はあ!?」

 ナーディアとスウィンが口論を始めた。

 それを漫然と見ながら、取り置いてくれていた夕食を手早く食べ終える。

「腹ごなしに少し夜風に当たってくる。ついでにラピスを連れ戻して来るとしよう」

 声はかけたものの、不毛な言い争いをしている二人には届いていないようだった。

 黒のコートを羽織り、適当に辺りを散策する。

 しばらく歩いていると、小川の近くにラピスの姿を見つけた。岸辺にちょこんと座って、ほんのり光る蛍と戯れている。

「あ、ルーファス。起きたのね」

「ずいぶんと眠っていたらしい。おかげで妙な夢を見た」

「へー、どんなの?」

「野菜をたくさんもらう夢さ」

「いい夢ね!」

 食べ物が出てくれば、彼女にとっては何でも最高の夢なのだろう。

「君も夢を見るのか?」

「見るに決まってるじゃない」

「そんな機能までついているとは、さすがはローゼンベルク人形だ」

「それは機能じゃないわ。心があったら夢は見るものでしょ?」

「……そうか。心があったら夢を見るか」

「当たり前よ。変なルーファス」

 ラピスはおかしそうに笑って、ふと夜空を見上げた。

「とってもきれいな星空ね。ルーファスとお話したあの日の夜みたい」

「飛行艇の?」

「そう。私あの時、ルーファスってどんな人って訊いたの。良い人か悪い人かって」

「私は極悪人だと答えたな」

「うん。他にも言ったこと、覚えてる?」

「ああ」

 ラピスの横に腰を下ろす。

 緩やかにうねる川の流れを眺めながら、ルーファスは静かに口を開いた。

「自分の目的のために何でも利用してきた。地位も、名声も、人の心も」

 罪を噛みしめるように、一つ一つの言葉を紡ぐ。

「騎士道精神と貴族の矜持は効率の前に捨て去り、道徳にも命にもさしたる価値を感じない」

 幻想的な月明かりが水面を輝かせている。ラピスは立ち上がると、月光を背にこちらに振り向いた。

 心を宿した人形は、微笑んで私に問う。

「それは今も?」

 

 

 

 ――END――

 

 

 




ご無沙汰しています。テッチーです。
《創の軌跡》を先日クリアしたので、短編を一つ書き下ろしてみました。

ゲーム本編は楽しかったですね!
ストーリーはもちろんですが、エリゼ様を最強に育ててみたり、いの一番にフィーちゃんのゼロス・ウィンドを作ったり、レンを混乱させてマキアスを攻撃させてみたりと、個人的に思い入れのあるところの楽しみ方ができて満足でした。

パーティーメンバーが多くて、選定に悩むのも一つの楽しみどころでしょうか。
私はアタックが「リィン、エリゼ、ナーディア、フィー」で、サブが「マキアス、レン、ルーファス、リーシャ」でまとめることが多かったです。なんか偏ってますねw
わがままを言うなら、スカーレットが使ってみたかったなあ。

軌跡の次回作はこれでいよいよ共和国にスポットがあたるのか、はたまた法国あたりから話を展開させるのか。
いずれにせよ、新生帝国ピクニック隊はこれからも絡んで欲しいですね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。