虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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夢にて夢みて しっくす(後編)

 ――夢にて夢みて しっくす 後編――

 

 《☆☆想いは波に乗せて☆☆》

 

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『★金曜★』

 

『子供向け教育番組 9:30 はたらくおねえさん』

 

「もえもえキュン!」

 両手でハートマークを形作り、ミュゼがウィンクをぱちりと決める。お客の皆さんは「もっ、萌え~」と胸を撃ち抜かれたみたいにのけぞり、幸せそうな表情でもだえた。

 メイド喫茶である。然るにミュゼはメイド服で、彼女に付き合わされたエリゼもメイド服である。

「ほら、エリゼ先輩も恥ずかしがってないで、もえもえキュンして下さいよ」

「な、なんで私がこんなこと……」

「可愛いじゃないですか、メイド服。あ、リィン教官! お帰りなさいませ、ご主人様~」

 ミュゼは来店したリィンに、甘ったるい声でふりふりと歩み寄っていく。

「ちょっとミュゼ! 兄様のお相手は私が!」

「早い者勝ちですぅ。エリゼ先輩はそちらのご主人様の接客をお願いしますねー」

「はあ、もう……」

 やむなくエリゼはそのテーブルに行く。それでもにこりと微笑んで、

「お帰りなさいませ、ご主人さ――」

「よう、エリゼお嬢さんじゃないか」

 そこにトヴァルが座っていた。エリゼの笑顔が固まる。永久凍土に埋まったかのごとき冷えた硬直だった。

「トヴァルさん。なぜこちらに?」

「新装開店だって聞いてな。ほら、遊撃士としては自分の活動区域内にどんな店があるのかを知っておく方が何かと都合がいいんだよ」

「そうですか」

「しかしまあ似合ってるな!」

「そうですか」

「なんかオムライスにケチャップで文字書いてくれるんだろ。頼むよ」

「セルフで」

「え、俺がやんの?」

 無言の圧に負けて、トヴァルはオムライスに自分の名前をしたためた。

「これでいいのか……で、ここからおいしくなる魔法をかけてくれるんだってな。もえもえキュンってやつ」

「わかりました」

 エリゼは両手でハートマークを形作ると、《テスタ=ロッサ》とつぶやく。

 次の瞬間、ゴッと音を立てて勢いよく火柱が上がった。耐熱皿だけ残して、オムライスは消し炭と化す。

「い、いま何した……?」

「燃え燃えキュンですけど」

「もっ、燃え~」

 

 

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『CM⑦』

 

 研究室らしきラボの奥。張り付け台にステファンが縛られている。

「ぐうおおおお!?」

 その拘束された四肢が機械によって引っ張られ、ステファンは苦痛に満ちた悲鳴を上げた。

 場面が変わり、大きな水槽が映し出される。水槽には水車が設置されていた。

「がばばばばっ」

 その水車にくくり付けられているステファンは、一定間隔で水に浸かったり上がったりを繰り返している。

 場面が変わり、薄暗い部屋。

「びぎゃああ!!」

 頭に金属製のメットをつけ、ステファンはごてごてした椅子に座らされ、ひたすら電気を流され続けている。

 やまない悲鳴。蒸発する涙。救いを乞う哀願。

 そこにG・シュミット博士が現れた。

「ルーレ工科大学のシュミットだ。活きのいいモルモット募集している」

 

 

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《昼ドラマ枠 13:00 ハイスクールウォーズⅡ》

 

 士官学院のグラウンドに、ラクロス部の面々が顔をそろえていた。

 彼らは試合で負けたのだ。落ちこぼれ。そんなレッテルを張られて。

「まあ、仕方ないことかもしれないな。なにせ僕たちはラクロスのラケットを持つのも初めてだったんだから」

 クルトが言うと、ユウナは同意した。

「そうよねー。ラクロスじゃなくてテニスだったらやれたんだけど」

「テニスですか。私もテニスの可愛いユニフォームを着てみたいですね。ちらちらと誘惑できますし」

 うふふとミュゼが笑うと、アルティナは小さく嘆息を吐く。

「ミュゼさんは目的が違いますよ」

「おい、とっとと帰り支度して飯でも食いに行こうぜ」

 気だるそうにアッシュが言う。

 悔しさの見えない部員たちを目の当たりにして、コーチであるリィンは声を荒げた。

「お前たち! 悔しくないのか!? 負けたんだぞ!」

 しかし教え子たちの反応は淡泊なものだった。

「ですが教官。僕たちは初心者なんですよ。いきなりラケット手渡されて、無茶にもほどがあるでしょう」

「そういう態度がいけないんだ! 最初から勝とうとしていない!」

「逆に聞きますけど、たとえば剣術の素人を《光の剣匠》の前に放り出したとして、教官は勝つ気で戦えっていいます?」

「いや、それは……」

「言いませんよね? 蛮勇は身を滅ぼします。経験を積ませる戦いだとしても、適切な難易度があるはずですから」

 うんうん、と残りの四人は深くうなずき、クルトに続けて不服を訴えてきた。

「だいたい試合開始10分前にルールブック渡すとかありえないです。気合と根性で全部乗り切れると思われると、ちょっとしんどいんですけど」

「不埒の上に横暴ですね」

「かったりぃ、面倒くせぇ。早く帰ろうぜ」

「私は教官が仰るなら従うまでです。もっと強く激しく命令して下さい」

 反抗的な態度に、リィンは押され気味だ。しかし教官としての責務を思い出す。自分の使命は彼らを導く事。こんなことでへこたれてはいられない。

「お前たちは勝ちたくないのか! どうなんだ!? こんな負け犬のままで本当にいいのか!? 俺は悔しいぞ!」

 リィン教官の魂の叫び。五人は顔を見合わせて、

「負けたいか勝ちたいかって言われたら、それはもちろん勝ちたいですけど」

 ユウナが意見を取りまとめた。

「それがお前たちの気持ちなんだな! 嬉しいぞ! では俺は今からお前たちを殴る!」

『はあああ!?』

 非難の嵐が吹き荒れた。

「いやですよ、なんで殴られないといけないんですか!? 殴って闘魂注入ってやつですか!? 前時代的過ぎません!?」

「僕も承服できません。昨今はコンプライアンス事情も厳しいですし、そういうシーンを現実で面白がって模倣するといったトラブルも想定できます。新たな火種になりかねませんよ」

「いーじゃねえか。殴ってもらおうぜ。そんできっちり出るとこ出て、もらうもんはもらってやっからよ。ちゃんとここまでのあんたの発言はボイスレコーダーで録音してるからな」

「私に危害を加えようとした場合は《クラウ=ソラス》のオートカウンターが発動することをお忘れなく」

「リィン教官。私ならぶっても問題ありませんよ。いっぱい叱って下さい。なんなら縛ります? 縄か手錠かでお好みの方を――」

 リィンはグラウンドに両手をついて、がっくりとうなだれた。

「最近の子たちって難しい……!」

 

 

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『CM⑧』

 

「こんにちは、リーシャ・マオです。えっと、詳細はお伝えできませんが、アルバイトを募集しています」

 見晴らしのいい屋根の上で、リーシャはあくせくとカメラを操作し、自撮りを試みる。

「標的を指定の場所に誘導したり、極細ワイヤーロープを設置したり、お食事に混ぜ物をしたり――誰でもできる簡単なお仕事です。……あ、あれ? これ撮れてるのかしら?」

 リーシャがカメラの向きを調整しに来る。画面いっぱいに近づいた彼女の豊満なバストが、むにぃっとレンズに押し付けられた。

「あ、いい感じ。じゃあ再開します。ですので……人と関わるのがお好きな方はぜひご連絡くださいね。履歴書は偽装でも大丈夫です。シフトは基本的に不定期でして、お給料は一殺ごとの歩合制で、ユニフォームは貸与式で、個人情報の保護とかはきっちりしてて、でも守秘義務を破ったら始末はさせてもらうんですけど、それから血糊のついたユニフォームは特定の業者でのクリーニングをお願いしてて――」

 

 

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《コンサートライブ中継 20:30》

 

『踊れ狂ってしまいなさい♪ 抗う術なき嘆きの鐘は響いたり響かなかったり♪』

「KSK24! フゥーフゥー!!」

 ヘイムダル特設コンサート会場は熱気に包まれていた。会場を埋め尽くすファンの声援と、ペンライトが鮮やかな彩りを見せる。

 KSK24とはアリサ、ラウラ、エマ、フィー、ミリアム、エステル、レン、シェラザード、クローゼ、エリィ、ティオ、リーシャ、ノエル、ユウナ、ミュゼ、アルティナ、ヴィータ、シャロン、クレア、サラ、シャーリィ、デュバリィ、エリゼ、アルフィン――などなど総勢で24名にもなるアイドルユニットである。

 そしてコンサートの終盤、「ア、リ、サ! ア、リ、サ!」「シャロンさーん! 縛ってくださーい!」「アルティナたん萌えっー!」などと、最高潮の盛り上がりに達していたその時に、

「皆さんにお知らせがあります」

 マイクを手に、ミュゼがステージ中央に進み出た。

 予定されていない演出だったらしく、メンバーは互いに顔を見合わせている。その困惑を背にして、ミュゼは言った。

「私、ミュゼ・イーグレットは今日のコンサートを最後に、KSK24を卒業することになりました」

 歓声がどよめきへと変わる。

「ちょっとミュゼ、どういうこと!? 何も聞いてないんだけど!」

 同期のユウナが詰め寄るも、ミュゼは適当にかわして、

「私は普通の女の子に戻りたいんです! 普通にショッピングに行って、普通に映画を見て、普通に恋をする女の子に!」

「はあ!? 何を勝手に相談もなく――」

「実はもう素敵な殿方もいます!」

 ユウナをぐいと押しのけて、モニターを操作。そこにリィンの顔が大写しになる。

「この方です。どうです、素敵でしょう?」

 数万を超えるファンたちの憎悪が導力ネット上に吹き荒れる。『特定した』『ミュゼたんをたぶらかした鬼畜』『殺ス殺ス殺ス……』と大炎上だ。

 KSKメンバーの何人かの目にも『ふうん、そういうこと。へー』的な殺意が宿っていた。

「落ち着いて下さい、皆さん。わかります。メンバーの中で一番かわいくて性格がよくて人気の高い私が脱退するとなると、確かにユニットとしての魅力は半減――いえ、五分の一以下になるでしょう。もしかしたらKSK自体を嫌いになっちゃう人だって出てきてしまうかもしれません……でも!」

 ミュゼはその瞳を潤ませながら、マイクを強く握りしめた。

「たとえKSK24のことが嫌いでも、私のことは嫌いにならないで下さい!

 場に浮かされているのか、ファンたちは『ずっと君が一番だーっ!』とペンライトをぶん回している。

 収まる気配のないミュゼコールの中、彼女の肩をむんずとユウナがつかんだ。

「話あるから舞台裏行こっか」

「あん、そんなに乱暴にしないで下さい。リィン教官助けて~」

「その教官にも話があんのよ」

 

 

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『CM⑨』

 

 遮光幕で覆われたボックスの中に、誰かが入っている。

 ボックスの隙間から黒い小瓶だけがぬっと出てくると、男性の低い渋声がした。

「イシュメルギン3000配合。サンドロット製薬から発売《雄骨(オスボーン)》……ふふ、黒き力を君に与えよう」

 

 

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《深夜通販枠 2:30 シャバデッド西風》

 

『シャーバデッドシャバデッド、夢のシャバデッド西風♪』

 二人して歌うゼノとレオニダスが、それぞれ画面の両端から現れた。彼らは手拍子を打ちながら『はいどーもー』と、さながら漫才師のように中央のテーブルまでやってくる。

「これを使えば自由なシャバから塀の中へとDEADコースまっしぐら。闇のアイテム目白押しの《シャバデッド西風》をご覧頂きありがとうございます」

「今日も今日とて表沙汰にはできひん裏ルートで入手したブツを紹介すんで!」

 レオニダスが落ち着いた雰囲気の進行役で、ゼノがハイテンションな商品プレゼンターだった。

「さっそくやけど世の奥様方! ご近所付き合いって大変やろ? そら必要なものやとは思うが、煩わしかったりもするし、時には隣人トラブルなんかにもなってまうよな」

「ああ、『お宅の娘さんのピアノの音がもれてるんですけど』とか『朝早くからワンちゃんが鳴くのどうにかして下さらない?』とか、そういう案件だな」

「妙に生々しいが……そういうことや。ご近所とのそんな諍い事で頭を悩ませる奥様方に紹介したいのがこちら!」

 ゼノはテーブルの上に、謎の扁平型の機材を無造作に置いた。

「はい、爆弾ー」

「ほう、そうきたか」

 レオニダスは感心したように腕を組む。

「隣人とのトラブル解消が難しい。ほんなら簡単。隣人を消してしまえばええわけや」

「妥当な解決策ではある。しかし一般人には配線接続や仕掛けなど、少々扱いづらい気がするが」

「ワンタッチで起爆モードに入るからややこしい操作は一切なし! さらに素人さんでもわかるイラスト付き取り扱い説明書も同封してんで!」

「しかしそれだけシンプルなら逆に威力が心配だな。中途半端な爆発では元も子もない」

「なんとこの爆弾、クロスベルのオルキスタワー襲撃に使われたもんと同等の技術が使われとるんや。その辺の民家なんぞボボンのボンやで!」

「ふーむ、とはいえ爆弾となると、どうしても物騒なイメージがつく。いまどきの奥様方に好まれるだろうか?」

「ご安心! 小型化と軽量化を極限まで実現し、買い物のお供におしゃれなハンドバッグにも入れられるサイズや! そんで見てみい。この高級感のある黒塗りのボディーッ!!」

 やったら甲高い声の“ボディーッ!”がスタジオに反響する。

「だが、お高いのだろう?」

「んーまあ、確かに一個300万ミラやからな」

「それでは旦那のへそくりを持ち出しても厳しいところだ」

「いやいや、なんで自分のへそくりを使わへんねん!」

 びしっとツッコむゼノ。笑いを差し挟んできた。

「そこで今回に限りキャンペーン。今から30分以内に連絡頂いた方にだけ、なんと半額の150万ミラでご提供! さらに爆弾を三つ付けましょか! さらにさらに感圧式、時限式、遠隔式と用途によって使い分けられるオプションも追加! これだけでも嬉しいのに送料は番組負担! オプションはいらんから最初からその分安くしてくれってのは言いっこなしな!」

「大盤振る舞いだな。む、さっそく通信機が鳴りやまん状態だ。――はい、こちらシャバデッド西風。ええ、はい、エレボニア在住の《告死線域》様に、リベール在住の《殲滅天使》様ですね。お買い上げありがとうございます。ご入金は足のつかない方法で――承知しました。洗い屋を手配しましょう。おお、これは《雪帝》様、いつも高評価のレビュー恐れ入ります」

 そして商品は売り切れた。

「ほんなら本日はここまで! 次回は領邦軍から団に横流しされてきた癒着ズブズブの装甲車や!」

「もちろん西風カスタマイズのな。……終了時間か。では皆さん、ご一緒に」

 ――シャーバデッドシャバデッド、夢のシャバデッド西風♪

 

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『★土曜★』

 

《子供向け教育番組枠 10:30 つくってもてあそぼ》

 

「みんな、集まれー!」

『ワルワルさーん!』

 悪悪(わるわる)さんことピエロ姿に扮したジョルジュ・ノームが呼びかけると、元気いっぱいに子供たちが駆け寄ってきた。

「おはよう、テレビの前のみんな! 今日も《つくってもてあそぼ》で色んなものを作って、浅慮な愚者の運命をもてあそぼうね!」

『わるーい!』

 と、ここまでがお決まりのテンプレーション。選ばれし子供たち――レン、ティオ、ミリアム、ティータ、フィーの五人がジョルジュの周りで整列する。

「まずは各自で好きなものを作ってみようか。材料は《シャバデッド西風》から取り寄せた表世界には出せない代物ばかりだよ!」

『はーい』

 それぞれが自由気ままに作業に取り掛かった。それらにワルワルさんがアドバイスしていくというスタンスの、子供ならではの発想力と応用力を育てる番組だ。

「レンちゃんは何を作っているのかな?」

「水酸化ナトリウム溶液よ」

「なるほど! 死体を溶かして証拠隠滅を図るんだね! でも皮膚や筋肉はタンパク質だから溶かせるけど、骨はカルシウム化合物だから残っちゃうんだ。だから調整した硝酸を使うことをお勧めするよ!」

「さすがワルワルさん! わるーい!」

 きゃははっとレンは無邪気に笑う。ジョルジュもニコニコと笑い、次の子供の元へ。

「ティオちゃんはコンピューター端末をいじってるね。どうしたんだい?」

「ハッキングプログラムを作っているんですが、うまく行かなくて……」

「こうしたらどうかな?」

 横から高速でキーボードを打ち込む。

「ほらできた。これなら学院名簿からIBCの顧客情報まで抜き取り放題。さらにシステム乗っ取りで列車砲だって遠隔で操作できちゃう。さらに逆探知を仕掛けてきたら、先方の端末を熱暴走させるようにもプログラミングしたよ」

「さすがワルワルさん。わるいです」

 ジョルジュは次の子供のところへ移動する。

「フィーちゃんは手榴弾か、作り慣れてるね」

「ん、もう少しバリエーションを増やしたいんだけど」

「じゃあこんなのはどうだい?」

 かちゃかちゃと手榴弾に細工をする。

「爆発に加えて音響と閃光も追加だ。ついでに火薬も増量して、爆発と同時に対人殺傷用のボール・ベアリングを巻き散らすおまけ付き。全部盛りの夢のお子様ランチ手榴弾さ!」

「さすがワルワルさん。わるいね」

 フィーを満足させ、次の子供へ。

「ティータちゃんも薬液かあ。わかった、それは濃硫酸だ! 嫌いなお友達のシャンプーボトルに仕込むんだね!」

「ち、違いますよ。毛生え薬を調合してるんです」

「毛生え薬? どうして?」

「アガットさんのもみあげがそり落とされちゃって……どうにかして生やしてあげられないかと……」

「ティータちゃんは優しいね! でも毛生え薬って効果に個人差があるから難しいんだ。植毛の方が手っ取り早くていいと思うよ!」

 あり合わせの材料で、人口毛髪を生成する。もちろん赤色だ。

「柔剛の特性を合わせもつ毛髪型針金さ! 先端を毛穴から差し込んで脳で固定するんだ。さらに電極としての機能も果たすから、外部端末を操作すれば直接脳内に命令を与えて、本人の行動も自在に操れちゃうよ!」

「ワルワルさん、わるいです。でもでもアガットさんを自在になんて……私もわるい子になっちゃいそうです」

「なっちゃおうよ! 汚れのない純粋無垢な子供が背徳感を抱えながら闇に堕ちていく苦悩の過程が僕の大好物さ!」

 そして最後の一人へ。

「ミリアムちゃんは……あれ、お絵かきしてるね。どうしたのかな?」

「作りたいものないし、つまらないよ」

「人間の想像力は無限大なんだ。知恵と工夫でなんだってできるんだ。それを考えるのは楽しいことなんだよ」

「だってさぁ――ガーちゃん!」

 召喚されたアガートラムが、変幻自在にその銀色のボディーの形状を変える。

「ほら、なんでも作れちゃうから、逆につまらないんだもん」

「……すばらしい」

 ジョルジュの目が大きく見開かれた。

「想像と創造の極致だ。万能にして全能の力だ。ははは、君は最高だよ!」

 髪をかきむしって哄笑を上げる。マッドサイエンティストの権化だった。

 ブーブーとブザーが鳴り響く。

「ああ、いいところだったのに、もう時間みたいだ。みんな今日はここまでにしよう。僕はもう行かなくちゃ」

「ワルワルさん、どこに行っちゃうの?」

 レンが訊くと、ジョルジュは道化師の笑みを浮かべた。

「ちょっとカレイジャスに爆弾を仕掛けにさ! でも一応助かる道も用意しておいてあげようかな。なんたって“つくってもてあそぼ”だからね!」

『わるーい』

 

 

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『CM⑩』

 

 クロスベル市にある人気ベーカリーショップ《モルジュ》。

 そこでは店主の娘のベネット。そしてパン職人修行のオスカーが働いている。

「そっちのパン、焼き上がったぞ」

「いちいち言われなくてもわかってるわよ!」

 店主のモルジュは不在だ。二人は忙しく動いていた。

「へえ、この新作パンはベネットが作ったのか」

「な、なによ。文句ある?」

「いや、うまいな。さすがベネットだ」

「……っ!」

 ベネットは顔を赤らめ、指先をもじもじさせる。

「それにしても毎日忙しいな。人手があれば新作を考える時間も取りやすいんだが」

「……スタッフ増やすの? 別に今までみたいに二人でやってたって、それくらいの時間は……」

 表情を曇らせるベネットをよそに、オスカーは言う。

「そんなわけでスタッフ募集。パン作りに興味のある方、クロスベル西通りのベーカリー《モルジュ》までご連絡ください。初心者大歓迎!」

「たくさんのご応募お待ちして……ないんだからっ!」

「え、なんで?」

 

 

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《昼ミステリー枠 14:00 名探偵シャロン》

 

『わたくしはどこにでもいる普通の暗殺者、シャロン・クルーガー。

 ある日、潜入先のラインフォルト社の会長に捕らえられて、怪しげな薬を飲まされ――目が覚めたらメイドになっていました。そこからもあれやこれやあって、気が付けば探偵メイドになっていました。

 そんなこんなでなんやかんやで、どんな事件も無理やり解決。頭脳は大人。カラダはもっとオトナ。その名は、名探偵シャロン! ……ですわ!』

 

 冒頭のアバンが済み『謎めくそなたの愛をー』などとラウラが熱唱するOPが流れる。

 前CMが開けて、前半スタート。

 ひっそりとした森の中に佇むいかにもな雰囲気の洋館に、リィンたち二年Ⅶ組は顔をそろえていた。

 それはサラ・バレスタインがなんらかの経緯で手に入れた別荘で、彼らは招待という名目の彼女の自慢に付き合わされていた。

 一国一城の主と言わんばかりにイキり倒すサラに、さすがに面倒だな、適当な理由でもつけてそろそろ帰ろうかという話になりかけていたところで、

「きゃあああ!」

 アリサの悲鳴が館内に響き渡る。何事かと駆け付けたⅦ組一同が見た者は、自室で倒れているサラの姿だった。

 慌てて助けようとする彼らに、

「現場を荒らしてはいけません。現状保存にご協力を」

 名探偵シャロンは、そう静かに告げた。

 アリサは狼狽しながらもかぶりを振る。

「何を馬鹿なことを言ってるの! まだ生きているかもしれないのに! 助けられるかもしれないのに!」

「無理です。サラ様は死ぬ運命なのです。むしろ死んでもらわないと物語が進みませんので」

「その事情は知らないけど……」

「この事件。わたくしが解決してみせます。グエン老(じっちゃん)の名にかけて」

「勝手に人の祖父をかけないでくれる? あとなんか混じってる感があるし」

 

 ――中CM――

 

 後半終盤、シャロンは洋館のエントランスにⅦ組全員を招集した。

 不機嫌顔のアリサが言う。

「ちょっとシャロン。私たち、もう帰りたいんだけど。サラ教官の捜査なら憲兵隊に任せたらいいでしょ。それともなに? 私たちの中に犯人がいるとでも言うの?」

「セオリーに沿ったお決まりのセリフ。さすがでございます、お嬢様」

「そういうの言っちゃだめだって」

「そう。犯人はこの中にいるのです!」

 シャロンが宣言すると、『な、なにぃー!?』とⅦ組一同が驚愕した。

 リィン、アリサ、エリオット、ラウラ、マキアス、ガイウス、フィー、エマ、ユーシス、ミリアムの順番にその顔がバーンバーンと効果音付きのアップで映し出される。マキアスだけ頭頂部まで覆う黒づくめのタイツを着せられていたりする。もちろんタイツ・オン・メガネだ。

「……登場人物が多過ぎるのも考えものですわね。テンポが悪くなってしまいます」

「だからそういうの言わなくていいってば。で、誰が犯人なのよ?」

「本当に演技がお上手ですこと。サラ教官殺害の犯人はあなただというのに。……アリサお嬢様」

「は、はああ!? なんでそうなるの! 根拠と証拠は!?」

「あくまでも認めないと。仕方ありません」

 アンニュイな吐息をもらし、シャロンは自らの推理を語った。

「まずは殺害動機。これは対象者がサラ様ですから、Ⅶ組の全員に動機があることになります」

「いや、なんでよ」

「だってサラ様ですよ。教え子に殺意ぐらい抱かれるでしょう」

「すさまじい偏見ね……」

 シャロンは続けた。

「最初は一番怪しくないガイウス様かなと思いました。逆に王道パターンでリィン様とか、意表を突くパターンのユーシス様もありとか考えたのですけど」

「犯人ってそういうふうには決まらないから」

「ですが、わたくし……気づいてしまったのです」

 シャロンはアリサを見据えた。

「お嬢様は倒れているサラ様を見てこう言いました。『まだ生きているかもしれないのに』と」

「それがなによ」

「それはお嬢様の焦りから出た言葉。サラ様が生きているかもという懸念があったのでしょう。わたくしが止めなければ、助けると偽って近づき、なにかこう……暗器的なもので頸椎をブスっと一突き。トドメを刺そうしたはずです。絶対してました。もっとも幸か不幸かサラ様は確かに事切れていたわけですが。あと第一発見者が犯人というのは……まあ、なくはないですよね」

「さっきからその穴だらけの推理はどうにかならない? 肝心なところが全部アバウトなんだけど」

「そろそろ『そうよ! サラ教官が悪いのよ!』とか泣き崩れてもいい頃合いかと。番組終了まであと五分切ってますし、エンディングとCパートと次回予告も収めないといけませんので」

「だから私はやってないって――」

「そうです! サラ教官が悪いんです!」

 わあっと、いきなりエマが泣き崩れた。

「ど、どうしたの、エマ」

「私がやりました! 教官室での飲酒を注意したら、逆恨みされて色々いじわるされて、“ああ、これはもうやっちゃうしかないですね”って、私の中の悪魔が囁いて! 実はみんなには内緒で魔導杖を隠し持ってきてて! 魔導杖はばれないように天井裏に隠してました!」

「その怒涛の暴露ラッシュはなんなの!? もう少しゆっくり順を追ってしゃべってもいいのよ?」

「あと五分しかないみたいなので。しかも今回は三十分完結型で前後編じゃありませんから。白状、心情、反省、逮捕と効率よく済ませましょう」

「犯人側の言うセリフじゃなくない?」

「なるほど……」

 と、シャロンが割って入ってきた。

「犯行時、サラ様の部屋は施錠されていました。ですがわたくしにはわかります。つまりエマ様は窓枠に糸を通し、磁石や氷を併用したトリックであたかも密室であるかのように演出した。そういうことですね?」

「あ、いえ。転移術でパッと入ってパッと出ました」

「ふふ……今の発言で謎は全て解けました。魔導杖でアーツを使えば必ずその痕跡が残る。それらは魔女の力で隠蔽した。そういうことですね?」

「あ、いえ。魔導杖で普通に殴りました」

「それではまあ……逮捕ということで」

「はい」

 特務支援課の皆さんがやってきて、エマを連行していく。

 悲しげな音楽と共に、その背中を見送るシャロン。彼女の肩をアリサがつつく。

「ねえ、犯人扱いされた私に何か言うことはない?」

「真実はいつも一つとは限りません」

「決めゼリフをここで言えということじゃないわよ」

 まさかエマがなあ、などと会話しながら洋館を後にするⅦ組たち。アリサはその最後尾でぼやいた。

「というかエマが犯人なら、マキアスのあの黒タイツはなんなのよ」

 

 

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『CM⑪』

 

 七耀暦1207年、十月戦役は地上から宇宙へと舞台を移していた。

 仲間を失い続けたリィン・シュバルツァーは、戦争を止める為に最後の戦場へと出撃する。

『リィン・シュバルツァー。ヴァリマール、行きます!!』

 闇を駆け抜ける一条の光。

『始めようぜ、俺とお前の最後の戦いを』

 待ち受ける宿敵、クロウ・アームブラストと蒼の騎神。

 そして激闘の果てに現れた真の黒幕。

 愛、憎しみ、正義、希望、裏切りの渦巻く先で、リィンが手にしたものとは――

『騎神戦士ヴァリマール ~すれちがい宇宙』

 ついに感動の最終話。日曜夜1:30放送。

 君は、時の涙を見る。

 

 

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《夜ドラマ枠 21:00 DEAD=NOTE》

 

 街中に一冊の黒い背表紙のノートが落ちている。それを拾ったのはエリィ・マクダエルだった。

 名前も書いていない。落とし主がわからないので、ひとまずエリィはノートを自室に持ち替えることにした。

「困ったわね……いったい誰が落としたノートなのかしら」

「それはもうお前のノートだ」

 窓からいきなり男が入って来た。

 瞬時にホルスターから銃を引き抜き、エリィは油断なく構える。

「私が警察官ということを知らなかったようね。変質者は逮捕よ」

「待て。俺はユーシス・アルバレア。変質者ではなく死神だ」

「新しいタイプの変質者だわ……」

「だから違うと言っている。そのノートの秘密を教えてやろう」

「秘密?」

 死神ユーシスは語った。

「それはデッドノート。そのノートに名前を書かれた者は必ず死ぬ。人は誰しも許せない者がいるだろう。そのノートを使えば、なんら罪に問われることなく他者を裁けるのだ」

「別に必要ないわ。どういう古代遺物(アーティファクト)かしら。危ないものみたいだし、あとでセルゲイ課長に報告して適正に処分してもらわないと」

「処分? 待て、それは困る。なんでもいいから使ってみるがいい」

「人が死ぬノートなんて使えるわけないでしょう」

「わかった。だったら俺が指定する人間の名を書け。お前には関係のないやつだ」

「だからそういう問題じゃ……」

「とある信心深い修道女が病で床に伏せていてな。そいつを治すためにはどうしても罪深き人間の魂を使うしかないのだ。おかしいだろう、女神に仕える者が不幸になり、のうのうと生きているやつが咎めの一つもないなどと」

 妙に込み入った話のようだった。

「でも……あなたの知り合いなのでしょう。もしかして友だちだった人? 友人をそんなふうに手にかけるなんて、絶対によくないことよ」

「お前の倫理観などどうでもいい。そいつはインテリぶったチェスジャンキーのコーヒー中毒者で、メガネを割られたら発狂する危険極まりないやつだ。始末しておくに越したことはない」

「メガネを割られたら、普通は怒るものじゃない?」

「だが死神界のルールで、名前の全部をお前に伝えることはできん。そこで死神クイズだ。ふっ、盛り上がるがいい」

「すごく勝手に話を進めてくる……」

 死神ユーシスはフリップボードを持ち出した。

 そこに名前の最初と最後の文字だけを書く。

「マで始まり、スで終わる名前だ。適当に言っていてもいつかは当たるだろう」

「マからで、スで終わる? ……マス?」

「魚を殺してくれなどと依頼するか」

「マンモス?」

「そいつらはとっくに絶滅している」

「マーベラス!」

「何が素晴らしいのだ。というかそれは名前ではない」

「マ、マ、マ……ス、ス、ス……?」

「がんばれ、もう一息だ。色々とひねり出してみろ。マで始まり、スで終わる人物名を」

「うーん……あ!」

「来たか!」

 エリィは答えを弾き出した。

「マリアベル・クロイス!」

「それはお前の友人ではないのか?」

 

 

 ●

 

 

 ▼

 

 ▽

 

 ▼

 

 

『★日曜★』

 

《朝ヒーロー特撮枠 8:00 仮面バイカーAZ》

 

「きゃあああ!」

「うぇっへっへ」

 どこぞの廃工場。逃げ惑うトワを執拗に追いかけるのは、怪人クロウだった。

「や、やめて! 助けて!」

 少女の懇願を一笑に伏し、怪人クロウはバサアッとカラスの羽根を拡げた。ワルワルさんことプロフェッサー(ジョルジュ)に改造された魔獣人間である。

「私をどうする気!?」

「くくっ、もちろんさらうに決まってんだろ」

「さらってどうする気!?」

「そりゃもう日曜朝の子供番組じゃお見せできない内容よ。でもなあ……トワじゃなあ……せめて委員長とかじゃないとなあ……」

「な、何が不満なのかな!?」

 露骨にモチベーションダウンする怪人クロウ。

「そこまでだ!」

 廃工場に轟くエンジン音。都合よく積まれていたドラム缶を派手に蹴散らして、一台の導力バイクが猛スピードで突っ込んできた。

 バイクはドリフトをかけながらトワの前で止まると、アンゼリカが軽い身のこなしでシートから飛び降りる。

「待たせたね。もう大丈夫だ」

「アンちゃん!」

「ぎぃー! よくも邪魔しやがってー!」

 怪人クロウがバッタバッタとじだんだを踏む。三下感満載だ。

 アンゼリカはトワを自分の後ろに下がらせると、

「はっ!」

 右手を前に、左手は腰に。敵を寄せ付けない鋭いポーズが決まる。静かに、しかし強く。彼女の呼吸が圧を帯びた。

「変――態!」

 弾けた気合が光となり、アンゼリカの姿を眩く覆い隠す。

 閃光を裂いてスタイリッシュに登場したのは、バイクスーツにフルフェイスヘルメットのヒーローだった。腹部のベルトがきらりと輝く。

「仮面バイカーAZ(アンゼリカ)!!」

「な!? 貴様が仮面バイカーだったのか! しかしこの怪人クロウ、そう簡単には」

「ドラグナーハザード――ッ!!」

「グヘバァッ!?」

 変身速攻、掟破りの超大技が怪人のどてっ腹に炸裂する。クロウは遥か後方までぶっ飛ばされ、工場入り口のスチールシャッターに激突。ド派手にめり込んだ。

「……おっ、お前……互角の戦いで見せ場を作ってから……とか、もっとこう、あんだろ……」

「無駄は省く主義さ」

 パチンと指を鳴らすと、ドカーンと怪人が爆発。火薬の量を間違えたとしか思えない灼熱の炎と黒煙がクロウをかき消した。

 トワが駆け寄ってくる。

「ありがとう、アンちゃん。おかげで助かったよ」

「礼には及ばないさ。さあ行こうか」

 トワを後部シートに乗せて、アンゼリカはバイクを発進させる。

「ところでどこに行くの?」

「もちろん日曜朝の子供番組じゃお見せできないところさ」

 

 

 ●

 

 

『CM⑫』

 

「あなたにお届け、愛と希望の流れ星! ラブ・シューティングスター!!」

 ピロリロピロリロとステッキの先端がカラフルに明滅し、魔法少女まじかる☆アリサがきらりーんと登場する。

 放たれた極太のビーム光が敵の群れを一掃した。有象無象の敵たちが『おかあーさーん!』と生々しい断末魔を上げて閃光の中で塵と化す。

「ラインフォルト社より発売、まじかる☆ステッキ! これさえあればテレビの前のあなたも魔法少女よ! 17才までなら魔法少女を名乗ってもギリOKだからね!」

 まじかる☆アリサはお決まりの横ピースでウィンクを決める。

「ちなみにビームは本当に出るから人に向けちゃダメよ」

 

 

 ●

 

 

『昼ドラマ枠 13:00 101目くらいでプロポーズ》

 

 夜。ヘイムダルの中央公園。そこでマキアスとクレアが向かいあっていた。紆余曲折を経て、マキアスが想いを伝えたのだ。

 クレアは瞳からぽろぽろと大粒の涙を流して、しかし首を横に振る。

「怖いんです。また人を好きになって、同じ思いをするのが怖いんです……!」

 あふれ出す感情。彼女の心は追い詰められていた。恋をするということは、彼女にとっては傷つくだけのことだった。

「くっ!」

「マキアスさん!?」

 急に踵を返し、マキアスは走った。公園を出て、柵を飛び越え、車道に飛び出る。同時に流れる感動的なドラマの主題歌。

 視界を埋めるヘッドライト。耳を聾するクラクション。迫るトラック。逃げようとしないマキアス。

「僕は死にましぇん! あなたが好きだぱぁんぷぅっ!」

 セリフの途中で、がっつり轢かれた。減速の欠片さえなく、むしろ加速したトラックがフルスピードで走り過ぎていく。

 粉々になったメガネのレンズを巻き散らしながら、空中で四回転半ひねりを決めるマキアス。彼は不規則に荒れ狂う視界の中で、トラックを運転するハイベルがこちらに振り返ってニヤリと笑う瞬間を見た。

 

 

 ●

 

 

『CM⑬』

 

「ぎゃあああ!」

 ドラマの撮影中にトラックに轢かれ、その短い生涯を終えたマキアス・レーグニッツ。

 次に意識を取り戻した時、彼はドローメに生まれ変わっていた。

(な、なんだ。このプルンプルンの体は。うわ、触手までついてるぞ)

 しかし特殊能力の類はなく、まあまあ弱い部類の魔獣となり、マキアスは各地を放浪する。

 特に運命の出会いやドラマティックな展開があるわけでもなく、やがて彼は人であった頃の記憶と心を失い、ただの一匹の魔獣と化した。

 本能に導かれるままマキアスが目指したのは、クレア・リーヴェルトの寝所。

 これは、やらしい目的で触手をうねらせて襲い掛かろうとしたところで彼は本来の姿を取り戻し、一糸まとわぬ全裸の人間となり、クレアのカウンターショットを受けて他界し、続けて飛び猫に転生するまでの物語である。

 新番組『転生したらドローメだった件』

 

 

 ●

 

 

《夜ドラマ枠 21:00 HANDS・WAR・NOW・ON・KEY》

 

 オルキスタワーの屋上に二人の人間が立っている。

 クロスベル国際銀行の受付嬢を務めるエリゼ・シュバルツァーは、悪徳詐欺師のトヴァル・ランドナーと対峙していた。

「トヴァルさん……よくも兄様を騙して、大金を巻き上げてくれましたね……!」

「おいおい、エリゼお嬢さん。そいつは大変な誤解だ。俺は騙しちゃいないぜ。あいつが勝手に金をくれたんだよ。俺のお袋が重病だってデマを真に受けてな」

「そのデマを流したのもあなたでしょう!」

「じゃあどうするんだ。いつものあれを聞かせてくれるのかい? “やられたらやり返します、三倍返しです”ってやつ」

「お望みとあらば」

 強い風が吹き荒ぶ。

「やられたらやり返します……」

 エリゼはトヴァルをにらみつけた。

「どこに逃げようとも地の果てまでも追い詰めて煉獄の業火で骨も残さず焼き尽くして――」

「ちょっとセリフが違うかなぁ……」

 

 

 ●

 

 

『CM⑭』

 

 学習塾の教壇にエマが立っている。生徒はミリアムとフィーだ。彼女たちは問題集とにらめっこし、真面目に勉強している。

 しかしエマが黒板に振り向いたその瞬間、二人の生徒は目配せし、同時に出口扉へと逃げ出した。

 その瞬間。扉に光陣が浮き立ち、フィーたちは元の席に転移させられてしまう。

 正面に向き直ったエマは優しい微笑みを浮かべた。

「自主性と集中力を身に着け、勉強嫌いのお子さんも必ず成績アップです。学習塾は《苦悶》。まずはお気軽にお問い合わせを」

「いや、名前……」

 

 

 ●

 

 

「夜ドキュメント枠 22:00 はたらくおねえさんⅡ」

 

「ははあー、大変だったわねぇ」

 エステルが言うと、アガットは嘆息を吐きだした。

「笑い事じゃねえっての。仕事以外でこんなひでえ目に遭ったのは初めてだ。っても、ほとんど覚えてねえんだが」

 毒入りシチューを飲まされ、電気ショックを受け、果ては特務支援課に逮捕されたわけである。しかし極めつけはコレだった。

「とりあえずその左側だけ残ったもみあげをなんとかしなきゃね」

「おう、頼むぜ。つーかエステル、散髪なんかできんのか?」

「まっかせて! レンのヘアカットしてるの私なんだから。左側のもみあげも切って、両方の長さをそろえるでいいでしょ?」

「まあ、それしかねえか。やってくれ」

「ふっふーん! 美容院ブライトへようこそ!」

 アガットを椅子に座らせ、ポンチョ型のシートをかぶせると、エステルはバリカンのスイッチを入れた。

 ヴィーンと左もみあげを剃っていく。

「あ、ちょっといきすぎたかも。少しだけ右も剃るね」

「おいおい大丈夫かよ」

「心配ご無用! あ、右やり過ぎた。左で調整を……あ、行き過ぎた。右をもう少し短くして……変ね、左右の長さがそろわないわ……。でもあきらめない!」

「やめろやめろあきらめろ! やばい予感しかしねえ! ヨシュア、ちょっと来い! エステルと代われー!」

「動かないで! ちゃんとするから!」

 五分後。

「ごめん、モヒカンになっちゃった」

「うおいいいいっ!」

「一応正面から見て、左右対称だとは思うわ」

「そりゃそうだろうよ! どうすんだこれ!」

「なんならモヒカン部分も全部刈り上げて、ブライトスタ(輝く頭)イルにはできるけど」

「美容院ブライトってそういう意味かよ……」

 

 

 ●

 

 

『CM⑮』

 

 ドゥーディドゥー、ドゥーディドゥーと重低な音楽に合わせて、ジョルジュを乗せたお立ち台が横回転する。

 彼は水着姿で背を丸め、お世辞にもしまっているとは言えない腹太鼓をさらしていた。その表情も不安げで、活力がない。

 そして台座が一回転すると同時に、軽快なミュージックへと変わり、ジョルジュの姿が変わる。

 上半身を露わにし、見事に割れたシックスパックを披露するのはガイウスだった。手にしていた金づちさえ槍へと変化し、スタイリッシュなポーズで白い歯を見せる。

 そしてサラのナレーション。

『まるで別人のような完璧なボディへ。隕石が落ちたかの如き衝撃をあなたに。結果に小惑星(コメット)するトレーニングジム――《(ライ)ガッツ》。まずは受付で入会金を払いなさい。話はそれからよ! それと効果には個人差があるから、あとで色々文句とか言わないこと!』

 

 

 ●

 

 

《深夜アニメ枠 1:30 騎神戦士ヴァリマール ~すれちがい宇宙》

 

 ヴァリマールを乗せたリフトが上昇する。その操縦空間に収まるリィンは、足元から伝わる振動を全身で感じていた。

『船首回頭、面舵60!』

『了解、面舵60!』

 繋ぎっぱなしの回線から、ブリッジで飛び交う切迫した声が聞こえてくる。艦長のトワの指示を、操舵を務める副長のアンゼリカが復唱していた。直後、艦が大きく右に傾く。続けざまに『第一波の回避成功。第二波の攻撃に備えます』との報告も聞こえ、リィンは我知らず握りしめていた拳をほどいた。

 緊張しているのか、俺は。そう自問し、緊張もするさと自分自身に言い聞かせた。

 これは最後の戦いだ。

 ギリアス・オズボーン暗殺に端を発した十月戦役は、オズボーン宰相がいかな手段でか命を取り留め、その彼自身が停戦を呼びかけたがために、正規軍と貴族連合の和平協定という形で終結するはずだった

 厳戒態勢の中で執り行われた調印式の後。パフォーマンス目的ではあるものの、軍関係者を招いた食事会が催された。

 その最中、オズボーンが倒れた。卓上に運ばれたスープを口にした途端に激しい痙攣に見舞われたのだ。

 懸命な応急処置を行ったが結果として彼は命を落とし、即日『オズボーンは二度死ぬ』という見出しの号外が舞った。

 なお、毒が混入したと思われるスープを配膳した遊撃士のトヴァル・ランドナーは宰相暗殺の嫌疑をかけられ、裁判さえなくユミル領主令嬢であるエリゼ・シュバルツァーの手によって速やかに処刑されている。今わの際に『ち、違う! これはラウラが作ったス-プで!』と言い遺した言葉の意味を知る者はいない。

 そして和平協定はすぐさま破棄され、戦いの火は再び燃え盛った。

「もしも、あの日に何も起きなければ――」

 平和な日々が訪れていたのだろうか。心中につぶやき、しかし口中に留める。詮無いことで、口に出せば虚しくなるだけだ。

 上昇していたリフトが上がりきり、カタパルトデッキに出る。

 カレイジャスの船首が展開し、外界に出るルートが構築される。その先に果てない闇が拡がっていた。一切の生物の生存を許さない真空の世界。

 七耀暦1207年、争いの舞台は、地上から宇宙(そら)へと移っていた。技術革新やら何やらかんやらあって、とにかく宇宙なのだ。しかるにカレイジャスも改修を受け、いまや宇宙戦艦カレイジャスである。

『リィン、聞こえる?』

 ブリッジからの通信。正面モニターの端にアリサの顔が映る。彼女はオペレーターだ。

「ああ、聞こえてる。どうした?」

『気を付けて。無事に帰ってきて。それだけを伝えたくて……』

「了解だ。約束する」

『うん――きゃあ!?』

 激しい揺れが船体を襲った。悲鳴はすぐに押し留め、『機関部に直撃。カレイジャス航行不能!』とアリサが損害を報告する。

『高熱源体、急速に近づく! 敵母艦からのミサイル射撃と断定! 数三十二!』

「発艦プロセス省略!」

 反射的に叫ぶ。同時にリニアカタパルトが稼働し、リィンは腹からの気合を吐き出した。

「リィン・シュバルツァー。ヴァリマール、いきます!!」

 ヴァリマールの両足を固定するレールに電流が走り、機体が一気に押し出される。一秒とかからず最大加速し、瞬く間にカタパルトの終点に到達。加速の勢いそのままに、ヴァリマールは発艦した。

 眼下に星々の瞬きが流れ、カレイジャスが後方に遠ざかる。戦いに終止符を打つために、灰の騎神は漆黒の宇宙を飛んだ。

 

 

『敵機ヲ捕捉シタ』とヴァリマールが警告し、リィンはデブリの漂う暗唱宙域の彼方に意識を凝らした。

 モニター上に無数の光点が瞬く。

「来たか!」

 宇宙戦用に改修された機甲兵の機動性は、地上の時のそれとは比べ物にならない。

 敵母艦《パンタグリュエル》から放たれ、殺意の壁となって迫りくる多くの機体を、視認できる距離まで近づくのに時間はかからなかった。

 ざっと見て、一対十一といったところか。

『見つけたぜ、灰の騎神!』

 尖った声が通信越しに耳朶を打つ。アガット・クロスナーだ。いや、違う。あれが本人でないことを俺は知っている。

「邪魔をするな!」

『それが目的の相手に言うことじゃねえぜ!』

『パンタグリュエルは落とさせねえよ!』

『ここでお前を撃墜しちまえば、《紅き翼》は終わる!』

 ヴァリマールを囲むように飛び回る赤い機甲兵の群れは《モミアガット》という機体だ。さらにそれらから次々に届く声は、全てアガットの声だった。

「クローン……!」

 ティータ・ラッセル博士が戦死した想い人を復活させた禁忌の技術。複製では飽き足らず、ハーレム目的で量産まで至った人造人間こそがアガットだ。アガットツーからアガットトゥエルブまで、彼らには型番が与えられている。

 モミアガットたちの波状攻撃と十字火線を避けながら、リィンはヴァリマールの速度を上げた。

 ヴァリマールとて宇宙戦闘用に追加パーツを装備している。背部に張り出した四機のロケットブースターに、前部に突き出す六門の火砲。左右の脛部には8連装ミサイルポッドに、肩部にはガトリングガンだ。

 整備班から《フルアーマーヴァリマール》と呼ばれる最強の突破力を有する仕様である。

『図体ばかりでかくてもなぁっ!』

 四方から殺到するモミアガットが、サブマシンガンをばらまいてきた。

「見える!」

 ブースターを点火させ、回避運動を取りながら機体の向きを変えたリィンは、敵機をマルチロックしつつミサイルを全弾発射する。足元から追いすがるミサイルの群れが四機のモミアガットを捉えた。

 直撃。爆発の光輪を押し広げる間に、さらに主砲を連続で放つ。寸分の狂いなく命中し、ばらばらに四散した残りの敵機が追加の爆光を咲かせた。

「あと一機!」

 主砲残弾数もあと一発。

 最後の敵機は頭上にいた。巨大な大剣を振りかぶり、高速で突撃してくる。他の十人の犠牲を目くらましに使った戦法だ。

「そんな戦い方をして、何も思わないのか!?」

『“私が死んでも変わりはいるもの”ってセリフを知ってるか? また作ってもらえばいいだけだ!』

「遊びでやってるんじゃないんだよ!」

 敵機の速度に合わせて突き出した砲塔が、モミアガットの腹部装甲を貫いた。砲弾を放ち、メインジェネレータを粉砕する。

「何人いたって、あんたの魂は一つだろうに……!」

『がはっ、ティータ……お前は俺の――』

 爆発が、灰白の装甲をオレンジ色に染めた。

 全ての弾薬を使い切ってしまった。爆砕ボルトで強化装甲をパージ。ヴァリマールは本来の姿をさらす。

 暗礁宙域を抜けると、パンタグリュエルが見えてきた。なぜか迎撃されない。敵艦が停止している。その前部デッキに紺藍の機体が立っていた。オルディーネだ。

『待ってたぜ、リィン』

 クロウの声。

『パンタグリュエルのお偉方はみんな逃げちまったよ。指揮系統もむちゃくちゃで、とっくに貴族連合は機能していない。お前らのがんばり過ぎだ』

「だったらお前も投降しろ。もう無駄な血を流すな」

『冗談だろ。俺はお前との決着をつけにきたんだ。大局の勝敗なんざ関係ねえ』

「クロウ!」

『始めようぜ。俺とお前の最後の戦いを!』

 瞬間、オルディーネの足元が爆ぜた。爆発に巻き込まれ、オルディーネはどこかに飛んで行く。『え、俺の出番もしかしてこれで終わり?』という言葉を最後に、クロウとの通信は途切れた。

 前部デッキの床に開いた破孔から、新たな敵機が姿を見せる。オルディーネよりも深い青色に塗られた機体は、ヴァリマールと同等の体躯を誇っていた。

 敵機がスラスターを起動させ、特攻してきた。腰から引き抜かれた筒状のグリップに高濃度の粒子が弾け、剣状に押し固められた灼熱の粒子束がビームサーベルを顕現させる。

 こちらもビームサーベルを引き抜いて応戦。袈裟がけにきた相手のサーベルを、リィンは逆手に持ったサーベルで切り上げて受け止めた。粒子束同士が干渉し合い、青白いスパークを巻き散らす。

『リィンだな』

「その声、ラウラか!」

 反動で互いに離れ、相対する。

『もはや言葉はいるまい。ここでそなたを倒す』

「わからない! なんで俺たちを裏切ったんだ!」

『くどいな』

 ある日、ラウラは忽然とカレイジャスを離れた。理由さえわからず、仲間たちは混乱するばかりだった。次に再会した時、彼女は貴族連合の幹部として自分たちの前に立ちはだかってきた。

『この機体は《ヴィクタール》。亡き父上の戦闘データを取り込んだオンリーワン機。娘である私にしか扱えない。このヴィクタールでそなたに引導を渡す』

「話を聞け! なんでこんな――」

『くどいと言った!』

 ビームサーベルの一閃が視界を焼く。擦過した熱がヴァリマールの装甲を溶かし削る。リィンは牽制しつつ距離を取った。

 猛スピードで幾度も交錯する二体の巨人が、デブリの中に長大なスラスター光の流線を描く。

「ラウラが艦を出てからたくさんの仲間が死んでいったんだ! 知っているのか!?」

 ユーシスは何気なしにヘルメットをせずに宇宙空間に飛び出して。ガイウスはそれを助けようと同じくヘルメット無しでカラミティホークで飛び出して。エリオットは二人の宇宙葬の最中に、艦と自分を繋ぐ固定具が外れて宇宙に投げ出されて。マキアスは気づいたらなんか死んでて。

 他にも多くのクルーたちが、食中毒とか船酔いとかで雑に命を落としていた。

『知っている。全員戦いとは関係ないともな。不憫だとは思う』

「そう思っていて、どうして戻って来ない!」

『それは……だって……』

「答えろよ、ラウラ! どんな理由だって俺は受け入れるから!」

『だって、そなたが浮気ばかりするから!』

 静寂が宇宙に染みる。

『いったい何人に手を出した!? 節操ないことこの上ない! ちょっとそなたから離れて、私のことを心配して欲しいと思うのはいけないことなのか!?』

「ま、待てラウラ。誤解だ。俺は決してそんな……」

『クレア大尉に教え子たちに、果てはトワ艦長まで――』

「もうやめるんだ!」

 リィンはビームサーベルをヴィクタールの顔面に突き刺した。装甲ごとデュアルアイセンサーがぐずぐずに溶解し、黒煙を吐き出す。電光石火の口封じだ。

『ぐっ卑怯な……だが、たかがメインカメラをやられただけだ!』

「争いは何も生み出さない! 人は過去ではなく未来を見るべきだろ! 過去はもう終わったことだ!」

『まだだ! まだ終わらんよ! 男の理屈を並べ立てるな!』

「どこに行く!?」

 頭部を失ったヴィクタールはそれでもブースターを噴かし、パンタグリュエルの後方へと回り込む。

『世界に絶望した人間のやることは、いつだって一つだ』

「何を……?」

『父上、すぐにそちらに行きます。私の愚痴を聞いて下さい。リィンがひどいのです』

「ラ、ラウラ――――ッ!」

『ふん』

 ぷいっと首をそむけて、ヴィクタールは自爆した。その衝撃と熱量でパンタグリュエルの推進バーニアに火が入る。白銀の巨船はある地点をめがけて前進を始めた。

「この軌道は……まさかカレイジャスに!?」

 巻き添えにするつもりか。動けないカレイジャスにこれほどの大質量が衝突したら、結果は火を見るより明らかだ。

 絶対に止めなくては。

 リィンはパンタグリュエルの正面に先回りすると、ヴァリマールの全身で船首を押さえつけた。ブーストを全開にして対抗する。

『リィン、無茶ダ。コンナコトヲシテモ徒労ニ終ワル。ハヤク撤退ヲ』

 ヴァリマールの(ケルン)内の照明が赤色に切り替わる。

「あきらめるわけにはいかない! 力を貸してくれ、ヴァリマール!」

『かれいじゃすノくるーニ退艦要請ヲ出セバイイダロウ。ソノ方ガ確実ダ』

「こんな戦艦一つ、ヴァリマールで押し返してみせる!」

『ソウイウノ良クナイト思ウ。機体ガおーばーろーどスルゾ。熱イゾ』

「灰の騎神は伊達じゃない!!」

『オ、オゥ』

 ヴァリマールが虹色の光に包まれ、物理を超越した力が吹き荒れ、パンタグリュエルの進行を止めてみせた。とにもかくにもそういう奇跡。

 全ての力を使い果たしたヴァリマールは、ただ無重力空間にたゆたう。

 リィンは核から出ると、ヘルメットバイザー越しに無限の虚空を見つめた。ノーマルスーツのバーニアを繰り、一人宇宙へと身を投じる。ここでじっとしていても、いずれランドセル内の酸素が尽きる。早くカレイジャスに帰投しないといけない。

『待テ、リィン。私ヲ置イテイクノカ? 今回ノソナタハ、色々ヒドイゾ。各方面カラ、ゲス認定サレルゾ』

「俺にはまだ帰れるところがあるんだ……」

『モシモーシ』

 カレイジャスは目視できる距離ではない。いったいどこに進めばいいのか。

 遠ざかるヴァリマールを背にし、何か目印になるようなものを探すリィンの視界に、不意にきらめくものが映り込んだ。

 魔導杖。エリオットの魔導杖だ。その向こうにはユーシスの魔導剣が、そのさらに向こうにはガイウスの槍が、あと某かのメガネが――まるで帰路の道を示すかのように点々と輝いていた。

「そうか……俺を導いてくれるのか……」

 吸い込まれそうな漆黒の中を、リィンは滑るように流れゆく。

 どれだけ進んだのだろうか。やがて闇の向こうに、輪郭を際立たせるカレイジャスを見つけることができた。これで帰れる。自分の帰還を待ってくれているであろう仲間たちの元に――

『おかえりなさい、リィン』

 ヘルメット内部の通信機から、アリサの声が聞こえた。前方に真紅の機体――《レイゼル》がたたずんでいる。

「迎えに来てくれたんだな。ありがとう。戦いはもう終わったんだよ……」

 しかしレイゼルは動かない。

「アリサ?」

『ねえ、リィン。ラウラの言ってたことって本当? ほら、色々と手を出してたって話』

 底冷えのする声音。宇宙空間よりもなお寒々しい声が、リィンの背すじに冷たいものを這わせた。

「………」

『無言が返答かしら』

 レイゼルのバックパックがX型のリフレクターへと展開され、背負う物々しい砲身が回転し肩に担がれる。

 遥か彼方に浮かぶ月から伸びてきた一筋のレーザー回線が、レイゼルの胸に到達した。『マイクロウェーブ照射』とアリサの無感情な読み上げと同時に、莫大なエネルギーを受信したレイゼルの全身が熱を帯びる。

 砲口は揺るぎなくリィンを捉えていた。

「最後にチャンスを上げる。私に言っておくことない?」

『……不可抗力なんだ』

「ああ、そう」

 極大のレーザーキャノンが発射された。無数のデブリを消滅させながら突き進む高熱線は、暴力的な奔流と化してしがらみ諸共にリィンを呑み下す。

 わななき震える宇宙(そら)に、一人の男が散った。

 

 

 ●

 

 ●

 

 ●

 

 

 一週間分、全ての撮影を終えたリベール勢、クロスベル勢、エレボニア勢は再び会長室に戻っていた。

 誰も彼もが満身創痍で、まともに立っていられないほど疲弊している。

「お疲れさま」

 そんな彼らに、イリーナ・ラインフォルトはそう言った。

「……これで依頼達成ということでよろしいでしょうか。なんだか俺たち、色々失った気がしないでもないですが……」

 一同のまとめ役として、リィンが口を開く。失ったものの代表格としては、モヒカンヘッドにさせられた人だろうか。もう台本のある撮影なんだかどうかもわからないのも多かった。

「よくやってくれたわ。効果も期待できる」

「テレビの普及、でしたか。そのためのPVやCM、番組作成でしたね」

「そう。だけど私はその先を見ているの。すなわちテレビを媒体とした娯楽の提供よ」

「娯楽……?」

 イリーナの目が細まり、口角がわずかに上がる。

「ゲームというものを知ってるかしら」

「えっと……“ポムっと”とかですかね。知ってますよ」

「ジャンルとしては落ちモノパズルね。私がいうのは、ああいう単純なプログラムじゃない。テレビに外部接続できる筐体を作り、そこにデータを読み込ませることで多種多様のエンターテインメント性を持たせるもの」

「話がよく見えませんが……」

「わかりやすく言うなら――モニター上で、自分が操作する車でレースをしてみたり、飛行艇で空を飛んでみたり、射撃をやってみたり、格闘の対戦をやってみたり――」

「それは面白そうですね。子供から大人まで熱中しそうです」

「できないことができるって最高よね」

「え? まあ、はい」

 なんだ、今の妙に頭に残るフレーズは。

「実はその筐体もすでに完成しているわ。その名も《プレイソリューション4》。略してPS4」

「1も2も3もないのに4!?」

「4なのよ。プレイソリューション4なのよ」

 なんだか話が変な方向に進んでいる気がした。

「で、話の続きだけれど、私はRPG(ロールプレイングゲーム)というジャンルを確立したい。主人公を操作して、仲間たちと冒険して、エンディングに向かうストーリー形式のね。たとえばここにいる全員を登場人物にして物語を紡ぐような。まあ、それももう作っちゃったのだけど」

「ん? ん? ん?」

 まさか俺たちをここに集めたのは。

 PVやらCMやらの土台作りをさせたのは。

 彼女が真に売り出したいものの告知のため?

 イリーナは椅子から立ち上がると、天井からモニターを降ろし、大々的に宣言した。

「数多のキャラクターが織りなす感動の超大作。七耀暦2020年8月27日、ラインフォルト社より発売。PS4専用ソフト、創の軌せ――」

「そ、そこまでー!!」

 リィンの全力の制止と共に、空間がねじ曲がり、他の仲間たちの姿がかき消えていく――

 

 

「うあああっ!」

「きゃああ!?」

 絶叫を上げて跳ね起きると、驚いたエリゼが尻もちをついた。

「ど、どうしたんです、兄様」

「エリゼか……? お前こそどうして……」

 自分の部屋だった。窓から差し込む朝日が、汗ばんだ額を照らしている。

「どうしたもこうしたも、今日がトールズに入学して最初の自由行動日だから、釣りの仕方を教えて下さるというお約束でしょう? 中々ラウンジに降りて来られないので、様子を見に来たんです」

「ああ、そうだった。すまない、寝過ごしたみたいだ」

「いえ、でも珍しいですね。兄様の朝はいつも早いのに」

 リィンはベッドの端に座り、凝った肩を回す。

「なんだか最近変な夢ばかり見るんだよな……」

「奇遇ですね。私もなんですよ」

 

 

 ――夢にて夢みて しっくす FIN――

 

 

 




《夢にて夢みて しっくす》をお付き合い頂きありがとうございます。
そういうわけで、前、中編を前置きとしたイリーナ会長による大々的な宣伝でした。
あくまでプレイソリューション4専用ソフトです。ゼムリア大陸のどこかで発売されるものなので、実在の商品との関係はございません。ございませんよ。

いっぱい軌跡キャラクターを描けて幸せでした。

ではでは皆さんと同じく《創の軌跡》の発売を楽しみにしながら、残る一週間を過ごしたいと思います。

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