「説明は以上よ。番組を撮る。CMを撮る。それを月曜から日曜まで一週間分用意する。TV作成にどれほど労力がかかるのかの参考にするわ。人手が欲しいなら申告しなさい。また時空を捻じ曲げて手配するから。質問がないなら、さっそく取り掛かってちょうだい」
イリーナ・ラインフォルトは机上のボタンをポチッと押した。
会長室の床がバカッと開き、総勢三十名は越えようかという大人数がまとめて落下する。悪態と悲鳴と絶叫が混ざり合う。
質問をする時間など、一秒たりともなかった。
――夢にて夢みて しっくす 中編――
《☆☆想いは波に乗せて☆☆》
『★月曜日★』
《料理枠 11:45 みっしぃ3分クッキング》
「みっしぃ3分クッキングの時間となりました。講師のラウラ・S・アルゼイドです」
キッチン台の前にエプロン姿のラウラが登場する。
「アシスタントのユウナ・クロフォードです! よろしくお願いします!」
元気いっぱいに、同じくエプロン姿のユウナが画面端から現れた。
「今日みなさんにご紹介するのはクリームシチューです。ところでユウナは料理の腕に自信は?」
「それなりにありますよー。小さい弟と妹がいるので、けっこうオヤツとか間食とか作ってあげてました。自分ではまあまあの腕前だと思ってます」
「そうか。なに、最初はみな素人だ。少しずつ慣れていけばよかろう」
「あの……そこそこ作れるって言ったつもりなんですけど」
「アシスタントは初心者という設定だ」
「そういうの先に言っておいていて下さいよ!」
ラウラはキッチン台に材料を並べた。
鶏もも肉、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、有塩バター、白ワイン、牛乳――などなど。
「わあ、たくさんの材料を使うんですね。味付けも難しそう。……でもこれだけの調理を三分でできるものなんですか」
「……うむ」
「ラウラ先生?」
「まあ、ちょっと時間が足りないな」
「え」
ラウラはそばのオーブンレンジを開け、中から大皿を持ってきた。
「というわけで、これが三十分後の完成品だ。作り方はテロップで画面下に流れているはずなので、各自メモを取っておくように」
「なんで時間のかかるメニューを選んじゃったんですか!?」
●
『CM➀』
深夜のローエングリン城。月光が降り注ぐ屋上テラスで、アリアンロードが兜を脱ぐ。
デュバリィのナレーション。
『痛んだ髪に潤いを。日常的に兜をつける全ての女性に捧ぐ――』
アリアンロードが天を仰ぐ。流れるような金髪が月明かりに映えた。
『《身喰らう蛇》より新発売。悪魔的なサラサラ感。ヘアトリートメント《ヴィダルサターン》。ま、そんなもの使わなくてもマスターは誰よりもお綺麗ですけど!」
●
《昼トーク枠 13:00 まじょ子の部屋》
るーるる、るるる、るーるる――などと曲が流れ、対面式のソファーが映される。
その片側に座るのはエマだった。いつもの三つ編みは頭の上で結い上げて、なぜか玉ねぎ状にまとめられている。
「みなさん、こんにちは。エマ・ミルスティンの《まじょ子の部屋》です。この番組では素敵なゲストをお招きして、普段聞けない裏話や私生活のことなんかを聞いちゃったりしますよ。ではさっそく記念すべき第一回目のゲストをお呼びしましょう。クロスベルからお越しのロイド・バニングスさんです」
エマが紹介すると、そのゲストがスタジオに入ってきた。
「どうも、ヴィータ・クロチルダです」
「はい、ロイドさんはクロスベル警察の所属でえええ!? 姉さん!?」
「うふふ」
当たり前のようにヴィータはエマと対面するソファーに座った。
「な、なんで姉さんが……」
「今日からあなたの新番組が始まるのでしょう。最初の放送って視聴者をつかむうえで、すごく重要だから」
「それはわかるけど……だから?」
「可愛い妹の晴れ舞台。その出鼻をくじいてあげようと思って」
「嫌がらせ!?」
「ほら、トーク番組でしょ。なんでも質問してきなさいよ」
「なんて迷惑な初回ゲスト……」
咳払い一つ。エマは続行した。
「じゃあヴィータさんにお聞きしましょう。ヴィータさんと言えばオペラ歌手ですが、やっぱり喉のケアには気を使うんですか?」
「それはもちろん」
「なるほど。たとえばどのように?」
「なんであなたに教えなきゃいけないのよ」
「私というか視聴者の皆さんに……じゃ、じゃあ他の質問です。休日はどのようにお過ごしなんですか?」
「ノーコメント」
「これ、トーク番組ですけど」
やりにくさが天井知らずだ。どんな質問を重ねても『べつに……』としか言わない太々しさ全開で、ろくにエマの方を見ようともせず、しまいには髪をくるくるといじり始めた。
精神的に疲れ果て、聞く事さえなくなったエマが、最後になんの面白みもない搾りカスのような質問をひねり出す。
「……ご趣味は?」
「可愛い妹をいじめること」
ヴィータは扇で口元を隠し、くすくすと笑う。これは放送事故の域である。初回から打ち切りコースまっしぐらだ。
「そういえば本来のゲストのはずだったロイドさんはどちらへ? 姉さん、まさか……」
「物騒なことはしてないわ。ただちょっと女子更衣室が男子トイレに見えちゃう暗示をかけただけよ」
「その人、警察官ですよ。そんな不祥事が公になったら、ロイドさんクビにされちゃいますよ」
「あらあら、だったら早く懲戒免職後の勤め先を探さなきゃ」
「姉さんは悪魔って見たことある?」
「ないわねえ」
●
『CM➁』
どこぞの岩山。その断崖絶壁を身一つで登る男が二人。
「むおっ!?」
一人の男が足を滑らせた。滑落寸前で、もう一人がその腕をがしっとつかむ。
「おお、助かりましたぞ、ゼクス中将」
「なんのクレイグ中将。もう少しです。気をつけて行きましょうぞ」
ゼクス・ヴァンダールとオーラフ・クレイグの腕に太い血管が浮き立ち、汗を散らせてそれぞれ叫ぶ。
「ファイトーッ!!」
「ニ、三ぱーつ!!」
そのまま膠着。動かない。
「……? ゼクス中将。早く引き上げて下されい」
「それはあなたの返答次第ですなあ」
「何を……ぬっ!?」
ゼクスは胸元から取り出した栄養ドリンクをこれみよがしにちらつかせた。
「夜通しハッスル無双、砲塔旋回180! 限界の先を求める漢たちへ! エリオミン2000配合! 第三機甲師団から新発売《クレイ汁》!」
「おのれ! そんなものを開発しておったとは!」
「これぞ人類猛将化計画の要。さあ、ご子息を猛将と認めるのです。ケモノの皮をかぶったケダモノであると。さすればこの窮地から救って差し上げましょう」
「姑息な手を! しからば死なばもろとも!」
オーラフがゼクスを逆に引きずり下ろす。
二人のおっさんが絡まりながら、絶壁を落ちていった。
●
《夜バラエティ枠 20:00 レーグニッツ王国》
ルナリア自然公園の中腹。
「お兄さーん、私つかれたわ」
「もう少しもう少し。がんばろう、レンちゃん」
レンの手を引きながら、マキアスは生い茂る草木を踏み分けた。そこからさらに進むと開けた場所に出る。森林地帯にできた水辺だ。
小声になってマキアスは言う。
「あーっと、あの木陰に飛び猫がいますねぇ。驚かさないように近づいてみましょう」
レンを引き連れて、飛び猫の後ろに回る。さらにその無防備な背中にばっと飛びかかった。
驚いた飛び猫はぎゃあぎゃあ暴れまわる。マキアスは構わず抱え込む。
「飛び猫はですねぇ、この羽の裏模様で個体識別ができるんですねぇ、あとオスとメスで鳴き声の波長に差が出るんですよぉ」
『シャーシャーッ!』
「んーかわいいネコちゃんですねぇ」
ずばっと爪でマキアスの顔をひっかき、飛び猫は飛び去ってしまった。
「お兄さん、大丈夫? 顔面が三本ラインのジャージのデザインみたいになってるわ」
「んー元気なネコちゃんでしたねぇ」
「そのキャラ、どこから召喚してるの?」
ずし、ずし、と重い足音がした。レンはとっさに身を隠す。ぬっと現れた巨体は、大猿型の魔獣だった。
「あれはゴーディオッサーね。狂暴だし、危ない相手よ。このまま隠れて――あれ、お兄さん?」
「んー大きな体のおサルさんですねぇ」
すでにマキアスはゴーディオッサーの正面に立っていた。
「ゴーディオッサーはですねぇ、広背筋と大胸筋が発達していてですねぇ、パンチ力がすごいんですよぉ。それに縄張り意識が強くて、外敵を絶対許さないんヴェフゥ!!」
外敵は絶対許さないパンチが炸裂し、マキアスは20アージュ後方の木の幹に背中から激突した。
「ん、んー……強い殴打ですねぇ……元気いっぱいですねぇ……動物ですからねぇ、攻撃的なのは仕方ないんですよぉ」
「これあばらイっているわ。導力車に踏まれたスナック菓子みたいにバッキバキのパラッパラよ。牛乳飲んだらすぐに治るかしら」
「ん、んー……そろそろ帰りましょうかねぇ……」
「あ。あそこの水場に魔獣がいるみたいだけど、あれはなんていう名前なの?」
「あれはサメゲーターですねぇ」
サメの胴体に四足を持ち、ワニのように発達したあごを持つ肉食魔獣だ。水場の周りをうろうろしている。
「サメゲーターさんどうしたのかしら。なんだか様子がおかしいわ」
「もしかしたら食べたものが歯にはさまっているのかもしれませんねぇ」
「そんなのかわいそう。お兄さん、助けてあげて!」
「レンちゃんは優しいですねぇ。でも大丈夫、サメゲーターの歯は何回も生え変わるんです。だから問題ないんですよぉ」
「うん、助けてあげて」
「レンちゃん?」
「お兄さんがサメゲーターを助けるところが見たいの。今週の撮れ高ちょっと弱いし。直接、口の中に手を突っ込んで挟まっているものを取ってあげるといいと思うわ」
「いや、でも、それ、まあ……行っちゃいましょうかねぇ」
「わーい」
マキアスはほふく前進でサメゲーターの正面に近づいた。
サメゲーターはマキアスを見ると口をぱかっと大きく開いた。
「心が通じているとですねぇ、敵意がないことが伝わるんですねぇ。実際にサメゲーターの歯に挟まった肉なんかをついばむ鳥がいるんですけど、そういう時はサメゲータも鳥を食べたりはしないんですよぉ。歯磨きをしてくれているわけですからねぇ。これを共生関係と言いまして、魔獣もむやみやたらと獲物を食べるわけではないんで――」
ばくりとマキアスは食われた。解説の途中で、がっつりいかれた。しっかり咀嚼されて、割れたメガネだけがペッと吐き出される。
離れた位置からレンが呼びかけた。
「お兄さん生きてるー? 生きてたら今年のハプニング大賞で、死んでたらニュース特番の方に映像回しておくから」
●
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『★火曜日★』
《朝ニュース枠 8:00 クッキリ》
『クッキリ~』というタイトルコールと共に報道番組の幕が上がる。
「おはようございます、アリサ・ラインフォルトです。始まりました『クッキリ』。今日から皆さんに最新のニュース情報をお届けします」
「おはようございます、エリィ・マクダエルです。難しい世界情勢ですが、政治家の娘という立場で培った経験と知識を活かして、わかりやすくお話ができればと思っています」
「ジン・ヴァセックだ」
アリサとエリィの間。スタジオのセンターにいるジンは腕を組んだまま、それだけの自己紹介をした。
エリィが言う。
「あの、ジンさん。それだけですか?」
「そうだ。報道番組で軽々しく余計なことを言わない方がいいと思ってな」
「じゃあ、まあ……始めましょうか。こういう番組ではありますが、リベール代表、クロスベル代表、エレボニア代表という編成で、国のしがらみに捕らわれないフラットな意見を交わしていくことも目的の一つです。さっそく最初のニュースは――」
時事、環境、金融、有名人ゴシップなどなど。
様々なニュースを紹介しつつ、コメントを挟んでいく。
司会進行はアリサとエリィだけで担い、センターのジンは時々うなずくくらいのリアクションで、終始不動のままだった。
アリサとエリィもそのスタンスに慣れて、ジンを挟んで普通に二人だけで会話していたりする。
「――人気番組《レーグニッツ王国》のマキアス・レーグニッツさんが撮影中に魔獣に丸呑みにされ、意識不明の重体とのことです。番組ディレクターのレン・ブライトさんは「本人に危険を促したが、撮れ高が足りないと制止を聞かずに撮影を強行された。彼を止められなかったことに責任を感じている」とコメントを発表しました。……うーん、これはどうなんでしょうか、エリィさん」
「魔獣は手懐けられるものではありませんが、長くこの業界にいるレーグニッツ氏には慣れや慢心があったのかもしれません。ただディレクターの意見を聞かずにということですので、今回の事故は現場における彼のワンマン体制が表面化した結果とも言えるでしょう」
「なお、そのレーグニッツ氏ですが、サメゲーターの排泄物と共に未消化の状態で体外へと排出されたところに、たまたま別の任務で訪れていたクレア・リーヴェルト憲兵大尉が救出するという顛末となりました。リーヴェルト氏はその際に「え、臭いですか?……それはまあ、多少は臭かったですけども」と発言しており、専門家はそれがレーグニッツ氏へのとどめになったのではとの見解も――ここで速報です」
速報用の原稿を受け取ったアリサの表情が強張る。
「クロスベルとエレボニアをつなぐ鉄道の一部が爆発炎上しているとのこと。状況は不明ですが、現在負傷者は確認できておりません。貨物列車だったようです。エリィさん、これは……」
「ええ、近隣の方はどうか落ち着いた行動を。まだ人為的なものと決まったわけではありません」
「爆発……か」
ここまでずっと無言だったジンの目が見開かれた。
「テロかテロでないかは後にわかることだろう。だが俺は信じている。リベールもクロスベルもエレボニアも、いつか手を取り合い、世界に平和が訪れると。実際に俺たちはリベールの異変を解決したわけだが、そこには様々な人のつながりがあったわけで――」
「すみません、そういうの後でいいので」
「あんまり報道でテロとか軽々しく言わない方がいいですよ」
職務には厳しめの二人だった。腕を組んだまま、また不動で無言になるジン。
ふとアリサが小首をかしげた。
「リベール代表でジンさんを呼んでるけど、そういえばこの人はカルバード出身じゃなかったかしら?」
「……あっ」
●
『CM③』
緑と花に包まれた麗しの庭園で、アルフィン皇女、セドリック皇子、クローディア王女が一つのテーブルを囲んでいた。
やんごとなき方々の高貴な談笑が、昼前の澄んだ空気を密やかに震わせる。
そこにエリゼがやってきて、それぞれのカップに紅茶を注ぎ入れていく。
全員に注ぎ終わったところで、彼らを背景にしてカメラ目線となり、
「皇族、王室、御用達。100年の歴史を誇る《
「それ私、聞いてませんけど……」
「え、私は姫様から聞きましたが……姫様、なんで黙ってるんです?」
●
《昼ドラマ枠 13:00 ハイスクールウォーズ》
士官学院のグラウンドに、ラクロス部の面々がうなだれていた。
彼女たちは試合で負けたのだ。落ちこぼれ。そんなレッテルを張られて。
しかしフェリスとアリサは乾いた笑いをもらした。
「しょせん無理な勝負でしたわ。トールズのラクロス部なんて、最近できた部ですし。負けて当然ですわ」
「そうね。ケガがなかっただけ良しとしましょう。どこかでパフェでも食べて帰る?」
早々に荷物を片付けようとする二人に、
「あなた達! 悔しくないの!?」
部長のエミリーは声を荒げた。
「どうしてそんなにヘラヘラ笑えるのよ! 負けたのよ、私たち!」
「でもエミリー先輩。実力差は明白でしたわ。最初から勝てない試合だったではありませんか」
「私もジェニス王立学園があそこまで体育会系だったとは思わなかったです。試合前にどこかの部族みたいな鬼の形相でスクラム組んでましたよ」
「気持ちで負けてるから負けるのよ! 勝負の前から負けてるのよ! こんなの……こんなの死んでしまったテレジアに顔向けができないわ!」
亡き友を偲ぶように、エミリーは空を見上げた。
後輩二人は小声でささやき合う。
「テレジア先輩、なんで亡くなったの?」
「ほら、魚の小骨がのどに引っかかって、それで炎症起こして。最後は眠るように静かに息を引き取って……」
「なんのドラマも生まれないパターンじゃない」
「その通りですわ。せめておぼれてる子供を救って――とかだったら良かったのですけど」
恩知らずの後輩たちだった。
エミリーの目が正面に戻ってくる。
「もう一度訊くわ。あなた達、悔しくないの!」
アリサとフェリスは互いに目配せして、まずはフェリスが、
「悔しいですわ!」
「だったらどうしたいの!?」
次にアリサが、
「勝ちたいです!」
「あ、あなた達……それが本心なのね……!」
感極まって、エミリーは大号泣。
「先輩、私たちが間違っていましたわ!」
「いっしょに全国大会で優勝しましょう」
「ありがとう、ありがとう。だったら私は今からあなた達を殴る」
時間停止。
『はい?』
異口同音に後輩は聞き返す。
「なんかこう、殴って喝を入れるみたいな。気持ちを新たにする的な」
「そんなふわっとした理由で殴られたくありませんわ!」
「もう決めたの。殴るの。私のこの手が真っ赤に燃えているの。勝利をつかめと轟き叫んでいるの」
「部長という名のハラスメントモンスターが! だったら先にアリサからにして下さいまし!」
「ええ!? 私はイヤよ! フェリスがされたらいいでしょ!」
「それでも親友ですか!? いいから早く前に出て――ぶべらぁっ!」
問答無用の一撃が、フェリスの横っ面に入った。どしゃっと地面に転がるフェリス。
「フェ、フェリス、大丈夫!? 『ぶべらぁっ』とか言ってたけど! エミリー先輩、さすがにやり過ぎです!」
「殴りましたわね……」
よろよろと立ち上がったフェリスは、かっと眼光鋭くエミリーをにらんだ。
「お父様にもぶたれたことないのに!」
「それなんか違うわよ!?」
●
『CM④』
エステルとフィーが街中を駆け抜けている。
二アージュはあろう壁を一息で乗り越え、民家から民家の屋根へと飛び移り、そのまま道路へと着地し、止まらず疾走する。
フィーはカメラ目線で言う。
「この靴ならどこまでも走れるよ」
エステルもカメラ目線で言う。
「急停止、急加速も自由自在! 導力車よりも早いわ!」
二人でビシッとポーズを決めて、声をそろえる。
『ストレガー社の最新モデル! 《ストレガーX》! 壁走りや水走りもお手の物!』
そしてテロップ(※個人の感想です)が流れた。
●
《夜バラエティ枠(特番) 21:00 はじめてのおつかい》
「どーれみーふぁーそらしーどー」
パッチンパッチンと指を鳴らし、低い声音でそんな歌を口ずさみながら、ガラの悪い三人の男が路地裏をねり歩く。
金髪オ-ルバックで頬に傷のあるサングラスの強面――ユーシス。舌をべろりと出し、下卑た笑みを浮かべるチンピラ――マキアス。そこにいるだけで悠久の風を吹かす男――ガイウス。その三人である。
彼らは一人の少女を追い詰めていた。
「こ、来ないで下さい!」
少女は路地裏の端で逃げ場を失った。
ニタニタ笑うマキアスが威圧的に歩み出る。
「もう鬼ごっこは終わりにしようや、ティータちゃんよぉ」
ティータと呼ばれた少女は、「いや、いや……」と絶望にへたり込む。こんな場所で助けを求められる相手などいるはずもない。
「こちらの言うことを聞けば悪いようにはしねえよぉ。逆に聞かなければ……わかるなぁ?」
「あうう……助けて、助けて、アガットさん……」
「アガットさぁん? くくく、風の兄貴ぃ……見せてやって下さいよ」
「あっ!?」
ガイウスが路地の陰から引きずり出してきたのは、両手を拘束されたアガットだった。彼は気を失っていて、ティータの呼びかけに応えない。
「ひどい! アガットさんに何をしたんです……!」
「ああ? ティータティータってうるせえから、ラウラお嬢様の手作りシチューを口に流し込んでやったまでよ。3時間以内に解毒しねえとまず助からねえ代物だぜぇ」
「そ、そんな」
「ひゃははは、しょげないでよベイベー。ちゃーんとここに解毒薬もある。わかったかぁ? これはそういうルールなんだってことが」
「でも、でも……悪いことはできません。アガットさんもそんなことは望んでいないはずです……」
首を縦に振らないティータに、業を煮やしたユーシスが舌打ちをした。
「まどろっこしい真似をするな。こうすれば話が早いだろう」
「あ、ああ!」
ユーシスは意識のないアガットの顔をぐいと持ち上げ、そのもみあげにバリカンを押し付けた。
「実に無意味なワンポイントだと思わんか」
「や、やめて! それだけは! それを失ったらアガットさんはアガットさんじゃなくなっちゃう!」
「人を従属させるための最初の工程を知っているか? 尊厳を踏みにじることだ」
慈悲はなかった。右のもみあげが『ジョリジョリィ!』と剃り落された。赤毛の切れ端が薄暗い路地に散る。
「次は左だ」
「待ってください! やります。なんでもやりますから!」
「最初からそう言えばいい」
ユーシスは黒のトランクをティータに渡した。
「これをケルディックの七耀教会まで運べ。中身の詮索は許さん」
「……はい」
「そう難しく考えるな。簡単な仕事だろう。そう、いわばこれは――」
怯えるティータの両耳に、ユーシスとマキアスが同時に囁く。
『はじめてのおつかいだ』
●
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▽
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『★水曜日★』
《旅番組枠 10:30 ぶらりクロスベル》
「おお! ついに……ついにこの足で来たぞ!」
感極まったラウラの瞳に涙がにじむ。
軽快な音楽に多種多様なアトラクション。家族、友人、恋人たちの賑やかな笑い声。
「ふふ、どうですか。ここがミシュラム・ワンダーランド。みっしぃの聖地ですよ」
ティオは誇らしげに胸を張る。
「すばらしいの一言に尽きる。招いて頂き、感激の極みだ」
「ラウラさんもみっしぃを愛する同志と聞きまして。これはぜひ声をかけなくてはと」
和気あいあいと話し込むティオとラウラに、「あのー、お二人ともそろそろ進行しますので……」とリポーターのユウナが気遣わしげに声をかけた。
「本日はミシュラムの新たな魅力発掘ということで、自称みっしぃ通のティオ・プラトーさんとラウラ・S・アルゼイドさんにお越し頂いています。どのような旅になるのか、今から楽しみですね!」
「ユウナさん。“自称”ではなく“自他ともに認める”が正しいです。私たちをその辺のにわかみっしぃファンと同じにしないで下さい」
「うむ、気を付けてもらおう。我々は常にみっしぃランカーのトップ10に名を連ねる猛者なのだぞ?」
「そ、そんなのあるんですか? いえ、すみません。では気を取り直して、まずは定番のホラーコースターから――」
「ラウラさん! あそこの店に季節限定のみっしぃストラップが!」
「突撃をかける!」
「
秒で二人は画面から消えた。
ユウナはしばし立ち尽くしたあと、不意にカメラに向き直ると、
「えー、そういうわけでミシュラム・ワンダーランドからお伝えしました。それではまた来週お会いしましょう」
逃げるようにして画面からはけた。
●
『CM⑤』
教室のゴミ箱にメガネが捨てられている。
廊下の端に割れたレンズの欠片が落ちている。
焼却炉に炭化したメガネのフレームが散っている。
風船にくくられたメガネが空へと飛んで行く。
屋上で、マキアスが自分のひざに顔をうずめて泣いている。その肩にぽんと優しく手を添えるのは、カール・レーグニッツだった。
「メガネは修理することも、買い直すこともできる。だが傷ついた心はすぐには戻らない」
マキアスは顔を上げた。そこにあるべきメガネはない。彼は震える声音でつぶやいた。
「いじめ、カッコ悪い」
そして二人は声を合わせる。
『レーグニッツ広告機構です』
●
《夜ドキュメント枠 20:00 救急救命24時》
クロスベル南部、エルム湖畔。そこに聖ウルスラ医科大学病院はある。
医療の現場の最前線。日夜発生するアクシデントの数々。
これはそこで働く双子の新人看護師の成長を描くヒューマンドキュメンタリーである。
「やあ、アルフィン。夜勤お疲れ様」
「セドリックこそ。そろそろ眠くなる頃でしょう」
二人は当直勤務だった。深夜二時。ナースステーションで巡回記録やバイタルチェックを行う。
「穏やかな夜だね。このまま朝まで何もなければいいんだけど――」
ピーピーとナースコールランプが鳴った。
「201号室で入院中のジン・ヴァセックさんだ。どうしたんだろう」
「た、大変よ! モニター上のバイタル値が低下してるわ! とにかく確認に行きましょう!」
二人は201号室まで走った。
ナースコールボタンを押した後で意識を消失したのか、ジンに反応はなかった。
「た、大変だ。ジンさんが動かないよ!」
「まさに不動のジンというわけね」
「今は本当にそういうのやめとこう?」
初めて直面した緊急事態に、二人は慌てた。
「どうしよう! セシル先輩を呼んで来たほうが……」
「セシルさんは別館よ。すぐには駆け付けられない。それにジンさんは心室細動を起こしてる可能性がある。時間の猶予がないわ。私たちで迅速に対応しましょう!」
「わ、わかった。すぐにAEDを持ってくる」
「待って。そこにAEDっぽいのがあるわ!」
病室の隅に、箱型の機械があった。
「……僕の知ってるAEDと違うけど。挟みタイプの電極ついてるし」
「そういうデザインなだけよ、きっと! セドリック急いで!」
「了解! うわあ!?」
床につんのめったセドリックは体勢を崩し、電極を勢いそのままにジンの股間に突き入れた。
「セ、セドリック!? どこに電極を挟み込んでるの!? こっちは真剣なのよ!」
「わざとじゃない! 滑ったんだ!」
「そんなところに電気を流したら、不動のジンさんのジンさんが不動になっちゃうじゃない!」
「僕にはアルフィンが何を言っているのかわからない! AEDで挟むタイプの電極なんて初めてだ! でも胸のあたりで挟めるものなんて――」
「乳首があるでしょう!」
「やっぱりそこなんだ!」
セドリックは電極を二つの突起にセットした。
「出力調整……? 最新式のAEDなら確かにそんな機能もあるけど、いまいち使い方が……くそ、でもやるしかないのか。まずは最低出力から反応を見るよ!」
レバーを調節し、セドリックはスイッチを入れた。
瞬間、バリィッと雷光がほとばしり、ジンの体がビクゥッと跳ね上がる。しゅぅぅ~と焦げ臭い煙が病室に充満した。
ピーッと心電図モニターが終焉を示している。
「な、何したの、セドリック」
「最低出力からやろうとしたんだけど、《MINIMUM》と《MAXIMUM》を間違えたみたいで……」
「ミニマムとマキシマムを間違える人なんてこの世にいないと思うの」
「なんでだろう……それをアルフィンに言われるのはすごく釈然としない。そもそもAEDの出力じゃなかったって。上位アーツぐらいの威力はあったって。AEDじゃなくて普通に何らかの武器だったんじゃないかな」
「それをジンさんの体内に撃ち込んだわけでしょう? しかも乳首経由で。数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦のA級遊撃士の最後が乳首電撃って」
「とりあえず乳首連呼はやめよう?」
静寂だけが、そこにあった。
――医療の最前線。どれだけベストを尽くしても救えない命もあると、二人の新米看護師は身をもって知った。
尊い犠牲を糧に、彼らは学び、そして成長する。
夜はまだ終わらない。
「急患よ!」
「了解!」
ジン事件から数時間。まだ夜も明けない頃に、その連絡が入った。
二人は処置室に急行する。
「患者は二十代の男性。路地裏に倒れていたところを地域住民が発見し、救急搬送に至ったという経緯ね。情報によれば、胃から毒性のシチューが逆流して、一時的に気道を塞いでしまったらしいわ」
「毒シチュー? 事件性があるってこと?」
「わからないけど、とにかく急ぎましょう。私たちにできることは目の前の命と真摯に向き合うことだけよ。患者の名前は――アガット・クロスナーさんね」
処置室に着くと、アガットはベッドに寝かされていた。意識レベル及び血圧低下。心音微弱。
「どうして、もみあげが片方しかないんだろ……?」
「えーっと、こういう時の処置ってまずどうすればいいのかしら。昇圧剤? でもこれって勝手に使ったらまずいわよね……」
しばらく考え込んで、
「うん、電気ショックでいきましょう」
「またあ!? この状態で電気ショック処置って正解なの!?」
「やってやれないことはないと思うのよ」
「やるだけならって話だろ! 昇圧剤がダメで、電気ショックがいい理由が謎だよ!」
「時は一刻を争うの! はやくAEDを持ってきて! そこにあるわ!」
「どう見てもジンさんを屠ったものと同型の箱なんだけどさあ!」
とにかくセドリックはその箱を抱え、アルフィンのそばに戻ってくる。
「ほら、やっぱりこれも電極がついて――うわあ!?」
またしても床につんのめったセドリックは体勢を崩し、電極を勢いそのままにアガットの股間に突き入れた。
「セドリック、いい加減にして! そんなところに電気を流したら、アガットさんの
「こっちも言わせてもらうけどね! 今日のアルフィンのセリフほんとにひどいから!」
医療の現場は真剣そのもの。時にはこうして意見がぶつかり合うこともある。
双子の看護師の精進は、これからも続く――
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▽
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『★木曜日★』
《昼ドラマ枠 13:00 雪月花に濡れて》
「このポニーテール女は誰よ。説明しなさいよ」
アリサの刺々しい視線がリィンに突き刺さる。彼が目をそむけた先にはもう一人の女性――ラウラがいた。
「私も聞きたいものだな。そっちのサイドテール女は誰だ」
鳳翼館の一室はまさに修羅場と化していた。リィンは無言のままダラダラと滝のような汗を流すのみだ。
「ねえ、何とか言ったら? 私だけを愛しているんでしょう?」
「ほう、私にも同じセリフを言ってくれたな? ちょうど先週の金曜。夜景の見える雰囲気のいいレストランで」
「あらあら、おかしいわ。先週の金曜って言ったら、急な出張で帰って来れなくなった日よね」
リィンは鉛のように重い口をやっと開く。
「だ、だってそれは……ほら、ロイドさんも同僚とかにあれこれ手を出してるしさ。そういうものなんじゃないかって思うんだ」
巻き込み事故で己の減罪を狙う卑劣な男だった。
「なによ、そういうものって。お隣のヨシュアさんはエステルさんに一途なんだけど」
「ここではっきりさせてもらおう。私とその女。どちらがそなたの一番なのだ」
「お、俺は両方とも大切で、二人に対して決して遊びの気持ちなんかでは――」
アリサとラウラを納得させるような苦肉の言い訳を、どうにかひねり出そうとしていた時、いきなり押し入れの扉が開いた。
「じゃあ私とは遊びだったってことですか!?」
エマ登場。出版会社に勤めているという三人目の女が話をややこしくする。
と思ったら、
「ひどい、ひどいよ、リィン君。嘘だって言ってよ」
ごそごそとテーブルの下からトワが這い出てくる。職場の先輩だという四人目の女が、場の収拾を困難にする。
さらに、
「もう出てもいい? 暑いんだけど」
天井の一部が開いて、フィーが顔を出した。迷子になっていたところを助けられたという五人目の女だ。
続けて、
「最っ低……」
窓ガラスの外側からユウナがにらんでいる。教え子だという六人目の女である。
とどめに、
「きょうかぁん、お先にシャワー頂いちゃいましたぁ」
バスタオル姿のミュゼが濡れ髪のまま、くねくねと体を揺らして現れる。ダメ押しの七人目だ。
「し、信じられないわ!」
「そなた、これ以上は出て来ないだろうな!?」
「出て来ない! 本当だ! 信じてくれ!」
詰め寄るアリサたちに、リィンは必死で弁解する。
その時、キィイィと部屋のドアがゆっくりと開いた。隙間からエリゼが半分だけ顔をのぞかせる。
「この泥棒ネコたち……」
義妹だという八人目の女が、リィンの退路を完全に断った。
●
『CM⑥』
静かな森の中。
切り株に腰をかけたエリオットがバイオリンを弾く。
その音色に合わせて、ヨシュアがハーモニカを吹く。
柔らかな旋律が重なり合い、泉のように美しい曲を奏でた。
彼らは同時に言う。
『一段階上の音色をあなたに。楽器選びならリーヴェルト社』
終始、穏やかで落ち着いた二人だった。
しかし急にきょろきょろしだすエリオット。
「どうしたの?」
「あ、あれ。猛将系の妨害を受けない……? 第三機甲師団もミントもケインズさんも来ない? な、なんで? もしかしてヨシュアさんのおかげなの?」
「いや、猛将系ってなに?」
「お願いです! 僕の友人になってもらえませんか!?」
●
《夜ドキュメント枠(特番) 20:00 密着!特務支援課24時!》
ロイド・バニングス。エリィ・マクダエル。ランディ・オルランド。ティオ・プラトー。
この四人がクロスベル警察に新設された特務支援課のメンバーである。
当初の設立理由として、“クロスベルにおける遊撃士の評判に対抗する”という意図もあり、各方面からの細かな依頼や要請に対応することも彼らの大切な仕事なのだ。
「いーやあ、俺らがエレボニアの帝都の夜回りってのもどうなのかね。こっちには頼りになる憲兵様もいるんだろ? 俺らの出る幕じゃあないと思うがね」
面倒くさそうにランディが言うと、それをエリィがたしなめた。
「今日はカメラがついてるんだから、ちゃんとしてよ? 特務支援課としてつつがなく活動していることをドキュメント番組にしてくれるってことだしね」
「お嬢は相変わらずお堅いねえ。まあ、なんだ。ティオすけもいい子にしてろよ。なんてったって、国をまたいで放送されるかもしれないんだからな」
「ならその“ティオすけ”をやめて下さい。大陸中にそんな名前が広まったらどうするんですか」
「いいじゃねえか。ニックネームとして定着させれば」
「御免こうむります」
ティオはそっぽを向いた。
先頭を歩くロイドが三人に振り返る。
「おいおい、もう少し真面目にやってくれよ。実際、番組として成立させるためには実績もいる。ただの夜回りで終わったら意味がないんだ。周囲に気を配って、トラブルの気配を見落とさないでくれ」
「その心配はねえぜ。ほら」
ランディが指し示した先に、こじんまりとした公園がある。その一角のベンチに銀髪の少女が横たわっていた。
「ありゃきっと家出娘だ。帰るところもなく、一人孤独と寒さに耐えてるのさ」
「学生かな? 可哀そうに……なんにせよ、あんな場所で女の子が一人で寝てるなんてよくない。よし、保護しよう」
「待って」
エリィがロイドを止めた。
「男性が話しかけると警戒されるかもしれない。私とティオちゃんで行くわ。ティオちゃんもいいわね?」
「合点承知です」
少女の元まで近づき、まずエリィが声をかける。
「こんばんは。私はエリィ・マクダエル。クロスベル警察よ。怪しい者じゃないから安心して」
「警察……?」
「あなたの名前と年齢は?」
「フィー・クラウゼル。十五才」
少女は起きて、ベンチに座り直す。
ティオがそっとエリィに耳打ちした。
「これは間違いなく非行少女です。こちらの指示には反抗することが予測されます。ただ単に保護するのではなく、私たちとの会話をきっかけにして心を開いてもらうのが先決かと」
「そうね、私も同意見よ」
「その方がテレビ的にも見どころがあります。この反抗期少女と同年代の若年層と、そのくらいの娘を持つ悩める主婦層をダブルで狙い撃ちです」
「ティオちゃんもなかなか打算的ね……」
エリィはかがみ込み、フィーと視線の高さを合わせた。
「フィーちゃんっていうのね。ご両親は?」
「いないけど」
「……そう、複雑なご家庭なのね。でもおうちはどこかにあるんでしょう? ちゃんと帰らないとダメよ」
フィーは「んーっ」と体を伸ばして、
「わかった。帰る」
「そんなことを言わずに――あ、あら?」
あっさり従い、彼女は立ち上がる。
ティオがそれとなくその進路に立ちふさがった。
「そこは“あんた達に私の何がわかるの!”などと言って激しい感情をぶつけてくるところでは?」
「え? 帰った方がいいんでしょ」
「それはそうなんですが。もうちょっとこう……“誰がポリ公の世話になるかよ”みたいな展開が欲しいのですが」
「よくわからないけど、そうした方がいいの?」
「あ、私たちが指示するわけではありませんから。そこは個人の判断でお願いします」
「フィーちゃん!」
その時、第三者が走ってくる。三つ編みメガネの少女だった。
「よかった。探しましたよ」
「ごめん、委員長。少し寝てた」
「三時間は少しって言いませんよ」
エリィが訊く。
「フィーちゃん、ちょっとごめんね。そちらの方はお友達?」
「ん、お母さん代わり」
「よ、予想以上に複雑なご家庭だったわ……これ二時間枠で収まるかしら」
あれこれ編集についてティオと協議する。
その折、三つ編み少女はフィーの手を握ると、転移術で消えていた。
「お嬢もティオ助もまだまだだな。こういうのはリアルにやんないといけないんだよ。なあ、ロイド」
「ああ、過剰な演出はよくないと思う。第三者機関の監査が入った時に、手痛い目を見ることになるからな」
「そういう固い話もいいんだよ。ほれ、リアルってのはああいうのだ」
人通りの少ない路地に、目つきの悪い少年が佇んでいる。
「おっしゃ補導案件だ。さっくりしょっ引いてやるぜ」
「おっしゃじゃないだろ……」
「ここは俺が行く。ああいう悪ガキの扱いには慣れてるんでな」
先行したランディは、少年に気さくに声をかけた。
「よう坊主。何してんだ?」
「ああ? 見りゃわかんだろ。何もしてねえよ。おっさん、ポリ公か?」
「おっさ……まだお兄さんって歳なんだがねえ。まあ、そうだよ。警察だ。お前の名前は?」
「アッシュ・カーバイド」
アッシュは気だるそうにあくびをした。
「そうか、アッシュか。見たところアッシュは学生だな。ダメだぜ、こんな時間まで出歩いてちゃ」
「るっせえ」
「くー、いいね。その反応。企画がボツにならずに済みそうだ」
アッシュは眉をひそめた。
「何言ってんだ?」
「こっちの話だ、気にすんな。さてと。家に帰るつもりはねえよな? 今からどんな悪いことをするつもりだ? 飲酒か? 喫煙か? 恐喝か? お兄さんに話してみろよ、な? な?」
「はあ? しねえよ。今から帰るとこだぜ。門限守らねえと、うちの教官がうるせえんだよ。あいつの説教で長時間拘束されるくれえなら、大人しく部屋で読書してる方がマシだしな」
「もっと尖れよ!」
ランディは叫んだ。
「なに門限守ろうとしてんだ! そこは反抗して朝帰りだろ! しかも小説ってなんの冗談だ!?」
「文芸部なんだよ、俺は。小説ぐらい読むっての」
「転向しろ! お前は今日からカツアゲ部だ。なんの罪もねえ帰宅途中のサラリーマンを狩りに行け! 今すぐに!」
「意味わかんねえ!」
「早くしろ! お前を補導できねえだろうが!」
「知るか! 警察呼ぶぞ!」
「おう呼べ呼べ! 俺がその警察だよ!」
「世も末だな! てめえの相手なんざしてられっか!」
そう吐き捨てて、アッシュは立ち去って行った。
「あのさ。みんな、補導したがってる感が出過ぎなんだよ」
ロイドが支援課メンバーに注意する。ここまで放送できるような活動が一切ない。
「トラブルを見逃さないようにとは言ったけど、事件がないならそれが一番いいじゃないか。俺たちに仕事がないのが、本来あるべき形だと俺は思う」
「ロイドォ! 手頃なやつを見つけたぜぇ!」
「俺の話、聞いてた?」
獲物を探す猛獣のような血走った目つきで、ランディがびっと力強く指さした。
明滅する街頭の下。壁に背を預け、泥酔したみたいにうなだれる男が一人。ロイドをのぞく三人が、一斉に男に駆け寄った。
「どうした、兄さん! 大丈夫か!?」
「クロスベル警察のエリィと申します! まずはお水をどうぞ!」
「何かのトラブルに巻き込まれたのですか? むしろそうであって欲しいのですが」
男を取り囲み、質問攻めにする。
意識朦朧とした男は、自身をアガット・クロスナーと名乗った。しかしほぼ会話が成立しない。「毒入りシチュー……」だとか「電気ショック……」だとか、うわごとのようにつぶやくだけだ。
「毒に電気だと? 穏やかじゃなさそうだ。まさかガチの事件か……?」
「ランディさん。エイオンシステムで調べたのですが、アガットさんの体内から異常な反応が出ています。グノーシスレベルの常軌を逸した何かを摂取した可能性があります」
「まじかよ。おい、ロイド! この兄さん、おそらく薬やってんぜ。それもとびきり強いのだ」
「みんな落ち着いてくれ。そうと決まったわけじゃない。決めつけてかかると、あとで人権問題にも引っかかる」
ロイドがそう言うも、ティオは首を横に振った。
「こんな名言があります。『捜査はまず誰かを決めつけてかかり、間違っていたら『ごめんなさい』でいいんです』と」
「どこの誰が言ったんだよ……」
「はっ!? ロイドさん! 大変です! このアガットさんという人、もみあげが左側にしかありません!」
「本当だ。まあ……斬新な髪形だとは思うが。それがどうしたんだ?」
「これを理由に連行しましょう」
「できるわけないだろ!」
しかしランディは賛成した。
「いや。確か帝国には『サイドもみあげ禁止法』ってのがあったはずだぜ。あったよな、お嬢!」
「え、ええ? あったかしら?」
「あるに決まってる! そうだろ、お嬢!」
「そう言われればあったような……」
「決まりだ! 補導なんざ生温い! そうだろ、ティオすけ!」
「ええ、現行犯逮捕でやっちゃいましょう。これで番組成立です」
手錠をかけられたアガットは、まだ意識が戻らない。
エリィが言う。
「とりあえずロイド。番組の締めくくりをやってもらえる?」
「……俺たちの本分は起きた事件を解決することじゃない。トラブルの芽を刈り取り、大きな事件を未然に防ぐことなんだ!」
力強く正義を語るロイドの後ろでは、ランディとティオの手によって移送用の車にアガットが雑に詰め込まれているところだった。ただの拉致現場だ。
「これからも特務支援課を応援してくれ。次は君の町に行くかもしれないぞ!」
「この絵面だと、犯行予告に聞こえなくもないわね……」
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ラインフォルト本社ビル、会長室。
イリーナ・ラインフォルトはデスクのモニターを見ていた。
そこに彼らの奮闘の最中が映し出されている。リィンたちエレボニア勢を始め、リベール勢やクロスベル勢の四苦八苦だ。
「順調のようね。ふふっ……」
不意に笑う。
「そうよ、それでいい。あなた達が全力を尽くして、PV、CM、番組を作り続けた先にこそ私の真の目的がある。最大の波及効果を持ってラインフォルトは打って出る。その時にこそ――」
女帝の瞳が妖しく輝いた。
――後編につづく――
夢は現実の続きなのか、現実が夢の続きなのか、時々わからなくなってしまいますね。
夢にて夢みて。初の分割編です。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。