虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第12話 高原の火種

「よし。次は組み分けだな」

「さっさと決めちゃいなさいよ」

 足湯場の柱に背をあずけ、トヴァルは腕組みをした。その足元で、セリーヌは興味もなさそうに毛繕いをしている

 十分――かは分からないが、各々で休息を取った次の日の朝。

 騎神の霊力(マナ)は十分に回復した。距離も考慮して、次の目的地はノルド高原。ヴァリマールの探知で、まだ三人の仲間がそこにいることも確認している。

 あとやるべきはノルド行きのメンバーを決定することだった。さすがに全員で行くと身動きが取りにくい。

「エリオットは今回見送った方がいいな」

 リィンが言った。ケルディックで受け続けた野草サラダのダメージがまだ抜けておらず、さらに昨日、冬の川に飛び込んだせいで体調不良がぶり返してしまったのだ。

「ごめん、みんな」

 あやまるエリオット。今にも倒れそうだ。血色も悪いので、早めに室内に戻った方がよさそうである。カエルに食べられたマキアスの方が元気なくらいだ。

「郷の防衛を考えるとあと一人――私かトヴァルさんのどちらかがユミルに残った方がいいでしょうね」

 クレアの見解にはトヴァルも同意見で、「そうだな」と彼はリィンたちを見た。

「俺とクレア大尉、どちらが同行するかお前さんたちが決めたらいい」

 と言いつつ、さり気なく付け加える。

「……エリオットが離脱するから、アーツが得意な人間は必要になってくるかもしれんが」

 クレア大尉の戦闘能力は高い。ついでに状況判断も一級品。しかしアーツを使用したサポート技能は、自分の方が長けている。そして遊撃士として培った不測の事態への対応力。

 魔導杖の使い手が抜けたこの状況では、お兄さんの力は必要になってくるだろう?

「確かにアーツが使える人をメンバーに入れた方が」

「兄様」

 思案するリィンの横から歩み出たエリゼは、そそくさとクレアのとなりまで移動する。彼女の袖をきゅっと握って、無言の推薦だ。

 リィンも考え直した。

「クレア大尉なら中、遠距離までカバー可能か。回復もクォーツを付け替えてもらえば対応できるし」

 エリゼの選択は予測の範囲内だったが、まさかリィンまで揺らいでくるとは。

 よく考えろ。銃使いだけで三人いることになるぞ。戦闘バランスが悪くならないか。

「ん、悪くないかも」

 トヴァルの焦燥とは反対に、そう言ったのはフィーだ。

「同じ銃でも私は近、中距離。マキアスは中距離。そこに大尉が入れば、どの立ち位置からでも前衛のフォローができる。攻撃軌道が直線的になりがちだけど、そこは何とかするとして」

 そこ重要だろ。立体的な戦術には攻撃範囲の広いアーツが必要だろ。肝心なところがぼやけてるぞ。

「ま、待て待て。お前さんたち、もう一度メンバーの特性を考えて――」

「トヴァルさん」

 今まで口を閉ざしていたマキアスが、くいと眼鏡を押し上げた。

 そうだ。彼なら冷静な現状分析ができる。それに短い付き合いながらも、マキアスとは信頼関係が築けているはずだった。

 彼が地雷を踏んだ際、その救助に命を賭けたのは誰だったか。巨大ガエルに呑み込まれた際、我が身を省みず冬の川に飛び込んだのは誰だったか。

 さあ、みんなに言ってやってくれ。お兄さんは役に立つと。お兄さんは必要だと。

 迷いのない足取りでトヴァルの前までくると、マキアスはその肩にポンと手を置いた。

「鳳翼館の倉庫の扉。立て付けが悪いってパープルさんが困っていましたよ」

 それだけをささやくと、マキアスは元の場所に戻っていく。冷徹な後ろ姿だった。

 立ち尽くすトヴァルと小首をかしげるクレア。二人の間を乾いた冷風が吹き抜け、ノルド行きのメンバーが確定した。

 

 

 ● ● ●

 

 

 ケルディックの時と同様に、ヴァリマールの力を借りて精霊の道を開く。

 渓谷道最奥に展開された光のトンネルの中を抜けた五人と一匹は、抜けるような青空の下に出た。

 転移陣の輝きが収まっていくと、次第に視界が明瞭になってくる。

 周囲に立ち並ぶいくつもの巨大な石柱と、その間からのぞく果てない地平。

「ここが……ノルド高原」

 思わずエリゼは吐息をもらした。

 もちろん知識では知っている。女学院の授業でも習った。かつてドライケルス帝が挙兵した地。エレボニアとも縁の深い場所。地図でも資料でも見たし、総面積や地理関係も把握できている――はずだったのに。

 高原を渡る悠久の風。運ばれてくる草葉の匂いと、足元から伝わる土の感触。蒼天の頂に坐する太陽が、冬の大地に光を注ぐ。雲間を滑空する大鷹が、甲高い鳴き声をどこまでも響かせていた。

 景観に圧倒されたのは初めての経験だった。前回の実習でノルドに来なかったというフィーとマキアスも、ただただ驚いているようだ。

 リィンがヴァリマールを見上げた。

「ありがとう、ヴァリマール。しばらく休んでいてくれ」

『了解シタ』

 ノルド高原南部、石柱群に囲まれた高台。高低差が死角になっていて、ヴァリマールの姿を外から見ることはできないだろう。待機状態に入る彼の霊力回復にはいい場所だ。

「とりあえず北のノルドの集落か、南のゼンダー門を訪れてみようと思うんだが」

『気ヲ付ケルガイイ』

 ヴァリマールが急にそんなことを言った。

「心配してくれているのか? 大丈夫だ」

『問題ハ無イノダナ?』

「ああ、安心して回復に専念してくれ」

『デハ、ソウシヨウ』

 身をかがめるヴァリマールは、完全な休眠に入る前に『来タヨウダ』と、一言だけ告げる。

 何がだろうと、リィンたちは怪訝そうに視線を巡らせた。特に何も異変はない。いや――

「に、兄様……」

 最初に気付いたのはエリゼだった。

 石柱の陰から魔獣がひょこりと顔を出している。せいぜい自分の腰くらいまでの体躯しかないが、トカゲを二足歩行にしたような姿恰好は、昔に本で読んだ伝承の竜にも似ていた。

「あ、あいつは」

 前回の実習で戦闘経験があるのだろう。焦りを滲ませた声音でリィンが魔獣の名を言った。

「コドモドランゴだ!」

「コドモ……?」

 エリゼがオウム返しにするより早く、コドモドランゴは石柱から飛び出した。一匹ではない。あちらこちらの岩陰から次々にそいつらは姿を現す。七匹の群れだった。

「リィン、こいつらの特徴は?」

「逃げろ!」

 ショットガンを取り出すマキアスにリィンが叫ぶ。コドモドランゴが空を仰ぐようにして一斉にのけぞった。

 咆哮と同時に向けられた大口。直後、吐き出された火球が視界を埋め尽くした。

「きゃああ!?」

「アンタも早く後ろに走りなさい!」

 セリーヌにどやしつけられ、思い出したように駆け出す。背後から押し寄せる熱波を振り返る気にはなれなかった。リィンたちに続いて、高台の端から飛び降りるエリゼ。刹那遅れてやってきた浮遊感。

「え」

 わずかに斜面があるが、ほとんど絶壁だった。地面まで十五アージュはある。転がり落ちるようにして、傾斜の上を走るエリゼ。もう涙目だった。それでもスカートの裾を押さえていたのは、淑女たる者の宿命か。

 ヴァリマールの『気を付けろ』は魔獣のことだったのだ。感知していたのならもっと早く言って欲しいと、余裕のない思考の片隅でエリゼはそんなことを思った。

 着地点に先回りしたリィンが、彼女を抱き止める。

「大丈夫か!?」

「は、はい。なんとか」

「よし、走るぞ!」

「え」

 俊敏な跳躍でコドモドランゴが高台から追って来ていた。収まらない動悸のまま、エリゼは再び足を動かした。

 前を走るクレアが、振り返り様に銃を撃つ。エリゼの傍らを抜けていく弾丸を、背後のコドモドランゴは横ステップでかわしてみせた。

 反撃の火球。身を屈めたクレアの頭上を炎が過ぎていく。火の粉を払いながらクレアは言った。

「体内で生成した可燃性のガスを吐き出して、牙を打ち合わせた際に生じる摩擦熱で着火させているようです」

 さすがクレアさん。こんな時にも動じずに冷静な分析をするなんて。

「それなら、どうしたらいいんですか?」

「撃たれる前に撃つことでしょうか」

「む、無理です」

 さすがクレアさん。さらりとハードルが高いです。

「マキアス、私たちも」

「ああ、任せてくれ」

 フィーは双銃剣を、マキアスはショットガンを手に、走りながら左右に分かれる。

 二人が引き金に指をかけた時、轟音に大地が震えた。

「この音……砲撃!」

 クレアが反応したのと、十数アージュ離れた地面が爆ぜたのはほとんど同時だった。盛大に土砂が舞い、続いて土くれが降り落ちてくる。コドモドランゴの群れは、驚いて一目散に逃げ去っていった。

 砂つぶてからエリゼをかばいながら、リィンは立ち込める噴煙の向こうに視線を走らせた。

「俺たちが狙われているのか!?」

「いえ。これは……」

 断続的な砲撃の応酬。地面をえぐるキャタピラの音に混じって聞こえてくるのは、あの巨人の足音。

 クレアの表情に緊張の色がよぎった。

「第三機甲師団と貴族連合が戦っています」

 

 

 

 その戦闘は長く続かなかった。

 結果だけを述べるなら機甲兵部隊は撤退。有機的な連携で陣を展開した戦車中隊が押し切った形だ。

 勝利とは言えない。先の戦闘で戦車は二機が大破、三機が中破。対して撃破した機甲兵はゼロ機。単に自軍の戦力を削られただけだ。

 そんな戦いを繰り返せば、追い詰められるのは時間の問題である。

 しかし、危機的状況の本質はそこではない。

「監視塔が貴族連合の手に落ちた……!?」

 ゼンダー門内部。指令室にリィンの声が響く。

 その驚愕を当然と受け止めた右眼帯の男が「いかにも」と執務机の椅子から立ち上がった。

 彼が第三機甲師団を率いるゼクス・ヴァンダール中将。《隻眼のゼクス》という通り名を、軍属で知らない者はまずいない。

 ひとまずの交戦が収まってからリィンたちはゼンダー門にたどり着いたのだが、彼らを訝しんだ兵士たちに危うく捕縛されそうになった。クレアが鉄道憲兵隊の身分証明を提示してくれなかったら、本当にそうなっていただろう。ゼクス中将への取り次ぎも、彼女のおかげで比較的スムーズに事が運んだ。

 指令室に案内される途中、『やっぱりクレアさんに来てもらってよかった』と呟いたエリゼの言を否定する者はいなかった。

 その万能お姉さんことクレアが不可解そうに問う。

「なぜそのような事態に? 機甲兵部隊とはいえ、そう簡単に制圧できる場所とも思えませんが」

「うむ」

 凄みのある片目がそばに控える一人の将官に向けられる。整った顔立ちで、年はまだ若い。「はっ」と休めの姿勢を解いた彼――ライエル少佐はきびきびとした動作で、壁掛けの高原地図の前に立つと、その一点を指し示した。

「……カルバード共和国?」

 首をひねるマキアスに「そうだ」とうなずいて、ライエルは説明を始めた。

「内戦が勃発したあの日。カルバードの空挺部隊が大規模に領空を侵犯した――」

 監視塔部隊がその対処している際に、西の空から機甲兵を積載した軍用艇が急襲した。初めて見る機械の巨人に抵抗する手段などなく、あっという間に監視塔は占領されてしまったのだという。

 タイミングを鑑みるに、カルバード共和国と貴族連合が水面下で繋がっているのは間違いなく、以降、アイゼンガルド方面の領邦軍と挟み撃ちという形で敵は攻めてきている。

 旧式戦車まで総動員し、馴れた地形を最大限に活用して何とか持ちこたえているが、それでも限界は近い。

「敵の敵は味方ってこと? ガレリア要塞より状況が悪そうだね」

「おそらく、そうであろうな」

 端的なフィーの感想をゼクスは肯定した。

「共和国と帝国は敵対関係にある。一時的に手を組んだにしても、昨日今日でできる交渉ではなかったはずだ。このクーデターも相当前から練られていたのだろう。……そして不利な状況がもう一つある」

 再びゼクスの視線がライエルに向く。彼は説明を再開した。

「監視塔が占拠されて間もなく、高原一帯の通信機器が使えなくなった。故障というわけでもなく、詳しい原因は判明していない。本土からの増援も呼べず、消耗戦を強いられている理由だな」

 クレアが言う。

「先ほどの戦闘で見せた戦車同士の連携は? 通信が使えなければまず不可能な動きでしたが」

「戦車の照明を利用した点滅信号で指示の伝達を行なっている。旧世代の連絡手段でも、こうなると中々に役立つものだ」

「それを戦闘中に……見事ですね」

「限度はある。土煙に巻かれれば指示光は正しく読み取れないし、乱戦になれば砲塔の照準と回避機動に手いっぱいで、信号を送る暇さえないのだからな」

 それでも現状に耐えている。逆を言うなら通信が復旧しさえすれば、さらに渡り合えるということか。

 助力すべきではないかと逡巡したリィンが口を開くよりも早く、その心情を察したらしいゼクスは「加勢の必要はない」ときっぱり告げた。

「これは正規軍と貴族連合の戦いだ」

「ですが……」

「この地に戦いに来たのか?」

 厳しい声音が突き刺さり、リィンは身を固くした。

「そうではあるまい。騎神の力とやらは自分たちの身を守る為に使え。そもそも諸君らは仲間に会いに来たのだろう」

「え?」

 コンコンと扉を叩く音がした。

「そろそろかと思っていた。入るがいい」

「失礼します」

 ゼクスの呼び声に応じて、誰かが室内に入ってくる。顔を合わせるなり、双方の動きが止まった。

 長身の青年。深い藍色の瞳。特徴的な腕の紋様。

「ガ、ガイウス?」

「リィン……なのか?」

 目を丸くしたまま、リィンと向き合うガイウス。唐突な再会だった。

 

 

 

 ミリアムとアリサを連れて、ガイウスがノルド高原に着いたのは一週間ほど前になる。

 鉄道は運行規制がかかっており、その上Ⅶ組には手配が回っている。親切な民家で休憩を挟みながら、なるべく人通りのない街道を通り、最終的にはルーレ方面からアイゼンガルド連峰を北東に迂回するルートでこの地まで来たのだという。

「そうか、あの二人も無事だったんだな。ありがとう、ガイウス」

「いや、俺が助けられることの方が多かったくらいだ。リィンたちも大変だったようだな」

 良かったと息をつくリィンに、ガイウスは肩をすくめてみせた。ゼクス中将にはひとまず別れを告げ、ゼンダー門を出たところである。

「というかまさか、徒歩でここまで来たのか?」

「そうだが、さすがにアリサたちも疲れていてな。途中、何回かアガートラムで空を飛んだ」

「それがあったか……」

 納得である。アリサとミリアムは両腕にそれぞれ抱えられていたとして、ガイウスがどこに捕まっていたのかちょっと気になったが。

「そういえばエリオットとも合流したんだったな。ノルドには来ていないのか?」

「体調を崩していてさ。今はユミルで休んでもらっている」

 エリオット。ガイウスがその名を口にした時、周囲で作業していた兵士たちの雰囲気が明らかに変わった。

 持っていたスパナを取りこぼした者もいれば、額にびっしり玉の汗を浮かべた者もいる。ひそひそと耳打ちし合って、意味ありげな目配せをしたり、探るような目を向けてくる者もいた。

「……?」

 視線の真意は彼らには分からない。リィンたちは深く気にしないことにした。

 ガイウスが話を戻す。

「集落はラクリマ湖畔に移動しているが、先にアリサたちと合流するか?」

「ああ、そうしよう。何か手伝えることがあるかもしれないしな」

 現在彼女たちはアリサの祖父、グエンと一緒にノルド高原北東部まで出向いているらしい。導力通信不調の原因を調べる為である。

 ガイウスがゼクスを訪ねてきたのは、その辺りの進捗と状況報告を兼ねてだった。彼は集落と第三機甲師団との連絡役として動いていた。

 ゼクスからは、『軍とノルドの民がコンタクトを取っていると勘ぐられると、集落が標的にされる可能性もある』と来訪を控えるように言われていたそうだが、戦線がどこまで及んでいるか、どの方面が危険かと言った情報は、危機回避の為にはどうしても必要になってくる。

 また軍としても、この通信不調を何とかしなくてはならないが、しかし高原に派遣できるほど技術者が足りている訳でもなく、図らずも利害が一致してしまった形だ。

 ゼクスにとっては苦渋の決断だったようだが、『あくまで集落の安全確保という前提』と『正規軍に組する形で戦闘を行わない』という二つの条件の下、ガイウスの行動が認められていた。

「ちょっと待ってくれ。僕は馬に乗れないぞ」

 焦るマキアスの横から「私も乗ったことないかな」とフィーが重ねる。

 二人にクレアが言った。

「私は一応乗れますし、各馬に二人乗りなら問題ないでしょう」

 この場にいる馬は三頭。ガイウスが乗ってきた一頭と、ゼクスが用意した二頭だ。こちらのメンバーは六人。セリーヌは誰かが抱えるとして、ちょうど割り切れる人数である。

「じゃあセリーヌさんは私が」

「なんでアンタなのよ。別にいいけど」

 何かと世話を焼くエリゼだが、最近ではセリーヌも慣れてきた節がある。あとはメンバーの振り分けだ。

 ガイウスが近くに繋いであった自分の馬を引き連れてきた。

「ならマキアスは俺の後ろに乗るといい」

「あ、ああ。そうだな」

 彼の視線が一瞬だけ揺らいだのを見逃さず、「ちょっと待って」と制止の声を発したのはフィーだった。

「私がガイウスの後ろに乗る」

「え?」

「エリゼはリィンの後ろ。マキアスはクレア大尉の後ろ。合計体重を考えると、馬への負担が均等になるのはその組み分けだと思うけど」

 もっともな理由にガイウスも納得する。

「それもそうだな。マキアスは構わないか?」

「問題ないぞ!」

「そ、そうか」

 マキアスは強い口調で即答した。その折、さっさとフィーは馬の背に乗っていた。初めてとは思えない身軽さである。

 彼女に続いて、順々に馬にまたがる面々。程なく、三頭の馬は高原に向かって出発した。

 

 

「行ったか……あいつらがそうなんだな?」

 リィンたちがゼンダー門を去るや、緊張の面持ちで一人の兵士が言った。彼はザッツ。元々は監視塔詰めの兵士で、現在は第三機甲師団に合流している。

「そうだよ」

 戦車の陰から、小さなお団子頭が出てきた。ミントである。戦車の整備に夢中で、彼女はリィンに気付くのが遅れ、結局姿を見せるタイミングも逃していた。

 遠ざかる馬の背を眺めながら、ザッツはごくりと息を呑んだ。

「あれが“猛将の眷属”……! 猛将エリオットに忠誠を誓った従者たちか」

 わらわらと他の兵士たちも集まってきた。

「猛将の手がノルドにまで伸びてきたか!」

「やべえな、猛将」

「というかあの銀髪の女の子も……!?」

 彼らはミントによって《猛将列伝》を読まされた者たちだ。

 常識から外れた猛々しい言動の数々。倫理という概念を破壊していく荒々しい御姿。暴れ狂う力に、敵対する男共はことごとく膝を折り、世の女性たちはもれなく彼に恋をする。

 猛将エリオットの実録記――その会心のストーリーに、ゼンダー門の兵士たちはあっという間に心奪われた。

 爆発的にファンが増えたのには、もう一つ理由がある。分厚い《猛将列伝》の表紙。その中心に開いた弾痕である。

 トリスタから逃げる際、ミントをかばったケインズは貴族兵士の銃弾を受けてしまった。しかし胸にこの本を仕込んでいたおかげで、彼は事なきを得たのだった。これはその時の弾痕である。

 兵士というのは得てしてそういう話を好む。いわゆる験担(げんかつぎ)だ。その逸話も相まって、《猛将列伝》はゼンダー門に広まることとなった。

「お、おいおい! 氷の乙女までいたぞ。まさかミントちゃん、あれも――」

「え? うん、そうだよ」

 ミントはクレア・リーヴェルトを知らない。これは何も考えずに言った言葉だったが、兵士たちは勝手な解釈をした。

「マジか、マジかよ……! 猛将やばいぜ」

「つーか早く下巻読みたいよなあ」

 すかさずミントは言う。

「猛将列伝・上巻は定価780ミラ税込み。下巻は鋭意制作中。お買い求めはトリスタの《ケインズ書房》まで足をお運びください」

 エリオットの知らないところで、猛将の名は着々と浸透していく――

 

 

「馬に乗ったのは初めてだけど……おしりが痛い」

 率直な感想を述べるフィーに、ガイウスは「すぐに慣れる。馬と呼吸を合わせるといい」と中々の難題を繰り出してくる。

「しかし正直驚いた。フィーは馬に乗ったことがないのに、馬の負担なんて考えてやれるのだな。練習すればきっといい乗り手になる」

「本当?」

「ああ、俺が保証しよう」

 フィーは首を巡らし、後ろに続く二頭の馬を見やった。

「ま、考えたのは負担だけじゃないけど」

「フィー?」

 戻した顔を今度は横に向け、フィーは上下に揺れる景色を視界に入れた。

「フィーネさんは気の利く女、だからね」

「フィー……ネ? 何を言っているのだ?」

 不思議そうな顔をするガイウス。その一つ後方の馬上では――

 

「マキアスさん、大丈夫ですか?」

「も、ももも、問題ありません!」

 クレアと相乗りし、ガッチガチに緊張したマキアスが声を震わせていた。まさしく降って湧いた幸運ではあるが、彼にとっては気持ちを落ち着けるところからのスタートである。

 この密着距離。凄まじい緊張が、マキアスを石化させていた。

「ガイウスさんの馬から離れてしまいましたね。少し速度を上げます。つかまっててくださいね」

「は、ハァっ!」

 言われるがまま、マキアスはクレアの腰に腕を回す。何も考えていなかった。すらりとしたくびれに手が触れ、沸騰した頭が指先を強張らせた。

「きゃあっ!?」

 不意打ちにクレアが身をそらした。

「マ、マキアスさん、ちょっとこそばゆいのですが」

「問題はありません!」

「いえ、問題があるのは私の方というか」

 どこからの熱気なのか、マキアスの眼鏡は完全に曇っていた。視界を失い、己さえも見失っている。

「もう少し腕を緩めて――」

 クレアが身をよじらせた時、サイドで束ねた髪がマキアスの鼻先をかすめた。甘い香りだったが、彼に取っては落雷のごとき衝撃でもあった。

「ハイヤーッ!!」

「あ、あなたが言ってどうするんですか。きゃっ!」

 マキアスの衝動を引き受けた馬が一気に加速する。

「問題など一つもありません!」

「いえ、ですから――」

 青春メガネが氷の乙女アイスメイデンを困らせるその後ろでは――

 

「クレア大尉、急に速度上げたな。そういえばエリゼも馬乗れたよな?」

 手綱を繰りながら、リィンは後ろのエリゼに訊いた。

「ええ。父様から教わったことはありますが」

「もしかして自分で馬を走らせたかったか? ユミルじゃ味わえない景色と開放感だからな」

「いいえ。私はここで結構です」

 すました声でエリゼは否定した。リィンとエリゼの間に収まるセリーヌが嘆息をつく。

「何言ってんのよ。大好きなお兄さんの背中を近くで見れるから、アンタとしては満足ブニュッ!?」

 慎まない口元を、エリゼの手ががっちりホールドする。

「ノルド高原。なんて素敵な眺めなんでしょう」

 じたばた逃れようとするセリーヌをよそに、エリゼはうっとりと呟く。

 ややあって、解放されたセリーヌはエリゼを見上げた。

「ぷはっ。アンタね、何かある度にアタシの口を押さえるのやめてよ」

 ケルディックの休憩所でも同様の事があった。

「だってセリーヌさんが」

「なによ」

 鋭い猫目に睨まれて、エリゼは思わず視線を横に逃がす。

「……え?」

 そして気付いた。遠くから何かがこちらに向かって走ってきている。

 山育ちで目はいい方だ。エリゼはそれを注視する。すぐに魔獣だと認識できた。猫だか犬だか、とにかく四足型の魔獣。

 しかし妙だった。頭部や肩口、脛に、どう見ても人工の装甲が取り付けられている。

「兄様、あの魔獣……?」

「ん?」

 エリゼに促されて、リィンも視線を移した。途端、彼の表情が険しさを帯びる。

「軍用魔獣だ! 領邦軍が高原に放ったのか……!? エリゼ、ガイウスたちにも伝えてくれ!」

 その口調から危険な相手ということが分かる。

 《ARCUS》を取り出し、揺れる馬上に苦労しながらも何とか通信モードを選択する。

「……っ!」

 反応しない。高原一帯が通信不調だと聞いたばかりだが、まさか《ARCUS》にも影響が出ているなんて。

 いや、落ち着け。細かな状況を伝えられなくても、切迫しているという意思を伝えることはできる。

 リンクモードに切り替え。いつものように意識を集中する。オーブメントを媒介にして、思惟を真っ直ぐに飛ばすイメージだ。

 二度、三度とそれを繰り返して、エリゼはようやく事態を飲み込んだ。

「に、兄様」

「どうした?」

 怪訝に問うリィンに、エリゼは震える声を絞り出す。

「通信と……リンク機能も使えなくなっています!」

 

 

 ~続く~

 

 

 

 

 

 

 ――Side Stories――

 

 

《その頃のお兄さん》

 

「扉の立て付け修理、終了っと」

 最後にもう一度、居室ドアの開き具合を確認する。難しい修繕ではなかった。蝶つがいを止めるネジが外れて傾いていただけである。

「まあ、こんなに早く? ありがとうございます」

 嬉しそうにパープルが近付いてきた。彼女はここ鳳翼館の従業員だ。

 工具を片付けながら、トヴァルは言った。

「改修を繰り返しているみたいだが、何せ建物自体が古いからな。所々痛んでいる場所もあるだろう」

「そうなんです。細かな補修はメイプルも私もしているのですが、どうしても手際が悪いもので」

 申し訳なさそうに目を伏せるパープル。彼女たちはそんなこともしているのか。

「だったら、気になるところは俺に言ってくれ。今日の内に全部直しておく」

「ですが……よろしいのですか?」

「ああ、任せてくれ」

 遠慮がちに「それでは」とパープルは不具合のある個所を並べ立てた。厨房の導力コンロの火力が上がりにくい、階段の手すりががたつく、脱衣室の物置台が傾いている、などなど。

 近くの部屋を掃除していたメイプルが、戸口から顔だけ出してきた。

「あ、浴室裏のボイラーも調子が悪いんだけど」

「エリオットから聞いてるよ。そいつも後で見ておく」

「ちょっとメイプル! それが人に物を頼む態度なの!?」

 パープルが目くじらを立てると、メイプルは「ごめんなさーい」と部屋の中に引っ込んでしまう。

「もう、メイプルったら。申し訳ありません、トヴァルさん」

「はは、構わんさ。こっちもタダ飯食らいになる気はないしな」

 片付けたばかりの工具箱を手に、トヴァルはさっそく館内を回ることにした。

 

 遊撃士の仕事は量もさることながら、その範囲、種類も桁外れに多い。

 何らかの事件に巻き込まれた民間人の捜索救出から、導力灯の取り換えや些細な探し物まで。

 ランクによって任される仕事に差はあるものの、比率で言えばやはり雑務が多くを占める。

 故に。このような類の補修技術は、嫌でも身につくものなのだ。

 リストに挙げた修理を、トヴァルは手際よく片付けた。

「ふう、さすがに疲れたな」

 鳳翼館のロビー。大きめのソファに沈み込んで、深く息を吐く。ふとリィンたちのことを思い出した。

 あいつらはノルドでうまくやっているだろうか。第三機甲師団が構えている以上、貴族連合も放っておくはずはない。向こうも向こうでややこしい事になっていなければいいのだが。

「……ったく。あいつらめ――」

 分かりやすいぐらいに、クレア大尉を連れて行きたがっていたな。まあ、最近やること成すこと裏目に出るし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。

 なんかこう――お兄さんをもっと必要としてくれよ。

「おつかれ様です。トヴァルさん」

「ん? パープルさんか。頼まれてたところは全部終わったぜ」

「本当に何でもできてしまうんですね。その、これからも色々とお願いしてしまうかもしれませんけど」

 おずおずと言うパープルに、トヴァルは笑ってみせた。

「お安い御用。それこそが遊撃士の本懐ってやつだ」

「まあ、お元気ですこと」

 彼女も笑みを返して、卓上にティーカップとパウンドケーキを差し出した。

「おお。いいのかい?」

「もちろんです。お礼には足りないかもしれませんが、えっと……ちょっと手作りなのでお口に合うかどうか」

「へえ、パープルさんが作ったのか」

「あ、でも、簡単に作っただけですし! ろくな味見もしてませんし!」

 あたふたするパープル。近くの部屋から、またメイプルが顔を出した。意味ありげな含み笑いを浮かべている。

「えー? ウソはダメだよ、パープル姉さん。ヴェルナー料理長からアドバイスもらって何回も作り直してたし、胸ヤケするぐらい味見を繰り返してたの、私見てるんだから」

「メイプル! あなた……っ!」

 耳まで顔を真っ赤にして、パープルはメイプルを追いかけ回す。間もなくバギンス支配人がやってきて、二人そろってお説教をもらう羽目になっていた。

「はは、頂こうかね」

 フォークで一口、手作りパウンドケーキを食べてみる。

「ほお、こいつは」

 文句なしの味だった。

 それをぺろりと平らげたタイミングで、鳳翼館に雑貨屋のライオが駆け込んでくる。

「おお、ここにいたのかい、トヴァルさん。ちょっと来てくれないか。新しい看板の取り付けが一人じゃ上手くできなくてさ」

「よし、すぐ行く」

 遊撃士はこうでなくちゃな。

 トヴァルは立ち上がると、愛用のコートに袖を通した。

 

 

 ライオの手伝いはすぐに済んだ。しかしその後も、薪を一緒に運んでくれとモリッツが、駅周りの雪かきを手伝ってくれとラックが、倉庫に酒瓶を片付けたいとジェラルドが、果ては棚の上の饅頭を取ってくれとギズモが、立て続けにやってくる。

 疲れた顔一つ見せず、トヴァルはその全てに付き合い、見事全員の要望に応えてみせたのだった。

「いやあ、さすがは遊撃士様だあ」

「まったくトヴァルさんがいてくれて助かるよ」

 鳳翼館の露天風呂。惜しげない嘆声がトヴァルに向けられる。それぞれの仕事も終わり、一日奔走したトヴァルの元に、郷の男衆が集まっていた。

「ささ、まずは一献」

「おおっと。こりゃ、すいませんね」

 手渡されたおちょこに、モリッツが地酒を注ぎ入れる。それをくいっと飲み干す。これはうまい。

「温泉の中で飲む酒はまた格別だあよ」

「モリッツさんはどこでも飲んでるし」

 ラックが指摘すると、「違いない」と宿酒場の店主、ジェラルドが強面をしかめた。

「アルフは飲べえになっちゃダメだぞ。キキに嫌われるからな」

「の、飲みません。それにキキは関係ないですし!」

 一同が笑い合う中、ドアが開いた。

「騒がしいと思ったら先客がいたか」

 ヴェルナー料理長である。意外にも引き締まった肉体を披露しつつ、彼も湯船に浸かった。その視線がトヴァルに移る。

「今日は郷の為に色々と動いてくれたそうですな」

「いえ、大したことは」

「トヴァル殿は仕事柄、各地を回られることが多いのだろう。珍しい郷土料理の話などあればぜひ聞かせて欲しいのだが」

 ライオが口を挟む。

「おっとヴェルナーさん、待ってくれ。この後は遊撃士の冒険譚を聞かせてもらう予定なんだ」

 ラックとアルフがそろってうなずいた。

「あ、僕もそれ聞きたいです」

「やっぱりユミルにもギルド欲しいな。なんならトヴァルさんが支部長やってくれてもいいのに」

「俺が支部長? 柄じゃないな」

 首を振るトヴァルに、ヴェルナーは言った。

「いや、そんなことはない。トヴァル殿さえよければ我々は皆歓迎する。例えばの話だが――パープルを嫁にしてとかだな。あの娘は細かな所に気付くし、気立てもいい」

 郷の男たちは『そりゃいい!』と口々にはやし立てる。

「パープルちゃんは美人だし、優しいし!」

「料理も上手いし、それに何より胸がでかい!」

「プルプル姉妹のプルプルしてる方だからなあ」

 オヤジらしい下世話な会話である。

 竹製の囲いの外から桶が飛んできて、一人の顔面を直撃した。

「こーらあ! 何を勝手なこと言ってんのよー!」

 ボイラーの温度を見ていたメイプルが外から投げ入れてきたらしい。皮肉なことに被害を被ったのは、その下世話な会話に参加していなかったヴェルナーだった。

「プルプル姉妹のプルプルしてない方で悪かったわねえ! 大体聞いてれば何よ。パープル姉さんを嫁にするとか何だとか。パープル姉さんもまんざらじゃない感じで、顔赤くしてしゃがみ込んじゃったし。そりゃトヴァルさんとはお似合いだと思うけどね。え? なに、パープル姉さ……ちょっとなんで首しめ――」

 静かになった。ずるずると何かを引きずる音だけが遠ざかっていく。

 ラックが咳払いをした。

「ま、まあ。パープルさんのことは置いといて、早く冒険譚を聞かせて下さいよ」

「待て待て、やはり料理の話をだな」

「あ、ヴェルナーさんだけずるいぞ」

 トヴァルさん、トヴァル殿、トヴァルの旦那。色んな人がひっきりなしに俺の名を呼ぶ。

 ああ、くそう。なんだよこれ。充実してやがるぜ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

《グランローゼのバラ物語 chu!②》

 

 グゴゴゴゴ。

 それは獣の唸り声のようだった。しかしその音は喉からではなく、腹から鳴っている。

 ごくごく普通の空腹の知らせだ。

「お腹空いたわあ」

 麗しのグランローゼことマルガリータ・ドレスデン。彼女は未だにヴィンセントを探して、各地をさまよい歩いていた。

 マルガリータが学院を出たのは、最前線で戦っているであろう彼の力になる為である。しかしあれから一か月。占領状態とはいえ、トリスタでの戦闘はとっくに収束している。

 兵士と装甲車が固める検門を見て、マルガリータは思った。

 学院には帰れない(その気になれば突破は容易いが)。ならば彼はどうしただろう。優しく気高く誇り高い愛しのヴィンセント様のこと、戦火に逃げ惑う民の為に、尚もその槍を振るおうと考えたに違いない。

 お力にならねば。将来の妻として。

 ヴィンセントの手掛かりを探して、町から町を渡り歩く。途中、トールズの学院服を見てなのか、礼儀知らずの領邦軍兵士が声をかけてきた。

 『お前も士官学院生か』『一年Ⅶ組の連中を知らないか』『隠し立てするとお前の為にならんぞ』『どうした、早く答えるがいい。なんだ、その反抗的な目はブフォッ』

 煩わしいそれらの全ては、張り手の一発で済んだ。

 吹っ飛んだ兵士は二度と起き上がらない。近くで見ていた兵士は固まったまま動かない。道を阻むものは誰一人としていない。

 路銀も十分に持っていたし、マルガリータに当面、問題は起きないはずだった。

 しかし、そんな彼女にも想定外はある。

「どこかしら、ここお?」

 方向音痴だったのだ。

 実家にいる時から移動は馬車、もしくは導力車。入学してからは寮と学院の往復のみ。一人で遠出するなど、まずありえない。鉄道の乗り継ぎの仕方もよく分かっていないのである。

 道なりに歩いて町に着いたのは、ただの幸運が重なっただけだ。

 最後に訪れたバリアハートを出て、街道の分かれ道を適当に選んで進み続けた結果、彼女の現在地はルナリア自然公園である。

 こうなってしまえば、お金などいくら持っていても意味がない。しかし偶然とはいえ、森の中に入れたのは僥倖だったと言える。食料の調達がしやすいからだ。

「んんー、これはどうかしらあ」

 木の根元に生えていた、赤黒いキノコを無造作にむしり取って、迷わず口の中に入れる。知る人間なら、まず触ろうともしない毒キノコの一種だったが、「いま一つの味ねえ」などと言いつつも、彼女は平然とそれを平らげてみせた。

 鋼鉄の胃袋に毒など通じないのだ。この程度では小腹の足しにもならない。

「お肉が食べたいわねえ」

 ここに来る途中で見かけた農家のケルディック牛。あれを丸々一頭買っておけばよかった。惜しいことをした。一食分くらいはまかなえただろうに。

 魔獣でも出て来ないだろうか。魔獣は食えるのだ。魔獣の肉、殻、粉末、ゼラチン、羽、油脂など、メインでも使えるし、隠し味にもできる。

 調理部での活動中、魔獣食材オンリーの料理を作ってみたことがある。ニコラス部長からは『まだ時代がマルガリータ君に追いついていない』なんて褒めてもらったりしたものだ。嫉妬していたのだろう。同じ部員のミリアムは『食べる気しないよね。あははー』などとほざいていたが。あのガキャア。

 そんなことを思い出しながら、森の奥へと分け入っていくと開けた場所に出た。

 中央辺りまで歩を進めた所で、獰猛な雄叫びが鼓膜を震わす。

 連なる大樹の陰から、地響きと共に姿を現したのは巨大な猿型魔獣。この森の主《グルノージャ》だった。凶悪な双眸が、縄張りの侵入者へと向けられる。

 激しく地面を踏み鳴らす。振り回した腕が木々を薙ぎ倒す。咆哮が周囲を震撼させる。

 あらん限りの怒りをぶちまけながら、牙をむくグルノージャがマルガリータに襲い掛かった。

「ムフォッ」

 彼女は喜びに笑みをこぼす。大きい肉がやってきた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 




お付き合い頂きありがとうござます。
地味に合流してしまったガイウスですが、本当はこんな登場がやりたかったのです。

《妄想戦記》

 高原のど真ん中。猟兵に追い詰められるリィンたち。状況を打開する方法などなかった。
「くそ、どうすれば!」と朴念仁。
「ここまでか……」と眼鏡
「ヴァリマールも『アト五分ダケ』とか言って起きませんしね」と朴念仁の妹。
 にじり寄る猟兵が侮蔑的な笑みを浮かべた。
「くくく、展開の都合上、お前らを生かしておくわけにはいかねえなあ」
 うなだれるパーフェクトオーダー先輩。
「トヴァルさんが私の銃と長イモをすり代えさえしなければ……!」
 彼女の腰のホルスターには立派なおイモさんが差し込んであった。
 ふと雲の切れ間に何かが光った気がした。
「あれはなんでございましょうか?」
 空を見上げ、フィーネさんが言った。

 どこかの観測所的な指令室。
「成層圏から飛来する物体あり!」
「アンノウン、大気圏突入!」
「ええい、解析急げ!」
 赤色灯が忙しなく明滅し、観測員の怒号が飛び交う。

 場所は戻ってノルド。リィンたちはそれを見ていた。猟兵も動きを止めている。
 あれはなんだ。鳥か、飛行艇か、ミサイルか。降り落ちてくる黒い影。
「いや、違う……あれは――」
 リィンは歓喜に打ち震えた。
「ガイウスの兄貴だ!」
「カラッミッティホアアアアック!!」
 風をまとい、天空から降ってくるガイウス。
 ※ボーカル付きBGM挿入(兄貴、兄貴、風の兄貴! ノルディ、ノルディ、皆の兄貴! ・以下繰り返し)
 凄まじい衝撃と熱波が大地に衝突する。もはや隕石だった。
 クレーターの中心に立つ人影は、槍を掲げると不敵に言ってのけた。
「待たせたな、みんな」
「あ、あ、あ……」
 絶望の淵に届いた一筋の希望。一同は大声で叫んだ。
『アーニキィ!!』


……もちろん脳内だけに留めましたが、こんな登場は燃えます。
では今回よりノルド編スタート! 
次回もお楽しみ頂ければ幸いです。

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