虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》   作:テッチー

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第127話 猛将列伝のすすめ ファイナル(前編)

 思い返せば、些細なことだった。取るに足らない日常の一コマ。すぐに忘れてしまっていいような会話の一つ。

 なのに、全てはそこから始まってしまった。

「どこで途切れるとも知れぬ、かような行列。いやはや、感謝しかございませんな」

 太陽が昇ったばかりの早朝。朝日に照らされたケインズ書房の扉が開かれる。戸口から歩み出てきた店主のケインズは、実に紳士的な態度で応対してみせた。彼の前には、ずらりと並ぶ長蛇の列。その長さは優にトリスタの東門を越え、街道まで続いている。

 その列の先頭に立つゼクス・ヴァンダールは、返礼とばかりに慇懃な口調で言う。

「何を仰いますか、ケインズ殿。貴殿の並ならぬ熱意と使命感の結実こそが今日この日でありましょう。出版規制のかかった内戦時において、よくぞ心折れることなく執筆を続けて下さった。感謝は我々こそが抱くべきもの。第三機甲師団を代表して、厚く御礼申し上げる」

「ねぎらいのお言葉、痛み入ります。しかし此度の主役は私などではありますまい。覇道の体現者。情欲の権化。獣の皮を被ったケダモノ……」

「ま、まさかこの場に……!?」

「ふっ」

 にたりと笑んだケインズは、腹の底からの大声で叫んだ。早朝である。

「猛将のおなーりーっ!!」

 打ち鳴らされるドラの轟音。鬼のごときシンバルの騒乱。早朝である。

 エリオット・クレイグを乗せた正方形の神輿が店の中からぬっと現れる。その神輿の四隅はふんどし姿の屈強な男たちによって担がれていた。『ソイヤッ! ソイヤッ! ア、ソーレェッ!!』と天に届かんばかりの野太い掛け声を発しながら、彼らはエリオットをケインズの横まで運ぶ。散歩中の犬がぎゃんぎゃん吠えている。早朝である。

「おお……クレイジー。変わらずの猛々しさ、ご壮健のようで何より」

「猛々しいのは僕じゃないと思いますけど……」

「ふはは、謙遜をなさる。その益荒男(MASURAO)たちは《真なる獣血(ブラッドオブケダモノ)》の祝福を受けた《猛将の眷属(クレイジー・ブリード)》ですな。《終末の猛肉祭(ファイナリティ・アップミートフェス)》を支える《破壊の四柱(デストロイフォース)》を直に見れるとは……この隻眼(SEKI☆GAN)もうずくというもの」

「僕の知らない単語が次々と!」

「ミント嬢も久しぶりだ。変わりないかな?」

 同じ神輿の上、エリオットのとなりにはミントも乗っていた。

「うん、元気だよ。ゼクスのおじさん」

「聞けば帝都に墜落しかかった《パンタグリュエル》を再浮上させた第一の立役者はミント嬢だとか。数万の命が救われたのだ。勇気ある君の行動には感謝してもしきれない」

「あたしだけの力じゃないよ。それにエリオット君が発破をかけてくれたおかげだし」

「ほう! 猛将のお言葉か! ぜひ聞かせてはくれまいか!」

「うん! えーっとなんだっけ。『失敗したときの事なんて考えなくていい。やれることをやれ。それに墜落したところで、たかが数万人だ』みたいな感じだったかなあ」

「な、なんとクレイジー!」

「言ってない! 言ってない!」

 そんな独裁者的な発言は微塵も口に出していない。ミントの記憶はどうなっているのだろう。

 いそいそとノートを取り出したケインズは「ほうほう……『足りなくなった数万人くらい、すぐに僕が作ってやるよ』……か。猛将語録に追加だ」などと一人ごちつつ、メモ帳にさらさらと書き記している。事実無根も甚だしいというか、もう完全に捏造だ。

 そう。全てはこの二人から始まったのだ。

 猛将、猛将と内々で騒ぎ立てるだけなら、まだよかった。勝手な自伝を書かれても、個人の妄想とか趣味の範囲内であればこそ容認もできていた。

 しかし内戦勃発と同時に、件の《猛将列伝》とやらをミントに託し、各地に伝道師として放ってしまったことは致命的だった。

 燃え盛る猛将の火種。ハリケーンのような風評被害。止まるどころか増え続ける数多の疑惑。

 どう収拾をつけたらいいのか、自分でももうわからなかった。

「してケインズ殿……」

「慌てなくとも猛将は逃げませんぞ。しかしこれ以上焦らすのも酷というもの。そろそろ始めるとしましょう」

 ケインズが合図をすると《猛将の眷属(クレイジー・ブリード)》らが『ソイヤソイヤ』と幾台ものリアカーを引いてきた。その荷台にはぎっしりと分厚い本が山積みにしてある。

 これぞエリオットにとって忌まわしき《猛将列伝》――その完結巻である。

 宝の山に見えるのだろうか、軍服の列から歓声ならぬ絶叫が爆ぜた。早朝である。

「購買にあたり、先に特典の説明をしましょう。まず三冊買うと、猛将との二秒握手券が一枚手に入る。握手券を五枚集めると、罵倒券と交換可能になる。これは十秒もの間、猛将から口汚く罵って頂けるというチケットとなります」

 ざわめきが起こる。ケインズさんは何を考えているんだ。さすがの兵士たちも困惑している。引いている。

「ではこれより《猛将列伝・下巻》の販売を始めますぞ! 皆々様、振るってお買い求め下さいませ!」

「6冊くれ! 読書用、観賞用、保管用は基本だろ!」

「こっちは9冊だ! よっしゃ、これで6秒の握手だ!」

「15冊で! この豚めに罵倒を下さいませっ!」

「24冊! とにかくお布施しますぅ! 最高の特典をありがとう! ありがとーう!!」

 競り宜しく挙手が乱れ、秩序を失った群れがリヤカーに殺到する。舞い飛ぶ硬化と紙幣と書籍。これで金銭授受ができているのだろうか。いやいや、絶対できてない。財布ごと荷台に投げ入れている人もいる。もはや狂気だ。

「待たれーい!!」

 ずどーんと大砲の轟音がトリスタを震わした。何事かと、狂乱の渦中である兵士たちの動きも止まる。

 今度は西門の方から、別の隊列が姿を見せた。

 一糸乱れぬ軍靴の行軍の先頭を闊歩するのは、オーラフ・クレイグである。

「と、父さん!? 姉さんまで……!?」

 今までに見たこともないほど険しい顔つきをしたフィオナ・クレイグも父の後を歩く。さらにそこに続くのはナイトハルト少佐を始めとした第四機甲師団の猛者たちだった。装甲車や戦車までも追随し、やかましいキャタピラの音をがなり立てている。

「見過ごせぬ。見過ごせぬぞ。その売買を続行させるわけには断じて行かぬわ!」

 臆す素振りもなく、ゼクスが前に出る。

「今日は何にも代えがたい神聖な日。猛将たるご子息の武勇譚が世に広まる日。いかにオーラフ殿といえどもそれを遮る権利はないはずですが」

「あるに決まっておろうが! どこの親が子の痴態を喜んで他人に知らしめようか! よりにもよってそのような低俗な空想本ごときで!」

「空想とは聞き捨てなりませんな」

 と、口を挟んだのはケインズだ。

「私はケインズと申します。察するに、あなたが猛将のお父上とお見受けするが……随分な言い様ではありませんか」

「その名! そうか、貴殿が筆者の……! ついに見つけたぞ、元凶を!」

「凶というなら、それこそご子息を表す一語でしょうに。それと言っておきますが、《猛将列伝》は空想ではない。この目で追い続けた猛将エリオット・クレイジーの姿です。それは揺るぎない事実であり真実」

「ぐぬぬ……!」

「『ぐぬぬ』じゃないよ、父さん! なんでやり込められた感じになってるの!? そもそも姓が違うし、別人だってば! 別人どころか存在自体しないしね!」

 エリオットが抗弁すると、オーラフは苦しげにうなった。

「無論、息子の言葉を疑うつもりはない。しかしだ、エリオット。火のないところに煙は立たんのだ……!」

「思いっきり疑ってるけど!」

 苦悩するオーラフの横を抜けてきたフィオナが、エリオットの肩にそっと手を添える。

「エリオット。お姉ちゃんの目をちゃんと見て」

「う、うん。見てるよ」

「お姉ちゃんね。エリオットのお部屋を捜索したの。押し入れ、クローゼット、ベッドの下、天井裏。隠し棚とかがないかも徹底的に。ナイトハルトさんも協力してくれたわ」

「何やってるんだよ、姉さん。少佐もだけど……。それで?」

「何も見つからなかった。せいぜい音楽誌があった程度。整然としていて、怪しいところはないという結論が出たのよ」

「で、でしょ! これでわかってくれるよね?」

「私には、その整然さが不自然に映る。何も怪しいところはないと、無理やりに主張しているように感じる」

「もうどうしようもない!」

 むしろ姉さんは僕を猛将にしたいんじゃないだろうか。

 ケインズがあごをさすった。

「ふうむ。お父上と姉君はエリオット氏を猛将と認めない。ゼクス殿はじめ部下の方々は彼が猛将だと知っている。議論では平行線だ。とにもかくにも、このままでは本を売るどころではなくなってしまう」

「ふん! 本が売れないのは好都合よ!」

「なっ! ケインズ殿、それは困りますぞ!」

 お互いに真逆のオーラフとゼクス。しかし次に出された案は、双方同じ方向性のものだった。

「オーラフ殿には悪いが、こうなれば実力行使をさせて頂くほかありますまい。第三機甲師団の総力をもって《猛将列伝》を守護し、我らが使命として猛将の武勲を世界に知らしめてみせよう!」

「そのようなことをさせるわけにはいかぬ。第四機甲師団の威信にかけて、その《猛将列伝》を奪い取り、自らの手で焼却処分にしてくれるわ! そして今度こそ、エリオットの疑念を晴らすのだ!」

 ドンドンドンと砲声とドラの大音が、前哨戦かのように激しい打ち合いを始める。血気たぎる兵士たちが魔獣のごとき雄叫びを轟かせ、地響きを起こすほどに足を踏み鳴らした。

 早朝である。

 

 

《★★猛将列伝のすすめ ファイナル(前編)★★》

 

 

「な、なんの騒ぎだ!?」

 トリスタに帰還するなりの騒動に、リィンは仰天した。

 街の往来で、第三と第四という帝国屈指の打撃力を誇る機甲師団が、険悪なムードの中で顔を突き合わせているのだ。

 一触即発の空気から逃れるように、エリオットが人混みをかきわけながらこちらに走ってきた。

「リィン! ユミルから戻ってきたんだね! もう大変なんだよ……」

「大変なのはわかるが……経緯がまったくわからない。何が起こっていて、これからどうなろうとしてるんだ?」

「話せば長いっていうか、ややこしくないけど、ややこしくなったっていうか……」

「んん?」

 要領を得ない。一緒に帰ってきたエマとフィーも顔を見合わせている。

「はいはーい! 私が説明してあげる」

 そこにヴィヴィが現れる。面白そうな匂いを嗅ぎつけてやってきたらしい。彼女は「んふふー」とさも楽しげな笑みを浮かべた。

「要するにね。エリオット君は猛将疑惑をかけられてるの。それを払拭したい第四陣営と、確定させたい第三陣営との対立構造になってるってわけ」

「なるほど、わかりやすい。……待て、猛将ってなんだ?」

 猛将は彼の父であるクレイグ中将の二つ名であるはずだ。どうしてそれをエリオットが名乗るのか。疑惑というのも不可解だ。

「エリオットって猛将なの?」

 純粋無垢な瞳でフィーが問う。エリオットはぶんぶんとかぶりを振った。

「違うよ! 周りがそう言ってるだけだってば!」

「ふーん。ま、いいけどね」

「誤解してるでしょ、絶対! なんで一歩離れるのさ!」

「その、エリオットさん。教育上よろしくないので、あまりフィーちゃんの前で猛将はちょっと……」

「委員長まで!」

 猛将ってそういうふうに使う言葉だったか? 俺の猛将に対する認識が誤っていたのかもしれない。仮に誤っていたとして、ならば猛将とは何を指し示す言葉なのだ。いったいエリオットのどこに猛将と呼ばれる要素があるのだろう。

 猛将ってなんだ。なんなんだ……!

「どうしたの、リィン君。悶々とした顔しちゃって。朝だから?」

「その質問はおかしい」

「てっきりダイナマイト委員長と妹系子猫女子と密着してたせいで、リィン君まで猛将になったかと思っちゃったわ」

「なんで俺たちが三人でヴァリマールの中にいたことを知って――ん? ああ、猛将ってそういう……」

 腑に落ちかけたところで、エマとフィーの半眼が向けられていることに気づく。

「……ちがうから」

 とだけ言っておいた。

 その折、何やら話をつけたゼクスとオーラフを筆頭に、機甲師団一同が移動を始めていた。あっちはトールズ士官学院の方向だ。まさか学院が巻き込まれる状況なのか。

「あー、こんなところにいたー! エリオット君がいないと話が進まないよ。早く早く!」

「うわああ! 助けて、リィン!」

 男たちの担ぐ神輿に乗ったミントが、ドンドコとお囃子と共にやってくる。助ける以前にどうやったら助けたことになるのかがわからない。

 立ち尽くすリィンの眼前で、エリオットは神輿に引きずり上げられる。そのまま『ソイヤソイヤッ!!』と連れ去られてしまった。遠ざかっていく叫び声。

「追いかけた方がいいのか……? どうする、委員長」

「ひとまずさっきのダイナマイト発言に対する釈明を聞きたいんですけど」

「お、俺が言ったんじゃないぞ?」

 

 ●

 

「おにぎり、焼きそば、唐揚げ、串焼きはいらんかー! 冷えたジュースもあんでー!」

 移動式の屋台を引きながら、ここぞとばかりにベッキーが食べ物を売りに回っている。中々盛況のようで、人だかりができていた。ちなみに屋台を引かされているのはヒューゴだったりする。

 機甲師団勢の貸し切りとなったグラウンドには、この珍しい催しを見ようと学生も一般も問わず、多くの見物客で賑わっていた。ちょっとした祭りくらいの認識でいるようだ。

「敷地を使用すること、ヴァンダイク学院長が許可したんだってさ」

 グラウンドの一角にはⅦ組用のスペースがある。地面に敷かれたブルーシートの上で、リィンはそう言った。

「ふうん。大丈夫なの? 色々と」

 あまり気のない相槌を打ちながら、アリサが水筒から注いだお茶を差し出してくる。その紙コップを受け取りつつ、

「学院長にどんな説明をしたのかは知らないが、一応の名目は親善試合らしい。内戦は終わったものの、まだ気は抜けない。他機甲師団との交友を深め、さらなる連携の足掛かりにする為のイベントだとかなんとか」

「親善試合? 私から見ても両軍とも殺気立ってるんだけど……。交友とか連携とか、そういう雰囲気は微塵も感じないわ。それにまだ気は抜けないって、各所の守りは?」

「ゼンダー門も黒竜関も、最低限の人員は配置してるそうだ」

「最低限じゃまずいでしょ……」

「俺に言われても困るぞ」

 実際、カルバードは自国のゴタゴタの処理に追われ始めたし、クロスベルはルーファス卿の統治下にある。早々滅多なことにもならない見込みはあるのだろうが。

「いいではないか。私は此度の催しには肯定的だ」

 話に入ってきたのはラウラだ。ベッキーの屋台で購入したらしいおにぎりを渡してくれながら、

「気の緩みこそが最大の敵というのは正しい。騒乱が落ち着きかけた今だからこそ、このような場は必要だろう。試合というのは闘争の代替えみたいなものだからな」

「常在戦場か。ラウラらしいな」

 もらったおにぎりを頬張る。中の具に彼女のアレンジを施されていないか、ちょっとだけ心配だったのだが、それは杞憂だった。シンプルな海苔の握り飯だ。

「ところで、その試合はどのような形式で行われるのだろうか?」

「すでに両陣営の合議の上で決まったそうだが、まだ細かなルールは開示されてない。試合開始直前で発表するんだろう」

 グラウンドの周りをたくさんの兵士たちが駆け回っている。ウォーミングアップかと思ったが、なぜか彼らは学院生たちに声をかけていた。

「あれは――」

「スカウトよ」

 リィンの言葉を継ぎ、凛とした声音が通る。

 キビキビとした足取りで、軍服の女性が近づいてきた。切れ長の瞳に細面は、控え目に言っても美人だ。その女性とリィンたちは面識があった。

「えっと、ウィルジニーさん」

「そ。覚えていてくれて嬉しいわ、灰色の騎士殿」

 第四機甲師団の戦車隊隊長。自らも最前線に立ち、気性の荒い前衛兵士をまとめ上げる女傑だ。昔からの顔馴染みであるエリオットとは、駐屯地などで親しげに話す姿をよく見かける。

「私はまあ、エリオットがどっちに転ぼうとも構わないのよ。ただクレイグ中将が討てと命じたものを討つ。あくまでも軍務という形でこの場にいるのだから、私情は挟まない」

「軍人に徹し、個人は律するというわけですか。プロとしての姿勢、勉強になります」

「何よりあのエリオットが猛将疑惑とか面白すぎるし、立ち会わないわけにはいかないでしょ。傑作だわ。渦中の息子を憂う中将閣下の苦悩に満ちた表情を思い浮かべるだけで、食事が進む進む」

「私情を挾みまくってる……」

 おまけにサディスティック。そういえばこの人はそうだった。なんて悪い顔で微笑むんだ。

「で、話を戻すとスカウトね。士官学院生は実地訓練の建前で、自軍に引き入れることが認められてるから。ただし中立審判役のエリオットとミントちゃん、そしてリィン君以外で」

「え、俺も外されるんですか? 別に参加したいわけじゃないですが」

「さすがにあなたを陣営に入れるのはズルだもの。騎神呼ばれたら終わりだしねえ」

「呼びませんよ……」

「なので用があるのはそっちの二人」

 ウィルジニーはアリサとラウラを見た。

「わ、私は危ないことは嫌ですよ!」

「私も見物に終始するつもりなのだが……」

「大丈夫、大丈夫! 試合には出ないから」

 拒否する暇も与えず、彼女は二人を連行していった。

 

 ●

 

「我々は戦力を求めている! ぜひ君たちに我が陣営に加わって欲しい!」

 第三機甲師団の兵士たち――いわゆる猛将派閥の者たちが、グラウンドの隅にいたフィーとミリアムを勧誘していた。

「何やるか知らないし、面倒事はイヤだけど」

「んー。ボクも屋台の売り物巡りで忙しいし」

 さして興味を示さない二人に、兵士たちはそれでもと食い下がる。

「事は重大だ。我らが勝たねば《猛将列伝》の完結巻は手に入らない上に、猛将の覇道を世に広める足掛かりを失ってしまう。わかるだろう!?」

『……?』

「猛将は小さい娘が好きなんだ! ぜひお二人には猛将の慰み者になって頂きたい! それがクレイジーの力を引き出し、此度の戦の勝利へと繋がる! わかるだろう!?」

『……?』

 そろって首をひねる二人。困った大人の相手をするのも飽きた様子でその場を離れようとする。

「待ちたまえ」

 その動きかけた足先を、渋い声音が止めた。声の印象と同じ渋い顔が、兵士たちの間を割って歩み寄ってくる。

 現れたゼクス・ヴァンダールは肩をすくめた。

「やれやれ。猛将に幼子を献上しようとする着眼点は悪くない。しかし年端いかぬとはいえ、立派なレディーだ。女性を誘うにしては、いささか武骨が過ぎよう」

 兵士たちはビシッと姿勢を正した。

「はっ、恐縮です。ですが、どのようにすれば……」

「このような時こそ、《猛将列伝》の教えよ。(かどわ)かしの章、第7項『背徳の体育倉庫。三節棍と化したリコーダー』を思い出すがいい」

「な、なるほど!」

「搦め手で開く扉もあり。押すだけが猛将ではないということだ」

 ゼクスはポケットからごそりと何かを取り出した。

「ほぅら、お嬢ちゃんたち。おいしいお菓子をあげよう。飴玉もビスケットもあるぞ。こっちにおいで?」

 両手いっぱいの菓子をちらつかせ、ゼクスはちびっこを誘導する。正義の憲兵なら全力疾走してくるような、法令とか倫理とかに違反しかねない絵面だった。

 あいにくとそんな憲兵は居合わせず、フィーとミリアムは簡単についていった。

 

 

「お願い! 僕を助けて!」

 先ほどフィーたちが勧誘を受けていた場所とは反対側の、グラウンドの隅っこである。

 そこでエリオットはガイウスに懇願していた。

「どうしたんだ、エリオット。助けると言っても、俺は具体的にどうしたらいいのかわからない」

「第四機甲師団側に助力して、そっちを勝たせて欲しいんだ! 理由は説明すると長くなるから、聞かないでくれると助かるんだけど……」

 もうそれしかなかった。

 第三機甲師団が勝てば、第四機甲師団側もエリオットを猛将と認めざるを得なくなる。いや、冷静に考えてみればそれもおかしい理屈なのだが、妙な熱に浮かされたこの雰囲気ではそうなってしまうだろう。

 第四が勝ったところで、全てが万々歳で収束するわけでもなかったが、それでも第三ルートの未来よりは遥かにマシだった。少なくとも、疑惑の拡散だけは今日限りで防ぐことができる。

「了解だ。なんにせよエリオットが困っているなら力を貸そう」

「あ、ありがとう! ガイウスならそう言ってくれると思ってたよ」

「だが俺だけでいいのか? 人数をそろえた方が、力添えも大きくなると思うのだが」

「うん……それはわかってるんだけどね」

 当てはもちろんⅦ組ではあった。しかし荒事になりそうなので、女子に声をかけるのは気が引けた。男子は男子で、快復の兆しが見えたばかりのユーシスを駆り出すわけにはいかず、リィンはそもそもルール上参加ができずで、頼める相手が限られていたのだ。

「あと頼めそうなのはマキアスぐらいなんだ。でもどこにもいないんだよ……」

「僕を呼んだか?」

 地面を踏みしめる音が近づいてくる。噂をすればマキアスだ。

「今までどこにいたの? お願い事があって探してたんだ。実は――」

「みなまで言う必要はない」

 彼は人差し指を自身の口に当てる。

 どこか印象が違う。自信に満ちているというか、精気がみなぎっているというか、とにかく今までのマキアスじゃない気がする。

「力が必要なんだろう。任せておきたまえ」

 その人差し指で、くいとメガネを押し上げる。瞬間、虹色の光がレンズからあふれ出し、強大なオーラとなってマキアスの全身を包んだ。

 凄まじい圧だ。頼もしすぎる。なんか髪が逆立ってる。なんでその力を煌魔城のマクバーン戦で発揮しなかったんだ。

「ち、ちょっと待って。この光、ゼムリア鉱の……!?」

「詮索も不要だ。ただ勝利だけを捧げよう。君とガイウスにはクロとルーダの件で恩がある。お互いが休学になる前に返しておこうと思ってね」

 マキアスがパワーアップした理由は不明だが、かなりの力にはなってくれそうだ。

 あの夏の一日。ケインズとミントの小さな誤解から始まり、行きつく果ては二つの機甲師団の全面対決にまで発展してしまった。こんな事態になるだなんて、誰が想像しただろう。

『それではただいまより、第四機甲師団と第三機甲師団による実地訓練を行います。ルール説明を行いますので、学院生も含めた参加者は定位置に移動してください』

 アナウンスが放送された。

 この戦いで僕の運命が決まる。今日ここで、全ての疑惑に決着を。

 

 

 ――つづく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――another scene――

 

 

《☆女王への階段➇☆》

 

「なんだかグラウンドの方が騒がしいわね」

 朝一から学生会館の食堂で過ごしていたポーラは、遠くから聞こえてくる喧噪に眉をひそめた。

「どこかの部活が練習してるのかな? すごく大きな声で叫んでる感じ」

 同席のモニカにも事情はわからないらしい。彼女は自分の時間潰しに付き合ってくれている。

「グラウンドで活動する体育会系の部活ねえ。ラクロス部とかかしら」

「アリサさんやフェリスさんがこんな雄叫びは上げないでしょ。テレジア先輩もそうだし、エミリー先輩は……まあ、あるかもだけど」

「あー、部活かあ。もう少ししたら私も行かなきゃ。餌やりに馬舎の掃除に、ブラッシングに街道散歩。やることは山積みよ」

「あはは、がんばってね」

「手伝う?」

「ううん。がんばって」

「薄情者……。はあ、ランベルト先輩の後釜とか荷が重いわ。でもやるっきゃないしねえ」

「馬術部の次期部長さんかあ。しっかり者のポーラにはきっと合うよ」

「だといいけど」

 てっきりその役どころはユーシスが務めるものとばかり思っていたが、彼の体調不良や休学も相まって、結局はポーラがやる羽目になった。

 考えるだけで凝りそうな肩をほぐしつつ、ポーラは首を辺りに巡らせた。

「それにしても、いつもより学生会館に来る人少ないんじゃない?」

「そう? まだ朝早いし、授業もないし、こんなものだと思うけど。新入生が入ってきたら、すぐに賑わってパンの争奪戦が再開されるんだろうね」

「新入生……。ああ~、部活勧誘の準備もしなきゃ。ドレ――後輩が入らないと一人で仕事を抱え込むことになっちゃうし」

「それは水泳部も一緒――というか今、後輩を奴隷って言いかけた気が……」

 ぎしっと椅子の背もたれに寄り掛かり、ポーラは天井を仰ぎつつ嘆息を吐いた。

「ねえ。部活も勉強も大事だけど、やっぱり私たちも年頃の女の子よ。十代のフルーツ系フレッシュガールよ?」

「フルーツ系っていうカテゴリーに属してるのは知らなかったけど、十代の女の子なのはそうだね。で?」

「で? じゃないのよ。部活に勉強ときたら、あとはもう恋でしょうが」

「え、えぇ……私はいいよ。そういうの。ブリジットとアラン君の告白は素敵だったけど……絶対真似できなさそうだもん」

「なによ。恋には焦がれて憧れるけど、傷つくのが怖いから踏み出せないタイプ? あれね。お城の中で待ってたら、いつか素敵な王子様が迎えに来てくれると思ってるんでしょ。甘い、甘い。そうこうしてる内にフルーツ系女子は水分の抜け落ちたドライフルーツ系にカテゴリーチェンジして、素敵な王子様はくたびれた中年脂ギッシュへと悲しい変貌を遂げるのよ」

「や、やめて、聞きたくない。それに年齢を重ねてもラウラのお父さんとか、すごくかっこいいって話だし……」

「そんなの全体の1パーセントにも満たない。残りの99パーセントは、場末のバーの裏に転がってるような腐りかけの酒樽と大差ないわ」

「ポーラにはこの世界がどう見えてるの……? あ、そういえば!」

 モニカが卓上に身を乗り出した。

「恋愛っていうなら、ケネス君はどうなったの? ずいぶんご執心だったよね」

「他人のそういうのには興味津々なんだから。もちろんアプローチは続けてるわよ。でもなかなか……彼って鈍感みたいで」

「そうなんだ。ちなみにアプローチってどんな?」

「すれ違いざまに肩パンとか、(ののし)ってみたりとか、跪かせてクツ磨きさせたりとか……もう、言わせないでよ! 恥ずかしい!」

「私の知ってるアプローチと違う……。あと恥ずかしさの基準もわからない……」

「あ、誤解しないでね。まだクツは舐めさせてないから」

「やっぱり私の知らない世界!」

「その時はクツの裏まで綺麗にさせなさい」

 モニカでもポーラでもない声が、当然のようにそう言った。

 床をブーツの踵で小気味よく鳴らしながら、こちらに歩み寄る女性は、

「あれ、ウィルジ――」

「ウィルジニーお姉様!?」

 モニカを押しのける剣幕でポーラが席から立ち上がる。

「お久しぶり。モニカちゃんにポーラ。元気?」

「はい! お姉様もご壮健そうで何よりです! トリスタにいらしてたのですね」

「え、なに? ポーラってウィルジニーさんのことお姉様って呼んでるんだ?」

 二人はガレリア要塞跡地でウィルジニーとの面識がある。特にポーラは彼女のサディストぶりに傾倒し、慕っていたりする。唯一、ポーラが頭を垂れる相手だ。

「お願いがあるの」

「お願いだなんて。命じて下されば、私たちは如何様にも応じます」

「たち? 私も?」

 モニカを無視して、二人は話を進めた。

「実はこのあと二つの機甲師団による演習が実施される。人手がいるからスカウトに回ってる最中でね。あなたちにも協力して欲しい」

「もちろんです、お姉様」

「助かるわ」

「私は? 私の意見は?」

 モニカは言葉は空気だった。

「軍属には使う側と使われる側がある。すなわち統制ね。ポーラには使う側に立ち、肉共を制御して欲しい」

「わ、私が。ですが複数の肉に指示を与えたことはありません。私の力不足でお姉様の足を引っ張ってしまわないか……」

「あなたはいずれ私を継ぐ者。それしきの数の肉を扱えないのなら、どのみち先はない。なりたいのでしょう? 女王から女帝に」

「お姉様……!」

 たまらずウィルジニーに抱きつくポーラ。

「あらあら。こんなところを躾けた奴隷に見られたら一大事よ」

「今だけ……今だけですから」

「ふふ、まだまだ甘えんぼの女王様ね」

 感動的な光景の中、ついにモニカが叫んだ。

「とりあえず人を肉って呼ぶのやめません!?」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

《☆世直し任侠譚➉☆》

 

「機甲師団同士の演習だってさ」

 学院の正門につづく長坂を上る道すがら、クレインはそう切り出した。

「ああ、それで朝からうるさかったわけか。いい迷惑だよ。おかげで叩き起こされた」

 ハイベルはうっとうしそうにかぶりを振る。

「おいおい、滅多なことは言うもんじゃない。軍関係者が多く来てるんだから、聞かれて内定取り消しとかは勘弁だ。健康診断と精神鑑定まで済んでんだから。お前もだろ?」

「それはまあ、そうだね。気を付けるよ」

「頼むぜ。やっとお袋や弟妹に楽をさせてやれそうなんだ」

 二人の進路はどちらも正規軍。クレインは一般の幹部候補生で、ハイベルは音楽隊だ。

 今期のトールズの卒業生で正規軍入りする者は、いずれも内戦における《紅き翼》としての功績を認められたからだった。部署を問わず、逆推薦の引く手数多である。

「その演習とやらは予定されてたのかな?」

「俺は聞いてない。こういうのって秘匿義務があるんじゃないか」

「いやいや、普通は演習前に周知するよ。しかもトリスタでなんてさ」

「その辺の事情はわからん。ただ学院生なら飛び入りで参加できるらしいぞ」

「どんな演習だよ。参加するわけないだろ」

「しないのか? 入隊前に顔を覚えてもらえるチャンスだと思ったんだが」

「考えてくれ。第三か第四のどちらかに入ったとして、当然どちらかは敵軍となる。変に活躍なんかして、入隊後に悪い意味で目をつけられたらどうするんだ」

「それこそ考えすぎだろ。演習の相手に遺恨なんか残すかよ。これ軍務の一環だぜ?」

「とにかく僕はどっちの味方もしないし、敵にもならない。やるんなら君一人で行ってくれ」

「付き合いわりいなあ。ジャスティスシックスの初期メンバーだってのに」

「内戦が終わっても継続するのか、それ……。どこかで収拾つけないと――あ?」

 ハイベルの目つきが変わった。ぎろりと視線が据えられた先、正門の向こうにクレアと話すマキアスの姿があった。

「おークレア大尉だ。しばらくトリスタに滞在するんだってさ。でもこの距離じゃ何話してるか聞こえねえな」

「いや……聞こえる!」

「お前マジか」

 凄まじい集中でハイベルは耳を澄ます。空気の振動を読み取り、二人の会話を聞き取った。

『――というわけでして、僕も演習に参加するつもりです』

『そうでしたか。私も急なことで驚いています。気を付けて下さいね』

『ふっ、困ってる友人を見過ごすなんてできませんから。僕の活躍を大尉にもぜひ見届けて頂きたい』

『ではせっかくですし、見物させてもらいます。ところでどちらの陣営に入るんです?』

『第四です。僕の力で見事勝利に導いて見せましょう』

『ふふ、応援していますよ』

 そんな話を終えて、マキアスは離れていく。途中でハイベルに気づき、勝ち誇った流し目を残して。

「あんの小僧……っ!」

「ハイベルどうした?」

「クレイン。僕らも参加するぞ」

「へっ、だってお前さっき、どっちの機甲師団の敵にも味方にもなりたくないって……」

「僕らが入るのは第三だ。第四機甲師団を完膚なきまでに叩き潰す! 生意気な勘違い小僧ごとなァ!」

「情緒不安定かよ! お前よく入隊前の精神鑑定通ったな!?」

 

 ● ● ●

 

 




お付き合い頂きありがとうございます。

一話で描き切るつもりだったのですが、例によって収まらず前後編と分けさせて頂きました。

とある夏の日から始まった長きに渡る猛将騒動に終幕の時を。

引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

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