第110話 未来を変える選択を
誰の表情も沈んでいた。
何かを言わなければと口を開きかけ、しかし閉ざす。
カレイジャスのミーティングルーム。艦はトールズ士官学院のグラウンドに着陸している。いつもの司会席に座るトワは、Ⅶ組にかける言葉を持たなかった。
彼らには休息が必要だった。憔悴の色が濃い。明らかに疲れ切っている。これ以上何かをできる状態ではない。
そんなことは痛いほどわかっていた。
しかし「休んで」という一言がどうしても出せない。自分たちの状況などに関係なく、事態は進行してしまっている。
「あれが煌魔城です」
全員の中でエマがそう言い、トワはかすかに肩を強張らせた。
魔女の禁忌の術である
彼女がヴィータ・クロチルダに見せられた過去の映像そのもので、250年前の獅子戦役と同様だという。
「貴族連合の狙いがあの城の復活ということはわかっていたが、どのタイミングで出現するかまでは読めなかった。カレル離宮に乗り込んだことが順番間違いだとは思わないし、ただ単純に止める手立てはなかったというだけさ。悔やんだところで仕方ない」
アンゼリカがそう言った。ジョルジュも首をうなずかせる。
「アンの言う通りだ。それに煌魔城を呼び起こすことが彼らの全てじゃないんだろう? エマ君が聞いたクロチルダの話を信じるなら、この後に控える《緋の騎神》の復活こそが最終目的のはずだ」
Ⅶ組の口数は少ない。必然、トワたち二年の発言の方が多くなる。
カレル離宮に突入したのが昨日。それから一日が経ち、帝都方面の情報も断片的ながら入ってきていた。
煌魔城は威容を放ちながらも佇んでいるだけで、続く大きな異変は起きていないらしい。人々は困惑の極みだ。街の外に逃げ出そうとする者は――しかしほとんどいなかった。
ヘイムダル近郊にて、ついに貴族連合と正規軍の全面衝突が始まろうとしているからだ。中も外も危険。逃げようにも逃げ場所がないのだ。
現在は双方が自陣を展開しつつ、にらみ合っている。まもなく第三、第四機甲師団も交戦配置につく。領邦軍側にはオーレリア・ルグィンとウォレス・バルディアスの姿もある。
もはや戦いは避けられない。
報告が正しければ、開戦は正午。あと三時間足らず。
「……これからの方針を決めよう」
長い沈黙のあと、トワは告げる。決めようとは言うものの、協議は必要なかった。
「煌魔城に行くしかない。《緋の騎神》の起動にはアルノールの血を引くセドリック殿下が不可欠。殿下さえ救出できれば、それは止められる。カレイジャスで帝都上空を抜けて、煌魔城に突入しよう。そこにはエリゼちゃんもいる」
言いながら、トワは机の下で拳を握りしめた。
ああ、まただ。また私は選べなかった。
〝そうするしかない”
一つしかない選択肢に、合理的な理由をつけて、その道を進む。何かを判断しているようで、結局は状況に流された消去法。
多分、内戦におけるカレイジャスの行動としては最後の作戦になる。それなのに。ここに来てまで。
正規軍でも、領邦軍でもない〝第三の風”としてあれるよう、オリヴァルト皇子の想いを託して建造された巡洋艦。果たして私は、その意義を体現できていたのか。
自分の実力不足を痛感する。
あくまでも私は艦長代理。本来の艦長であるアルゼイド子爵なら、こんな時なんと言うのだろう。きっとみんなを鼓舞し、クルーの意欲を高め、明確な指針を示してみせるのだろう。
そう。私にはできないこと。最後まで、できなかったこと。
「トワの見解に異論はないかな?」
ちらりとこちらを一瞥したあと、アンゼリカが場をとりまとめた。
「特に反対意見などないようなので、ここは一度解散としよう。時間はないが、少しでも鋭気を養ってほしい。それでは――」
「アン、少し待ってくれ。僕の方から一つ、伝えることがある」
会議の締めを中断して、ジョルジュが席から立ち上がった。
「人員編成はこれからだけど、煌魔城への突入班は……やはりⅦ組のみんなにお願いすることになると思う。そこに待ち構えているのは、今まで戦ってきた中でも群を抜く実力者たち。彼らを突破しなければ、《緋の騎神》まではたどり着けない」
《神速》のデュバリィ。《西風》のレオニダスとゼノ。《劫炎》のマクバーン。《怪盗紳士》ブルブラン。《深淵》のクロチルダ。そして《蒼の騎士》クロウ。
少なくとも、これだけの壁が立ちはだかっている。
「尋常ではない相手だ。だから僕は、こちらの戦力を少しでも引き上げたいと考えている」
「どうやって……?」
トワが訊く。ジョルジュの提案は、彼女も知らないことだった。
「僕がゼムリアストーン製の武器を作る。クララ君がヴァリマールの大太刀を作成する過程で、割れた鉱石の欠片がいくつか出た。それを使おうと思う」
「ジョルジュ君、ゼムリアストーンの精製ができるようになったの?」
「クララ君みたいに石の目を打つことはできない。それでも鉱石の削り出しならどうにか。僕の持てる技術の全てを尽くすし、最速の作業でやってみせるけど、いかんせん時間は圧倒的に足りない。作れるのは一つだけだ」
「一つ……」
「魔導杖、魔導剣、双銃剣、槍、ショットガン、弓、大剣。全てに対応する。そして特殊な力も付与できるだろう。希望者がいれば――」
一人が手を挙げていた。
その人物は理由を述べ、そして皆の納得を得る。了解したジョルジュは先に会議室を出て、工房へと走って行った。
「それじゃ改めて解散。全体ミーティングは一時間後、艦を降りてグラウンドに集合ね。……あれ?」
再度締めくくろうとして、今さらにトワは気づいた。
「アリサちゃんは……?」
いない。そういえば最初からだ。この会議に参加していない。
答えづらそうにエマは言った。
「アリサさんは……その、ずっとヴァリマールのところに」
《――未来を変える選択を――》
「もうすぐ戦いが始まるそうよ。正規軍と貴族連合の全面衝突。……結局、私たちは何もできなかったのかもしれない」
内戦を止めること自体が紅き翼の目的ではなかった。もちろん行動の先でそこに繋がることは、目指すべき一つの形ではあったが。
介入行動を続けて、確かに変わった状況もあった。助けられなかった人もいたが、助けられた人もいた。無意味なことだったとはまったく思わない。
けれど。
現実に煌魔城は復活した。内戦の水面下で進められていた裏の計画。その情報は得ていたのに止められなかった。間に合わなかった。
そして何よりも。
あなたを失ってしまった。
「そろそろミーティングが終わるころかしら。本当は私も出席するべきなんでしょうけど……今は……ごめんなさい。ここがいいの」
旧校舎の前、アリサはヴァリマールの正面にいた。灰の騎神は機能の全てを停止し、片膝をついてその巨体をかしずかせている。双眸に光は宿っていなかった。
「なにか言って。……お願い」
灰白の装甲に手のひらを添える。刺すような冷たさだけが肌に返ってきて、感覚が麻痺していく。
彼は――リィン・シュバルツァーは騎神の中にいた。
カレル離宮で何者かの凶弾によってリィンが倒れた時、その場の誰一人として打つ手はなかった。胸からの出血は止まらず、彼の意識が戻ることもなかった。手遅れであるのは明白だった。
それでもと応急処置を続ける一同の前に、ヴァリマールが現れた。すさまじい速度で飛来し、離宮の壁面を突き破って姿を見せたヴァリマールは、何一つ発さずにリィンを自らの
直後に再び飛翔し、単身でカレル離宮を離脱。
その後は目まぐるしく状況が動いた。
ユーゲント皇帝とプリシラ皇妃はカレル離宮に留まり、その身辺警護はTMPが担うこととなった。トワはヘイムダルから離れたトリスタへの移動を提案したがが、両殿下が応じなかったためだ。理由は不明だ。煌魔城と化したバルフレイム宮に連れて行かれたセドリック皇子を
事の次第をTMPに引き継いだカレイジャスは、ヴァリマールの飛び去った方角を追って、総員でトリスタへと帰還した。
そこで旧校舎前に降り立っていたヴァリマールを見つけたのだ。沈黙する騎神を。
何の反応も見せず、リィンが無事なのかさえわからない。なぜこの場所を選んだのかも。
「ねえ、リィン。私ね、知っていたの。ベリルさんが不吉な予言をあなたに告げていたのを」
〝あなた達の誰かが命を落とす”という、あの予言。
通路の
ただでさえ思わしげな発言が多いベリルのこと。気にはなったが、あまり考えないようにしていた。
どうだろう。あの予言を事前にみんなにも伝えて、それぞれが警戒し合っていたとしたら、未来は変わっただろうか?
わからない。あの時にベリルも言っていた。
〝選ばれなかった方の未来は、その時点でもう観測することはできない”と。
リィンを撃った領邦軍の兵士を特定することはできなかった。
もしも、もしもあの瞬間。彼がこうならずに済む方法があったとすれば、それは。
「……あのまま私が撃たれていれば、リィンは撃たれずに――」
「アリサさん」
心臓が飛び出る心地だった。エマが後ろに立っていた。
「て、転移術?」
「まさか。普通に歩いてきましたよ」
「ごめんなさい。気づかなかったわ」
「じゃあ、ルビィちゃんのことも?」
「え?」
茶色い毛並の子犬がすぐ近くに座っていた。
ルビィだ。いつからいたのだろう。吠えもせず、すり寄っても来ず、まったく気づけなかった。いや、周りを見る余裕がなかっただけか。
カレル離宮でルビィと再会した時は、Ⅶ組みんなが驚いたものだった。
二か月間ほど一緒に第三学生寮で過ごし、体育大会を経てアルフィン皇女に引き取られた子犬。別れ際に贈った赤いスカーフも巻いたままだ。
どうやらセドリック皇太子がバルフレイム宮から移動する際に、ルビィもカレル離宮に連れて行ってくれたらしい。
「ルビィちゃんと会って、一番喜んでいたのはサラ教官でしたね」
「一番懐かれていたもの。ルビィもぜんぜん教官から離れようとしなかったのに、なんでこんなところに」
「きっと心配だったんでしょう」
「そっか。リィンがこんな状態じゃ」
「アリサさんのことがですよ」
予想外の言葉だった。すぐには何も言えず、アリサはうつむいた。
「仮にアリサさんが撃たれて、リィンさんが無事だったとしても、誰一人それで良いだなんて思いません。同じことです。一番は誰も傷つかないことでした」
「き、聞いてたの?」
「立ち聞きするつもりはなかったんですが、聞こえてしまったもので。それに今のはどちらかといえばリィンさんが考えそうなことですよ。アリサさんはそれをたしなめる側だったはずです」
「そう……よね。うん、自分を責めるほうが……楽だったから」
「アリサさん……」
「私は大丈夫。会議に出なくてごめんなさい。内容を教えてくれる?」
エマは先ほど決まった《紅き翼》のこれからの行動をアリサに伝えた。
「――煌魔城に突入。そこで改めてセドリック皇太子とエリゼちゃんの救出ね。そして緋の騎神の復活阻止。ええ、了解よ。けど私たちの力だけで……?」
「そうなると思います。西部のアルゼイド子爵たちも加勢には来れませんし」
「え? そう言われたの?」
「姉さんがあるべき未来が変わったからって――ってすみません。気にしないで下さい」
「………?」
エマはバリアハートでヴィータ・クロチルダと出会っていて、その時に話された帝国の裏の歴史に関しては、自分たちにも伝えられている。もしかしてそれ以外にも何かあったのだろうか。エマにとって彼女は姉も同然だったというし、ない方がおかしいのかもしれないが。
「……騎神も使えない状態での突入作戦。戦力面は置いておくとして、それはそれで構わないと思う。正直な気持ちを言えば、リィンにはもう戦って欲しくない」
彼はずっと命と心を削って戦ってきた。そんな彼を案じながらも、結局は私たちも頼ってきた。けれどもう、これ以上は。
クロウの前で使うはずだった全員での重奏リンクもオーバーライズもできない。全てが白紙だ。そうだとしても。
「リィンは今、どんな状態なの? エマならわかる?」
「おそらくですが……ヴァリマールが
「それって一か月前と同じってこと?」
「そうです」
貴族連合の襲撃を受け、トリスタから離脱したあとだ。心身を極限まで消耗したリィンは、ヴァリマールの核内で霊力の供給を受けていた。そして離脱から一か月後、一応の回復をして目覚めている。
「ただ今回は前と状況が違います。一か月で覚醒する保証はありませんし、よしんば目覚めたとしてもヴァリマールの霊力は完全に尽きているでしょう」
残り一回と言われていた戦闘用の霊力を使い切ってしまうのだ。万に一つ、リィンが全快に至っても、ヴァリマールがもう戦えない。
「だとしてもリィンが無事なら、それ以外に望むことはないわ」
「ええ、みんな同じ考えです。……そろそろ行きましょう。グラウンドでヴァンダイク学院長からの訓示があるそうなので。ルビィちゃんも一緒に――あら?」
エマはルビィの前でしゃがみ込んだ。赤いスカーフに隠れるように、毛糸で編まれた白い小物入れが首にかけられている。
「これは……エリゼちゃんにあげたお守り……?」
「そうなの? 中に何か入ってるみたいだけど」
「え、ええ」
エマがお守りを開く。
中から出てきたのは、小さく折り畳まれた手紙だった。
●
「――君たちの心中は察するに余りある」
Ⅶ組を始めとして学院生が集合するグラウンドに、堂々たる声音が響き渡る。誰もがその言葉に耳を傾けていた。
「ここにいる皆は承知のことと思うが、帝国の裏の歴史はトワ会長から伝えられた通りだ。そしてここに来ての煌魔城の復活。まさしく獅子戦役の再現と言えるだろう。状況は悪い。我々にできることも決して多くない。……何より、彼の無事もまだ判然としていない」
彼というのはリィンのことだ。学院生はリィンが撃たれたことを知っている。現実を再認識した皆の顔が、見てわかるぐらいに落ち込んでいく。
「だが!」
強く発される言葉が、重い空気を散らした。
「あきらめてはいけない! この学院を創設したドライケルス・ライゼ・アルノールの意思を受け継ぎ、獅子の心を有する君たちに成せないことなどない!」
一人が欠けて総崩れになるようでは、ここに集まった意味はない。
暗い表情だった者たちが、一人、また一人と顔を上げていく。伝播した熱が、全体に広がっていく。
「さあ行こう! 奮い立て、若獅子たちよ!!」
高揚の大歓声がグラウンドを揺らす。
学院生たちの士気が高まる中、エマがとうとう耐えられなくなった。
「いや、なんでそれをガイラーさんが言うんですか!?」
演説台で高々と拳を掲げるガイラーは、やれやれと首をすくめた。
「ヴァンダイク学院長が喉の調子が悪いとのことだったので、私が代わりを申し出たのだよ」
「申し出たらダメでしょう、申し出たら! しかもこんな大事な場面で!」
「アルフィン皇女も推薦して下さったのでね。殿下からのせっかくのご指名を辞退するなど、私にはとてもとても」
演説台の後ろに控えるアルフィンは、満面の笑みでうんうんとうなずいていた。その腕に大事そうに一冊の本を抱えている。表紙にガイラーのサインがちらりと見えた。アルフィンは《G》のコアなファンだ。おそらく彼女を買収したのだろう。
「な、なんてことを……」
「新作をプレゼントしただけだよ。ああ、心配はいらない。もちろん君の分もある」
「いりませんから!」
「タイトルは《駆け抜けてバーニングハート》。舞台は初の
「
友情でも愛情でもなく、熱情とはいかに。いや、愛情でもアウトの気がするが。
ガイラーは困り顔を浮かべた。
「エマ君。興味深々なのは仕方ないことだが、これは正規出版される前のものでね。まだ内密にしてもらえると助かるのだが」
「はっ」
周囲の視線が自分に集中していることに気づいて、エマは赤面、沈黙する。
最初から最後までを用務員に締めくくられて、最終作戦前の決起集会は終了してしまった。
●
「エリゼが煌魔城に……? どういう了見だ」
「了見って言われてもね。カイエン公からの連絡で私も知ったばかりだし、経緯はわからないわ」
ヴィータにも予想外のことだったらしい。
《パンタグリュエル》の貴賓フロアのラウンジ。その端の壁にもたれかりつつ、クロウは思案する。
昨日にカレイジャスがカレル離宮に乗り込んだことは聞き及んでいる。目的は皇族の解放で、そこにはエリゼの救出も含まれていたはずだ。
その作戦は成功。こちらの防衛は失敗。兄妹の再会は果たされ、今エリゼはリィンと共にいるものとばかり思っていた。
「何かあったのか?」
「だからわからないってば。離宮襲撃後は《紅き翼》に先駆けて、灰の騎神がトリスタに戻ったとの報告もあるけど、詳細は不明」
「それも妙だな」
カイエンがわざわざエリゼを連れて行くとは思えない。彼女のほうから同行を願い出たのだろう。エリゼがカイエンに良い感情を抱いていないのはわかる。それにあの少女は勘もいい。皇族とシュバルツァー家の関係を考えれば、セドリックの護衛を務めるつもりだと想像できた。
カレル離宮にいなかったのは、単なるタイミングの話だ。
だがそれでリィンは納得するだろうか。その後すぐにバルフレイム宮は煌魔城と化している。カレル離宮とヘイムダルは目鼻の距離であるにもかかわらず、エリゼの安否の確認さえしようとせずに、逆方向のトリスタに単身で帰還した理由はなんだ。
「……考えてもわからねえことだが」
「そうね、私たちは私たちのやることをやりましょう。そういう契約だもの」
「ああ、煌魔城であいつらを迎え撃つ」
彼らにあれを放置するという選択肢はない。ただでさえヴィータは緋の騎神のことをエマに伝えてしまっているのだ。猶予がないのもわかっているはず。《紅き翼》は必ず乗り込んでくる。
来るとすれば貴族連合と正規軍が衝突する正午。こちらの戦力と意識が分散される隙を突くに違いない。
「おや、魔女殿と騎士の語らいかな。何気ない立ち姿も絵になるね」
白マントを揺らして、仮面の男が近づいてくる。ブルブランだ。
「それはどうも。けどその二人の間に割って入るのは、いささか無粋ではないかしら。ねえ、クロウ?」
「俺は別に構わねえけど」
「ほら、私の騎士様もそう言ってるわ」
「………」
ヴィータはぞんざいにブルブランをあしらっている。そんな扱いに慣れているのか、当のブルブランはさして気にした様子もなく、
「そろそろ君たちも準備した方がいい。煌魔城に協力者たちを降ろしたあと、パンタグリュエルは空域警戒に移行するそうだ。それとカイエン公の意向でね、射程圏内に入った時点で《紅き翼》を撃墜するように命令も出ている」
「そりゃそうだろうよ。わざわざ城に招き入れる必要はないからな。俺らはあくまで最後の砦だ」
「私としてはせっかくの大舞台で立ち合いたいと思うのだがね。君もそうだろうが、彼らに対して思うところがある者も多い」
煌魔城で待ち構える者たち。
マクバーンはリィンに執着を見せている。本気の彼と戦いたいとよく口にしていた。
アルティナはミリアムとの勝負だ。カレル離宮でも力が及ばなかったらしく、こちらに帰ってからずっと《クラウ=ソラス》と部屋で何かをしている。
《西風》の二人はフィーと戦うことを望んでいる。その成長を確かめたいようだが、だからといって容赦するつもりもないだろう。
デュバリィはラウラとの決着。因縁の理由は知らない。そこにはアイネスとエンネアも同行するという。
ヴィータはもちろんエマとの邂逅。彼女はエマを結社に誘っている。二回断られているが、三回目は必ず応じると断言していた。
確かにそれぞれの関わりが、煌魔城という場所に集約されている。
「ただルーファス興はパンタグリュエルに残るそうだ。〝表”の指揮官としての役割を果たすのだとか」
「へえ、それじゃユーシスとは会えないな。……そういえば、あんたはどうなんだよ?」
クロウはブルブランに訊いた。彼は何も言わない。
ただ仮面の下の口元が笑っていた。思惑の見えない笑みに、肌が泡立つ。
「お前、何を考えてる……?」
●
『俺たちはカレイジャスの作戦には参加できない』
モニタースクリーン越しにトヴァルはそう言った。
すでに上空を飛ぶカレイジャスのブリッジには、アリサを含めたⅦ組が集合している。こちらの最終作戦を西部陣営にも伝えたところ、彼から返ってきた言葉がそれだった。
「そうですよね。わかってはいました」
トワは気落ちを隠し、顔と声色に出さないように努めた。
これから向かうは、まさしく死地。リィンもいない今、心のどこかで彼らの加勢を期待していた。もしも東部に戻って来てくれたなら、どれほど心強かったことか。
『西部の状況がまだ予断を許さない。大半の貴族兵は今日の全面衝突に向けて東部に動いたが、まだ拠点に構えてる一軍もいるからな。民間人への被害に繋がらないよう、アルゼイド子爵もオリヴァルト殿下もこちらに控えておく』
「了解です。西部はお任せします」
そう言うしかなかった。トワはそれとなくⅦ組の様子を見た。中でもエマの表情がくもっている。状況分析に長けた彼女のこと、余計に不安を感じたのかもしれない。
カレイジャスに搭乗するのは、士官学院生の他にはサラ、シャロン、数に入れていいのかわからないが、さっき挨拶していた用務員もいる。それ以外のトールズの教官たちは、万が一に備えてトリスタの防衛に残ることになっている。
そしてアルフィン皇女は、カレイジャスが発進する直前に退艦となった。
本人は残りたがっていたが、これまで以上に身の安全が保障できないことと、何よりこの先の作戦には、行動の正当性を是とする皇族の認可が意味をなさないからだ。
『ちなみに俺だけは連絡役として東部に戻るぞ。鉄道は動いてないから、すぐに馬で向かうつもりだ。それでもカレイジャスの突入時間にはギリで間に合わん。やはりお前さんたちだけでやり遂げてもらうしかない』
「……そうですか」
重量をもった空気が肩にのしかかる心地だった。
ダメだ。さっきの集合ミーティングでちょっとは改善できたが、まだ全員の士気が上がりきっていない。何より、自分がだ。
この最終の介入行動が成功するイメージが湧かないのだ。艦長の迷いは、艦の運用の鈍さとして必ずどこかで表面化する。
おそらく作戦は失敗する。
トワは艦長帽のつばを指でさわる。
どうしてこの帽子をかぶっているのが私なんだろう。他に適任はいたはずだ。本来、私はサポートに向いている。
指揮力? 判断力? 統率力? 確かに努力した分はこなせたのかもしれない。でも一流じゃない。みんなに助けられながらやってきただけだ。
ここからは自分の采配で状況が大きく動いてしまう。これまでとはその規模も違う。下手を打てば、犠牲者も出る。
『しけた顔してんな。もっと気合い入れていけ!』
モニターの向こうからトヴァルが激を飛ばした。
ビクッとトワは体を強張らせた。自分に言われたのかと思ったが、そうではなかった。Ⅶ組も含めた全体に向けた言葉だった。
『リィンのことは聞いてるよ。心配なのは当たり前だ。でも死んだって決まったわけじゃない。だったら信じるだけだろうが!』
びりびりとブリッジが震えた。
『リィンがいなけりゃ、騎神がいなけりゃ、何にもできないか? 違うだろう。お前たちには今日まで培ってきた力があるはずだ。――エリオット!』
「は、はい!」
いきなり名指しされて、エリオットは背すじを伸ばした。
『ムービングドライブは練習してるのか?』
「……練習はしてます。それなりの距離を移動しながらアーツを駆動できるようになりました。上級アーツも使えます」
『他のみんなもそうだろう? 俺たちが艦を降りてからも、ずっと自分にしかない能力を磨いていたんだろう?』
ガイウスは一点突破の〝石の目”の見切りを。
エマは作戦の幅を広げる転移術と念話術を。
フィーは速さを限界以上に引き上げる〝風読み”を。
ラウラは自身の最大のポテンシャルを発揮できる蒼耀剣と、アルゼイド流奥義《獅子洸翔斬》の会得を。
ユーシスは汎用性と攻撃力に特化した《魔導剣》の扱いを。
ミリアムは発想と変則を実現する〝グローイングトランス”を。
マキアスは状況予測力をフルに活用した《ミラーデバイス》による多角射撃を。
アリサは機甲兵《レイゼル》を繰って、絶対の守護を。
『それは自分にしかできないことだろ? 自信を持っていけ。お前さん達ならやれるさ。頼れるお兄さんのお墨付きだぜ?』
最後の一語がなければ完璧だった。わざわざ一抹の不安を植え付けて、その通信は切れた。
それでもまだ、トワの決意は固まらない。
正規軍と貴族連合の最終決戦まで、あと三十分。
すなわちカレイジャスの作戦開始まで、あと三十分――
●
●
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時計の短針と長身が重なる。
時刻が正午を示すと同時、ついに決戦の火蓋が切って落とされた。
戦場はヘイムダル近郊。広大な丘陵地帯だ。帝都奪還を目的に進軍する正規軍と、それを駆逐しようとする貴族連合が激突する。
「砲塔旋回! 一番から五番機、撃て!!」
陣形を広げた戦車隊が土砂を巻き上げ、連続する砲声を轟かせる。ゼクス・ヴァンダール率いる第三機甲師団の猛攻だ。
対するは機甲兵部隊。ローラー機動を駆使して、左右に素早く展開。戦車の砲撃をかいくぐりながら、反撃の銃弾をばら撒いた。
「一撃の火力は戦車が上だ! 隊列を乱さず時間差で射撃! 機甲兵を押さえている間に、歩兵隊は迂回して敵陣に切り込め!」
戦車の一機、その中からゼクスは通信機に叫んだ。
路面が派手に吹き飛ぶ。黒煙が立ち込める。轟音が指示をかき消していく。
「左翼、前に出過ぎだ! 下がれ――がっ!?」
車体が激しく跳ね上がり、そして斜めにかたむく。
「何事だ!?」
「敵の榴弾が命中! 右キャタピラ損壊! 移動ができません! ゼクス中将は一度退避を――うっ!?」
操縦席の兵士が青ざめた。
一体の機甲兵が急速接近。ブレードを構えている。こちらを叩き潰すつもりだ。味方は他の機甲兵の牽制で、こちらの援護が即座にできない。
「いけません! 中将、早く脱出を――」
「猛将語録、第四章八項!!」
「――! 〝腕さえ動けば事足りる”!」
瞬間的に砲塔が持ち上がる。敵のブレードが振り下ろされた。激発。
紙一重のタイミングで、そのドラッケンの頭部が吹き飛ぶ。のけぞる機体の腰部にもう一発。装甲ごと撃ち抜き、巨体が仰向けに倒れた。
操縦兵は呆然としていた。
「い、今、体が勝手に動いて……?」
「かの聖典を読み込んだ我らの魂には、その理念がしかと息づいておる」
ゼクスは半壊した戦車を出ると、拡声器を手に立ちあがった。
「第三機甲師団よ、答えるがいい! 絶対に負けられぬ戦い! 今後の帝国の運命さえ左右する一戦! 怖いか!? 恐怖で足が前にでぬか!?」
『ノー・コマンダー!!』
全軍が野太い声を返してくる。
「ならば猛っているか!?」
『イエス・コマンダー!!』
間髪入れず、操縦席の兵士が最大ボリュームにしたマイクに言い放つ。
「エビバディセイ!?」
『猛将――っ!!』
クレイジーな大合唱が戦域を震わす。烈火のごとき大進撃が開始された。
大破上等で正面突破していく戦車の群れ。心煮えたぎる歩兵たちが、手榴弾をぶん投げながら機甲兵に突っ込んでいく。攻勢が止まらない。
『心地良い覇気だ』
涼やかな声がした。先行する戦車の砲塔が、根元から宙に舞う。
陽光を背に、黄金に輝く装甲をまとった《シュピーゲル》が姿を現した。ゼクスが目を細める。
「その声、太刀筋。オーレリアか」
『久方ぶりです、我が師よ。戦場で相まみえた以上、ゆるりと歓談というわけには参りませんが』
「こちらとて同じではある。しかし一つ問いたい。革新派、貴族派の諍いにさほど興味があったとは思えんが、なぜカイエン公に協力している?」
『武勲が欲しい。史上最強の称号が欲しい。かの〝槍の聖女”を越えるほどの。故にその為の機会が欲しかった』
「それが今この場か」
『理解して頂こうとは思いません』
黄金のシュピーゲルがブレードを構える。装飾の施された優美な大剣だが、砲弾でさえ両断してしまうような凄みも備えていた。
「戦車と機甲兵か。できるなら剣と剣を交えたいところではあるが、こればかりはやむをえんか。……北方面は第三が受け持つと言っておいたはずなのだがな」
『何を――』
シュピーゲルの足元が爆ぜた。土くれがその頭部近くまで噴き上がる。別方向からの砲撃だ。
『別動隊か? いや、あれは……ほう』
オーレリアは楽しげな吐息をついた。
噴煙の向こう側に、戦車大隊の影が揺らいでいる。その土煙を晴らすほどの大声が響いた。
「ゼクス中将ーっ!!」
先頭の戦車のハッチが勢いよく開き、赤毛の髭面が顔を出す。オーラフ・クレイグ率いる第四機甲師団がそろい踏みだ。
負けじとゼクスも声を張り返す。
「オーラフ殿、第四の配置は東側であろう! 何ゆえこちらに!?」
「あれしきの分隊など、すでに撃破している。戦線を押し上げて加勢に参ったが、その前に!」
オーラフは戦車の装甲に拳を叩きつけた。
「貴公! というか第三の者ども、今しがた猛将と叫んだであろう!」
「勘違いをしておられるようですな。それはご子息のことですぞ!」
「だーから憤慨しておるのだあっ!」
怒りもあらわに第四師団が砲撃。ゼクスに近付こうとしていた機甲兵を大破させた。
「わからん人が! 何度もお伝えしたでしょう! ご子息は空前絶後のケダモノであると、極まりし性欲の権化であると!」
第三師団も砲撃。オーラフを狙っていた装甲車を撃ち抜いた。
「ええい、埒があかん。ナイトハルト、敵を蹴散らせ! 第三の連中とはその後できっちり話をつける!」
「イエス・サー!」
ナイトハルト機が前進する。
オーレリアが言った。
『よもや仲違い……というわけではなさそうだが、いずれにせよ帝国最強と称されるその打撃力。存分に振るうがよかろう。ウォレス、そちらは任せる!』
『承知』
黒い《ヘクトル》が躍り出た。装備した十字槍を薙ぎ、威圧をまとって迎え撃つ。
戦闘が激化していく――
「始まった……!」
トワは艦長席で矢継ぎ早の戦況報告を受けていた。
ブリッジクルーは操舵のアンゼリカ、砲術士のアラン、通信士のヴィヴィ、観測士のリンデ、機器整備士のミント。そしてトワの後方に控えるⅦ組総勢だ。
開戦まもなく、戦局はそこまで動いていない。正規軍が押せば、要所で貴族連合が押し返してくる。機甲兵相手に、どこまで戦車での立ち回りが通用するかが肝になってくるだろう。
急にヴィヴィが言った。
「アンゼリカ先輩、減速して下さい!」
「了解したが、どうした? ……ああ、なるほど。歓迎委員会か」
広域レーダーに目を落としたアンゼリカは、ヴィヴィの言う通り艦を減速させた。
「予想はしていたが、想定よりもかなり多いな。トワ、どうする?」
「……そうだね」
まだ距離はあるが、パンタグリュエルが前方に待ち構えていた。しかも戦闘用の揚陸艇を七機も従えている。向こうもこちらを捕捉しているだろう。
煌魔城攻略にあたって、やはり
機動性では勝るのだから、パンタグリュエルを突破さえすれば実現可能なプランではある。
しかしあれだけ小回りのきく部隊に囲まれていては、それは困難だ。仮にどうにか振り切って着陸できたとしても、動きの止まったカレイジャスは追いつかれた揚陸艇からの集中砲火を浴びる。最悪は陸路を行くⅦ組も狙われる。
大きく迂回してルートを変えればいけるか? いや、すでに捕捉されているのだ。目的が煌魔城と割れている以上、必ず先回りされる。
ならば優先して揚陸艇の無力化はどうか? 七機もいるのに? 無理だ。
他に方法は? 何が最良だ? 考えろ、考えろ。早く。私が考えないと。効果は最大限に、損害は最小限に、そんなやり方を――
「私が思うに、正しい選択なんて存在しない」
アンゼリカがトワに振り返っていた。
「な、なにアンちゃん。こんな時に」
「こんな時だからだ。どうもここ最近、いつものトワらしくない」
「私らしいってなに? 普段通りだと思うけど」
「笑顔が少ない」
「こんな時に笑えるわけないよ」
ブリッジのクルーたちは突然に始まった艦長と副艦長のやり取りを、固唾を呑んで見守っている。
「やっぱり迂回しよう。時間はかかるけど、バルフレイム宮の裏側を目指すルートで行けば――」
「君はこの艦の長だ。背負う重責は、その席に座る者にしかわからないのだと思う」
「早く操舵に戻って。今はそんな話をしている場合じゃないから」
「いいや、重要な話だ。これは今しないといけない。……トワはたくさんのことを考え、悩んできたんだろう。私たちのために。まさに今もそうだ」
「……っ」
言ってはいけない。自制しなきゃ。みんなの前だ。
ああ、抑えきれない。胸でせき止めていたはずの感情があふれ出す。
「だってそれが艦長の役目だから! そうしないといけないから! けど……!」
「けど?」
「託されたものが大き過ぎるよ。どうして私なんかに艦長代理を……」
「オリヴァルト殿下も、アルゼイド子爵も、トワを見込んで下さったからだ。君なら《紅き翼》を正しく運用してくれると思ったからだ」
「なんでみんな、私ならできるって思うの!?」
肘掛けをぎゅっと握りしめる。
指揮官が絶対に口にしてはいけない言葉だ。失望される。そうなったら終わりだ。もう統率は取れない。
「嫌だった? 仕方なくやっていた? ずっと苦痛だったのかい?」
「そんなふうには……思ってない。みんなの力になりたかったから、やりがいはあったよ。でもね、最後の最後で正解の判断がわからないんだ……」
こぼれた涙が太ももに落ちる。
「さっきも言っただろう。正しい選択なんて存在しないと」
「それでも必要でしょ」
「トワ。誰が何と言おうと君の能力は高い。だから他人より多くのことができる。けれど奢らず、優しい。一人でできることは一人でやろうとする。それはトワの良いところで、悪いところだ」
「今さら性格のことを言われたって」
「もっと私たちを頼れと言っている」
少しだけ怒った口調だった。その声音が自分に向けられたのは、初めてだった。思わず顔を上げる。アンゼリカの瞳がまっすぐに見据えてきた。
「たかが一人が、何かを選んだ瞬間に未来が確定すると思うのは大間違いだ。望む未来は全員で引き寄せる。判断なんていうのは、その入口の位置がどこになるかを決めるだけに過ぎない」
「その通りです!」
ブリッジのドアが開き、誰かが入ってくる。皆が目を丸くした。
艦を降りたはずのアルフィンだった。
「ア、アルフィン殿下!? ヴァンダイク学院長が護衛を務めると仰っていましたが……!?」
「抜け出すのに苦労しました。全然隙がないんですもの。なので申し訳ないと思いつつも、彼のドリンクに下剤を混ぜまして。『ぬあああっ』とお手洗いにこもっている間に来ちゃいました」
「来ちゃいましたって……。でしたら、殿下がお手洗いに行く形で抜け出すこともできたのでは」
「それは置いておきましょう。済んだ話です」
アルフィンは荷物を横に流すジェスチャーを見せた。
「皇族の責務などではなく、搭乗したのは自分自身の意思です。そもそも皇族の認可はもういらないでしょうしね。あなた方の戦いを最後まで見届けたいのです」
「危険です。何かあってからでは取り返しがつきません」
「ルーレでは盾役にもなりました。これまでも危ない橋は渡ってきています。何より、まだエリゼを助けていませんから。それは最初から変わらないわたくしの目的です」
もう何を言おうが引き下がるつもりはないようだった。この段階になっては、トリスタに引き返すこともできない。
「トワさん、お話は聞こえていました。わたくしが言うのは出過ぎたことかもしれませんが、アンゼリカさんの言う通りだと思います。選んだ時点では正しいも正しくないもありません」
「………」
「だったら選んでから、後で正しいものに変えちゃいましょう。それはみんなでお手伝いします」
「……殿下、先にお席へ」
アルフィンを空いている席に促したあと、トワは目を伏せた。
不思議と心のつかえが取れている。澱のように溜めていた感情を全て吐き出したからだ。
自分がやらないといけないと思っていた。でも〝自分がやらないと”を、いつの間にか〝一人でやらないと”に置き換えてしまっていた。
艦長だからって、強くなくてもいい。頼ればいい。支えてもらえばいい。寄りかかれる相手は、いつでもそこにいたのに。
「良い表情になった。それがいつものトワさ。私の大好きなね」
「ありがとう。私もアンちゃんが大好きだよ」
「ぶふぉっ」
アンゼリカが鼻血を出した。リンデがその鼻にすかさずティッシュを詰めにいく。
「ごめんね、みんな。二十秒ちょうだい。アンちゃんはその間に鼻血止めといてね」
トワは状況を頭の中で精査し直した。
この速度を保てば敵の射程圏内に入るまでに十五分は稼げる。
空路での強行突破はまず不可能。しかしヘイムダルには絶対にたどり着く必要がある。
その上で妨害されることなく、確実にⅦ組を煌魔城まで送るためには――
「………!」
あった。しかし。
ひとすじの汗がトワの頬を流れ落ちた。これまでで最大のリスクを抱えることになる。みんなが応じてくれるだろうか。さっきまでの自分なら、まず間違いなく選ばない手段だ。
心中を察したかのように、アンゼリカが言った。
「思う通りにやればいい。君は勝つ。私たちが君を勝たせる」
「うん……っ!」
今度こそ、トワは腹をくくった。艦内放送用のマイクを持ち、そこに声を拭き込んだ。
「こちらブリッジ、トワ・ハーシェル。みんなに伝えたいことがあります」
全てのフロアに彼女の言葉が届く。
「内戦が勃発した二か月前、私たちはばらばらになったよね。でもあきらめなかった。学院に残った人も、学院を出た人も、それぞれの道を進んで、そして今ここにいる」
きっと一人一人が様々な苦境を乗り越えたはずだ。一人一人に物語があったはずだ。そうして成長してきたのだ。もちろん、私も。
「今日までこんな私について来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう。でも最後にもう少しだけ力を貸して欲しいの。これが《紅き翼》の最後で、最大の作戦になると思う」
トワは大きく息を吸った。
〝――第三勢力っていうのは、中立って意味じゃない。そのことをもう一度考え直すといい。多分、トワの悩みの根幹はそこだと思うぜ”
バリアハートでクロウから言われた言葉を思い出す。
そうだね、クロウ君。やっとわかったよ。カレイジャスはどの陣営にも属さない。でも中立じゃない。それじゃ意味がない。
第三の風として存在する意義。
それは戦うべき時に、戦うべき相手を、
「トールズ士官学院総員、第一種戦闘配備! これよりカレイジャスは貴族連合軍旗艦に強行着艦! 総力をもってパンタグリュエルを制圧します!」
――つづく――
明けましておめでとうございます。と同時に閃Ⅳも無事にクリアし、帰ってまいりました。
前回の更新から少し間が開いてしまったので、直近の要点をゲーム本編と異なる部分も合わせて、以下に簡単にまとめました。
「前話までのあらすじ、要点」
【《紅き翼》の目的】=煌魔城と緋の騎神の復活阻止(裏の歴史と貴族連合の目的は、エマがヴィータから聞いたので、カレイジャス陣営も把握している)
【Ⅶ組の目的】=相手の感情に触れられるオーバーライズと、それを全員で共有するための重奏リンクを、クロウを巻き込んだ上で発動させる。彼の過去に何があったのか、クーデターを起こした理由を理解したい。(現時点で彼の過去はエリゼしか知らない)
【トワたちの目的】=内戦がどう終結しようとも、クロウが普通に生きることはもう不可能。自分たちの元に戻ってこれないだろうとも思っている。しかし彼の居場所は作りたい。何かをトワは思いついたが、それは自分たちの思い描いていた未来を壊してしまうという。
【ガイラーさんの目的】=この世界の半分を手に入れる。そして世界の四分の一を君に。
【エリゼの目的】=カイエンは信用できない。セドリックの護衛のため、バルフレイム宮に同行。到着の直後に煌魔城に変貌する。
【前話の内容】
・リィンたちは皇族とエリゼ奪還のため、カレル離宮に突入。エリゼとセドリックはおらず、皇帝と皇妃のみ救出。
・いろんな女の子に手を出した罪で、リィンはリゼットに撃ち抜かれる。倒れながらも、集まった女子に余罪を追及される。最期の言葉は「不可抗力だったんだ」
・ヴィータが煌魔城を出現させる。(ゲーム本編ではすでに貴族連合と正規軍の最終決戦は始まっていますが、当作ではその翌日――つまり今話で開戦)
このような感じですね。
ようやく終章となりました。長くお付き合い頂いた読者の皆様には、本当に感謝です。あともう少しだけお付き合い下されば幸いです。
それと活動報告に「更新再開時に一つお知らせを――」と言っていましたが、ちょっと間に合わなかったので改めさせて頂きます。
今年もよろしくお願いいたします。