プロローグ ~蒼と灰と
「ようやく、か」
連なり続く険しい山々。標高が雲よりも高く、蒼天がどこまでも拡がっている。
岩肌に囲まれたその一角に、それを見つけた。
「ヴィータの感知があったとは言え、思ったより時間がかかったな」
距離はまだ遠かったが、十分に視認できる。正面のモニターにそれが映っていた。
腰元のフォルダから戦術オーブメント――《ARCUS》を取り出した。
通信機能を選択。近郊の導力波を検索。同種の波長が三つ。全て《ARCUS》だ。しかし、いずれも登録していない波長パターン。つまりⅦ組の誰かではない。しかし、そこまで普及していないこの戦術オーブメントを持っている人物となると、そう多くはない。
どれでもいい。まったく見当違いの相手だったら、すぐに通信を遮断すればいいだけのことだ。適当な一つを選択し、通信してみる。
少しの間コールするも、応答はない。残りの二つに試してみるかと、一度切ろうとしたところで、
『……はい』
繋がり、声が聞こえた。
山中ということもあって、導力波の中継ユニットの設置が十分ではないのか、もしくは単純に距離のせいなのか、ノイズがかった音声になっている。
それでも通信先の相手が誰なのかは分かった。知っている声だったからだ。ユミルの町にも近いし、おそらく間違いない。
エリゼ・シュバルツァー。
リィンの義妹だ。
『………』
エリゼは黙っている。こちらが誰なのか分からないから、警戒して余計な事を言うまいとしているのだろう。情報を得るよりも漏らさないことを優先している。賢い少女だ。
なぜ《ARCUS》を持っているのかは気になったが、この際はどうでもいいことだ。
「リィン・シュバルツァー」
『えっ?』
先制した一言で、ようやく反応を返してくる。予期しない言葉に驚いたようだった。
「今から言う場所にそいつはいる。一度しか言わないからよく聞け。アイゼンガルド連峰の――」
半信半疑といった様子だが、彼女なら確実に探しに行くはずだ。
「魔獣もいるだろうから、行くときは誰かに同行を頼むんだな」
『ま、待って下さい。あなたは一体――』
通信を切る。これ以上言うべきことはない。
一つ息を付いてから、改めて正面に視線を移す。
モニターの中には、一体の騎神が膝をつく姿があった。
「一か月ぶりだな。今は
胸元からある物を取り出す。女神の横顔が描かれた一枚の硬貨。珍しいものではない。どこにでもある、何の変哲もないただの50ミラ硬貨だ。
だが、これは特別な意味を持つ50ミラだった。
――利子は莫大だぞ。
一か月前に聞いた言葉を思い出し、知らずの内に苦笑する。
「取り戻してみろよ、お前の力で」
葛藤に答えを見つけ、怖れを振り払い、力の意味を知り、己の在り様を見定め、その魂に芯を通せ。
揺らぐ心では、俺には絶対に届かない。
「行くぞ、オルディーネ」
意志に応じ、蒼の騎神が動き出す。
その場を飛び立つオルディーネ。操縦空間に収まるクロウ・アームブラストは最後にもう一度、遠ざかっていく眼下の大地を視界に入れた。
灰色の騎神の胸から、光に包まれた何かが地に降ろされるところだった。
懐かしささえ感じる赤い学院服。
発せられた確かな脈動をその身に感じ、クロウは言った。
「またな、リィン」
――虹の軌跡Ⅱ ~Prism of 《ARCUS》――
広大な空間にリィンは立ち尽くしていた。
いつからそこにいたのか、気付いた時にはすでにいた。
見渡す限りどこまでも続く不毛の荒野。
知っているようで、知らない場所。知らないはずなのに、どこか覚えのある場所
ここはどこだろう。
廃れた地平に寒々しい風が吹き抜ける。
少し歩いてみると、その異様はすぐに目についた。
剣。
幾つもの剣が、縦横無尽に大地に突き刺さっている。錆だらけの剣、刃こぼれだらけの剣、折れた剣。柄も刀身もボロボロに朽ちて、もはや剣としての体裁を保っていないものもあった。
乱立する剣の中を、ひたすら歩く。前も後ろも分からず、道らしき道もない。果てさえも見えない。
そして思い出した。ここは旧校舎の最も深い場所――仲間達と共に試練を受けた異界の戦場に酷似している。
試練とは何だったか。仲間とは何だったか。それさえも判然としない思考の中、ただ虚ろに進む。
どれだけ歩いただろう。
疲れ果てて、リィンはその場にへたり込んだ。
――俺の本分は《C》
唐突に響いた声が、胸を穿つ。誰が言った言葉だったのか、それは重い一言だった。共有した時間の全てを崩し去って、紡いできたはずの絆を虚構に変えた、決定的な一言。
うつむけていた顔を上げる。
さっきまでなかったものが、自分の周りにあった。ここに来るまでに嫌と言うほど見た痛ましい剣――それらと同じように地に突き立つ、傷だらけの武器の数々。
一つずつに、視線を注いでいく。
弓があった。
「アリサ」
頭に浮かんだ名を、そのまま口にする。
大剣があった。
「ラウラ」
騎士剣と散弾銃があった。
「ユーシス、マキアス」
二つの魔導杖があった。
「エリオット、委員長」
槍が、双銃剣が、壊れた銀色の腕があった。
「ガイウス、フィー、ミリアム」
湧き立つ衝動に押し出されるまま、彼らの名前を呼ぶ。
円状にリィンを囲み、まるで墓標のように立ち並ぶ仲間達の武器。その輪から少し離れた所に、二丁の銃が重なって落ちていた。長柄の両側に刃が付いた武器――双刃剣に銃身を貫かれた状態で。
「……クロウ」
その名を口に出すと、ずきりと胸に痛みが走った。
どうして。
嘘だったのか。笑った顔も、流した汗も、交わした言葉も、全部。
軽薄で、調子が良くて、飄々としてて、でも。
思慮深くて、面倒見が良くて、分け隔てなく明るかった。
どこまでがお前の本当なんだ。俺には分からない。
――お前に問う
「え?」
知らない声が頭蓋に反響する。
目を凝らすと、地平の彼方に誰かが立っていた。人かどうかも分からないほど遠いが、確かに人だと直感した。
“声”は構わず続ける。
――お前の剣はどれだ
そういえば。自分の太刀がない。数えきれない武器の中を歩いてきたのに、どこにも見た覚えがない。
――答えろ
「俺の剣は……」
ない。どこにも。見つからない。
返答に窮していると、遠くの人影は幽鬼のように消えていく。
――いずれ、また問おう。その時までに答えを見つけるがいい
「待っ――っ!?」
喉が絞まり、声が出せなくなった。
足元から光が立ち上る。急激な目まい。周りの景色が歪んで薄れていく。
上下の感覚さえ失われていく中、遠退く意識を必死に手繰り寄せた。
リィンは叫ぼうとする。
待ってくれ。お前は、お前は一体――
「誰なんだ!」
突き出した手が空を切る。
突然に開けた視界。先ほどまでのくすんだ鉛色の空ではなく、抜けるような青空だった。地面も質感が異なっている。風は相変わらず冷たかったが、自然の匂いを感じた。
「ようやくお目覚めね。リィン・シュバルツァー」
背後から名前を呼ばれる。
「っ、誰だ」
ひどく気だるい体を何とか動かす。
「……あ」
どくん、と心臓が高鳴った。
振り返った先にいたのは、見覚えのある一匹の黒猫。
そして、冷えた双眸で自分を見下ろす《灰の騎神》だった。
虹の軌跡のクリアデータがあります。
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『実にいいね』
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ロードが完了しました。
以下を引き継いで、物語を始めます。
『虹の軌跡』の全話。
『虹の軌跡』の人物データ、及び人間関係。
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お久しぶりです。帰って参りましたテッチーです。
今作は原作を軸にしたオリジナル展開となっています。ですが、全員にスポットを当てた短編という、虹の軌跡のノリも引き継いでおりますので、合わせてお楽しみ頂けましたら幸いです。序章が終わった辺りから本格始動の予定です。
あらすじ部分にも記載しておりますが、今作から読んで頂ける方は、所々「どうしてこの人とこの人が仲良いの? なんで用務員がアレなことになってるの? 猛将の意味違くない?」的な疑問を抱かれるかもしれません。
その場合は前作「虹の軌跡」のおまけに人物ノートという回がありますので、そちらで確認して頂けたらある程度はカバーできるかと思います。しきれない部分については謝罪の準備ができております。
それではオールキャラクターで紡がれる『虹の軌跡Ⅱ』開幕です。長い道のりですが、エンディングまでお付き合い頂ければ何よりです。