東京湾沖に浮かぶ人工島…、その中心にそびえ立つ超高層ビルは世界的大企業“セブンスヘブン”日本支部の本社であり、日本古来より存在している秘密組織“塔”の本拠地ともなっている。
その何十階…いや百階以上あるであろうビルの最上階に“彼”はいた。
「……以上が本日のスケジュールで御座います、七原会長。」
最上階より雲を眼下に置き、朝日を眺める彼…“七原文人”はボンヤリとした目を秘書である女性…網埜優花に向け、欠伸をしてみせた。
「…面倒くさいな、体がもう一つ欲しい所だね。」
優しげな微笑みを浮かべる若い実業家は彼女の横を通り過ぎ、最上階の外…テラスに出てまた雲海の景色を眺める。
其処へもう一人、優花を退けて長身で黒いスーツを着こなし左頬に炎の刺青をした男が現れた。
「文人様、昨晩の件で御座いますが…
ヘリより撮影映像の中に“更衣小夜”らしき人物が映っているのを確認致しました。
…そして一方で追跡した五人ですが後一歩まで追い詰めた少女の身元割り出しに成功、少女は虹色町に住む中学二年生の星空みゆき。一人分かれば残り四人も早急に身元を割り出せます。」
炎の刺青をした男の報告を聞いた七原文人はふと独り言の様に朝日に照らされた雲海を眺めながら話し出した。
「確か虹色町を中心に小さな“噂”があったよね、五人のお姫様が怪物と戦っているとか云う話…。
そうだよね、“ジョーカー”?」
文人は身動きせずに傍らに現れた細身の道化師を呼ぶ。カラフルで奇妙な髪形に鼻と両目を仮面で隠した道化師…ジョーカーはニタニタとイヤらしい笑みを浮かべ、文人の問いに答えた。
「そ~んな噂が流れていたのですか、“バッドエナジー”を抜かれている最中は絶望に身を任せて何も見えない聴こえない…筈なのですが~、人間とは意外に侮り難いですね~。」
人ならざる存在が傍にいるにも関わらず、七原文人は微笑みを絶やさず、人外であるジョーカーにまた話しかけた。
「…そうかい?
“君達”がちょっと力を行使しただけで人間なんて“ボロ雑巾”だ。
そんな僕達を君達は何故“怖れる”のか…
理解に苦しむな…?」
「何を仰いますやら。
その人ならざるモノ共を手玉に取り、あまつさえ同朋すら実験の為に使い捨てる貴方は確かに怖れるべき存在です。
お~、くわばらくわばら。
今日は解剖されない内にお暇させてもらいましょうか。」
「うん、またね?」
「えぇ、また。」
そう言葉を交わし、道化師は姿を消した。文人はクスクスと笑いジョーカーの消えた場所を見る。
「ふふ…、一体何しに来たのやら?
彼って面白いよね、優花君?」
一番離れた場所に居るにも関わらずいきなり話を振られ網埜優花は戸惑う。
「そっ、そうですか…
私には理解し難い存在です。」
「“古きもの”と同じ位…理解し難いかい?」
まるで心の奥底を見通すかの様な彼の瞳に優花は畏怖を覚える。
「…はい。」
彼女の反応を楽しむ様に文人はまたクスクスと笑い、右手を軽く上げると、今度はまた別の人物が部屋の隅より現れて文人に片膝を付いた。
灰褐色の肌に黒の外套…頭でっかちな額には三つ目の様な紋様を入れ、バイザー型のサングラスをした長身細身の怪人は顔を上げてサングラス越しに文人を見た。
「お呼びで御座いますか、我が主?」
「うん、頼みたい事があるんだ。
九頭の資料にある可愛い娘達をね…
殺してきてくれないかな?」
怪人の口端が邪悪な笑みを刻み、主の命令に答える。
「仰せの儘に、マイ…マスター。」
怪人は姿を消し、また文人、九頭、優花の三人だけとなる。静かな最上階の部屋で文人は優しげな微笑みを絶やさず、エレベーターへと向かい九頭と優花も彼の左右に付く。
七原文人…、奈落を体現したかの様な男は己が魔道の先で起きるであろう闘争に思いを馳せる。
争い事は好まない…。だが試さなければならない事は山程ある。その中でも最優先事項である実験は最早彼を狂人とたらしめる“おぞましい実験”である。
しかし彼は止まれない、前組織幹部を全て殺し…両親家族すら殺し尽くした彼にもう、後戻りと云う言葉はないのである。
(もう直ぐ会えるよ、小夜。)
彼は自分の心を根こそぎ奪い取った少女に思いを馳せる。
自分が狂わなくてはならなくなったその原因…人ならざる清らかな少女の名を心の中で愛おしげに囁き、この腕に抱き締めるその瞬間を彼は夢見た…。
駐日英国大使館にある視聴覚室では、プリキュアである星空みゆき達五人と妖精のキャンディ。謎の少女…暁美ほむらに人語を解し話す不思議な生き物キュゥべえが映像越しで英国ヘルシング機関の長を名乗る初老の女性…インテグラと向かい合い、“会合”を開始していた。
アーカードは室内の映写室側へ寄り、向かいの壁…インテグラを映した大型画面の上部にあるカメラレンズがみゆき、ほむら達を映してインテグラのいる英国へと送られる。
《さて、この様な年寄りが相手だ…そう堅くなる事はない。肩の力を抜くと良い。》
インテグラは親しげに話してはくれるが、みゆき達は彼女の風格に圧されて背筋を伸ばし肩を張って椅子に座っていた。
ほむらもまた彼女達の様子を見ながらも厭な汗が項に滲むのを感じ、両掌を握り締める。
(…肩の力を抜けなんてよく言うわ、あんな威圧感満々に圧されたら身構えるに決まってるじゃない!)
しかし後ろにいたアーカードが笑いながらも少女達を察してかインテグラに対して一言申した。
「フハハハ…。
インテグラ、お前も少しリラックスしたらどうだ?
相手は異能を有していようと所詮は小雀共だ、そんなに身構える事もなかろう?」
映像越しのインテグラはアーカードに言われたのが気に入らないのか妙な睨みを彼に返し、軽く鼻息を吐くと今までの威圧感が抜けて多少なりとも緊張感も解けてきた。
《済まなかったな、普段厳つい男共の相手ばかりしていてどうも肩が凝ってしまっていかん。
良ければ君達の自己紹介を聞かせては貰えないか?》
先程とは違い親しげに話す初老の女性にみゆき達も気持ちを楽にして自己紹介を始めた。
五人のプリキュア…チーム名はスマイルプリキュアでみゆきが命名。メルヘンランドから来た妖精のキャンディに頼まれてプリキュアとなり、世界をバッドエンドに導こうとする魔物の集団…皇帝ピエーロ率いるバッドエンド王国と戦っている。
暁美ほむらは地球外生命体であるキュゥべえ…インキュベイターにより何でも叶える一つの願いと引き換えに魂と身体を切り離され、魔法を駆使して魔獣と云う化け物と戦う魔法少女…。彼女以外にも魔法少女は世界中にいて彼女自身は三人の仲間とチームを組んで魔獣と戦っていると言う。
…簡単ではあったが互いの紹介を終えるとインテグラの視線は鋭さを増し、先程とは違う緊張感が室内を支配し始めた。
《…では本題に入ろう。
先ずは三十年前に英米で起きたテロ事件に遡る…。》
彼女の話は三十年前、“ミレニアム”を名乗る旧ドイツ…ナチスの残党により起こされたバイオテロ事件の裏側となる凄惨な真実であった。
英国の首都ロンドンに突如現れた大型飛空船はロンドン市街をミサイルにて攻撃…大打撃を与えた後、大隊兵士を降下させた。
その兵隊達はナチスの技術を総動員して改造された千人の吸血鬼兵団、ロンドンはたった一夜で地獄…死都(ミディアン)と化す。
その時の断片的な映像が流され、あかねとれいかは思わず目を背け…やよいは映像と同時に流れる割れた悲鳴を目を瞑りながら力一杯に耳を塞ぐ。なおはその残忍極まりない光景に耐えられなくなり頭を両腕で覆い隠してしまった。
見始めたその時は目と耳を疑った。ナチス兵がパラシュートも無く飛空船から地面に降下して無傷…。更に非常識な速さで火に包まれた街を駆け走り、警官隊の銃弾を物ともせずにロンドン市民を射殺…死体の山を築き上げた。