戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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振り返らずに突き進む…

 プリンセスハッピー…星空みゆきの自分に向けた言葉が彼女の心に微かだが優しく“触れていた”。…だが彼女はそれでも加藤保憲への偏愛を選び、星空みゆきを突き刺した。…既に多くの命を奪った彼女に後戻りなど許されはしない。その流血の底なし沼に沈み逝く運命を彼女は受け入れたのである。

 

「まだ、休めないよ…。」

 

 プリンセスハッピーの両手が動き、BEハッピーの両肩を掴む。握力はなく只手を置き、みゆきは彼女に微笑んだ。

 

「まだ…、休めない。

あかねちゃん達とまだいっぱい遊びたい。

ほむらちゃん達ともコレからいっぱい遊びたい。

貴女とも…、一緒に遊びたい。

だから…休んでなんて…いられない。」

 

 プリンセスハッピーはそう言ってBEハッピーを抱き寄せた。出来るだけ力を込めて腹部の怪我などないかの様に…、彼女をみゆきは抱き締めた。

 寄り添い温かい血に染まった二人はそのまま動かず、まるで時が止まったかの様にも感じられた。彼女は独りきりであった。学校ではクラスメイトに蔑みを受けて虐げられ、家では両親の仲は冷え切っており父と母は互いに別の相手と不倫を繰り返して傷付け合う。誰も彼女を見ようとはしないこの世界で魔人に見初められて非日常を垣間見、BEプリキュアとなった彼女は今本当の自分に目を向けようとしてくれた少女と出逢った。

 彼女は殺してやりたい程に憎く傷つけたにも関わらず友達になろうと手を差し伸べてくれた少女を今この手で刺し貫いた。

 

「みゆき…、御父様よりも先に…アンタと…、みゆきと出逢いたかったよ…っ!」

 

 BEハッピーは大粒の涙を流し、動かないプリンセスハッピーを抱き締める。しかし変身は解け、その姿は私服を着た星空みゆきに変わり、天馬もまた消え失せて二人は落下をする。

 

「駄目だ、アンタが死ぬ事なんてなかったんだっ!

ごめん…、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!

…誰か助けて、みゆきを助けてええっ!!」

 

 BEハッピーの姿もBEカードが抜け出してかつての姿であるおかっぱな髪型にブレザーを着た…どこかみゆきに似た少女に変わり、みゆきを離さず共に落ちて行く。

 …だが流し続ける少女の涙を拭う者がいた。

 

「大丈夫クル、みゆきは死なないクル。」

「…お前、プリキュアの…?」

 

 いつの間にか彼女の目の前にキャンディがいて…、キャンディは光を帯びてその姿を大きな卵の形をした宝石に変えた。少女とみゆきの落下が止まり少女はその輝きに目を奪われ…戦いを続けるプリキュアと魔法少女達もその光に気付いた。

 そして巨大な古きもの…野鎚の頭部に陣取っていた軍服の魔人はその聖なる輝きに不快感を露わにして歯軋りをして唸り、妖刀を抜くとその場から離れて光のある方へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も空は晴れ晴れとしていた。更衣小夜は歌を口ずさみながら私立三荊学園からの帰り道を楽しんでいた。

 

「きょ・うも・いいて~んき~♪

おそらの・ゆうやけ・あかくてきれ・い~♪

あしたも・きれいな・おそらが……。」

 

 ふと歌を止めて立ち止まる。小夜は目の前に立つ一人の少女に釘付けとなり、金縛りとなった。

 長い黒髪の少女は小夜より背は低く黒い襟をした白いセーラー服の様なコスチュームに黒いタイツ姿で額には赤いリボンを巻いていた。

 

「貴女は…誰、ですか…?」

 

 小夜が尋ねても少女は無言を通し、右手に持った鉄の塊を小夜に向けた。小夜はそれを見るや蒼白になるが、黒髪の少女は鉄の塊…拳銃の引き金を引き、小夜の左側頭部を噴き飛ばした。

 

「ウワアアッ!!??」

 

 瞬間に小夜は布団を押し退けて飛び起き、荒い息継ぎをしながら周囲を見渡した。おかしい、いつ布団になど入り込んでいたのか、小夜は今さっき謎の少女に拳銃にて頭の左側を撃たれた筈、視野が狭い…左目が視えない。それに思い出せば頭を起こした瞬間、“ベリッ”と髪の毛が貼り付いていた様な感覚があった。彼女は恐る恐る左目の部分に手をやると…、ゾッとする空洞感ヌメリとした感覚が伝わった。心が冷え、自分が頭を置いていた枕を見た。

 

「…ヒッ、ヒア…、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!!!!!?!?」

 

 小夜は絶叫した。つい今まで頭を置いて寝ていたであろう枕はドス黒い血の色で染まり切っていた。小夜は瞬時に立ち上がり洗面所へと走り鏡を見た。その鏡に映し出された自分の悍ましい血塗れの姿にまたも絶叫する。

 左側頭部が丸々喪失していたのだ。血は既に固まって流れてはいないが、誰がどう見ても生きている状況とは言えず、まるでゾンビ映画の街を徘徊する活ける死体と何ら変わりはなかった。

 

「こんな…、なんで、どうして…、

たすけ…、たすけて、父様!?」

 

 小夜は鏡から逃げ出し、父親である唯芳の姿を探した。

 

「ぎやああアアアアアアあああアアアあああっ!!!!!」

 

 突然、自分以外の女性の絶叫が響き小夜は足を止める。…全く何が起きているのか解らなかった。何故頭の半分がないのに自分は動けるのか、家の何処を探しても父は何故居ないのか、今の絶叫は誰のものなのか、小夜は震える足に鞭打って木貼りの廊下をヨタヨタと歩いて絶叫の聴こえた道場へと向かう。扉の開いた道場の中で、小夜は信じられない光景を目の当たりにした。

 

「うぎっ、ぎっ、がっ、あぎい、いい、いぁ、ぁ…、………」

 

 悲鳴の主は筒鳥香奈子であった。何者かに抱き上げられ、首元にかぶり付かれて血塗れになり苦しみもがき、次第に力無く項垂れて動かなくなった。そのまま打ち捨てられた彼女の首は文字通り皮一枚で繋がった状態で道場の床に“転がった”。

 

「父様…、なんで…!?」

 

 すると今度は境内より悲鳴が上がり、小夜はビクリと肩を弾ませる。そして其処でもまた悍ましい地獄が待ち構えていた。

 耳の代わりに二本の長い腕を生やし、六本の足を持った巨大な大型猫科の古きものが求衛姉妹と時真慎一郎を愉しげに食い殺しており、七原文人がそれを笑顔で見ていたのだ。小夜は文人が目の前の地獄絵図に堪え切れなくなったのだと思い彼を手を伸ばし助けようとするが、彼女の手を掴み止める者がいた。小夜の頭を拳銃で撃ち抜いた少女である。小夜は振り向いてその人物を見入ると…その目は敵意を剥き出しにしたものとなった。

 

「貴様ああ、その手を放せええっ!!」

 

 小夜は強引に掴まれた手を振り解くと、その少女は放り投げられた形となり地べたへ倒された。

 

「んあっ!?」

 

 伏した少女を無視して小夜は文人の元へと駆け寄るが、また少女が彼女の脚を掴み両腕を絡めた。

 

「この…っ!」

「まだ、思い出せないの!?」

 

 小夜は振り解くのを思い止まり、少女の言葉に耳を傾けた。

 

「貴女の頭を撃ち抜いたのはわたし、だけど“本当に撃ち抜いたのはわたしじゃないわ”!

思い出して、貴女は“更衣小夜”ではない筈よ!!」

 

 少女の言葉を聞いた途端、立ち眩みがして小夜は頭痛を催して頭を抱えた。そしてまたもや自分に有り得ない現象が起きている事に気付く。

 

「…そんな、撃ち抜かれた頭が…、治っている!」

 

 小夜はおもむろに文人に目を向けると、彼は残念そうに小夜を見つめていた。

 

「困るな…、“ほむら”ちゃん。後少しで小夜の精神を取り込む事が出来たのに…。

前に僕が撃ち破壊した小夜の左側頭部を同じ様に撃って彼女を混乱させ、僕のかけた暗示を解く切っ掛けにするなんて…乱暴過ぎるとは思わないのかい?」

 

 文人は笑顔を絶やさずに黒髪の少女…、加藤保憲により野鎚の生贄とされ吸収された筈の魔法少女…“暁美ほむら”を非難した。

 

「今、わたしを殺せる位置にいるのは“小夜”だけだわ!

乱暴だろうと何だろうと貴方に彼女をくれてやる訳にはいかないのよ!!」

 

 二人のやり取りが遠くの様に聴こえ、小夜は頭を抱えて目を瞑り、よろけながらも踏み留まった。ふと、頭の中でフラッシュバックが起き、彼女の脳内を駆け巡った。

 文人の特殊部隊に追い詰められて人と古きものの混血である“半面”に捕らえられ、彼の茶番劇とも云える実験に晒されて更衣唯芳を父として学校に通い、様々な人が古きものに喰われる様を見せ付けられ最後は半面である唯芳をその手にかけ、仮初めながらも“大切であったモノ”全てを文人に奪われた。

 此までの凄惨な記憶が蘇り、小夜はその目を開く。

 其処には紅々と灯った赤い瞳があり、七原文人を射殺すが如く睨めつけた。

 

「文人、お前は多くの人を巻き込んで…父様は何故死なねばならなかった!?

求衛ねね、求衛ののは…!?

時真慎一郎、鞆総逸樹、筒鳥香奈子は何故殺されなければならなかったんだ!?」

 

 小夜の問いに文人は笑顔のままで答える。

 

「その名は彼等の本当の名前ではないんだけどね…。其れは君の心を揺さぶる為だよ、小夜。

唯芳は君に近しい存在として気を許していた。本当にね…僕を裏切りかねないくらいに…、だから最期は君の手にかかるのが良いと思ったから強い暗示を掛けてけしかけたんだよ。

そしてメインキャストのみんなはね、単にルールを破ったからだね。香奈子先生のお陰で実験は終了…、まぁ彼女の行動は想定内だし、意外に続けられた方なんじゃないかな?」

 

 小夜は悔しげに唇を噛み血を滲ませた。

 

「同じ人間だろう…?」

 

 あの時、星空みゆきが彼に投げつけた言葉をもう一度文人の前で口にする。しかし彼は少し寂しげに笑い、こう言った。

 

「人間が人間を殺す事は別に異常ではないよ。

何故なら他の動物も同種…そして血を通わせた家族を殺す。…君が同じ古きものを殺し、喰らうのと何ら変わりはしない。」

 

 彼の言葉は真理なのかも知れない。…しかしだからこそ受け入れられない、受け入れてはいけないのだ。

 

「暁美ほむら、お前はきっと戻れる!」

 

 突然の言葉に暁美ほむらは困惑する。

 

「むっ…、無理よ…、わたしの身体はもうこの巨大な古きものと完全に融合してしまっているわ。

わたしのソウルジェムは絶望を無限に溢れさせ、この古きものが其れを吸収して“魔獣”を次から次へと増殖させている。加藤保憲はこの古きものを首都圏に攻め込ませて東京を…、日本を滅ぼすつもりなの!わたしは、この古きものと一緒に死ななければならないのよ!!」

「希望を費やすな、星空みゆきは…、お前を取り戻す為に戦っているんだ!

皆がお前を取り返す為に命を賭して戦っているんだ!

お前も戦え!

…あの娘達の希望を消してくれるな…。」

 

 それは小夜により架せられたほむらへの使命であった。野鎚の外側ではプリキュア達が、魔法少女達が、そしてヘルシング、サーラッドが命の限り戦い続けている。…だが今のほむらが考える最善は自分事この巨大な古きものを葬る事、この古きものの一部となってしまった自分には何も出来ないからこそ野鎚の体内に居る小夜に最後の力を振り絞って語りかけてきたのだ。しかし小夜もまた、ほむらを助けたいと強く思い…彼女が死ぬ事を善しとはしなかった。ほむらは苦しげに胸元を掴み、この精神世界から姿を消す。小夜は後ろを振り返らずに文人を見据えた。

 

「お別れは終わった様だね、小夜?」

「…そうだな、“別れ”…なのかも知れないな…。」

 

 気付けば小夜の服は紺色のセーラー服に戻っており、その右手には日本刀が握られていた。そして文人の背後には小夜が“浮島地区”で斬り殺した筈の古きもの達が霧と共に出現し、文人がパチンと指を鳴らした瞬間、蟷螂の鎌の様な腕を持った大きな地蔵と両の下腕が肘から二本に分かれた人型が彼女に襲いかかった。小夜は日本刀を鞘よりスラリと引き出して鞘を投げ捨て、次の瞬間目にも止まらぬ“疾さ”で地蔵と人型の首を斬り落とした。文人はその神業を前にして嬉しげに微笑む。

 

「やっぱり小夜は凄いや、並みの古きものではもう歯が立たないよ。」

 

 彼がそう言うと、小夜の背後を黒い影が疾風の如く迫り、彼女と交わる刹那に刃を交わし“キンッ”と刃鳴を鳴らした。小夜は予想してはいたが、やはりその表情は悲しみに曇る。

 

「御父…様…。」

 

 小夜に通り過ぎ様に斬りかかったのは古きものと人の間で産み落とされた哀れな存在である“半面”…嘗て小夜の父親と云う役回りをしていた“更衣唯芳”の鬼の姿であった。その手にはやはり日本刀が握られ、小夜に強い殺意を向けていた。

 

「小夜、君はもう一度…唯芳を斬り殺さなければならないよ。」

「何を言っている文人、この精神世界はわたしとお前の記憶を元に“朱食免”が作り出した世界だ。

もう此処にはわたし達しか居ない、今お前を囲っているのは古きものでもなければ御父様でもない。

只のお前の狂気が具現化したものだ。…そんなものにわたしは負けたりはしない!!」

 

 言うが早きか小夜は文人目掛けて跳び掛かり、古きもの共と唯芳が文人の盾となって小夜を迎え打つ。小夜はふと先程の文人の皮肉を肯定した事が脳裏をよぎった。

 

“お別れは終わった様だね、小夜。”

 

 彼女は決してほむらの様に絶望していた訳ではなかった。死ぬつもりも毛頭ない。…しかし、戦いが終わった後にプリキュアや魔法少女達と一緒に帰るつもりも…、真奈達サーラッドと連なるつもりもなかった。

 全ては健やかな思い出の中へと沈めようと…決めていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 小夜は日本刀を上段に振り上げて古きものの群へと飛び込む。七原文人との全ての因縁に決着を着ける為に…。


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