戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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鬼達は因果の果てに狂う…

 キュアハッピーと小夜が地下へ降りた後のエントランス内には見渡す限りに鬼面兵達が苦しげに横たわり、ピース・マーチ・ビューティの三人が肩で息をしながらフラフラながらも足を踏ん張り立っていた。一人軽い息継ぎをして周囲を見渡し、九頭と闘っている筈のアルフォンスを探す。

 

(アル…、何処におるん!?)

 

 すると後ろで“ドンッ”と銃声にしては大きく、バズーカにしては小さな発射音が鳴った。キュアサニーが振り向くと、其処で血塗れの二人が互いの全身全霊を込め闘い続けていた。九頭が右手に握った忍者刀を何度も振り下ろし攻撃するがアルフォンスはボーイズ対戦車ライフルで全ての斬撃を受け切り、彼が刀を振り上げた間を逃さずに自身を軸とし、長い銃身を遠心力を利用してまるで棍を振り回す様に反撃し、九頭を追い込む。距離が離れた所でライフルを構え引き金を引いた。

 “ドスンッ!!”

 銃弾は九頭の下腕を丸ごと奪い去り、その勢いは九頭を後ろへと吹き飛ばした。壁際でグッタリと座り込み、荒い息で呼吸をする九頭にアルフォンスは眼前にライフルの大きな銃口を向けて彼と向き合った。

 

「はっ…、強く、なったじゃないか…アル…。」

「義兄さん…、

何故…、七原文人なんかに下ったんだ?」

 

 九頭は皮肉な笑みを浮かべ、アルフォンスの問いに答えた。

 

「理由か…。

単純な直感だ、俺は彼が世界を制する“王”に相応しいと…出会った時にそう直感した。

七原…殯の先代以前にもいなかったであろう“非人間性”と“強いカリスマ”を持ち合わせた彼こそが俺の主に相応しいと確信したんだ!」

「世界の王だと…、何てくだらない!!」

「アルフォンス、お前などには解るまいよ。

俺は彼になら命を捧げても構わない。使い捨てられても構わない。

本気でそう思った…

そしてその思いは今も変わらない!!」

 

 刹那、九頭は隠し持った閃光弾を使いアルフォンスと彼に駆け寄るプリキュア達の視界を封じた。

 

「くっ、九頭!?」

 

 突然の眩い光に狼狽えるアルフォンスと四人のプリキュアから距離を取り、九頭は胸元より小さな丸い鏡を取り出した。

 ゆっくりと視界が戻ったアルフォンス達は九頭の姿を探し、キュアマーチが彼の姿を見つけた。

 

「みんな、彼奴は彼処にいるよ!!」

 

 彼女の指差した場所は獅子の像が崩れ落ちた台座の上で不敵に笑っていた。左手には丸く小さな鏡を握り、高らかに叫ぶ。

 

「見よ、此が文人様の…、

“世界を制する力”だ!!!」

 

 九頭は天を仰ぐと小さな鏡…七原文人より貰い受けた護符を額に乗せ、その上から下腕部を失った右腕を使い自身の血を浸らせる。すると鏡に梵字が一文字浮かび上がり九頭は目玉が飛び出すかと思える程に見開いて苦しみ始めた。

 

「ふっ…、ふみどザマアアアッ!!!!」

 

 そして全身の血管が浮き上がり、九頭の口から頬を引き裂き、顎を砕いて肉塊が飛び出し九頭の体を悍ましい“古きもの”へと変えてしまった。サニー、ピース、マーチ、ビューティはその姿を見て初めて…そして人であったかも知れない“古きもの”と戦ったあの雪の夜を思い出す。

 5m近い大きさに毛はなく変色した肌の色、ゴリラの様な体躯…。唇のないワニに似た顎と離れ黄ばんだ眼球、そして額には僅かに残った九頭の顔の皮がへばり付いていた。キュアピースは目の前の事実を茫然としながらそのままの光景を呟いた。

 

「人が…“古きもの”になっちゃった…。」

 

 体の震えが始まり…ピースは祈る様に胸に両手をあてると体を強ばらせてしまう。そして威嚇で喉を鳴らす九頭であった古きものは周囲を見渡した次の瞬間、キュアピースに向けて右腕を伸ばした。キュアビューティがいち早く気付くが間に合わずピースに向けて叫んだ。

 

「ピース逃げてえっ!!」

 

 しかしキュアピースは腕の速さに反応出来ず思わず目を瞑ってしまう。しかし腕は彼女を通り越し別のものを掴んだ。後ろから悲鳴がピースの耳に響く。

 

「ヒイイッ、たっ、助けてぇ!!」

 

 古きものに捕まったのは彼女達が戦い昏倒させた鬼面兵の一人であった。鬼面の男はそのまま古きものの口へ運ばれ“ボキャリ”と噛み砕かれた。キュアピースはボトボトと落ちる大量の血に悲鳴も出せずその場で卒倒してしまいキュアビューティが直ぐに駆けつけて彼女を抱えるとサニーとマーチも二人の側に駆けつけた。

 

「ビューティ、ピースはっ!?」

 

 マーチに聞かれビューティはピースを見るが完全に気を失っていた。サニーは歯を軋ませ、アルフォンスに向き直るが…彼もまた九頭の狂行に立ち尽くし…惚けた顔で九頭であった古きものを見つめていた。

 

「アル、やよいが気絶してもうた!

彼方此方に倒れとる鬼面達も助けなアカン!

智恵貸してえなっ!?」

 

 しかしキュアサニーの声に反応せず、鬼面兵達を貪る古きものを無表情に見つめ、小さく呟く。

 

「こんな、こんな結末が…貴方の望みだったのか、義兄さん…?」

 

 “パシンッ”…。

 左頬に熱が隠りヒリヒリと痛み出す。…気付くといつの間にかキュアサニーが目の前にいてアルフォンスの左頬を叩いていた。

 

「…あかね?」

「何呆けとるんや!?

ピース気ぃ失ってウチら動けへん、ほ鬼面達も助けなみんな食われてまう!

お願いや、アル!!」

 

 サニーに叱咤を受けたアルフォンスは改めて周囲を見、九頭のなり果てた古きものとそれに対抗しながらも喰われ殺されていく鬼面兵達。そして今にも泣きそうなキュアサニーが彼の前に其処にいた。アルフォンスは頭を振り、正気を戻した所でサニーの頭を一撫でした。

 

「すまなかった…、動転していた様だ。」

 

 サニーは彼に頭を撫でられた事に頬を染め、首を竦めて俯いた。

 

「いっ、いつものアルに戻ったならええねん…。

 

 そんなサニーの様子に気付いてか、アルフォンスは苦笑し、キュアビューティに抱えられ寝かされながらマーチと二人で起こされ続けているピースの所へ行く。そして彼女の上半身を起こしてビューティと変わり後ろに身を置くと背中の“ツボ”を中指の第二関節を突き出した拳で“グッ”と押した。するとキュアピースは体を跳ねさせ、目を覚ました。

 

「ハッ、なに、なにっ!?」

 

 サニー達はホッと胸を撫で下ろし、ピースの容態を確認する。

 

「ピース、大丈夫か?」

「どっか痛いとことか、あるなら言うてな?」

「もし宜しくないのなら私がおんぶ致しますわ?」

 

 三人から心配されはするが気絶から目覚めたばかりで少々戸惑ってしまうピース。

 そしてアルフォンスも彼女に尋ねる。

 

「黄瀬やよい、“まだ戦えるか”…?」

 

 その言葉に対しキュアピースは我に返ったかの様に真顔となり、コクリと頷いた。

 

「だっ、大丈夫、まだ戦えます!」

 

 そう言うとピースは立ち上がり自分の両の頬をピシャンと強く叩き、気合いを入れた。…少々入れ過ぎたのか、目尻に涙が浮かんでいる。

 アルフォンスは小さな笑みを見せ、四人に伝えた。

 

「お前達は地下へ行け。

小夜と星空みゆきが向かってからあまりに静かすぎるのは二人に何かあったと見るべきだ。」

 

 四人はアルフォンスの推測に同調するが、サニーは辺りから聴こえる悲鳴と銃声に顔を曇らせ彼に尋ねた。

 

「鬼面の奴等…、敵やけど彼奴等も助けんと…。

もう勝負は着いたんやから!?」

「…奴等は助からない。」

 

 彼の言葉にサニー達の表情は凍りつく。アルフォンスは敵であった彼等を見捨てるつもりなのだ。キュアサニーはアルフォンスの黒い外套を掴み、問う…。

 

「…なんで…、そんな事言うねん…?」

「コレは因果応報なんだよ、あかね。

この戦いはそういうものなんだ。只勝つんじゃない、負けた相手は滅びる運命なんだ。

彼奴等は七原文人の目的は知らずとも奴の命令下で数え切れない程の人達の命を奪っているんだ。

…それにさっきの“大きな揺れ”…。」

 

 それは頭上から“ズンッ”と大きな音と同時に起きた揺れでサニー達は地震かと慌ててしまった程だが、揺れ地面ではなく上階より来た振動であった。

 サニー・ピース・マーチ・ビューティは同じ事を考えて身震いをし、アルフォンスは告げた。

 

「…“伯爵”が到着した様だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セラス・ヴィクトリアの影が無数の槍となりクローン技術により復活を遂げた“人狼”に次々と襲いかかり地面に突き刺さる。しかし全てを躱した人狼は残像を残しながらセラスに突撃して勢いに乗った後ろ回し蹴りを繰り出した。セラスはそれを紙一重に躱し右腕のアッパーで顎を狙う。だがそれも頭を横に倒して避けた人狼は伸び切ったセラスの右腕を左手で掴み左足を振り上げ蹴り折った。

 

「ぐぅっ!?」

 

 セラスは悲鳴を呑み込み、また左手の影で反撃し人狼は後方へ飛び退き、セラスも同時にその場を飛び退いた。

 

「セラスさんっ!?」

 

 未だ起きられない杏子とさやかの傍らにいる巴マミは右腕をやられたセラスの名を叫ぶが、彼女は「No problem.」と言ってマミにウインクをして見せる。…すると骨まで露出して折れていた右腕は瞬時に再生、セラスは状態を確かめる事なくファイティングポーズを取った。人狼は無表情ながらもその武骨な顔がみるみると変化し、口が裂け、裸の上半身が獣の体毛で被われ筋肉は破裂せんと膨れ上がっていった。

 

「“WOOOOOOOOO”ッ!!」

 

 猛る興奮を遠吠えに乗せ、人狼が駆け出す。その姿は“オーラ”を纏い、残像は大きな獣…“狼”と化した。マミは眼光が尾を引きセラスに向け駆け走る獣に恐怖する。…しかし迎え討つセラスもまた瞳を鮮やかな赤に灯らせ、その笑みは普段のにこやかなモノではなく残忍さと自信に満ちた笑みであった。

 セラスの心の底から声が響く。

 

《そうだ、迎え討て。

戦力差は歴然だ!》

 

 その声にセラスは目を見開いて同意し、左腕の影が渦巻き勢いを増していく。

 

「えぇ、戦力差は歴然…。

“わたし達”の勝ちですっ!!」

 

 そして巨大な“顎”がセラスを噛み砕こうとした瞬間、セラスもダッと前に飛び出し彼女の影は高速回転して“クロス”を描き、人狼と交差した。そして獣から人の姿に戻った人狼の胸元を中心に両肩から横腹部にかけて赤い線が交差し、血飛沫を上げて崩れ落ちた。

 セラスは当然と言わんばかりに人狼の死体を見つめ、少し切なげに呟いた。

 

「やっぱりクローンとオリジナルは違いますね、“ベルナドット”さん…。」

《あぁ、所詮は模倣品だ。

やってるこたぁ三十年前と全く変わらゃしねぇぜっ!》

 

 しかし其処で安堵出来るかと思いきや、セラスとマミ達を再び取り囲む大小様々のモノ達があった。…“古きもの”達の群れだ。

 威嚇と奇声を発しながら近付いてくる古きもの達にマミと共に杏子とさやかの護りに着いたセラスも動揺を隠せない。

 

「随分と出て来ちゃったわよね、マミちゃん?」

「そうですね、でも此だけの数がわたし達に送られたのならビルにいるとする古きものは少ないのではないでしょうか?」

 

 余裕のない表情で無理矢理微笑んで見せるマミ。恐らくは逃げ出したい気持ちをそれこそ無理矢理抑え込んでの気勢であろう。しかし彼女の言葉には一理有りと納得したセラスは彼方此方に転がっているアサルトライフルを拾い上げて右手に構え、銃口を古きものの群に向ける。

 すると杏子とさやかも多少は回復したのか、フラフラながらも立ち上がり得物を構えた。

 

「あ~あ、ゆっくり休ませてくれないか…。」

「愚痴は目の前の敵を蹴散らしてからにしてよ!」

 

 軽口は叩けども二人は古きもの達を睨みつけ、今にも敵陣に飛び込んでしまいそうな程に戦意を高ぶらせていた。

 

「貴女達は先にみんなの所に行きなさい。」

 

 セラスからの意外な言葉に三人は戸惑う。幾ら彼女が強いからと云ってこの百体近い古きものを一人で相手にするなど自殺行為に等しいかも知れない。さやかとマミは彼女の身を心配し…共に残ると口にしようとするが杏子だけは違っていた。

 

「…頼りにしていいんだな?」

「えぇ、頼りにしていいよ“人間諸君”。」

 

 “人間”…。マミもさやかも杏子も自分達を人間などとは少しも思ってはいない。しかしセラスからの言葉はあまりに自然に聞こえ、気持ちが安らいだ。

 

「…ありがとう、セラスさん。」

 

 さやかはセラスにそう言って背を向けてマントを翻すと、マミは胸元の黄色いリボンを解いた。それは大きく輪を幾つも作り上げると大きな大砲を形成し、マミは引き金を握り叫ぶ。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

 巴マミの最大火力が火を噴いて古きもの共の包囲網に穴を開けその隙間に魔法少女達は飛び込み、超高層ビルへと向かう。セラスは三人の背中を見送り、右手のFNスカーの引き金を引いて9mmパラベラム弾をセミオートで古きものの群に叩き込んだ。

 

《…良かったのか、セラス?》

 

 精神の底よりベルナドットの声がセラスに問う。

 

「わたしの役目は終わったわ、後はマスターに任せるわよ。」

《“旦那”は間違いなく“死の河”を開放するぞ?》

 

 “死の河”…三十年前にアーカードがヴァチカンとミレニアム総勢三千近くの兵を掃滅する為に幾百年をかけて吸い尽くしてきた魂を一気に開放して亡者を己が兵士とする術式である。あの時程の規模ではないにしてもあの超高層ビルの中を亡者で埋め尽くす程の血は“つい先程どまでに溜め込んで来ているのだ”。そしてその中には“見滝原の生徒”の血もあるのである。

 

「それがマスターの“戦り方”だから…、だからこそ後をマスターに押し付けるんだ!」

 

 掛け声と同時に襲い来た大型の古きものを左腕の影にて一刀両断するセラス。影は大きな一対の蝙蝠の羽となって彼女を雪の夜空へと運ぶ。セラスの赤く光る目は眼下の魔物達を見降ろし、吸血鬼ならではの残忍な嘲笑を浮かべて化け物達の四肢と肉片を飛び散らせ、巻き込みながら凄まじい血風の嵐を巻き起こした。


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