戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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嵐を呼ばんとする戦士達…

 殯邸のサーラッドメンバーが集まる部屋ではアルフォンスが大きな長方形のスチールケースを持ち込み、松尾や藤村達は彼とケースを囲み、ケースの中身に興味を向けていた。

 彼の横にいた藤村がケースが開けられるまで待てず、中身の正体を聞いてみた。

 

「レオンさん、コレ…銃かなんかッスか?」

「あぁ、“Boys anti-tank rifle”。

ボーイズ対戦車ライフルだ。」

 

 アルフォンスはケースを開けてその異常に長い銃身をしたライフルを取り出し、松尾と藤村は口をパックリと開いて呆然と立ち尽くす。

 アームズ・ファクトリー社製。

 口径…13.9mm。銃身長…910mm。使用弾薬…13.9x99mmB。装弾数…5発 (箱型弾倉)。作動方式…ボルトアクション方式。全長…1.575m。重量…16kg。発射速度…毎分10発。銃口初速…747m/s。有効射程…91m。イギリスでは既にお役御免となってしまった代物ではあるが、“古きもの”に使用するならばハンドガンやアンチマテリアルライフルよりも威力は格段に強いと踏んだアルフォンスがアーカードを通して個人的に譲り受けていた。アルフォンスは月山比呂を呼び、ボーイズ対戦車ライフルと並ばせると…その大きさは比呂を余裕で越していた。比呂はライフルより小さいとなって頬を膨らませ、藤村はそんな比呂が可愛くてちょっと意地悪を言ってみた。

 

「本当に月ちゃんはちんまいな~♪」

「むうう、藤君のバカ~!」

 

 からかわれた比呂は藤村に向かって行って駄々っ子パンチをお見舞い、やられた脇腹が本気で痛かったのか、藤村は直ぐにギブアップして比呂に泣きを入れた。松尾と春乃が笑い、そんな光景にアルフォンスは自分の過去を重ね、切なげに微笑む。

 不思議と彼の心には皆と触れ合える程の“ゆとり”があった。道を外れた九頭の家と袂を分けた自分を拾い、傍に置いてくれた殯家前当主と彼の家族達。それを奪い取った【塔】、仇となったかつての恩師。この復讐に幕を降ろす事がアルフォンス・レオンハルトの誓いであった。

 生きて帰るつもりはない、だが何故かそれを考えると日野あかねの顔が脳裏を過ぎり…気持ちが落ち着いてしまう。

 自分自身、こんなにもあかねが入り込んで来るなどとは思いもよらなかった。しかし彼女もまた、この戦いに参加する。いざという時にアルフォンスは仇討ちとあかねの安否を天秤にかけなくてはならない。

 彼は静かに己に問う。九頭を殺すか、あかねを助けるか、その様な選択はないかも知れない。だがアルフォンスには説明出来ない予感があり、それを考えるならば答えは決まっていた。

 

(どちらに転んでも、全てを終わらせるさ…。)

 

 アルフォンスは決意を新たにし、今は仲間の馴れ合いの中に身を置くとした。

 パソコンデスクでは真奈が真剣な顔でキーボードを軽快に叩き、その後ろで小夜が珈琲の入ったカップを二つ持ってディスプレイを見つめ真奈の作業を見ていた。

 

「真奈…、コレは何をしているんだ?」

 

 小夜はキーボードの傍らにカップを置き、真奈は「ありがとう。」と言ってカップに一口付けて珈琲を飲む。画面に出て来る情報に必ず出て来る単語に疑念を持ち、真奈に尋ねる。

 

「此はね、みゆきちゃんに頼まれた調べ物…なんだけど、

正直“検索”して見て…かなり気持ち悪い…。」

「検索対象は“加藤保憲”…だな?」

 

 小夜の言葉に真奈が頷く。真奈が言うには加藤保憲の名は意外にも似た内容で多く引っ掛かっていた。…オカルトや都市伝説と云った内容である。

 そしてその多くは大正時代に起きた関東大震災や三十年前の東京大震災、更には三島由紀夫の事件にまでその名前が刻まれていた。

 小夜は険しい顔をより険しくさせて画面を見ながら真奈の話を聞く。

 

「…三島由紀夫が割腹自殺を図る前に“上官”である人と電話で話したってあって、その話の内容は不明だけど…どうやらその上官と言う人が加藤保憲らしいわ。

…本当に時代の影に紛れて闇を操っているかの様な不気味さを感じる…。」

 

 時代の中にある不吉な事件や大災害にその名を覗かせる加藤と言う魔人に小夜は本能的な危機感を感じずにはいられなかった。

 最早その名前は人の物ではなく“呪い”その物ではと思わせる程に…。

 小夜は戦慄を覚え、それを和らげようとその手に持ったカップに口を付け、中の珈琲を一含みして喉に流し込んだ。

 ふと、真奈が気にかかる事を小夜に教えた。

 

「この珈琲、あそこのポットにあった珈琲でしょ?」

「あぁ、さっき矢薙が移しかえてくれた物だ。」

「あの珈琲、“殯”さんが煎れてくれたんだよ。

“俺には此しかしてあげられない”って…。」

 

 その時真奈は小夜の体がほんの一瞬、強張ったのが分かった。小夜はまだ殯蔵人を疑っているのだと彼女は感じるが、それに対して物を言おうとは思わず彼女の言葉を待つ。

 

「…そうか。」

「…うん。」

 

 其処で二人の会話が途切れるかと思いきや、意外にも小夜の方から話を切り出してきた。

 

「真奈は…、この戦いが終わったら…、

どうするんだ?」

 

 真奈は小夜からの質問が妙に嬉しく小さく微笑んで俯いてみせた。

 

「この戦いが終わったら…、本格的にお父さんを捜してみようと思ってる。

もしかしたら…、そう考えてしまうけど、わたしは自分の使える物を全て使ってお父さんを見つけるわ。」

 

 真奈の強い決意は小夜の胸の奥を熱くさせ、自身の心に問いかける。

 

(わたしは…、文人と顔を合わせた時に何をするのだろう?

理性を失い、斬りかかるのか?

それとも彼の話を聞いて懐柔を求めるのか?

…いや、今考えても仕方ない。わたしの目的は文人に会う事だ。その先はその時に考えよう。)

 

 小夜はまだ文人への思いが整理出来ていない。あの男が憎いのは確かである。七原文人は小夜の大切な人達をいとも簡単に切り捨て、古きものに殺させた。

 彼女の父を名乗った者も人間ではなく、彼の手駒として小夜に挑み…彼女に斬られ、その手に抱かれて逝った。

 

「小夜は…、戦いが終わったらどうするの?」

 

 今度は真奈から同じ質問が返り、小夜は思いに老ける。

 

「先の事は考えない様にしている。」

「そう…。なら、わたしと一緒に…、

一緒に暮らさない!?」

 

 …唐突な申し出であった。小夜はキョトンとした顔で真奈を見、真奈は真っ赤な顔になりカチカチに固まった。

 

「おーい、向こうで柊が小夜に告ってんぞー?」

 

 そんな松尾の声が聴こえて真奈はハッとして松尾達に向くと、皆が真奈と小夜を見てニヤニヤと笑っていた。真奈の顔が更に熱くなり、彼女は奇声を上げる。

 

「もおおおーっ、こっち見ないでくださいいっ!!」

 

 決戦当日…。戦いを控えた囁かな緩い時間は過ぎ、黄昏は夜闇に塗り潰されて行った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は深夜の十一時半を過ぎていた。しんしんと雪が降る東京のとある公園より見える巨大な超高層ビルは埋め立て地に立てられ、サーチライトが獲物を探す様に動き、建築物の壁と云う壁を照らしていた。衛星画像には映らないその“ダークタワー”に此より挑む一行は強い眼差しで睨みつける。

 スマイルプリキュア…、星空みゆき・日野あかね・黄瀬やよい・緑川なお・青木れいか…。

 魔法少女…、美樹さやか・巴マミ・佐倉杏子…。

 サーラッド…、更衣小夜・アルフォンス=レオンハルト…。

 通信機の中継サポートとして柊真奈・藤村駿・松尾伊織がミニバンから行い、殯邸からの本部サポートを矢薙春乃と月山比呂が請け負った。

 そして此処にヘルシングからセラス・ヴィクトリアが一行に加わった。

 

「ゴメンゴメン、ちょっと待たせちゃったかな?」

 

 みゆきは軽く頭を横に振る。

 

「いいえ、これ位大丈夫です。」

 

 みゆきとセラスは微笑み合うが、敵の本拠地を前に身を引き締め、真剣な表情に切り換える。

 藤村駿は此から起こるであろう血に塗れた戦場を脅えるかの様にぶるりと震え、寒さに首を竦ませて凍えた両手をポケットに入れた。マミはそんな彼の様子が心配になり傍らに立つ。

 

「大丈夫ですか、藤村さん?」

「あぁ…、大丈夫…かな。

君達が戦いに行くってのに安全な場所にいる僕が恐いとか…言ってられないよ。」

 

 藤村は固いながらも笑顔を作った。そんな彼を見てマミは思う。藤村駿もまた自分なりの弱い心を奮い立たせて此処にいるのだと…、その強がりとも言える勇気にマミは何となくではあったが元気を貰えた気がした。

 

「藤村さん、以前…頂いたメールの返事…。」

 

 マミの言うメールの返事とは見滝原中学が襲われる前日に藤村が送った“告白文”で、杏子に茶化されながらも悩んだマミだったが、前途の理由で返事を返す処ではなくなっていた。藤村は緊張しながらもマミの思い詰めた横顔に釘付けとなる。

 

「メールの返事は…、この戦いが終わったらで…良いですか?」

 

 “戦いが終わったら…”。その言葉は藤村の笑顔を苦笑に変え、彼は小さな声で呟いた。

 

「あぁ、待ってる…。」

 

 それを聞いたマミはとても柔らかな笑顔で藤村に微笑みかけ、その笑顔に彼はその恋心をまた大きく膨らませた。

 …【塔】の本拠地であるセブンスヘブン日本支社の超高層ビルを小夜は愛憎の乱れた赤色の瞳で睨みつける。

 もう直ぐ七原文人と対峙し、自分の在り方に決着が着く。結局七原文人が何を企むのか、何故自分に固執するのか…彼女には理解出来ないままだが、それも後少しの間である。

 全てを文人の口から聞き、全身全霊を込めて彼を否定しなければならない。それこそが自分のすべき事なのだと…小夜は確信していた。

 その結果、自分も文人もどうなってしまうのかは分からない。しかし賽はとっくの昔に投げれている。今は突き進むしかない。その見本をまだ年端もいかない少女達が見せてくれていた。小夜はプリキュアと魔法少女達を見、小さく微笑んで軽く深呼吸をしてまた険しい表情となり雪が降りしきる夜空を見上げた。

 雪雲に覆われた天壌は静かに雪をフワフワと降り落とし、生きとしりける者達の体温をゆっくりと奪い、此から始まる激しき抗争の…嵐の前の静けさを彩った。


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