戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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幼き魂に感謝と賛美と別れを…

 見滝原中学校襲撃事件から三日程が経っていた。此処は陽の光など届く筈もない地の底…。

 かつて日本屈指の天才物理学者…寺田寅彦は明治の大政治家…渋沢栄一の下で行われた帝都改造計画にて東京の地盤の脆さとレンガ壁による火災に対する弱さを指摘して地下都市構想を提唱、軍部の高層ビル計画と真っ向から対立した。

 …しかし地下都市構想は地下鉄とその計画に連なった地下商店街に止まり、その地下商店街もまた大部分が頓挫して百年近くと放置された地下の廃墟が彼方此方に残されるだけとなっていた。

 その土が剥き出しとなったトンネルの奥に大きな空間が広がり、幾つもの鬼火が内部を照らし放置され錆び付いた工事道具や材料等が虚ろな影を浮かび上がらせていた。

 そしてその一角には土際に鎖と杭で両手両足を繋がれ自由を奪われていた白い着物一枚のみを羽織った暁美ほむらがぐったりと首を項垂れて座り込んでいた。

 

「いい様よね~、まさに不幸って感じで絵になるわ♪」

 

 ほむらが項垂れた首を持ちあげると彼女を囲み、バッドエンドプリキュアの五人が薄笑いを浮かべ彼女を見下ろしていた。ほむらは真ん中にいるBEハッピーを睨みつける。

 

「どうして“死んだ筈の四人”が此処にいるの…!?」

 

 BEハッピーはニヤニヤと人を小馬鹿にした笑みをほむらに見せつけて同じ視線にして答えた。

 

「単純に“依り代”が変わっただけよ。

でも前の四人より強いわよ、今度は絶対にあの“偽善者共”を八つ裂きにしてやれるわ!」

 

 それを聞いたほむらの目に殺気が宿るが、今の彼女には何も無く…ソウルジェムまでも敵の手にあった。そしてそれを証明するかの様にBEハッピーは鮮やかな紫色に輝くソウルジェムをほむらに見せた。

 

「魔法少女って面白いのね、この石が魂で出来ていて此を壊さない限りはそう簡単には死なないなんてね…。

ウザったいったらありゃしない!」

 

 BEハッピーは罵ると同時にほむらのソウルジェムを強く握り締める。

 

「ゥグッ!?」

 

 ほむらは突然襲った全身を万力で絞められたかの様な痛みに小さな悲鳴を上げてしまう。そして彼女の異変に気付いたBEピースがニタリと笑いBEハッピーに教えた。

 

「ねえハッピー、その石壊さない程度に痛めると当人も痛いみたいだよ?」

「…へえ、そうなんだ~。」

 

 BEハッピーの顔が邪な嗤い顔となり、持っていたソウルジェムを掌で包み込んでまた強く握り込んだ。

 ほむらの体はまるで大蛇に巻かれ絞められたかと思える程に骨を軋ませ、今まで感じた事のない激しい苦しみに耐えられず悲鳴を上げてしまう。

 

「ひぐぅっ、うああああっ!!!?」

「何それ豚みたい、あっはははははははははははは…っ!!

はっ…!?」

 

 突然高笑いを止めるBEハッピー。他の魔少女達もハッピーを見て蒼白となり、苦しみから解放されたほむらもまた驚きを隠せずにいた。

 ほむらとBEハッピーの間に転がったのはハッピーがソウルジェム…そして斬り落とされた彼女の左手首。そしてBEハッピーの横には日本刀を抜いて立つ自衛官幹部の制服を着た加藤保憲の姿であった。

 

「いいだあああいいいっ!!!!

てっ、わたしのてぇぇ…っ!?」

 

 手首を切り落とされた痛みに泣き叫ぶBEハッピーに加藤は表情変える事なく冷たく言い捨てる。

 

「弁えろ、お前にその石を渡したのはその娘を痛めつける為ではない!」

「…おと…さま!?」

 

 加藤は切り落としたBEハッピーの左手首には目もくれずにソウルジェムを拾うが、しかしそれをほむらには返さず上着の裏ポケットに仕舞ってしまった。

 

「娘共はコレを連れて下がれ!」

 

 バッドエンドプリキュアを一喝し、広場より追い出す加藤。ほむらは荒い呼吸を繰り返しながらも目の前の軍人を上目遣いで睨む。

 

「手を切り落とす必要なんてなかったわ…!」

「何を言っている、一度は額に鉛玉を撃ち込もうとした冷血娘が…片腹痛いとはこの事だな。」

 

 フッ…と小さく笑い、軍人はほむらの前に片膝を付き視線を下げる。

 

「このソウルジェムとやらはお前に返す訳にはいかぬ。

魔法など、お前には無用の長物だ。何故なら、お前には俺より受け継いだ“霊力”が宿っている。

万物が有する超常の力…、俺とかつて俺に手向かった女との間に産まれたからには強力な霊力をお前はその身に宿しているのだ。

その力は二千年を越す“まつろわぬもの”達の大願を成就する為に必要なのだ!

暁美ほむら…我が娘よ、我等が大願の人柱となれ!」

 

 視線を反らすほむらの顎を掴んだ手に力が籠もり、加藤の目に怨念の炎が灯った。

 

「東京を…そして日本を我等親子の手で灰燼に帰すのだ!!

暁美ほむら、お前はその日の為にこの命を繋ぎ止めて来た。

その瞳に憎悪を宿せ、

その口で怨唆を唄え、

その手で破壊を生み出せ、

そしてその儚き命を父に捧げよっ!

それがお前の“宿命”だ、暁美ほむら。」

 

 まるで耳まで裂けたかの様な邪悪な嘲笑と悪魔の様に見開いた三白眼を眼前にほむらの意識が朦朧となる。体の温度が下がり、脳裏に加藤保憲の鬼の形相を残して彼女の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーラッドのアジトではセブンスヘブン…【塔】へのハッキングが成功していた。柊真奈は神憑りな指捌きでキーボードを叩き、セブンスヘブン日本支部の本部であり【塔】の本拠地である高層建築物を見つけ出したのである。サーラッドとヘルシングは出撃を明日の夜に定め、その準備に取りかかる為に殯邸に集まり、魔法少女とプリキュアは杏子の住んでいた街…風見野市に来ていた。

 真冬なので各々マフラーやコートに身を包み、荒れ果てた大聖堂の中に入り、割れたステンドグラスの破片に気をつけながら右手に紙袋を下げた杏子の案内で裏庭へと向かう。

 杏子の後ろに続くさやかは大聖堂を見渡し、表情が沈む。此処は杏子の家であり、彼女の父が母と妹を殺し自ら命を絶った忌まわくも家族の思い出が眠る懐かしい場所なのである。それを知っているのは美樹さやかと巴マミ…、そして緑川なおの三人だけである。さやかは先を行く杏子の傍らに行き、様子を伺った。

 

「…杏子…、本当に此処でいいのか?」

「あぁ、此処でいいさ。

色々ありはしたけど…、だからこそ此処なら“吹っ切れる”気がするんだ。」

 

 そう言って杏子は荒れた裏庭の真ん中に枯れ葉を集め、その上に枯れ木の枝を多めに重ねた。

 

「悪い…なお、紙袋の中身くれ?」

 

 杏子に頼まれてなおは紙袋の中に入っていた“衣類”を出し、杏子に手渡した。みゆきはそれを見て表情を曇らせる。

 

「杏子ちゃん、本当に…いいの?」

 

 みゆきとしてはあまり納得出来ない行為であった。彼女が持つ衣類は杏子がなおと一緒に買い物をして買った千歳ゆまの物で、此からその衣類を燃やそうとしているのである。キャンディもまた名残を惜しみ、涙を目尻に溜めていた。

 

「うう…、ゆまぁ…。」

 

 彼女の願いに皆が集まり、ゆまとの最後の別れとして同意したつもりではあったが、あの幼い少女の笑顔を思い出し…みゆきは未練を感じてしまっていた。杏子が困りげな顔を向けて答えようとするが、“ポンッ”となおがみゆきの肩を叩いて此方に向かせた。

 

「みゆきちゃん、杏子だって辛いんだ。

あの娘の好きにさせてあげて…。」

 

 なおの言う事にみゆきは躊躇いながら頷き、ゆまの衣類を見つめる。黄瀬やよいは目頭を熱くさせ…、涙を抑えられなくなり嗚咽を洩らし、マミもまた彼女につられたのか目尻に涙を溜め、やはり我慢出来ずに声を押し殺して泣いてしまう。それを皮切りにし、れいかやあかねも涙を流し、杏子は衣類を乗せた枯れ木を積んだ奥の枯れ葉に火を付けた。火はゆまの衣類に燃え移り、高く昇らせた。みゆき達も杏子達も皆が燃え盛る焚き火を見つめ、その中にゆまの笑顔を映し出した。杏子は皆に背を向けながら小さな声で話し始める。

 

「何でかな…、あたしの好きな人達はみんないなくなっちまうんだよな…。

まぁ、あたしもこんな性格だから…元々ダチもいなかったし…、

そーゆー星の下に生まれちまったのかね~?」

 

 冗談めいた口調で杏子は振り返り笑って見せる。分かり易いやせ我慢であるが、さやかはその笑顔に笑い返して杏子に“ピチンッ”とデコピンをお見舞いした。杏子は両手でおでこを抑え下を向く。

 

「いってーっ、さやか、それマジで痛い!」

「アンタがらしくない弱気な事言ってるからよ。

わたし達がいなくなる訳ないじゃない。そうでしょ、みんな?」

 

 さやかがマミやみゆき達を見て問いた。それは彼女なりの…、此より死地へ向かう戦士の誓いでもあった。それに一番に応えたのはなおで左腕でガッツポーズを取り上腕をパシンと叩く。

 

「当たり前だ、あたし達はみんな一緒さ!」

 

 次にれいかが…、やよいが笑顔となる。

 

「私達の行く道は茨の道ではありますが、皆と一緒に何処までもついて行きます!」

「わたしは泣き虫だけど、みんなと一緒にいたいから…みんなが大好きだから、

いなくなったりしないよ!」

 

 マミとあかねも互いに笑顔で見合わせ、強く頷いてみせた。

 

「わたしだって死ぬのは嫌だし、独りになるのも嫌いよ。

そうでしょ…佐倉さん?」

「みんなでいれば何だって出来る!

ウチらは“運命共同体”や!」

 

 みゆきはみんなの誓いを聞き、胸が熱くなる。違う理より力を得た者達だが、正に一つとなり“大きな力”となっている。それは光のみではなく、闇もまた合わさり共にある。

 今夜…【塔】との戦いに終止符を打ち、ほむらを助け、魔人加藤との死闘に勝利する。れいかの言う通り彼女達の道は茨に囲まれた険しい道だが、みゆきは負けるなどと云う気が全くしなかった。

 

「【塔】に勝って、ほむらちゃん助けて加藤さんにも勝ったらみんなでショッピングに行こうよっ?

そしてお昼はケーキバイキングで甘くて美味しいケーキを一杯食べてゲームセンターとか寄って一杯踊って、カラオケで一杯歌って帰って…そして次の日もメールし合ったりするの。

うん、コレ決まり♪

あー、今から楽しみ~♪♪」

「キャンディも一緒クル!」

「うん、キャンディも一緒!」

 

 みゆきの無茶苦茶に聞こえる計画もキャンディの無邪気な同意で彼女達にはまるで初めての遠足の様な感覚になって心が躍った。

 皆が焚き火から立ち上る煙を見上げ、笑顔を持って千歳ゆまを見送り、杏子は誓う。ゆまとの短い記憶を忘れはしないと…、無意味な死を迎えたりはしないと…。次にゆまに“会う時”は胸を張って会うのだと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた大聖堂の裏庭…、誰もいない空間に水をかけられ鎮火した焚き火の跡を赤い外套を翻す人物が独り見下ろす。そして剥き出しの茨のままの薔薇の花を一輪…親指と人指し指で挟み持ち、それを焚き火の跡に投げた。

 

「千歳ゆま…、久し振りの幼い純血は正に最高の御馳走となった。

…小さくも気高い魂に安息を…、“エイメン”。」

 

 人間の魂への賛歌など、いつもの彼ならば有り得ない行動である。ましてや“かつての宿敵”が事ある事に口にしていた神を讃える言葉などは…。しかし彼は気紛れだ、此までプリキュアや魔法少女達の戦いを見続けて幼くもそれでも前に進もうとする人としての生き様を垣間見たのだ。彼は諦めない人間が大好きだ。死を賭して戦う人間が大好きだ。…尊敬に値する、崇拝に値する。戦いの中で散った幼き少女にアーカードは本心で敬意を表し、その場を去るのだった…。


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