戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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夢に現れし不思議な少女…

 ヘルシング機関よりハッキングの了承を得たサーラッドは直ぐに柊真奈を中心にセブンスヘブンのサーバーへのハッキング作業に取り掛かった。

 ハッキングが成功するまで凡そ数日、もし失敗すれば殯邸は発見されて襲撃を許してしまう事となる。言わば此は背水の陣なのだ。【塔】とサーラッド、そしてプリキュア・魔法少女・ヘルシングの最後の戦いが今此処に幕を開けようとしていたのである。

 みゆき達プリキュアと美樹さやか、巴マミは一旦自分達の自宅へ戻り、佐倉杏子はマミのマンションへ泊まる事となった。

 みゆき達はまだふらつくやよいを家に送り、彼女の母親に深々と頭を下げて謝罪をした後各々の家に帰宅した。

 それぞれの家でみゆき・あかね・やよい・なお・れいか、そしてさやかも家族に怒られ…泣かれたりと大変であった。

 

「みゆき、ゆまは大丈夫クル?

急に家を出て行ったからみゆき達を助けに行ったと思ったクル~。」

 

 すると…彼女の体が小さく震えだし、キャンディを抱える腕に力が篭もった。

 

「…キャンディ、ゆまちゃんには…

もう、会えないの…。」

 

 みゆきはそのまま座り込み、キャンディにすがりすすり泣く。…そしてキャンディもまた彼女の様子で全てを悟り、胸元に顔を埋めてゆまの為に一緒に泣いたのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原町のマンション…巴マミが一人暮らしをしている一室で佐倉杏子は胡座をかいて出されたチョコレートケーキを手掴みで口に運んでいた。マミは二人分の紅茶を用意しながら呆れがちに杏子を見て注意する。

 

「もう、また手掴みで食べて…。お行儀悪いわよ佐倉さん?」

 

 杏子はマミの説教に横目でジトリと見て言い返す。

 

「ウッセエ、こうゆうのはラフな食い方が一番うめえんだよ!」

「…そんな訳ないでしょ。」

 

 三角デザインのテーブルを挟んで向かい同士で座り、些細な事で言い合いながらマミが淹れた紅茶を杏子はずず…っと音を立てて口に含んだ。

 

「…いつもだけどさぁ、マミって紅茶淹れるの上手いよな?」

「な~に、普段は褒めもしないのに今日に限って…?」

 

 何気なく聞き返すマミだが、その理由は別に答えずとも解っていた。杏子が自分の部屋に押しかけた理由も同じく理解している。

 彼女は自分の事を気にかけてくれ、一緒に居てくれているのだ。魔法少女である四人の中では年上ではあるが、メンタル面では恐らく自分が一番弱いのだと杏子は思っているのだとマミは解釈していた。自分自身、自覚もしている。

 …仲間として信頼されていない…。

 そう考えてしまったマミと何を考えているか解らない杏子との会話はそれっきり途絶え、お互い目を合わせずに沈黙の時間が流れた。

 …時刻は深夜の午前二時。杏子は何気なくマミの様子を横目にチラチラと見始め、マミもそれに気付いて聞いてみた。

 

「何、私の顔に何か付いてる?」

「いや…、つうか…

マミさ、もしかしてあたしに信用されてないとか…思ってる?」

 

 思わず“ドキリ”として杏子の顔をマジマジと見てしまうマミ。

 

「…貴女、心も読めるの!?」

 

 杏子はそんな彼女の言動に大きな溜め息を吐く。

 

「んな訳ないだろ、何となくだよ。

マミってさ、お淑やかだけど意地っ張りで自分の気持ち溜め込むタイプで一度爆発すると止め処ない面倒臭い女だから心配して来てやったんだよ。

だけど何か不満そうだからそんな事くらい思ってんのかな~って思ったんだ!」

「誰が意地っ張りで面倒臭い女よ!?」

 

 “む~っ”と唸りながら睨み合う二人だが互いに可笑しな顔だったのか、プッと頬を膨らませて吹き出して笑い出した。

 

(ああ…、そうか…。)

 

 マミは間違っていた。杏子もまた…独りきりになるのが嫌だったのだ。みゆき達やさやかには家族がいる。…だが彼女には家族はいない。…千歳ゆまも逝ってしまった。だから同じ境遇であるマミの部屋に来て身を寄せ合える相手が欲しかったのである。そして彼女もまた杏子と同じであった。…だから杏子を拒まず招き入れたのである。

 マミは一口紅茶を含み、一言を呟く。

 

「…やっぱり、独りきりは寂しいわよね…?」

 

 その言葉に杏子は何処か自嘲気味な笑みを浮かべ応える。

 

「…そうだな。」

 

 そして二人は攫われてしまった暁美ほむらの身を案じながらも、一先ずはこの短い安らぎに身を落とす事とした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【塔】の本拠地…セブンスヘブン日本支社ビルでは大きな動きが地下深くのラボにて起きていた。

 強い私兵達を集め、ミレニアムの遺産である吸血鬼への改造手術を開始していたのである。一人…また一人と拘束具で動けなくされた兵が手術室に運ばれ、彼等の意思に反した外道の施術が行われていき、手術を終えた者達には捕まえられていた浮浪者や未成年者保護条約を破った一部の若者達を“餌”としてあてがう。

 

「イヤアアアアッ、此処から出してええええっ!!!!」

 

 補導員に捕まり、カリキュラムによる洗脳が効かない者や身元が分かりづらい者達は皆ラボの実験体とされ、今までは“古きもの”を人為的に取り憑かせる依代となる筈であったが…、今回の吸血鬼面兵の量産にあたり彼等の食料にする事が決定した。

 先程から悲鳴を上げて出口のない真っ暗な部屋を右往左往する少女に施術を終えた兵士が裸のまま放り込まれ、赤く光る目が闇の中に灯る。

 それを見た少女は更に怯えて半狂乱に叫び出した。

 

「だせええええ!!

何なのよわたしがなにしたのよおっ!!!?」

 

 彼女は怒りも見せつけて泣き叫ぶが次の瞬間、裸の兵士が少女の首に“がぶり”と喰らいついた。少女は悲鳴を詰まらせ、ゼーッゼーッと喉を鳴らすが首の皮を頸動脈事喰い千切られ少女は絶命…吸血鬼と化した兵士は少女の亡骸に覆い被さって首の傷口から血を啜り陵辱の限りを尽くした。常人ならば凝視出来ないであろう光景を黒服姿の九頭は特殊ガラス越しに冷ややかな視線を送り興味がないとばかりに背を向ける。

 其処に自動車椅子を走らせる眼鏡をかけた太った男が呼び止めた。

 

「ハッハ…ッ。

やはり僅かに心が痛むかな、ニンジャマスター?」

 

 少佐に話しかけられた九頭は不快とばかりに彼を睨み、無言で横を通り過ぎて行った。少佐は怒ろうとはせず、忍び笑いをして入れ替わりに特殊ガラスの向こうを見る。

 

「解っているさニンジャマスター。武者震いが心地良いのだろう?

わたしはお前をあの小僧より理解している。

しかし全く勿体無い逸材だ。小僧はお前を簡単に使い捨てしてしまう気でいて…お前は小僧に使い捨てられるのを強く望んでいる。

勿体無い話だ。

あ~勿体無い勿体無い…。」

 

 クク…ッ、と嗤い少佐は吸血鬼手術を終えたもう一体の観察を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜三時を回り、既にベッドで深い眠りに付いているみゆきとキャンディ。二人の目は赤く泣き腫らした事が窺えた。

 二人は不思議な夢の中に微睡み、その中で目をパチクリさせながら辺りを見渡した。其処はガラスの壁が並んだ見滝原中学校の教室内でホームルーム前の生徒達が“わいわいがやがや”と騒ぎ友達同士の会話を楽しんでいた。

 みゆきの表情は強張るが、その生徒の中に美樹さやかの姿を見つけて少し安堵し、彼女を呼んだ。

 

「美樹さーん、この教室何なのかな!?」

 

 しかしさやかはみゆきに応えず、隣に立つ志筑仁美ともう一人の少女を席に囲って会話を楽しんでいた。

 思えばパジャマ姿のみゆきに対してどの生徒も反応せずまるでみゆきの存在がないかの様に皆が振る舞っていた。

 不安を隠し切れないみゆきとキャンディだが、ふと気付くとさやか・仁美と話していた少女がジッと此方を見つめており、ニコリと小さな微笑みを見せた。

 

「ごめんね、驚かせちゃって…。

この空間は失われてしまったわたしの時間のほんの小さな断片なの。」

 

 そう言って少女は席を立ち上がりみゆきの方へ歩み寄る。

 赤いリボンで結った小さくふわふわなツインテールとみゆきくらいの背丈に見滝原中学校の制服を着たその少女はみゆきの前に立ち、自己紹介をする。

 

「わたし鹿目まどか、元見滝原中学校二年生。

今は…魔法少女を導く“円環の理”と言う存在かな…。」

「はっ、初めまして…星空みゆきと申します。

…あれ、“えんかん”??」

 

 魔法少女を導く円環の理…、確かほむらに聞いたかも知れない名称にみゆきは“ハッ”として言葉を失った。


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