戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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異邦人の朝…

 次の日の朝、あかね、やよい、なお、れいか、そしてキャンディは謎の異空間に存在する…その名の通りの場所、“不思議図書館”に仲間達で作り上げた秘密基地に集まっていた。

 四人はテーブルの上にいるキャンディを囲み、決意の眼差しで互いに見つめ合った。

 

「…みゆきを助けに行く、みんな準備はええか?」

 

 あかねの言葉に三人は無言で頷き、キャンディも「クルッ!」と決意を露わに頷いた。

 昨日…、みゆきが囮となって戦闘ヘリを引き受け消えた後にあかね達は結局動く事は出来ずにこの不思議図書館の秘密基地で一夜を過ごした。四人は各々の家に連絡を入れ、その後は一言も喋らずに床に伏す。

 しかし誰一人眠れた者はおらず、四人共目を赤く腫らして朝を迎えたのである。

 あかね達は不思議図書館のズラリと連なる本棚と向かい合うと、全員がみゆきの顔を思い浮かべてあかねが目線の段の棚の本を一冊抜いて右へずらし、その下の棚も同じく一冊抜き取ってずらす。そして元の棚の並んだ本の真ん中を両手を入れて扉を開ける様に隙間を広げた。

 すると其処から眩い光が溢れたかと思うと、あかね達はその光に呑み込まれ、そして光と共に消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空みゆきは暗い空間に一人…ふかふかのベッドに横たわり、やはり目を腫らし眠れずにいた。

 昨晩起きた出来事が頭の中で再生しては巻き戻され、あのパンッと云う不快な銃声の音がリピートされる。…そして最も気掛かりなのはキャンディ達と昨晩出会った人達である。

 

(みんな…大丈夫かな?)

 

 そんな事を考えていると、突然辺りが明るくなって広い高級ホテルの様な部屋がみゆきの前に広がった。

 

「うう、眩しいよ~!?」

 

 気付けば部屋にはスーツを着た見知らぬ外人女性がカーテンを開けた窓側に立ち、無表情でベッドで上半身を起こしたみゆきを見つめていた。

 

「ミユキ様、只今8時24分で御座います。

此方に朝食を御用意致しましたのでどうぞ?」

 

 事務的な口調の女性にみゆきは茫然として首を縦に振った。

 実は今、星空みゆきはとんでもない所に連れて来られていた。あのアーカードと言う男は後戻りの出来ない場所だと言っていたが…、その言葉に相応しいであろうこの場所は本来ならみゆきが一生涯足を踏み入れる筈のない…いや、踏み入れる事の出来ない。日本にあって日本ではない領地。

 “駐日英国大使館”、星空みゆきがアーカードによって連れて来られた場所の名前であった。

 女性…恐らくは大使館の職員なのだろうが、その態度は機械的と言うより何処かに怯え、それを隠そうとしている様な…そんな風にみゆきには思えた。

 館内を数分歩き、案内された広間には目立つ場所に現イギリス女王の絵画が飾られ、広間の真ん中には簡単な朝食が用意された木製の高級そうなテーブルが置かれていた。

 みゆきは豪華な椅子に座り、豪華なテーブル…豪華な食器に盛られた…質素な朝食を見つめる。

 

(・・・ちょっと焦がしただけの食パンと黄身の潰れた目玉焼き、極めつけは真っ黒なベーコンに…)

「何でこーきゅーワインが置いてあるのよーっ!?!?

わたしまだ未成ぇ年なんだからーっ!!」

 

 この突っ込み所満載の朝食を見てもう一つ気付いたのでみゆきは先程から入口脇で置物の様に綺麗な立ち姿でいる女性職員に頼み事をする。

 

「あの~、出来ればお箸を…?」

「オハシは大使館には御座いません。」

 

 “ガーン”と云う擬音が似合いそうな顔のみゆきは両脇にあるフォークとナイフを両手に持ち、溜め息を吐いて狭い範囲で薄茶の食パンの上にフォークとナイフをぎこちなく使って黄身が殆ど流れてしまった目玉焼きと黒こげのベーコンを乗せて折り曲げて挟む。

 ふとお皿の隅にブロッコリーを一つ見つけ口の中に放り込むみゆき。

 

(・・・茹で過ぎ。)

 

 そしてサンドイッチにした朝食をモシュモシュと食べるが、中の黒こげベーコンの苦さに顔をしかめた。

 

「ククッ、どうやら此処の朝食はお気に召さなかった様だな…みゆき姫?」

 

 女性職員が立つ入口の扉から聞こえた声に呼ばれ其方へ向くと、開かない扉をすり抜けて赤いロングコートを着こなした男…吸血鬼アーカードが現れた。扉横にいた女性職員は思わず後退るが腰を抜かしてペタリと尻餅をついて動けなくなる。

 アーカードはそんな彼女を無視してみゆきの座るテーブルの向かいの椅子に腰を据え、赤く灯る瞳でみゆきを見つめた。

 みゆきは見つめられて気恥ずかしくなり下を向いてサンドイッチをモムモムと少しずつ食べる。

 

「銃で撃たれた傷の具合はどうだ、昨日の時点で血は止まっていた様だが…?」

 

 アーカードの素朴な質問にみゆきは呆けるが、昨日の荒事を忘れていたかの様にアッと驚いてスカートを捲り右腿を確かめた。

 

「・・・傷が…ないっ!

アーカードさんが治してくれたの!?

それともイギリスの最新医学の成果!?!?」

 

 それを聞いてアーカードは含み笑いが堪え切れずに牙を剥き出しにして大笑いを始めた。

 

「アッハッハッハッハッ!!!

私がお前の傷を治したならお前は私に咬まれて既に吸血鬼になっていなければならない。

そしてイギリスの医術は人の生傷を一日で消せる程発展してはいない。」

「じゃあどうして…、わたし歩いても痛くなかったよ?」

 

 不思議そうにアーカードを見るみゆきだが、アーカードとて確かな答えを持っている訳もなく彼は何処から戸もなく取り出した輸血パックにストローを刺すと、その中の赤い血を飲み始めた。

 さすがにみゆきでもその彼が吸血鬼であると証明する光景は思わず息を呑んでしまう。

 

「単純にプリキュアとやらの治癒能力と見ればいい。

今までの戦いでお前達が五体満足でいられるのはポケットの中に入っているコンパクトのお陰だとな。」

 

 アーカードにそう言われ、ポケットからコンパクトを出して確かめる。

 可愛らしいピンク色の…込み入った装飾をしたコンパクト…“スマイルパクト”をマジマジと見つめたみゆきは改めてプリキュアとなった時の自分が“超人”である事を自覚する。

 

「プリキュアってやっぱりスゴイな~。」

 

 そう、みゆきが一人ごちをすると…アーカードの胸元から携帯の着信音が鳴り、アーカードは携帯を取り出し電話に出る。

 

(やっぱり現代の吸血鬼も携帯電話は必須のアイテムなのね。)

 

 なんて事を考えるみゆきだが、アーカードがニタリと笑うのを見て胸の奥に抑えていた不安が揺さぶられた。

 

「…分かった。

この広間に連れて来い。」

 

 そう言って携帯を切り、胸元に仕舞うとアーカードはみゆきに視線を向けて伝えた。

 

「みゆき姫、今日はお前にサプライズだ。

もう直ぐお前が今最も会いたい者達が此処に来る。」


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