戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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仮面の下にありしは嘲笑…

 殯の書斎にて…、プリキュアであるみゆきとなお、小夜にサーラッドのサブリーダーの春乃、そして魔法少女達三人は書斎デスクを挟んで車椅子に座った殯蔵人と対面していた。

 春乃は脇へ寄り、皆の話の成り行きを見守る事にする。蔵人は仕事の書類なのか、先ず此方を片付けると言って万年筆を書類の上に走らせる。…そして最後の一枚を書類の束の上に乗せると小夜…みゆきとなお…魔法少女の三人の順に視線を回した。

 

「…つまりアーカードが言うには俺の心を“読心能力”を使って読めない事実から…、君達に信用するなと…釘を刺した訳だな?」

 

 彼は特に感情を見せず、車椅子の背もたれに身を預けて溜め息を吐く。

 

「かつてこの国は異界より出でしもの…“古きもの”と契約を交わした。

その約定を“朱食免”と云う。

内容は一部の人間は喰らわず、定数を守れば他の人間は食らってよいと云うものだ。

…俺と文人は代々その朱食免を隠し守る一族の“末裔”なんだよ。」

 

 此にはみゆき達だけでなく、彼の秘書として勤めてきた春乃も驚くしかなかった。さやかはその事実に不快を露わにし、蔵人を睨む。

 

「つまり貴方は…、【塔】と繋がりを持つ人間って事なんですか!?」

 

 さやかの問い掛けに蔵人は首を横に振る。

 

「…正確には“あった”だな。

かつては殯家が表から政を司る者達に朱食免の存在を祀り立てさせ、七原が裏より殯家と朱食免を守護する役目を担っていた。

…文人が袂を分かつまでは…。」

 

 六年前、悲劇は突然訪れた。文人と九頭が率いる鬼面部隊が殯邸へ押し入り、蔵人独り残して家族を皆殺しにされた。父、母、妹…、使用人も含め全員であった。その時ボディガードであったアルフォンス・レオンハルトは九頭の策略にハマり殯邸から離され、彼が戻って来た時には蔵人は妹の亡骸の傍らで死人同然に座り込んでいた。

 殯蔵人もまた、七原文人の狂事の犠牲者であると知ったみゆきは一時でも彼を疑った自分を恥じるが、反対になおは蔵人を見据えて質問を投げかけた。

 

「…どうして、七原文人は貴方だけを助けたんですか?」

「朱食免は代々殯家当主が預かり護っていた。

俺も其れがある場所は親父から聞いていたからな。前当主より次期当主の俺の方が扱いやすいと踏んだんだろう…。

だが実際場所が分かってもそう簡単に手を出せる場所には隠していない。だから文人は一旦朱食免を諦め、俺を泳がせておく事に決めたのさ。

だが只監視を受けている俺じゃない、アルフォンスの協力と親父達の残してくれた財産を使えば雲隠れするなど容易だった。…後はこの“シスネット”を買収して下地を作り、彼等サーラッドと出会って今に至る…。

あの吸血鬼の読心に関しては…正直何も言えないな。君達に俺への不信感を煽った理由は奴に聞いてみるといい。」

 

 なおは表面上は納得してみせる。…だが蔵人の話を聞いて改めて彼への疑惑を直に感じた。

 

(…やっぱりこの人は信用出来ない。

今の話を疑う理由はないけど、彼の目…。

…鋭い目…、笑ってはいないけど何処となくジョーカーを思い出させる!)

 

 ジョーカー、プリキュアである彼女達にとって本来戦い倒さなければならない仇敵。…しかし今は休戦協定を決めて【塔】との決着がつくまではバッドエナジーの搾取もしないと約束させているが、プリキュア達にそっくりのバッドエンドプリキュアが現れた時点で早々の破棄をされたと皆がみている。

 さやか、マミ、杏子もなおと大体近い考えをしており、表向きは蔵人の話を信じたフリをした。

 しかしみゆきだけは彼が両親と妹を殺されたと聞いて涙を一杯に溢れさせて嗚咽を呑み込み、大きな声で「ごめんなさいっ!!」と叫び周囲を動揺させた。

 

「わたし…っ、色々な事が一度に起きたから、どうすればいいか解らなくて…。

殯さんが疑われ始めたのを、いい事に…、みんなを纏める理由に利用して…、ごめんなさい…っ!」

 

 なおは嗚咽が止められないみゆきを気遣い、ハンカチで涙を拭いてあげるが…、鼻から垂れ下がる鼻水を見て苦笑いを浮かべ…ハンカチを鼻にあててあげた。

 

「ほら…、みゆきちゃん?」

 

 “チーン、ブフッ”。

 

 みゆきは遠慮なくなおのハンカチに鼻水を吹きつけ、離した所で“ねばり”…と糸を引いてしまった。

 小夜以外の…、部屋の中の皆がこう思う。

 

(おっ…、お約束…!)

 

 本人は至って真面目なのだが、やはりなかなかキマる事は難しいみゆきであった。そんな彼女を小夜は僅かに口元を綻ばせて見つめる。

 

(星空みゆき…、お前を見てるととても心地良さを感じるよ。

本当に何故なんだろうな、お前達の様な娘達がこんな戦いに巻き込まれるなんて…。

あの“男”は一体何を考えているのだ!?)

 

 小夜はやはりアーカードの思惑が読み切れず、無意識の内に表情が険しくなってしまっていた。

 そんな時、ドアがノックされて春乃が開けると…其処には柊真奈と他のサーラッドメンバー。そしてあかねとアルフォンスが揃っていた。

 

「どうした?」

 

 蔵人が聞くと真奈は少し怖じ気づきながらも声を強くして言った。

 

「殯さん、わたし…ハッキングをします!

【塔】の…七原文人の居場所を突き止めます!」

 

 みゆきとなお、魔法少女達は何を言っているのか理解していなかったが、サーラッドメンバーとアルフォンス…あかねは先に話を聞いていたので彼女の勇気に共感し、小夜は真奈に視線を送り、微笑みかけた。それを見たのか真奈は頬を赤くして照れくさそうに苦笑した。

 そして殯は暫し考えて答えを出す。

 

「もう、来る所まで来たのかも知れないな。

…だが今は我々の一存だけでは決められない。英国のヘルシング卿に同意を頂こう。

そして決まり次第、【塔】の…セブンスヘブンのメインコンピューターにハッキングを開始する!」

 

 殯の強い決意を聞いた松尾と藤村はハモって「ヨッシャアッ!」と掛け声と一緒にガッツポーズを取り、比呂は真奈の腕に掴まり笑顔で彼女を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英国大使館では暗くした資料室で椅子に座るアーカードと彼の横に立つセラスが向かいのスクリーンに映し出されたインテグラと今後の動向について会議をしていた。

 

『先程、殯蔵人よりセブンスヘブンへのハッキング…そして此方からの奇襲作戦の承諾を求めてきた。』

 

 スクリーンのインテグラからの話にアーカードは愉快げに口笛を吹き、セラスは反対に眉をひそめる。

 

「インテグラ様、その殯と言う男は信用出来ないんでしょ!?

…ならそんな作戦断るべきです!」

 

 セラスの意見を聞いたインテグラは無言のままアーカードに視線を向けて意見を求める。

 

「ハッ、信用出来ない所か殯蔵人は我々の敵だ。

何せ…自分の野望の為に家族を“犠牲”にしたのだからな。

六年前、奴は自分達の護衛であるアルフォンス・レオンハルトを“偽の遣い”を用事たて外へ出し、七原の私兵を招き入れ…己が血を分けた者達を一掃したのだ。あの屋敷の地下に眠る乾き埃に埋もれた“血”が全てを教えてくれた。

…だからこそ承諾すべきだ、インテグラ!」

 

 彼の言葉に驚くセラス。しかしインテグラは予測していたのか含み笑いをして見せ、葉巻の先を切り火を付け口に加えた。

 

『最後なんだな、アーカード?』

「最後だ、インテグラ。

サーラッドのハッキングテクはなかなか使える。いや、例え使えなくとも【塔】は自ら晒け出す。

始めから終わりの筋書きは決まっていたのだ。

“我々が奴等の牙城に乗り込む事で全てが決する”のだとな!!」

 

 アーカードは牙を剥き出しに笑う。化け物が持つ狂気を晒し、赤い瞳を紅々と輝かせる。インテグラもまた口端をつり上がらせて威厳のある顔付きに笑みを刻む。

 そしてセラスもまた不敵に笑みを浮かべてその内に秘めた吸血鬼としての戦意に火を灯す。

 インテグラは画面越しに立ち上がり、“ズパッ”と右手でアーカードとセラスを指差した。

 

『命令は変わらない。

【塔】及びミレニアムが残した遺物、そして立ちはだかる全ての者に鉄槌を下せ!

“Seach & Destroy”!!

我等の敵を…殲滅せよ…っ!』

 

 凄みを帯びた声でインテグラの命令が下るとアーカードもまた立ち上がる。

 

「認識した、マイマスターッ!」

 

 そう言い残し、アーカードは姿を消した。セラスも部屋を出ようとするとスクリーンのインテグラが彼女を止めた。

 

『セラス、お前にはもう一つの命令を下す。

…少女達を全身全霊で守り抜け、誰一人死なせるな!』

 

 それはインテグラの中にあった彼女達への罪悪から来た命令であった。其れだけを言い残し、セラスの返事を待たずにインテグラの姿もスクリーンから消える。

 セラスは苦笑して小さな声で何も映っていないスクリーンに敬礼を返した。

 

「イエッサー、マイマスター。」


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