生まれる疑念と奪われたもの…
見滝原中学校の襲撃事件から一夜が過ぎ、時刻は11:00を過ぎていた。みゆき達は不思議図書館を通り、サーラッドの本拠地である殯邸に身を寄せ…黄瀬やよいを個室に休ませてもらっていた。
今彼女は加藤保憲に呑み込まされた蠱毒に侵され、意識が戻らずにいた。変身も何故か解けずプリキュアの姿のままベッドに横たわり、何の反応もなく眠っている。みゆき、あかね、なお、れいかは戦いで疲れ果てた体と曇らせた表情でずっと眠らずにやよいの様子を見守っていた…。
其処に小夜と柊真奈…お盆を持った矢薙春乃の三人が部屋に入って来た。
「やっと“来た”わ、“猪の毛と聖水”。」
矢薙が手に持っていたお盆の上の物をみゆき達に見せる。あかねは不安な顔でお盆の上の固そうな獣の長い毛を見る。
「…コレでほんまにやよいの中の蠱毒っちゅうヤツをやっつけられるんか?」
あかねの疑問も最もではあった。昨日の時点で“蠱毒”と聞いた殯蔵人が猪の毛を特注し、聖水は英国大使館の方で用意して貰っていた。…しかし聖水は理解出来るのだが、何故猪の毛も必要なのか。その答えは部屋の外にいたアルフォンス・レオンハルトが教えてくれた。
「腹の中の虫…、“腹中虫”の息の根を完全に止める為だ。
対象に聖水と一緒に猪の毛を飲ませ、臓腑に巣くう腹中虫を猪の毛が串刺しにして下す。日本では宮水を使う所だが聖水でも問題はないから此で内腑を洗浄、腹中虫の死骸を吐かせ…それにまた聖水をかけて浄化するんだ。」
アルフォンスの話を聞いたみゆき達はやよいが助かると分かりホ…ッと胸を撫で下ろすが、ふと矢薙が些細な疑問を口にする。
「…でもやよいさんは意識がない状況なのにどうやって飲ませるの?」
「“口移し”だ。」
部屋の空気が凍りついた…。
(真剣な顔をして何を言い出すんだこの人はっ!?)
室内にいる全員がそう思った中で、れいかは左手を耳元まで上げてアルフォンスに申し出た。
「レオンハルトさん、私が…その…、
やよいさんに…、飲ませる役目を請け負っても…宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わない。」
アルフォンスは二言返事で承諾する。
しかしみゆき達はれいかを見て不安を隠せずにいた。皆の中でなおは彼女の様子に真っ先に気付いており、今…その思い詰めた顔の理由を尋ねた。
「れいか、まだ自分の事を責めてるのか?」
なおの問いにれいかは表情を曇らせて俯く。
「私が…、操られたやよいさんを抑え切っていれば…、
暁美さんが攫われる様な事態にはならなかったかも知れません。
でも私はやよいさんを抑えられなかった。
いつも…、肝心な時に私は皆さんの足を引っ張ってしまうんです!」
れいかは責任感の強い女の子である。あの時加藤に蠱毒を呑まされた後のキュアピースの身を預かったのだが、蠱毒に操られたピースを抑え切れずに電撃に吹き飛ばされたキュアビューティはそのまま昏倒してしまった。彼女が目を覚ました時には戦いが終わっており…ゆまが死に、ほむらが攫われた事実を聞かされた時…自分自身の不甲斐なさを心の中で罵倒した。
そんなれいかにとって、やよいを救う事は償いに近い行いなのである。
「みゆきさん、どうか…私にやらせて下さい!?」
れいかの訴えにみゆきは困った表情を取るが、二つ返事で聞き入れた。
「分かったよ、れいかちゃん。やよいちゃんの事はレオンハルトさんと一緒にお願いするね。」
みゆきは其れ以上は言わず、れいかも小さく微笑み…みゆきに感謝をした。
話が一段落した所で真奈がみゆきに声をかけた。
「みゆきちゃん、ちょっと“いつもの部屋”まで来てもらえるかな?」
みゆきは頷き、やよいを寝かせた部屋にはれいかとアルフォンス…。そしてあかねもまた二人を手伝うと言って残り、みゆきとなおが真奈と小夜…春乃に連れられて移動する。
いつもの部屋とは真奈達が入り浸り、パソコン設備を整えた指令室にも使っている大きな部屋である。
ドアまで来て春乃がドアノブに手をかけると、突然中から松尾の怒号が聞こえてきた。
「テメエッ、魔法少女だろうが何だろうがなあっ、
よりにもよって殯さんを疑うたあ、どうゆう了見だあっ!?」
“魔法少女”と聴こえ、みゆきとなおは言い争いの相手が誰なのか…予想が出来た。そして五人が部屋に入ると、言い争っていたのが松尾伊織と…、案の定もう一人佐倉杏子が睨み合いをしていた。
「だからあ、アーカードがお前ん所のリーダーを信用すんなっつうから今白黒つけようぜって言ってんだよ!」
「俺達よりあの怪物を信じんのかよ!?」
「あったりめえじゃん、何も出来ねーお前等なんかよりアイツの方が断然信用出来るぜっ!」
其れは松尾…、いや今のサーラッドのメンバー全員にとって一番堪える言葉だった。見滝原に居ながらも得意の情報収集もままならず、全てが終わった後に警察の到着時間を知らせる事しか出来なかったのだ。杏子の心ない言葉は伊織を黙らせただけでなく部屋にいた藤村駿や月山比呂、そして柊真奈と矢薙春乃の顔をも曇らせた。杏子は周囲の空気を読んだのか、バツが悪そうに視線を反らして舌打ちをした。
そこに杏子の頭をさやかが拳骨を振り下ろし、“ゴツリ”とかなりの音を皆が聞いた。
「いってえ、何すんだよさやか!?」
「アンタってば言い過ぎなのよ!」
次は杏子とさやかが鼻先を付け合って睨み合う。しかしその中でマミは離れた場所で俯いていた。
それに気付いた春乃は彼女の傍らへ行き、尋ねた。
「あまり浮かない顔をしているけど…、気分が悪いのかしら?」
マミはそう聞かれると小さく笑みを零して首を軽く振った。
「いえ…、何か…昨日の事が悪い夢の様で…。
でもこうしてみんなの話を聴いていると確かに起きた出来事で…、
その最中にわたしもいたのだから…人を殺めた事も…事実なんだな…と、考えてしまって…。」
マミはそのまま口を噤んでしまい、話を聴いたさやかと杏子も黙り込み…自身の掌を見つめる。昨日の襲撃で魔法少女達は学校の仲間を守る為に何人もの敵をその手にかけていた。…彼女の手は血に汚れ、死の匂いを染み付かせてしまっていた。部屋の中は静まり返り…皆が口噤んでしまったかと思うと、星空みゆきは意外にも先程の杏子と同じ事を言い出した。
「殯さんと話をしよう…。
もうわたし達は突き進むしかない状況で今の様な信頼し合えない繋がりのままじゃあ【塔】にも加藤って人にも絶対に勝てない!
昨日の様な悲しい出来事がまた起きて、ほむらちゃんも救えずにわたし達は負けてしまう…。
今…もう一度…、わたし達は改めて手を繋ぎ合わなければいけない!
そう、わたしは思うの。」
みゆきの言葉は皆の心に届いたのか、魔法少女達もサーラッドのメンバーも彼女に視線を向け、笑みを浮かべる。
しかし緑川なおと小夜だけはみゆきの態度に不安を滲ませていた…。
黄瀬やよいの治療を終えたアルフォンス・レオンハルトはやよいの事を青木れいかに任せ、日野あかねと一緒に皆がいる部屋に向かっていた。
「…腸煮えくり返りよる、赦せへんあのコスプレ軍人!
次会うた時は“ボーボー”に燃やしたるわ!!」
誰に言う訳でもなく、あかねは敵である魔人に対し毒を吐く。キュアピースの蠱毒を下す治療は見ていて全身の毛が文字通りに総毛立つ悍ましい物であった。それを思い返す度に強い怒りが込み上げ、罵詈雑言が口から飛び出ていた。
「少し落ち着け。
あの後黄瀬やよいの変身が解けた。つまりはもう安心だと云う事だろう?
…次は今後について思考するのが適切だ、あかね。」
アルフォンスに言い聞かされてスネるものの感情を抑えるあかね。そんな彼女を見てアルフォンスは何気に顔を綻ばせた。
「…うぅ、そうやけど…、
うちら今回は完敗…。ううん…、そんな言葉じゃ言い表せん程に打ちのめされた…。
仲間が死んだんや…。
仲間が攫われたんや…。
うちらは初めて…、“大切なモノ”をぶち壊されたんやっ!
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…落ち着ける訳ないやろ…っ!?」
悔しげに表情を歪め、涙を滲ませるあかねにアルフォンスは小さな声でそっと呟いた。
「…お前の気持ちは、痛い程解るよ…。」
普段とは違う切なげで寂しさの籠もった口調にあかねは彼の顔を見上げる。
其処には何時も高圧的なアルフォンスではなく、今にも泣き出しそうな少年の面影が微笑みに写し出されていた。
「アル…?」
あかねは無意識に彼の顔に手を伸ばし、そっと…掌を頬にあてる。アルフォンスはそんな彼女の手を優しく握って頬から離し…その後は終始無言となってしまった。
(あぁ、そうか。
アルも…“大切な誰か”を奪われたんやね…。)
あかねはそう確信した。…彼の中にある悲しみと憎しみ、以前それが小夜に向けられたのを思い出す。彼女が関係しているのかを聞きたい気持ちがこみ上げるが、あかねは無言のままのアルフォンスに今は同じく無言を通す事にした。しかしもっと近くなれたら…、その時こそ彼と色々話してみようと…あかねは心に決めたのであった。