戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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幼き少女の血は熱き杯を満たす…

 白い法衣と白い肌にまるでモザイクがかかったかの様に全く顔の見えないスキンヘッドの魔物が次々に地面から生え出て来た。

 キュアハッピー、サニー、マーチ…そして暁美ほむらはその目を疑った。

 

「そんな…、ほむらちゃん!?」

 

 ハッピーはほむらに答えを問おうとするが彼女が解る筈などない。…魔獣、キュゥべえと魔法少女達がそう呼ぶ魔物達。世界でも様々な呼び方をされているが主に“ゾア”と多くの国では総称されていた。

 

「どうして…、人間が魔獣を操れるの…!?」

 

 ほむらの驚愕は無理もなく、本来魔獣は人々の負の残留思念が凝り固まり形を為した悪霊そのものである。魔法少女達にとってその悪意の塊を操作するなど有り得ない事なのだ。

 ほむらは目の前の魔獣に囲まれた光景とあの魔人の言った事に困惑を極め、立っていられずその場に崩れる様に座り込んでしまった。

 

「ほむらちゃん!?」

「暁美さん!?」

 

 マーチが下を向くほむらの顔を覗き込むがその目は視点が合っておらず、完全に戦意を失っていた。

 しかし魔獣はどんどん数を増やし、最早ハッピー、サニー、マーチ、そして小夜の四人で倒し切れるかも解らない程になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加藤保憲の奇門遁甲の陣に閉じ込められたアーカードは天地のない暗黒の空間に何も抗えずに浮遊していた。奇門遁甲の陣には八つの門がある。景・開・死・生・杜・驚・休・傷の八門である。加藤はアーカードに対し死門・傷門は効かないと考え、杜門或いは休門へと誘い込ませた。奇門遁甲は現世よりも幽世に近い空間…結界である以上は“何処にでもいて何処にもいない”と云う能力は封じる事が出来、後は彼の魔眼を五芒星…ドーマンセーマンで封じる事で杜門・休門へと誘導…更に加藤には最も都合の良い休門へ誘い込む事に成功。有象無象全ての活動を強制的に休ませる…止めてしまう休門に入ってしまいアーカードはその動きを完全に封じられてしまったのである。

 思考すら止められたこの空間の中でアーカードの前に小さな光が灯り、幼い少女へと形を変えた。

 

「まだだよ、まだお休みの時間じゃないんだよドラキュラさん?」

 

 可愛らしい声がアーカードの耳に届き、彼はゆっくりと目を開いた。その赤い瞳に映ったのは小さな魔法少女…千歳ゆまだった。

 

「みんなが危ないんだよ。

頑張って此処から抜け出して!」

 

 ゆまの激励にアーカードは抗う様に体を震わせ、ゆまに手を伸ばし…ゆまもまた受け入れるかの様に両腕を伸ばす。アーカードはゆまの小さな肩を掴むと無理矢理自分の方へ引き、その小さな首筋に鋭い牙を突き立てた。その鋭い牙はゆまの首筋に深々とくい込んだ

 

「ゆまの血ぃあげるよ。

だから…みんなを、杏子を助けてあげて…?」

 

 幼い少女から牙を離したアーカードは赤い瞳にゆまを映した。

 

「哀れな娘よ…。よかろう、お前の願いを聞き入れよう…。」

 

 アーカードの手がゆっくりと肩から離れると千歳ゆまは円満な笑顔をしてアーカードに背を向ける。…その向こうには一筋の光が差し込み、其れはどんどん大きくなりアーカードを呑み込む。

 そして彼は見た。光の中で駆け寄るゆまを待つもう一人の少女を…。彼女は其れ程長くないであろう髪の毛を両端で結い、見滝原中学の制服を着ていて寄り添うゆまの手を優しく握るとアーカードの方に視線を向けた。

 その可愛らしい笑顔の少女は似つかわしくない程に慈愛に満ちた微笑みを残してゆまと共に光の中へと消えたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 屋上では未だゆまの死を受け入れられていない杏子が座り込んだまま血溜まりに手を浸していた。

 その項垂れた頭は血溜まりに映る自分の生気のない顔に自嘲し、血塗れた手に握り拳を作る…が、其処で異変は起こった。突如血溜まりが生き物の様に蠢き出し渦を巻いて血柱を作り出した。そして其れは人の形を取り、“アーカード”となり彼の身体に吸収されてしまった。杏子の手に染みた血も一滴残らず…。

 

「お前…、吸ったな…っ!!

ゆまの血を吸いやがったなあああっ!!!!」

 

 杏子は怒り狂い、アーカードに三角刃の多節槍を放つ。しかしその刃はアーカードに片手で掴み取られ、その剛圧な握力により砕かれた。

 

「一時の怒りで此処で私と殺り合うか“幻惑のマギカよ”?

貴様がそれを望むなら私は構わない。

…だが私にも都合がある。あの幼子の血と引き換えに貴様への助成を契約している。

…選べ佐倉杏子。此処で私に殺されるか、それとも私と共に戦場へ向かうかっ!

…HARRY?

…HARRRRRRY!?」

 

 二人の間に暫しの沈黙が流れた。アーカードは赤い瞳を杏子から離さず、杏子もまた眉をつり上げてアーカードを睨む。…そして多節槍を仕舞い、その表情、仕草は何時もの小生意気な少女のものに戻っていた。

 

「全く…、アンタ意外にお節介なんだな、吸血鬼。

選んだよ、アンタと行くぜ戦場へさ!

ゆまの敵を取りにな!!」

 

 杏子の答えを聞いたアーカードは満足と言わんばかりに歯茎と牙を露わにして笑う。

 

(そうだ、それこそが“人間”の選択だ!

全ての決断は前に前進する為の布石なのだ!)

 

 アーカードの赤い外套が広がり、その両手には454カスール改とジャッカルmark2が握られ、杏子もまた多節槍を再び握り軽やかに舞い構える。

 

「さあ…私達のターンだ、加藤保憲!!」

 

 アーカードが吼え、外套が杏子を包み込むとその姿はフィルムを切り落としたかの様に忽然と消えてしまった。


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