小夜の一振りがバッドエンドビューティの氷剣二刀を粉々に打ち砕き、刃の背でビューティの胴を叩き、追い打ちに柄の下で背中を打ちつけた。
「ハグゥッ!?」
バッドエンドビューティは前のめりに倒れ、悔しげな目で小夜を見上げるが、その瞳は赤く灯りビューティは思わず小さい悲鳴を上げて廊下を這ってその場から離れた。
(何故…、何故私の剣技が通じないの!?
私は剣道三倍段なのに、警察官にだって負けた事はないのに、あんな女に勝てないなんてっ!!)
バッドエンドビューティは立ち上がり、もう一度小夜を睨みつけると綺麗な顔立ちを歪ませて叫んだ。
「お前なんかに負けてたまるかっ!!
その穢らしい存在を私の前から消してやる!!」
バッドエンドビューティは両掌を小夜に突き出してバッドエンドエナジーを集中。彼女の正面に掌サイズの雪の結晶が幾つも現れて壁になった。
「バッドエンドブリザードッ!!!」
青き魔少女の掛け声と同時に雪の結晶から鋭い氷柱の刃を無数に前方へと放った。逃げ場のない刃の嵐に小夜は怯む事なく刃の嵐を日本刀で弾き…砕く。その名の如く休まず放たれる氷の刃は小夜の右肩、左腿、左脇腹と突き刺さり幾つもの掠り傷を負わせていく。
鋭い氷柱の嵐は尚も小夜に降り注ぎ、周囲の壁や廊下、天井をも抉った。そしてバッドエンドビューティの技が止まり、小夜がどれ程に串刺しとなってしまったのかを不敵に微笑みながら確認する。…だが、小夜は全身を無数の氷柱に貫かれながらも膝を折ってはいなかった。
「そんな…、化け物か!?」
狼狽えるバッドエンドビューティは二度必殺技を放とうとするが、小夜は突き刺さった氷柱を振り払う事をせずに駆け走り刀を大きく振り上げ魔少女に迫った。そしてその刃が振り下ろされる刹那、魔少女は小夜の赤く灯る瞳を見る。そして心を奪われた。
「…綺麗…。」
振り下ろされた日本刀はバッドエンドビューティの額を微かに切り、小夜は日本刀を静かに降ろした。
「此以上は無意味だ。貴様を蝕む“魔具”を置いて去れ!」
小夜は人を殺す事は出来ない。それは誰が強いた暗示でもなく、契約でもない。自ら架した禁忌である。故に彼女はバッドエンドビューティを斬らない…、小夜はこの魔少女を人間であると認識しているのである。
そして彼女に取り憑く“カード”の存在にも気付き、小夜は此以上の戦闘を望まず…手を引く様促したのである。
しかしバッドエンドビューティはそんな小夜に溜め息を洩らし、落胆の目で見つめた。
「…あの“御方”が言っておりました。
貴女の瞳はこんなに綺麗なのに思考がとても醜い…、興醒めです!」
言うが早きか、いつの間にか両手に二刀の氷剣を握り小夜に斬りかかる。その斬撃は難なく躱され、小夜は魔少女から距離を取る。
「無駄だ、お前ではわたしには勝てない。」
その時小夜は“視た”。バッドエンドビューティの腹部が歪に波打つのを…。
「まさか、“蠱毒”か!!」
さすがの小夜も驚きが隠せなかった。蠱毒とは平安時代に用いられた呪術で様々な毒虫を一つの入れ物に閉じ込めて共食いをさせ、生き残った一匹に術をかけて蠱毒と為した。
しかし結局は只毒虫を使った毒薬に過ぎず、故に誰にでも作れた事から朝廷より発禁とされた程に当時は流行ってしまっていた。だが力のある陰陽師が蠱毒を作れば其れは強い力を持った使い魔ともなり、更には取り憑いた者を病にかけたり操ったりも可能となるのである。
「えぇ、そうです。
私達は皆“カード”をこの身に宿す為に蠱毒を飲み、己が“霊力”を上げて耐性を作り、カードを受け入れたのです。
…でも、どうやら私はもう用済みの様です。」
バッドエンドビューティは何を思ったのか、氷剣を一振り捨て…もう一振りの切っ先を自分の腹部に添えた。
「何をする気だ、やめろ!?」
「ふふ…、自分の腹を切る美徳は、“男”だけの物では決して御座いませんわよ。」
“ゾブリ…ッ”。
バッドエンドビューティは自ら氷剣を腹部に通し…貫いた。血反吐を一杯に吐き出し、己が腹からはみ出た臓腑を見て満足げに笑う。
「ふふ…、何て鮮やかで美しい色…。
蠱毒に引き裂かれるなんて“不粋”もいい所ですわ。」
バッドエンドビューティから抜け出る様に青いカードが現れて消えると…其処には綺麗な長い黒髪に紺のセーラー服を着た少女が狂喜の笑みを浮かべたまま倒れ込み、血の海が艶やかに広がった。
彼女は魔に魅入られる以前から既に心が壊れてしまっていたのかも知れない…と、小夜が考えていると少女のお腹の辺りが動き、その亡骸の下から巨大な蛆虫が這い出て来た。小夜は不快を露わにした眼差しで睨めつけるが、その蛆虫はバッドエンドビューティが自分の腹を突き刺した時に共に貫かれた為に傷口から白い体液を流しながら弱々しく痙攣を起こすと動かなくなった。
小夜はそれを見届けると踵を返し、哀れな少女の亡骸をそのままにみゆき達の元へと走った。