周囲は既に民家はおろか人気のない工事現場地帯となり、キュアハッピーはそれと気付かずに逃げ続けた。最早身を隠す物のない空き地を走り抜け、ロングボウのチェーンガンから放たれた無数の弾丸を避けながら前方に見える大きな建物を目指した。
(駄目、もう彼処へ逃げ込むしかないよ~っ!)
ハッピーは覚悟を決めて廃工場の囲いをジャンプして飛び越えて直ぐ様倉庫のガラス戸を破って中へと逃げ込んだ。戦闘ヘリはサーチライトを付けてハッピーの捜索を続け、彼女は倉庫の隅で聞き耳を立てて戦闘ヘリの様子を伺う。
しかしヘリには対人サーモセンサーが搭載されているので既に居場所は突き止めていた。
ヘリの連絡を受けて待機していたハッピーの捕獲部隊が倉庫を包囲、静かに扉を開けて素早く侵入していく。
「・・・やっと行ってくれた。」
キュアハッピーは安堵の溜め息を吐いて疲れたと言わんばかりに前のめりに歩き、開いていた出口に向かう。
「…えっ、此処…さっき開いてたっけ?」
そう感じた時、突如パンッと云う音とほぼ同時足下で火花が弾け、ハッピーは驚いてその場に立ち止まる。
「なっ、なに、何何なにっ!?!?」
狼狽えるハッピーを自動小銃で武装した赤い鬼の仮面を付けた兵士達が取り囲む。
謎の兵隊はキュアハッピーに銃口を向けるとその中の二人が手錠や鎖を持ってハッピーに近付いてきた。
「…こんな所で、訳の解らない人達に捕まる訳には…、
いかないんだからああっ!!」
力一杯叫び、キュアハッピーは近付いてきた二人の兵士へダッシュして一人をタックルで突き飛ばし、もう一人をストレートパンチを懐に決めて叩き伏せた。
“パンッ”!
またも先程と同じ音がした。…するとハッピーの右足が急に力が入らなくなり、その場にドサリと倒れ込んでしまった。
「またあの音…、ッツゥ、…脚が…、いたい?」
ハッピーは力の入らない右足…太股の部分を手で探ると、ヌメリとした感触を感じ…掌を目の前に持っていく。
「あ…、血…だ…?」
撃たれたのだと確信した途端に右大腿から激しい激痛が全身を駆け巡りキュアハッピーは悲鳴を倉庫内に響かせた。
痛みに悶え、激痛に耐える為に声を押し殺し、流れる血を止める為に両手で右大腿の弾痕を強く押さえる。
「アッ、ウウゥ…ッ!!」
痛みに涙を滲ませたハッピーだったが、追い討ちをかける様に彼女の目にまたも信じられない光景が飛び込んできた。
二発の銃声とマズルフラッシュが先程ハッピーが倒した二人の兵士の頭上で発生し、二人の兵士はピクリとも動かなくなる。この暗がりの中でも何が起きたのかキュアハッピーにも直ぐに理解出来た。
「…そんな…どうして…、酷いよ…。」
キュアハッピー…星空みゆきは目の前で仲間に殺された二人の兵士を見て涙を溢れさせた。
「酷いよ、どうしてそんな事が出来るのっ!?
貴方達は一体誰なのっ!?」
太腿に刻まれた弾痕の痛みそっちのけに叫ぶハッピーだが、返ってきたのは言葉ではなくハッピーを黙らせる為の暴力であった。腹部を爪先で蹴りつけ、苦しがる彼女の頭を無慈悲に踏みつける。そしてその兵士は他の者に無言で…しかし顎をしゃくらせて指示を出す。他の兵士は即座に動きキュアハッピーを拘束する為の手錠と鎖を拾うが…、今度は兵士達に戦慄が走り抜けた。
キュアハッピーを踏みつけにしている兵士の背後に何時侵入して来たのか、赤い大きな帽子にサングラス…赤のロングコートを着極した長身の男が不敵な笑みを浮かべて立っていたのだ。背後を取られた兵士は直ぐ様手に持った拳銃をサングラスの男に向けるが、男は兵士のその腕を掴み取り…
「ギャアアアアアーーッ!?!?!?」
兵士の絶叫が倉庫内に響き、倒れたキュアハッピーの目の前に千切れた兵士の腕が落ちる。
「ヒッ!?」
突然の事にハッピーは悲鳴を洩らすが、気付けばハッピーはサングラスの男にお姫様抱っこの形で抱えられていた。
「フンッ、この娘は私が貰い受ける。」
男はそう言い残し、まるで映像のコマが切り取られたかの様に兵士達の前からキュアハッピーと共に姿を消した…。
…此処が何処かは分からない、しかし先程までいた兵士達は一人も居らず、キュアハッピー…いや、変身は何時の間にか解けていた星空みゆきは未だ謎の赤帽子にサングラス…赤いロングコートを着た男に抱き抱えられていた。
「あっ、あの~?」
そう何かを聞こうとしたみゆきの右太腿が激痛を走らせ、みゆきは声を呑み込むもその痛みに両目を瞑り顔を歪ませた。
…薄目を開けると、何とサングラスの男はみゆきの右太腿にある弾痕に顔を近付け、しかも匂いまで嗅いでいた。みゆきは痛みを忘れ、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。
「いやあああ~っ!?
そんな所に顔近付けないで~っ!!!」
男はみゆきを無視し、股間部にまで顔…鼻先を這わせる。
みゆきは真っ赤な顔ながらもとても怖くなり、男の顔を引き剥がそうと男の頭を強く押すが、ビクともせずに今度は太腿の弾痕に舌を這わせ始めた。みゆきは蒼白になり、体を強ばらせる。
「いやぁ、やめてぇ…。」
父親以外の異性に抱えられた事ですら恥ずかしい上に匂いを嗅がれ、脚を舐められ、少女は沸き上がる羞恥に抗う術なく…只早く終わってくれるのを願うしかなかった。
…しかし男の変質的な行為に不思議な点がある事にみゆきは気付く。
男はその這わせる長い舌で傷口から流れる彼女の血を舐め取っているのだ。まるで喉を潤しているかの様に…甘美な酒に酔うかの様に、男の口端は笑みを刻んでいた。
そして男は舌を離し、唾液が糸を引いてスゥッと切れる。みゆきが太腿の弾痕を見ると血は止まり痛みも殆ど感じなくなっていた。
「えっ…、なん…で???」
全く状況が理解出来ず、みゆきは男の顔を見つめると…彼は優しくみゆきを地面に降ろして座らせて自分は片膝を付き大きな赤帽子とサングラスを取って彼女に素顔を晒した。
「紅い…瞳だ…。」
「フッ…、流石に処女の血は格別だ。
…御馳走になったよ、“星空みゆき”。」
ニタリと笑う男に畏怖を感じずにはいられないが、今は拒絶せず彼の話を聞ける様自身を奮い立たせる。
「どっ、どうして…
わ、わたしの名前をし、知っているの!?」
「お前の“血”が教えてくれた。
メルヘンランド、
妖精キャンディ、
伝説の戦士プリキュア…
まるで子供が読む絵本の様なキーワードだ。」
男は鋭い目を歪め、嘲笑を浮かべた口から牙の様な歯を覗かせて笑うが、奇妙にもみゆきは彼の口元を見て笑顔を作っていた。
「あなた…牙が見えた。
貴方もしかして…、
吸血鬼、“ヴァンパイア”でしょおっ!!
すっ、スゴいわ、“吸血鬼の涙”を買ったその日に本物の吸血鬼さんに会えるなんて…
これはもう“運命”に違いないわ!
ねぇ吸血鬼さんもそう思うでしょ!!?」
夢見る乙女を丸出しにテンションを上げるみゆき。紅い目の男は吸血鬼とは言わずともみゆきのオーバーな言い回しに少々呆気に取られた。
「…ふっ、ふははははっ!
本当に面白い娘だ。
だが私はお前の夢の中の世界には興味はない。此からお前をある場所に連れて行く。
異論は認めない、黙ってその身を私に任せろ。」
初めて出会った相手に対して高慢な程に威圧的な態度、そして人とは思えない血の様な“紅い瞳”…。不安は高まる一方ではあったが心を支配する事は出来ず、その吸血鬼と云う“キーワード”と先程の廃工場での出来事がみゆきの熱い気持ちを高ぶらせた。
「吸血鬼さん、さっきの倉庫内では助けてくれたお礼言ってなかったよね…ありがとう。
…貴方が連れて行ってくれる先であの兵隊の正体が分かるなら、わたしに断る理由はない。
仲間の命すら簡単に奪うあの人達をわたしは許す事は出来ないから…。」
みゆきは真っ直ぐに男の紅い瞳を見つめる。彼は不敵に…しかし何処か含みを持った笑みを浮かべると二度みゆきを抱き抱えた。
「いい答えだ、しかし今から道行く“先”はお前が切り抜けてきた戦いなど児戯に等しい程に血で血を洗う抗争となるだろう。」
吸血鬼の笑みは消えず、しかしみゆきも命一杯強がり引きつった笑みを浮かべた。
「こっ、怖くないもん!
…だって、わたしは…
プリキュア、
キュアハッピーだから!」
「フッ、そのプリキュアとやらがどれ程の物か…
私に見せてみるがいい。
我が名は“アーカード”、大英帝国王立国教騎士団ヘルシング機関“元ゴミ処理係”だ。」
みゆきはとんでもない国の名前が出たので驚いてはみるものの…、最後のゴミ処理係と云うのがちょっと気にかかった。
「・・・ゴミ処理…係?」
「今貴様が頭に浮かべているモノとは恐らく違うぞ。」
「…うん。」
そしてアーカードと名乗った男はみゆきを抱えたまま、またコマが削げ落ちたかの様に消えてしまった。
二人の行き先で全てが集結し、彼等の敵が其処で浮き彫りとなる。
そしてみゆき達は後戻りの出来ない文字通り血で血を洗う争いに足を踏み入れるのであった。