セラス・ヴィクトリアとバッドエンドマーチの戦闘は片が付いていた。魔少女達を上回る怪力と左腕から伸びた不定形の“影”を変幻自在に操るセラスにバッドエンドマーチは為す術なく血だらけで立ち尽くしていた。
「こん…な…、
この…、あたしっ、が…!?」
バッドエンドマーチはガクガクと膝を震わせながらも倒れず、憎々しげにセラスを睨みつける。
「致命傷は負わせてないけど、そのままだったら出血多量で死ぬわよ。
もう降参しなさい?」
セラスが魔少女の説得に入り、彼女の後ろでは助けられた佐倉杏子と巴マミは癒やしの魔力によって回復してセラスの横に並んだ。
「すまねぇ、マジ助かった…。」
「ありがとうございます、…えと…?」
「セラス…。
セラス・ヴィクトリア、よろしくね魔法少女(マギカ)さん?」
英国では魔法少女の名称をラテン語の“マギカ”としている。彼女達の存在はロンドンでも確認され、三十年前のロンドン襲撃時も“マギカ”の活躍らしき痕跡が見つかっていた。
佐倉杏子は冷たい視線でバッドエンドマーチを見、彼女に歩み寄るといきなり頭突きをバッドエンドマーチの鼻先に喰らわせた。
「ぐふあっ!!?」
仰向けに倒れ、後頭部を打つ魔少女だが…体へのダメージのせいで立ち上がる事は出来ないでいた。
「…そのまま黙って寝ていりゃあいいんだよタコッ!」
「…佐倉さん、乱暴よ。」
そうマミに窘められ、杏子はそれ以上は何もしなかった。
「マミ、あたし“ゆま”を迎えに行ってくる。
この広域治療魔法はアイツの仕業だ。このまま使ってたらソウルジェムに“穢れ”が直ぐ溜まっちまう。」
「えぇ、そうね。早く止めた方がいいわ。」
杏子はマミに軽く笑いかけ、あっと言う間に走り去った。
杏子を見送ったマミの傍らにはいつの間にかセラスが居り、マミはビックリして肩を弾ませる。
「あっ、ごめんね。驚いた?」
「はっ…、はい。気配が全くなかったので…。」
セラスは人懐っこい笑顔をマミに向け、彼女は相手が吸血鬼と云う事もあり引きつった笑顔になる。
「この広い範囲で発動してる魔法は貴女達の仲間なのね?」
「はい、魔法少女の中では最年少で…佐倉さんが何時も面倒を見ているんです。」
ゆまは杏子とさやかに助けられはしたがさやかよりも何時も一緒に居てくれる杏子にとても懐いた。…まるで本当の姉妹の様に周りの者達は思うだろう。
そしてその関係はゆまが魔法少女になる事で更に深まる。いつ命を落とすかも分からない戦いの中、杏子はみゆき達にはまだ話していないが、ゆまと出会って一人の際に魔獣と遭遇して死にかけた事があり其れが原因でゆまは魔法少女となり、強力な治療魔法で杏子を助け…魔獣を倒した。ゆまは杏子の命を救いたい、役に立ちたい一心でキュゥべえと契約して魔法少女になったのだ。
「解るよ、同じモノになった事で感じる絆…。」
マミの話を聞いてセラスはまだ会っていないゆまと言う幼い少女に妙な親近感を感じた。
三十年前…。まだミレニアムが闇に隠れていた時に当時警官であったセラスは音信不通となった村へ出動し、喰屍鬼となった村人と元凶である吸血鬼と出会し…ヘルシング機関、アーカードとの邂逅を果たした。
標的の吸血鬼に人質…盾とされた挙げ句にアーカードに吸血鬼諸共大口径の拳銃で胸を撃たれ…、彼に血を吸われて眷属となった彼女はミレニアムの襲撃で自分に好意を寄せてくれた傭兵団の隊長…ベルナドットを目の前で殺された。
そして彼の亡骸から初めて人の血を吸い…本当の意味で主であるアーカードと同じモノとなったのである。
「今思い起こす度に思うのは散々たる日々だった…事かな…?」
何だか物思いに老けり始めてよく解らない事を言い出すセラスにやはり苦笑いしか出来ないマミだが、其処へ携帯に受信メールが届いた。
(…藤村さんから?)
マミは開いた携帯から彼からの受信メールを見る。
“マミさん、今僕達サーラッドは見滝原町…君の学校の近くにいます。
援軍として小夜さんとレオンハルトさん、プリキュアのみんな、そしてヘルシングが来てくれてます。
僕自身は簡単な情報しか君に伝える事しか出来ないけど、心から無事を祈ってます。
君の笑顔が見てみたいです。”
携帯を持つマミの手が震え、画面に涙が落ちて濡らした。
「もう…、わたしより年上なんだから…
“さん”付けなんてしないでよ…。
文章まで敬語なんて変よ…。」
藤村駿からのメールにマミは今まで感じ得なかった気持ちが胸に芽生えていた。セラスは携帯を覗き見るが日本語は話せても字は読めずメールの内容はさっぱりだったのだが、マミの何処か嬉しげな泣き顔を見ていろいろと推測でもしてやろうかと思った時、仰向けのまま倒れていたバッドエンドマーチに異変が起きた。ビクッ、ビクッ、と痙攣を始めたかと思えば突然悲鳴を発して訳の解らない言動を叫び出した。
「イヤだ、まだ終わってない!
まだ戦える、戦えるんだ!!
お願い…、わたしを殺さないで…。
加藤様…、
かとおおおああああっ!!!!」
突如彼女の腹が“ボンッ”と爆ぜた。血がまるでマグマの様に広がり、臓物がのた打ち、魔少女は事切れた…。
「何が…どうして…!?」
マミは只驚愕するだけだが、セラスは彼女を後ろへ隠して魔少女の亡骸を警戒すると、亡骸から瘴気を帯びた緑色のカードが現れ、消えてしまった。
(何、今のカード!?)
しかし考える間もなく、亡骸の破裂した腹部で蠢く“何か”がまだいた。
其れはズタズタの臓腑を掻き分けて“グチャグチャ”と耳を塞ぎたくなる音をさせながら姿を現し、マミは思わず目を背け…セラスも不快感を露わにした顔で其れを睨む。 其奴は猫程の大きさを持った“巨大な白蛆”であった。濡らついた白い皮膚をブヨブヨと動かし、口元と思える場所から幾本もの触手を蠢かせ…その中心から男性器の様な器官が頭をもたげる様に現れた。
マミは何が起こっているのか解らず、セラスは左腕の影を刃に変えるとその白蛆が此方を向いた瞬間、その胴体を影の刃で切断した。断面から白い体液を溢れさせ、亡骸の血溜まりと混じり合って腐臭が鼻に突く。
そして二人が気付いた時、死体はバッドエンドマーチではなく…紺色で丈の長いスカートとセーラー服を着た髪の長い…見た事のない少女の物となっていた。