戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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早めに53話更新、此から更新速度早まるかな?


静かに忍び寄る死神の鎌…

 不思議図書館の秘密基地を出、皆各々の帰る場所へと戻る。暁美ほむらもまた自身の家へと戻るが…、家の中は暗く静まり返っている。

 かつて暁美ほむらは病弱な体で母親の看病を受けながら入退院を繰り返していた。彼女は幼い頃から見ていた“夢”がありその夢の話を聞いた母親はどうしてだか哀しげに…、しかし何処か嬉しげにほむらに笑いかけてくれていた。…だが数年前にほむらの母親は辛労で倒れ、そのまま帰らぬ人となり…、寝たきりのほむらは夢に出て来た不思議な生き物…キュゥべえと出会い、魔法少女になったのである。

 父親は戸籍上存在してはいるがほむらは顔を覚えていない。理由はほむらと彼に血縁がない事…、つまりは母親と他の男との間に生まれた子がほむらである。

 この因果は宇宙の改変がなされても変わらなかった。巴マミは両親を奪った事故の中、選択の余地のないまま自身の命を繋ぎ止める為にキュゥべえと契約した。佐倉杏子は教会を営んでいた父親の説法を皆に聞いて貰いたいが為に契約した。しかしその結果、父は娘を“魔女”と罵り…母親と妹を道連れにして杏子を独りきりにした。美樹さやかは幼馴染みの少年の一生治らないと言われた怪我を完治させる為に契約した。…だがその少年は親友であった少女と一緒となり、さやかに振り向く事はなくなった。

 決して報われない祈り…。それでもその祈りの為に彼女達は一生を魔獣との戦いに捧げたのだ。

 そしてほむらもまた、三人と同じ報われない祈りの中でもがきながらも前に進もうとしていた。

 ほむらは額に繋いで巻いた二本の赤いリボンを右手に見入る。

 

「…みんな、自分の希望にその身を捧げたわ。でも、わたし達はまだ生きている。その先にあった“絶望”はこの宇宙から消え失せ、新たな希望を見出せる!

…見ていてね、“まどか”…。」

 

 ほむらは掌に乗せた赤いリボンを両手で祈りを捧げる様に握り締め、暗い部屋の中で“彼女”の為に涙を流した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原警察署の署長室にて、室内ではダラダラと脂汗をデスクに垂らし続ける警察署長と秘密組織【塔】のエージェントにして七原文人の右腕である男…九頭が来客用のソファに座り互いに緊迫した表情となっていた。

 

「正気じゃない…、貴方方はこの町で“戦争”を始める気なのですか!?」

「言葉に気を付けろ。

お前をその椅子に据えたのはこの様な事態の為だ。

今こそ文人様へ忠誠を示す時だ。」

 

 左頬にある刺青を歪ませて薄笑いを浮かべる九頭とは反対に署長は脂汗が止まらず絶望感を露わに項垂れる。

 

「作戦は一週間後、見滝原中学校に巣くう“害虫”を駆除する!

その際、校舎内にいる教師生徒も全て排除となる。

この国…我々【塔】が世界を制する為の正当な犠牲としてな。」

 

 それを聞くや否や署長は吐き気を催したかの様に両手で口を抑えた。

 

「既に文人様から警視総監へ話は行っている。

お前は当日見滝原中学校への道と云う道を全て封鎖しろ!」

「…かっ、畏まりました…。」

 

 署長は九頭の威圧感に負け、泣く泣く彼の“作戦”に承諾する。

 九頭は署長に蔑みの一瞥を残し、署長室を出て警察署の駐車場に停めていたクラウンに乗り込むと、端末機を出して文人に連絡を入れる。

 

「文人様、見滝原警察署長が我等の作戦を承諾しました。

一週間後、予定通り実行に移します。」

『ありがとう、九頭。

残りの裏工作は僕の方でしておくよ。』

 

 其処で電話が切れ、九頭は端末機を上着のポケットに仕舞い運転席で物思いに老ける。

 

(さて、この作戦…いや、殺戮行為に対してお前はどう動く…、“アルフォンス”?)

 

 かつて九頭とアルフォンスは良き師弟の関係であった。

 イギリスより旅行で両親と日本に訪れていたアルフォンスは不運にも“古きもの”と出会し、両親は目の前で喰い殺されて彼一人だけが九頭達【塔】の護り手に助けられた。以降は九頭の元で修行をした。…しかし九頭が【塔】の裏の当主の息子…七原文人と出会い彼に心底惚れ込んでその身を捧げた事により、七原文人に不穏な空気を感じていたアルフォンスは彼の下を去った。そしてアルフォンスは【塔】の表の当主である殯家に身を寄せて直属のボディガードとなったのだが、彼が不在であった日に九頭は文人の命により殯家を襲撃して殯家前当主とその妻…娘を殺し、現当主である蔵人だけが生き残ったのである。

 アルフォンスは大切な人達を二度も失い、古きものと【塔】を深く憎む事となったのである。

 今、九頭が心に置く人の名は七原文人とアルフォンス・レオンハルトのみ。其れ以外は有象無象と変わりない。小夜ですら余興に過ぎない。

 

「また昔の様に剣を交えたいな…、アルフォンスよ?」

 

 九頭の目は遠くを見つめるが、その笑みは残忍な狂者の嘲笑を形作っていた。




次回より見滝原中学襲撃です。本編一番の急展開となります。

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