戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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かなり遅めの更新になってしまいました…。


吸血鬼は黄昏時に少女を誘う…

 東京…成田空港へ向かう外ナンバーの大きなリムジンに星空みゆきとキャンディは乗せられていた。運転は大使館でお世話になった女性職員…レイチェル・アーノルドが担当し、みゆきの隣りにはいつもと違い白いスーツを着極し、高級マフラーを首にかけた…いつもの不遜な笑みを浮かべたアーカードが座っていた。そして向かい席にはどういう成り行きからか、私服姿の更衣小夜がいつもの無表情で座っていた。

 

「アーカードさん今日はどうしたんですか、急に呼び出したりして…?

小夜さんもいるし、ピクニックか何かですか?」

 

 モジモジと照れながら内股で膝を擦るみゆきをアーカードはククッと含み笑いをし、小夜はみゆきのアーカードに対する態度が理解出来ず彼女を観察する様に視線を流す。

 

「此からイギリスからの新たな“駒”を迎えに行く。

性格は“みゆき姫”と合いそうなのでな…顔合わせにと呼んだのだ。」

「そうなんだ。わたしと性格合いそうだなんて、早く会ってみたいな~。

ねぇ、小夜さんもそう思わない?」

 

 突然話を振られた小夜は少しビックリした表情を取るが、直ぐに無表情に戻し「興味ない。」とだけ言ってソッポを向いてしまった。

 みゆきは彼女の拒絶に苦笑するが、内心ではもっと“会話するぞ”…と、強い決意を持つのだった。

 

「みゆきみゆき、キャンディお外見たいクル。」

 

 アーカードが怖くてみゆきの後ろに隠れていたキャンディだったが…好奇心には勝てず、みゆきと窓際で外の風景を楽しもうと席の端に寄るが、リムジンは高速道路の真ん中を走っており左の様々な車両を追い越し、反対に右の車両にはもの凄いスピードで抜かれて行く。パワーウィンドウ越しの夕焼けは雲の隙間から幾つもの射し込み、超高層ビルが建ち並ぶ地上を朱く照らしていた。

 

「何だかちょっとコワイ感じがするクル。」

「…そうだね、何だか東京の街を…っ!?」

 

 ふと、みゆきはその後の言葉を呑み込んだ。

 

(わたし、今とても恐い事を言いそうになっちゃった!!)

 

 みゆきが言い留めた言葉を彼女の代わりにアーカードが続けた。

 

「まるで夕焼けの光が東京の街を焼いてしまっている様だ…。

なかなかの感性だ、“みゆき姫”…?」

 

 此にはみゆきと云えどアーカードに怪訝な表情となり彼を批判した。

 

「アーカードさん、勝手にわたしの心読まないで!」

 

 珍しくアーカードに憤慨を向けるみゆきだが彼は特に気にせず会話を続けた。

 

「フフフ…、化け物である私の横で気を惹く様な事を考えるからだ。

今お前が脳裏に過ぎらせた状景は我々が敗した時の東京の未来だ。我々が負ければこの都市は魑魅魍魎が溢れて“死都”と化す。

人は化け物共の餌となり、死を迎えて尚瞳を閉じる事は叶わぬ日々となろう。」

 

 此が化け物、フリークス、ノーライフキングと畏れられる人外…アーカードである。嘲笑を浮かべながら軽口で悍ましい予言を吐き出し、嬉々としてその怪力は人間の四肢を引き千切り、その喉笛に牙を突き立て生き血を啜る吸血鬼である。

 星空みゆきはまだ、アーカードと云う吸血鬼がどれ程までに恐悪な力を持っているのかをまだ知らない。それでも、みゆきがアーカードを忌み嫌うなどはありはしないだろう。その理由は彼女自身にも解らない…、しかし彼と初めて出逢ったあの日にみゆきの中で何かが変わっていたのだ。それが何であるのかは…、彼女自身で見つけるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に着き、駐車場にリムジンを停めて後部座席から降りるアーカードとみゆきだが、小夜は座ったまま日本刀を抱えていた。

 

「小夜さんは降りないんですか?」

「わたしは此処にいる。」

 

 動く気配を見せない小夜だが、みゆきは両手をパンッと叩いて「そうか!」と声を出した。

 

「レイチェルさんも車に一人は寂しいもの、小夜さん優しい♪♪」

 

 笑顔で小夜を讃えるみゆきを困り顔で見る小夜。

 先日に小夜は殯蔵人のボディガードである男…アルフォンス・レオンハルトに深手を負わされ、それを他のサーラッドのメンバーから隠す為に数日間、英国大使館に身を寄せていたのである。今回成田空港について来た理由は単に大使館にいるよりは気が紛れると云う事でアーカードとみゆきに同伴していたのだが、みゆきにも聞かれ、その質問には無言で通し彼女に対しても小夜は頑なに“壁”を作っていた。

 

「それじゃあ小夜さん、レイチェルさんをお願いね?」

 

 そう言ってみゆきとアーカードは空港のターミナルへと向かい、小夜は二人の後を軽く目で追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターミナルへ向かう通路をアーカードと二人で歩くみゆき。途中からトラベーターに移り隣同士に並び進む。

 

「アーカードさん…。」

「何だ?」

「ふと思ったんだけど…」

「だから何だ?」

「アーカードさんの瞬間移動能力を使った方が…

早かったんじゃないんかな?」

 

 みゆきの何気ない質問にアーカードは“フッ…”、と笑みを零して簡単ではあるがみゆきに説明をしてあげる事にした。

 そもそもアーカードの瞬間移動能力は正確には移動をしている訳ではない。三十年前、アーカードは“最後の大隊”に所属する吸血鬼の少年の命を食らった。しかし彼の能力はその名が示す通り、“シュレディンガーの猫”…何処にでもいて何処にもいない能力。自身が存在を認識している内は何処にでも存在出来る力を有し、この能力はアーカードにとっては猛毒その物であった。

 故に彼がその少年の命を取り込む事でその能力の特性をアーカードが受け継ぎ、幾千幾万もの命と溶け合った少年は己が存在を認識出来ずに消滅してしまう。そしてアーカードもまた、幾千幾万もの命に呑まれて生きても死んでもいない…存在を保てない虚数の塊となってしまったのである。

 そして三十年間をかけ、アーカードは取り込んだ幾千幾万の命を少年の命のみ残し全てを“殺し”、改めて少年の命と能力を取り込み帰還を果たしたのだ。

 

「お前は初めて俺とその現象を体験した只一人の人間だ。

不思議図書館とやらを利用した時とは違いを見つけたりはしなかったか?」

 

 反対に質問を返されてみゆきは思考するのだが、特にその経過に違いを見い出す事は出来なかった。

 

「どっちも同じ様にしか思えないよ。

不思議図書館は目の前が光に包まれたら移動してるし…、

アーカードさんの時は目ぇ瞑ってたから分からないもん。」

「フン、…そうか。」

 

 その時のアーカードの返事は明らかにいつもとは違っていた。普段から相手を見くだした嘲笑を浮かべている時とは違い、普段よりも話しやすい人間臭さを醸し出していたのである。

 みゆきは彼との何気なく交わした会話がとても嬉しく感じられた。其処へアーカードを呼んだであろう声が此方に響いた。

 

「“マスター”、こっちですコッチ!」

 

 声の響く方を探すと此方に手を振っている背の高い白人がいた。金髪のショートヘアにレディスーツを着ており、元気な笑顔が好感的であった。そして何よりみゆきの心を掴んだのはスーツからも形が分かる程に“豊満な胸”であった。

 

(ばっ、バスト、レボリューション!!)

 

 今、みゆきの脳内では目の前にいる女性と小夜の胸が火花を散らしていた。


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