時間は遡り七色ヶ丘市の商店街…。其処に人気のお好み焼き屋がある。店名は【あかね】。プリキュアの一人…キュアサニーこと日野あかねの実家である。
お好み焼き屋【あかね】は最近おいしい名店サイトで紹介され、以前と比べ客数が格段に増えていた。そのため、あかねは部活とプリキュアの活動がない時間は出来るだけお店の手伝いに割いていた。
「あかね、あっちの席のお客さんに持ってけっ!」
「了解っ!」
父親であり店主の大悟から二枚のお皿にのった大阪風お好み焼きを預かり元気一杯にお客に持って行く。
そして三人がお店を出て入れ替わりで一人入店、あかねが大きな声で「いらっしゃーい!」と迎えた瞬間、あかねは“あっ”…と声を洩らした。
肩まで伸びた髪を覗かせ被ったニット帽に四角縁のサングラスに黒の外套にそこから伸びる黒のGパンに短いブーツ。顔を隠してはいるが、あかねは即座に誰であるかを見抜いた。
(確かあの外人、サーラッドの屋敷にいた“イヤなヤツ”!)
あかねは無意識の内にキツい顔となり、殯邸で会った殯蔵人のボディガード…アルフォンス・レオンハルトを目で追っていた。
(サーラッドのヤな奴が一体何の用やねん!?)
「コラあかね、何つう顔しとんねん!?
サッサとあのテーブル行って注文聞いてきいっ!!」
突然、父大悟に怒られてハッとするあかね。
「はいなっ!」
ヘンテコな返事を返してあかねは彼の座る席へ注文を聞きに行く。
「御注文は何に致しますか?」
あかねは自分を見た時の彼の反応に内心ドキドキしながら聞いたのだが、ニット帽とサングラスを取ったアルフォンスはあかねの顔を見ても特に気に止める事なく注文をしてきた。
「“大阪風お好み焼き三段重ね”だ。」
その上から目線の言い方があかねの感に障り、一瞬笑顔が崩れそうになる。
(あっ、あかん!
相手の調子に呑まれたらアカンッ!)
彼女はつり上がりかけた眉をヒクヒクさせながら笑顔を保ち、注文を繰り返し厨房へ向かう。
(何やねんあの態度!
ウチに気付いても眼中無しかいな!?)
あかねはアルフォンスに存在を無視された事に奇妙な怒りが込み上げ、注文料理を持って行った後は彼が食べ終わるまでずっと睨みつけ、店を出るとあかねは店の手伝いソッチ退けで彼の後をつけていく。
商店街を出、公園へと向かうアルフォンス。その後を尾行するあかねだったが、気付くと前を歩いていた筈の彼の姿はなく…何時視界から消えたのかすら、あかねには分からなかった。
「下手な尾行は命取りだ、日野あかね?」
その男性の声は真後ろからした。あかねが振り向くと、黒い外套の男…アルフォンス・レオンハルトは自分の胸下までしか身長のない彼女を見下ろしていた。
「嘘…、さっきまでウチの前歩いてた筈なのに…!?」
「素人の尾行など、瞬き一つの隙があれば直ぐに捲くのは容易い。
それより、俺に何の用だ…日野あかね?」
変わらずの不遜な態度はある意味アーカードの物より鼻につき、あかねはしかめっ面でアルフォンスに尋ねた。
「用も何も、何でアンタがこの町におるねん!?
ソッチこそウチに何か用でもあるんか!?」
あかねの質問にアルフォンスは顎に手を添え、軽く溜め息を吐いて答えた。
「殯蔵人様の指示だ。
ヘルシング機関に変わって警護を云い遣った。後は個人的に町を回り、あの店に興味を持った。
…だからお前と会ったのは偶然だ。」
淡々と答えるアルフォンスにあかねはヘルシング機関に変わり護衛に着くと言う話が気になった。
「ヘルシングが何でウチらの警護を…、それにアンタ一人に交代したって…??」
聞き返されたアルフォンスは話して良いものかを暫し考え、あかねをベンチに誘い近くの自動販売機で飲み物を買う。
「…コーラでいいな。」
「あっ、おおきに。」
あかねは手渡されたコーラの缶を開けて一口飲み、アルフォンスも買ったコーヒーの蓋を開けて口を付けた。
「英国はお前達の預かり知らない所で無視出来ない被害を出して来ている。
情報収集の為に“セブンスヘブン”周辺企業へ差し向けたスパイの数…、
インコグニートとの戦い前の虹色町に配置したお前達の日常の為のボディガードの数。
死者は聞いている数でも十五人、英国大使館は今代わりの戦力を本国に要請中だ。…だからその間は俺がお前達の日常を護る事になる。」
あかねはアルフォンスの話の内容に青ざめてしまう。まさか自分達の住む町で…知らない場所で自分達を護る為に何人もの人達が亡くなっているとは夢にも思わなかった。
「…知らんかった。
ウチら、今までずっと…守られてたなんて…。
でも他のみんなに言えへんよこんな事、ウチらの為に何人も死んどるなんて…、言えへん…っ!!」
あかねは苦しげに顔を伏せ、コーラ缶がひしゃげる程に握り締めた。
「其れが彼等英国の選んだ戦いだ。
仲間に言う必要も、お前が気に病む事もない。」
ぶっきらぼうながらアルフォンスなりの彼女を気にかけた言葉だった。
あかねは何かを振り切る様に勢い良く頭を上げ、そのまま夕陽が照る空を見上げた。
「うん、分かった。
ウチらだって半端な覚悟で戦っとるんやない。魔法少女のみんなも小夜さん達サーラッドのみんなも同じ…命を賭けとるんや!
多分、あの吸血鬼だって…。」
アルフォンスは彼女の熱意の言葉に「…そうか。」と答えた。あかねの脳裏にほむら達…、小夜とサーラッドのメンバー…、そしてアーカードの顔がよぎる。そして彼女の瞳はアルフォンスを見据える。
彼もまた、命を賭して戦っているのだろうか。どんな理由で…、どんな思いで…。
しかし彼女の思考は何時の間にか二人を囲む四人の黒服達に邪魔をされてしまう。アルフォンスはあかねの傍らに立ち、黒服達を見渡した。
「此奴等まさか…っ!?」
「あぁ、【塔】のエージェント…。
“九頭”の私兵だ!」
アルフォンスの目に憎悪が宿り、その殺意にあかねは背筋が冷える感覚を覚える。
黒服達は無言のまま標的を二人に定め、背中に仕込んだ忍者刀を取り出して構える。あかねも立ち上がりポケットのスマイルパクトに手を伸ばすが、アルフォンスが彼女の参戦を拒んだ。
「余計な事はするな、黙って見ていろ。」
「なっ、なんやとお!?」
言うが早きか、アルフォンスが素早く両手を振った次の瞬間、二人の男の悲鳴が響き忍者刀を地面に落とした。二人の右手には“クナイ”が深々と突き刺さっており、残った二人は突然の出来事に僅かな隙を生む。その刹那を見切りアルフォンスは一人の懐へ飛び込み胸の中心に肘打ちを食らわせ、慌てて此方へ忍者刀を振るう男の腕を避けて掴み取ると力の流れを変えて男を投げた。背中から地面に落とされた男は呼吸困難に陥りアルフォンスの眼下でのたうった。
アルフォンスは仕込み刀を出すと意識のあるその男の眼前で仕込み刀の切っ先を地面に突き立てた。
「九頭に伝えろ。
そんなに俺の首が欲しければ、お前自身で討ちに来い…とな!」
アルフォンスはそう黒服達に言い棄てるとあかねの手を引いて公園を後にした。
あかねは男性に手を取られ、始めは慌てふためくが、彼の手の温もりに安堵を覚え…気付いた時には自分の家の前にいた。
「ウチの家…。」
あかねの手からアルフォンスの手が離れると少し名残惜しさを感じてしまう自分が心の中に気付き、思わず握られていた手を背に隠す。
「あ…、ありがと…。
家まで連れて来てくれて…。」
「…帰れる場所があるのは、とても幸せな事だ。」
傍らに立つアルフォンスはあかねを見ず、彼女の家である“お好み焼き屋あかね”を見上げる。
「アル…フォンス?」
自然に…あかねの口から彼の名前が呟かれ、アルフォンスはあかねを横目に見る。
「なっ、名前ゆーただけやいか!?」
睨まれたと思い、あかねは言い返そうとするが彼はまたあかねの家に視線を向ける。
「本来ならお前なんぞに俺の名を口にしてはもらいたくないんだが…、偶然出会えた今日と云う日の記念だ。
お前だけ許してやる、あかね。」
変わらない不遜な態度…しかし親しげな優しい微笑みにあかねは魅入られ、彼につられて笑顔になる。
「ははっ、どんだけ高飛車やねん。
…でも、おおきに。ありがたく言わせてもらうな、アルフォンス♪」
あかねはこの時、みゆきがアーカードに惹かれる気持ちが少しだけ理解出来た。
多分、女子は普段笑わなそうな(アーカードは普段でもかなり笑っているが…)ムッツリの男性が偶に見せる微笑に滅法弱いのかも知れない。
(コレが前にやよいちゃんが教えてくれた“ニコポ”とゆーヤツなんやろか?)
あかねはそんな事を思考してみるが、気付くとアルフォンスの姿はなく、何時の間にか遠くで背を向けて歩いていた。
「なっ、何で黙って行っちゃうねん!?
この“ムッツリイケズ”ッ!!」
あかねの罵声が聴こえたのか、遠くのアルフォンスは此方に向き直り睨みつけている様だったので、あかねは彼に向かって飛びっきりの“アカンベエ”をやって見せた。