「ぐぎょああああああああっ!!!!」
突然けたたましい咆哮が上がり、人型の怪物が三人のプリキュアに向かって走り出した。三人は格闘の構えを取り迎え打とうとするが、其処に割って入る影が闇夜の空より舞い降りると、怪物に後ろ回し蹴りを喰らわせた。
怪物の身体がまるでサッカーボールの様に宙に浮くと、凄まじい勢いで後方へ飛んで行き、影…ロングコートに長い黒髪を首の後ろで二束に結った女性の後ろ姿がゆらりと現れた。
ピース、マーチ、ビューティはあまりの出来事に呆気に取られると、後ろで気絶したかと思われた少女が目を覚ましていた。
ウェーブがかったショートボブに大きなメガネをした少女は二束に結った長い髪の毛を見つめ、小さく呟く。
「…てん…し?」
そして三人に追いついたキュアハッピーとサニーも倒れた怪物とロングコートの女性に目を向けた。
「サニー、あの人誰だろ?」
「そんなんウチが分かる訳ないやろ。」
五人揃ったプリキュアはメガネの女性を守る為壁となり横並びに女性と怪物の様子を見ると、女性は手に持った小太刀の鞘を抜いてその刀身が街灯の灯りに照らし出される。
其れを目にしたキュアハッピーの背筋にゾクリと悪寒が走る。
起き上がり威嚇する怪物と小太刀を右手に握る黒髪の女性は同時に駆け出し、怪物は血反吐を振り撒きながら長く太い右腕をロングコートの女性へと伸ばしたが女性は寸前で飛び上がり此を避けた。
そのジャンプ力はかなりの高さで街灯の高さなど優に越えていた。
標的を見失った怪物はキョロキョロと辺りを見渡すが、女性は小太刀を逆手に持って急降下をしてその瞳が鮮やかな紅に染まると、赤黒い血飛沫が噴き上がり怪物が前のめりに倒れ込んだ。
空より落ちた女性の逆手に持った小太刀が怪物の首の後ろに突き立てられ、そのまま踏み倒されたのだ。
プリキュア達は目の前で起きた惨劇に怯え、その場に金縛りとなってしまう。…しかしメガネの少女は血飛沫を上げて悶える怪物の無惨な姿に怯えはするが、それでもその心は血飛沫に濡れるその女性に釘付けとなってしまった。
黒髪の女性は尚も小太刀に力を込め、後ろ首から胸へと貫くと刀身は石畳の地面との重圧に耐えられずにバキンッと音を立てて折れてしまい…、其処で人型の怪物は積もった雪を溶かし広がる自身の夥しい血溜まりの中で事切れた。
キュアピースはマーチの後ろに隠れて目尻に涙を溜めて身体を震わせ、マーチとビューティは怪物の亡骸を只茫然と立ち竦む。
「何で…、
何でソイツの命を奪ったんやっ!!?」
突然のサニーの怒声にピース、マーチ、ビューティは現実に引き戻され…メガネの少女もサニーに目を向ける。黒髪の女性もまた紅い瞳をサニーに向ける。
「そんなんしなくたって止める事出来たんやないか!?」
黒髪の女性はサニーの問いに答えようとせず、また怪物の死骸に目を移すと…ゆっくりとその艶やかな唇を開いた。
「コイツは“人を食らう”。
…だから殺さなければならない。」
「…えっ!?」
その言葉にキュアサニーは絶句し、他の者達も驚きを隠せない。人を食らう怪物の話など…マンガや空想の話の中以外で聴いた事は一切ないからである。
「せっ…せやかて、アンタはいきなり横から出て来て…」
相手の言っている意味が受け入れられやないのか、サニーが女性に何か言い返そうとした時、今まで黙っていたキュアハッピーがサニーを止めて前に出ると、女性と真っ正面から向かい合った。キャンディもひょっこりと彼女の右肩から顔を出す。
「…何だか…本当に突然な展開で頭の中がまだ混乱してるけど…、
友達と…、其方のメガネのお姉さんを助けてくれてありがとうございます。」
そうお礼を言うとハッピーは大きく腰を直角にして頭を下げた。
『ハッピーッ!?!?』
サニー達はコレも唐突なハッピーの行動に驚き、メガネの少女も目をパチクリさせる。
「何でありがとうなんてゆーんや、アイツはあの怪物を…っ!?」
ハッピーに声を上げるサニーだったが、其れをビューティが止め、マーチとピースもサニーに言い聞かせる。
「サニー、そこまでされてはどうですか?」
「そうだよ、ハッピーが困ってるよ。」
「サニー、わたし達があのまま闘っても…
多分結果は同じだったと思う。
だからあの女の人を責めるのは…違うんじゃないかな?」
三人の言う事にサニーは口籠もる。特にマーチの言葉が深く突き刺さり、彼女から視線を反らして俯く。そんな彼女にキュアハッピーは優しく微笑んでサニーの握られた拳にそっと手を添えた。
「サニー、今はあの人を守れて…
みんな怪我がなくて…
それだけで良かった事にしよ?」
「そうクル、みんな仲良しが一番クル♪」
ハッピーの肩からサニーの胸に飛び移ったキャンディが円満な笑顔を向けるのでサニーはキャンディを抱きながら険しい表情を苦笑に変える。
「全く…、こんなん時にキャンディの笑顔見たら気ぃ抜けるわ~。
・
・
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…ハッピー、声上げてもうて…ごめんな。」
「ううん、あやまらなくてもいいよサニー。」
そう、笑顔で言ったハッピーは黒髪の女性の方へと歩いていき…彼女の足下に転がる怪物の亡骸の血溜まり前で足を止め、腰を降ろす。
「ごめんなさい…、わたし達は貴方を救う事が出来なかった…。
本当に…ごめんなさい…。」
また頭を下げ、哀しげな表情で亡骸に手を合わせると…ハッピーの隣りにメガネの少女が同じ様に座り、手を合わせた。
ハッピーが不思議そうに年上の彼女を見ると、メガネの少女は笑顔でハッピーに名乗った。
「わたしの名前は柊真奈、あっちの子達にも伝えたんだけど…助けてくれてありがとうね。」
「いっ、いいえぇ、
わたし何もしてないし、柊さん守ったのは、本当に助けてくれたのはあの人だから…。」
ハッピーはメガネをかけた彼女…柊真奈から黒髪の女性に視線を移すと、突然男性の悲鳴が耳を劈いた。
「ひっ、ひと、人が死んでるううっ!?!?」
その場にいる皆が悲鳴の主の方を向くと其処には何時の間にか腰を抜かしてジタバタしたメガネをかけた少年と、ニット帽を被った背の高い強面の青年がいた。
「柊、お前何で此処にいるんだ!?」
彼等は真奈の知り合いなのか、強面の青年が彼女に声をかけてきた。
「松尾さんと藤村君…!?」
二人の名前をくちにする真奈だが其処へ上空からバラバラとプロペラ機の騒音と眩しいばかりのサーチライトの灯りが真下の地上を浮き上がらせた。
黒髪の女性は慌てる風もなく微動だにしないが、ヘリコプターからと思われる男の声に松尾伊織と藤村駿は慌てふためく。
『目標(ターゲット)は何者かによって破壊。目標周囲には男性2~女性…3、計5名を確認。
他にも数名が潜んでいる模様。』
「やべえ、見つかった!」
「マズいっすよ先輩、捕まったら殺されますよ!!」
「わーってるよそんなこたあっ!
おい柊、逃げるぞ!!」
松尾に手を掴まれ、連れて行かれる真奈は名残惜しそうにキュアハッピーと黒髪の女性を見たが、力任せに道端に駐車した車に乗せられてしまった。
残されたハッピーとその女性だが、彼女もまた踵を返してハッピーに背を向けた。
「“奴等”には絶対に捕まるな、全力で逃げ切れ!」
そう言い残すと、何とあの三人が乗った車に無理矢理乗り込み、そのまま走り去ってしまった。