戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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魔法少女おりこ☆マギカの千歳ユマ登場です。


悲劇の少女に手を伸ばし…

 時刻は午後六時を過ぎ、どの町も人だかりが多くなっていた。見滝原町もまたその筈なのだが、モノレール駅側にあるデパートでは静かに一つの惨劇が幕を降ろしていた。

 涙を滲ませて立ち尽くす真っ白なマントを纏ったショートヘアの少女剣士とポッキーをポリポリと食べながら地べたに座り込む小さな女の子を見つめる槍を持ったポニーテールで赤い髪の少女がいた。

 

「助けられなかった…。

あたし達…、その子の両親を助けられなかったよ…杏子…。」

 

 涙を流して自分の無力さを悔やむ少女剣士…美樹さやかは声を震わせながらパートナーである佐倉杏子に投げかける。

 

「仕方ねぇよ、一足遅かったんだ。

それに…さやかが自分を責める必要もねぇんだよ。」

 

 杏子はさやかを見ず、座り込んだまだ小学生くらいの少女の後ろに立ち、ポッキーを食べ終える。

 つい先程、デパートのこの場所で“魔獣”が出現して一組の男女が犠牲となった。さやかと杏子が到着した時には二人は魔獣に殺された後で、独り残った少女に手を伸ばそうとしていたが間一髪で少女を助け、魔獣を倒す事が出来たのだった。

 

「おい、あたし達はもう行くからな?

お前の両親は運がなかったが…、お前は拾った命を大事にしな。」

 

 

 冷たいながらも何処か温かみを帯びた言葉を投げかけて杏子は彼女から視線を離すと、幼い少女はぼそりと杏子に問いかけた。

「どうすれば…、お姉ちゃん達みたいに強くなれるの?」

 

 それを聞いて杏子眉をひそめ、幼い少女を睨む。

 

「…どういう意味だ、そりゃ?」

「わたしも…お姉ちゃん達みたいになってあの“怪物”をやっつけたい!」

 

 立ち上がり、杏子を見上げる少女。さやかも少女の言葉を聴いていたたまれない気持ちとなり、少女を説得しようと歩み寄るが…杏子がそれを制止して少女に強い口調で説いた。

 

「“魔法少女”はお前みたいなガキんちょに務まる代物じゃないんだ、馬鹿言ってないで今後を考えな!」

 

 杏子の突き放す様な言動に少女はクシャリと泣きそうな顔になり、さやかも冷たい態度の杏子を非難した。

 

「杏子、あんたそんな言い方しなくてもいいじゃないか!」

 

 杏子は特に反論せずに只ジッと幼い少女を見つめ…、さやかはそんな彼女の気持ちを悟ったのか反対に浅はかな言葉を詫びる。

 

「…ごめん。」

 

 杏子は小さく笑って落ち込むさやかの頭を軽く小突き、少女に振り返り手を差し伸べた。

 

「来いよ、お前を迷子としてデパートの案内に任せる。

あたし達はお前に何もしてやれないけど、時間が経てばデパート側が警察に連絡してくれる。そうしたら後は大人達が何とかしてくれるさ?」

 

 少女は杏子の話を聞くと、まるで哀願する様な目で見上げた。しかし杏子は少女の手を無理矢理掴む。…と、其処でふと杏子の動きが止まる。…かと思えばやはり少女が嫌がるのを無視してインフォメーションの受付に連れて行き、迷子を見つけたと嘘を平気で吐いてそのまま預けてしまった。

 さやかは彼女の行為を黙って見守り…少女を預け終えた後、二人でデパートを出る。しかしあの時の少女の悲しげな眼差しが杏子の脳裏に焼き付いていた。

 

「杏子、アレで…良かったのかな?

あの子、アンタに助けてもらいたかったんじゃないの?」

「あたし達魔法少女に出来る事なんて些細な事すらねぇよ。

それより、サーラットに呼ばれてるマミとほむらがどうしてるかを気にしろよ?」

 

 いつもと違い、ピリピリした雰囲気の杏子にさやかは気圧されて頷く。

 

(…確かにわたし達があの子にしてやれる事なんて一つもない。

あの子には悪いけど、“コレ”が最良なんだ。)

 

 物思いに老けるさやかだが、何時の間にか隣の杏子がいない事に気付いて辺りを見回す。

 

「杏子…?」

 

 さやかは慌てて杏子の姿を探したが、その夜は彼女を見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程のデパートの従業員の休憩室ではあの幼い少女が大きな目を赤く腫らして長椅子で寝かされていた。

 時刻は夜の八時を過ぎていてアレから二時間が経過しようとしている。両親が来る訳がないのである。二人は少女の目の前で殺され、毛の一本すら残さずに死体は消失しているので事件にすらならないのだ。少女が天涯孤独になった事を知っているのはたった二人だけなのだから…。

 後は警察が来るのを待つだけなのだが、泣き疲れて寝ている少女の頭をコツコツと小突く者がいた。少女は不機嫌な顔で目覚め、頭を小突いた相手を睨む。

 …が、その顔は笑顔となって体を弾ませる様にして飛び起きた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 今、幼い少女の前には去ってしまった筈の杏子が少女の隣に座っていたのである。

 

「お姉ちゃんじゃねえ、杏子…佐倉杏子ってんだ。

覚えとけ、ガキ。」

「むー、ガキじゃないもん。

ユマ、“千歳ユマ”だもん!」

 

 急に強気の少女…千歳ユマに杏子は苦笑し、今一度…手を差し出した。

 

「少しの間だけだ、“独り”で活きていくコツを教えてやる。

…来るか?」

 

 ユマは惚け、もう一度聞き返す。

 

「今なんてったの?」

 

 杏子の苦笑がムッツリとなり、ソッポを向いてもう一度言った。

 

 

「一緒に来るかっつってんだよ、イヤならいいんだけど…?」

 

 少々意地悪な言い回しだが、ユマは目一杯に涙を溜め、円満な笑みを一杯に浮かべて杏子の手にすがりついた。一瞬戸惑う杏子だが、ユマの姿と今は亡き妹の姿が重なり…ユマのすがりつく小さな手を握り締めた。

 

(こういうのも、悪くはないよな…。)

 

 杏子はさやかから離れた後、直ぐにユマのいる場所で幻術を使い様子を見ていた。従業員や警備員になだめられてもずっと泣きじゃくるだけのユマ。何故か死んだ両親を呼ぶ事もなく、長い間力尽きるまで泣き続けた。両親など呼ぶ筈がないのである。

 杏子は見てしまっていた。手を掴んだ時に少女の袖の隙間から手首にあった“火傷の後”を…、まだ治り切らない…治療もしていないであろう煙草を押し付けた様な火傷を…。杏子は心の頼り所もなく泣き疲れ眠る少女を見ていられなくなり、ユマと共にいる事を選んでしまったのである。佐倉杏子と千歳ユマの出逢いはこうして始まった。

 しかし二人は…、そして魔法少女達もプリキュアも、そしてサーラットのメンバーもまだ知る由もない。…この先に更なる悪意の暴虐が待ち受けている事を…、そして日本の歴史の闇に埋もれる“魔人”が間もなく目覚める事を…、彼女達は知る筈もなかった。

 


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