戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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地下に眠る悲しき魂…

 みゆき達は互いに見合わせると彼の残した言葉を胸に留め…頷き合った。

 

(アーカードさんの事だもん、何の根拠もなしにあんな事言う筈ない!)

 

 星空みゆきは公言した通りアーカードを強く信じ、再び矢薙の案内に身を任せる事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西洋風の本館に繋がる和式の別館に小夜の部屋があり、彼女は其処で鞘に収まった刀を抱き締めて壁に持たれて座り、ジッと身体を鎮めていた。先程の殯の書斎でもそうだったが、紺のブラウスにミニスカート、黒のニーハイで白い脚を隠した現在っ娘のファッションに身を包みながらその気配はまるで獲物を待つ猛獣を思わせるものであった。

 そしてその猛獣の目が見開き、赤く光る瞳が露わになると小夜は刀を握り締めて立ち上がった。

 

「“動いたか”!」

 

 小夜は襖を開けると部屋を出て襖を閉め、直ぐ様廊下を駆け走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殯邸の地下深くにある秘密の区域。アーカードは暗闇の地下で一人佇んでいた。暗闇の中で彼の紅い瞳が灯り、まるで周りが見えている様にアーカードは真っ直ぐに歩き始めた。通常の人間であれば一切視界が見えない筈なのだが、アーカードの紅い瞳は暗闇の世界が“一本の洋式通路”になっているのを昼間の如く知覚していた。

 少し歩くと、アーカードはその場に片膝を付き、鼻をひくつかせ、床となる場所を白手をした手で砂埃等をはたき、何と這いつくばって汚い筈の床に舌を這わせた。ざらついた感触と乾いた土の味が舌に広がるがアーカードは気にせずに這わし続ける。…そして舌を引っ込めて立ち上がるとまた歩き出して暗闇の中を右に曲がり、今度は壁があるであろう場所に舌を這わせ…また床下に四つん這いになり舌を伸ばした。

 

「随分といい格好をしているじゃないか、“伯爵”?」

 

 突然背後から女性の声が聞こえ、アーカードは立ち上がり声の方へ振り返った。

 

「ふふっ、遊園地では娘達が世話になったな…“Old one”よ!」

「…わたしをそんな総称で呼ぶなっ!」

「ハハハッ、名前なんぞに拘るとはな、わたしよりも永く生きている人外である筈なのに…。」

 

 アーカードの挑発に声の主…小夜は瞳に紅を灯し、左手に握る刀に手を伸ばす。…だが突如周囲の電球が灯りそれに気を取られた小夜を押し退け一つの影が二人の間に割り込んだ。影はアーカードの胸を蹴りつけて壁に押し付けると黒い右袖から拳銃を取り出して三発の銃弾をアーカードの顔面に浴びせ、途端にアーカードの顔に空いた弾痕が灼け始め、彼の頭が西瓜の如く破裂した。

 

「“アルフォンス・レオンハルト”、何て事を…っ!?」

 

 小夜が影…乱入してきたアルフォンスに掴みかかろうとするが、今度は左袖より仕込み刀を出して切っ先を小夜の喉元に付けた。喉元からは微かに血が伝い、襟の隙間に消えていく。

 

「黙っていろ、俺は単に侵入者を排除したまでだ。」

 

 アルフォンスは殺気に満ちた眼差しで小夜を睨めつけ、仕込み刀に力が込められて切っ先が小夜の喉元に入り込んだ。

 

「グッ!?」

 

 小夜は即アルフォンスから離れ、喉の傷に左手をあてる。

 

「惜しいな、お前を殺す口実は出来ていたんだがな?」

「なにっ、何故わたしをっ!?」

「…お前が“古きもの”だからだ!

殺す理由はそれだけで充分だ!!」

 

 アルフォンスは仕込み刀を構え小夜に飛びかかろうとし、彼女もまた刀を抜いてアルフォンスを睨んだ。そして“ギンッ”と刃鳴と…“銃声”が廃虚の室内に響いた。

 ポタリ…ポタリ…と刀身を伝って血が滴り、仕込み刀が深々と小夜の胸を貫いていた。アルフォンスは小夜の顔を驚きの表情で見つめ、彼女を刺し貫いた仕込み刀から手を離して後ろを振り向くと…、其処には頭のないアーカードが銀色の大型銃を握り立っていた。そして大型拳銃の銃口からは硝煙が立ち、その銃身は小夜の刀によって天井に反らされていた。

 

(まさか、死んでいなかったアーカードの銃撃から…俺を守ったのか!?)

 

 小夜は自分がアルフォンスに心の臓を突き通されるにも関わらず、甦ったアーカードの凶弾からアルフォンスの身を守ったのである。

 

「ガフッ!?」

 

 “ドブリ”と口一杯に血反吐を溢れさせ、両膝をガクリと落とす小夜。そして反対に弾けた首の根元から血の塊が溢れて頭部を再構築するアーカード。アルフォンスはこんなにも違う人ならざる者を前に困惑する。

 

「クソオッ!!」

 

 悪態を吐き、アルフォンスが眉をつり上げて怒りを露わに吸血鬼を睨むと、彼はいつも通りに嘲笑を浮かべ…アルフォンスを見据えた。

 

「感謝するといい。

小夜の刃が私の“カスール改”を防いでいなければ…、私の様にお前の頭は爆ぜていたぞ?」

 

 アーカードの嘲りを背にし、アルフォンスは倒れようとした小夜を受け止めて彼女をおぶり、アーカード一人を残して部屋を出、地下エレベーターへと向かった。

 アーカードは部屋の中を見渡し、含み笑いをしてみせる。その部屋はかなり荒れていて壁の表面があちこち崩れて赤煉瓦が剥き出しになっていた。そして何より壁のあちこちに弾痕と思しきキズが残され、絵画もまた弾痕の後が酷く目立ち、飛び散った流血の媚びれ付いた後もあちこちに確認出来た。

 アーカードが先程から舐めていたのはこの血の後であった。例え何年何十年経とうと、其処に“血”があるのであれば…吸血鬼はその血に刻まれた思念を読み取る事が出来る。

 つまりアーカードはこの地下で死んだ…いや、殺された者達の記憶を媚びれ付いた血の後から確実に読み取ったのである。

 

「謀略により殺された家族…。

裏切りの裏にもまた、裏切りが見え隠れするこの空間。

何処までいっても…浅ましきは人の業よ。」

 

 かつての惨状を頭に描き、アーカードは愛おしげに呟き、人の醜い心を賛美する。暗き地下室…、其処は殯蔵人の両親と妹が従兄弟である七原文人と九頭率いる私兵部隊に殺された場所であった。


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