戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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少女友愛の章
揃いし九人の乙女達…


 東京湾沖に浮かぶ人工島…、其処に世界的企業セブンスヘブン日本支部の本社がある。日本随一の建築法方により建てられた超高層建築物には様々な商業会議室、そして様々な実験施設がある。

 しかし其れ等全ては合法的に行われているものではない。何故なら商業関係の相手は中東でテロ活動を繰り返す武装集団…、或いは彼等を支援する独裁国家や軍事的小国。そしてヤクザやマフィアであり、行われている実験は決して陽の目を見る事などない人外を生み出す人体実験である。

 この“ダークタワー”の最上階で七原文人と…眼鏡をかけた極太りの男性が食事を取っていた。正確には、極太りの男性のみであるが…。

 二人の傍らには長身の黒いスーツを着た男性…九頭が付き従い、彼等の前には大画面のスクリーン、そして映し出されていたのは吸血鬼インコグニートと戦うプリキュアや魔法少女達の映像であった。

 

「何とはや…、冷めたスープの様に生温いお遊戯だね。

折角の飛騨牛三百グラム霜降りレアステーキの味が台無しだ。」

 

 つまらなそうに画面から目を離し、しかし言葉とは裏腹にモクモクとステーキをナイフとフォークで切り分けて口に運びグチャグチャと噛み潰す。

 

「そうだね、インコグニートには舞台を演出する才能がなかったみたいだ。」

 

 七原文人は太った男に同意し、スクリーンを片付けるよう九頭に指示を出す。

 

「やはり君は違うな、私の感性について来れる者など…そうそう居はしないものだ。」

 

 太った男は嬉しげに下卑た笑みを浮かべ、文人はニコリと笑い、彼の言葉に応えた。

 

「お褒めに預かり、光栄ですよ“少佐”。」

 

 七原文人と共にいる男は三十年前、イギリス…ロンドンに千人の吸血鬼軍隊を指揮して攻め込み、一夜の大惨劇を演出した狂った大隊指揮官である。三十年前…いや第二次世界大戦中よりずっと部隊内でも彼を階級のみで呼ばれていた為か、現在も只…少佐とのみ呼ばれている。

 彼はあのロンドン襲撃事件で、ヘルシング機関局長インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングによって額を撃ち抜かれ…、止めを刺された。

 しかし大英帝国の中にまだ紛れていた残党が吸血鬼製造法の“ブラックボックス”であった“彼の残骸”を協力関係にあった【塔】に売り渡してしまっていたのだ。

 結局は残党達は尻尾を王立国教騎士団に捕まれて根こそぎヘルシング機関によって纖滅され、吸血鬼製造法のその全てが【塔】の物となったのである。

 今、此処にいる彼は【塔】の科学技術が結集し、再生された姿なのである。

 

「さ~て、消化不良ではあるが取り敢えず余興は済ませた。

後はあの可愛らしい娘達を奈落の底へと御招待して差しあげるだけなのだが…、

君はどの様にして遊びたいんだい、七原文人君?」

 

 少佐に尋ねられた文人は「そうだね…」と返し、一人思考する。少佐は切り分けたステーキを全て食べ終え、ワインを一気に飲み干してゴクリと胃の中へ流し込む。

 

「あまり僕達のプラスにはならないけど…、

実験成果を見る為に“彼等”を解き放って見てはどうかな?」

「おいおい、それは三十年前に我々“ミレニアム”が大英帝国に仕向けた遣り口ではないか。

もう少し、捻ってみてはどうかね?」

 

 二人はまるでどんな悪戯をしてやろうかと企む悪ガキの様に愉しげに…、しかし本格的にプリキュアや魔法少女達を苦しめ、消し去る計画を思考し…、練り始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京のとある大きな屋敷。其処は小夜が身を寄せている秘密組織サーラットの本拠地である。

 屋敷の主は今人気の高いベンチャーIT企業“シスネット”の若き代表…殯蔵人(もがりくろと)の別宅で彼は裏で松尾伊織、藤村駿、そして柊真奈達を纏めるサーラットのスポンサー兼リーダーを務めている。

 そして今、殯蔵人は傍らにいる護衛…アルフォンス・レオンハルトと共に遊園地のテレビカメラをハッキング操作して録画したインコグニートと戦うプリキュア…魔法少女の映像をノートパソコンで観ていた。

 蔵人はかけていた眼鏡を外し、少し疲れた目を解す為に目と目の間を揉んだ。

 

「呆れた強さだ、お前もそうは思わないか…“アル”?」

 

 蔵人に感想を聞かれた傍らの青年は背中で手を掴み、暫し仏頂面でノートパソコンの画面を見つめ…、鼻息を鳴らし口を開いた。

 

「まるで期待外れですね。

戦いに於いてド素人以下と言っていいでしょう。」

 

 彼女達の命を賭けた戦いを冷たい一言で斬り捨てる。

 彼の名はアルフォンス・レオンハルト、殯家に仕える使用人であり、殯蔵人のボディガードである。彼は幼い頃に【塔】の守護と古きものの討伐を生業とする一族に拾われ、人外に対抗する為のありとあらゆる刀技や銃技、空手、合気等の戦闘技術を身に付けていた。

 

「手厳しいな?」

「事実です。

しかし本気であの娘達と共闘するつもりですか…蔵人様?」

 

 殯蔵人の視界内へ動き、不満げな口調で尋ねるアルフォンスに蔵人は微笑み自身の思惑を伝える。

 

「アルフォンス、俺は【塔】を潰せるなら…、

七原文人を殺せるならこの身を外道に堕としてもいいと思っている。だからお前が憎んでいると理解して尚…更衣小夜をサーラッドに引き入れた。

…プリキュアと魔法少女達も同じだ。

利用出来るモノは利用し尽くす!

それが走る事の出来ない…俺が唯一出来る“戦い”だ。」

 

 殯蔵人は小夜と真奈、プリキュア達が出会った雪の夜に顔を合わせ、彼女に共闘を申し出てある交換条件をして彼女の協力を得る事が出来た。

 彼女との交換条件とは【塔】や七原文人の情報提供と全面的バックアップ…そして彼が小夜に出した条件は…七原文人を殺す事である。

 彼女がサーラッドに居座る理由はそれであり、蔵人が彼女に協力する理由がこれである。そしてプリキュア…魔法少女達と組めば秘密裏に情報を交わし合っていた英国ヘルシング機関の協力を更に受ける事が出来る筈である。蔵人は少々打算的ではと考えはしたが、彼女等の協力によって真奈達サーラッドのメンバーを必要以上に危険に晒す事は無くなると思っていた。

 しかしアルフォンスはそうは考えない。力のある者達が増えれば其れだけで争いが呼び寄せられて来る。

 そして争いの側にいれば否応なしに巻き込まれるのは必然、アルフォンスには彼…殯蔵人の思惑が他の所にあるのでは…と、いらぬ勘ぐりをしてしまう。

 彼は殯蔵人の中に闇をあるのを知っている。かつて殯の一族は七原の一族と共に日本の裏側を象徴する人外…“古きもの”と陰で戦い、古き時代より人と古きものの間に交わされた特定の人は食らわず、他の者はある程度の数だけ食らってよいと云う約定…“朱食免”を護ってきた。

 しかし六年前、七原文人は前当主である父親と己が家族を殺し、殯家も襲いその一族を蔵人を残し皆殺しにした。

 その惨状をアルフォンスもまた見ており、主であった殯家前当主はおろかその家族を助ける事の出来なかった自分を今も責め続けている。

 蔵人もまた目の前で父と母…そして妹を殺された上、自身もまた一生車椅子の生活を余儀なくされた。

 彼の七原文人への憎しみは計り知れないだろう。アルフォンス自身が“古きもの”を深く憎み続ける様に…。

 

「アル、近い内にサーラットのメンバーと彼女達を正式に紹介しようと思っている。

…いいよな?」

 

 親しみのある口調で尋ねる蔵人。アルフォンスはまた鼻で溜め息をし、主である彼に答えた。

 

 

「此処は貴方の家だ、蔵人さん。俺がとやかく言う権限はありません。」

 

 少々不機嫌な口調ではあるが主人である蔵人に従う立場にあるアルフォンスは彼に賛同する。

 

「そうか、なら…日取りは此方で決めてしまおうか。」

 

 蔵人は直ぐに秘書でありサーラットのメンバーでもある女性…矢薙春乃を呼び、“顔合わせ”の日程を決める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く澱みを帯びた満月の夜、町の人達はガクリと両手を地に付けて心を深き絶望に浸す。

 

「ウルッフッフーッ!

愚かな人間共の発した“バッドエナジー”が悪の皇帝ピエーロ様を甦らせていくのだーっ!!」

 

 暗き満月の夜…“バッドエンド空間”に閉じ込められ跪き項垂れる人々から発せられた“黒い気”を大量に吸い込む“闇の絵本”を左手に吼える人狼…プリキュアと敵対するバッドエンド王国の三幹部の一人であるウルフルンが危険な輝きを瞳に宿し人々からバッドエナジーを吸い取っていく。

 

『待ちなさいっ!!!!!』

 

 五人の少女の声が響き、ウルフルンは残忍な笑みを裂けた口で浮かべて声のする方へ振り向いた。

 

「来たなプリキュア、

今日こそはお前等に相応しい敗北…を…?」

 

 悪役らしく決める筈であった台詞は途中で途切れ、ウルフルンはいつもよりプリキュア達の“数”が“四人”多い事実に大きな口を一段と大きく開けて改めて彼女達の数を数え直した。

 

「おいコラ、何っで、プリキュアが“九人”に増えてやがるんだよっ!!?」

 

 慌てふためく人狼の姿に九人の中から溜め息が聴こえた。

 

「何だよ~、随分凄みのある奴が敵かと期待してみれば…、

たがが九人程度にビビって泣き言始めちまう様な奴かよ?

…あたし等が怖いならサッサと消えな。さもないと生皮剥いで毛皮にすんぞ、“キツネ野郎”!」

 

 三角刃の多節槍を両肩で担いだ佐倉杏子がポッキーをポリポリとくわえ食いしながらウルフルンに脅しをかけ、残酷な言葉を事も無げに口にした杏子に他の少女達はドン引きしてしまう。

 

「杏子…、それじゃあ、わたし達まんま悪党みたいじゃん?」

 

 白いマントを身に着けた少女剣士…美樹さやかが呆れ顔で杏子を非難し、黄色のプリキュア…キュアピースも口を尖らがせてさやかに続く。

 

「そーだよ。それにそんな事したらウルフルンが可哀想だよ?」

 

 この発言にプリキュア五人が揃って頷くが、今度は魔法少女四人が意外とばかりに反論に出た。

 

「えっと…、敵に可哀想って…

ちょっと変じゃないかしら?」

 

 穏やかな口調だが、明らかな考えの違いを巴マミがキュアピース達に問いかけ、杏子も槍を地面に突き立て「あめえ~よな。」…と小馬鹿にするかの様に呟いた。

 此にはサニーとマーチがムッとして杏子を睨み、杏子も二人の目に気付いて危険な笑みを浮かべて二人を睨み返す。

 其処へウルフルンが再び奮起し、両手に四つの赤い玉…“赤っ鼻”を取り出した。

 

「くっそおぉ~、俺を無視しやがってぇ!

というか俺は“キツネ”じゃねえっ!!

プリキュアが九人だろうが百人だろうがこのウルフルン様がぶっ潰してやるぅ!!」

 

 四つの赤っ鼻宙に放り投げると凄まじい爆発を起こし、怪物“アカンベェ”四体が召喚された。

 媒体となったのは大型バイク四台、ピエロの様な大きな顔と太いが短い手足を付け、大きな鱈子唇からベロンと“あかんべえ”をしてブルンブルンとエンジンを吹かし『アカーンベェーッ!!!!』と声を揃えてプリキュアと魔法少女達を威嚇する。

 しかしあまりにも滑稽で弱そうなその姿にさやかと杏子は呆けてしまう。

 

「…何、あれ?」

 

 …と、さやかが尋ね、キュアハッピーがヘラヘラしながら答えた。


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