戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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仲間と共に戦地で踊る…

「…大丈夫か?」

 

 さり気ない小夜の心配した言葉に対し、血塗れの少女剣士…美樹さやかは安堵の微笑みを浮かべ、答えた。

 

「大丈夫、助かったよ…。」

 

 荒事が終わり、離れた場所でさやかの闘いを見ていた真奈達が駆け寄り、真奈は小夜の姿を確認するなり彼女の左手を掴み取った。

 

「小夜っ!!」

 

 彼女の名前を呼び…見つめる真奈を小夜は戸惑いの目で見つめ返す。

 

「な…、何だ?」

「小夜は大丈夫なの!?」

 

 心配な気持ちが隠せずに不安げに問う真奈に小夜はどんな顔をして良いやら分からず、ソッポを向いてしまう。

 

「わたしは、大丈夫だ…。」

 

 ぎこちない彼女の態度だが、真奈は優しい笑みを浮かべハンカチを出すと今度はさやかに向いて彼女の髪の毛や顔を拭う。

 

「あっ、あのハンカチ汚れますから!?」

「ダメよ、女の子はキレイにしなきゃ。」

「いえ、その~、魔法でキレイになりますから…。」

 

 そう言って真奈の手を引かせたさやかの全体からダイヤモンドダストの様な光が散りばめられ、血塗れの剣士から見滝原中学の制服を着た少女へと戻る。その光景を唖然と見つめる松尾と藤村は真奈に視線を移す。

 

「柊も魔法少女になってみたらどうだ?」

 

 松尾の冗談に藤村も乗っかりウンウンと相づちを打つ。

 

「わたしには無理です!」

 

 真奈はからかわれたのが分かっていたので拗ねた口調で否定すると何時の間にか、さやかの肩に白い猫の様な生物が姿を現した。インキュベーター…キュゥべえである。

 

「そんな事はないさ、柊真奈。

君にも魔法少女の素質は充分あるよ。」

 

 真奈は初めて見る生物を前にどんな顔して良いか分からず、松尾と藤村は分かりやすいひんむいた目でキュゥべえをガン見した。

 

「わたしが…魔法少女!?」

「そうさ、きっと君の願い事に見合う…」

 

 …そう言いかけたが、さやかに首根っこを掴まれて持ち上げられ、キュゥべえは彼女の眼前に持ってこられた。

 

「キュゥべえ、わたし達の前で魔法少女の勧誘はしないで。

…って、前に言った筈だよ?」

 

 怒った顔のさやかと睨めっこ状態になり、キュゥべえは尻尾を垂れて観念した。

 

「仕方ない、此処は諦めるしかないかな。

…でも解らないな~、此処で魔法少女に誘っても何処で誘っても同じだと思うんだけどな~?」

「わたし達の前でやるのは“やめて”って言ってるの!」

 

 かなり強い口調でキュゥべえを戒めるさやか。

 さやか…、いや、暁美ほむらや他の仲間には最早“呪い”でしかない魔法少女の宿命。それを背負おうとする少女をさやか達はきっと見たくないのかも知れない。

 それを知るのは当人達のみだが、彼…キュゥべえことインキュベーターは彼女達の思いを理解する事は出来ない。

 そして其れこそが魔法少女達とインキュベーターの溝であった。

 小夜は真奈達が此処にいれば安全であると判断し、踵を返す。置いて来てしまったプリキュア達の元へ戻るのである。

 

「小夜、何処へ行くの!?」

「あの娘達を迎えに行く。

まだ戦いは終わっていないからな。」

 

 小夜は一瞬さやかを見るが、彼女はどうやら先程の闘いでかなり力を消耗してしまった様であった。キュゥべえが彼女のソウルジェムの淀みから黒い奇妙な四角い個体を作り出し、それを背中の蓋を開けてその中に放り込む。既に松尾と藤村はそのぶっ飛んだ構造をした生き物に開いた口が塞がらない様子である。

 真奈はさやかとキュゥべえが何をやっているか聞きたかったが、小夜が走り出したのを見て其方に気を取られる。小夜はその高い運動能力で飛び跳ね、駆け抜けて直ぐに見えなくなってしまった。

 

(小夜、無事に帰って来て…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発音が轟いた。暁美ほむらの放り投げた爆弾が爆発し、イグの落とし子が集まり作り出した大蛇を蹴散らす。その煙に撒かれ、インコグニートはキュアハッピーと佐倉杏子の姿を見失った。

 

「おのれぇ小細工なぞしおって!!」

 

 インコグニートは大蛇の頭に飛び乗り煙の上に出るが待ち構えたほむらが光の矢を放った。その一撃はイグの落とし子に阻まれるが、佐倉杏子がインコグニートの背後を取り三角刃の槍でその背を斬りつけた。悲鳴を上げるインコグニートを余所に杏子は高らかに声を上げる。

 

「一撃必中、後六発だ!」

 

 そして直ぐ様ハッピーが高く飛び上がり、インコグニートの横っ面をキック。吸血鬼はその衝撃に耐えられず大蛇の頭から落ちてしまう。

 そしてキュアハッピーはすかさず構え、気合いを溜めて首をもたげた大蛇…イグの落とし子の群に放った。

 

「プリキュア・ハッピーシャワーッ!!」

 

 大蛇の頭が光に呑まれ頭が失ってしまい、暴れ悶える胴体をそのままシャワーを放出したまま横薙ぎに振り回して胴体もまた光の中で消滅した。

 討ち洩らした落とし子はほむらと杏子が駆除し、インコグニートの使い魔は全て倒された。此は屈辱であった。たかが三人の小娘と侮った無様な結果であった。インコグニートは牙を剥き出しに歯軋りをし、罵声を浴びせかける。

 

「思い上がるなよ淫売な小娘共ぉ!!

この私を怒らせた事、後悔させてやるぞ!!」

 

 三人は身構え、インコグニートは身を後ろに仰け反らせしならせる。その姿はまるで敵に飛びかかる寸前の毒蛇を連想させた。そしてインコグニートが微かに動いた刹那、ピュッと音がしたのと同時にインコグニートは三人の後ろにいた。

 

「よく“避けた”でないか、“黒髪の娘”?」

 

 口端を吊り上げ、ニタリと笑う吸血鬼。そして黒髪と聞いたハッピーと杏子はほむらに目を向けた。彼女は首元を抑え、蒼白な顔をしてガクリと両膝を折る。

 

「ほむらちゃん!?」

「おいほむら、どうした!?」

 

 二人が走り寄るとほむらは苦しげな表情を見せ、口端からツーッと血を垂らした。

 

「大…丈っ夫…、

首をかすめた…、だけ、だか、ら…」

 

 しかし苦しげな顔は苦悶に変わり、突然倒れ込み痙攣を起こし始めた。そして手で抑えていた首元から血が溢れ、彼女のコスチュームを赤黒く染め上げていった。

 

「ほむらっ!?」

「ほむらちゃん!!」

 

 最早見て明らか、ほむらはインコグニートの攻撃で頸動脈を切られたのだ。通常の人間であれば即死であろう傷をほむらは魔法で抑え込み、出血を止めていた。

 しかし、彼女の身には別の事態が起きていた。

 

「その娘の首を切った時に“ワーム”を忍ばせてやった。

あの四人のプリキュアの体内にいるのと同じ物だ!」

 

 “ワーム”、宿主の痛覚を数倍にして苦しめるインコグニートの外法。今あかね達四人もまたワームに苦しめられながらも戦っているが、ほむらは只でさえ瀕死の重傷に加えて更に首の傷の痛みが数倍に跳ね上がっているのだ。

 

「ごめんなさい、

ごめんなさい…。

わたしの我が儘のせいだ。

わたしがほむらちゃんの言う事を聞いていたら、こんな怪我しなかったのに…っ!」

 

 血塗れになり横たわるほむらに涙を溢れさせるキュアハッピー。そんな彼女を見て杏子は槍を握り締めインコグニートを見据えた。

 

「お前はもう無理だ。

そのまま座り込んで泣いてな!」

 

 まるでキュアハッピーを見限ったかの様な冷たい言葉を告げると杏子はインコグニートに突進、三角刃の切っ先を吸血鬼の心臓目掛けて刺突した。

 しかしインコグニートの左手が三角刃の根元を掴み、切っ先が刺さっただけで止まる。

 

「ナメるな、頭デッカチ!!」

 

 そう叫び槍から手を離して後方へ飛び退く杏子。それと同時に主の手から離れた槍はバラバラと崩れ、グルグルとインコグニートに巻きついて拘束した。

 

「コイツで再生出来なくしてやるよ!」

 

 杏子が指をパチンと鳴らして合図を出すと、何もない空間から無数の三角刃の槍が現れてインコグニートを取り囲み、バラリと崩れて“頭”をもたげうねり出す。彼女の武器は只の槍ではなく多節槍、これによる変幻自在の戦法こそが彼女本来の戦い方である。彼女は吸血鬼を断罪せしめるかの様に右手を水平に振ると、多節槍は唸りを上げてインコグニートを次々と串刺しにしていき、形が残らない程にズタズタに引き裂いた。

 …と思われた時、後ろにドンッと重くもたれかかる者がいた。

 杏子は即座に後ろに向き直るがその視界に入ったのは何と遂今バラバラにしてやった筈のインコグニート、そして彼女の背中にしかかっていたのはインコグニートの伸びた十本の爪によって両の二の腕を串刺しにされたキュアハッピーであった。

 

「おっ、お前!?」

「だっ、駄目だよ杏子…ちゃん。

全然、違う所…に、

攻撃、してるよ?」

 

 杏子はほむらの痛恨の負傷に動揺し、その隙をインコグニートに付け入れられ幻影を見せられたのである。ハッピーは何もない所へ独り相撲をしていた杏子の“盾”となったのだ。ハッピーは痛みに耐えながら両腕を貫いた爪が離れないよう拳を握って力を入れた。

 

「ほう、既に“ワーム”が傷から侵入して痛覚を倍増していると云うのに頑張るではないか?」

 

 涙を溜めながらも目を見開いてインコグニートを見据えるキュアハッピー。そして彼女は両腕の傷を中心に暴れ出す痛覚を更に耐えながら気丈にも笑みを浮かべて見せた。

 

「この痛みは…、

サニーが、

ピースが、

マーチが、

ビューティが…、

耐えてる、痛みっ!

い…、今、わたしは、

みんなと同じ痛みを感じてる!!」

 

 インコグニートは眉間を寄せて首を傾げた。

 

「訳の解らぬ事を…?

いいだろう、更なる苦痛を与えてやる。」

 

 インコグニートの大きな左目…赤き邪眼がキュアハッピーを映し出し、彼女までが吸血鬼の術中にはまってしまうかと思われた時、杏子はキュアハッピーの両目を右手で被い隠して十本全ての爪を多節槍で払い折って彼女を抱えインコグニートを飛び越そうとした。


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