戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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戦いと価値の相違…

 ほむらは矢の切っ先をインコグニートの額に合わせた。

 キュアハッピーは険しい目でインコグニートを睨みつけ、短距離選手の様に両手を地に付けてポーズを取ると激しく地を蹴ってダッシュ。蛇の大群を蹴散らして一瞬にしてインコグニートの眼前に迫った。

 意表を突かれた顔になったインコグニートの左頬を捉えハッピーの右ストレートが炸裂、宙に浮いたインコグニートは頭から勢い良く地面に叩きつけられて大きく弾んだ。

 荒い息遣いをしながらゆっくりと起き上がるインコグニートをキュアハッピーは拳を突きつけて宣言した。

 

「今のは貴方に騙されて殺されたおじさんの分、

後三人の黒服の人達…

れいかちゃん、なおちゃん、やよいちゃん、あかねちゃんで計七回、貴方をぶっ飛ばす!」

 

 力強い口上であったが、ほむらは改めて…、いや確実な事実を確信した。

 キュアハッピーである星空みゆきはあの外道の吸血鬼の命を奪おうなど一切考えていない。相手を殺さずに屈伏させるつもりなのだ。

 あの人外なる“物”に人の心は届くはずはないのだと、彼女は理解していたのではなかったか。

 ほむらは星空みゆきに対して当初の不信感を此処で甦らせてしまう。

 

(やはり殺し合いには向かない娘だわ…。)

 

 眉をひそめたほむらが漆黒の弓矢を構えたその時、地面を這いずる蛇の大群が激しく動き出し、円を描いて二人を囲み大きな壁を造り上げた。

 

「なっ、何コレッ!?」

「ハッピー、怖いクル!!」

 

 壁からは数え切れない蛇の頭が現れ、チロチロと舌舐めずりでもするかの様に二股に分かれた舌を出し入れする。

 人の様な嘲笑を浮かべた蛇の囲い壁はゆっくりと迫り、その向こうから耳障りなインコグニートの声が届く。

 

「その蛇は使い魔…私が崇める“蛇神イグの落とし子”だ。

始まりはイグと交わった惰性な女より生まれ、その落とし子達は父と同じ様に人の女に“子”を宿し…殖える。

今ではこの様に私の意のままとなっている。お前達ではまだ子を宿すには至らない、しかし養分となるくらいは出来よう。

苦しみ悲鳴を上げて私を楽しませてくれ!」

 

 インコグニートの言葉が切れると同時に蛇の壁は二人に覆い被さり、ドームを造り上げた。だが蛇で埋め尽くされたドーム…山の天辺から二つの影が飛び出し、インコグニートの顔から一瞬笑みが消える。

 影は光の翼を広げた暁美ほむらと彼女に抱えられたキュアハッピー。キャンディはハッピーの肩からほむらの翼を見つめて瞳を輝かせる。

 

「ほむらの翼とっても綺麗クル♪」

 

 今まで怖がっていた妖精が彼女の魔法の翼を見た途端に上機嫌となり笑顔を作った。ほむらはキャンディに微笑みかけ、「ありがと。」と言って地面に着地した。

 

「ほむらちゃん、助けてくれてありがとう。」

 

 ハッピーも着地後礼を言うが、ほむらは呆れ顔を返した。

 

「みゆき、貴女あの吸血鬼を本気で後七回殴るつもりなの?」

 

 ほむらの問い掛けにハッピーは一瞬何を言われたのか分からなかったが、直ぐに何を聞かれたのかを理解する。

 

「ほっ、本気だよ、あの吸血鬼を後七回…」

「甘いわ、回数なんて問題ではない。

相手は凶悪な吸血鬼、一発だろうと二発だろうと奴の存在を否定…拒絶する一撃を入れるのっ!

ダメージを与え、絶命の一撃を叩き込む。それが何撃、何発であろうと倒せるならその本命の一撃に力を込めるの!

今、貴女の考えている事は確実に味方の足を引っ張るわ!!」

 

 暁美ほむらの言っている事は正しいとキュアハッピーも感じている。…しかし只倒せば良いのか、ハッピーはそこに疑問を持っていた。相手は自分がどれだけ非道い行為をしたのかを理解しているのだろうか…。

 いや、きっと理解などしてはいない。ならば自分がその“痛み”を少しでもあの非情な吸血鬼に叩き込む。それがキュアハッピーが考えている事だ。

 

「ごめん、ほむらちゃん。

多分…ほむらちゃんの言っている事が正しいと思う。

…だけど、わたしは抑えられない。

みんなの痛みをアイツに解らせたい!」

「やられたらやり返すって事?

子供の発送だわ!」

「子供でもいいもん!

ほむらちゃんこそ、敵の命を取ってしまえばそれでいいの!?」

 

 二人の言い争いが始まり、キャンディはハッピーの肩でまたオロオロとしてしまう。

 

「二人ともケンカはやめるクル!

敵がコッチ見てるクル!!」

 

 しかしキャンディの呼びかけが聞こえないのか、ハッピーとほむらの言い争いは止まらず、さすがにインコグニートも呆れがちな顔で様子を窺っていた。

 

「敵である私をほったらかしにして仲間割れか?

随分と余裕ではないか。

つまり私はナメられている…、そういう事か?」

 

 先程と変わらぬ口調とは裏腹にその表情は目尻をつり上げ憤怒を露わにしており、インコグニートに呼応する様にイグの落とし子達は集まっては巨大な大蛇を形作っていた。

 

「髪の毛一本残さずに喰らい尽くせ!」

 

 インコグニートの命令と同時に大蛇と化したイグの落とし子達が言い争いに夢中の二人に襲いかかった。キュアハッピーとほむらは気付くのに遅れ、その数え切れない毒牙が二人に食い込まんとしたその時、二人の眼前に鉄格子の様な結界が現れてイグの落とし子の攻撃が防がれた。

 

「この結界、まさか杏…っ!?」

 

 ゴツンッ、ゴツンッと、後ろから棒の様な物でほむらとハッピーは叩かれ二人して頭を抑える。

 

「いだ~い、な~にい!?」

「きっ、“杏子”何のつもり!?」

 

 ほむらが後ろを振り向くと其処には長い赤髪をポニーテールにした魔法少女が右手に持つ三角刃の槍で肩をポンポンと叩き、ポリポリとポッキーを食べて呆れ顔を露わにしていた。

 暁美ほむらの仲間…佐倉杏子である。

 

「それはコッチの台詞だバカ。

折っ角加勢に来てやってんのに何やってだお前等?

あたしが助けなきゃ今頃二人して御陀仏だったじゃないか。」

 

 杏子は二人の間に割り込み、向かい合うインコグニートを睨みつけ、ほむらに対しハッピーの考えを肯定した。

 

「七発殴りつける…か。

いいんじゃねえ、そーゆーの大好きだぜ…あたしはっ!」

「杏子…。」

 

 不安げに彼女を見つめるほむら。しかしまるで彼女のそれを汲むかの様に杏子はキュアハッピーに向いてニッと笑いかける。

 

「…だけどお前一人でやらせる訳にはいかねぇ。

あたしが二発…、

ほむらが二発…、

そしてお前が三発だ。

お前一人で戦ってる訳じゃないって事を忘れんな!」

 

 心強い言葉だった。あかね達四人がいない今、ハッピーには頼れる仲間がほむらしかいない中で杏子の加勢は千人力に等しかった。

 

「あっ…、ありがとう。

えと…?」

「佐倉杏子だ。

ヨロシクな、キュアハッピー。」

「うん、よろしく杏子ちゃん♪」

「キャンディもよろしくクル♪」

 

 ハッピーは嬉しげに返事を返し、急に顔を出して来たキャンディに驚きながらも杏子はまんざらでもない様子で照れ笑いをしてみせる。…と、そこへほむらが一言…。

 

「それ、美樹さんが貴女に毎回言ってる台詞じゃなかったかしら?」

 

 それを聞いて笑みが固まる杏子とキョトンとした顔で彼女を見るハッピー。

 

「ほむらテメエ、今此処でゆーかよそれ!?」

 

 慌てる杏子にクスリと微笑むほむら。キュアハッピーは二人を見ていて仲間としての絆が其処にあるのを感じた。

 

「ほむらちゃん、杏子ちゃん、行こう。

インコグニートさんに七回痛い思いをさせてやる!!」

 

 三人は横並びに構え、強敵インコグニートを睨んだ。

 インコグニートはイグの落とし子の群を再び大蛇の形に戻し、その頭に乗りキュアハッピー、暁美ほむら、佐倉杏子を見下ろした。

 

「一人二人増えた所で子娘如きが私に勝てると思うな!

髪の毛一本残さず落とし子共の餌にしてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澱み、色濃くなる闇の中を小夜は走った。彼女をこの遊園地へ駆け付けさせたのは英国…ヘルシング機関である。

 ヘルシング機関の長であるインテグラは小夜がサーラットと合流する以前から密かに日本のインターネットによる様々な話題や噂を探求る秘密グループ…サーラット、正確にはサーラットリーダーの殯蔵人とパイプを繋いでおり、彼等から【塔】…そして世界的大企業セブンスヘブンの情報を流して貰っていた。

 小夜はみゆき達プリキュアと出会った日に真奈達サーラットとの出会いも果たしていた。

 始めは彼等に協力する気はなく、【塔】の必要な情報を聞いたら出て行くつもりでいた。…だがリーダーである殯蔵人は全面的なバックアップをする事を申し出、彼女自身が真奈や松尾、月山、藤村、矢薙に情が移り…出て行く事が出来ずにサーラットのメンバーとして行動を共にしていた。

 そして今、彼女が最も畏れた状況となっていた。“古きもの”が真奈達をねらっている…、小夜は人ならざる力を駆使して駆け走った。

 

「…っ!

あれはっ!?」

 

 小夜は伊織が乗っていたミニバンを見つけるが既に大破しており、車中には誰もいなかった。

 そして何者かが、古きものと闘っていた。真奈達のものとは違う少女の砲哮が小夜の耳に届く。

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

 白いマントが風を受けて翻させ、白き少女剣士が片刃のサーベルを両手に握り巨大な蠍の姿をした“古きもの”の左の大きなハサミを斬り落とした。

 そして両手のサーベルを投擲し、古きものの両目を突き潰す。悲鳴を上げる古きものに少女剣士は容赦なくまた取り出したサーベルで斬りつけ、下腹部へ入り込み刃を突き刺すとそのまま気合いと共に走り出して古きものの腹を斬り裂いた。滝の様に落ちる流血と臓物は剣士の頭上へ雪崩落ちるが、その中より少女剣士は飛び出す。怪物の腹を裂き終えたその姿は赤黒く染まり、少女剣士は血で汚れた顔を右腕で拭った。今の攻撃は確実に致命傷を与えたものであった。

 …だが其処に僅かな隙が生まれ、剣士にとって致命的なものとなった。

 

「あっ!?」

 

 古きものはまだ死んでおらず、尻尾の先の六本指の掌を広げてその鋭い六本の爪を振り下ろした。

 少女剣士にも避けられない手負いの一撃…。しかし其れは剣士には届かず、駆けつけた小夜の太刀によって斬り落とされた。


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