戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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悪夢の舞台が幕を上げる…

 空は雲に覆われ、今にも雨が降ってきそうな雰囲気を醸し出している。

 星空みゆきは今朝方学校に行く為に家を出てから直ぐに見知らぬ黒服の男達に拉致されてしまい、何処かも分からない狭い部屋に監禁されていた。車の中で無理矢理に付けられたアイマスクとボールギャグはキャンディに取ってもらえたが…、両手両足を手錠で拘束されているので自由に動けずキャンディにも取れないので何も出来ずにいた。

 

「みゆき~、手と足痛くないクル?」

 

 彼女の肩で心配そうに見つめるキャンディをみゆきは笑顔を作って安心させようとするが、笑顔は苦笑となり不安な気持ちが出てしまっていた。

 

「大丈夫っ…て、言いたいけど…、

正直手足かなり痛い。

あの黒服の人達が誰なのかは何となく想像出来るし…、

今はみんながわたしみたいに捕まらない事を祈るばかり…かな?」

 

 みゆきは昨日の出来事を思い出しながらも、あかね達が心配でたまらなかった。

 

(わたしが悪いんだから…、わたしだけ狙えばいいんだ。

みんなを巻き添えにするくらいなら、わたし一人が…。)

 

 そんな事を考えた時、部屋の扉が開いて黒服の男が入って来た。キャンディはみゆきの背中に隠れ、みゆきはキッと睨みつけて身構えた。

 黒服の男はサングラスで目を隠してはいるが、口元を曲げているのでかなり不機嫌なのが窺えた。

 

(人の事攫っておいてその態度はないと思う…。)

 

 何て事を考えると男はみゆきに近付き、上着の裏に手を入れた。映画等ではよく上着裏から拳銃を取り出すのを思いだし睨みつけて威嚇するみゆきとキャンディだが…、今の状態ではどうする事も出来ずみゆきはキャンディに逃げるよう叫ぼうとすると、男は小さな鍵を出して手錠を外しみゆきの手足を自由にした。

 無言で目をパチクリさせ、みゆきは座ったままで黒服の男を見上げた。

 

「銃でも出すとでも思ったか?

心配するな、お前にもう用はないそうだ。

今から出口までエスコートしてやるから立て。」

「えっ…、何で?」

「知らんよ、上の奴等の考えなんぞな。」

 

 不機嫌だが優しげな口調で話す男に対し、みゆきとキャンディは警戒心を少しだけ和らげ、男の後ろに付いて行く。

 建物を出ると、みゆきとキャンディは思わず声を洩らしてしまう。

 

「此処、遊園地!?」

「だ~れもいないクル?」

 

 ホケ~ッと口を開けて周囲を見渡す二人を後ろを向いた黒服の男は一瞥して歩き出した。

 ゴーカートの横を通り、ジェットコースターの脇を通り過ぎ、観覧車を遠目に通り去る。

 そして遊園地の出入場が見えて来た所で黒服の男は立ち止まった。

 

「お前は本当におめでたい娘だ。

本気で敵を信じてついて来るんだからな。」

 

 まるで“騙されたな”とでも言わんばかりの口調にみゆきは彼の背中を睨みつけキャンディを肩に移してスマイルパクトを握るが、男は煙草を出して火を付けると体を緩ませて一服を始めた。

 

「行きな、本当に俺達の仕事は終わった。

正直、お前さんみたいな小さな娘を殺さずに済んで良かったよ。」

 

 黒服の男はサングラスまで取り安堵の顔を見せる。みゆきとキャンディはその笑みを信じて彼の横を通り過ぎ、出入場の手前で止まり振り向いた。

 

「ありがとう、おじ…さん…」

 

 みゆきは男の後ろに突如現れた巨大な影を見て絶句、膝がガクガクと震え出し体中に悪寒が駆け抜けた。

 

「おじさん逃げて!!!!」

 

 悲鳴にも似たみゆきの金切り声に黒服の男は呆けた顔になりながら無防備に後ろを振り向こうとしたが突然目の前が真っ暗になって足に浮遊感を感じた途端、胴体を潰されるの様な圧力に激しく絞め付けられた。

 

「なっ、なんっ!?

ぐっふあ、いであっ!?!?」

 

 男は“ゴギリゴギリ…”と生きたまま上半身を噛み砕かれ、両足がバタバタと暴れさせて…声が切れると同時に両膝を地面に落とした。

 其処に上半身はなく、食い千切られた下半身からは大量の血溜まりと千切れた臓腑が剥き出しとなっていた。

 先程まで一緒にいた者の無残な亡骸に星空みゆきは悲鳴を上げるが、その大きな瞳に怒りが込められ歯をギリィ…と噛み締めて黒服の男を食い殺した人外を睨めつけた。人外…化け物は濡らついた茶色く堅い皮膚に蜥蜴のおっぽを持ち、虫の様に折れ曲がった長く細い鋭い鉤爪を持った四肢に蛭の様な首…。歪に生えた人の様な歯を剥き出しにした円形の口をしていた。

 

「プリキュア・スマイルチャーージッ!!」

 

 今までにない程の怒りを込めた掛け声でスマイルパクトから発した光がみゆきを包むと、その中からプリキュアとなったみゆき…キュアハッピーが姿を現した。

 未だムシャムシャと口元から血をボトボトと零しながら哀れな黒服の男の上半身を食む化け物は一気にそれを呑み込んで長い首を波立たせ、キュアハッピーに残忍な笑みを見せつけた。

 キュアハッピーは地を蹴って化け物へと突進し、化け物は首をハッピーに向けて伸ばし噛み殺そうと円形の口を目一杯広げた。しかしハッピーは此をスライディングで潜り抜けて立ち上がると化け物の長い首を抱え込み絞め上げる。

 見掛けよりも柔らかい人外の首は直ぐに絞られ、苦しがり暴れる。だがキュアハッピーは両腕を緩めず効いていると解りより力を込めると今度は胴体と綱引きを始め、此に打ち勝ち引きずり駆け出した。

 

「うおりゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 勢い着いた所でハッピーは足を止めて右踵でブレーキをして力強く放り投げた。

 “ドスンッ”と背中から地面に叩き付けられた人外はなかなか立ち直れずにひっくり返された亀の様に喘ぎ、その間にキュアハッピーは怒りのエネルギーをスマイルパクトに込め、両手でハートを描いて手でハートを形取り相手にかざし叫んだ。

 

「プリキュア・ハッピーシャワーッ!!!!」

 

 キュアハッピーのハートの手形から光波が放たれ、光波は今のハッピーの荒れ狂う怒りの如く激流となって人外を呑み込んだ。人外は断末魔を上げ、その身体は光の中で崩壊し、悲鳴と共に消滅した。

 ハッピーは遠目に離れたあの男の亡骸を見つめ、唇を噛み締めて目尻に涙を溜めた。キャンディも彼女にかける言葉なく、ポロポロと大粒の涙をハッピーの右肩で落とす。

 そして何時の間にか漂う瘴気と殺意に気付いて拳に爪が食い込む程に握り締め、涙を流した彼女の顔は憤怒が溢れていた。

 

「“悪魔”…!!

どうして自分の仲間を…っ!?

何でわざわざわたしにこんなモノを見せつけるのよ!?

答えろっ!!?」

 

 キュアハッピーの怒声が響き渡り、暫し沈黙が流れる。

 曇天の空は僅かに霧雨を地上に降らせ、気温も急激に下がっていく。

 そして、悪魔が彼女の問いに答える時が来た。彼の声は遊園地の放送を利用し、施設全体に響いた。

 

『…仲間?

勘違いしてもらっては困る。

アレは捨て駒であり…私の“エサ”だ。

初めまして、星空みゆき。

いやいや、今はキュアハッピーだったかな。私の様な“物”には口にするのも少々羞恥を覚える呼び名だ。

我が名はインコグニート、君達が知っている【塔】からの刺客であり、吸血鬼だ。』

「…あの人を死なせる理由なんて何処にもないじゃない、わたしを逃がさずにいれば好きに出来たクセに…どうしてこんな事を平然とやってのけるのよ!?」

 

 再び問われた吸血鬼は軽く鼻息を吐き、答える。

 

『演出だよ。

君は黒服が部屋から連れ出してくれ、出口まで案内された時…こう思った筈だ。

“助かった”と、そして“敵にも心はあるのだ”と…。

そんな少しでも交流を持った相手が目の前で化け物に頭から呑み込まれボリボリと噛み引き千切られた様をその可愛らしい眼球に焼き付けた心は…、とても正気ではいられないのではないかな?』

 

 キュアハッピーにはインコグニートの非情な思考に只怒りしか感じられない。

 

「他にも黒服の人はいた。その人達も…?」

 

 ハッピーの質問にまるで遊園地そのものが答えるかの様にインコグニートの声が響く。

 

『既に私が馳走になったよ、やはり中年の雄の血は不味い。

さぁ、新しい幕を開けようか、プリキュア…。』

 

 インコグニートの不吉な言葉を聞いたキュアハッピーは体の芯が冷え込むのを感じて両肩を掴む。

 …と、曇天の背景をバックに一つの影が此方に近付いて来て、キュアハッピーに向かって駆け出した。

 その影が近付くに連れてハッピーの表情は強張り、ショックを隠せない顔となった。

 

「そんな…、“サニー”!?」

 

 そう呟いた時には赤いコスチュームのプリキュア…キュアサニーの拳が眼前まで迫り、ハッピーが両腕で防ぐもその勢いは止められずに飛ばされミラーハウスの壁を突き破った。

 そのままミラーハウスを突き抜け、別の壁を壊し飛び出て転げるハッピーを待ち受けていた者がいた。

 

「ピース…?」

 

 ピシッ、ピシッ、と体の周囲に帯電を起こしてキュアピースは不敵な笑みを浮かべて両掌をハッピーに向けた。


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